リザードンに病的にべた惚れしたドラパルトのお話 第三話~羨望の竜と嫉妬の炎~
[chapter:羨望の竜と嫉妬の炎]
「サナ、ドラパルトの野郎はやっぱりリザードンと組んで出るってよ」
ここはサーナイト達のチーム拠点。一箇所を除いて消灯したトレーニングルームに、マシマシラが帰ってくる。ミックスオレの入った容器をお手玉のようにしながら、マシマシラはこう問いかけた。
「しっかし、なんで態々リザードンと引き裂こうとしたんだ? ドラパルト自身も大会で結果残してるし、強いチームは少ないほど勝ちやすいだろ」
そんな素直な質問を投げかけながら、カシュ、と小気味良い音を立てて缶を開けて、グイっと勢いよくその中身を飲んでいく。サーナイトは、ただ微笑みを浮かべた。
「簡単な話だよ。彼がリザードンと戦えば、殆どの確率で勝つからさ。それによって、ボクたちの勝率は跳ね上がると確信してたからね」
そう言いながら、シャボン玉のように形成された二つの念導弾を宙に放つ。一つはオレンジ色、一つは黄土色。それらはぶつかり、黄土色のシャボンが残る。そのシャボンがサーナイトの手に落ちると、ただそのまま掻き消えた。
「ボクはできればリザードンと戦いたくない。彼との公式戦の勝率はかなり良くないから、あのブルンゲルくんの力も最大限借りて漸く勝てるかどうかくらいだろう。だけど、ドラパルトくん相手なら、私たちなら特に工夫なく勝てる。彼が弱いとかじゃなく、彼らの種族が得意な戦法と相性がいいから。だから、潰しあってもらえたら楽に優勝できただろうね」
もう一つ、大きなシャボン玉を作る。先の二つのシャボンの色がブレンドされ、グラデーションのようになった大きなシャボンを、切り裂くように腕を振り回し、潰した。
「でもま、それが叶わなかったんだから……全力で叩き潰すだけ、だよね」
「おーこわ。頼むからあんまりおれを巻き込まないでくれよ」
「そう言うならもっと嫌そうな顔してよね」
それは無理なお話だな、と笑いながら言うマシマシラ。そんな彼を見て安心したのか、その電気をパチリと消す。暗闇に彼らは溶け込み、そしてその姿が見えないままどこかへと去って行った。
[newpage]
「今日は最後の休みか……」
僕ははぁ、とため息をつく。大会まで丁度一ヶ月前。雲一つない空はやけに眩しく、なのに冷たい風が鱗を突き刺す。
「休み、全部逃しちゃったなぁ……」
そう、これまで休みはちょくちょくあったのに、僕はただ茫然と暮らしていた。恥ずかしかったから。たったそれだけの理由で何もせず、この日を迎えてしまった。まだリザくんと一度もデートをしてない。このタイミングを逃したら、後は大会前だから練習の日しかない。別に、リザくんに言えばきっと休みを作ってくれるんだろうけど、僕も練習頑張って、サーナイトたちに勝ちたい。だから、休みがないのは悪いことじゃないけど……でもデートしたいじゃん! チームの相棒ですよ、相棒。実質付き合ってると同義でしょう、なのに、なのに! 夜はもちろん、デートもゼロ回! そんなのあんまりだよ! うう、それもきっとピジョットが悪いんだ。ずっとバトル一緒に行ってたから……って、最近はリザくんの相方が僕に変わったこともあり、行ってないか? じ、じゃあきっと、ピジョットがリザくんを摩訶不思議な何かで誑かしてるから、僕とデートしてくれないんだ! きっとそうに違いないんだ……!
「……はぁ。デート、したいなぁ」
またため息をつきながら、そう漏らしてしまう。最近一緒の時間が長くなってきたから、デートまで秒読みだと思ったけど、現実は簡単には変わってくれないらしい。デート、できないかな。リザくん身体動かすの好きだろうから、アウトドア的な奴がいいかな。ピクニックして、美味しいサンドイッチを食べるんだ。タマゴパワーを得られるサンドイッチ食べたら、そのままリザくんが身体火照っちゃって、その熱を僕で冷まさなきゃいけなくなって……!
