「うわー! 温泉旅館みたいだねクロ[[rb:兄 > にぃ]]!」
「だなー! スーパー銭湯マジでスーパー!」
玄関口から中に入ると、賑やかな温泉旅館だった。
6月も半ばの日曜日のお昼前。[[rb:優 > ゆう]]の提案で俺たちは[[rb:玄來 > げんき]]とユズを連れてスーパー銭湯に来ていた。
アパートからは少し離れていたため、俺と[[rb:玄來 > げんき]]はバスで来た。[[rb:優 > ゆう]]はいつも通りバイクで、ユズは近くまで家の人に送ってもらったらしい。何故現地までじゃないのかは分からないが、他の用事でもあったのだろうか。
「いい感じでしょ?」
「ああ! 銭湯ってもっとこぢんまりしてるもんだと思ってたよ」
「スーパー銭湯だしね」
[[rb:優 > ゆう]]もテンションが上がっているのか、機嫌が良さそうに見える。[[rb:玄來 > げんき]]もユズが合流した瞬間以外は尻尾をブンブン振っている。
銭湯は2階建てで、和テイストにまとめられた外観は温泉旅館のようだった。特に[[rb:塀瓦 > へいがわら]]がそれっぽさを出していた。
石で囲まれた玄関の植え込みでは、幹の細い木が青々とした葉を広げ、ツツジが花を咲かせていた。
俺たちは玄関で靴を脱ぎロッカーに預けたあと、券売機で入場券を買い、受付を済ませた。
「うげぇ、ここスリッパ無いのかよ。信じらんねぇ、持ってくれば良かった」
入館早々、ユズが渋い顔で愚痴をこぼしている。
前々から思っていたが、ユズってまあまあなお坊ちゃんだったりするのだろうか。
いつも奔放さが目立つが、細かい部分の所作は綺麗に見える。服もシワひとつなく、いい匂いがするし、オシャレで質感もいい。
うちの大学は女性の目がほとんど無いせいか、そういうところに気を使う奴は比較的少ない。[[rb:優 > ゆう]]だってシャツの柄を除けば、いつものパーカーの有無以外に服装が変わったことが無い。こだわりも無いらしく、デフォルメされたドデカいにゃんこの顔がプリントされたシャツを着ていた時は爆笑した。
「解放感あって俺は好きだぞ。雰囲気も和風だし、畳の上でスリッパとか履かないだろ?」
「いや、ここフローリングだし」
あと今日のユズのバッグが1番ヤバい。ロゴが目立たないようになっているが、間違いなくこれはCUGGIのトートバッグだ。纏っているオーラが違う。俺が気付いて無いだけで、大学のカバンもブランドだったりするのだろうか。
「お風呂は2階だよ」
「よし、先に風呂入って、上がったら昼飯にするか」
[[rb:優 > ゆう]]は何回か来たことがあるらしい。俺たちは[[rb:優 > ゆう]]の後に続いて、中央にある広々とした階段へ向かった。
「ちなみに・・・」
階段を登る前に[[rb:優 > ゆう]]は足を止めて、チラリとこちらを振り返った。
「ビンの牛乳も売ってる」
「飲む!」
「マジすか!」
その一言で俺と[[rb:玄來 > げんき]]のテンションは爆上がりした。
銭湯とビンの牛乳の間には、おにぎりと海苔みたいに分かちがたい関係がある。紙パックでもコップでもダメだ。ビンが重要だ。
紙の蓋をポンと取って、腰に手を当ててゴクゴク飲んで、ぷはーしなければ満たされない。若造の俺にもそんな日本人としての魂の渇望があるのだ。
「[[rb:玄來 > げんき]]、ユズ、俺がおごってやる。飲むぞ!」
「うん!」
「え、別に要らな・・・」
俺はテンションが正反対の2人の間で肩を組み、鼻歌交じりに階段を登った。
[[rb:玄來 > げんき]]だけは肩を組みかえしてくれて尻尾の調子も絶好調だ。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]とお風呂入るのも久しぶりだね。オレ背中流すの手伝うよ!」
