11話 イチと催淫害悪フラワー(2) よせあつめ外伝10

  それからしばらくの間、イチは淫らな夢に悩まされる日が多くなった。

  昼は昼で、適当な依頼に恵まれず道路整備の手伝いや農場の見張りなど、日銭を稼ぐ単調で冒険心を刺激されない依頼ばかりをこなして取りあえずの日銭を稼ぐしかないので充足感もない。

  こんなことならメイメイらの依頼に同行させてもらえばよかったと考えている。

  一方、エルビアニカは意中の男といい感じの関係になっているようだった。

  相手は奥手なのか真面目なのか、エルビアニカが色仕掛けをつかっても中々手出しをしてこず、その純朴さがむしろエルビアニカを燃えさせた。

  この日の夜もエルビアニカはルーナハイム居間のソファで美容の為の薬草茶を飲みながら次の一手を考えていたのだが、街路警備の依頼から帰ってきたイチが帰ってきた。

  エルビアニカから見て最近のイチは様子がいつもと違う。

  何かを思い煩っているのか、どことなく身体と精神の芯が女々しくなっているように見える。

  「最近遅いねえ。なんだい。男でもできたのかい? どんな男だい? イチちゃんをその気にさせるなんて。やっぱり同じ冒険者かい?」

  エルビアニカとしては可愛い後輩冒険者にもついに色恋沙汰に目覚めたのが面白いのだろう。茶化すように言った。

  「そ、そんなわけあるか!」

  からかわれてムキになって否定するイチがおかしいのだろう。

  エルビアニカはイチが誤魔化そうとしていると早合点しクツクツと笑った。

  

  「そういう臭いがするんだけどねえ」

  半分はカマかけだが、事実エルビアニカはイチからほのかに発されている雌の臭いを敏感に嗅ぎ付けている。

  「なんのことだよ」

  戸惑ったように言うイチにやはりエルビアニカはイチにもそういう相手がいるものだと思い込んでいる。

  「たまには、切なさに身を任せるのも女の性さね」

  立ち上がって近づくと、からかうように耳元で囁いた。

  「バカヤロウ! なに言ってるんだ!」

  怒って階段をあがり自室に引っ込んでしまったイチを見てカラカラ笑った。

  せっかく自由な時代に生まれたのだ。

  エルビアニカは女としてこの時代を思いのままに泳ごうとしているのだろう。

  ◆

  また別の日の夜、イチは寝付けなかった。

  ブランケットに包まり、寝間着を着た身体を丸くしている。

  いつもであれば明日の依頼の事や1日の反省、そしてたまに自分の失われた記憶について考えている内に寝てしまうのだが今夜はまた別の感情に脳が奪われ眠気が助けてくれない。

  ____なんで……こんな気持ちに……。やっぱり、エルビアニカの言う通り、わたしも女だからかな。

  身体が熱くほてり、何もないのに心臓の音がいつもより高い。

  神経が妙に昂っており、気にしないようにしていても肌やもっと重要な部分の疼きがちっとも収まらない。

  イチは腕で自分を抱くように寝ているが、無意識のうちに太ももをもぞもぞと擦り合わせるように動かしているのに気が付いているのか、いないのか。

  身体が汗ばんでいるのはどうやら6月の湿気のためだけではなさそうだ。

  ____なんで今日に限って、誰もいないんだ。

  この日、他の仲間たちもそうだがエルビアニカも帰ってきていない。

  どうせ男と会っているのだろうが。

  もし他の仲間がいれば、気を紛らせるために居間にでもいって誰かと話して眠くなるのを待つこともできたのだが。

  ____エルビアニカは、男と、やっぱエッチなこと、してるのかな。

  イチは頭の中で裸で男と抱き合うエルビアニカを想像した。

  そういう経験はないものの、どういうことをするかぐらいは流石に知っている。

  そしてその場面を自分に置き換えて想像してしまう。

  それだけで自分がどうにかなってしまいそうだった。

  ____わたしも、いつか、そういうことを……。

  自分を抱くようにしていた腕が無意識に動く。

  指先は気が付けば乳房と、太ももの間に伸びていた。

  ____………………んッ。

  指先がその熱くなった場所に触れた途端であった。

  「誰か起きてないのかい!? 酒だよ酒!! あのオカマ野郎!! 何のために男に生まれたんだい!?」

  酔ったエルビアニカが帰るなり下の階で騒いでいる。

  どうやら男と上手くいかなかったようだ。

  その声を聞いたイチは思わず自分の手を引っ込めた。

  

  「え、エルビアニカ! 帰って来たのか!?」

  イチは我に返り、自分の劣情を誤魔化すように薄手のカーディガンを羽織ると部屋から下の階に降りて行った。

  自分の部屋で咲く真っ赤な花が弾けそうなほど大きく育ち、そしてまるで充血しているかのように赤さを増している事に気が付かないまま。

  ◆

  「まったくなんだいあの男は! こっちがその気になってるってのに、手を出すどころか………あいつがなんて言ったかわかるかいイチちゃん!?」

  エルビアニカはグラスに注いだウィスキーを一気に呷り、さっきまで会っていた男の口真似をしてみせた。

  「あなたとそうなるのは、もっとお互いをよく知ってから……だってさ! あたしの何を知りたいってんだい? んでもってあたしに何をわかって欲しいってんだい!? 奥手も度が過ぎりゃただの甲斐性なしじゃないか!」

