翌日の昼。
セントラル地区の一角、メインストリートからやや離れたその区画は、人通りも少なく活気も小さい。しかし、安い家賃のマンションが所狭しと立ち並んでおり、ここに居を構えている動物は多い。平日の昼であるため、大半の動物が仕事に出ているのだ。
そこに、休暇を取ったボゴは足を踏み入れた。慣れた道を通り、目的のマンションへ向かう。恋焦がれたセックスの相手、ロックスの部屋へと。
(本当に久しぶりだ)
セックスはもちろん、最近はロックスから情報をもらうことも無かったため、会うのは数か月ぶりだ。
(操作は順調に進んでいたからな。それに、会ってしまえば、セックスを我慢できなくなるからな)
こんな肉体になってしまった今、同じく絶倫症状に悩んでいたロックスでも、セックスの相手は務まらないだろう。
しかし、もうボゴ自身が我慢できなかった。
(あいつに会ったら、すぐに荒野の俺の家に二人で移動する。そして、満足するまでセックスだ。あいつに後ろから犯され、精液は遠くへ発射すればいい。あいつが精液に埋もれてしまわないよう、気を付けながらセックスすればいいんだ。大量射精にも慣れてきた。俺ならできる)
ロックスとは旧知の中であり、仕事で情報をもらうだけでなく、同じ絶倫体質同士であるため何度も激しいセックスを繰り広げてきた。一晩中盛り合った日もある。肉体の相性は抜群だった。OKOWANで向上した性欲と精力でセックスをしたら、どれほどの快楽が得られるのか、想像もつかない。
(落ち着け、もうすぐだ。焦るな)
ボゴは足早に、古いマンションの階段を上がっていく。パーカーにジーンズの下には、しっかりとスーツを着込んでいる。町が精液まみれになることはないが、膨張の危険性はあるため、気持ちが高まりすぎないよう、気を付けながら進んでいた。
しかし、性欲の火は心中で燃え上がっており、抑えが効くか分からない。OKOWANにより性欲が高ぶっていることもあるが、数か月会わなかったことでロックスに対する愛情も増幅していることに、ボゴは気付いていなかった。
汚れが目立つ床や壁に囲まれた廊下を歩き、ボゴはロックスの部屋の前に来た。
「ロックス、俺だ!」
乱暴に扉を叩き、名を呼んだ。しかし、返事はない。
「ロックス!どうした!寝ているのか!?」
何度も呼ぶが、結果は同じだ。
(そう言えば、朝ラインを送ったが、まだ既読がついてないな。どうせ、飲んで寝ているんだろう)
ボゴは再び拳を振り上げたが、不意に隣の部屋のドアが開いた。
「おい、あんた。やめてくれよ」
眠そうな顔をした壮年の兎が顔を出し、目をこすりながらボゴに声をかけてきた。
「ああ、すまない」
「隣の奴は、なんか、一週間くらい前から帰ってきてないよ」
「一週間?」
「ああ」
「どうしてわかる?」
「俺はこの一週間、ずっとひきこもって仕事をしていたんだ。だが、一週間前に外出したきり、戻ってないんだよ。でっかい犀の男だろ」
「ああ。だが、眠っている間に帰ってきたんじゃないか?」
「俺は耳がいいし、神経質なんだ。そいつが扉を出入りしたら、きっと気付く。だから、もうでっかい声を出すのはやめてくれ。やっと仕事が終わって、これから眠るんだよ」
兎はそう告げて、頭を引っ込めてドアを閉めてしまった。
(本当にいないのか?)
