1話 感覚遮断落とし穴だ!

  塔の中を漂う空気は湿り気を帯びていて、わずかに甘く淫靡な香りが混ざっている。

  エロトラップダンジョンの臭いであった。

  バルティゴ都市国家連邦歴18年。

  かの連邦が崩壊する10年前の事である。

  「しまった!」

  イチという名の少女は情けなく叫んだ。

  半身が突然石畳の下に飲み込まれてしまったのだ。

  馬の尾のように後ろに結った白金色の髪が宙を舞い、蒼い瞳が動揺に揺れ、冷や汗が額を濡らした。

  落とし穴の中に胸からつま先までが飲み込まれ、上に出ているのは顔と肩、乳と腕くらいのものである。

  催淫ガスを吸わないよう口に装着した防毒マスクから悔しそうな呼気が漏れた。

  ____なんて迂闊なんだ私は!

  ここはエル・ト・ラプダンジーの塔。

  伝説の大魔法使いラプダンジー師が生前に残したと伝えられる、天に伸びる魔導塔である。

  別名、エロトラップダンジョン。

  我々の時代に同人誌や画像投稿サイトなどで一度は目にした事のある読者諸氏も多い事であろう。

  イチはこの日、己のポリシーに反してこの珍妙奇天烈破廉恥な塔に単身挑まざるを得なかったのであるが、落とし穴の罠に嵌ってしまったのである。

  「____っく! ダメだ! だ、脱出できない!」

  肘に力を込めてなんとか這い出ようとするも、何かに下から引っ張られているのか脱出できない。それに先ほどから何か取っ掛かりを得ようと足をバタつかせているのだが奇妙な事にその足の感覚が消失しているのだ。

  ____これは感覚遮断系!!

  感覚遮断落とし穴。

  それは飲み込まれると下半身の感覚を毒や魔法によって消失させられ、身体や排泄器などを凶悪な触手で蹂躙されるという悍ましい悪意の罠だった。

  詳細が気になった読者は端末を駆使して是非検索してみていだきたい。

  この罠に飲み込まれた冒険者は男女の分けなく、命こそとられないものの身体に大変破廉恥な異常を抱える事になり、そこそこの期間の入院が必要になるか、酷い場合は後遺症が残り冒険者稼業の引退を余儀なくされた者も少なくない。

  イチがかつて冒険者を引退したマグナスという男に聞いた話では、なんとか感覚遮断落とし穴から脱出したは良いが、抜け出た時には身体の一部が肥大化し、排泄器は裂け、長期の入院が必要になってしまった。

  更には後遺症が残ってしまい事ある毎に気を失ってしまう身体になってしまったという。

  今は周囲の支援を受けながら苦しい生活を送っているらしい。

  比較対象として触手落とし穴の存在もあるが、大抵の場合、あちらは捕食や繁殖行動を主とした物であって、生きてさえ出られればこの時代の医療技術で完全治癒が可能であり、危険な罠ではあるものの冒険者に恐れられているのはむしろ感覚遮断落とし穴のほうであっただであろう。

  自分の知らぬうちに半身を壊滅的に作り変えられる恐怖は底知れない。

  その感覚遮断落とし穴に、イチは嵌ってしまったのである。

  ____くそ! 噂に聞いた通り、まったく抜け出せないじゃないか!

  絶体絶命。

  このまま悍ましい凌辱の場面と、醜悪な肉体改造、そして冒険者を引退するまでの彼女の一部始終を描写しなくてはならないのは筆者としては甚だ残念である。

  ____落ち着け、落ち着け、落ち着け……。

  ________落ち着け、落ち着け、落ち着け……。

  ____落ち着け、落ち着け、落ち着け……。

  ____________落ち着け……!

  彼女の半身が飲み込まれてからまだ1分も経過はしていないが、恐らくその間にも触手の群れが彼女を包み込んで蹂躙しようと蠢いているだろう。

  イチは静まる事のない心臓の動揺を鎮めようと己の頭脳を研ぎ澄ます。

  この状況を打破する手は何かないだろうか?

  いや、きっとあるはずだ。

  ____ダメだ。脱出する方法はない。

  なんということだろう! 何の打開策も思いついていないのだろうか!?

  イチは大きく息を吸って全てを諦めたのか瞼を閉じてしまった。

  残念。イチの冒険は早くも終わってしまおうとしていた……。