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序幕 遥か深き森の中 走り出ずるは 銀の熊

  序幕

  ――かつて、この地では大きな争いがあった。

  戦火は野を焼き山を焼き、あらゆる命が紙くずの様に蹴散らされ、消費され、蹂躙された。

  生命と霊気に恵まれ、肥沃な自然に満たされたその大地の悉くが焦土と化した。

  その地に住まう人々は、争いを辞めるよう訴え続けたが、大国の王達は、それを良しとしなかった。

  領土や資源を貪欲に欲する暴君達は、戦争に白熱し、大陸中に『死』を撒き散らした。

  偶然か、それらの王の全てが獣人であったことから、その戦争はやがて百獣戦争と呼ばれた。

  暗澹とした時代が続く中。

  ある時、一人の男が立ち上がった。

  農村出身のその男は、虐げられていた民の心を束ねると、反戦を謳う集団を作りあげた。

  噂を聞き付けた、同じ志を持つ者が続々と集結し、集落が出来た。

  思想や理念、宗教の垣根を超えて思いを一つとする彼らは、固く結束し、そうしていつしか集落は、堅牢な連合国家へと変わっていった。

  ある時、連合国家は諍い合う他の国々に、争いをやめないのであれば全ての国家を攻撃する、と宣戦布告を行った。

  当然、良しとしない他の国々は一時停戦すると、一気呵成に連合国家に攻め込む。

  が、平和を願う人々の想いの前に、一つ、また一つと返り討ちにあい陥落。

  そして、なんとたった一年でその連合国家は全ての敵対国家を撃破し、百獣戦争を終わらせ、大陸に太平をもたらした。

  

  ――奇跡の終戦から、八百年後。

  枯れた大地は時を経て、霊気と命が溢れる元の姿を取り戻した。

  連合国家は煌国ハルモニアと名を変え、今も大陸全土を統べている。

  

  そんな歴史を持つ大陸の、とある外れの森から。

  物語は唐突に始まる。

  「オイオイ…勘弁してくれよ…!」

  誰に言うでもなく叫びながら、森の中を疾駆する一つの影。

  うっそうと茂る木々の隙間を縫いながら駆けるその男は、世にも珍しい銀色の被毛を持つ熊の獣人だった。

  その背を追うのは、三匹のオーク。

  各々が手にこん棒や槍の様な武器を構えている所を見るに、蛮族の類だろうか。

  捕まれば、命に保証はないだろう。

  まさに絶体絶命のシチュエーションであった。

  ××××××

  「ど、どうして俺がこんな目に…!!」

  

  ぜぇぜぇと息を吐きながら、必死に足を動かす。

  背後に迫る、ばたばたという下品な足音。

  追跡者どもは随分知性が低いようで、走りながらギャーギャーと何やら叫んでいる。

  大陸共通の言語とは違う言語を喋っているらしく、内容は理解出来ない。

  …いや、何を言いたいのか、はなんとなく察せる。

  どうせ、『止まれ肉!逃げるな晩飯!』とかそんな感じだろう。

  しかし、女子供ならともかくどうして俺を狙うのか、これが解らない。

  こちとら熊人だぞ!?しかもそこそこデカいぞ!?

  普通こういうのは敬遠して、もっと狩りやすいのを狙うだろ!

  …いやでも、こんな僻地の森を通る女子供なんてそんなにいねえか?

  だったら俺みたいなのを狙うのもまぁ致し方無しなのか!?

  でもそんな『ホントは熊なんか襲いたくないけど、しゃーなし襲って食うべ』みたいなノリで狩られるのってそれはそれで遺憾だぞ!

  てかさっき地図屋から買った地図によると、そろそろ森の外れに出てもいい頃合いじゃないの!?全然出ないんだけど!?

