「堕心と介錯」
次の日の朝も一行は日の昇らぬ内に目を覚ました。
食事と武器の手入れを素早く済ませると三人はすぐに野営地を発った。
スヴェートの提案で、その日の道順は最短のモノから脇道にズレる形になった。
「昨日交戦した集団が一晩帰って来ないとなれば、また別の斥候部隊がくるかもしれませんから」
彼女は、目をギラギラさせるブラムを無視してエレオノラに提案した。
「確かに、これ以上の消耗は避けるべきですね…」
人狼は不承不承といった様子でうなずいた。
「分かりました。それでは別の道を行きましょう。予定より数時間余計にかかりますが、ちょうど良い脇道があったはずです」
彼女は、そう言うと先程まで通っていた獣道をはずれ森の木々の間に分け入って行った。
「行きましょう」
スヴェートはブラムにそう言うと、エレオノラの背を追って足を進めた。
※
初めてここで目を覚ましてからどれくらいの日にちが経ったのだろう?
食事は相変わらず人肉の塊が計三回届いた。
囚われた村人のモノであろう悲鳴もきっかり同じ回数。
捕虜に一日三食も出すとは考えにくので、恐らくは三日かそれ以上だろう。
隣で繋がれてる人狼は日に日に衰弱しているように見える。
「いい加減、何か食った方が良いんじゃないか?」
マリは人狼にそう提案したが、彼は弱々しく首を振った。
「獣として生きるくらいなら、一人のガーディアンとして死んだほうがマシだ」
「お前が死んだら、誰が村を守るんだ?」
何故かマリの中でこの人狼には死んでほしくないという感情が生まれてきた。
彼の哀れな姿に同情したのか、あるいは別の理由からなのか彼女自身も分からなかった。
「お前が人間だったら、人肉を喰ったヤツに守ってもらいたいと思うか?」
逆にそう問われ返答に詰まった。
この世界を知らない人間だった頃のマリなら何と答えるだろう?
きっと嫌だと答えるはずだ。
共存関係にあるとは言え、所詮は人間と魔物なのだから。
そんなことを考えていた時だった。
突然、あの叫び声が聞こえた。
今日も誰かが喰われるのか。
ぼんやりとそう考えていると、突然目の前の人狼が鎖を揺らしながら激しくもがきだした。
「やめろ!彼女は、彼女だけは…!」
いつもと様子が違う。
「どうした?」
人狼はマリの問いを無視して叫び続けた。
「お願いだ…。止めてくれ!彼女がいなければ俺は俺は…」
悲鳴。そして、かすれるような声が響き渡った。
「助けて、ジョン…」
その時、マリの身体が一気に泡立った。
声の主は、人狼の妻だと言った人間のモノだった。
初めて人狼が何故これほどまでに錯乱したのか分かった。
村の中で最も愛してた者を救いたかったのだ。
それきり女性の声は聞こえなくなった。
人狼は壁に頭を擦りつけながらすすり泣いた。
だが次の瞬間、何を思ったのか人狼は鎖につながれた自分の腕に噛みつくとそのまま引き千切り立ち上がった。
彼は片腕から血を流しながらマリに近づくと、彼女の前に跪いた。
「頼む。俺を殺してくれ…」
人狼はマリの前でひざまずき言った。
彼の目は黄色に変わっていた。
「妻を失った。俺はもう自分の獣を抑えられない」
「…」
「お願いだ。俺をこのまま人間として死なせてくれ」
「…分かった」
マリはそう言うと、狼に姿を変え人狼の動脈を噛み千切った。
できるだけ苦しまないように深くしっかりと…。
ウールヴヘジンにいた時、〝堕心〟し理性を失った仲間に幾度となく行ってきた介錯の儀式。
「勇敢な獣の守護者ジョンの御霊よ、どうか再生の日まで安らかに眠りたまえ…」
マリは、祈りの言葉を述べ動かなくなった人狼の身体をそっと地面に横たえた。
彼女の目からは自然とあふれるモノがあった。