006-007
街の散策を終えたダイン達は、夕食となる食料を調達して坑道の隠れ家に戻る、人類法から外れたレブナン島では食べ物を売る露天がかなり存在して、お金さえ有れば食事に困らない様である。
坑道の隠れ家はダインが手を入れた部分はそれ程多くなく、元々下に海中と繋がった円柱状の空間が存在しており、ダインは天井を拡げて底を塞いで利用していた、だが、遊魔として飛行した事がないトルポにとって竪穴は恐ろしい様で下を見下ろして震えている。
ダイン 「岩喰いは竪穴が苦手の様ですね、地中暮らしなのに意外です」
トルポ 「崩落と落下が岩喰いの死亡の主な原因なんだよ、特に落下で死ねないと悲惨な事になるって話だし」
リレッタ 「確かに生き残ると悲惨そうですね、暗い穴の下で痛みに襲われながら死ぬなんて、でも遊魔なら普通に飛べますから落ちませんよ」
ダイン 「まぁ身に付いた恐怖とはなかなか拭えないモノですからね、望むなら私が背負いましょうか?」
トルポ 「魅力的な提案だけど、自立するのも遊魔には必要な事だよね、だから僕もやってみるよ」
トルポは意気込みを示すかの様に遊魔の姿へと変容する、そして末妹の決意に他の者も応えて遊魔の姿へと変容して行く。
リレッタ 「私が初めに降りますね、遊魔経験長いから良いお手本だと思うんですよ」
ダイン 「飛び方は初めてでも解ってるはずですが、実際に見た方が恐怖も薄まるでしょう、後は各自でタイミングを測って下さい」
その言葉にラフォリアとトルポは頷くと、一番目のリレッタは翼を拡げて降下して行く、リレッタは翼の皮膜を柔らかくして空気を含み、パラシュートの要領で降りて行く。
ラフォリア 「次はラフォリアが行きます、飛ぶって気持ちいいですよね」
ラフォリアは思いっきり助走すると高く跳んで竪穴へと降下して行く、リレッタと違い降りるだけでは無く飛行を楽しむ様だ。
ダイン 「次、どうしますか、先でも後でもいいですよ」
トルポ 「なら同時って駄目かな、ダイン様と手を繋いで降りるの」
ダイン 「いいですね、なら行きましょうか」
ダインはトルポの手を取ると、ゆっくりと前に進んで行く、トルポは遅れない様に早足で隣に並ぶと、二人揃って軽く跳んでから降りて行く。
トルポ 「落ちる夢は見た事あるけど、夢より怖く無いかも」
ダイン 「この空間にも大気は存在してますから、それを翼で受けてやると急に落下はしないんですよ、それに浮遊魔術を使えば上がる事だって出来ますよ」
トルポ 「面白そうだけど今はいいや、どうせ外に出る時にやるんだよね」
ダイン 「その通りです、私がこの空間を隠れ家に選んだのは、好んで落ちる者などいないと考えたからです、おまけに海底以外からは塞がれてますからね」
トルポ 「確かに岩喰いの情報でもここは危険って言われてたよ、ここのお陰で遠回りしないといけないって」
ダイン 「やはり他の岩喰いの坑道を切断しているんですね、外壁の状態を調べて隠し通路を作りましょう」
トルポ 「良い考えだよ、岩喰いはここを避けてるから絶好の隠れ家だし、ここから坑道に進入して、ダイン様好みの娘を拐っちゃえばいいよね」
ダイン 「トルポも遊魔に染まって嬉しく思います、後で坑道の事を教えて下さいね」
トルポ 「うん、岩喰いの坑道にはちゃんと法則が有るから、覚えると迷わないよ」
ダイン 「遊魔は魔力探知を含めた六感に優れていますから、出口ぐらいは解るんですよ、あと、岩喰いが通った後も一週間後ぐらいなら辿れそうですね」
トルポ 「それ解るよ、僕も遊魔の嗅覚手に入れて自分の匂いにびっくりしたから、ダイン様はあれでよく僕を抱いたよね」
ダイン 「遊魔には感覚遮断能力も有るんですよ、特に嗅覚は嗅ぐ匂いの種類の毎に調整も出来ます、あ、そろそろ底が近いので注意して下さい」
丁度その時、先行したリレッタが天井の肉屋根の中に吸い込まれて行く、肉屋根は遊魔を感知すると迎え入れ、異物は捕える様に作られているのだ。
リレッタの後にはラフォリアが招かれて、遂にダインとトルポの番となる、肉屋根は二人分に合わせて大きな穴を開くとダイン達を招き入れる。
