元ネタはアキレスと亀である。
時間を無限に分割できるものと考へた結果、俊足で知られるアキレスが鈍間な亀に、追ひつけなくなるといふ話である。
アウグスティヌス(5世紀没)は、過去・現在・未来について、過去を見てゐる現在、現在を見てゐる現在、未来を見てゐる現在があるだけだ、とした。
過去は記憶の中にしか存在しない、未来は「今日かうだつたから、明日もかうなるだらう」といふ期待でしかない。
私はアウグスティヌスの『告白』を読んでゐないので、そのやうに理解してゐる。
私が読んだ本では、これはハイデガーの時間論を想起させるものなのだといふ。
先の「アキレスと亀」からは、かなり進歩した考へ方に思へる。
時間・空間は一見「自明」のもののやうに見えて、さうではない。
明日も太陽が東から昇るとは限らない。
天文学の御蔭で、我々が暮らす地球は太陽の周りを約365日かけて一周してゐる事が分かる。
しかし、「来年」といふものが確かに存在するといふ証拠は何処にも無いのである。
物体が高速近くで進むと時間が歪むのか、それとも空間か。
空間を歪めるのは強い重力か。
時間と空間が絶対でないことは、相対性理論によつて証明されてゐるらしい。
偖、アウグスティヌスは「キリスト教」において、最大の教父とされてゐる。
他に『神の国』、『三位一体論』、『ヨハネ福音書注解』といつた著作がある。
三位一体は、公会議においてローマ皇帝が自らの権力によつて選び取つたものである。
「コンスタンティヌス体制」といはれ、ヨーロッパの、一神教からの逸脱に思はれる。
原始キリスト教は、シリアなどアジアに保存されてゐるらしい。
『告白』において、人間は何故悪を犯すのか、を問ふ。
パウロ以来の問ひである。
神は何故、悪を創りたまふたか。
それは、「自由意志」(欲望)のせいなのね、さうなのね。
みたいな考へ方に先鞭をつけたのは、彼、アウグスティヌスなのか。
悪とは善の欠如である。
アーダムが林檎を齧つてエデンを追ひ出されたのだから、人間の自由意志と悪の問題は根が深い。
キリスト教においてそれは、罪だとか罰だとか、原罪と贖罪といふテーマになつて來る。
しかしアーダムやハウアーだつて、蛇の形をした悪魔(ジン?)に唆されたのだ。
因みに聖書に、知恵の実が林檎だつたとは書かれてゐない。
たぶんクルアーンにもだ。
イスラーム学の世界に目を向ければ、預言者ムハンマドと教友、正統四代カリフに始まり、スンナ派四法学祖、二神学祖、シーア派法学祖ジャアファル、カザーリー、イブン・タイミーヤ、イブン・ハルドゥーンなどがゐる。
クルアーン主義や、[[rb:先人 > サラフ]]に従ふサラフィー主義、伝統主義のほか、改革主義や欧化主義などの考へ方があるらしい。
改革主義にはムスリム同胞団がある。選挙によりエジプトで政権を取つたが、軍のクーデターにより追放されてしまつた。トルコ・カタール枢軸がこれを匿つたらしい。
サラフィー主義の中だと、サウジの国是たるワッハーブ派がこれにあたるのだろうか? サラフィー・ジハード主義になると、悪名高きISISがあつた。
一方のヨーロッパは、キリスト教によつて千年にわたる地上の王国(「地上の国」)を築いた後、オスマン帝国にコンスタンティノープルを接収された。
そもそもアレクサンドリアやエルサレム、アンティオキアなどが、正統カリフの時代にすでにイスラム世界に取り込まれたのだ。
思想の世界においては、ターレスに始まり、ソークラテースやプラトーン、アリストテレスがをり、マケドニアのアレクサンドリア大王によつてギリシア語世界が広がつた、ヘレニズムの時代においては、キニク派、ストア派、エピクロス派など。ローマ時代はセネカ(ストア派)、キケロがゐたらしい。
キリスト教が伝はつて以降は、ヘブライズムやギリシア語聖典が中心となり、「馬の歯の本数でさへ聖書に当たる」といふ状態となつた。反知性主義的と言はれた時代であつただろうか? 絵は下手だし、世界地図はTO図だ。これはのちにイタリアで、復興(ルネサンス)といはれる有様であつた。
しかし、其れよりも前に「ルネサンス」と呼ぶべき時代があつたといふ。
それが、十字軍の時代である。
キリスト教徒は優れた文物をイスラム世界から分捕つて、手に入れた。
一方イスラム世界は、キリスト教から得た者は皆無だつたといふ。
ヨーロッパは、「翻訳の世紀」や「12世紀ルネサンス」と呼ばれる現象が起こつた。ギリシア哲学がイスラム世界から輸入されたのである。
それもこれも、知の拠点であつた、エジプトのアレクサンドリアが、カリフ時代にイスラム世界に取り込まれてしまつたからである。ローマはその領土のうち、南半分を失つたのである。イベリア半島さへもイスラームが到達したが、これは領土回復(レコンキスタ)した。要はジェノサイドであろうか。
「第三のローマ」であつたオスマン帝国が滅び、ギリシア王国とトルコ共和国の間でも、「住民交換」と呼ばれるジェノサイドが発生してゐる。
尚、イスラム世界に編入された地の住民は、これを喜んで迎へ入れたといふ。理由は失念した。
域内のイスラム教徒も増へ方は緩やかであり、権力によつて強制的に改宗させるといつた事は、歴史の上では発生しなかつたやうだ。個人間では起こるだろうけど。
カリフ制こそが真のグローバルであり、歴史がそれを証明してゐる。
一方日帝は、強制参拝の問題を起こしたり、マレー系住民に土下座させたりしてゐた。
今度は、徳の力で大アジア主義、大東亜共栄圏2(ツー)を実現させよう!