9話 全滅、鉄道警備隊 バルティゴ鉄道乗っ取り事件 8

  竜駝強盗はこの一帯で略奪行為を繰り返すならず者の集団である。

  彼らは竜駝という駝鳥と恐竜の相の子を飼いならし馬賊のように縄張りを通過する商隊に奇襲を仕掛け物資を奪った。

  彼らは恐れを知らず。人道を知らず。そして何よりも他人の命の重さを知らない。

  二脚で爆走する怪鳥に跨った悪逆の徒、その数12名。

  多くが革のハットと黒いバンダナで目元以外を隠しており、ライフル銃やリボルバー拳銃で武装している。

  連中は毒虫共が大蛇に襲い掛かるがごとく、セダッセン号にとりつこうとしていた。

  「ガトリング!」

  マンカスパッドは列車の屋根に昇り部下を率いて迎撃の体勢を整えようとしていた。

  列車は急激にスピードを落とし、竜駄強盗に背後から追いつかれつつある。

  本来であれば蒸気の力で猛進する列車が単なる脚力が優れているだけの動物に後れを取る事などないが、このグンツースの急カーブに敷かれたレールの上に丸太を積まれ、それが速度を落としていたセダッセン号のスピードを更に殺した。

  「ミストフェラーズは魔法戦の用意! 俺とマンゴジュルリーを援護しろ!」

  セダッセン号は列車強盗に備えてその屋根には掩蔽の為の鉄の防壁、そして最後部には270度を狙える固定式のガトリング銃を装備していた。

  マンカスパッドら鉄道警備隊は迎撃準備を整えたが、竜駝強盗との距離はひとりひとりの表情を視認できるほど近づいている。

  「迎撃開始! 誰一人とりつかせるな。武装した鉄道を狙う愚かさを思い知らせてやれ!」

  マンカスパッドの号令でマンゴジュルリーがガトリング銃のハンドルを回せばそれに連動して6本の銃身が回転し鉛玉をこの時代最高の弾幕を張った。

  レールの枕木を車輪が蹴って車体を揺らす音と共に、バリバリと鉄を砕くような音と共に弾丸の嵐が竜駝強盗を襲った。

  命知らずは自分の命も大切にしないらしい。

  突出していた3人の強盗が胴体や頭、或いは跨っている竜駝を撃ち抜かれ血煙となって荒野を転がる。

  マンカスパッドはライフル銃でガトリング銃が撃ち漏らした敵を狙撃。揺れる列車の屋根から地を駆ける竜駝を狙うのは困難だが、彼の射撃センスはそれを可能とし少しずつ敵の数を減らしていった。

  ___野蛮人が。死にさらせ。

  マンカスパッドはほとんど理性を失ったように突撃してくる竜駝強盗を害虫駆除のように冷徹に撃ち殺していった。

  しかし残った中から他と違う圧倒的な威圧感を放つ者が突出してきた。その男、半裸の上半身にダイナマイトをベルトのように巻き、顔は灰色熊の仮面で覆っている。背中に人の背丈ほどある金槌を背負い、その姿は人よりも熊に近い。

  ___頭領か? 蛮勇だけで群れの長を気取って、馬鹿が。

  マンゴジュルリーはその熊のような男にガトリング銃を向けた。それだけで男の上半身は鉛の嵐に晒されてひき肉のようになって蛮勇の終わりを迎えるはずだった。

  しかし、

  「ふううううぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」

  その男、竜駄強盗の頭領グレイ・ベアーは雄叫びをあげた。

  マンゴジュルリーはそれを断末魔の叫びと思ったが、そうではない。

  ___馬鹿な。

  その光景を見ていたのはマンゴジュルリーだけではない。

  マンカスパッドも目撃した。

  弾丸はグレイ・ベアーの肉体を貫かず、鋼のような胸筋に弾かれて傷ひとつ付かない。

  いくら強靭な筋肉を誇っていようが、このような馬鹿げた事があってたまるだろうか?

  だが、なんの不思議か現実としてグレイ・ベアーの筋肉は弾丸を弾いているのだ。

  「マンゴジュルリー! 竜駝を狙え! ミストフェラーズ、敵は魔法を使っている! 対策を!」

  マンカスパッドは戦い慣れている。敵が何らかの魔法を使っている事を瞬時に理解し、対応しようとした。

  しかしグレイ・ベアーは上半身に巻いたダイナマイトに点火すると振り回しガトリング銃を操作するマンゴジュルリーに向けて投擲した!