リレッタとラフォリアは既に着陸を終えており、不慣れなトルポのサポートに回ると、ダイン達は隠れ家へと帰還する。
ダイン 「さて、この後どうしましょうか、一応食材は買い込んで来ましたがまた街に向かいましょうか?」
ラフォリア 「フェイベルを狙うんですか?」
リレッタ 「フェイベルは一人暮らしなので帰って来る前に家に忍び込むのが得策だと思います、活動拠点も手に入るから一石二鳥ですよ」
ダイン 「帰って来てから仕事が始まるまでに仕上げてしまうわけですね、変に誘い出すよりも安全でしょうね、ならば夜更けまでは時間が有りますから一休みしましょう、リノールとシノールはどうしているでしょうか」
リレッタ 「ここに気配は感じませんよね、勃ち魚を獲りに行ったんでしょうか?」
ダイン 「どうでしょう、取り敢えず下に降りてみましょうか、一応寝所も用意してますから、なんならお風呂を作っても良いですね」
トルポ 「あの液体の中に入るヤツ?」
ダイン 「トルポが入ったのはお風呂じゃありませんよ、アレは培養カプセルって感じの器具です、遊魔への魔進化にはちょうど良いアイテムなんですよ、お風呂はお湯に入るのを楽しむアイテムです」
トルポ 「お湯に入るって、料理じゃ無いよね?」
ダイン 「岩喰いは水に沈むって言ってましたね、少し浅めの部分を持つお風呂を作りましょうか、とは言っても寝てる間に終わりますけど、空腹を感じる者は好きに調達した物を食べていて下さい、私は暫く休みます」
トルポ 「なら僕も一緒に寝る、小さいから大丈夫だよね」
ダイン 「全員寝れるぐらいの広さは有りますよ、本格的な食事はリノールとシノールを待った方が良さそうですし」
こうしてダイン達は暫しの間休む事にした、予想外に長時間の外出になってしまった為にリノールとシノールの状況を確認しておきたかったのだ。
シノールという監視役が居ても、リノールの行動は破天荒な事が多く、こまめに確認しておかないと安心出来ないからだ。
そうして寝所で寝入っていたダイン達は、美味しそうな匂いに起こされる事になる。
ダイン 「美味しそうな匂いに起こされるのは良い気分ですね、リノールとシノールが食事を準備しているんでしょうか?」
ダインの問い掛けに、起きていたラフォリアが応える。
ラフォリア 「その様ですね、何でも美味しそうな獲物を手に入れたそうです」
ダイン 「私が寝ている間に会話したんですか?」
ラフォリア 「はい、ダイン様に食べて貰うって張り切ってましたよ、ラフォリアも何かは見てませんけど」
ダイン 「魚では無く、ケモノの肉の匂いですね、地上で捕まえたのでしょうか?」
ダイン達の話し声で目を覚ましたトルポは、漂う匂いを嗅いで感想を口にする。
トルポ 「嗅いだ事の無い匂いだよね、脂の多い肉の匂いだと思うけど」
ダイン 「島暮らしの二人でも解りませんか、そもそもこの島に家畜とかいるんですか?」
ラフォリア 「大きくない物は居ますよ、羊とか豚が一般的ですね」
ダイン 「羊は解りませんが、豚では有りませんね」
リレッタ 「羊でもありませんよ、アレは独特の匂いがしますから、この肉も独特ですけどね」
目覚めたリレッタも感想を口にする、漂う匂いは獣の様だが、誰も何だか予想出来ない。
ダイン 「なら確かめるしか無いようですね、人類圏では馴染みが無くても耳長では一般的な食材かも知れません」
ダインは好奇心に駆られて匂いの正体を確かめる事にした、起きて服を着ると他の者もそれに続いて、リノールとシノールが料理を行っている部屋へと向かう。
そして、ダイン達が目にした光景は想像を上回る物で有った、串刺しにされた巨大な魚?が魔導放熱機に炙られており、魚?に入れられた切れ目から脂が滴り落ちているのだ。
リノール 「ダイン様ちょうど良いところに来た、いい感じに焼けてる」
シノール 「海底通路から海に出たら、獣魚がいたんですよ、魚なのに肉の味がする珍味で耳長のご馳走なんですよ」
ダイン 「獣魚ですか、これ多分イルカですね、海に進出した哺乳類でこんな見た目でも魚じゃありませんよ」
