AdAd
  
わんわんぱにっく! その2

  心地よい眠りについたのなんて、何年ぶりだろうか。

  穏やかな眠りから緩やかに開放されると、私の全身の痛みは嘘のようになくなっていた。

  ふむ、また全力で走れそうだ。

  …そして腹の虫が盛大に泣き声を上げる。そういえば狼になってからまだ何も食べていないな。

  「アォォォォォン」

  とりあえず吼えてみる事にする。遠くまで響きそうな声は、正直近くで聞いたらうるさいだろう。

  すぐさま声に反応して目の下に隈を作ったトモ先生が部屋に入ってきた。

  「わりい、飯用意するの忘れてたな。えぇっと飯は…あぁ、あったあった。」

  ロッカーから袋と皿を取り出し、ざらざらと袋から固形物を皿に移しはじめた。

  あれは…ドッグフード?

  いやいや、ほんとに?

  確かに今の私は狼…犬に近い。近いことは近いが私のその、プライドが…

  そして皿は私の目の前に差し出された。茶色の固形物はまごう事なきドッグフード。

  何度見てもドッグフードなのだ。

  皿の中身とトモ先生を交互に見比べる。

  「生肉なんてないからな、それで我慢してくれ。安心しろ、栄養はたっぷりだ。」

  ぐっと親指を立てる彼。いや栄養とかそういう問題じゃないのだが。

  ウゥゥゥ、と唸る私だったが…ドッグフードから漂う匂いに、なにか素晴らしい魅力を感じるのも事実。

  なにこれ。すごいいいにおい。

  恐る恐るといった感じで私は茶色の固形物を口に入れてみた。

  少し固めのクッキーといった歯ごたえ。昔の私だったら食べるのに多少難儀しそうだが今の私には牙がある。

  シャグシャグと噛んでみると、すごい。なにこれすごい

  めちゃくちゃ旨いのだ。それはもう素晴らしく。

  私は皿に顔を突っ込んでがっつき始める。

  その様子にトモ先生は微笑んだ。

  「よっぽど腹減ってたんだな。ほれほれ、そんなにがっつかないでも飯は逃げねぇぞ。」

  そうはいうものの、もう自分では止められないのだ。

  一心不乱に食べ続け…皿の中はあっという間に空になった。

  あぁ、卑しいと分かっていても皿を舐めるのが止められない…

  僅かに数分。ドッグフードの入っていた皿はピカピカといえるレベルまで綺麗になっていた。

  「ばぅっ!」

  「そうかそうか、よかったな。…散歩、するほどまだ治ってないか。まぁ、ゆっくり休みな。」

  とトモ先生は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。…もう痛みはないのだが、まぁお医者さんの言う事だ。

  大人しく従う事にしよう。全身を丸めてまどろみでたゆたう。

  こんなに周りも時間も気にせず過ごすなんていつ以来だろうか。

  遠い昔にあったかどうか。そう思うとこの姿になったのも悪くないのかもしれない。

  神様…を信じているわけではないが、そいつが気まぐれでくれたプレゼントなのだろう。

  心地よい浮遊感。ずっと続いて欲しい、そんな堕落感。

  そんな中でたゆたう私。…それを打ち破ったのは

  「トモ先生!!先生が飼ってもいいって!!!」

  「え、それはどうなんだ学校の先生として。」

  私もそう思う。こくこくと頷くが、行き場もない私にとっては願ってもない話か。

  「よくわかんないけど、まぁいいんじゃないかしらって。」

  「そういうならいいか…いやいいのか?」

  「じゃあトモ先生、俺こいつ連れてくよ!」

  「まてまてまて!まだそいつは治りきってない!それに連れて行く前に先生を連れて来い!」

  確かに今私を連れて行ったらどうなるか。下手したら保健所直行だ。

  というか私を見たら逃げるだろう、多分。そこら辺が分からないのか少年は唇を尖らせて不満を顕わにした。

  「えー、そうなのー?ぱっとみ元気そうだよ?」

  「治りが早いのは確かだが、治りかけが一番怪我しやすいんだ。…ほれ、分かったか?」

  「はぁい。…じゃあまたね。」

  と明らかに気落ちしたように少年は私に手を振り部屋を出て行く。

  あのぐらいの年頃の子はそういえば感情の上下が激しいのだな。

  くわぁ、と欠伸をする。そろそろ走りたいのだが。いやせめて外の空気を吸いたい。

  立ち上がり机に向かっていたトモ先生の足を鼻でツンツンと突っ突く。

  「ん?なんだ?散歩か?」

  「ガゥ。」

  「うーん、とは言うもののだな、お前さん、まだ治りきってないんだぞ?歩ける程度ではあるけど」

  トモ先生の一言に―自分でもどうやったか分からないほど自然に―私は耳を寝かせた

  「クゥン…」

  そして切なそうに鳴いてみる。

  「…だぁ!わぁったよ!行くさ行くよ行ってやるよ!絶対走んなよ!治んなくなっからな!」

  乱暴に言うとトモ先生は棚からリードと首輪を取り出した。

  よし、外に出れる!たったそれだけの事が私には嬉しくて。

  尻尾を千切れんばかりに振りたくる。嬉しくなると自然と振ってしまうんだな。

AdAd