Scape wolf 1-19「ウールヴヘジン」

  「ウールヴヘジン」

  

  ルーは馬車の窓から顔を出し、前を見た。

  目の前には海のように大きな湖があり、その中央には小さな島が浮いていた。

  島の上には質素な作りの建物が複数整然と立っている。

  一番大きな建物は礼拝堂だろうか。

  馬車が湖の上に立てられた橋を通って島に入ると、入り口で修道服を着た女性が二人待ち構えていた。

  二人とも顔に黒い獣の頭骨を模した仮面を被っていたため視覚だけではどちらが誰なのか判別できなかった。

  ルーは二人の修道女に未だ気絶しているフェンリルを預けると、島の奥へと進んで行った。

  「セラ、行くぞ」

  彼がそう言うと、後ろから彼の槍だった女性がついてきた。

  二人は、外から見えていた一番大きな建物の中に入った。

  入り口の隣には大きなカウンターあったが、ヒト影はなかった。

  ルーはカウンターを素通りすると、奥の二つの扉の内の一つを叩いた。

  「司祭様、おられますか?」

  彼は扉に向かって尋ねた。

  すると、向こう側から声が聞こえてきた。

  「ルー君かい?」

  物腰の柔らかそうな初老の男の声だ。

  「はい、ただいま帰還しました」

  ルーは、よく通る声で答えた。

  「ご報告したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

  「入りなさい」

  「失礼します」

  ルーはそう言うと、ドアノブに手をかけた。

  中に入ると、まず木製のテーブルが目に入り、続けてその上にできた書類の山の間から白い修道服を着た銀髪の男が顔をのぞかせているのが見えた。

  「座りなさい」

  司祭にすすめらるままルーとセラは近くのソファに腰を下ろした。

  二人とも埃まみれだったが、司祭は気にしているようには見えない。

  「話しなさい」

  「マリと会いました」

  ルーは、最初に要点だけを言った。

  「生きていたのか?」

  この言葉に、司祭は目を見開きながら尋ねた。

  「若干容姿が変わっていましたが、間違いありません」

  ルーはそう言うと、マリと出会った時のことを手短に話した。

  話しが終わると、司祭は顔をしかめながら椅子に背を預けた。

  「なるほど…。君の報告を聴く限りだと、その人狼はマリで間違いなさそうだ。

  しかし、問題は彼女の眼が黄色だったことだ」

  「はい」

  ルーは、ゆっくりとうなずいた。

  「恐らく…、いえ間違いなく彼女は堕心しているでしょう。実際、彼女の戦い方には理性と言うモノを感じ取ることができませんでした」

  「だとすると、早々に彼女を処分しなくてはならない。これは、我々だけでないこの世の全ての魔物に関わる問題だ。

  フェンリルが回復ししだいすぐ…」

  「いえ。彼よりもシアが良いでしょう」

  ルーは司祭の言葉を遮り言った。

  その瞬間、司祭はさらに大きく目を見開いた。

  「正気か君は?彼女はマリととくに親しかったのだぞ。彼女にマリの処分など頼めるわけがなかろう」

  「だからこそです。マリ自身も殺されるなら友人の手にかかる方が良いと思うでしょう。

  あの子は、そう言う者でした。

  大丈夫です。シアも戦士なのですから、そのくらいはわきまえているはずです」

  ルーのこの説明に司祭は険しい顔でしばらく考え込んだが、やがて納得したようすでうなずいた。

  「よかろう。シアには君が直接伝えてくれ。それから…」

  「このことは他言無用で。私は副司祭です。そのくらいは分かっていますよ」

  ルーはそう言うとセラとともに立ち上がり部屋を出た。

  「まさか、彼女がまだ生きていたとは…」

  二人の足音が聞こえなくなった頃、司祭は独りつぶやいた。

  「いや、大丈夫だろう。彼女は、まだあのことを知らないはず…。ともかく今は計画を進めることだ」

  

  ※

  

  一方その頃、ルーとセラは司祭の部屋の脇にある螺旋階段を上っていた。

  六階のシアの部屋まで着くのに大分時間を要した。

  ようやくシアの部屋に着いたルーは扉を叩くとドアを開けた。

  シアの部屋は司祭のそれと違い酷く散らかっていた。

  洋服、食器、タンスの引き出し。とにかくありとあらゆるモノがそこかしこに散らばっていた。

  部屋の隅に置かれたベッドの上では、露出の多い服を着た女性が酒瓶を抱えて眠っていた。

  「おい起きろ、シア」

  ルーは女性の下に敷かれたシーツを持ち上げながら言った。

  女性は、ゴロゴロとベッドから転がり落ちた。

  「いったーい!」

  シアはわざとらしく叫ぶと、ルーの方を睨んだ。

  ルーは彼女を睨み返すと、そばに倒れていた椅子を立て席についた。

  「仕事だ。さっさと顔を洗って来い、酔っ払い!」

  「ああ、はいはい分かりましたよ。頭に響くから騒がないで」

  シアはそう言うと、千鳥足で部屋を出た。

  しばらくすると、彼女は腕に擦り傷を作って戻って来た。

  どこかでつまずいて転んだらしい。

  ルーは溜息をもらすと、頭を抱えた。

  「それで、仕事って何?」

  シアは、ベッドの上に腰かけながら尋ねた。

  「その前に、リリスはどこに行った?」

  「昼食。今頃、厨房のコボルトをおやつにしているんじゃないかしら?」

  「つまらない冗談はいい。いいか、シア。これからお前に極秘の任務を与える。いいな?」

  ルーがそう言った瞬間、シアの桃色の目がサッと真剣な表情に変わった。

  いい眼だ。

  ルーはそう思いながら、ゆっくりと話し始めた。

  シアは最初マリが生きているという事実に驚き、しだいに話が彼女の処分に変わると表情を険しくした。

  「つまり、私にマリを殺せって言ってるのね?」

  話しは終わるとシアは猟犬のような鋭い眼でルーを見つめながら言った。

  ルーは、うなずいた。

  「そうだ。お前にしかできないと思っている。頼めるか?」

  彼の問いにシアは一瞬迷ったが、決心は早かった。

  「分かったわ。すぐにリリスを連れていく」

  彼女はそう言うと、スッと立ち上がり部屋を出た。

  先程の千鳥足と違い、しっかりとした歩みだった。

  「これで良いの?」

  シアが出てしばらくした頃、セラはルーに尋ねた。

  ルーはうなずいた。

  「どうも最近信用できるヤツが少なくてな。まあ、アイツならマリを殺すことはないだろう」

  「やっぱり、最初からそのつもりだったのね…?」

  「まあな」

  ルーは悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。

  セラは溜息をついた。

  「少なくとも、あの時のマリは完全に堕心なんかしてなかった。彼女と一緒にいたヴァンパイアの男の子の話を報告しなかったのも、何かわけあってのこと?」

  「外に漏らす情報は少ない方が良い。そう思っただけさ」

  「どうせ、フェンリルが起きたらバレるのに…」

  「バレないさ。情報操作は俺の専門分野だからな」