リレッタ 「え、魚じゃないんですか、魚にしか見えませんけど」
ダイン 「違う種でも、棲息環境によって似た形状になるんですよ、海で生活するにはこの形状が最適解という事でしょうね」
シノール 「獣が魚の形に変化するんですか、確かに味は肉ですからね」
ダイン 「私もイルカの丸焼きは初めてです、クジラなら食べた事が有りますが」
リノール 「魚は丸焼きが美味しい、でもこれ魚じゃ無かった」
ダイン 「焼いていれば何でも食べれるでしょう、ですが、皮は厚いので切り取って食べましょう、皮に付いた脂は削ぎ取って油として利用しましょう、化石燃料が普及する前は海獣の油を利用していたと聞いた事が有ります」
こうして、丸焼きにされた獲物の解体が始まる、皮下には脂の層が有って多くの脂が溜め込まれており、大きさに比べて肉の量は少なかったが、遊魔六人で食べるには十分な量があり、豪華な食事が始まろうとしている。
シノール 「まだ中まで完全に火が通ってませんね、耳長のやり方では外を炭にしてましたから」
ダイン 「折角の獲物を炭にするのは勿体無いでしょう、生焼け部分は保存食に加工して焼けた部分を食べましょう、肉質に癖が有るので薬味を効かせたタレで食べた方が良さそうですね、私はタレを作りますから解体を続けて下さい」
こうしてイルカは解体されて、焼けた部分がダイン特製のタレで食べられる事になった、だが、六人で食べるには多過ぎる量で予定通り残りは保存食になる。
リレッタ 「タレが肉の臭みを上手く消し去ってくれてます」
リノール 「うん、耳長で食べるより美味しい、やっぱりダイン様は凄い」
ダイン 「殺めたからには美味しく食べてあげないと可哀想ですから、料理を極めるとは最高の供養だと思います」
ラフォリア 「確かに死んでも喜ばれた方が生に意味を見出せる様な気がします、遊魔には無縁かも知れませんけど、命を奪った気遣いは持つべきでしょうね」
ダイン 「こうして獲物を解体するとより生きる事に実感が持てますよね、出された食事だけを食べていては生きる本質を見失うと思います」
リレッタ 「だからダイン様自身が料理をなさるんですね」
ダイン 「どうでしょう、私の料理に深い意味は有りませんよ、ただ、食材を見ると発想が湧いて来たりします、今はこの残った肉に付いて考えてますが」
ラフォリア 「美味しく食べて上げたいですよね、日持ちするなら腸詰が良いと思います」
ラフォリアの提案にダインはしばし考えて口を開く。
ダイン 「唯の腸詰にするよりも香草を加えたいですね、何か肉に合う香草は有るんでしょうか?」
ラフォリア 「肉の香り付けに使う香草はこの島の特産です、自然に自生してますので採取して来ます、燻煙に使うチップも必要ですよね」
ダイン 「そうですね、材料の調達はラフォリアに任せて、私達は残りを加工しますよ、なかなかの汚れ仕事になると思いますので下の海水を利用しましょう」
遊魔達はレブナン島生活を意外と楽しんでいた、寝所の確保から、食材の調達にお風呂まで、実際の生活レベルはアーグル世界の平均よりも高いと言っていいだろう。
そしてダインはまだ本来の目的を忘れておらず、レブナン島に置ける遊魔の侵蝕作戦はまだまだ始まったばかりだ。
おまけ
東方耳長と獣魚 部族として航海生活を経験している東方耳長に、海産物に対する禁忌は存在していない。
食糧難でもあった航海生活のおりは食べられるモノは殆ど全て食べており、中でも魚なのに肉の味のする獣魚はとても好まれて食べられていた。
獣魚を食べる風習は今の東方耳長に残っており、現在もクフィカールを用いて獣魚狩りが行われている。
獣魚料理は苦難の時代を忘れない為の儀式として定着されており、年一回行われる獣魚狩りは獣魚の大きさでその年の吉凶を占ったりもしている。
年一度の獣魚狩りは一匹捕まえる事で終了し、捕獲した獣魚が大きければ大きいほど幸運が訪れるとも言われている。
また、クフィカールを使わない生身の獣魚狩りは儀式とは関係なく行われ、リノールとシノールは別に東方耳長の掟を破ったわけではない。