獣人ヒーロー、悪に堕つ 第1話「ティア・ガーディアンズ」
獣人たちが平和に暮らす「惑星ティアース」。
犬や猫や熊など毛皮を持つ動物ベースの「有毛類」、鳥類やコウモリなど翼を持つ動物ベースの「有翼類」、クジラや魚類、タコなどの水生生物をベースとした「水棲類」等々…様々な人種の獣人が共生し文化を混じり合わせ平和な世界を築いていた。しかし、それはある日を境に一変する。
その日、空が裂けた。裂けた世界の向こうから現れたのは巨大な戦艦であった。異世界より転移してきた者達は自らを「タイラント帝国軍」と名乗り、惑星ティアースの獣人達に向けて宣戦布告を行った。この惑星に存在しない恐竜、両生類、爬虫類をベースとした「レプタイル」と称される異世界獣人を中心として結成された異形の軍団を前に獣人達は劣勢を強いられていた。
タイラント帝国軍は、異世界の科学技術を用いて惑星ティアースの豊かな森を焼き払い、澄み切った水場には毒性を持つ化学薬品を撒き、文化の象徴である建造物を爆破し…獣人達が築き上げた文化圏を徹底的に破壊した。さらに恐ろしいことに、獣人たちを実験材料として拉致し「獣怪人」や「獣人戦闘員」へと改造して侵略の兵力として投入する恐ろしい企てまで進めていたのだった。タイラントが仕掛けた侵略戦争が勃発してわずか1年で、惑星ティアースの10分の1が征服され、領地となったエリアは獣人が住めない環境へと変えられた。
タイラントの所業を黙って見ていられなかった犬獣人の土佐犬治郎は、防衛組織「ティア・ガーディアンズ」を結成した。タイラントの軍事力の前では非力な獣人達であったが、犬治郎は限られた獣人のみが持つ自然を操る力「ガイア」に着目して、惑星ティアースの自然の力をタイラントへの抵抗手段として用いることとした。技術者達と共にガイアの力を増幅するブレスレットや戦闘用ヒーロースーツを開発。司令官である犬治郎自身はガイアの力を持っていなかったが、ガイアを持つ者を探り当てる「鼻」を持っていたため、司令官自らがヒーローの素質を持つ者をスカウトしていき着々と組織を大きくしていった。
ティア・ガーディアンズが結成1年にして部隊に所属するヒーロー・アクアマスターがタイラントの幹部を討ち取るという大金星を上げたことで惑星ティアースを取り巻く情勢は大きく変わっていくのであった。
それから10年の月日が流れた。
[newpage]
「よし、今日の訓練は終わりじゃ」
「ふいー疲れたぜぇ」
ティア・ガーディアンズ秘密基地のトレーニングルームにて、3人のヒーローが相対していた。1人は最初のヒーローであり、今やヒーロー部隊の隊長を務めるアクアマスター。彼がトレーニング終了を告げると、黄色いヒーロースーツを身に纏ったランドイエローが肩で息をしながら、その場に倒れ込んだ。
「おやっさん、腹減った!ラーメン食いに行こうぜ!」
「またかランドイエロー。栄養バランスを考えて食事を摂れと言ってるじゃろうが」
話しながら各々がブレスレットの変身解除ボタンを押す。黄色いヒーロースーツが解除されれば現れたのはずんぐりとした体型の明るい茶色の毛皮に包まれたツキノワグマ獣人・熊江武蔵だった。ラーメンに誘われたのは今や伝説となった存在、最初のヒーロー・アクアマスターに選ばれたジンベイザメ獣人の鮫島海蔵だった。年齢にして40歳を過ぎたため体型は崩れてきているが筋肉と脂肪が乗った体、白い斑点が浮かぶ紺色の鮫肌は傷だらけで、黒いヒーロースーツを身にまとっていなくても歴戦の勇士であることを物語っているようだった。
「ダメだ、武蔵。シャワー浴びたら俺と一緒に司令官のところに行くぞ」
ウインドブルー、青いヒーロースーツを解除したのは先の2人とは対象的なスラリとした体型で黒と黄色の毛皮に全身を覆われたジャガー獣人・虎淵疾風だ。三白眼でジロリと武蔵の方を見ると早く準備しろと言わんばかりの表情でトレーニングルームの出口を顎で指し示す。