  ――何故、人は緊急時に限ってどうでもいい事で頭を満たしてしまうのか。

  今考えるべきはどうやってこの危機を逃れるか、という事なのに、不思議と俺の脳は雑念で満たされていた。

  目まぐるしく回転する脳に混乱しながら、何度も何度も木の根に躓きそうになりながら、それでも転がるように逃げ続けた。

  視界に流れるのは、嫌になるほどの木、木、木、たまに雑草、そして木、木、木。

  まだ真昼間だというのに森の中は薄暗く、そのせいで視界は万全とは言えない。

  時たま、不意に木漏れ日が差し込むが、闇に慣れた目を灼くだけで、すぐに葉擦れの音と共に消えてしまう。

  通常ではありえない、この樹木の尋常ならざる密度。

  どうもこの辺り、地の霊気が特別濃いようだ。

  

  とにかく、そんな事はどうでもいい。

  苦しい。

  こめかみの辺りが、鼓動と合わせてビクビクと波打っているのを感じる。

  必死に呼吸を繰り返す肺は痛み、休息を取るように、と警告をしている。

  ……俺だって立ち止まりたいよ。凶器を構えたオークに追われてなけりゃな!

  「…クソっ、こんな、モンが、無けりゃよぉ!!」

  小脇に抱えた木箱を憎々しげに睨みつける。

  体が上下する度にゴトゴト音を立てて揺れるそれが、鬱陶しくてたまらない。

  ――いっそ投げ捨ててやろうか、とも思うが、運び屋としてこの荷物を受け取った以上それを放ることができない。

  そういう『契約』を結んでしまっている。

  追い打ちをかけるように、背中に背負った荷袋が無秩序に跳ね、走行の邪魔をしてくる。

  こんな状態で長時間逃げ続けろだなんて、どだい無理な話だ。

  そうしてもつれる足をひっぱりひっぱり続けていた逃避行に、突然の転機が訪れた。

  「光だ!!!」

  無意識に叫んでいた。

  前方の薄闇が消え、燦燦と日光が差し込んでいる様子が目に映ったのだ。

  木漏れ日というには大きすぎるそれに向かい、全速力で突っ込む。

  森に住まうオークは、急に眩しい場所に出ると視界をやられ、混乱すると聞いたことがある。

  それが正しいのであれば、この方角に進めば助かるはず――!!

  溢れる希望を胸に、その光の中に飛び込み…

  「…え?」

  

  広がる景色に目を見張る。

  

  いや、確かに明るい場所には出た。

  出た。

  出たのだが…

  ……それは、崖だった。

  まごう事なき絶壁が、意地悪く通せんぼをする様にそそり立っている。

  

  背後に、オークの気配が近寄るのを感じる。

  慌てて周囲を見渡すが、今まで来た道を戻る他に、逃げ隠れできる場所は無さそうだ。

  「は、はは…」

  ――終わった、終わってしまった。

  俺の人生が。

  仮に日光でオークどもの目くらましが出来たとしても、袋小路に入ったのでは意味がない。

  必死で走って、森を抜けるどころか崖にぶち当たってるじゃねえか、やっぱりあの地図屋が詐欺ってたのか、糞!

  絶望し、半ば死を覚悟し、振り返る。

  

  じゃり、と足音を立てて立っているのは、いかにも頭が悪そうなオークが3匹。

  ほぼ半裸だ。腰に巻いた布以外に、身にまとうものは無い。

  動物の牙を連ねたネックレスと、同じく動物の骨を連ねた腕輪を装備している。

  

  まさに蛮族ルック、といった所か。

  

  各々が片手に武器を持ち、ニヤニヤと笑っている。

  顔が蒸気しているのは、これから俺をどう殺すか想像し、興奮しているからだろう。

  そして奴らの空いた手は、自身の股間をもぞもぞとまさぐっている。

  ……え?

  股間?

  目を見張る俺の目の前で、一頭のオークが、慣れた手つきで腰布の留め具を外した。

  ボロン、と音を立てて現れたのは、痛い程屹立した男性器。

  …って!!!

  え、何何!?俺食われるんじゃないの!?

  これってあれだよな!?

  男の子にくっついてる男の子の部分だよな!?

  何!?俺の手首くらいの太さあるんだけど!?怖ッ!!!