せっかくロックスとセックスが出来ると思っていたのに、と、ボゴはがっくりと肩を落とした。だが、確認せずにはいられない。
ボゴはそっと、ドアノブを回してみた。すると、ドアは開いた。
「ん? ・・・・・・ロックス、入るぞ」
ボゴは部屋に足を踏み入れた。
鍵をかけ忘れたのかと思い、部屋を見渡す。
調度品以外に、トレーニング器具やアダルトビデオに雑誌が乱雑に散らかっている。
(いないのか・・・・・・)
落ち込みながらも、ロックスの体臭を嗅ぐことで興奮は増していく。
(てっきりセックス出来ると思っていたが、残念だ)
ボゴはがっくりと肩を落とした。しかし、すぐに気持ちを切り替えた。
(じゃあ、ナンギとセックスだ。あいつはほとんどヌーディストクラブにいるからな。まだヨガ教室をやっている時間だが、俺が行けば、急遽休みをとってセックスの相手をしてくれるはずだ)
萎えかけた性欲が再燃する。ロックスとセックスをする気持ちを構成していたため多少の喪失感はあるが、ナンギの爆乳や膣の感触を思い出せば、そんなものは無視できた。
(だが、その前に・・・・・・)
ボゴはロックスのベッドに倒れこんだ。枕に顔を押し付け、ロックスの体臭を思いっきり嗅ぎ取って肺を満たす。
(ああ、たまらん!!)
そして、腰を振って勃起したペニスをシーツに擦り付け、ロックスとのセックスを妄想する。
(ナンギとのセックスが終わったら、必ずお前ともセックスをするからな!)
ロックスの巨体に伸し掛かられ、その筋肉質な肉体を背中で感じつつ、首筋に吐息をかけられながら舐められ、巨根で肛門を貫かれ前立腺を犯され、やがては腸内を濃厚な精液で満たされる。
「ぐ!!」
思わず射精しそうになったボゴは、仰向けになり必死に耐えた。こんなところで射精すれば、精液風船となたスーツでマンションを破壊してしまう。何より、精液を今朝から溜め込んでいる状態でナンギとセックスするため、ここで射精するわけにはいかなかった。
「ぐ・・・・・・くう・・・・・・ふう・・・・・・はぁぁ」
やがて、射精欲求が遠のいていく。なんとか射精を耐えたボゴは、ベッドの上で荒い呼吸を繰り返した。分厚い胸板と腹筋が上下し、暑い吐息が漏れる。セックスを終えた時のようだ。
本来なら、このタイミングでロックスの熱い抱擁と口づけが来るはずなのだが。
(絶対に、ナンギとのセックスの後に来るからな)
ボゴはそう誓い、ナンギがいるヌーディストクラブへと向かった。
性欲が燃え上がり、睾丸の中瀬出井駅が煮えたぎる。
(ナンギを連れて、荒れ地の真ん中の俺の家に行き、ヤりまくる。俺の肥大化した肉棒はナンギに入らないが、あいつなら俺のペニスに抱き着き、扱きたててくれるはずだ。オナニー以上の快楽は間違いない。それに、あのオッパイや尻を揉みまくり、キスが出来るなら十分だ)
勃起をこらえつつ、ボゴは妄想に花を咲かせながらクラブへと急いだ。
「なんだって!?」
午後、ズートピアのとある場所、服を着ることなくありのままの姿て生きることを信条とする動物が集まる場所、ヌーディスとクラブの受付にて。
ここでヨガインストラクターを務めるナンギとセックスをするためこの場を訪れたボゴだが。
「うん、ナンギはいないよ」
受付にいるヌー、ヤックスからナンギの不在を言い渡された。
「この時間は、ヨガ教室をやっているんじゃないのか」
「うん、そうなんだけど」
いつも笑顔のヤックスだが、今日は不安げな表情を浮かべている。
「実は、一週間前から、ナンギはここに来ていないんだ」
「一週間前だと?」
ボゴは、先程ロックスのマンションで狼から言われたことを思い出した。ロックスも、一週間ほど前から留守にしているということを。
(偶然か?いや、しかし・・・・・・)
ボゴは薄暗い個室を見渡し、他に動物がいないことを確かめてヤックスに質問した。
「確かに一週間前からか?」
「うん。僕は記憶力が良くないから、間違っているかもしれないけど」
ヤックスの記憶力が高いことを言っているボゴは、さらに問いただす。
「連絡は?」
「ないよ。電話も通じない」
「こんなことは、間にもあったか?」