「ちぇっ、なんだよ。また説教かよ」
「違う。俺とおまえの2人での任務が命じられている。そのブリーフィングだ」
「げぇ!おまえと2人なんて気が重いぜ」
「はっ、こっちも『足手まとい』のお守りをしなきゃと思うと今から先が思いやられるがな」
疾風の無遠慮な言葉にあからさまに顔をしかめた武蔵は、のしのしと疾風に近づくと胸元を掴んだ。
「おい、ハヤテ。今おいらのことを『足手まとい』って言ったのか?」
「ああ、事実を述べただけだが?ガイアの力もまともに使いこなせない半人前ヒーローとの任務なんて気が思いだけだ」
「なんだと!」
一触即発の雰囲気の2人を見かねた海蔵が2人の間に割って入る。
「やめんか、2人とも!ヒーロー同士仲良くしろと前から言ってるじゃろが!」
諌められ釈然としない表情でシャワールームへと入っていく若者2人を見送る海蔵。疾風と武蔵、2人は同じヒーローでありながら、その経歴は全く異なる。軍人として戦いの中でガイアの力に目覚めて、すでに5年近くヒーローとして活動しているウインドブルー。
学校教師として普通の生活を送る中、タイラントの戦闘員から生徒を守るためにガイアの力を発現させ、そのままヒーローへと転職して1年程度のランドイエロー。
その実力差は歴然としていたが、同い年ということもあり互いにどうにも対抗心があるようであった。特に武蔵はその性格故に妙に疾風に突っかかるような物言いをする場面が散見されていた。
「お互いに高め合ってくれるならいいんじゃがのう。それに…司令官が探してきたヒーロー候補者…こりゃまた厄介そうじゃわい」
血気盛んな若者たちとの付き合いに頭を抱え独り言ちながら、手元の書類を眺める海蔵。その書類は「調査報告書」であり、そこに記載されている新たなヒーロー候補者の情報は、この先の新たな悩みの種になることが容易に想像できるものであった。
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「疾風、武蔵、よく来てくれたのう」
「土佐のおやっさん、おいら達に任務ってんだろ?どーんと任せてくれや!」
「武蔵、司令官とお呼びしろと何度も言っているだろ」
「うるせぇよ、疾風!」
司令官の眼前でも互いにいがみ合う2人だが、2人を見守るティア・ガーディアンズ司令官、土佐犬治郎の眼差しは温かい。
「いいんじゃよ、疾風。わしは武蔵のその底抜けのバカさ加減が好きじゃよ」
「それ褒めてるんですかい…?」
調子を崩され苦笑いしかできない武蔵に対しても、態度を変えず制服に包まれた出張った腹をさすりながら語りかける犬治郎。
「ほっほっほっ、どうじゃ武蔵?ヒーローの仕事にも慣れたか?」
「おう、この前もタイラントの戦闘員共をぶちのしめてやりましたぜ。襲われてた子ども達も助けられて…あれだな、正義のために戦うってのは気持ちいいもんだな」
「まっ、おまえはガイアの力を使いこなせず力任せの戦いばかりだけどな」
「なんだと!?」
いちいち横槍を入れてくる疾風をジロリと睨む武蔵。
「よいよい。武蔵、おまえはまだまだ未熟じゃ。だが、そのまっすぐな黄色い瞳で正義を追い求める姿にわしはヒーローの素質を見出した。これからも研鑽を重ねて、ヒーローとして人々をこの星を守ってくれ」
「へへっ、なんだかくすぐってぇな」
犬治郎の言葉に気を良くし頬を赤く染めマズルの先の鼻を掻く武蔵を見て、ゆっくりと頷いた犬治郎は本題に入るため、コホンと咳払いをし土佐闘犬特有の強面をしかめさせた。
「さて、君たち2人に依頼したい任務、それはスカウト活動じゃ」
「ス、スカウト…?」
「それは新たなガイアの所有者が見つかったということですか?」