それを聞いて俺は閃いた。
半分忘れかけていたが、これは[[rb:玄來 > げんき]]とユズを仲良くさせるための企画だ。丁度いいかもしれない。
「[[rb:玄來 > げんき]]、お前ユズの背中流してやれ」
「えええ!?」
「はあ!?」
[[rb:玄來 > げんき]]とユズが同時に声を上げる。
ユズはいつも通りの反応だが、[[rb:玄來 > げんき]]も気が緩んでいたのか、本人の前で露骨に声を上げてしまっている。
「俺はお前たちに仲良くなって欲しいんだ。色々お湯に流して裸の付き合いしようぜ?」
俺はこの後に待ち受けているご褒美だか試練だか分からない入浴タイムのことをすっかり忘れて兄ちゃんヅラしている。
「ユズも[[rb:玄來 > げんき]]の背中流してやるんだぞ?」
「嫌だ」
「じゃあ俺と流し合いっこするか?」
「だから・・・」
俺はつべこべ言うユズにグイッと顔を近づけた。
「それとも俺だと緊張しちゃったりするのか?」
「はぁぁあ!? 何言ってんのコイツ! 意味分かんないんですけど!!」
ニヤつく俺にユズは声を荒らげる。
「そうだよなー。ユズも2つ上の先輩だと緊張しちゃうよなー。面倒見てやるんだぞ[[rb:玄來 > げんき]]」
「話を聞け!」
俺は少し背の縮んだ[[rb:玄來 > げんき]]とツンツンしているユズを両腕に抱えて湯殿へ向かった。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
「・・・[[rb:優 > ゆう]]ってさ」
「なに?」
「マジでデカいよな・・・色々と」
「クロのエッチ」
「なっ!?」
俺は洗い場で[[rb:優 > ゆう]]のでっかい背中をワシワシ洗っていた。
身体のデカさ、毛皮の上からでも分かる鍛え上げられた肉体、叩けば除夜の鐘みたいな音が鳴りそうなほど荘厳な象徴。すれ違う人に3度見4度見されている。
しかも[[rb:優 > ゆう]]と[[rb:玄來 > げんき]]のノンケ2人は、そのご立派様をタオルで隠さないノーガードスタイルだ。目とイケナイ熱のやり場に困る。
男でも惚れ惚れするだろう[[rb:優 > ゆう]]の身体を直接触っている状況も結構ヤバい。
俺はこれ以上余計なことを考えないように、右隣で身体を洗っている犬猿の2人組を見た。
「・・・」
「・・・」
─────無。
それ以上に相応しい表現は無いと確信出来るほどに2人の表情は無だった。
ユズも、その背中を洗う[[rb:玄來 > げんき]]も生気が感じられない。2人とも心が体を見捨てて逃げたような感じになっている。
ユズが無言でシャワーを手に取り泡を流し始めると、[[rb:玄來 > げんき]]も無言で立ち上がり、その隣の洗い場で手を洗う。
重症だな・・・。
[[rb:玄來 > げんき]]のあんな顔は見たことがない。
いや、あるか。小さい時に[[rb:玄來 > げんき]]が虫嫌いなのを知らなくて、顔にアゲハ蝶の幼虫をくっつけた時にあんな顔してたな。あと、ゴキブリ見つけて固まってた時。
昔から我慢癖があるのは分かっているが虫レベルで嫌なのか・・・。
それはそれとして、立ち上がった時に見えた[[rb:玄來 > げんき]]のご立派様は脳内フォルダにしっかり保存し、俺も[[rb:優 > ゆう]]と交替した。
◆◆◇◇◆◆
「あの・・・[[rb:優 > ゆう]]?」
「なに?」
「いや・・・なんでもない」
「ふーん?」
俺は[[rb:優 > ゆう]]に交替で背中を洗ってもらっている。
ワシャワシャワシャ────────
[[rb:優 > ゆう]]の手はデカい。そしてゴツい。
それなのに・・・
ナデナデナデ──────────
手つきが優しすぎる!!
