「疑惑」
「どうぞ」
村に戻る道中でスヴェートと名乗った妖精は、そう言いながら温めたブドウ酒の入ったカップを三つ机に並べた。
シア、リリス、オルフェの三人は、差し出されたカップを警戒しながら覗いた。
最初に毒の耐性があるリリスが口をつけうなずき、次にシアが自慢の鼻で匂いを嗅ぎ目配せするとオルフェはようやく口をつけた。
「美味しい…」
オルフェは思わず唸った。
たくさんのハーブと一緒に温めたそれは少し酸味が欲しいと思ったが、それでも十分に深みのある味で長旅や激戦で消耗した身体が芯から癒されるような心地よさがあった。
シアとリリスも、これを気に入ったらしく修道院に戻った時のような穏やかな表情を浮かべながらブドウ酒を飲んでいた。
人間の姿になり着替えを済ませたマリが部屋から戻って来たのは、一行がそうしてひとごこちついている時だった。
灰色の髪に鋭い表情。以前の彼女を知るシアたちには目の前のジン物とマリと言う名が上手く合致しなかった。
「マリ、本当に変わっちゃったんだね」
シアは、寂しげな声音で言った。
「お前たちは何も変わってないようで少しばかり不安だがな」
マリは、そう冷たく返すと、暖炉の火にかけられた鍋から自分の分のブドウ酒をすくい取った。
三人を見つめる、彼女の目は濁った黄色。
やはり、マリは堕心しているようだが、その立ち振る舞いはどこまでも理知的だった。
「聞かせてくれないかな、あの日…君の…」
切り出したは良いが、オルフェはどう言ったら彼女を傷つけずにすむか迷い言葉をつまらせた。
「父が死んだ日か」
そんな気遣いを知ってかマリ自ら切り出してきた。
その口調は、他人の噂話をするかのように無感情だった。
「お前たちは、当時のことをどう聞いているんだ?」
「遺体が剣で傷つけられているから人間か魔物かは断定できないけど、君のお父さんは他殺だろうと言うのが、ウールヴヘジンと地元警官が出した結論だよ。
犯人は未だ見つかってないけどね。
でも、確か現場には君の死体があったと聞いていたけど」
オルフェの答えにマリはうなずいた。
「あれは、父の使用人の一人に私の服を着せただけだ。
ヤツが起こした火事で家も死体も焼けたから顔で身元がバレないだろうと思ったんだ。
犯人が見つからないのは、まあ当然だろう」
「あなたは、誰が犯人か知ってるのよね?」
シアが問いかけると、マリは再びうなずいた。
「父と皆を殺したのは、フェンリルだ」
「えっ?」
「まさか」
「フェンリルが」
三人は、目を見開きながら口々に言った。
フェンリルは、ウールヴヘジンで一番の人格者で皆何度となく彼に助けられてきたからだ。
実際、マリ自身もあの日までは彼を慕い信頼していたのに…。
マリは、表情を曇らせた。
「でも、どうしてフェンリルが?」
そう言ったのはリリスだった。
シアとオルフェも同意してうなずく。
「そんなの私の方が知りたいよ」
マリは半ば投げやりに答えた。
「あの日は、私もヤツに背を貫かれて心身ともに死にかけた。
リュカオンが助けてくれなかったら、今頃は墓の中の黒焦げ死体かモリガンと同じ狂ったバケモノだったろうな」
「リュカオン?」
マリの言葉にシアは首を傾げた。
「胡散臭い人狼の爺さんだよ。
その様子だと、シアはヤツに連れられてここに来たみたいだな」
シアは目を見開きながら頷いた。
スヴェートも似たような表情を浮かべる。
リュカオンの行動よりも、マリが彼に疑いの目を向けていたことに対する驚きの方が大きかった。
マリは、そんな二人の様子を無視して話しを進めた。
「どうやら、アイツもこの件一枚かんでいるみたいだな。
それとルーも」
「ルーが? でも、どうして?」
シアが問いかける。
「白騎士のことは、覚えているか?」
「確か、マリが昔退魔騎士に襲われた時に助けてくれたヒトだよね?」
「記憶力も相変わらずだな、オルフェ」
「あんまり冷やかさないでよ。それで、彼が今回のこととどう関係あるの?」
「私は、アイツがルーだと思っている。剣の構えがそっくりだからな。
そして、アイツは父の死について、こう言ってた。
〝彼は知り過ぎた〟とな」
「知り過ぎた?一体何を?」
「それが分かったら苦労しないさ。
お前たちも、しばらくは修道院に近づくべきではないのかもしれないな」