「出会い」
ブラムは、突然開けた場所に着いた。
そこでは、先程まで続いていた戦闘が、なおも続いていた。
人型の生物が、彼に背を向け向こう側に立つ巨大な獣と対峙している。
獣は、体長約三メートル。その姿は、直立した犬のそれに似ていて、右前肢にあたる部分で巨大な刀を握っていた。
チノセパリックと呼ばれる魔物の一種だ。
一方の人型は、丈の長い真っ赤なコートと目深に被ったフードのせいで、人間なのか魔物なのか判然としない。
裾から、わずかに覗くコートと同色のヒールから、かろうじて女性と分かる程度だ。
赤コートの女性は、片刃の鋸のような刃を持つ大剣を構え前の方つまり魔物の方をじっと見据えたままでいた。
相当疲弊しているのだろう。息が荒く、肩を大きく上下されている。
とその時、突然、右側からうめき声が聞こえてきた。
とっさに振り向くと、一人の男性が苦悶の表情を浮かべながら、うずくまっているのが見えた。
「ルーク!」
黒い艶やかなくせ毛と細い顎。間違いない。
ブラムは、思わず声を上げると、男性の方へ駆け寄り、腰を下ろして男性の様子を観察した。
足が、骨が見えるほど大きく裂けている。
恐らく、あのチノセパリックの刀でやられたのだろう。酷いケガだが、今すぐに治療すれば、命に関わる心配はなさそうだ。
「おい、お前!」
突然、背中に声をかけられた。
振り返ると、魔物と対峙していた女性が、剣を構えたまま彼とルークの方を見ていた。
顔は、灰色の体毛でびっしりと覆われ、鼻と口が大きく前に突きでている。人間とは大きくかけ離れたその顔は、狼という形容がよりふさわしいように見えた。
彼女も、また魔物だったのだ。
人狼の女性は、再びチノセパリックの方に鼻先を向けると、荒い息の中絞り出すような声で話し始めた。
「お前、ここのガーディアンだな? ちょうど良い。こいつは、私が相手しておくから、そこの荷物を持って村に帰りな。
早くしないと、そいつ、死ぬぞ」
「分かった。ありがとう」
ブラムは、最初、そう言って負傷したルークを連れて行こうとした。
だが、その瞬間、彼の目が女性の足元で止まった。
人狼の足元に、大きな血だまりがある。
その血は、彼女のコートの裾から滴り落ちていた。
赤いコートの上でわずかに光る血の筋をたどり視線を上の方に持っていくと、女性の肩がザックリと切り裂かれているのが見えた。
その傷は、ルークのそれと良く似ている。
チノセパリックの刀についた血は、ルークのモノだけではなかったのだ。
彼女の状態は、ルークよりも酷かった。
人間なら、失血死していてもおかしくない程度だ。
ブラムは、ルークの方に目を向けた。
そして、決心した。
「ルーク、ごめん!」
彼は、そう言うと、服の袖を千切り取り、それでルークの太ももをきつく締めた。
これで、しばらくは、失血の危険はないはずだ。
続けて、もう片方の袖を千切り持ってきた消毒液に浸すと、それを彼の傷口にあてる。
ルークは、歯を食いしばって呻くのを必死にこらえようとしている。
本当に根性のあるヤツだ。
ブラムは、感心しながらも、素早く応急処置をすませ、ルークを楽な姿勢で寝かせた。
その際、裂けた足の下に丸めたチョッキを敷き血が流れ出るのを遅らせること忘れなかった。
「よし」
ブラムは、自分に向かってそう言うと、右手で長剣、左手で短剣をそれぞれ抜き放ち人狼のもとへ駆け寄り、チノセパリックの前に立った。
彼が駆けつける前に、人狼が、やったのだろう。犬人のむき出しの胸の肉が、大きく抉り取られていた。
「お前、どう言うつもりだ?」
ブラムが横に立った瞬間、人狼は、彼の方を見て叫んだ。
目の焦点が、あっていない。とても、戦える状態には見えない。
「目の前の戦いから、背を向けるわけにはいかない。ここは、僕らの縄張りだ」
「そこのケガ人は、そうするつもりだ?」
「できるだけの処置はした。それに、もうすぐ仲間がくるはずだ」
ブラムが、そう言った時だった。
「グアアアアアアア!」
隙ありと取ったのか、チノセパリックが、突然刀を振り下ろしてきた。
ブラムと人狼は、素早く反応し、わきによけた。
刀が、二人の間に割って入り地面にめり込んだ。
先に反撃に出たのは、人狼の方だった。剣を肩に担ぐと、一瞬で犬人のわきにまわり込み、無防備になった左腕に向かって赤い刃を喰い込ませた。
意識が混濁していると思えない良い動きだ。
ブラムも、すかさず追撃に出た。
さっと跳躍し、地面に刺さった刀の峰に乗ると、犬人の方へ駆け寄った。
魔物は、左腕を振り回し人狼を突き飛ばすと、その手でブラムを捕まえようと腕を伸ばした。
だが、ブラムの動きの方が一瞬速かった。
再び跳躍し、第二の攻撃をかわすと、右手の長剣をぐっと前に突き出した。
剣は、チノセパリックの首に柄頭まで深々と突き刺さった。
ブラムは、右手を剣から放し、地面に着地すると同時に左手の短剣で魔物の胸をついた。
「ガッ!」
チノセパリックは、首に刺さった剣の柄を掴みながら、崩れ落ちた。
ブラムは、短剣を魔物の胸から引き抜くと、下敷きにならないよう後じさった。
魔物は、しばらく痙攣していたが、すぐに動かなくなった。
相手が事切れたのを確認すると、短剣をしまい、長剣を魔物の首から抜いた。
長剣も鞘に納めると、ブラムは、人狼が飛ばされた方に向かった。
人狼は、四つん這いの状態でうずくまり、苦しそうに呼吸している。
「大丈夫?」
そう言いながら、ブラムは、人狼の方へ近づこうとした。
その時だった。突然、人狼が、顔を上げ、彼を黄色い目でギロリと睨んだ。
「触るな!」
人狼は、叫んだ。
あまりの剣幕に思わず足が止まった。だが、そうしていいる間にも、彼女の足元では、新たな血だまりができ始めている。
このまま放っては、おけない。
かまうもんか。
ブラムは、足を一歩前に出した。
その瞬間、人狼の目から光が消え、彼女の身体は、糸が切れた操り人形のように地面に落ちた。
「お、おい!」
ブラムは、慌てて人狼のもとに駆け寄ると、彼女の身体を抱き起した。
まだ、息はある。だが、一刻の猶予もない状態だ。
後ろには、ルークもいる。
重傷者が、二人。
村まで運べば、どちらも助かる見込みはあるが、一人で二人を運ぶことはできない。
「くそっ! どうしたら…」
と彼が言いかけた時だった。
「おーい、ブラムー。いるかー?」
妙に間延びしたルーシーの声が聞こえてきた。