「象のナンギは記憶力が良いから、休むってことを言い忘れたことはなかったよ。僕が聞き逃していたことはあったけどね」
ヤックスは苦笑しながら言った。きっとそれは、ナンギは休むことを言い忘れていたんだろう。
「でも、こんなに長くここに来なくなることは、今までなかったよ」
「そうか」
ナンギのとセックスに燃え上がっていた性欲は、ナンギの不在を聞いても消えることはなかった。しかし、自分と親しく、そして情報提供も極秘で行っていた二人が、同じタイミングでいなくなったことを聞き、性欲は消えた。代わりに、警察官としてのプロ意識が向上し、警鐘を鳴らした。
これは、何かある。二人の失踪は、偶然ではない。警察官としての勘が、ボゴにそう訴えていた。
性欲の高ぶりでギラついていた双眸に、理知的な光が戻る。
「分かった、ありがとう」
ボゴは踵を返し、再びロックスのマンションへ向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「やはり、か」
ボゴはロックスの自宅に戻り、ロックスのパソコンを起動してデータを調べてみた。ロックを解除した先にあるファイルには、情報屋としてロックスが管理しているデータが全て詰まっている。
しかし、それらは全てデリートされていた。ロックスが自分自身でそんなことをするとは思えない。おそらく、別の誰かが削除したのだ。
(誰かがロックスを拉致したようだな。その犯人は、ロックスが集めていたデータも全て消している。しかも、部屋の中の争った形跡などもなく、元通りに戻している。金目のものが盗まれているわけでもない。おそらく、拉致の証拠は残されていないだろう)
ボゴは部屋を見渡し、そう結論付けた。痕跡も残さず、動物を一人拉致している。相手は間違いなくプロだ。おそらく、ナンギの自宅も同様の有様だろう。
(どうするか・・・・・・拉致の証拠はない。まぁ、何日も姿が見えなくなっているんだから、捜索届は出来るだろうが、そんなことをすればロックスの身に危険が及ぶかもしれん。またホップスに頼み、ミスタービッグの情報網に頼むか?しかし・・・・・・)
ボゴはしばし考えた後、決心を固めた。
(客観的に見れば、これはまだ事件が発生したとは言えない状況だ。俺個人の意思で、警察やマフィアの力を借りるわけにはいかない。それに、あの二人が拉致されたのは、おそらく俺の情報提供者だったからだ。俺が原因なんだ)
覚悟を決めたボゴは、携帯を取り出した。
(あの二人は、俺の友人だ。そのせいで、二人は事件に巻き込まれたんだ。俺の手で助けたい)
ボゴは休暇届のメールを警察署に送った。
(まずは、一人で動いてみるか)
ボゴの心には、友を思う情愛や、悪を倒そうという使命感が燃えていた。
同時に、早く二人とセックスをしたいという性欲もまた、激しく燃え盛っていた。
(必ず、二人とセックスだ。二人を荒れ地に連れていき、心行くまで射精しまくってやる)
性欲を燃やしつつも、勃起を使命感でこらえ、ボゴは歩き出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌日の夜。
私服姿のボゴはズートピア市内にある小さなネットカフェの中にいた。最低限の設備は整っているものの、個室やコミックの数は少なく利用客もまばらだった。
ボゴは本棚からコミックを数冊取り、個室が立ち並ぶ薄暗い廊下を進んでいき、指定された個室の中に入った。
「さて・・・・・・」
ボゴは手にしていた鞄を床に置くと、中から小さなノートパソコンを取り出し、漫画と共に机に置いた。そして、胸ポケットから小型のUSBを取り出した。
(頼みの綱は、これだけか)
ボゴはノートパソコンを起動させ、USBを挿入した。
一人で調査すると決めたボゴは、ロックスとの密会場所を回ることにした。カフェやバー、映画館、アウトローの集会所など全てに足を運び、聞き込みをして、密会場所を調査した。
しかし、有力な情報は得られなかった。どの密会場所にもロックスがいた痕跡はなく、目撃情報も聞き出せなかった。
だが、最後に向かった密会場所、闇の格闘技場にて、唯一の手掛かりを入手した。