[[rb:優 > ゆう]]のことだからもっとガシガシ来るのを想像して構えていたのに、なんだこの柔らかな手つきは。
全体を満遍なくワシャワシャして泡立てたあと、その泡でマッサージをするみたいに肉球が背中を撫でる。美容師かお前は。
デカくてゴツい手でこんなに優しくされると、ギャップで変な気分になってしまう。色んな意味でくすぐったくて気持ちいい。
ホモの俺には半分拷問だ。
「クロのエッチ」
「んなっ!?」
おちょくってるだけだとは分かっているが、後ろめたさがある分、下手に付き合うとボロが出そうだ。
俺は気紛らわすために再び隣の2人を見た。
「・・・」
「・・・」
──────無。
交替前と表情が一切変わってない。
ユズが[[rb:玄來 > げんき]]の背中を洗っているが結構雑だ。
それを意に介する様子も無く[[rb:玄來 > げんき]]の表情は無だ。
どうしたものかと天井を見上げると、隣から小さく聞き馴染みのない声が聞こえた。
「・・・ヒャン」
[[rb:優 > ゆう]]も気付いたようで2人で隣を見ると、[[rb:玄來 > げんき]]が生気を取り戻したを強ばらせていた。
[[rb:玄來 > げんき]]の表情が見えていないユズも手を止めて怪訝そうな顔をしている。
「なんか今変な声が・・・」
「なんでもねーよ!」
ユズの言葉を遮るように[[rb:玄來 > げんき]]が反応する。
その後、すぐにユズはニヤァとイタズラ小僧の笑みを浮かべた。
「あれれー、ゲンキせんぱーい、どうしたんですかー?」
あ、これマズイかもしれないぞ・・・。
「何がだよ!」
「さっきー、ものすんごくカッワイイ声が聞こえちゃったんですど〜、気のせいですか〜?」
「気のせいだ! いいから続きやれ!」
「分かりましたー。じゃあ、“続き”しますね〜?」
瞬間、ユズは[[rb:玄來 > げんき]]の脇に両手を滑り込ませた。
「ヒャンッ!!」
[[rb:玄來 > げんき]]は身体をビクリと強ばらせて声を上げた。
・・・かわいい。
「てんめぇ!!」
「あーもう洗うの疲れたー。風呂入ろー」
ユズは[[rb:玄來 > げんき]]から逃げるように別の洗い場で手を洗って、足早に風呂へ行ってしまった。
咄嗟のことだったにも関わらず、ユズは腰にタオルをしっかり巻いていた。
ガード固いなあいつ。
「待てコラ!!」
「待て待て[[rb:玄來 > げんき]]。ステイステイ」
俺はユズを追いかけそうな勢いで立ち上がった[[rb:玄來 > げんき]]の尻尾を掴んだ。
「止めないでクロ[[rb:兄 > にぃ]]! あいつ絶対シバく!」
「止めるに決まってんだろ! 公共の場だぞ落ち着け」
[[rb:玄來 > げんき]]はウッと言葉を詰まらせ、致し方なしといった様子で座った。
昔から[[rb:玄來 > げんき]]は脇が弱かったが今も弱いようだ。
しかし、ユズのお陰で無駄に緊張することなく[[rb:玄來 > げんき]]の裸を見ることが出来た。
毛がぺっとり張り付いて筋肉の浮き出た身体とか、張りのあるお尻とか・・・。
叶わぬ恋だし、叶える気ないし、このくらいはいいよな?