「おう、パルト! 何してるんだ?」
「それはもちろん、リザくんとあんなことやこんなことをしようって考えてて、ね……」
「あんなことやこんなこと? それって何だ?」
や、やっちゃった。目の前には、きょとんとした様子で首を傾げるリザくん。本ポケモンの前で浅ましい欲望を曝してしまい、僕は慌てて飛び退いた。
「り、り、リザくんっ!? い、いつの間にここに……?」
「いやぁ、ランニングで通りがかったからな。声かけちゃお、って思って」
ニーッと笑う姿はとてもいい笑顔で、見てるだけで癒される。じゃないんだ、僕は今人生の岐路に立っているんだ。この選択を間違った瞬間、リザくんに失望され、チーム解散。二度とバトルが一緒にできないだけでなく、絶交を言い渡されてもおかしくないかもしれない。そのためには何としても、誤魔化さなくては……! 僕は脳をフル回転させて、そしてこう言った。
「え、えーっと、その、練習メニュー! 技練習もいいけど、連携練習も、しっかりやりたいなーって……」
「おー、さすが相棒! モチベ高いなぁ!」
よし、何とかなった。しかも相棒というお言葉までいただきました。僕が胸をほっと撫で下ろすと、リザくんが持っていたタイマーがピピピと鳴った。
「おっと、今タイム測ってるんだった。今日は休みだからな、しっかり休めよっ!」
「うっ、うん! またね!」
駆け出していくリザくんを、僕は手を振って見送る。難を逃れた僕は、ふぅと一息つく。……一息ついてる場合じゃないんだよ! 今日がデートできるかもしれない最後の日なのに! 誘い損ねちゃダメでしょ、僕! あぁ、僕のバカ、僕のバカ! 今からでも追いかけて誘いに行けば……でもそれ重いかなぁ。でもでもでも、誘ってみないと何も始まらないかもしれないし……でも、怖いし。あぁもうどうしたら!
「よぉー、ドラパルト。何してるんだ?」
「うぅ、リザくんとデートしたいのに誘えなくて、やっちゃったなぁ、って……」
うん? 何だこのデジャヴ。ベンチに俯いていた僕は嫌な予感がしながら顔を上げる。するとなんと、またリザくんが居たのだ。
「えっ、ええっ!? ななな、なん、で……?」
「なんでって、おれが居たら変かな」
「えぇ、いや、変じゃ、ないけど……ランニングしてたんじゃ……」
「……あぁ、それが終わったから公園に来たんだよ。別にそんな変じゃないだろ?」
そ、そう、と僕は戸惑いながら返事する。なんだろう、見た目はリザくんなんだけど、何だか違和感。言い知れない感覚に、僕は首を傾げる。
「てかさぁ、さっきお前言ってたのってさぁ……」
「あ、えっと、そのぉ……」
ま、まずい、やっぱり聞かれてた! 本日二度目の人生の岐路。なんとかして、もう一度誤魔化さなくては、そう思っていたが、もうその先は一本道に繋がってたみたいだ。
「デートしたいって、なんだ? お前、大会前なんだぞ?」
「あっ……」
終わった。僕は聞かれていた事実と、リザくんの怒りを帯びた表情にそう確信する。
「ご、ごめん。その、大会前だって分かってたけど、どうしても、デートしたいって……」
「じゃあなんだ。あんなことやこんなことがしたいってたのは何なんだよ。そもそもアレか、おれとペアを組もうって提案したのも、下心からなのか?」
「そ、それはちがっ……」
「違わねーだろ。大体今まで組もうとしてなかったのに、何で今更って思ったんだよ。そういうことなんだろ、なぁ?」
それは、と言葉に詰まる。何も言えない。だって、反論の余地が無いから。チームとして組む価値を見出せたのは、つい最近だった。それまで組みたいと思っていたのは、リザくんと仲良くなりたい、あわよくば恋仲になりたい。その下心からでしかなかった。だから、そう認識されてしまっても、文句は言えなかった。
「軽蔑したよ、ドラパルト。もうお前はおれの仲間じゃない。二度とおれの前に姿を見せるな」
……そっか。そうだよね。僕はその言葉を受け入れる。リザくんはバトルがしたいんだ。そんな邪な態度でバトルしたいだなんて、嫌だよね。辛いけど……納得するしか、ない。結局僕は、邪魔でしかないんだから。僕はなんとか、顔を上げて、別れの言葉を言うことにした。