「これは・・・・・・」
ロックスが使用していたロッカーの床には細工が施されており、持ち上げて下に貴重品を隠せるようになっている。そこに、USBが一つ、隠されていたのだ。
(何か情報があるといいんだが)
ボゴは祈りつつUSBの中にあるフォルダを開いた。
(これは・・・・・・)
フォルダの中には、複数のファイルがある。
最も早く目についたのは、ロックスがボゴに宛てたメッセージだった。
『ボゴへ。
俺の身に何かがあり、このメッセージをお前が見る可能性を考慮し、一応メッセージを残しておく。
数日前から、何者かに監視されているような気がするんだ。多分、気のせいじゃない。この世界で長年生きる俺の感覚に、間違いはねえ。俺は情報屋だから敵も多いしな。心当たりは色々あるんだが・・・・・・。初めは、ベルウェザー残党一味によるものだと思った。
ベルウェザー残党一味がOKOWANウイルスを製造していたことが発覚し、警察によって順調に検挙が進んでいき始めた頃。監視が始まったのは、その頃からなんだ。俺はボゴに、その件で情報を売ったからな。報復か、それとも俺を人質にしてお前と交渉するつもりなのか。
だが、裏社会の噂によると、ベルウェザー残党一味の力はかなり落ちている。幹部はほぼ捕まり、関わっていた下っ端どもは逮捕を恐れて散り散りになっている。今更、情報や一人に報復なんてするだろうか・・・。
俺は、俺を監視している組織を、ちょっと調べてみることにした。ベルウェザー残党一味なのか、それとも全くの別組織なのか。目的は何なのか。
このことは、お前にはまだ伝えないでおく。俺を監視している奴らは、俺とお前が知り合いであることを、まだ知らない可能性もあるからな。今お前と密会して、署長様とセフレだってことがばれちまったら、まずいだろ。
それにお前、最近俺と連絡とってくれねえし。治療や仕事で忙しいってのもあるが、チンポや身体が肥大化して、洪水みてえに射精する肉体になって、セックスできなくなったからだろ。
確かに、セックス無しでお前と会うって選択しはねえからな。でも、そんな肉体のお前でも、セックスはできるんじゃねえかな。肉体に潰されないよう、精液で溺れないよう、気を付けながらセックスしてえよ。
ま、お前とのセックスはあとだ。まずは、俺を監視している組織の正体を暴く。情報をまとめたら持っていくから、待ってろよ。最も、お前がこのメッセージを読んでいるってことは、俺は捕まってるってことなのかもしれねえが。
その時は、助けてくれよ。で、セックスしようぜ』
「ロックス・・・・・・」
ボゴの口元には、笑みが浮かんでいた。
久しぶりに、友人と触れ合うことが出来た気がした。それが、ただただ嬉しい。
だが、笑ってばかりはいられない。ロックスは、正体不明の組織に監視され、そして捕まってしまったようだ。
同じタイミングでナンギが行方不明になったということは、この組織はナンギも監視し、捕まえたのかもしれない。
(何としても、助けなければ)
友のメッセージを読み、より闘争心を高めたボゴは、ロックスがまとめたファイルを開き、内容を確認していった。
“セックスしようぜ”の言葉に、性欲も高まらせて。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はい、今日はここまでです」
そう声をかけられ、ボゴはゆっくりとベッドから起き上がった。
「お疲れさまでした」
ベッドの脇ではラクダの科学者、OKOWANのワクチンを開発したデザート博士が、ボゴから抜き取った血液が入った試験管を丁寧な手つきで箱に収めている。
ロックスが残したファイルを調べた翌日、ボゴはデザート博士の研究所にいた。
ボゴは定期的にデザート博士の元を訪れ、ワクチンの投与と血液検査を行っている。体内のOKOWANを完全に消し去り、元の肉体へ戻るため、ボゴは欠かさずこの検診を受けていた。
「いつもありがとうございます」
「いえ、これも仕事なので」
いつものように、デザート博士は笑顔を作らず物調ずらをボゴに向けている。その表情を、ボゴは鋭い顔つきで見返した。
「何か?」
「いえ、何も」
