「進軍」
まだ日も昇らぬ早朝。平原を数百人の人間と魔物からなる隊列が地響きを起こしながら西に向かって進んでいた。
隊列の戦闘にいるのは、白いコートを羽織った黒い人狼。
ケルピーと呼ばれる馬に似た魔物の背に跨り、手に持った旗を天に掲げながら鬨の声を上げていた。
狼の咆哮に鼓舞され、後列の兵たちも一様に声を上げた。
装備から種族まで、まるでバラバラな軍隊。その中に白い馬に乗るブラムの姿はあった。
※
出発の前夜、ブラムは、ロキの後に続いて集落に戻ると、宿泊用のテントに戻り服を着替えるとパズズの様子を確かめに医療棟に向かった。
幸いパズズも彼の母も、大事ないようだった。
ブラムは、心の整理のつかぬままパズズの母と雑談をしているうちに、ふとある方向に目が行った。
負傷者の集団。だが、他とは様子が違う。
何故そう思ったのか、その疑問はパズズの母が解決してくれた。
「ああ、つい最近ここに来たヒト達ですね。例の退魔騎士たちに襲われて近くの村から避難してきたそうです」
「この近くに村があるの?」
「ええ。と言っても、ほとんどは人間の村ですけどね…」
彼女は、そう言うと物悲しそうに視線を下に向けた。
「噂には聞いていましたが、退魔騎士は本当に人間も手にかけるのですね。
私にも、人間の知り合いが何人かいましたが、皆彼らに殺されました…。
本当に人間と言うモノは、時に魔物より恐ろしいモノです」
パズズの母は、そう言うと息子をギュッと抱き寄せた。
ブラムは、再び負傷者たちに目を向けた―。
※
リュバンの軍隊は、碧玉の騎士団の本拠地手前までたどり着いた。
一行は、これからの戦いに備え食事をとっていた。
彼らに交じって食事をとっていたブラムは、誰かに呼びかけられた。
「まさか貴方が来るとは思いませんでしたよ、ブラム」
聞きなれた声。
目を向けると、スヴェートの顔が、そこにあった。
彼女は、さらに話を続けた。
「貴方は、人間好きとうかがっていたので、集落の防衛の方につくモノと思っていましたが…」
敵意とまではいかないが、妖精の言葉には、わずかなトゲがあった。
「そう言う君は、ずいぶん人間が嫌いみたいだね」
ブラムが、そう言い返すと、スヴェートはあたりまえだと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「ええ、嫌いですよ。集落の人間たちを見たでしょう?
魔物だけでは飽き足らず、同族同士でも憎しみ合う。人間とは、そう言う生き物なのですよ?」
「僕は、そう思わない」
「思いたくないだけでは?」
「そうかもね…」
重い沈黙が流れた。
先にそれを破ったのはブラムだった。
「さっきの質問の答えだけど…」
「…はい」
「僕は守りながら戦うのが、苦手なんだ」
「…本当ですか?」
スヴェートは鋭い目つきでブラムを見た。
「…いや、嘘をついた。ごめん。本当は別の理由がある」
「…」
「確かめたいんだ。退魔騎士がどういう存在なのかを、この目で」
「好奇心は、時にヒトを殺しますよ?」
「分かっているさ。それに、理由は、もう一つある」
「もう一つ?」
「これからストレイとして生きていけば、こんなことが何度なくある。
だから、今のうちに覚悟しておきたいんだ。
これからは、人間と魔物、どちらにも刃を向ける覚悟を」
ブラムは、そう言うとスヴェートの目を真っ直ぐ見つめた。
サファイヤのような澄んだ目。真ん中に漂う細い瞳孔は、猫を思わせる。
「良い心がけですが、その覚悟が貴方を苦しめないことを祈りますよ」
妖精は、なるべく皮肉を交えないように言った。
兄の仇が近くにいるせいか、いつもより気が立って仕様がない。
「ありがとう」
ブラムは、微笑みながら言った。
笑い方まで兄にそっくりだ。
スヴェートがそう思った時、ロキの威厳ある声があたりに響き渡った。
「戦士たちよ、しばし俺の言葉に耳を傾けてくれ。
まもなく我々は友や家族を奪った仇敵のもとへ攻め入る。この先、過酷な試練が諸君らに降りかかる。
この食事が最期の晩餐になる者も現れるかもしれぬ。
もしも、今心変わりしたとしても、俺は諸君らを咎めるつもりはない。
まず、諸君らに問う。俺に続く意志があるか?」
何百もの雄叫びが周囲に轟いた。ブラムとスヴェートも声の限り叫んだ。
「良いだろう。ならば、俺はこの身が塵に帰るその時まで諸君らとともに戦う。
俺が諸君らに求めることは、三つ。相手が誰であれ正々堂々と戦うこと、降伏した者を手にかけぬこと、そして、生きることを諦めぬことだ」
再び雄叫びの合唱。
ロキは手に持った旗を近くにいたフレキに預けると、腰に差した長剣を抜き天へと掲げた。
ロキの遠吠え。一同の合唱。
スヴェートは、生まれて初めて味わう高揚感を感じていた。