11話 イチと催淫害悪フラワー(3) よせあつめ外伝11
部屋に戻ったイチは窓から差し込む月明りに照らされた花を見て今更ながら驚いた。
「マッカー、君は随分大きくなったなあ」
最初見た時よりも大きくなったのもそうだが、茎も一回り以上太くなったのではないか。花弁は大きく開き、生命の存在感を見せつけている。花に明るくないイチから見てもその成長速度は普通でないように思えた。
しかし花が良く育っているのは悪い事ではない。
今度鉢を変える必要があるかな、などと思いながら気にはしなかった。
それよりも今日は良く寝れそうな予感がしている。
この時とったイチの行動は実にイチらしい。
机の上のガンベルトに挿していたカーペイト15式魔導回転拳銃を枕元に忍ばせた。
安全が確保できていない場所ではいつもそうしているが、流石に部屋の中でそれはしていない。
だが、こうすると不思議と心は落ち着いた。
ベッドに横たわると先程まで感じていた心と体の疼きはほとんど鳴りを潜めていた。
やがて眠りに落ちたイチを見下ろすかのように、窓際の花が月明りを浴びて妖しく輝いていた。
◆
エルビアニカと話し、平和な眠りにつけると思ったイチだったが、やはりその晩も夢を見た。
ここ最近イチを悩ませる淫らな悪夢である。
____くそ、またか。
イチはこれから起きる展開を思い夢の中で身構えた。
しかし今夜の夢は今までと違っていた。
やはり花畑に寝そべっているのはいつもと同じなのだが……。
____!?
今まで着ていたローブはなくなり白く薄いシルクの帯が身体に巻かれているだけで、大事な部分を辛うじて隠せているくらいで殆ど裸同然だった。
いつもの暖かな陽光は不気味な桃色の光になっており、周囲には妖し気な靄がかかっている。
しかも、
「____なッ!?」
イチは胴体が伸びた花の茎でがんじがらめに拘束されている事に気が付いた。
しかもその茎からはネチャネチャとした粘液が滴っており、イチの白い肌を汚している。
はたから見れば肌色にからみつく緑色の茎に縛られ恥部を最低限の布で隠したその姿は酷く煽情的に見えるだろう。
「くそ! う、動けない! ____くぅッ……!」
身体を起こして逃れようと藻掻くも、絡みついた茎のせいでどうにもならず、かえって乳房や股間の肉に蔦が食い込み神経が刺激されてしまう。
「…………ッ、……………んんッ!」
藻掻けば藻掻くほどイチを苛む茎はイヤらしく身体に食い込んでゆく。
気が付いた時には柔らかな乳房や太股の間にある深い部分が狂おしく締め付けられていた。
しかも、
「んッ________アアッッ」
その拘束感は何故か不快でなく、むしろイチの神経を高ぶらせているようだった。
敏感な突起や窪みに茎がコリコリと擦れるたびに身体が反応してしまいそうになる。
肉体をキュウキュウと締め付ける圧迫感に何故か興奮さえ覚えた。
____こんな夢に、流されてたまるか!!
しかしイチは不屈の心で沸き上がる劣情に抵抗した。
エルビアニカの言った通り、自分の性欲に流されるのも悪くはないだろう。
しかしそれは自分の意志であってのことだ。
この気高き冒険者の少女はよくわからない夢の囁きなどに流されたりはしない。
歯を食いしばり身をよじり必死に抵抗の意志を示す。
その意志が悪夢に打ち勝とうとしているのか、腕が徐々に動かせるようになりはじめた。
しかしそうはさせまいとにじり寄る影がある。
何度も夢に出て来た蛇だ。
しかも、おお! なんという事だろう。
蛇はその姿を邪悪に変え、赤黒く脈動する一本の肉の柱のような姿になっていた。その姿はまるで……。
「私は、こんなもの望んじゃいない!!」
イチはその悍ましい蛇の姿を見て息を呑んだが、やはりこれは自分の意志とは関係なく見させられている夢だと確信し悪夢と戦う闘志を燃やした。
____なにか、なにかないのか!?
しかしなんとか腕を動かせはするものの蛇は既に身体に巻き付き、その蛇腹が胸や露出した素肌をなぞるたびに意志を折るような甘い快感が襲ってくる。
蛇はイチを甘い快楽の世界へ誘おうと、ねちっこくイチの弱点を刺激し抵抗力を挫こうとしているのだ。
「くああッ♡ ________こ、このッ、____♡」
そして蛇はイチの下腹部を這いまわりながら太股の間に滑り込み、イチの決して犯された事のないあの場所へ粘液を滴らせ突き侵そうと鎌首をもたげた!
自分の大切に守って来た場所が夢の中とは言え無遠慮に犯されそうになったのを見てイチは己を激発させた。
「________この野郎!!」
不屈の意志が力となってイチの右腕を完全に開放し、自由になった右腕にはいつのまにか愛銃のカーペイト15式が握られている。
「私の夢から出て行け!!」
イチが蛇に向けて引き金を引いた瞬間、悪夢の世界は破壊された。
「うおおおおおおおおおおおおおお!?」
しかし夢から目覚めたイチが見たのは己の身体に巻き付きがんじがらめにしている緑色の蔦と、夢の中の蛇と同じようにその先端を自分の秘部に向かって伸ばす触手であった。
そしてその触手と蔦はイチがマッカーと名付けた窓際の花から伸ばされていたのだ!
