「復讐」
「まあ、バレたところで、どうということもないからな」
マリは、そう言いながらウロコに覆われた自分の左腕を見つめた。
「さっき、お前の傷を治したのは、私自身の力。そして、その前。あそこのグリフォンを焼いたのは、この腕の力だ」
「腕の力?」
ブラムは、首を傾げた。
するとマリは、彼の方に視線を戻し再び話し始めた。
「魔法なら、私よりヴァンパイアのお前の方が詳しいだろう?魔法は、それを使用するモノの魔力を使い周囲の生物や無生物の中にある別の力に働きかけて起こるモノだ。違うか?」
「うん。そうだよ。つまり、マリは僕の傷を治す時、マリ自身の魔力を使って僕の中にある自己治癒力を急速に高めて傷を治したんでしょう?」
「その通り。私の使える魔法は、その治癒の魔法のみだ」
「でも、マリはさっき剣に火をつけていたよね?
と言うことは、それがその腕がやったことだって言うの?」
マリは、ゆっくりとうなずいた。
「そう。正確には腕でなく皮だな。肉と骨は私がもとから持っているモノだ。まあ、それは置いておいて、お前。これが何の皮か分かるか?」
彼女に問われ、ブラムはその腕を見た。
赤黒い大きなウロコは爬虫類のようでもありまた魚のようにも見える。指先のかぎ爪は、トカゲのモノかと思ったが、良く見ると猛禽に見えなくもない。
その時。ふと、あることを思い出した。
マリは、この左腕を使って火を呼び出した。そして、その火をマリは腕正確には皮の力だと言った。
ウロコとかぎ爪を持ち火と関わりの深い生物。
少なくともブラムは、そんな生き物はアレ以外に存在しないと思った。
彼は、その生き物の名をささやくような声で言った。
「竜?」
マリは、右の口角を少しだけ上げた。
「正解だ」
ブラムは、やっと合点した。
つまり、マリは自身の魔力を左腕の皮に送り竜の身体が本来持っている火を操る力を呼び覚ましたというわけだ。
だが、次の瞬間には、また別の疑問が彼の中で沸き起こっていた。
「でも、マリはどうして竜の皮を持っているの?そもそも自分の皮はそうしたのさ?」
さすがに無視されるだろうか?
ブラムは、そう思ったが、マリは再び質問に答えてくれた。
「昔、酷い火傷をして、腕の自由が利かなくなったんだ。その時、友人の竜にこの皮をもらったのさ。アイツは、いつも私のために尽くしてくれたが、アイツの一部であるこの皮も数えきれないほど何度も私の命を救ってくれたんだ。本当アイツには感謝してもしきれないよ」
マリは、そう言いながら懐かしそうに自分の腕を覆う皮に目を向けた。
と、次の瞬間。彼女は思い出したようにブラムの方を見た。
「そう言えば、お前は私に聞いたな?何故、私がリュバンを離れたのかと」
ブラムは、素直にうなずいた。
すると突然マリの顔に影が差した。
日が西に傾いて来たらしい。
「私は、ある目的のためにリュバンを抜け、この皮をくれた友人と別れたんだ」
「ある目的?」
「復讐だよ。あくまで私の個人的な恨みの問題だ。この恨みを晴らすためには、リュバンにいたのでは自由に行動できないし、まして古い友人を巻き込むこともできない。
と言っても、もうお前を巻き込んでしまったがな」
マリは、そう言うと作り笑いを浮かべた。
口もとは笑っているが、眼は痛みに耐えるかのように歪んでいた。
「僕は、別に巻き込まれただなんて思ってないよ。むしろ感謝しているくらいだよ。さっきも助けてくれたし、それに、えっと…。ほら、傷も治してくれたじゃないか?」
ブラムは心からそう言ったが、マリの目から苦痛の色は消えなかった。
彼女は、小さく頭を振るとか細い声で話し始めた。
「今はまだ分からないだけさ。いずれその時が来たら、お前は私を置いて行くことになるはずだ…」
「そんなこと、ない!」
ブラムは思わず語気を荒げて叫んだ。
だが、マリは再び自分の中に閉じこもってしまった。
彼女は、ブラムの言葉を無視すると村のある方に向かって歩き出した。
「もう夜遅い。そろそろ帰るぞ」
村に戻ると、マリは村長の家で報酬の受け取りをした。
討伐の証拠品は倒したグリフォンの首、報酬は一晩の宿だった。
金は手に入らなかったが、マリもブラムも夜道を寝ずに歩き続けて無駄に体力を使うよりはマシだと文句一つ言わなかった。
二人は、村長に案内され村はずれの馬小屋に案内された。
お世辞にも清潔とは言えない。暖房もなく中は冷え冷えとしていた。
馬など家畜の姿もない。
どうやら、最後に使われてから随分時が経っているらしい。
「全く歓迎されてないみたいだね」
ブラムは皮肉交じりに言った。
「隙間風が入らないだけ良い方だろう」
