───不思議だ。
頭の中は空っぽなのに、体は動く。生活に必要な作業を淡々とこなしていく。
ついさっき、クロ[[rb:兄 > にぃ]]といつも通り晩飯を済ませた。だけど、会話の内容は覚えてない。
クロ[[rb:兄 > にぃ]]のどんな言葉も空洞になったオレの中で短く反響して消えていった。それを追いかけようともしなかった。
オレは普段通りに振る舞えていただろうか。
風呂に入って、すっかり使い慣れた全身乾燥機で身体を乾かして、ブラッシングして───。気付いたときにはベッドの上で天井を見上げていた。
どこにも焦点が合わない天井を見上げながら、オレの意識は音の無い自分の中と、静かな部屋の中を行ったり来たりしていた。
───これは喪失感なのだろうか。
しかし、オレは何も失っていない。
クロ[[rb:兄 > にぃ]]がホモだったから失望したのだろうか。
しかし、オレはクロ[[rb:兄 > にぃ]]に嫌悪感なんてこれっぽっちもない。
オレがブラコンだから、クロ[[rb:兄 > にぃ]]の特別な存在になった[[rb:優 > ゆう]]さんに兄ちゃんを取られたような気持ちになったのかもしれない。
───これが1番近いかもしれない。きっと敗北感という言葉もこの気持ちに当てはまる気がする。
負けたら悔しい。それでも、俺の胸の内は冬の風が混じる寒空の下みたいだ。感情の種は冷たい地面に埋まったままじっとしている。
もう眠ってしまいたい。でも眠れない。
空っぽのはずなのに目が冴えて仕方ない。
何かしようか?
でも何もする気が起きない。
「あ・・・」
そういえば、長いことクロ[[rb:兄 > にぃ]]にゲーム機を借りっぱなしだ。
ときメモもイベントにあまり変化が無くて、勉強して、運動して、ステータスを上げて、バイトして、休日にハミちゃんとデートして、作業みたいな1週間を終わらせてやめることを繰り返していた。
「早く返さなきゃ」
きっとクリアせずに返したらクロ[[rb:兄 > にぃ]]は怒るか残念な顔をするだろう。早くクリアしてゲーム機をクロ[[rb:兄 > にぃ]]に返そう。
オレはやっと見つけたタスクにすがり付くようにゲームのスイッチを入れた。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
ゲームの中で高校3年生のオレは、ただ淡々と卒業式までの日数を消化していた。
ちらほら挟まる学校行事も基本は毎年同じだ。体育祭も1番好感度が高いハミちゃんと二人三脚のペアを組んで当然のように1位を取った。1年生の時は[[rb:春樹 > はるき]]と組んで散々な結果だったな・・・。
作業をこなす中でも、[[rb:春樹 > はるき]]が登場する時だけは、クロ[[rb:兄 > にぃ]]のことがチラついた。
高校3年生の後半になると[[rb:春樹 > はるき]]は遊びの誘いに乗ってくれなくなっていた。受験勉強がどうのとか、残り少ない高校生活を男と遊んでる場合じゃないだろとか、もっともらしい理由で断られた。
「はぁ・・・」
ため息が出た。
クロ[[rb:兄 > にぃ]]もそうだった。高校でオレに彼女か出来てからは、もっともらしい理由をつけて構ってくれなくなっていった。
[[rb:春樹 > はるき]]はオレと似ていると思ったけど、やっぱりクロ[[rb:兄 > にぃ]]にも似ている。どうして2人とも変な気を回してくるんだろう。オレは一緒に遊びたいのに。
それだけオレのことを大事に思ってくれているということなのだろうか。
少し前に[[rb:春樹 > はるき]]の気持ちは聞いた。川で[[rb:春樹 > はるき]]を助けた日から、[[rb:春樹 > はるき]]にとってのオレは憧れで自慢の幼馴染なんだと。
そんな[[rb:春樹 > はるき]]が自分と被った。[[rb:春樹 > はるき]]にとってのオレは、オレにとってのクロ[[rb:兄 > にぃ]]だ。何でも出来て、いつも引っ張ってくれて、積極的で、明るくて───。今もずっと憧れてる頼れる兄ちゃんだ。
だから、ずっと一緒に居たいと思うのに、[[rb:春樹 > はるき]]は高校生のクロ[[rb:兄 > にぃ]]みたいにオレと距離を取ろうとしている。
ゲームの仕様だと言われたらそれまでだが、オレは[[rb:春樹 > はるき]]の考えが分からなかった。
◆◆◇◇◆◆
“そろそろ[[rb:春樹 > はるき]]の誕生日だ───”
さて、どうしようか。去年の“にゃんにゃんパラダイス”は大失敗だったから、最後くらいは喜ぶプレゼントを贈ってやりたい。しかし、[[rb:春樹 > はるき]]は何を贈ったら喜んでくれるのだろうか。もし、オレがクロ[[rb:兄 > にぃ]]からプレゼントをもらうとしたら何が嬉しいだろうか。
「きっと何でも嬉しいだろうな・・・」
[[rb:優 > ゆう]]さんみたいなプレゼントだと恥ずかしい気持ちが勝るかもしれないが、そうじゃ無ければ素直に嬉しいだろう。
そんなことを考えながら、オレはプレゼントの選択肢が出る画面までゲームを進めた。
