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トレジャーハンターニコと冒険の日々

  ◆◇◇

  「んで?」

  向いでジョッキを呷る顔見知りの傭兵に、顎髭を生やした男は話の続きを促した。

  周りは騒がしい。冒険者やらハンター、傭兵が集まる酒場だ。各地の情報が集められ、根無し草である冒険者のこの男のような手合で昼夜を問わずに賑わっているのだ。護衛や探索、その種類は様々で、片隅の掲示板には大量の依頼書が張り付けられている。

  「そのダンジョンが、どうしたんだ?」

  「ああ、どうにもトラップが多いってんでな。モンスターも棲み着いちゃいないんだが」

  その掲示板に貼られていない情報。それは垂涎ものの新鮮な稼ぎに直結する。心なしか潜めた声で、スキンヘッドの傭兵に男は頷く。

  「罠特化か? そりゃあさぞかし死屍累々だろうな」

  トラップダンジョンは、強力なモンスターがいるダンジョンよりも被害が多いこともある。なんでも無い廊下での足の置き場所で生死が分かれる、なんて事が実際に起きるのだから。

  「いや、どうにも生体反応はあるらしくてな、救助隊が組まれるらしい」

  「攻略無用の探索か——俺ら向きってことだな?」

  「そういうことだ」

  男は傭兵と、がしり、と腕を組み合わせると、互いに興奮を覗かせる笑みを交わす。そしてそのまま、乾杯とばかりにジョッキの中身を飲み干して、酒精に焼ける喉から「くはあー」と息を吐いた。

  「しかし、そんな罠だらけの迷宮の奥に何があるんだろうな」

  「さぁな。まあ、大層なお宝が眠ってるんだろうが——」

  「にゃんですと、お宝にゃーッ⁉」

  「ッうお‼ なんだぁ⁉」

  救助隊には関係ないだろう、と続けようとした言葉が、突然の乱入者によって驚愕の声に書き換えられた。

  「今、お宝ってはっきり聞こえたにゃ! キリキリ吐くのにゃあ?」

  そう言いながら、机の下から現れてグイグイと傭兵に迫るのは、空色の毛をした獣人の若い女性。そのまんまるの宝石のような目に、傭兵の苦い表情がありありと浮かぶ。ピアスを付けた大きな耳がぱたぱたと羽ばたくように揺れていた。

  「おま、ニコ、居たのかよ!」

  「いま来た所にゃ! お宝がニコを呼んでいるにゃ!」

  目をキラキラと無邪気に輝かせるニコと呼ばれた獣人。革の装備を身に着けてはいるが軽装。机に乗っかかるように男へと身を乗り出しているせいで、腕の間に寄せられた絶妙な形の柔らかな、そして豊かな双丘がたわわと揺れる。

  男も彼女のことを知っている。優秀なトレジャーハンターとして、というよりも『お宝』という言葉にめちゃくちゃに食いついてくる元気な娘という印象で——。

  しまった、聞かれた、と嘆く傭兵は、しかし日照りの男。

  「……ぅっ」

  目を逸らそうとしても傭兵の男の性がそれを許さない。ちょっと傭兵が腕を動かしたり、顔を前に動かせば、すぐさまに四方の男たちから容赦ない暴力が襲い来るだろう誘惑と緊張に、傭兵はしどろもどろに言葉を放り出し——。

  「こ、ここから南のダンジョンでだな……?」

  「ん! そこなら知ってるにゃ! ニコちゃんの情報網が火を吹くのにゃ!」

  ていこうとした所で、ニコがピコーン! と猫のように瞳孔を細めて、勢いよく身体を起こした。

  「善は急げ、急がばバーストなのにゃ!」

  そして、そのまま踵を返し、誰も止める隙きもなくニコは酒場を飛び出していった。残された傭兵その他大勢は、過ぎ去った嵐に呆然とし——

  「……話は最後まで聞けよ」

  誰かが呟いたその言葉に、満場一致で頷くのだった。

  

  ◇◆◇

  というわけで、ニコは罠が蔓延るダンジョンへと突入していた。

  急がばバースト、突貫である。

  「ふんふふん、ダンジョンアタックにゃー!」

  それも上機嫌に。

  お宝大好きなニコだが、冒険も大好物なのだ。るんるんと跳ねるかのように次々とトラップダンジョンを邁進していく。矢を弾き、仕掛けを躱して、時には足甲の鉤爪で壁を走り抜け。どんどんと奥へと進んでいく。途中何体かの精巧な石像のインテリアが置かれていたけれど、お宝の匂いはしなかったからそのままにしておいた。

  「お宝を持って返るなら、できるだけ軽くしとかにゃいと」——ということである。蔦の伝う石造りのこのダンジョンは地下へと向かう形式だ。どんどんと下っていく内にトラップも苛烈さを増していくが、それでもニコを止めるには至っていない。

