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トレジャーハンターニコと黄金の輝き

  石造りという無骨ながらに荘厳な趣を称える地下ダンジョン。最近発見されたらしいそこは、数多くの罠が冒険者達の侵入を阻み続けていた。

  日の光が届かず、しかし、漂う濃い魔力によって光と空気が循環する迷宮。

  そんな厳粛な静寂を湛える、前人未到の奥地に。

  「んにゃああーッ!! うにゃ、にゃにゃぁあああーッッ!!!」

  年若い女性の情けなくも元気に溢れた声が、重々しい静けさを引き裂くように響き渡っていた。

  トレジャーハンターであるニコは、青い毛並みを揺らしながらその類まれなる身体能力で殆ど崖のようになっている坂を駆け上り、かと思えば奈落の落とし穴をジャンプして飛び越えダンジョンの奥へと向かって——はいなかった。

  むしろ、その逆。彼女はダンジョンの奥から逃げ出しているのだ。逃げるニコの目の前に柱から落ちた、ひび割れた黄金の壺が転がる。

  紛れもない黄金だ。だというのに、いつもなら目の色を変えて飛びついているだろうニコは、惜しむような目を向けるばかりで、涙さえ零しながらそれを飛び越えて逃げていく。

  「うにゃー! まだ、追ってくるにゃ!?」

  ぴりぴりと毛先が焦げるような感覚に、道の角に飛び込むように転がったニコの身体の横を赤い光が通り過ぎていき——。

  ◇◇◇

  時を遡ること、数分前。

  「んにゃー、土しかないにゃ……」

  冒険者仲間からこの遺跡の話を聞いたニコは、仕掛けられた様々な罠を掻い潜り、他の冒険者が誰も到達していないはずの奥地へとたどり着いていた。手足の装備についた鉤爪は急な坂や壁を自在に動くことを可能とし、折り畳める弓はニコが見抜いた罠を先んじて破壊することも出来る。

  それに加えて、ニコの身体能力だ。

  冒険者達の間では、割と残念娘扱いされているニコはその実力でいえば、相当に上位に食い込むことの出来るトレジャーハンターなのだ。

  その黄金に対する執着という悪癖とどこか宿命めいた運の悪さを除けば、だが。

  ともかく、相性も良かったこの迷宮をずんずんと進むニコなのだが、その表情はまるで冴えない。

  というのも、ここまで全くと言っていいほどお宝らしいお宝に出会えていないのだ。割と探索の進んでいる浅い階層でこの迷宮の名前は判明している。

  『黄金へ至る回廊』

  もう、聞くからに金銀財宝に溢れてそうな名前だ。だからこそ、ニコは喜び勇んでこのダンジョンへと飛び込んだのだが……。

  「……土でできたものばっかにゃ」

  と、柱の上に乗ったひび割れた壺を手に持って中を覗いてみる。

  何も入っていない。

  乾いた感触の壺は、くすんだ黄金などではない。まず手に取った軽さが焼き固めた土のそれだ。壁や柱も意匠には凝っていて、これが黄金だったのなら正しく楽園のような光景だっただろう。

  だが、実際にあるのは石と土のみ。これの何が黄金回廊なのか。最深部には黄金の都でもあるのかとここまで進んできたはいいものの、あまりの成果のなさにそろそろニコも我慢の限界である。いい加減、諦めて帰ってしまおうか。そんな事を考えていたその時だった。

  ニコは、それまでの通路とは違う広間を見つけた。円形の空間、その中心に見るからに意味ありげな台座が建てられている。

  「これはお宝の匂いがするにゃあ……むふふー!」

  盛大に外れダンジョンかと思っていた矢先の兆しに、ニコはステップを踏むような陽気な足取りで、台座へと近づいた。

  台座には何やら魔法陣のようなものが刻まれており、その真ん中には赤い光を内包する水晶。そして台座の側面にはこのような文言が刻まれていた。

  『汝 黄金の輝きを得たくば 宝玉に光が宿りし時 我に触れよ』

  「黄金にゃ……!」

  ニコは刻まれていた『黄金』の文字に、割と萎れていた表情を一気に輝かせた。パァア! と音が鳴りそうな急上昇だ。満面のその笑顔は、男性の冒険者が傍に入ればぐらりと心を寄せてしまいそうな程、無邪気かつ可愛らしいものだったが、幸か不幸か、それを見る者は誰もおらず。