表示された選択肢は4つ。アクション映画のチケット、よくじょう温泉ポロリ旅、橙色の石のブレスレット、羽モチーフのネックレスだ。
とりあえず、“よくじょう温泉ポロリ旅”は無い。雑誌なのかCDなのかも分からないがとにかく無い。それは分かる。
残る選択肢は3つだが、オレの目に留まったのは、やはり羽モチーフのネックレスだった。
「同じだ・・・」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]と服を買いにいったとき、オレがクロ[[rb:兄 > にぃ]]にプレゼントしたのも羽モチーフのネックレスだった。
オレはクロ[[rb:兄 > にぃ]]に似合うと思って買ったし、クロ[[rb:兄 > にぃ]]も喜んでくれた。もしかしたら、[[rb:春樹 > はるき]]も喜んでくれるかもしれない。
オレは何か運命的なものを感じて、迷うことなくネックレスを選んだ。
そして、シーンが切り替わって[[rb:春樹 > はるき]]が現れた。
“[[rb:春樹 > はるき]]、誕生日おめでとう。”
「“へへっ、覚えててくれて嬉しいぜ! 今年は何くれるんだー?”」
包みを開けるような音がした後、[[rb:春樹 > はるき]]は口を半開きにしたまま目を見開いた。
そして、わずかな沈黙を挟んで、[[rb:春樹 > はるき]]がしゃべり始めた。
「“これお前のセンスか? スゲー嬉しい。大事にする。ありがとう、[[rb:玄來 > げんき]]。”」
「・・・ッ!」
いつも快活な[[rb:春樹 > はるき]]の溶けたような笑顔が一瞬オレの胸を痺れさせた。やっぱりこいつちょっと可愛い。
[[rb:春樹 > はるき]]を見てネックレスをプレゼントした時のクロ[[rb:兄 > にぃ]]も可愛かったことを思い出し、オレも笑みがこぼれた。
空っぽだった胸に、ほんのり温もりが戻ったような心地で、オレは卒業まで残り少なくなった日数をを進めた。
◆◆◇◇◆◆
“卒業式を終え、俺の足は自然とあの場所へ向かっていた───”
オープニングのナレーションにもあった伝説の桜の木。使われなくなった教会の横にあるその木には、見事に花を咲かせていた。
予想はしていたが、オレはホッと胸を撫でおろした。これも一途にハミちゃんの好感度だけを上げてきた成果だ。あとは、ここにハミちゃんがやってきて、晴れて恋人同士になってゲームクリアだ。
オレはゲームの中のオレと一緒に、ハミちゃんが現れるのを待った。
“─────────誰も来ない・・・。”
「はぁ!?」
思わず声が出た。
空は既に日が傾いて夕暮れ時なのに、誰も現れない。桜は確かに咲いているのに。
誰かを心から想う人が訪れるとき、その人のために花を咲かせるんじゃなかったのか?
「まさか・・・」
オレが一途にハミちゃんの好感度を上げていたのは認めるから花は咲いてくれたけど、ハミちゃんが来るかどうかは別問題とかそういうやつなのか?
オレはゲーム画面を止めたまま、今まで見ないようにしていた攻略サイトでハミちゃんENDのルートを調べた。
「ウソ・・・だろ・・・」
その言葉が漏れたと同時にため息が出た。
どうやらハミちゃんENDを迎えるためには、部活に頻繁に参加していくつかの関連イベントを観る必要があったらしい。オレは退部にならないラインを守りながら、ひたすらバイトをしていた。
だってバイトでもステータス上がるし・・・お給料もらえるし・・・。
「あーー・・・」
オレは控えめに声を出した後ベッドに倒れ込み、枕に顎を乗せた。
クロ[[rb:兄 > にぃ]]になんて言えばいいんだろう。こんなに長い間ゲーム機を借りておいてバッドエンドでしたなんて報告は情けなくて出来ない。でも、今から新しく始めると時間がかかり過ぎる。
オレは枕の上で鼻をピーピー言わせながら悩んだ末、バッドエンドを観て正直に報告する事にした。
ゲーム機を手に取り、“誰も来ない・・・。”で止まっている画面を見つめながらボタンを押した。
もう・・・早く終わらせてしまおう・・・。
「“───[[rb:玄來 > げんき]]!”」
「!」
現れたのは[[rb:春樹 > はるき]]だった。
「“こんな所にいたのか。心配したんだぞ。電話しても繋がらねーし。家に行っても帰ってないし”」
“ここに居るってよく分かったな”
「“俺を誰だと思ってるんだ? お前のことなら何でもお見通しだぜ!”」
「“───桜、咲いてるんだな”」
「“でも、その様子だと運命の人は現れなかったって感じか”」
「“───お前と初めて会った時も、桜が咲いてたな”」
「“川で溺れてた俺をお前が助けてくれた。岸まで引き上げてくれた”」
「“耳に水が入ったって言ったら、丸くて温かい石を拾ってきて耳に押し当ててくれたっけ。すぐに水が抜けてビックリしたぜ”」
───オレも、クロ[[rb:兄 > にぃ]]に救われた。川で死にかけた時よりもっと前に。
「“その時から、[[rb:玄來 > げんき]]は俺の憧れで、何でも出来る自慢の幼馴染だったぜ”」