  どうしても通る必要のある道に仕掛けられたスイッチを構えを取りながら踏みしめる

  「ッ、にゃ! ふう……ん?」

  魔法の込められたらしい矢を躱したニコは、先へと進もうとしてふとその足を止めた。そして、壁を注意深く見つめる。なにか、トレジャーハンターの勘に引っかかる何かを感じ——そして、石壁の一部を、グイを押し込む。

  すると、低い地響きを立てながら壁が移動。隠された道が姿を現したのだ。

  「お宝の気配がビシビシくるにゃあ……!」

  ダンジョンに定番といえば隠し通路。止められないワクワクにニコは臆すことなく通路へと足を踏み入れた。途中で下り階段へと変わったその通路が行き着いたのは、不思議と明るい小さな部屋。そして、その中央には——。

  「宝箱にゃ!」

  そう、煌めくような豪奢(ごうしゃ)な装飾された宝箱が、部屋の中心に鎮座しているのだ。まるで、今にも己の中身をニコの手に収めて欲しいと囁くような宝箱だ。

  だが、油断しない。ニコはゆっくりと部屋を見渡して隅々を観察していく。そして。

  「周りに罠は……なさそうにゃ、にゃふふ!」

  索罠を終え、興奮を隠せない様子のままにニコが宝箱の蓋に手をかけた。その時だった。

  「——んにゃ⁉」

  宝箱の真下から、白い煙が立ち上がってニコの身体を包み込んだ!

  「けほ、な、なんにゃ……?」

  ぼわんと、立ち上がるそれは、またたく間に消えていき、ニコはこほこほ、と咳をしながら咄嗟に体に異常がないかを確かめる。

  息は出来る、手は動く。気分も悪くない。毒じゃない。

  「装備もなくなってにゃいし、足も……」と言いかけた言葉が、不意に止まった。足が動かない。というより、——見下ろした足が、灰色になってまるで石みたいになっているのだ。

  いや、石みたいに、ではなく、石そのものに。

  「にゃ……、石化にゃあ⁉」

  そういえば、ここの罠はずっと何かの魔法が掛けられていた。それに道中あった石像は、インテリアではなく……。

  「冒険者にゃ⁉ ……ニコも石像になるにゃ⁉ にゃにゃー! 助けてにゃーッ‼」

  叫ぶ声も、虚しく反響するばかりで誰にも届かない。足が石になってしまえば動けない。

  しかも。

  「さっき足首までだけだったのに、膝の下まで来てるにゃ! にゃうー!」

  そう、石化の魔法がどんどんと侵食してきている。もしくは、さっきの煙を吸ってしまったせいか。兎にも角にも、むずむずする不思議な感触が足からどんどんと上がってきている。足甲サンダルも全部石になって、ズボンごと腰が固まっていく。

  「こ、こうすれば……にゃっ⁉」

  石化の境目を手で擦ってみるも効果はなく。それどころか、手先までもが石化が始まってしまう始末。指先が動かなくなり、露わにしている健康的なお腹まで石に包まれている。

  「にゃっ、くすぐったいようにゃ……でも何も感じなくにゃるようにゃ……!」

  宝箱から離れれば、と思うも、しかし足が固まって動けない——。

  指も動かないし、肘辺りがもう動かしにくくなっている。砂糖がゆっくり溶けていくように、じわじわと身体の動きが鈍くなっていくのを、ニコは如実に感じていた。

  「にゃ、にゃ……もう、だめなのにゃー⁉」

  もはや、万事休す。

  どうしようにも為す術なし。

  ニコは頭を抱え、大声を上げる。どうにか逃れようとしていたのが石化の抵抗となっていたのか、それとも、体の半分が固まってしまえば一気に進むのか。天井を仰いだ体勢のまま、瞬く間に上半身を石にされ、ニコは完全な石像へと変わり果ててしまう。

  もふもふふわふわな毛からは色鮮やかな空色は失われ、代わりに無機質な灰色が全身を覆う。。

  残るのは、石のように動きのない静寂だけ。

  それだけだった。

  

  ◇◇◆

  (うう、不思議な感覚にゃ……)

  石化してしまった場所は触感が無くなっているが、しかし、完全に何も感じないわけではない、不思議な感覚がある。例えば風そよげば、なんとなく匂いも温度も触り心地も分かる。でも、今までの感覚とは全く違う。そんな慣れない状態に困惑しながらも、ニコは落ち着いていた。

  (にゃんでか、意識はあるのにゃー。でも動けないにゃ)

  というより落ち着かざるを得なかった。だってやることがない。どれくらい時間が経ったか。不思議と時間が経つのも大丈夫だけど、それも限度があるというものだ。

  なにせ、目の前に開けられなかった、豪華な宝箱があるのだ。

  白黒になった視界の中でも、その宝箱はキラキラと輝いて見えた。思わずうっとりしてしまうような、これぞ宝箱、というような佇まい。

  (中身見たい、中身が見たい、中に何があるのか知りたいにゃー‼)

  渾身の叫びも、喉は全く震えてくれない。まさしく強制おあずけ。ここまでくれば、もう中身は空でもいいから中身がどうなっているのか知りたい状態だった。

  それに、感じるのだ。お宝の気配を。この宝箱から……!