ボゴはそう言い、立ち上がった。
「署に戻るのですか?」
「いえ、今は休暇を取ってまして」
「なるほど。それで私服ですか」
ボゴはデザート博士に背を向けて部屋から出ようとしたが、振り返ってデザート博士の元に歩み寄った。
「何ですか?用があるなら・・・・・・」
詰め寄ってきたボゴにたじろいだデザート博士に、ボゴは黙ってズボンのポケットから小さな箱を取り出した。
「これ、同僚からもらったんですが、私はたばこを吸っていませんので」
その箱は、たばこの箱だった。
「博士は愛煙家と聞きました」
「これは、私がいつも吸うたばことは違いますね」
「このまま捨てるのも忍びないので、もらってください」
ボゴはそう言い、たばこの箱をデザート博士の白衣の胸ポケットに押し込んだ。
「では」
そしてボゴは、すぐに部屋から出ていった。
「全く、こんな安物は吸わないというのに」
デザート博士はボゴから受け取ったたばこの箱を取り出し、開けてみた。
中には、たばこが入っていなかった。代わりに、小さなメモが入っている。
それを見たデザート博士は、顔色一つ変えることなく箱をポケットにしまい、部屋を後にした。
表情は変わっていなかったが、額には汗がにじんでいた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日の夜。
ズートピアのセントラル地区、歓楽街の一角にて。
夜空の下では色鮮やかなネオン街が星々以上に煌めき、様々な動物たちが眠ることなく町中を闊歩している。昼間と同等の賑わいを見せる街の中に聳えるビルの地下1階、地上の喧噪が届かないバーの隅にて、ボゴとデザートは並んで酒を酌み交わしていた。
両者ともに、表情は険しい。美しいジャズピアノの旋律が二人の耳に届いている者の、両者が纏う緊張感は全く緩むことはなかった。
「どこまで知っている?」
デザートが先に口を開いた。いつもは見せない、険しい顔つきで。
「そうだな。まずは知っていることから話そう」
ボゴはゆっくりと口を開いた。
他者に聞かれてはいけない会話だが、バーのマスターや従業員はボゴの友人であり、周辺の席の人払いは完了している。ロックスとの密会場ではないので、彼をさらった組織もこのバーはノーマークだ。
「ベルウェザー残党一味でない、別の組織がOKOWANを悪用しようとしている。そして、あんたはその組織に協力している。俺の情報を組織に流し、俺の肉体にワクチンでなく強化されたOKOWANを打ち続けている」
ボゴからそう告げられたデザートは、間を置かず小さく頷いた。
「そしてその組織とは、あんたの研究のスポンサー企業であり、大手製薬会社の“アーク”」
またも、デザートは頷いた。体が小さく震えている。
「良く調べたな」
デザートはスコッチを飲み、ため息を吐いた。
ボゴは黙ってその様子を見ていた。
ロックスが密かに集めていた情報。
それは、ズートピアに本拠を構える大企業の一つ、製薬会社アークの悪事だった。
ロックスはボゴにこの情報を伝えようとしていたらしく、ファイルにはアークに関するデータが詳細に記されていた。
そして、デザートがボゴに施していることも。
「そう、その通りだ。アークはOKOWANの製造をしている」
「なぜ?」
「焦るな。私も、全てを話そう」
観念した、とでも言いたげに苦笑したデザートは、再びスコッチで喉を湿らせ、しゃべり始めた。
「アークの狙いは、ズートピアの動物たちの多くを、あんたのように、OKOWANに感染させるつもりなんだ。そして、自分たちが作ったワクチンを感染者たちに投与し、治療する」
「なるほど。アークは、ズートピアを救った英雄になるというわけか」
「そうだ。そのために、アークは自作自演の感染拡大を図ろうとしている」
ボゴはバーボンを一口飲み、デザートに質問した。
「その計画は、いつから始まった?」
「ベルウェザー残党一味の逮捕が進み、ワクチン開発が成功した時からだ」
「じゃあ、ほんの数か月前からか」
「ああ。ワクチン開発のため、アークは警察からOKOWANや夜の遠吠えのデータを大量にもらっている。大量生産は簡単だ。それに、あんたの精液もアークが全て確保しているからな」