───その時から、クロ[[rb:兄 > にぃ]]はオレの憧れで、何でも出来る自慢の兄ちゃんだった。
「“でも、俺には何の取り柄も無くて───”」
───今の自分じゃなくて、クロ[[rb:兄 > にぃ]]に相応しい自分に成ろうと思ったんだ。クロ[[rb:兄 > にぃ]]は小さい頃から人気者で、周りにはオレと違って明るくて楽しい人たちが沢山居たから。
「“だから、[[rb:玄來 > げんき]]みたいに成りたかったんだ”」
───川で死にかけるような失敗もしたけど、お陰で今のオレがある。
「“だから、感謝してるんだ。[[rb:玄來 > げんき]]に”」
───そして、沈黙が続いた後、背景の桜の木を見てハッとした。
“誰かを心から想う人が訪れるとき、その人のために花を咲かせる”
そのフレーズが頭を過ぎった時、[[rb:春樹 > はるき]]がオレを呼んだ。
「“なあ、[[rb:玄來 > げんき]]”」
もしかしたら───
「“俺はそのへんの奴らに比べたら、取るに足らないような奴かもしれないけど───”」
この桜は───
「“お前の魅力は誰よりも知ってる。それだけは誰にも負けないって、胸張って言える”」
こいつの───
「“だから───”」
[[rb:春樹 > はるき]]のために───
「“だから俺は・・・ずっとずっと───”」
───画面が暗転し、夕暮れ時の空と桜の木と桜吹雪を背景に満面の笑みを浮かべる[[rb:春樹 > はるき]]のイラストが表示された。
「“ずっと、お前の親友で居てやるよ!”」
「え・・・」
思わず声が漏れた。
「“お前、ほっといたら意外と彼女も出来ない奴みたいだからな”」
───違う。
「“しょうがないけど、親友で献身的なこの俺が───”」
───違う。
「“これから何回だって───”」
───違う!!
「“サポートしてやるよ!”」
イラストの中の[[rb:春樹 > はるき]]は首元でオレがプレゼントした羽のネックレスを摘んで持ち上げて笑っている。
オレはたまらず叫んだ。
「違う!!! お前はオレのことが好きなんだ!!!」
それを言葉にした時、霧を晴らすような風が吹いた気がした。その風はオレの全身の毛を根元から揺らすように吹き去っていった。
「オレは・・・」
目を瞑ると、クロ[[rb:兄 > にぃ]]の顔が浮かんでくる。
笑った顔、怒った顔、照れてる顔、拗ねてる顔、───。
浮かべる度に優しい気持ちになっていく。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]・・・」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]がオレを呼んでくれる声。笑った声。褒めてくれる声。ふんにゃ〜の声。
思い返す度に胸に熱いものが満ちてくる。
満ちて、そして、瞳からあふれて。こぼれた。
オレはやっと、何を失ったのか気付いた。
───好きだったんだ
オレは嗚咽だけを噛み殺し、ただ溢れ続ける熱をそのままにした。
───好きだったんだ
ゲーム機を置いて、拳を握った。
掴むべきものを失った空の手をただ握った。
「オレはッ───!」
その先を声に出すことはしなかった。出来なかった。
喉から沸き上がるものを全て噛み殺して、溢れ続ける熱にひたすら耐えていた。
オレは───
だから、ただただ心の慟哭を頭の中で言葉にしていた。
───クロ[[rb:兄 > にぃ]]のことが、好きだったんだ・・・!!
部屋の中の空気が、ひどく冷たく感じた。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
難☆産
お待たせしました。
完全にシリアスパートですね。[[rb:玄來 > げんき]]覚醒までもう少しなので耐えてください!!
作者も早く[[rb:玄來 > げんき]]覚醒パートが書きたくてウズウズしてます!でももう一回泣かせますが!
☆重要なお知らせ☆
なんと[[jumpuri:ha_lol(ハロ)さん > https://www.pixiv.net/users/40201744]]から[[rb:玄來 > げんき]]のFAを頂きました!!
ものすごく丁寧にこだわって描きこんでくださったちょっとエッチなカッコ可愛い[[rb:玄來 > げんき]]…!!
頂いたことに気付いた時、他の人の前にも関わらず驚愕と喜びで奇声を上げました。(事実)
本当にありがとうございます!!
[[jumpuri:[[rb:玄來 > げんき]]のFAへ→ > https://www.pixiv.net/artworks/122015682]]
[[jumpuri:X(@halolon_21) > https://x.com/halolon_21?t=zdeVEVbI78YvI7TthiKZCg&s=09]]
(作者的には絵だけでなくキャプションも見て欲しいです…!)
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いつも柴クロをお読みいただき、ありがとうございます。
蒼空ゆうぎ