「……うん。ごめんね、リザくん。最後に、一つだけ——」
だがその瞬間、僕は衝撃の光景を目にした。リザくんが、二匹いるのだ。一匹のリザくんはキョトンとした様子で、もう一匹のリザくんは、滝汗を流してる。
「さ、最後にってなんだ? 別に明日からも練習一緒にするだろ?」
……どういう状態なんだ。あまりの状況の掴めなさに、僕は頭がフリーズしそうになる。だけど、どうにかパンクさせないように整理しながら、僕はこう聞いた。
「と、取り敢えず、説明してもらっても……いいかな?」
***
「悪いなぁ、パルト。弟のエクスが迷惑かけちまった」
リザくんの肩に顎を乗せて拗ねるもう一匹のリザくん、ではなく弟のエクスくんを撫でながら、リザくんはそう謝罪する。いや、情報が詰まりすぎだよ。よく見ると背格好が少しだけ小さかったり、翼の一部に切れ込みがあったり、尻尾の炎がリザくんよりもうひとまわり大きかったりする。でも、ここまで瓜二つな顔の二匹にこんなことをされると、目に毒だ。ある意味勘弁して欲しいなと思いながら、僕は大丈夫だよ、と頷いた。
「だって、お兄ちゃんが悪いもん。ぼくがいないところで勝手に男作って、最悪だよ最悪!」
だけど、弟くんは受け入れられない様子で、そう言って駄々を捏ねる。さっきリザくんのフリをしていたのは、イタズラのつもりだったとのこと。ただ、この様子から見ると割と本気で僕をリザくんと別離させようとしてたような気がするが……まぁ、リザくんの前だし、リザくんの弟さんなんだし。今回だけは問い詰めないでおこう。しかし全く、こんな所で拗ねて見苦しいなぁと思いながらも、僕はリザくんにこう質問した。
「普段は一緒に暮らしてないんだね」
「あぁ、元々エクスは別の地方で修行してたからな。ただこんな感じで、変なタイミングで俺のとこ来やがるんだよ。しかも突然」
「変なタイミングでも突然でもないもん! 寂しくなったから顔見に来ただけだもーん!」
「はいはい」
呆れるように同意しながら、優しく頭を撫でるリザくん。目を細めた様子から大変そうだなぁとは思う。……だけどさ、羨ましすぎない? 弟くんさぁ、リザくんの肩だよ肩。力強さだけでなく、少しシャープな美しい筋肉美を携えている、その肩に贅沢に体重を預けている。その体験できるの、狡すぎない? くそ、身内の特権を濫用しやがって。僕だって、僕だって。肩に頭を軽く乗せて、撫でられたい! そう思って恨めしそうに見ていると、気づいたエクスくんはべー、と挑発するように舌を出した。
「なっ……!」
「うん? どうした、パルト?」
「…….なんでも、ない」
落ち着け、落ち着け。リザくんの前だぞ、こんな分かりやすい挑発に応じるわけにはいかない。そう、リザくんの弟くん。つまりいつか僕の義弟になる存在だ。義兄である僕は大人な態度を見せないと。深呼吸しながら、掌に爪が刺さりそうになっている握り拳をゆっくりと開く。
「でもお兄ちゃん、なんでコイツと組んだの?」
「そりゃ強いからってのと、組んだら絶対楽しいからだな! ピジョットも今回の大会メンツ的に組む価値あるって言ってたし、そんなら組まない手はないだろって!」
「ふーん……」
り、リザくん!? そこまで、僕のこと評価してくれてたの……? 嬉しい。嬉しくて、今なら天にまで羽ばたけそう。……いや、成仏したいわけじゃないけど。とにかくリザくんに褒められて嬉しい気持ちの中、弟くんが明らかに嫉妬の目を向けているのに気づく。そうだろ、羨ましくなるほど誉ある言葉だろ。余りの優越感に、弟くんに凝視されているにも関わらずだらしなく頬を綻ばせてしまった。
「……っ! あーもう、やっぱヤダ!」
「ヤダって何がだよ」
「お兄ちゃんがこんなあばずれと組んでるの、絶対ヤダ!」
あっ、マズイ。刺激するつもりはなかったが、どうも嫉妬の炎が弟くんの心についてしまったようだ。リザくんも頭を抱えてるし、なんとかして落ち着かせなくては……って、あれ。今コイツ、なんて言った?