  そして。これは完全に不幸な事なのだが。

  こういうあからさまに『何かありますよ』と主張する仕掛けは即座に離脱出来る手段を確保してから行うべきという冒険者の心得を、今一度彼女に思い起こさせてくれる者も誰もいなかった。

  つまり、どういうことかというと。

  「ふむむ……つまりこの宝玉に触れれば、お宝ゲットにゃ!」

  ニコは迷いもなくその怪しさ満点の宝玉に触れた。冒険者としての勘、というよりも、コレを起動させれば黄金に巡り会えるという絶対的な直感によって彼女の手がその赤い光を宿す宝玉へと伸ばされ。

  『フハ、ハハ』

  その手の肉球が宝玉に触れた、その瞬間。笑いが周囲に木霊する。

  このダンジョンに満ちていた魔力。それを宝玉が最後の一息にと吸い上げるようにして、それは始まった。

  赤い光が周囲に散りばめられ、その光が触れた魔力が金色を帯び始める。そして、浮かび上がった赤い宝玉の周りに金色の靄と化した魔力が集まったかと思えば、宝玉から広がるように次第に人の姿を形作っていく。そして、数十秒としないうちに、ニコの目の前には胸の中心に宝玉を埋め込んだ半透明の男が浮かんでいた。

  全裸の。

  「変態にゃーッ!?」

  『出会い頭に言うことがそれか、貴様!! 見ろ、付いておらんであろうがッ!』

  目を手で隠しながら、指の隙間から変態の身体を見つめるニコは、ゆっくりと視線を落としていき、たしかに腰の周りが不自然な程つるりとしているのを確認する。それでも「全裸には変わりないにゃ……」と呟きかけるニコだったが、霊体の変態が発した言葉にその呟きを慌てて飲み込んだ。

  『我は黄金の恵みを与える者、ゴルディオンファントムであるぞ』

  他でもない『黄金』、その単語にである。

  ごるでぃおん……なんて良い名前にゃ……。などと感動を覚えたニコは、唐突に現れた全裸男のインパクトで一瞬忘れてしまっていた大切なことを思い出す。

  そう、今あの男の胸に浮かんでいる宝玉に触れたのは、他でもない、あの文言があったからだったはず。

  「汝 黄金の輝きを得たくば! そうにゃ! ダンジョン踏破の記念に黄金がもらえるのにゃ!?」

  『ふむ、成る程。不躾な第一声だったものの……我を喚び起こした貴様の功績には褒美をやらねばなるまいな』

  「やったにゃー! 太っ腹にゃ!!」

  「ふむ、苦しゅうない。では、そのまま動くでないぞ」

  うきうきで喜ぶニコにゴルディオンファントムはそう言うと、胸の宝玉に赤い光を溜め始める。そして。

  ニコは尻尾の先がヒリヒリする嫌な感じに思わず一歩横に動いたその刹那。ビュオ!! と真っ赤な閃光がニコの真横を貫いていた。

  カキン、という小気味良い音がその光線が過ぎた場所から聞こえた。

  「……んにゃ?」

  『む?』

  赤い光が通ったその場所は、まるで磨きたての鏡のような澄んだ煌めきを見せる黄金へと変わっている。ニコは恐る恐るゴルディオンファントムへと視線を移す。

  まさか、床を剥がして持っていけ、というわけだろうか。いや、そんなはずはない。

  なぜなら、今の光線は明らかにニコを狙って放たれたのだから!

  「なな、なにするにゃ!!」

  『何って、黄金の輝きを与えただけだが?』

  「最強主人公物のお約束は止めるにゃ!! っていうか、にゃんで私を狙ったのにゃ!」

  『何故って、黄金の輝きを与えるためだが?』

  「にゃにゃ……っ!」

  だから、にゃんで私を——と問いただそうとしたニコの脳裏にある仮説が浮かび上がる。『黄金の輝きを得る』というのは、もしかして、黄金をいっぱい手に入れられるという意味ではなく、自分が黄金に変わりたいのなら。という意味だったのではないか……と。

  果たして、その予想は正しかった。

  『安心するがいい!! 私が貴様を素晴らしい黄金像へと変え、我がコレクションとしてやろう!!』

  「え、遠慮するにゃーッ!!」

  コイツヤバイ奴だ! と確信したニコは、脱兎の如くゴルディオンファントムに背を向けて駆け出していた。黄金に囲まれてキラキラでピカピカの生活をするのは幸せだが、自分がそうなるのとはまた別の話。