想定と違った任務内容に意表を突かれ、あからさまに落胆の表情を浮かべる武蔵とは対象的に淡々と作戦の詳細を確認する疾風。武蔵が持つ大地のガイアが発現していこう、ヒーロー候補者となる人物はパタリと途絶えてしまっていた。自然を操るガイアは誰しもが持っている訳ではない。1000人に1人しか持たないとも言われる稀少な力であった。
「その通りじゃ、疾風。わしの『鼻勘』が正しければ…強力なガイアをもっていて、どうやら君たち2人とも歳が近いようでのう。わしらティア・ガーディアンズに入隊してもらえるようスカウトして来てほしいのじゃ」
犬治郎は説明しながら、先ほど海蔵にも渡した調査報告書を2人にも渡した。目を通すと、そこにはヒーロー候補者の名前、出身地、来歴が全て記載されていた。
「うへぇ、こんなに詳しく調べられるのかよ。おいらの時もこんなに調べてたのか?」
「おまえの場合は調べるまでもなく自分から周りに喋ってたからな。探す手間が省けたぞ」
「う、うるせぇ…!しかし、この『鷹野翔真』ってヤツが定期的に顔を出してる場所って…」
「そうじゃ、おまえらにはココに行って新たなヒーローと話をして来て欲しい」
こうして、新たな任務が始まった。
[newpage]
柄の悪いゴロツキ然とした虎獣人、体表にタトゥーを彫っている犀獣人、タバコを吹かしながら試合を観戦するマフィアと思しき猪獣人…周りを囲むのはそんな者達ばかり、そうココは地下闘技場。違法賭博の温床となっている一般人は立ち入ることすら危険な場所であった。
「おいおい、本当にこんなところにショーマってヤツがいるのかよ?」
「キョロキョロするな。ただでさえ、おまえはデカいんだ。悪目立ちするぞ」
「お、おう…」
さすがに周りの雰囲気に気圧されて、いつもの調子が出ない武蔵は気を紛らわせるように傍らの麦酒に口を付ける。と、突如証明が消え、ざわついていた会場がしんと静まり返る。しばらくすると中央に設置されたリングにスポットライトが当たる。そこには赤い派手な衣装を身に纏った鷹獣人が立っていた。
『さあ、この地下闘技場のヒーローの登場だ!バーニィィングイーグル!!』
おおぉおぉぉぉおぉぉおぉぉ!!
会場が一際沸き、現れた人物がそれに応えるように手を振る。
「おい、アイツ…」
「ああ、あれが『炎のガイア』を持つ鷹獣人…鷹野翔真だ」
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「くらえっ、ファイアナックル!」
「ぐふぉっ!!」
『勝者!バーニィィングイー―ゴォォォぉ!!』
リング上の勝敗を告げるアナウンスが地下闘技場に響く。ファイアイーグルに賭けていたのであろうゴロツキ達が歓声の声を上げる。一方で対戦の相手のカバ獣人に賭けていたマフィア達は野次を飛ばしている。
「お、おい…見たか?今アイツの拳…」
「ああ、炎を纏ってたな。ガイアの力を使いこなしているんだろう。ヒーロースーツを纏ってなくて、あの力を引き出せるとは恐れ入る」
一瞬の出来事で観客たちは気づかなかったかもしれないが、ファイアイーグルは相手のカバ獣人の土手っ腹に一撃を入れる瞬間、拳に炎を纏って殴っていたのだ。その証拠に気絶したカバ獣人の腹には拳の形と思しき火傷痕ができていた。
「おいらでもスーツ着なきゃ、砂利を操るぐらいだってーのに…」
「それはおまえに才能がないからだろ」
「ぐぬぬ…おい、アイツ控室に戻ってったぞ」
リングを後にして控室に戻る鷹野翔真の先回りをするよう警備員の目を掻い潜り控室前へと忍び込み、待ち伏せをする疾風と武蔵。
ほどなくして満足気な表情を浮かべながらバーニングイーグル…いや、鷹野翔真が歩いてきた。
「あぁ?なんだおまえら。俺のファンか?それとも…あのカバレスラー野郎に賭けてたマフィアどもか?だとしたら俺に当たるのは筋違いってやつだ」
