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わんわんぱにっく! その1

  まずは私の今の状況を語らせてもらおう。

  鎖に繋がれた首輪。鎖には杭が打たれており、その首輪に私はつながれている。

  ここから見えるのは檻越しの空。天井。隣からは鶏の鳴き声とウサギの土を掘る音。

  そして。

  「ウルウルー。ご飯だよー!」

  開けられた扉の前に立っていたのは半ズボンの少年だ。

  ところどころついている絆創膏が良く似合っている。

  言葉に、私は尻尾をゆらゆらと揺らし吼えた。

  「バゥッ!」

  なぜこんなことになったのか。思うこともあるが…まぁ、いいか。

  

  『わんわんぱにっく!』

  

  おっと、そういえば自己紹介がまだだったな。

  私は…そうだな、狼、らしい。絶滅したはずのニホンオオカミというやつ…だそうだ。

  なぜらしい、とかだそうだ、とかそういう言い方なのか、と?

  そこを語ると私もこんがらがってしまうのだが、簡単に言うと

  『もともと人だったのだが朝起きたらこんなんになってました』

  …そこでそんな目をしないで欲しい。私だって信じられないのだ。

  さて、今の状況を詳しく話するためにも時間を少し戻す事にしよう。

  元人だった私はいつも通りため息をつき床に入った。

  同期という名のライバル、邪魔者どもの事を考えるとただただ面倒だったのだ。

  前の自分の名前も、どんな人物だったかも覚えていないのだがその感情だけは覚えている。

  仲間なんて居なくて、本当に面倒で。

  そして眠りについて…

  朝。いつもと違う臭いに私は目を覚ました。なんというか、布団の臭いがやけに獣臭いというか。

  がばり、と体を起こそうとして…全てに違和感。体、風景の見え方、感じる臭い。

  立ち上がって…おや?私は4足歩行するような趣味はないだが。

  とことこ歩き洗面所に向かう。た、高い。

  「ガゥッ!」

  声を出し…?あれ。声じゃない。まぁとにかくジャンプする。ひゅっ、と一瞬写ったのは

  「…ガウ?」

  遠い昔に博物館で見た…狼だ。

  「アォォォォ!?」

  狼だからか、私の悲鳴は遠吠えになって外に飛び出た。

  

  落ち着け、落ち着け。いや落ち着けるかこんな状況で!

  訳の分からなくなった私は何はともあれ窓ガラスを突き破り外に飛び出た。

  いや正直一発で割れるとは思ってなかったからびびったことはびびったのだが。

  とにかく走る。すれ違う人々の驚きの声とか悲鳴っぽいのも気にならない。

  とにかく走るしか私のとりえる手段がなかったのだ。

  景色は町から畑へ、そして森へ。山へ。

  普段あまり来た事のない道…いや、獣道というべきか。そこを走る。

  そこまでいくとなんとなく走る事の爽快感が混乱を上回ってきた。

  人であったときには感じたことのない気持ち。どこまでも走れる、そんな気がする。

  口の端がくい、と持ち上がり少し開けた場所で、私は思い切り跳躍する。

  …段差があることに気がつかずに。

  予想以上の高さに着地を誤ってしまったのだ。

  ごしゃり、と嫌な音がして左手―いや左前足か―に激痛が走る。

  それでも勢いは殺せずズシャズシャと私は転がる。

  予想以上に勢いがついていたせいかぐるんぐるんと何度も回転し、そして木に激突した。

  左手の鋭い痛みに全身を走る鈍い痛み。

  倒れたまま私は胸で呼吸をする。痛み。混乱。視界がぐにゃり、と歪んだ。

  あ、私、これ、死ぬ。

  「おい!こんなところに犬が倒れてるぞ!」

  子供の声か。ここで私の意識は途切れるのだ。

  

  優しい手の感触に、私は尻尾を振った。意識も混濁が少しずつ収まってくる。

  そして瞼を開くと…白い壁。口―確かマズル、というんだったか…―につけられる拘束帯。

  私は…

  「おう、起きたか。」

  そう言ったのは白衣を着た見たところ20代後半の男性だ。おそらく獣医だろうが、その割には目付きがやたら鋭い。

  どうやら私の頭を撫でていたのはこの男性のようだ。

  お礼…を言いたいが今の私は喋れないのだったな。くーん、と喉を鳴らしてみる。

  「ん?まぁ気にすんなよ。…おーいお前らー、わんころ起きたぞー」

  にっ、と私に微笑み彼は部屋の外に話しかける。と、元気そうな少年たちが部屋の中にぞろぞろと入ってきた。

  どうやら彼らが私を助けてくれたようだ。しかし…

  「おー、助かったかぁ!よかったよかった!」

  「ほらほらー、お手ー!」

  「もっふもふだ!すげぇ!」

  こう、もみくちゃにされてはかなわないな。というか…全身痛い。痛くなってきた。

  そんな私の状況を察してか、獣医は苦笑いを浮かべる。

  「お前ら、まだそいつは怪我してんだ。あんまり触ってやんな。」

  「「はぁい」」

  彼らの中では結構この獣医は上の存在なのだろう、素直に言う事を聞き私を解放した。

  子供はあまり得意ではないのだが、まぁ助けてもらったわけだし…

  もみくちゃにされたものの別段嫌な気分ではなかった。

  「しかし…このわんころ、どうするかな。」

  頭をぽりぽりと掻きながら獣医は困ったような表情を浮かべる。

  「首輪もつけてないから多分野犬だし、折角助けたのに保健所ってのもなんかなぁ。」

  「トモ先生、保健所って?」

  「あぁ、そうだな…うーん、なんていうか、野良犬とか、お前らが危なくないようにその、殺すというか」

  「えっ!?こいつそんなことされちゃうのか!?」

  トモ先生、と呼ばれた彼の一言に少年たちは不安そうな表情を浮かべていた。

  犬じゃなくて狼なんだが、まぁ野犬と変わらないか。そんなのが人里の近くにいれば殺処分か…

  そうなる前にとっとと逃げるが吉か。

  「いや、流石に助けたのに殺処分ってのも…」

  「そうだ!俺、先生に頼んでみるよ!飼育小屋で飼えないかって!」

  「それは流石に」

  「早速言ってみるよ!トモ先生、それまでよろしく!」

  それだけ残し、彼らは全力で部屋を後にする。トモ先生ははぁ、とため息をついた。

  「飼育小屋に野犬…いや、狼ってどうなのよ。ってか無理だろ多分…なぁ?」

  その声は明らかに私に話しかけているようだ。

  飼育小屋に狼。私は首を傾げる。明らかにおかしい場面しか想像が出来なかったのだ。

  「そうだよな。…おっと、そろそろ外していいか。頼むから噛み付かないでくれよ?」

  ばりばりと頭をかきむしり、トモ先生は私につけられた拘束帯を慎重に外した。

  ふむ、やはり無いほうが呼吸もしやすいな。お礼代わりにバウ、と一度吼えてみる。

  「お安い御用さ。それよりもアイツらにもちゃんとお礼…言えねぇよな。」

  私の考えが分かるのか?…いや、気のせいだろう多分。

  しかし急激に眠くなってきた。薬の効果?それともなんとなく安心したから?

  よく分からないが…寝る事にしよう。くわぁ、と大きな欠伸をして私は全身を丸めた。

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