  (にゃにゅにゅー! 動けないにゃーっ‼)

  どうにか動けないかと力を入れてみるも、まるで空気に溶けていくように力は抜けていく。もどかしさだけが全身に残る。目いっぱいに身体を動かしたい。

  (んにゃっ?)

  と、その時。石化したニコの全身が、床の僅かな揺れを感じ取った。どんどんと近づいてくる。何人かの足音。きっと後ろの階段から誰かが下りてきている。

  (誰にゃ! モンスターは居ないし、きっと冒険者にゃ! 誰か知らにゃいけど、この宝箱を開けてほしいのにゃー‼)

  もはや、自分が助かる事は二の次で、宝箱に秘された未知の光景を望むニコではあったが、しかし、ニコの視界に訪れたのはあの輝かしい宝箱の中身、ではなく。

  「あーあ……立派に固まっちまって。話は最後まで聞けっての」

  どこかで見たような無骨な男の顎髭面だった。それだけではない、その横には、このダンジョンの話を聞いたスキンヘッドの傭兵がいて、その隣には、見知らぬ冒険者が立っている。

  「あー、ここじゃ解除できないですね、これ。結構強い呪いで」

  でも、深くは侵食されてないのはなんでだろう。と見知らぬ冒険者が首を傾げるのを、ニコは聞き流して、ひたすらに念を送っている。

  (宝箱! ねえ、気づいてないにゃ⁉ 宝箱がそこにあるにゃ⁉)

  「じゃあどうするよ」

  (トレジャーにゃ! そこに!)

  「この辺りの蔦から薬湯を作って浸けていれば、回復しますよ」

  (ねえー! オタカラ! ニコ! オタカラ! ミタイ!)

  「じゃあ持って返るか」

  心では壮大に騒いでいるのに、ニコの心の声は彼らには届かないらしい。傭兵がニコの身体を担ぎ上げる。

  (うにゃ⁉ 急に持ち上げられると吃驚するにゃー!)

  慣れた様子で縄でニコを固定した傭兵達は、ふと、石像となったニコをじい、と見つめて、ふと思わずと言った様子で言葉をこぼす。

  「こうして黙ってると、まあ、可愛いよな」

  (えう、可愛いだにゃんて、……って、黙ってるとってなんにゃ!)

  「そうだな、黙ってると」

  (絶対「そうだな」だけで良かったにゃ! なんで一言付け足したにゃ!)

  「俺は前から極上のフォルムだと思ってました」

  (お前はシンプルにサイテーな視線にゃ! 下見すぎにゃーッ‼)

  ニコに意識があるとは思ってないのだろう、好き勝手言ってくれたこの三人に後で悪戯を仕掛けてやろうと決めるニコではあったが、しかし、目下彼女が考えるのは悪戯の内容ではなく別のこと。

  (……帰ろうとしてるにゃ⁉ 宝箱も開けず⁉ にゃんでにゃ、待つにゃ‼)

  担ぎ上げて何をするのか、当然、救助である。ニコは知らないが、彼らは石化した冒険者を助けに来た救助隊である。

  (ぉ、お願いにゃーッ!)

  「そういえば、あの宝箱どうします?」

  宝箱、宝箱! もはや幼児じみた鳴き声(念)がようやく通じたのか、見知らぬ冒険者が言う。ニコが「ぱあっ!」と花を咲かせるような心地になった直後。

  「——いや、罠だろ」

  (んん、にゃああああっ‼‼)

  顎髭の冒険者、その口から無情な意見が突きつけられた。そのまま、ニコは地上へと担ぎ上げられ、秘密の小部屋を連れ出されていく。

  その世界の全てに絶望するような叫びを聞くものは、誰も居なかった。

  

  ◆◆◆

  数日後——。

  件の傭兵と冒険者へと出会い頭にあっかんべーをかまして帰ってきたニコは、降り注ぐ日光を存分に浴びるように伸びをした。

  「爽快、完全復活にゃー! にゃはー、トレジャーハンター・ニコ、トレジャーハント復帰なのにゃー‼」

  薬湯漬けになり身体の自由を取り戻した彼女は、この数日間のブランクとモチベーションを晴らすために、再びお宝を探し駆け回るのであった。

  懲りはしない。その先にどんな苦難が待ち受けていようと。

  この世界には、ロマンとお宝、まだ見ぬ光景があるのだから!

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