デザートは背もたれに体を預け、天井を仰ぎ続けた。
「あんたの精液で作った大量のOKOWANとワクチンが、既に開発されている。私はそれに協力している」
「しかし、ベルウェザー残党一味が新たに作り始めたOKOWANは、俺にしか効果が発生しないはずだ。他の動物にも効果が出るようにすると、効果が大幅に落ちて実用性が低いと。その分、俺には何十倍もの効果を発揮する・・・・・・そういう効果じゃなかったのか」
「その通り。だからこそ、まだアークは計画を実行していない」
デザートはそう言い、ボゴの目を真っすぐに見据えた。
「だが、全ての動物にOKOWANの効果を発揮するための研究が進んでいる」
「なんだって!?」
身を乗り出したボゴに、デザートは淡々を続けた。
「ある仮説が立てられた。ボゴのDNA情報を大量に体に投与した状態で、OKOWANを摂取すれば、効果が出るのではないか、とな」
「実験の結果は?」
「失敗だ。あんたの精液を肉体に投与してOKOWANを飲んだ職員もいるが、効果は出なかった」
「そうか」
ボゴは安堵したが、デザートは首を横に振った。
「そこで、新たな仮説が生まれたんだ。ボゴと頻繁にセックスをして精液を頻繁に取り入れていたものには、効果が出るのではないか、と」
「何!?それじゃあ・・・・・・」
「そうだ。ロックスとナンギ。この二人は、ボゴ同様に絶倫体質で、ボゴと頻繁にセックスして大量のボゴの精液を取り込んでいた。彼らにOKOWANの効果が出るのではないか、と」
「それで、あの二人は、アークに拉致されたのか」
ボゴは歯ぎしりしつつ拳を握りしめ、怒りで体を震わせた。
やはりあの二人は、自分のせいで事件に巻き込まれてしまったのだ。
「しかし、ロックスとナンギも、OKOWANの効果は出なかった」
「じゃあ、二人は解放されるのか?」
「いいや。効果は出なかったものの、OKOWANの効果が発症する、あと一歩の状況までは進んだんだ」
「どういうことだ?」
「彼らの細胞は、OKOWANに対して良い反応を示した。つまり、あんた同様、OKOWANとの相性はいいらしい。おそらく、あんたの精液を頻繁に摂取していたからだ。だから、これも仮説だが・・・・・・ボゴの新鮮な精液を大量摂取した直後、OKOWANを飲めば効果が出るんじゃないかと言われている」
「俺の、新鮮な精液?」
「ああ。だから近々、アークはあんたも拉致するようだ。射精したばかりの精液をロックスとナンギに摂取させ、OKOWANを投与させるつもりだ」
「そうすれば、OKOWAN効果が出るのか?」
「可能性はある。そして、その過程を経て、ボゴ以外の動物にもOKOWANが発症するメカニズムをアークが掴んでしまったら・・・・・・」
「アークの計画が実行される」
「そうだ。ズートピア中にOKOWANをばらまき、感染者を増やし、自分たちで治療していく。多額の金を得て、政治の世界にも進出するつもりだ。そして、街を牛耳るのだろう。既に、事件の犯人として罪をなすりつける、ベルウェザー残党一味の残りも、彼らが確保している」
「なんてことだ」
ボゴはアークの野望に驚愕した。しかし、恐怖で慄くことはなかった。
「私は、その計画に加担してしまった」
「理由は、人質か」
デザートは目を丸くしてボゴを見た。デザートのそんな顔を、ボゴは初めて見た。
「そこまで知っているのか」
「ロックスが集めた情報だがな。ワクチン製造が始まってから、あんたは妻と子と別居状態になった。研究で忙しくなったから、と言われているが・・・・・・」
「ああ、そうだ。アークに、人質として捕らえられている。歯向かえば、殺されてしまう」
「そうか」
ボゴは残っていたバーボンを飲みほした。
「ロックスが残した情報は、証拠としては使えない」
「アークが相手なら、それなりの証拠がなければ検挙できない」
「ふむ・・・・・・これは、俺一人じゃ手に負えないな。皆の力を借りなければならない。だが、まずは人質の救出だ」
ボゴはデザートの肩に手を置いた。
「今表立って調査を行えば、人質が殺されるかもしれん。彼らの安全を確保し、警察総出でアークを叩く」