「あ、あばずれ……? よく分かんないけど、別に俺が誰と組んでもいいだろ……」
「ヤダなもんはヤダもん!」
聞き間違い、じゃないよね。絶対にそう言ったよね。「あばずれ」なんて酷い言葉を、よくも言いやがったな。リザくんの弟くんだからあんまり怒りたくはなかったけど、その発言だけは看過できない。もう、大人な対応をすべきだなんてクソ喰らえだ。よく考えれば、コイツは僕をリザくんと別れさせようと仕向けてきたのだ。それだけでムカつくのに、ずっとリザくんのことを想っていたことを否定されては冷静でいられやしない。グツグツと、身体の中が煮えわたるように、怒りが全身に溢れて仕方なかった。
「こうなったら、ドラパルト! ぼくと勝負しよう! 勝ったら僕がお兄ちゃんと組んで出るから!」
「お前っ、そんな勝手なこと言って! パルト、俺はお前と組んで出るからな! 別にこんな勝負に応じなくても……!」
「いいよ」
ごめんね、リザくん。庇う言葉も無視して、僕は自分の矜持のために、こう答えた。
「負けたら、君に譲ってあげる。金輪際、リザくんと関わらなくたっていい」
「ちょ、お前っ……!?」
「けどさ……僕、絶対に負けない。君を、完膚なきまで叩き潰してあげる」
強く、僕は念押しするようにそう言った。頷くなら、後悔させてやると、そんな気持ちも含めて。だけど、弟くんはただ愉快そうに笑って頷いた。
「わかった。じゃあ、一時間後にバトルしようよ。チームバトルの巧拙は見たいけど、チームメイトに君の強さを誤魔化されても困る。だからニ対ニで勝負ね。もちろん、お互いお兄ちゃんを相方にするのは無しだよ」
「臨むところだよ」
そう返事すると、弟くんは苛立ちをぶつけるかのように大きく羽ばたき、勢い良くどこかへと飛び去っていく。
「おっおい、エクス! 待てよ!」
リザくんは手を伸ばし、慌てて呼び止めようとするが、もう彼の姿は小さくなってしまった。力無く手を下ろしながら、こちらに振り返った。少し弱々しい目元に、何だかこちらを心配してる様子を伺えた。
「パルト、お前っ……! 何でそんな約束飲んだんだ! 俺はお前の実力を信頼して組んでるんだぞ! 弟に言われたからってそんな……」
「そう言ってくれるのは嬉しいよ。でも……僕は、アイツとの勝負からは逃げたくない」
僕は彼がいた場所を睨みながらそう言うと、リザくんは観念したようにため息をついた。
「はぁー、もう……お前って意外と熱くなるやつなんだな」
力んだ様子で腕を組むリザくん。その仕草から、珍しく少しだけ苛立ちが漏れているように感じた。
「分かった。それならちゃんと勝ってこいよ。お前が負けるとは思ってないけど、アイツあぁ見えて強いから」
うん、と僕は静かに頷く。ごめんね、リザくん。僕のエゴで、心配をかけて。でも、これは僕のプライドを賭けた譲れない勝負なんだ。静かに深呼吸して、僕はバトルの準備を始めた。
***
「ヨノワールさん」
「えぇ、バトルのお誘いでしょう? お任せください」
たった一匹のチームメイトとして声をかけたのは、ヨノワールさん。最近は別のチームの活動で忙しいと聞いていたが、連絡をするとすぐに駆けつけてくれた。
「ドラパルトくんと組むのは久しぶりですね。少し、腕がなります」
「あの……すみません、僕の問題に巻き込んで」
そう意気込んでくれるのは嬉しいが、僕は少し後ろめたさに苛まれていた。
「ただ、リザくんの弟に挑発されただけなんです。彼の言葉が癪に触って、つい……」
目を合わせられない。どうしても俯いた顔を上げられない。快諾してくれたけど、こんな、こんなお願いをするなんて、申し訳なくて。
「もう少し大人になればいいんだろうけど……どうしても、どうしてもリザくんに対する気持ちをっ……! 穢れているように見られたことが、許せなかったんです……」