  長い間封印されていた類の狂人が人の話を聞いてくれるとも思わない。ニコはそれまでの経験から逃げの一手を打ったのだ。

  『逃げるでない、我がコレクションよ!!』

  「うにゃあ!! バンバン光線打ってくるにゃ!!」

  そうして迷宮の黄金化鬼ごっこが幕を開け……冒頭へと戻る。

  ◇◇◇

  「にゃ、ッにゃああ!!」

  『待つがいい、我がコレクションよ!』

  

  ニコは通路を駆けていく。迷宮らしい構造を慌てて走っている為、出口への道が中々見つからずにニコはさっき通った通路に再び入ってきてしまっていた。

  「待つはずないにゃッ!」

  『ふはは、だが良いのかな? ここは先程も通った道であるぞ!』

  「知ってるにゃ! でも、次の角をさっきと違う方に曲がれば……!」

  『いいや、そうではない』

  追う声と共に放たれた赤い光線。ニコは足を狙うように放たれたそれをジャンプして回避、そのまま先に進もうとした、その時。

  「ッ!?」

  不意に身体が動かなくなり、ガチンと硬い音を響かせて地面に着地する。ジャンプしたままの格好、まるで宙を走っているようなポーズのまま動かない身体。そして、目だけを向ければ——ニコの尻尾が黄金に染まっていくのが見えた。

  「にゃ、確かに光線は避けたはず……!?」

  ニコは地面に向かって放たれた光線を避けた。そこまでは確かだ。故に誤算があったのはその先。

  ここは先程も通った通路であり、ゴルディオンファントムの放った光線によって黄金化した場所がある。そして、先程ゴルディオンファントムが放った光線は、そんな黄金化した通路に当たったのだ。

  そう、まるで磨きたての鏡のような黄金へと。

  バウンドするように跳ね返った光線は、ジャンプしたニコの下から彼女の尻尾を撃ち抜いていたのだ。

  脚だけが黄金になっているが、この光線の呪いの効果か、ニコはもう身体を動かせなくなっていた。

  じわじわと尻尾の先端から黄金化していく感触が上がってくる。まるで鳥の羽に撫でられるようなもどかしいむず痒さが、黄金となった部分と生身の部分の境界線を作り出している。白いもふもふの尻尾の先はもう完全に黄金になっていて、柔らかな毛の一本一本の繊細さをそのままに輝く光沢を見せている。

  まるで緻密な飴細工を思わせる煌めき。ゴルディオンファントムは、変化していくニコを恍惚とした笑みで見つめていた。

  太く元気な尻尾が黄金に染まれば、次はその腰だ。水色の毛並みに金色が染み渡っていく。安定感のあるお尻や太ももが黄金色を帯びていく過程はズボンに遮られているが、それでもゴルディオンファントムにとっては想像に難くはなかった。

  しっかりと筋肉のついた下肢が、機能的な美しさをそのままに煌めき固まっていく様は芸術品の仕上げにオイルを塗るような爽快感すら感じさせる。得も言われぬ高揚感に包まれるゴルディオンファントムに反して、当の本人であるニコはとてもそんな気分になれるはずもなかった。

  『ぬぬーッ、う、動けないにゃぁ……ッ』

  どうにか身体を動かそうとしても、言うことを聞いてはくれない。じんじんとする痒さは敏感な尻尾の付け根を通り過ぎて、腰を中心に円を描くように広がっていく。装備の下、お腹やへそがジワジワと黄金に侵食されていく感覚は、恐怖というよりも虫に噛まれた痒い場所を氷水で冷やすような心地よさすらある。