  日光に照らされ、下卑た笑みを浮かべながら、ぬらぬらと光る先端を見せつけるオークを前にフリーズする俺。

  気味が悪いほど太い血管が幾本も絡みつき、どくどくと脈動するそれから目が離せなくなる。

  いったい何が起きているのか。

  これから自分はどうなるのか。

  

  まるで理解が追い付かず、とにかく身を守ろうと身構える。

  それまで抱えていた荷物の事など忘れて。

  

  ごとり、と鈍い音を立てて、木箱が落下した。

  衝撃で蓋が外れ、中から包み紙に包まれた何かが転がり落ちる。

  はっとそちらに視線を向ける。

  いけない。『絶対に中身を傷つけず、そして命に換えても届けるように』、そうオーダーを受けていたのに。

  本能的に、「中身」に右手を伸ばす。

  慌てて拾い上げたそれは、想像していたより小さく、掌にすっぽりと収まった。

  良かった、無事なようだ。

  後は箱の中にこれを戻して…

  そう安堵して目線を上げると、ちょうど他の二匹のオークも腰みのを外す所だった。

  そうだった。

  今は…命の?貞操の?どちらでもいいが。

  とにかく、危機の真っ最中だったのだ…。

  「ま、待て、話は出来るか?」

  駄目で元々だ。

  共通語でコンタクトを試みる。

  一瞬、3匹の動きがひたりと止まり、お互いに目配せをする。

  

  ――もしかして、言葉が通じるのか?

  

  淡い期待を抱くが…すぐにまた一物をしごき始めた3匹を前に、無駄だったと気づく。

  嫌だ。

  

  こんな場所で、こんな奴らに犯され、殺されるなんて。

  そんなの、まっぴらだ――

  誰か助けてくれ!!

  両手を胸の前に掲げ、神に祈る。

  俺は無神論者だが、この際何でもいい。

  神でも、悪魔でも、仏でもゾンビでも馬鹿でも猿でも知恵があっても無くてもいい。

  とにかく、誰か、俺を。

  

  ――そう、願った刹那の事だった。

  ドクリ、と心臓が跳ね上がった。

  刹那、ブン、という耳慣れない羽音じみた音と共に、強烈な違和感が俺を襲った。

  まるで見えない津波の様な何かが押し寄せたような。

  体の内側から何かが這い上がってくるような。

  決して心地よくはないものを感じる。

  本能が忌避し、怖気が背筋を走る。

  (……!?なんだ!?)

  思わず口を開こうとして、顎が動かない事に気づく。

  顎どころではない。

  腕も、足も、何もかもが動かない。

  なんだ、一体何が起こっている?

  急な事態に、脳が麻痺する。

  とにかく全身に力を籠めるが、まるで金縛りにあったかのように、びくりともしない。

  呼吸も出来ないが、不思議と息苦しさは無かった。

  唯一、動くのは目と脳だけの様だ。

  ぐるぐると視界を巡らせ、気づく。

  それまで厭味ったらしく差し込んでいた陽光が消え、一帯が闇に包まれている事に。

  ざわざわという木々の葉擦れの音も、いつの間にか止んでいた。

  ――否、音という音が、消え失せていた。

  そして、目の前のオーク共に目をやり、やはり異常な光景に息を吞…もうとして、喉が動かなかった。

  

  オーク共も、どうやら動けないようだ…というより、それぞれがあらぬ方向を向いて、間抜けな彫像の様に硬直している。

  剝き出しの性器もそのままだ。

  そしてその先端から垂れる汁が、空中で、静止していた。

  空中で?制止する?精子だけに?

  ってこれは先走りだから精子じゃないよな?

  なんて間抜けな事を一瞬考え、そして思考を切り替える。

  そう。

  

  ――これではまるで、時が止まっているようじゃないか。

  遠くの空。

  そこに黒い染みのような何かを視認し、それが空中で静止した鳥の姿である事を知り、認識する。

  

  (…ッ!!)

  

  そうだ。

  時が止まっている。

  止まっているのだ。

  こんな事あり得ない。

  そう知覚したと同時に。

  不意に、何かの強烈な視線を感じた。

  

  (誰かいるのか?)

  改めて視線を巡らせるが、変化は見当たらない。

  

  と。

  そこで気づいた。

  まるで力の籠らない右手が、ゆっくりと開き。

  そこに握りしめていた、荷物の『中身』が熱を帯びて震えている事に。

  ……もしかして。

  この小さな何かが、時を止めているのか?