  男はエルビアニカが会った中では珍しく清純なタイプの男だったようで、身体の関係だけを期待していたエルビアニカとは真逆だったらしい。

  筆者としては男に同情したい気持ちと、勿体ないと思う気持ちとで心がふたつある。

  若い一部の男性読者にはエルビアニカの気持ちは理解不能だろうが、こういう女もいるということは知っておいてもよい。

  エルビアニカの隣でウィスキーの水割りを飲んでいるイチもエルビアニカの気持ちがわかりそうでわからない。

  「な、なあ。なんでエルビアニカは、そんなに男遊びが好きなんだ? き、気持ちがいいからか?」

  率直な気持ちを疑問にしてぶつけてみた。顔が赤いのは酒のせいだけではない。

  「なんでって、そりゃ、せっかく女の身体に生まれたんだ。色々したいのが人情だろ。気持ちいい事が嫌いなやつがいるかい?」

  「そうなのかなあ」

  イチの様子にエルビアニカはイチが何か思い悩んで相談をしようとしているのかもしれないと気づいた。

  酔っていても後輩の相談を聞くだけの余裕はある。

  そもそも酒が強い。気持ちを発散させるために酔った気分で話していたのは否めない。

  「男のことだろ? なんだいもうそんなに進んでいるのかい? 羨ましいねえ。一回やっちゃいなよ。そっちのほうがスッキリするし、世の中の見方が変わるよ」

  これはエルビアニカの率直なアドバイスで、そこにからかいはない。

  しかしイチは「そうじゃない」とでも言いたげに首を振った。

  「なんだか最近、身体が変なんだ。………………その、なんだかエッチな気分になって、なかなか寝れないんだ」

  切実そうに言うイチを見てエルビアニカは笑った。

  まさかそんなに可愛い悩みだとは思わなかった。

  「わ、笑うなよ!」

  「ごめんごめん。イチちゃんだって年頃なんだ。そういうことを楽しんでもいいじゃないか。なにも変な事はないよ」

  むしろエルビアニカからすれば目覚めるのに遅いくらいだ。

  もしかしたら記憶喪失のせいで目覚めが遅れてきたのかしら、などとも思うが。

  「そうなのかなぁ」

  頬を上気させて酒をちびちびと口にするイチを見てエルビアニカは優しく微笑んだ。

  「イチちゃんは、エッチなのが嫌いなんだ」

  エルビアニカの優しい声色にイチは普段なかなか人に話さない心の内を気が付いたら口にしていた。

  「そういう気分になるのが、恥ずかしいんだ。誰かが見ているわけじゃなくても、なんだか恥ずかしくて」

  イチはエルビアニカを見て慌てて言葉を足した。

  「べ、べつにそういうのが悪いって思ってるわけじゃないけど、なんだか自分がそういう事をしたら、自分が嫌になってしまいそうで」

  エルビアニカはそう話すイチが愛おしく感じた。

  もし自分に妹や娘がいたらこんな話しもしたのかもと思うと愛おしく感じるのだ。

  だから茶化さず真剣に答えた。

  「それもさ、冒険者のイチちゃんでいいじゃないか」

  「冒険者の、わたし?」

  エルビアニカはイチが冒険者という生業に誇りを持っている事を知っていて、敢えて冒険者という言葉を使ったがイチにはピンときていないらしい。

  「したければする。したくなければしない。どっちも自由に選べばいい。恥ずかしいと思うのも自由だし、自己嫌悪も自由だ。未来の嫌な気持ちなんて考えるのは冒険者らしくないじゃない」

  「そういうものかなぁ」

  冒険者を例えに出した点についてはやはりピンときてはいなかったが、エルビアニカの言いたいことはわかった。エルビアニカの目を見ず「ありがとう。話しを聞いてくれて」と短く呟いた。

  その様子がエルビアニカの心をくすぐった。

  

  「なんならわたしが気持ちいい事を教えてやろうか? ほれほれ」

  エルビアニカはイチに抱き着き唇を耳に近づけた。冗談でからかっている。

  「エ、エルビアニカ! エルビアニカにはそっちの気もあったのか!? やめろよくすぐったい!」

  エルビアニカのおふざけだと理解しているイチは怒る様子はなく、困ったように笑いながらエルビアニカを引きはがした。

  「さあ、イチちゃんの話を聞いたんだ。今度はこっちの愚痴を聞いてもらう番だよ」

  結局、エルビアニカの愚痴は酒が入るにつれて過激になってゆき、同じような話しを繰り返すようになり、そのうちエルビアニカは酔って寝てしまった。

  大口を開けて天井を向いてイビキをかくエルビアニカにイチは毛布をかけてやる。

  「ありがとうな。エルビアニカ」

  そう言うとイチも眠気を感じ自分の部屋に戻る事にした。

  不思議と妙な昂りは落ち着いていて、そのまま寝れそうだった。