  『にゃふ……っ、駄目、にゃあ!』

  そんな感覚に少しでも気を許した瞬間、侵食の速度が明らかに上がるのを感じる。ある程度の抵抗は出来ていたようだと今更になって知るが、それももう遅い。

  ニコが僅かに油断した心の隙間に付け入るようにして、健やかな胸も柔らかな肉球を持つ手足も全てが黄金へと変わり。

  そして、最後に視界が黄金に染まりきってしまい……迷宮の全てが黄金のように綺羅びやかに輝いて見えていた。

  そして聞いたのは、ゴルディオンファントムの喜びに満ちた声。彼の理想を実現するための宣言だった。

  「世界を黄金に染め上げ、黄金コレクションを創る……貴様は我が大願の第一歩である!」

  ◇◇◇

  そんなゴルディオンファントムの大願は、奇しくも脆く崩れ去った。

  『ふははは、よくぞ我が迷宮に訪れた!! ふむ、中々に品に欠けるが戦士像というのも悪く無いだろう——』

  「うわ、亡霊系のダンジョンマスターかよ」

  「聖水投げろ、聖水」

  『良かろう、貴様達を我がコレクションに——アッヅ!!?? ちょ、やめ! あ、っ!! 消える、消えッ——』

  パリン、パリンという瓶の割れる音が鳴り響き、『黄金へ至る回廊』は攻略されたのだった。

  「さて、と……どうするか……なあ?」

  「いや、また話の途中で飛び出していった時に何となく分かってたけど」

  「……また見事に固まってやがるなあ……ニコのヤツ」

  ダンジョン攻略。その輝かしい栄誉を手にしたとは思えない脱力具合で冒険者達が見上げたその先には。

  カッチカチに黄金化して煌めくニコの姿があった。

  毛先に触れたからか、通路では身体しか黄金になっていなかったニコは、その装備も含めて全てが黄金に変えられていた。

  光線をかわそうとしてジャンプした瞬間に動きを止められたニコは、その躍動感溢れた姿のままでロープによって頭上に吊るされているのだった。

  『よわ!! 弱いにゃ!! ダンジョンマスターの恥さらしにゃっ!!??』

  ニコは苦戦したゴルディオンファントムが名乗る間もなく滅されたという展開に思わず叫んでいた。いや、黄金化しているために心の叫びではあったが。

  『っていうか聖水効いたなら、世界を黄金にとか絶対無理にゃ!! とんだ井の中の蛙にゃ!!』

  「どうする? 結構高いトコに吊るされてっから、下手に動かしたら砕けんじゃないか?」

  「応援呼ぶかあ……」

  とこれ以上敵が出てこない事を確認したからか安心しきった様子で冒険者達は宙に吊るされたニコを見上げていた。

  『……冷静になると、恥ずかしくなってきたにゃ……このポーズ……』

  そうして、徐々に集まり始め、冒険者達の視線が増えていく。そうなってくると逃げる最中の姿で固まっている自分が少しずつ恥ずかしくなってくるのも仕方がないだろう。

  『うう、明らかに触れないでおこうみたいな空気が、逆にいたたまれないにゃぁ』

  ニコがそんな風に感じることを冒険者達も分かっていたのか。誰もそれに言及をしない。ニコもそんな心遣いに感謝半分恥ずかしさ半分だったのだが。

  「……なんじゃ、おかしな格好じゃのう」

  「ぶふ、ッ!」

  落下速度減衰の魔法を使える魔法使いが広場に入った瞬間、口走った言葉に全てが決壊した。

  『んにゃーッ!! だからってそんなはっきり言うんじゃないにゃーっ!』

  「ジイさん言うなよ。我慢してたんだから……ッくくッ」

  『じゃあ、今笑うのも我慢するにゃ!』

  「しかし、どこか楽しそうに見えるのう」

  『全然楽しくにゃいにゃ!? 早く老眼鏡作ったほうが良いにゃ!』

  「あー、じゃあ。もうちょっと吊るしておいてやるか?」

  『何でそうなるにゃ! はーやーくー下ーろーしーてーにゃーっ!!』

  ニヤニヤとした笑みに囲まれながら、それでもニコの救助は手早く行われた。誰も協力を惜しむものがいなかったのは、ニコの人徳というべきだろうか。

  『うにゃー! 穴があったら入りたいにゃあ……っ』

  当のニコは、とてもそんなことまで考える余裕は無いようではあった。

  ◇◇◇

  そして、ニコの受難はそれだけではなかった。

  「あー、ニコ姉ちゃんだ。変なポーズ!」

  『へ、変なポーズじゃないにゃ!!』

  少年の声にニコは思わず反論した。

  ぷんすこと怒りを心のなかでぶちまけるニコは、冒険者ギルドに併設された治療院に飾られていた……もとい、治療中の為安静に設置されていた。

  解呪の為には、迷宮に近いような暗い場所や風通しの悪いを避けたほうがいい、ということで怪我した街の子供にも見えるような場所に置かれてしまったのだ。

  定期的に解呪の術を施せば、一日二日ほどで回復出来るだろうとの見込みだ。それでも驚異的だという話だが、今のニコにとってはどうでもいいことだった。

  『許すまじ、ゴルディオンファントムにゃ……!』

  と決意を改めたところで気づく。そう、件のダンジョンマスターはすでに討伐されており、ニコの怒りを向ける矛先を失っているという事実に。

  『アイツもうやっつけられちゃったのにゃ!! もやもやするのにゃあ!!』

  そして、葛藤に叫ぶニコの目から、一緒に固まっていたはずの涙が零れ落ちたのだった。

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