  思考する俺の目の前で、その『中身』が震えを止めると、ふいっ、と宙に浮かんだ。

  改めて眺めたそれは、まさしく、『眼』だった。

  石の様にくすんだ灰色をしているが、うっすらと透き通っているようにも見える。

  時が止まっている中で、この眼のような何かだけが動いている。

  これではまるで、コイツが時を止めているようじゃないか。

  いや、確かに仕事を請ける時に中身の確認はしなかったけど。

  もしかしてこれ、何かろくでもない呪具だったりするのか?

  動かない時の中、水中を泳ぐ小魚の様に。

  その眼はふわふわと力なく浮かび、何かを探すように回転する。

  そして俺の目と同じ高さまで浮かび上がると…ひたり、と止まった。

  なんだろう。

  言いようのない不安を感じる。

  筆舌に尽くしがたい不安を。

  次の、瞬間だった。

  (――!!!?)

  

  凄絶な痛みが、俺の右目を襲った。

  声は出ないが…もしも出せていたら、きっとあ、あ、あ、あ、と声にならない声を上げ、もしも体が動いていたら、陸に打ち上げられた魚の様に悶絶していただろう。

  痛みは徐々に右目から、頭の中へと進む。

  やがて、額を金づちで何度もブン殴られているような激痛へと変わった。

  

  波の様に繰り返す痛みに狂乱を極めるのと、ほぼ同時だったろうか。

  視界の右半分がぶつり、と真っ暗になり。

  数秒あって、右の眼窩から、なにか軟質の物体がずるりと抜け落ちるような、奇妙な喪失感を覚える。

  

  左半分になった視界で、眼前に浮かぶ『眼』が、まるで笑うようにくるくると回転している。

  

  そしてそれは、それが当たり前であるかのような滑らかさで、隠れた右半分の視界に移動し、隠れ。

  続いて、右目の辺りにぐいぐいと何かを圧しつける感覚が続く。

  

  どうやら、右目が抜け落ちて、右目があった場所に例の荷物がすっぽり収まったようだ。

  思考が巡る。

  

  は?

  何?

  何馬鹿言ってんだ?

  荷物を運んでたらオークに急に襲われて。

  オークにレイプされかけ、すわ絶体絶命!!

  …と思ったら今度は急に時間が止まって。

  そして運んでた荷物がふぁーって浮かび上がって。

  んで俺の右目と入れ替わったって事?

  何これ?

  俺何か悪い事した?

  

  

  呆然としていると、いつの間にか右側の視界が戻っていた事に気が付いた。

  頭を割るような痛みも消えている。

  何が何やらわからんが、兎に角あの拷問のような痛みが収まったことと、右目が見えるようになった事に安堵する。

  正直、このまま死ぬのか、と覚悟を決めていた所だったのだ。

  「はぁァ~、もうダメかと思ったぁ…」

  息を吐き、尻もちをつく。

  体から力が抜け、今にも気絶してしまいそうだ。

  

  …ん?

  「あれ、動けて、る」

  思わず独り言が漏れる。

  そう。

  止まっていた時が、まるで何事もなかった様に、流れ始めていた。

  ざわざわと耳元で踊る、圧倒するような葉擦れの音。

  汗で蒸気した毛皮をなでる、穏やかな風の感触。

  よくわからないが、あの奇妙な現象は何事もなかったかのように消え失せて。

  何も握っていない右手だけが、あれが虚構ではなかったのだ、と証明している。

  そして鼻腔をツンとつく、獣臭と雄の匂いが入り混じった、どこか淫靡な匂い。

  匂い。

  匂い。

  匂い?

  「っ!?」

  顔を上げると、そこに三本の男根があった。

  「うわぁああああっ!!??」

  

  叫び、腰が抜けたまま後ずさる。

  強烈な体験のせいで、思考から吹き飛んでいたが。

  そうだ、俺は今、オークに襲われていたのだ。

  いつのまに接近していたのか。

  ぐひひひ、とテンプレ通りの声をあげると、一番近くにいたオークがずるりと男根の包皮を剝き上げる。

  黄色い恥垢にまみれた雁首が顔を覗かせ、漂う匂いが一層濃度を増す。

  粘液にてらてらと濡れたそれを見て、思わず脳内でツッコむ。

  きったねぇええええええええ!!!ちゃんと洗えバカ!!!!