「妻と子を助けてくれれば、いくらでも証言する。私が持っている証拠も提出する。捕まってもいい。妻と子を助けてくれ」
縋るように、デザートはボゴに助けを求めた。ボゴは優しく、デザートを励ますように、力強く言った。
「任せろ。必ずアークを叩く。それで、ロックスとナンギ、そしてお前の妻子は今どこにいる?」
「私の妻子は、おそらくアーク本社だろう。ロックスとナンギは・・・・・・」
デザートは天井を指さして言った。
「宇宙だ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
三日後。
アークがスポンサーとなっている、宇宙開発を手掛けた民間会社のロケット発射基地にて。
ズートピアから少し離れた荒れ地の真ん中に建てられたその施設は、多くのスタッフが駆け回っていた。地球の周囲を回る宇宙ステーションへ、補給物質を詰めたロケットを送るのだ。
既にロケットは発射台に設置されており、発射の準備は整っている。基地の周囲には、宇宙にロマンを求める動物たちがカメラを手にして、その時を待っていた。
そして、数分後。
カウントダウンのアナウンスが流れ、ロケットは轟音とともにブースターから火を噴き出し、空へ飛び立っていった。任務を果たすために、宇宙へと。
(ぐうう!想像以上の衝撃だな!)
コックピットには、4人の動物がいる。全員が宇宙へ飛び立った経験者である。
しかし、ロケットにはもう一人、動物が乗っていた。
宇宙服を装着した、ボゴである。物資が詰められたコンテナの中に、ボゴは一人入り込んでいた。
(もうすぐ、助けるぞ。ロックス、ナンギ)
数時間後、大気圏を超えたロケットは宇宙にいた。
目的の宇宙ステーションへ順調に向かっていたが、途中で壁面の扉が開き、コンテナが一つ排出された。そのコンテナは、内蔵されているレーダーに引き寄せられ、決められたルートを通り、月の近くへ進んでいく。
やがて、コンテナは月の近くにある星に引き寄せられていった。灰色の荒れ地が広がる、無機質な星である。
クッションが展開され、砂煙を上げながら着陸する。数秒後、コンテナが開き、中からボゴが出てきた。
(この星に、ロックスとナンギがいるのか)
ボゴは宇宙服の腕部に取りつけられたコンピュータパネルを見てみた。重力は地球より小さく、大気の状態は地球と同等である。
宇宙服を脱いでも問題はないはずだが、ボゴは一応、着たまま歩き始めた。
目的の施設、ロックスとナンギがいる施設へと。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
数時間前、地球にて。
「それでは署長、行ってきます」
「俺たちに任せてくださいよ」
警察署にて、ジュディとニックのコンビがアーク本社に向けて出動する準備を整えた。服装は目立たぬよう私服であり、自家用車で向かう。
「頼んだぞ」
「お願いします」
「必ず助けます」
「余裕っすよ、これくらい」
不安なデザートを励ますように、ジュディは勇ましく、ニックは飄々とした態度で笑みを浮かべ、二人は車に乗り込んだ。
「大丈夫か、あの二人で」
「潜入においては、小柄な二人が最適だ。既に、他の仲間も周囲に配置されている」
「ミスタービッグの組織も動いているというのは、本当か?」
「ああ。彼らにとっても、OKOWANの流通は都合が悪いからな」
今日、アークに捕らわれているデザートの妻子の救出作戦が実行される。正式な逮捕状が用意できないため、潜入し救出するしかない。人員は最低限しか導入できないが、ジュディとニックの要請でミスタービッグが動いてくれることとなった。作戦が上手くいけば、デザートの妻子は無事に救助されるだろう。
だが、同時にロックスとナンギも救助しなければならない。デザートの妻子が救助されれば、アークはデザートの裏切りに気付くはずだ。そうなると、二人を救助できるチャンスを失ってしまうかもしれない。
「それで、ロックスとナンギがいる場所だが」
二人を見送った後、ボゴは医務室に移動しデザートに聞いた。
「宇宙にいると言ったな」
「ああ」