「マッカー! お前!!」
イチは自分が名付けた赤い花を敵と見做し、細い緑色の触手が絡みついた腕を上げた。
手には夢の中と同じようにカーペイト15式のズシリとした重みを感じている。
どうやら触手はイチの腕を押さえつけるだけの圧力を持っていないらしい。
銃口を植木鉢に向けると頼れるシングルアクションリボルバーの撃鉄を上げる。
暴発を恐れていたので弾丸は入れていない。
自分の内なるマナを質量に変換する魔導弾で対処するしかなかった。
「離せ!!」
引き金を引くと青い魔導弾が閃光となって植木鉢を砕く。
ガシャンと陶器の割れる音を響かせ、植木鉢は土をぶちまけ、マッカーと名づけられた花はイチに伸ばしていた太い触腕を引っ込め床に放り出された。
____こいつ、花じゃない!
そしてイチはマッカーの本当の姿を見た。
床に投げ出されその姿を現したそれは球根ではなかった。
玉ねぎに似た形の本体に、移動の為の短い触手がウソウゾと蠢いている。
花と思っていたマッカーは触手類だったのだ!
マッカーは擬態を見破られた為、生殖の為でなく攻撃の為にイチを触腕で襲う。
雄しべに似た細い触手でイチの身動きを封じ、雌しべの部分から頑丈な触腕を伸ばしイチの首を絞め窒息させようとする。
「ぐッ………………くっ、こ____の………!」
擬態する生物はその生存戦略の性質から、他の同種族よりも戦う力は劣る傾向がある。
それはマッカーもそのようで、触手類でありながらイチを完全に抑え込めるだけの力はない。
しかしどんなに弱くても触手類は獲物を捕らえる為に触手を発達させた生物だ。
イチはなんとか抵抗しているが、首を絞められギリギリの状況である。
腕を震えさせながらなんとか本体に向けて魔導弾を放ったが、魔導装置の性質故に体力とトレードオフであるため完全な威力は発揮できず、マッカーの本体に中程度のダメージを与えるしかできない。
「く………………、か………………は………………」
意識が薄れてきた。
イチは不屈の意志で更に魔導弾を放とうとするも、身体がついていかない。
魔導装置は魔法を使えない者でも扱えるが、生じた結果に相当するだけの体力を奪う。
このままではイチは気を失い、そのまま絞殺されてしまうかそうでなくても胎に触手類の子種を仕込まれてしまうだろう。
____ちくしょう………………………………こんなやつに………………………………!
意地で触手に抵抗していたが限界であった。
目の前が徐々に暗くなり、落ちてしまいそうな最中、エルビアニカがイチの寝室のドアを開けた。
「イチちゃん!!」
エルビアニカは状況を確認するなり、イチを苦しめる触手の本体へと手にしたカーペイト8式ショートモデルを4発、5発と発砲した。
花に擬態した触手は弾丸によって開けられた銃創から赤い血液を噴き出し、僅かに脚を動かした後に伸ばしていた触手をしなびさせて絶命した。
「いったい、なにがあったんだい? この花は………………」
エルビアニカは動かなくなったマッカーと咳き込むイチを見比べて顔を顰めた。
「____わからんが、私が迂闊だった。見ず知らずの花なんぞ、受け取るもんじゃなかった」
その後、銃声を聞いて寮の大家であるジーナ・イリーフや町民たちが様子を見に来たがイチの身体には何事もなく、結局イチは部屋を傷つけた事で修繕費を請求される事になる。
ともあれイチを悩ませていた原因は取り除かれる事になったのである。
◆
次の日の朝、冒険に出ていたミュルガルデらが帰って来た。
イチとエルビアニカも迎える形で居間に行き、しばし仲間同士で談笑になる。
花に詳しいミュルガルデが言うにはイチが飾っていた花のような生物は「マドロミモグリ」という種類らしい。
この触手は花に擬態し近くで生活している生物を獲物にし、催淫性の花粉を漂わせ獲物の身体を昂らせ、獲物が寝ている間に生殖を行うとのことだった。
その話を聞いたイチは憤慨した。
「とんだ害悪フラワーもあったもんだ!」
憤慨しながら変な造語を使うイチのワードセンスはよくわからない。
「害悪……フラワーですか」
ハーフミノタウロスのミュルガルデはイチのワードセンスに苦笑している。
「まあまあ、何事もなく住んで良かったじゃないか」
ルーナハイムの居間で仲間たちが談笑している中、エルビアニカはイチに言った。
「何事もなくない。部屋の修繕費を請求された」
イチは紅茶を飲み干し唇を尖らせる。
そんなイチを見てエルビアニカは悪戯っぽく笑うと、イチの隣に腰を下ろして耳元で囁いてみせた。
「男を知る前にくだらんことで初めてを奪われなくてよかった。____そうだろ?」
エルビアニカの囁きにイチは顔を赤くした。
「うるさい! そんなもの、私には必要ないからな!!」
怒って自分の部屋に戻っていくイチの背中をエルビアニカはケラケラ笑って見送った。
どうやら良い依頼が見つかりこれから冒険者ギルド某支部でブリーフィングがあるらしい。
冒険者ギルドといえば、結局誰がなんの目的でイチにそんな花に擬態した触手類を渡させたのか、誰に聞いても判明しなかった。
イチに歪んだ劣情を抱いた者や、あるいはイチの活躍を疎ましく思った者の犯行か、それとも花が擬態した触手類だとは知らず本当の好意で送ってしまったのか。
わからないまま、やがてこのことはイチの日記に書かれているだけの珍事としてイチ自身も記憶の戸棚に閉まってしまい思い出す事もあまりなかったのだろう。
筆者としてもわからないままこの話を終えることにする。
『イチと催淫害悪フラワー・完』
次回、『イチと精神病院』