俺はさっき目に焼き付けた映像もしっかり脳内フォルダに保存した。
「クロのエッチ」
「なにが!?」
◆◆◇◇◆◆
俺たちはユズを追って美人の湯と書かれた露天風呂に浸かっていた。
「ヴー・・・」
[[rb:玄來 > げんき]]はさっきのことをまだ引きずっているらしい。頭に畳んだタオルを乗せ、鼻が浸かるギリギリまでお湯に浸かり、恨めしそうな目でユズを見ている。ワニかお前は。
「げーんき、許してやれって。後輩のかわいいイタズラだろ?」
「ブクブクブク・・・」
何かブクブク言ってるようだが、ワニ状態では口が湯に浸かっていて聞き取れない。
「全然かわいくないって」
「なんで聞き取れるんだよ!?」
[[rb:優 > ゆう]]が[[rb:玄來 > げんき]]のワニ語を通訳して教えてくれる。
[[rb:玄來 > げんき]]の様子からしても合っているらしい。
「じゃれただけだって。お前ら空気重かっただろ。くすぐるくらい、俺は可愛げがあっていいと思うぞ」
「ブクブクブク・・・ブクブクブク・・・」
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]は俺よりユズのほうがかわいいんだ。だって」
「だからなんで聞き取れるんだよ・・・」
[[rb:玄來 > げんき]]もそろそろ顔出してしゃべってくれ。
普段はこんなお行儀悪いことする奴じゃないんだが・・・。
「つーかさ、なんで俺がそのワン公・・・ゲンキ先輩と仲良くしないといけないわけ? 幼馴染同士で仲良く兄弟ごっこしてればいーじゃん」
そう言ってユズはそっぽを向いた。
[[rb:玄來 > げんき]]はその言葉にカチンときたようで、マズルにシワが寄り始めていた。
「そうだね。じゃあ猿野くんは俺とあっちのお風呂でも行こうか」
ユズに飛びかかりそうな雰囲気の[[rb:玄來 > げんき]]を後目に、立ち上がったのは[[rb:優 > ゆう]]だった。
「えっ・・・あっちの風呂ってなに・・・ですか」
「電気風呂」
「はあ!? 何それ怖!」
抵抗を全く意に介さず、[[rb:優 > ゆう]]はユズを捕まえて電気風呂があるらしい方へ向かってしまった。
「俺たちも移動するか?」
俺は未だワニ状態の[[rb:玄來 > げんき]]に声をかけた。
この銭湯は実に様々な風呂があり、今いる露天風呂のスペースだけでも、壺湯や寝湯、打たせ湯といった種類のものが見える。風呂を巡るだけでもしばらく楽しめそうだ。
「ブクブク・・・」
何か言っているが、俺にワニ語は分からないのでもう少しこの湯に浸かっていることにした。
中の風呂と違って、露天風呂は湯気の昇る様子がよく見える。
それだけでも日本人としては心休まる情景なのだが、横にいるモフモフワニは一応俺の想い人だ。落ち着くと意識してしまう。
途端に一緒に風呂に入っている気恥ずかしさが湧いてきて、静寂に心許なさを感じる。
俺は風呂の中で膝を抱えて、[[rb:玄來 > げんき]]と一緒にワニになってみた。
確かにさっきより落ち着く。
横目で[[rb:玄來 > げんき]]の顔を見ると、まだ少し元気無さげに見えた。
俺はワニ状態のまま、[[rb:玄來 > げんき]]ワニの耳に手を伸ばした。
[[rb:玄來 > げんき]]は耳をピクリと動かしてこちらを向く。
俺はそのまま[[rb:玄來 > げんき]]の両耳を裏返してみた。
頭が丸くなってさっきよりワニっぽい。
俺がブクブクと笑うと、[[rb:玄來 > げんき]]がムッとして俺の耳も裏返してきた。
じっとお互いの耳を見ていると、同時にぷるんと元に戻った。
俺と[[rb:玄來 > げんき]]は顔を見合せてブクブク笑った。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
まだまだ続くよ銭湯回!
【定期】
Twitter(X)で #柴クロ小ネタ と検索すると過去の小ネタが全部見れるようにしてあります。
物語と合わせてお楽しみください。
また、1日1回は何か呟くようにしてるので、生存確認にご利用ください。
誤字脱字報告なども大変助かります。
いつも柴クロをお読み頂きありがとうございます。
蒼空ゆうぎ