「どちらでもない。単刀直入に言う。おまえ、さっきの試合中、拳に炎を纏わせたな?」
疾風の言葉に、余裕の表情を浮かべていた翔真の目つきが鋭くなり、目の前の2人の獣人の実力を推し量るような視線を向ける。
「へえ、よくわかったじゃねえか。まあ、何をズルした訳でもねえ。俺自身の力を使っただけのことだ」
「俺は何もそれを咎めたい訳じゃない。ただ、」
「その力はガイアってんだ!おいら達も持ってる!」
疾風の言葉を遮り、武蔵がその場にそぐわない妙に明るい口調とヘラヘラとした笑みを浮かべながら喋り始める。
「ガイア…なるほどな、あんたらタイラントに抵抗してるヒーローってヤツらか。どおりで俺の力に詳しい訳だ」
「その力はタイラントに立ち向かうために使うべきだ!おいら達と一緒にヒーローとしてこの惑星を守ろうぜ!」
「だとしたら、答えはノーだ」
笑みを浮かべながら率直な勧誘を続けていた武蔵の表情が固まる。
「な、なんでだよ!?正義のために戦うのって気持ちいいもんだぞ!」
「俺からすれば他人がどうなろうと興味ねえな。それに正義のためにだか、皆を守ろうだか、大層なことを言うが、おまえ俺よりも弱そうじゃねえか。そんな奴等に負けてるようじゃ、タイラントの奴等も大したことねえんだろうな」
「なんだとぉ!こうなったら力ずくでもおまえのことを連れ帰ってやる」
翔真の言葉に煽られた武蔵は先ほどまでの表情とは一変し、怒りに顔を真っ赤にさせたまま翔真の胸倉を掴みかかろうとする。試合直後にも関わらず、息一つ乱さないまま翔真は伸びてくる武蔵の腕を翼で弾いていく。
「こんにゃろっ!避けるんじゃねぇ、おらよっと!くらえっ、必殺の一本背負いぃぃ!」
しかし、武蔵もヒーローであり現役の柔道家でもあった。翔真の意識が翼に注がれている隙を見つけ、おざなりになっていた右腕を掴み、そのまま反転して翔真の体を背中に乗せ、勢いで床に投げつけようとした。しかし、背中に乗せられた翔真は慌てる様子もなく力を込めれば掴まれたままの右腕に炎を灯す。
「うぉっ!あちっ…!」
「へっ…残念だったな。今度はこっちの番だ!」
その熱さに思わず腕を離してしまう武蔵。勢いのまま投げ出された翔真は通路の壁にぶつかる前に翼を広げて宙を舞う。壁を蹴り、その勢いのままに炎を纏った拳で武蔵の毛皮に覆われた丸い腹を殴りつけた。
「ぐあぁっ!」
その威力は凄まじく、反対の通路まで吹き飛ばされた武蔵の腹の毛皮は焦げ、内蔵まで伝わった衝撃に嗚咽を漏らしている。
「骨がねえ野郎だぜ。さっさと帰んな」
「待て、まだ俺がいるぞ」
翼をたたみ地面に降りた翔真が控室に入ろうとすると、目にも止まらない速さで接近してきた疾風が翔真の顔面に鋭い爪を突きつける。
「いつの間に…へっ、さっきのヤツよりは骨がありそうじゃねえか。って、おまえら俺のことスカウトしに来たんじゃないのかよ」
「そのとおりだが…久しぶりに血が滾ってきてな。おまえとやり合いたくなった」
距離を取った翔真が右手に炎を灯したまま身構え、疾風が脚を曲げて今にも飛びかからんと体勢を低くする。
「おい、なんださっきの音は…誰だおまえ達は!」
警備員が騒ぎに気づいたらしく、鬼の形相でこちらに駆け寄ってくる。
「ちっ、騒ぎになるのはマズい。武蔵、起きろ!アレをやるぞ」
「お、おぅ…」
ヨロヨロと起き上がった武蔵が疾風の横に立ち、両手を前にかざすと何もない空間から砂利が溢れ出てくる。それを確認した疾風も両手を前に翳すと閉鎖された空間だというのに疾風の背中越しに強い風が吹き始めた。風は砂利を乗せて翔真と警備員がいる方向へと吹き荒んでいく。
「いててっ…!なんでこんなところで風が…」
風に吹かれた砂利が翔真と警備員の体に当たり、目に入り、チクチクとした痛みを与え、視界を遮断していく。風が止んだ頃には、その場にはジャガー獣人もツキノワグマ獣人もいなくなっていた。