だけど、抑えきれない。ベソをかくように、ポロポロと言葉を漏らしてしまう。確かにそんな高尚な思いではないかもしれないけど、「あばずれ」なんて言われるような、軽い想いでリザくんに恋してはいない。リザくんに恋い慕う気持ちも、リザくんと組みたい気持ちも、生半可なものだと言われたことが、許せない。その怒りを、悲しみを――吐露せずにはいられなかった。そんな僕を、ヨノワールさんはただ柔らかな目つきでまっすぐ見つめていた。
「別にどんな理由だろうと構いませんよ、私も久しぶりに貴方と一緒に戦いたいと思ってた頃です。それに、頼られることは嬉しいことですよ。きっとリザードンくんやピジョットくんも、同じように言うに違いありません」
……そっか。落ち着いた低い声でそう言ってもらえて、自然と平常心に戻っていく。
「ピジョットはともかく、リザくんがそう思ってくれてたら、嬉しいなぁ……」
「……失礼ですよ?」
何が失礼なのだろう、と僕が首を傾げると、ヨノワールさんは苦笑いを浮かべていた。ともかく、僕は改めて決意を固め、力を込めてこう宣言した。
「ヨノワールさんと戦うんです。絶対、絶対勝ちます」
「任せてください。私も、貴方を勝たせてみせますよ」
ヨノワールさんも、そう力強く返答する。勝負は、太陽がちょうど真上に位置する頃。それまで、僕は闘志を静かに燃やしていた。
[newpage]
バトルコートに入る時、こんな気持ちになるのは初めてだった。最近はリザくんがいたから、いつもすっごく楽しみにしながら、そして少し緊張しながら入っていた。リザくんと組む前は、ただ誘われたから、ヨノワールさんに組んでもらったから出ただけで、特に無感情だったように思う。だから……こんなに緊張しつつも、負けられないと気持ちを奮わせているのは、初めてだった。
「来たね、ドラパルト」
コートの中には既に、弟くんと彼のチームメイトらしき赤い姿のオドリドリがいた。腰に手を当ててふんぞり返りながらそう言う彼に、僕はただ静かに頷く。リザくんはバトルコートの外から腕を組んで、歯痒そうに見つめている。そんな顔をさせて悪いことをしたな、と罪悪感は募るが、ここで負けていいと言うことには繋がらない。すぅ、と深く息を吸い、僕は弟くんを強く睨む。
「……始めよう」
僕は彼に問いかける。一瞬、風の音だけがコートに埋まる。彼はニィッ、と不気味に笑った。
「ぼくの姿を見て、後悔しないでよね」
彼が手に握っていた石が光り、その姿形を変えていく。橙色の体表が黒く変わり、尻尾の炎が揺らめき、青色に染まる。同じように青い炎が、彼の口から勢いよく漏れ出してきた。その変化は、メガシンカだったかな。より温度の上がった炎が、僕を焼き焦がすぞと強い熱を伝播させる。僕はそれを、ただ冷静に見つめていた。
「もっと驚いてよ、つまんないな」
「勝ちに来てるから、驚いてる暇はないよ」
「……やっぱりきみのこと嫌い。冗談通じないの、つまんないよ」
不満そうに彼はそう言い、緩んだ空気を演出してくる。だがその目は真剣そのもの。隠す気のない敵意が溢れていた。……来る。そう直感すると同時に、彼は勢いよくこちらに飛び込んできた。爪が僕の身体を裂く前に、すんでのところで躱す。軽く舌打ちが耳元で聞こえつつも、彼は炎攻撃を何度も繰り返す。針の糸を通すようにその炎を全て躱しながら、牽制のために《シャドーボール》を打つ。だが、それも彼に当たらない。小手先の勝負ではどうも決着がつかないようだ。
そんなバトルの最中、カカカッと足を鳴らすような音が聞こえる。その出所をチラと見てみると、オドリドリが情熱的にダンスをただ踊っていた。こんなところでなぜダンスをと疑問に思うが、弟くんがたった一匹のチームメイトに呼んだポケモンだ。ただエールを送るのが役目ではないだろう。事実あの子のダンスのリズムに合わせて、彼の炎がどんどん膨れ上がっているように感じる。恐らくサーナイトのように、エネルギーを増強させる力を持っているのだろう。これ以上強くされてしまう前に、あの子から倒さなくては……。
「よそ見している場合?」
「……なっ!?」
しまった、彼から目を逸らしてしまった……! スピードを高めて躱そうとするが、判断が遅れては彼の急襲を躱しきれない。全身を用いた突進で、体勢が崩れる。そのまま、僕のお腹に爪が突き立てられてしまった。