マリはそう言うと、小屋の隅に猫のようにうずくまった。
すぐに規則正しい寝息が聞こえ始めた。
「それもそうだね」
ブラムは、誰にとなく言うと彼女のそばで丸くなり、ゆっくりと目を閉じた。
翌日、二人は日の昇らない内に目を覚ますと、荷物をまとめて村を出た。
歓迎されていない以上、経つ知らせをしに行っても迷惑がられるだけなので、代わりに簡単な置手紙を残してて行った。
マリは、またあの無愛想な態度に戻っていた。
感情の起伏が多いヒトだ。
ブラムはそう思う反面、彼女が少しずつ自分に心を開いてくれているのを感じていた。
昨日の左腕の話。アレは、彼女の大きな秘密の一つだ。
それを彼女自身が自分に話してくれたということは、彼女が自分を信頼し始めている証拠のはずだ。
ブラムは、胸の内でそう思っていた。
とはいえ、マリについて分からないことは、まだ多い。
彼女の纏う上品な衣装、首にきつく巻かれたチョーカー、右手の指輪、そして彼女が昨日話した復讐の相手。
だが、これらも時がくれば、彼女自身の口から聞けるはずだ。
ブラムは、そう自分に言い聞かせ内側で爪をたてて暴れる好奇心をなだめた。
村を出てから三日が過ぎようとしていた。
日が傾き始め、二人は、その日の野営場所を探すため辺りに目を向けた。
だが、なかなか適した場所が見つからず、二人はその後もしばらく歩き続けることになった。
どのくらい歩き続けていた頃だろう。ブラムは、ふと鼻先に嗅ぎ慣れない匂いが触れるのを感じた。
森の匂いとはまるで違う獣と人間の中間のような匂い。
この匂いは、人狼?
ブラムは、自分の推測をマリに話そうとした。
だが、気がつくとマリは剣を取り出し前に駆けだしていた。
「ちょっと待ってよ!」
ブラムは、マリの跡を追いながらその背に向かって叫んだが、彼女は聞く耳を持とうとしない。
いつもの無視のしかたとは違う。
彼は、直感的にそう思った。
普段マリは意識的に人を無視する。そうすることで自ら壁を作っているのだとブラムは今までの経験から学んでいた。
しかし、今のマリの走り方に理性らしいモノは感じられない。
まるで何かに怒っているようだ。
何に?
ブラムは、混乱しながらもマリの跡を追い続けた。
彼女をとめろ!
心のどこかで誰かがそう言っているような気がしていた。
しばらく進むと、ブラムは開けた場所に出た。
野営にはもってこいの場所だ。
そこには、二人の男がまわりを警戒するように立っていた。
一人は白髪だが顔は二十代後半に見える。ツバの大きな帽子と黒いコートを身に纏い、手には金色に光る十字架型の槍が握られている。
もう一人は、金髪で十代半ばといった顔立ちだった。一昔前の貴族が着るような白い服の少年は、背にツヴァイヘンダーと呼ばれる両手剣を帯びている。
移動の際に使ったのだろう。二人の後ろには小さな馬車があり、馬車には狼の横顔を模した紋章が描かれていた。
「あの紋章、もしかして…」
と、ブラムがつぶやいたその時、マリが突然奇声を上げながら少年の方に向かって行った。
マリの顔はフードで見えづらくなっているが、あの位置であれば少年は彼女の顔をハッキリと見えたはずだ。
少年は、マリの顔を見た瞬間目を見開きその場に硬直した。
無抵抗な相手に向かいマリが剣を振り降ろす。
だが、次の瞬間。もう一人の男が二人の間に入り槍でマリの剣を受け止めた。
マリは唸り声を上げながら剣で男の槍を押した。
白髪の男は、それを押し返そうと槍を握る手に力を込めた。
ブラムが、どうしたモノかとその光景を眺めていると、突然硬直から覚めた少年が両手剣を抜きマリに向かって斬りかかった。
「危ない!」
ブラムは反射的に前に飛び出すと、長剣を抜き少年の両手剣を払った。
少年が、バランスを崩した隙にブラムは彼の腹を蹴り飛ばした。
すぐさま左手で短剣を抜きを少年の次の攻撃に構える。
蹴り飛ばされた少年はヨロヨロと立ち上がると、両手剣の切っ先をブラムに方に向け攻撃の構えを取った。
少年の目は恐怖に揺れ焦点が定まっていない。
マリと言いコイツと言い。一体何があったんだ?
ブラムがそう胸の内でつぶやいていると、少年がそれに答えるように奇声を上げた。
人間のモノとは程遠い獣特有の声だ。
叫び声と同時に少年の顔に変化が起こった。
鼻と口が前に飛び出し、耳の丸みが失われていく。顔の上で金色の毛が広がる様は、人間の皮が剥がれ中から獣の皮が現れ出ているようにも見えた。
少年の顔は、狼に変わっていた。
マリとは違い鼻先が短く丸い。
人狼となった少年は、再び奇声を上げるとブラムに向かって飛びかかっていった。