Scape wolf 2-11「退魔騎士」

  「退魔騎士」

  

  その日、マリとブラムは、犬人の親子の住む小屋で夜を明かすことにした。

  マリは、服が渇くと外の死体を片付けてくると言って小屋の外に出た。

  ブラムは、いつの間にか目を覚ましていた犬人の少年を抱きかかえながら彼女の帰りを待った。

  先の体験が、よほど恐ろしかったのだろう。少年は、小刻みに震えながらブラムの身体にしがみついていた。

  ブラムは、少年の背中を優しくさすりながら改めて小屋の中を見回した。

  壁と屋根に覆われた空間の中にあるのは、人間が使っているのと全く同じ形の家具調度品。

  マリは見れば分かると言ったいたが、ブラムにはこの犬人の小屋が人間が暮らしているそれと同じようにしか見えなかった。

  何も特別なことはない、普通の魔物の親子、あの男たちは何故こんなか弱い親子に刃を向けたのだろう。

  ブラムは自分自身に問いかけたが、答えは出なかった。

  彼は、そんなことを考えながらマリの帰りを待ち続けた。

  やがて、日が西に傾き窓の外が漆黒の闇に染まったが、それでもマリは帰ってこなかった。

  「遅いなぁ」

  ブラムは、ひとり呟いた。

  マリのことは、ある程度信じていたが、それでも心配ではあった。

  さっきの男たちの仲間が近くにいたのだろうか。あるいは、ウールヴヘジンの追手が早くもここまで追いついてきたのだろうか。

  探しに行きたいが、ここの親子をこのまま放っておくこともできない。

  「お腹すいた…」

  ふとブラムにしがみついていた少年がボソリとつぶやいた。

  次の瞬間、少年とブラムの腹が同時に鳴った。

  「そうだね…」

  ブラムは、静かに返答した。

  思えば、朝から何も食べていなかった。

  「とりあえず、何か食べようか?」

  彼は、そう言うと少年をわきに置いて立ち上がり、自分の荷物入れのあるところへ向かった。

  袋からビスケットと干し肉を二切れずつ取り出し、半分を少年に手渡した。

  少年は何か言おうと口を開きかけたが、何も言わずに干し肉を齧りはじめた。

  ブラムも自分の分に口をつけた。

  あまり良い食事とは言えなかった。ボソボソのビスケットは口の中で執拗に張り付き、干し肉は表面の酸化した油がねっとりした不味さを醸し出していた。

  それでも二人は文句一つ言わず黙々と食べ続けた。

  粗末な夕食を終えてから数時間が経った。

  トントン…。

  誰かが扉を叩く音。

  「お姉ちゃん、帰って来た?」

  少年は、ブラムに向かって言った。

  疑問と言うより、そうであってほしいと懇願していうような口調だった。

  「分からない」

  ブラムは、そう言うと荷物袋にしまっていた短剣を取り出した。

  彼は少年にそこにいるよう目で合図を送ると、ドアに近づいた。

  「誰だ?」

  ブラムは、扉の向こう側のジン物に向かって問いかけた。

  「私だ」

  マリの声だ。

  ホッと息をつくとブラムは扉をゆっくりと押した。

  扉の向こう側からマリの姿が現れた。

  身体にはいつものコートの代わりにブラムから借りたマントを纏っていた。

  彼女の後ろには、もう一人ヒト影があった。

  「ガルム?」

  ブラムは、思わずそのジン物に声をかけた。

  「久しいな、ブラム」

  ガルムは、そう言うとブラムにニッコリと微笑みかけた。

  

  「ずいぶん遅かったね?」

  ブラムは、刻んだウサギの肉を鍋に入れながらマリに尋ねた。

  ウサギは、小屋に向かう道中でガルムが捕って来たモノだった。

  「三体も死体を担いだんだ。このくらいかかって普通だろう?」

  マリは、不機嫌そうに言った。

  心なしか顔色が悪いように見える。

  「普通ね…」

  ブラムは独り言のようにつぶやくと犬人の少年の方へ目を向けた。

  「ああ。パズズ、そこのローリエを取ってくれるかい?」

  パズズと呼ばれた犬人の少年は、小さく頷くと壁にぶら下げられていたローリエの葉を一枚むしり取りブラムに手渡した。

  ブラムは、礼を言うと手渡された葉を鍋に入れた。

  「旨そうな匂いだな」

  ガルムが鍋を見ながら言った。

  すると、何を思ったのかパズズが突然調理中のブラムの肩にしがみついた。

  「大丈夫だよ、パズズ。このおじさんは、君を喰ったりはしないから」

  ブラムは、冗談交じりに言うと少年の頭を優しく撫でた。

  「嫌われたな」

  マリが、意地悪そうな目でガルムを見た。

  「一国の警備兵たるもの、誰からも恐れられなくてはな…」

  言葉とは裏腹にガルムの表情は、どこか寂しそうであった。

  「それで、その警備兵さんがこんな森の中で何をしていたんだ?」

  ブラムは、マリの声音が変わったのを耳で感じた。

  グリフォン狩りの前、村長と交渉していた時と似た響きの声だ。

  「仕事の延長さ」

  ガルムは、そう答えると少しの間口を閉ざしまた話し始めた。

  「正直な話、今回はリュバンの志願兵だけでも心許なくてな…。できればお前たちにも協力してもらいたいのだが…」

  「どんな仕事だ?」

  「退魔騎士の集団の討伐。それも碧玉の騎士団だ」

  「碧玉の騎士団?」

  ブラムは、鍋から一瞬目を逸らしガルムに尋ねた。

  「退魔騎士の集団のなかでも特に悪名高い連中さ」

  マリが警備兵に代わって答えた。

  「神の代行者と自称し魔物と名のつく者を片端から虐殺しているどうしようもない連中だよ」

  「それだけでない」

  ガルムが、突然口を開いた。

  「ヤツらは、魔物だけでなく他の人間も自らより下等な存在と卑下し、まるで奴隷か被征服者のように扱う。聞いた話では、ヤツらは立ち寄る村々で女を襲い幼い男子を新兵として無理矢理連れ去るそうだ」

  彼はそこで一度言葉を切ると、パズズの方に視線を移した。

  小さな魔物の子は、再びブラムの陰に隠れる。

  「つい先日、リュバンに碧玉の騎士団討伐の依頼を持ち込まれてな。カラスたちに調べさせたところ、ここより北の地にヤツらが新しく拠点を作ったらしい。恐らく、その子たちを襲ったのもヤツらの一味だろう」

  「なるほどな…」

  ガルムの話が終わると、マリは独り事のように言った。

  「碧玉の騎士団は、退魔騎士団のなかでも特に大きな集団だ。仲間は多いに越したことはない。

  協力してくれるか?」

  ガルムは、そう言うと突然地面に跪き鼻先を床に擦りつけた。

  「リュバンの戦士として懇願する。頼めるか、グレイウルフ?」

  「良いだろう」

  マリは、あっさりと了承した。

  「ただし、それなりの報酬は払ってもらうぞ?」

  「かまわない。民の命を守るためには安すぎるくらいだ」