「《インフェルノX》っ!」
眩い青が、目の前で輝く。彼の爪からさらに炎エネルギーが溢れ出て、爆発したようだ。それを理解する頃には僕は吹き飛ばされ、煙の中に埋もれてしまった。
「勝負アリでしょ。オドリドリの炎の力を借りたぼくのこの攻撃に、耐えられるポケモンはいない。思ったより強かったけど、これできみはもうお兄ちゃんのそばに……」
余裕綽々とした彼の頬に、わずかな風が傷をつける。僕が射出したドラメシヤたちの攻撃が、少し傷をつけたようだ。先の攻撃の威力は絶大なものだった。身体を動かすのも一苦労で、全身の傷が痛む。だけど、僕は負けない。勝つんだ。その意思で、僕はふらめきながらも立ち続けていた。
「へぇ、ぼくの攻撃、耐えるんだ。いいねぇ、面白いじゃん! きみがこんな最高の敵になると思わなかったよ! じゃあもう一度、きみを叩き潰して……!?」
そう彼が爪を上げた瞬間、ドス、と背後から音が聞こえる。彼が振り返った先には、先ほどまで元気に踊っていたはずのオドリドリがノックアウトしていた。
「い、いつの間にオドリドリを……!?」
「さぁ、いつでしょうねぇ」
その焦りを、ヨノワールさんは見逃さない。影を縛り付けたかのように、彼はピタリと動きを止めてしまう。
「あんまりドラパルトくんに目を奪われてちゃ……私の動き、見失いますよ」
「いっ、てぇ……! くそ、こんなのでぼくは負けな……!?」
反撃しようとした彼は、目を見開く。目の前に立ち塞がるヨノワールさんがニヤリと笑い、今にも破裂しそうなほどに身体を膨らませていたからだ。
「ついでに言いますけど、私は陽動役でした。もう、遅いと思いますが」
ヨノワールさんは指を鳴らすと同時に、その身を爆発させ、煙を放出する。呪いが込められた煙は弟くんに纏わりつき、その体力を削る。慌てて彼はその煙を尻尾で払いのけるが、僕はもう彼の目の前に突進していた。
「《ファントムダイブ》」
全身で彼の身体に飛び込み、接触と同時にエネルギーを込めてドラメシヤたちを打ち出す。所謂、《ゴーストダイブ》と《ドラゴンアロー》を組み合わせた技だ。その技で、僕の攻撃は大きく彼を仰け反らせる。それにも彼は根性で倒れまいとこちらを睨んでいたが、ついぞ膝をつき、元の姿に戻った。
「……やるなぁ。エクスの技の爆発に隠れてオドリドリを倒しつつ、ドラメシヤの攻撃で少しだけダメージを与える。そして補助のないエクスが技を使えぬうちに、準備を整えてヨノワールと総攻撃……こういう機転のきくとこ、俺には無い強さなんだよな」
リザくんが頷きつつ独り言のように呟く言葉が、僕の耳に届く。褒め言葉として嬉しく思いながら、僕は先に弟くんを起こそうと手を伸ばした。
「僕の勝ちだ」
「……分かってるよ、そんなの。だからメガシンカ解いたんじゃん」
僕の手を取りながらそう言いつつも、表情からは不満が溢れ出している。握り拳は小刻みに震え、どうしても認められないと言いたげに、目線を下に向けていた。気持ちは分かる。僕だって、もし負けていたら素直に認められたか分からない。それほど、彼だって兄であるリザくんを愛しているんだろう。だから僕は、お願いをした。
「僕は、君から見て兄の理想的な相棒じゃないかもしれない。でも、僕はリザくんと一緒に、優勝したいんだ。他の誰でもない、リザくんと一緒に」
力を込めて願いを言い、僕は頭を下げる。
「足りないところは練習をいっぱいして、それでも足りなかったら皆の力を借りてでも、優勝したい。だから……この気持ちに嘘はないことだけでも、認めてくれると嬉しいな」
彼にとってリザくんの隣に誰かがいることは辛いことかもしれない。僕はどうしても、そう願ってしまっているから。バトルの相棒だけでなく、もっと近い関係になりたいと。だからエクスくんに譲歩してもらえるように、少なくとも誠意があることを伝えなくては。自分の想いを、熱意を、僕は語る。そんな僕の横に来たリザくんは、グイッと無理矢理僕を引き寄せて肩を組んだ。
