「後悔」
ブラムは暖炉の前に膝を抱え座っていた。
風呂から上がり少年が貸してくれた大きな男物の服を身に纏っていた。
少年曰く彼の父親が以前に来ていたモノらしい。
魔物の少年は、母親の隣で規則正しい寝息を立てながら眠っている。
ガチャリ。
「ふう、久しぶりにまともな風呂に入ったよ」
扉が開く音とともにマリの声が聞こえてきた。
ブラムは、暖炉の中でパチパチと爆ぜる薪を見つめたまま動こうとしない。
「ブラム?」
後ろから、マリの声が聞こえる。
「思い出したんだ」
ブラムは、薪を見つめたまま独り言のようにつぶやいた。
「ミナの死んだ日のことか?」
マリが躊躇いがちに尋ねると、ブラムはゆっくりと頷いた。
「自分を抑えられなかった。自分が自分じゃなくなったみたいだった…」
ブラムは、そう言うと自分の手を見つめた。
まだ、手が小刻みに震えている。
「僕は人殺しだ…」
彼がそう言った時だった。
突然マリが、後ろから彼にそっと腕を回してきた。
「お前は何も間違えたことをしていない。非難されるのは、お前でなくあの退魔騎士どもだ」
「でも、僕は…」
「お前は正しいことをした。ああするしかなかったんだ。お前がやらなければ、私がやっていた。それだけだ」
マリは、そこで一度言葉を切った。
「お前には、辛い役目を追わせてしまったな…」
「…そんなこと、思ってないよ」
ブラムは、そう言いながら重心を後ろに倒しマリに身体を預けた。
出会った当初、マリは冷たいヒトだと思っていた。
だが、実際は知り合えば知り合うほど温かいヒトだった。
強くもあり脆い。冷たくもあり温かい。
そう、この毛皮のように…。
「えっ、毛皮…?」
ブラムは、ハッと気づき顔を後ろに向けた。
悪戯っぽく笑う狼の顔が視界に入った。
顔の下は裸だった。
「うわあ!」
ブラムは声を上げ、マリの身体から離れた。
「騒ぐな。患者が起きるだろう?」
マリは女性と少年の方を見た。
二人はうるさそうに唸ったが、目を開けようとはしなかった。
「何で裸なんだよ?」
ブラムは、声を落として尋ねた。
「服を洗ってしまったからに決まっているだろう?」
マリは、そんなこともわからないのかと言いたげな口調で答えた。
「あのヒト達から借りれば良いだろう?」
「私は、患者から必要以上の対価をもらわない主義なんだ。治療代は、あとで払わせるつもりだからな」
マリは、そこで言葉を切るとまた悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それにしてもお前、人間の姿ならともかく獣の姿に欲情するとはな。なかなか良い趣味をしているじゃないか?」
「からかわないでよ、こんな時に…」
ブラムは、そう言いながら頭を抱えた。
まったく馬鹿らしい。
相手は獣じゃないか。しっかりしろ、自分。
ブラムは自分にそう言い聞かせると、もう一度マリの方を見た。
彼女は、正確には裸ではなかった。
下着はちゃんとつけているし、首には例の首輪が巻かれている。
その姿は、滑稽でもあり、どこか艶めかしくもあった。
「そう言えば、マリって、ずっとその首輪つけているよね?」
ブラムは何気なく尋ねてみた。
「ああ、これか…」
マリは、首輪を右手でさすりながら言った。
「たいした意味はないよ」
彼女はそう言ったが、ブラムはすぐに嘘だと分かった。
からかわれた仕返しに追及しようかとも思ったが、ブラムは黙っていることにした。
これ以上気まずい関係にはなりたくない。