OKOWANワクチンの定期健診を装って警察署に訪れたデザートは、ロックスとナンギがいる場所の詳細を語り始めた。
「OKOWANはボゴの精液によって簡単に作られるが、保管場所がやっかいだ。あんたは毎日、洪水のように射精するからな。アークの連中は、一滴も無駄にせず保管し、OKOWANを製造している。ボゴ以外の動物にOKOWANの効果が発揮されるよう、彼らは日夜研究しているからな」
「だから、惑星に保管しているのか」
「そうだ。アークは宇宙開発を行っている民間企業のスポンサーもているからな。同時に、その企業を支配している」
「その企業が発見した惑星は、アークが管理しているということか」
「そうだ。決して違法ではない。宇宙局の許可をもらって、公的な手続きをして購入したんだ。それに、大きさは月より少し小さく、資源もないからな」
「そこに、大量の俺の精液と、OKOWANを隠しているのか」
「ああ。拉致したロックスとナンギもそこだ。OKOWANに関するものは、全てあそこにある。地上にあるアークをいくら調査したところで、証拠はなにも見つからない」
「考えたな」
ボゴは窓からをらを睨み、デザートに再び聞いた。
「その星の名は?」
「AA01589。通称、グレイ星」
「グレイ、か。で、その星に乗り込むには、今日打ち上げのロケットに乗ればいいのか?」
「ああ。そのロケットは宇宙ステーションに物資を届けに行く。だが、途中であんたの精液が入ったタンク入りのコンテナを、その星へ落とすんだ」
「今までも、そうやって精液をグレイ星に運んでいたのか」
「ああ」
「基地の警備は?」
「今は無人だ」
「無人?」
「コンピュータ制御で、全て動かされている。今は、ロックスとナンギに、定期的に栄養を与えるだけでいいからな。今度、あんたを拉致して、数名の科学者とともに星へ行く予定だったんだよ。あんたの新鮮な精液をロックスとナンギに与え、OKOWANを投与する、そういう予定だったんだ」
「そうか」
デザートは立ち上がり、ボゴに作戦を説明した。
「星にいる間は、アークのセキュリティが常に監視している。アークの社員証を持っていなければ、たちまち地球の本社に通報されてしまう。だから、星に行けるのは、あんただけだ」
「俺なら、大丈夫なのか?」
「今あんたが着ている、精液の漏れを防ぐラバースーツ、それには社員証と同様に、アークのIDチップが内蔵されているんだ。それを着ていれば、セキュリティーに引っかからない」
「なるほど」
「あんたは精液タンクとともにコンテナに入り、星に行って二人を救出し、非常用ロケットで地球に帰るんだ。ロケットの操縦も、全自動だ」
「現場は宇宙か」
口にはしなかったが、ボゴの心には多少の不安があった。現場は宇宙であり、相手はハイテク企業だ。無事に戻ってこられるのか、心配になる。
しかし、アークという悪を倒すという正義感、友を助けたいという友情の思い、そしてロックスとナンギとセックスをしたいという性欲が、ボゴの心を奮い立たせた。
「それで、注意しておいてほしいことがある」
「何か?」
「私はアークの命令で、ワクチンではなく、OKOWANの強化薬をあんたに討っていた。あんたの身体は、さらにOKOWANの効果が強く出るようになっている。加えて、OKOWANの強化も順調に進み、より強い効果が出るようになっている」
「つまり」
「基地内のOKOWANは、決して飲まないでくれ。今度は、サッカースタジアムどころじゃなくなる」
「分かっている」
「そして、ロックスとナンギだが、彼らにはまだOKOWANの効果は出ない。出たとしても、それほどの効果は出ないだろう。しかし、新鮮なあんたの精液と同時に飲んだら、強い効果が出るかもしれない。注意してくれ」
「ああ、分かった。それより、コンテナに入るにはどうすればいい?」
「作業員に友人がいてね。話を合わせた」
「チェックが入るんじゃないか?」
「ロケット搭乗前にスキャンが入るが、あんたのDNA情報があればパスされる。なんせ、中身はあんたの精液だからな」
「そうか」
ボゴはゆっくりと席から立ち上がった。
「じゃあ、行くか。友を助けに、な」