  ――まあ、洗っていようがいまいが、こんなのと交わりたくはないのだが。

  

  そんな俺の様子に、何かを察したのだろうか。

  右側に居たオークが、おもむろに凶器を――つまり、今度は男根ではなく、ナタのような武器を振りかざす。

  脅迫か。

  多分、おとなしくしゃぶれ、とかそういう意味だろう。

  「い、嫌だ…」

  無意識に右腕を、顔を覆うようにかざす。

  「嫌だぁあああああああ!!!!!」

  絶叫していた。

  こんなところで、犯されて…殺されて、たまるか!

  死にたくない!!!!

  その祈りに、応えるように。

  

  俺の顔の右半分が、灼熱した。

  

  続いて、ぶわっ、と俺の体を中心に、見えない何かが広がる感覚。

  きん、と耳鳴りが響く中、ばんっと鈍い音が辺りに響く。

  そして、オークの体が、前触れなく倒れこんできた。

  

  「わ、わっ…!」

  顔面に男根が押し付けられ、濃縮された匂いに意識が飛びそうになる。

  なだれ込むように、残り二匹のオークも、俺の上に覆いかぶさってきた。

  耐え切れず、俺は押しつぶされる形になる。

  三匹分の重圧でとんでもなく息苦しい。

  必死で動かした視界に移ったのは、オーク共のだらしない腹と、ズル剥けの一物、半剥けの一物、恥垢まみれの一物。

  もう一物だらけである。

  そして。

  

  びちゃり、という音と、顔を濡らす生暖かい液体。

  

  嗅ぎなれた匂いが、むっと鼻をついた。

  

  ――射精している。

  

  そう、これは精液の匂いだ。

  状況が呑み込めない俺の胸に、更にびちゃびちゃと液体が注がれる。

  

  え?は、早すぎない?

  これが野生って奴なの?

  狼狽えていると、俺を圧し潰すオーク達の体が、かすかに震え始めた。

  ふるふる、ふるふる。

  小さな震えは、徐々に痙攣じみた大きさに変わっていく。

  「ヒッ!!!」

  異常な事態に情けない声をあげ、逃げようと足掻くが体が動かせない。

  震えるオーク達と、その度に体を濡らす粘液に恐怖を感じ、硬直してしまう。

  そして暖かな液体が、口の中にぬるりと流れ込み…

  「――、え……?」

  気づく。

  この味。

  精液、ではない。

  この、鉄の味は。

  この、嫌悪感を催す味は。

  

  …これは、血だ。

  

  やがて。

  オーク共の体が震えを止め。

  俺は、今度こそ渾身の力を振り絞り、折り重なる肉体から脱出する。

  

  ぜいぜいと喘ぎ、たっぷり30秒は呼吸を整えて。

  そして、一つの塊となったオーク達へ視線を投げた。

  

  ――三匹の、オーク。

  

  全員の首から上が、消失していた。

  虚ろな目で辺りを見回すと、一面に咲いた血の華と、頭蓋骨の欠片やら脳漿やら、ぶよぶよとした灰色の肉片やらが目に入る。

  これではまるで、オーク達の頭が破裂したようではないか。

  

  いやに冷静な俺の鼻腔に、蒸した土の匂いが差し込む。

  ごう、と巻いた風が、毛皮を乱暴に逆撫でし、通り過ぎて行った。

  

  ――生きて、いる。

  

  そう実感した瞬間。

  視界がブラックアウトし、意識が混濁する。

  力なく地面に倒れこむ。

  がさがさ、と何かがこちらに近寄るような気配を感じるが…もう、どうでもいい。

  

  とにかく、眠い。

  寝かせて、くれ。

  仕事の事も、オークの事も、もうどうでもいい。

  今は、この現実から、逃れたい。

  そうして。

  ねっとりとした睡魔に侵され。

  俺は、気絶した。

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