「悪いな、エクス。俺も、パルトとやりたいって思ってるんだ。どこまでも、俺たちなら強くなれる。そう思うんだ。だからどうか、兄のためを思ってここは引いちゃくれないか」
……リザくんは、いつだって変わらないな。僕のことを信じて、いつもそう言ってくれる。そんな嘘をつけないところが魅力的だなと僕は思う。その言葉を聞いたエクスくんも、不意に力が抜けたように、ため息をついた。
「あー、もうっ! お兄ちゃんにまでそんなの言われたら、認めるしかないじゃん」
口を尖らせながら、エクスくんは僕にズカズカと近づいてくる。こちらを睨みながら、口元をへの字にしながらこう言った。
「お兄ちゃんのこと泣かせたら、タダじゃおかないからね! 分かった?」
「いや、俺はそんな簡単に泣かねえよ?」
「そ、そうじゃなくて……あぁもう、本当にお兄ちゃんは鈍いなぁ!」
「え、ええっ!? なんで怒るんだよ、エクス!?」
リザくんのズレた言葉に、エクスくんは拗ねる。それでもリザくんは首を傾げるばかりであった。まぁ、君も君で苦労してるんだろうなぁと僕は苦笑いした。
「一件落着ですね、ドラパルトくん」
「ヨノワールさん……協力、ありがとうございました」
「いえ、それほどではございませんよ」
リザくんが分からないなりに拗ねるエクスくんを宥めている間、ヨノワールさんは僕に静かに声をかけてきた。僕が礼を言うと、ふわりと微笑みを浮かべていた。
「にしても、見違えましたね」
「……えっ?」
「貴方があんな風に自分の気持ちを露わにするのを見たのは初めてですから」
珍しく嬉しそうに顔を綻ばせてそう言うものだから、僕はどうも照れ臭くなってしまう。
「あ、あんまり言わないでくださいよ。言わなきゃって必死だっただけですから……」
「いえ、昔の貴方からは考えもつかない変化ですよ。いつも虚ろな表情をして、いつ死んでもおかしくないと思わせるように見えました」
「……そう、ですね」
ずっと一緒にいたヨノワールさんには、どうやらお見通しだったようだ。リザくんとピジョットに見つけられたあの後、ヨノワールさんのところに送られたのだ。一時的に居候させてもらう形で、ヨノワールさんは身寄りのない僕を、帰る場所が見つかるまで居させてくれたのだ。今も元のお家は見つかってないが、それでもヨノワールさんは追い出すことをせず、ただ僕を見守ってくれている。いわばもう一匹の父のような存在だった。
「きっと、皆のお陰なんだと思います。今生きているのも、僕が僕らしくあれるのも」
だから僕は感謝を伝える。リザくんと……癪に障るけど、ピジョットには勿論、ヨノワールさんも、僕がこうやって立っていられる理由だと思うから。それにヨノワールさんはたった一つの目を丸くさせる。そして、また柔らかい微笑みを浮かべた。
「……ふふ、親が息子からお礼を言われた時って、こんな風なむず痒さなんですかね」
「あはは、そうかもしれませんね」
釣られて僕も笑ってしまい、朗らかな空気の中。ヨノワールさんのスマホロトムに通知の音が鳴った。
「……おや、すみません。チームからの招集がかかりましたのでそろそろお暇しますね」
こんな時間から集まるんだ。ヨノワールさんは一つのチームと決めず、色々なチームを手伝うことが多い。僕とチームを組んでくれた時も、僕がバトルに参加してみたいと言ったとき、たまたまスケジュールが空いていたから組んでくれていたらしい。今回も例に漏れず、また別のチームと組んでいるようだ。それにしても、この時間から招集とは、変わったチームだと思うが。
「今回のチームは忙しそうですね」
「全くです。こんな時間から練習なんて、本当に自分本位な奴ですよ」
不意の疑問にそう答えられ、僕は思わず吹き出してしまった。そんな風に愚痴を言うことが珍しくて、つい笑ってしまったのだ。そんな僕を見て、少し慌てた様子で頬を掻いていた。
「……オトナたるもの、こんな本音を言ってはいけませんね。内緒にしておいてください、ドラパルトくん」
