9話 襲撃、バルティゴ鉄道 バルティゴ鉄道乗っ取り事件 7
イチが自分の右手と檻の中で格闘している頃、列車はグンツース平野を進んでいた。
この平野では連邦歴2年にちょっとした事件が起きた。
グンツースの爆発と呼ばれる事件で、ある夜突然大規模な爆発が起き、半径500mほどの土地を吹き飛ばし、周囲が一瞬にしてクレーターと化した事件である。
これは、魔術師が何かしらの魔法を使ったという説と隕石の爆発であるという説がある。
幸い居住地が近くになかったために人的被害はなかったが、一番の被害を受けたのはバルティゴ鉄道であった。
なにしろ鉄道レールが吹き飛んだだけでなく、レールを修理しようにもクレーターを埋めなければ何もできない。
連邦中央委員会は「考え得る限り最大の速やかな運転再開」を会社に要求し、その為の支援も惜しまなかった。
その為、バルティゴ鉄道のレールはモルカルのグンツース平野で不自然な急カーブを描く箇所がある。
クレーターは未だ穴が埋められておらず半球状に地面がえぐれており、その形に沿うようにレールが敷かれ、その区間で列車は速度を落とさざるを得ない。
事件はそこで起きる。
◆
____まさか、身体に憑依して自由に操る魔法があったなんて、まだまだ魔法の世界は知らない事だらけですね。
急な事態に軽いパニックを起こしていたシーナだったが、落ち着きを取り戻すと客席に座ったまま冷静に魔法の原理を考察し始めた。
____肉体を別の物に変える魔法は高等なはずだから、あれは彼の精神性に根差した特有の魔法なのでしょう。何か、肉体的な劣等感や過去のトラウマから肉体に対するイメージが人より強いとすると、そのイメージを掴めれば或いは……。
しばらく考えていたシーナのもとへ例の車掌がやってきた。
「さっきはすまない。私も混乱していてな」
「いえ、別に怒ってないです」
内心、百や千を超える抗議の言葉を貯め込んでいたシーナも無駄に時間と相手の精神力を浪費して事態を悪化させるつもりはない。
それよりもイチをどう助けるかを考えたほうが遙かに前向きである。
「車掌さん。イチさんは檻の中に閉じ込めているんですよね? せめてスウィートバウムまでは乗せていただく事はできませんか?」
「ダメだ。得体の知れない魔法を使う奴を列車に乗せておくわけにはいかん。ああいう魔法を使う奴だ。それこそ、より危険で未知の魔法を使われたらどうなるかわからん」
シーナは内心で「おバカな事を」と毒づいた。
そんなに恐ろしい魔法使いなら既に名が知れているか、こうなる前にもっと厄介な事になっている。
またイチではないが、シーナもテオドールの言動からそれほどの脅威を感じてはいなかった。
「イチさんは檻に閉じ込めているんですよね? 私がイチさんと一緒に檻に入って監視します」
「君までやられたらどうする?」
「狼階級まで昇りつめた魔法使いの冒険者を舐め過ぎでは? 魔法に関して言えば、野良魔法使いなんて私の足元にも及びませんよ」
凄むシーナに車掌も気圧された。
シーナの言葉は決して虚勢ではない。
並程度の魔法使いが相手の魔法戦なら負ける事はないと自負していたのだろうし、それはまだ成熟しきっていないこの時点のシーナでも事実としてそうであったと言ってよい。
「し、しかし」
「それにもしイチさんに何かあれば、私の口からギルドに今回のあなたがたの対応を告訴しなければなりません。しかし、私がイチさんの身柄を担保するならば、事態の責任は私たちに偏るはずです」
シーナは喋るのが好きなだけあって口が上手い。
ただ恫喝するだけでなく、ちゃんと相手の逃げ道を作っておいてある。
またシーナは目の前の車掌が自分の判断で意固地になっているわけではなく、単に乗客の安全もあろうが保身も多分に考えている事を見抜いていた。
「わ、わかった。一度上長と話し合う時間が欲しい。少し待っていてくれ」
車掌はそれだけ言うと帽子を被り直し上長と相談するためにシーナの元を離れた。
シーナは車掌の姿を見送ってため息をついた。
自分の主張が通る可能性はよくて五割だろう。
しかしそれならそれで善後策を考えなければならない。
ため息をつくと同時に、緊張が解けたのか催した。
シーナは一度小用を済ませる為に席を立つ。
それがシーナの運命を変える事など無論今の彼女に
知る由もないが。
◆
この時代、バルティゴ鉄道は蒸気機関車を運行するのに最低でも6人の人員を必要とした。
機関車を動かすための車長と火夫、そして車掌の3人を必要とするのは当然としてその他に最低でも3人の武装した警備員を配置するのが通常だ。
これはこの当時、鉄道を狙ったテロや強盗に対応するためである。
警備員は最低ひとりベテランの魔法使いを編入し、銃の扱いに長けた者をふたり配置している。
本日のセダッセン号は、機関車両とタンク車、高級貨物車、一等車一両、二等車一両、三等車四両、貨物車二両の全十両編成であった。
車両警備の為の人員は以下4人。
・マンカスパッド
・ミストフェラーズ
・マンゴジュルリー
・ティンカスキャッド
このうちティンカスキャッドは先ほどからイチやシーナと関わっていた車掌で、有事の際には乗客と車両を守る為に銃を手にする。
ミストフェラーズは魔法使いで魔法戦に対応可能である。
マンカスパッドが彼らを取りまとめる隊長にあたる立場だ。
この時、ティンカスキャッドはマンカスパッドにシーナの要求を伝える為に一等車にある車掌室で話し合っていた。
「ティンカスキャッド、君の話はわかった。だが、やはり今回の騒ぎに関しては彼女らに責任がある」
マンカスパッド腕を組んだまま表情を変えずに言った。隻眼だが切れ長の涼しい目を持つ人族の男で、30歳を過ぎており若い時代には冒険者として魔王大戦に参加していた男だ。
戦場で右目を失ってから一線を退き、戦後は車両警備隊に落ち着いたらしい。瘦せ身だが筋肉質な身体はどこか鉄筋を思わせる。
「しかし、彼女らの言い分もあるかと」
ティンカスキャッドがこのマンカスパッドに意見を具申するには多少の緊張を要した。ティンカスキャッドはそれなりに銃の実力はあったがお人好しであり、他人に意見する事を苦手としている。
「だが、彼女らも冒険者だ。冒険の最中に起きた不始末はなんであれ自分で責任を負わねばならない。我々が車両の運行に責任を持つのと同じにな」
ティンカスキャッドはマンカスパッドの意志が変わりそうにない事を察して口をつぐんだ。
「彼女らには次の駅で降りてもらう。いいな」
上長の決定では仕方がない。あの魔法使いの少女にマンカスパッドの言葉を伝える場面を想像して気が重くなったティンカスキャッドだったが、結果としてその必要はなくなった。
突如、警笛の音が響き互いに顔を見合わせたマンカスパッドとティンカスキャッド。
何事かと思えば突如として列車全体が揺れて二人は危うくバランスを崩すところだった。
「どうやら、それどころではなくなったようだな。銃を取れ」
「は?」
「わからんのか? 敵襲だ。ミストフェラーズとマンゴジュルリーで迎撃する。君は車内で乗客を見ろ」
セダッセン号に今、未曾有の危機が迫ろうとしていた。