  「ふううううぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」

  火花を飛ばすダイナマイトのベルトはマンゴジュルリーに巻き付くと彼の操るガトリング銃ごと木端微塵に彼を吹き飛ばし、この世界から彼の存在を消した。

  「マンゴッ______」

  叫ぶマンカスパッドの肩に鉛玉が食い込み、彼は倒れた。

  強盗団の誰かが撃った銃弾が命中したのだろう。

  ミストフェラーズはそのマンカスパッドの姿に平静を乱し、魔法の発動が遅れた。

  それが彼らの最後だった。

  「ふううううぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」

  マンカスパッドはいつのまにか列車に飛びかかりセダッセン号の屋根に踊りあがったグレイ・ベアーが背中に背負った大槌を振り上げ、倒れたマンカスパッドの顔面に振り下ろした。

  次の瞬間にマンカスパッドの頭部は割れた西瓜のように弾け、彼の鉄道警備は歴史の中で任を解かれた。

  セダッセン号は既に暴虐の徒に奪われつつある。

  ◆

  マンカスパッドらが全滅する少し前、ティンカスキャッドはセダッセン号の車内で起きつつあるパニックを押さえつけるのに必死だった。

  「席をたたないで!」「車両を移動しないように!」と怒鳴るが、彼ひとりで車内の混乱を抑えられるわけもない。

  今はギリギリで乗客の暴走を押さえつけているが決壊は明らかに時間の問題である。

  明らかに理不尽な配置であったが、それは皮肉だがティンカスキャッドの人生を僅かに伸ばす事になった。

  丁度同じ頃、機関室にも異常が起きている。

  「取りつかれたら面倒だぞ! カーブを抜けたら全速だ。ボイラー、抜かるな!」

  「やってますって!」

  機関室では車長である機関士と、機関助手が列車の運転に神経を尖らせていた。

  既に一番速度が落ちるカーブの入り口は抜けているので

  後は可能な限り速度を出せば竜駝強盗ごときに追いつかれる事はない。

  また、彼らは仲間のマンカスパッドの実力を信頼しており、ガトリング銃の火力を信頼していた。

  彼らがあっという間に全滅させられるなど夢にも思っていない。

  ___運行中の列車を襲おうなどという無法、通らせてたまるか!

  社長は窓から見える進行方向と速度計を注視し、脱線ギリギリの速度を見極めていた。

  しかし、その時奇妙な事態が起きる。

  「あ、あんたが車長か? お、おい! この列車は安全なんだろうな?」

  

  まずその声に気が付いたのは機関助手である。

  彼が振り向くと身なりの良い紳士風の老人が焦ったような表情で立っていた。枯れた樹木のような、弱々しい老人だった。

  「どうやって入った! 出て行ってくれ!」

  

  もし機関助手がもっと冷静であれば、この時点で気が付くべきだったろう。

  機関室から後ろに続く列車はまず石炭車で遮られており、客室から機関室まで移動するのは通常列車が制止していなければ困難である。

  で、あればこの老人の正体は考えるまでもない。

  「ほ、本当に安全なんだろうな? 高い金を払って一等車の切符を買ったんだ! 安全に次の駅まで本当に運べるんだろうな!?」

  老人は縋りつくように機関助手の肩を掴んだ。その表情は不安に駆られる気弱な老人のそれだった。

  その老人の、上質な生地で作られたマゼンタのスーツと銀縁の片眼鏡を見た機関助手は心中で「成金が、大人しく座っていることすらできんのか」と毒づいた。

  「この列車は安全だ! いいから出て行ってくれ!」

  老人の手を振り払って機関室から追い出そうとした機関助手だったが、彼が見たのは老人の不気味な笑顔だった。

  「そうか。安全か。それは良かった。安心した」

  「な! ぐわああああああああああ!」

  次の瞬間、機関助手の両肩が爆ぜた。

  肩口から鉄砲水のように赤いしぶきが吹き出し、機関室は真っ赤に染まった。

  「貴様!? 何者だ!」

  相棒の死を察した車長は怒りと共に腰の拳銃を抜いて老人に向けようとしたが、それよりも早く老人の掌が車長の額を触った。

  「俺の名はブラックペタルスのエージェント、アンバー・フォックス」

  そして車長の頭部はまるで割れた風船のようにはじけ飛んだ。

  己をブラックペタルスのエージェントと名乗った老人、アンバー・フォックスはスーツの中からくすんだ琥珀色のキツネ面を出すと顔を隠し、まだ微かに息のある機関助手と息をする為の頭を失った車長の死体を機関室から線路に放り出すと誰にでもなく宣言した。

  「この列車は俺たちが頂いていく」

  敵は竜駝強盗だけではなかった。

  この時この物語のイチはまだ事態を把握していなかったが、ブラックペタルスの準魔術師ふたりが列車の安全と彼女らの冒険を脅かそうとしているのであった