「分かりました、ヨノワールさん」
バツが悪そうにそういうヨノワールさんに、僕は素直に頷く。いつも以上にヨノワールさんと楽しく話せて、そして僕のことを認めてくれて、とても嬉しかった。ただ一つ不満があるとすれば――もう少し、一緒に過ごせたらいいなと思うけど。それを言葉にすることはなく、僕は陰に消えるヨノワールさんをただ見送った。
[newpage]
「じゃあね、お兄ちゃん! また遊びに来るよー!」
「おう、またなー!」
オドリドリと自身の家に帰るエクスくんを見送る。夕陽の中で、僕とリザくんがポツリと残る。今日は大変な一日だった、そう思っているとリザくんは僕をジトリ、と見つめた。
「しかし全く、エクスの無茶振りを受けたときはどうなるかと思ったぞ」
「ご、ごめん。つい、怒っちゃって……」
「はは、いいんだよ。けど、温厚なパルトも怒ることがあるんだと感心はしたかな」
豪快に笑い飛ばすリザくん。いくら譲れない勝負だったとはいえ、心配をかけたのは申し訳ないと思っていたが、そんな不安を吹き飛ばすような笑いだった。
「譲れないって気持ち、溢れてた。だから、見ててスッゲー面白かった。サイコーだったよ。だから、今日のことは謝んなくていいぞ」
でも勝手にチーム解消の約束を取り付けるのは勘弁な、と釘を刺され、僕はごめん、と目をそらした。でも、本当に勝ててよかった。チーム解消も金輪際会えなくなるのも、どっちも嫌だったから。今思えばやっぱりあの提案を受け入れたのはバカだった。それに今日はリザくんを誘って……
「あっ……!」
「どうした、忘れ物か?」
「い、いや、なんでも……」
そう、今日の朝に願っていたことを思い出したけど、それを喉奥に引っ込める。今日はエクスくんに勝てた、それだけでいいのだ。これからも、リザくんのそばにいられればそれで……でも、やっぱりそれを飲み込めず、後悔が小骨のように詰まって。今日の僕は、それを吐き出さずにはいられなかった。
「ごめん、やっぱり嘘。今日は、その……リザくんと遊びたいと思ってたけど、遊べなかったなぁ、って」
相棒として、リザくんとそばにいられるのはとても嬉しいことだ。それでも、僕はどうしようもなくそれ以上を望んでしまうらしい。リザくんと遊びに出かけることができなかったことがどうしても嫌で、そしてそれをずっと引きずっている自分にも嫌悪感。どんどんと陰鬱な気持ちが心から湧きだしていた。
「なんだ、それなら今から遊びに来ればいいじゃん」
「えっ……?」
だけど、リザくんから言われたのは、ただ素直に肯定するだけの言葉だった。
「ピジョットなら絶対夜は始まったばかりって言うぜ。だから、俺の家に来いよ。帰り遅くなれば泊まりゃいいし」
そう、僕の顔をじっと見つめて、リザくんはそう言ったのだ。う、嘘。これって、これって。期待して、いいのかなぁ。夜は始まったばかりなんて、絶対そうだよね! 断るなんて頭に浮かばず、反射的にうん、と頷くと、じゃあ行くぞ、と言って手を引かれる。西日の方に走る彼はなんて眩しいんだ、と僕は目を眩ませていた。
***
間もなく……でもなく、まだ日が変わるまで余裕がある時間。僕は一匹、ベッドの上。いや、厳密にはドラメシヤたちも一緒か。とりあえず、僕たちだけなのだ。ベッドにはリザくんはいない。やはり優しい彼は、僕にベッドを譲ってくれている。それ自体は嬉しいことだ。しかも今日は、寝る時間まで沢山お話しできたし、ちょっとしたボードゲームで遊ぶこともできた。それはそれで、すごい満足している。
「何も無い……」
満足は、してるんだけど。告白もしていない相手に、それを要求するのはおかしな話だとは思うんだけど。あんな言葉があろうが、リザくんが言っているのだから他意はないと思うべきだったのだろうと思うけど。
「また何もっ!! 無いっ!!」
僕はまた、ベッドの上で叫ぶ。今日も一切欠けのない、綺麗な満月の下。やっぱりリザくんは、健やかな寝息を立ててぐぅぐぅ眠っている。今日も変わらず、短い夜が終わろうとしていた。