「つっ…なんだったんだ、アイツら」
警備員には厄介なファンに絡まれていただけだと弁解した翔真は突然の出来事に困惑しつつも控室に入ろうとする。と、床に何かが落ちていることに気づき拾い上げる。それは見慣れない形をした「ブレスレット」のようだった。
[newpage]
ちくしょう、ちくしょう…
地下闘技場からそう遠くはない路地裏、プロレスラーの様な出で立ちのカバ獣人がふらふらと歩いている。ぼっこりと出たその腹には黒ずんだ火傷痕が残っており、顔には怒りと憎しみが綯い交ぜになった感情が浮かんでいた。彼は河馬山 太郎。先ほどバーニングイーグルこと鷹野翔真と地下闘技場で戦っていたレスラーであった。かつてプロレスラーでありながら、ギャンブル依存症であった彼は関わってはいけない筋の者から金を借りてしまい、それが周囲にバレたことにより表世界から姿を消すことになった。莫大な借金を抱えることになった彼は地下闘技場での賭博に関与するマフィアに取り入り、自分が優勝することで借金をチャラにしようとしていた。強者が集まる地下闘技場といえど、表舞台でプロとして試合に出ていた自分が負けるはずがないと思っていたのだ。しかし、番狂わせが生じた。
あの鷹野郎…妙な技を使いやがって…マフィアのヤツらも約束を反故にした俺を消そうと探し回ってやがる…もうオレの人生お先真っ暗だ…!オレにもっと力があれば、力があれば…!
「力が欲しいゲコか?」
「誰だッ!!」
ふと背後から声をかけられ振り向く。自分を探す組織の獣人に見つかったかと思い警戒心を強める河馬山。しかし、背後に立っていたのは今まで見たことがない異形の存在だった。
茶色がかった緑色の肌は粘液でヌルヌルと濡れており、その顔にはギョロリとした目と大きな口、白衣を着ているが異常なほどに膨張した腹が滑稽な印象すら与えている。開いた口から垣間見える長い舌からも、その姿はこの惑星には存在しない蛙の特徴を示していた。舌舐めずりしながら値踏みするようにコチラを見てくる異形の存在を前にして河馬山は身構えた。
「組織のヤツらか?」
「そんなことはどうでもいい。オマエ、力が欲しいゲコか?」
「何を言って…?」
「オマエのその表情に浮かぶ、憎悪、憤怒、恐怖…その感情を持ってすれば強い怪人になれるに違いないゲコ…!」
「か、怪人…?」
その言葉に河馬山は聞き覚えが会った。
10年前にこの惑星に侵略戦争を仕掛けてきた異世界帝国軍タイラント。ヒーロー組織「ティア・ガーディアンズ」の活躍によって侵略は膠着状態に陥っているが、戦力を増強するために獣人をさらい怪人へと改造しているのだと。
「おまえ、まさかタイラントの!んっ、んぐぅぅぅ!」
河馬山が叫び声を上げようとした、その時。目の前の異形の存在の口が開き、長い舌が伸びてくる。別の生き物の様に動く長い舌が河馬山の太い首を締め、その大きな口に舌の先をねじ込んでいく。
「ゲロロ〜、よく気づいたゲコね。ワシはタイラントの科学将軍イビルフロッグ様ゲコ。オマエを怪人化薬の実験体にしてやるから光栄に思うゲコ」
そう言うと、長い舌を通じてドロドロとした唾液を河馬山の口の中に注ぎ込んでくる。
「なんだ、このネバネバした液体は…く、んぐっ…んんっ…あっ…♡ああっ…♡」
ドロドロとした液体からは腐ったような臭いが放たれていたが、喉奥まで突き刺さった舌を伝って否応なしに河馬山の体内へと注がれていく。しばらくすると、河馬山の体に変化が訪れる。心臓の鼓動が高鳴り、全身が火照り始めていく。体中の血の巡りが早くなり、下腹部の…いや、股間の生殖器に血が集まるのを感じていく。
「あっ…ああっ…♡なんで…こんな気持ち…♡はあぁ…はあぁ…♡」
「おお、獣人を性的に興奮させる成分が含まれる体液を分泌できるよう、ワシ自身の体を改造したがしたゲコが…うまくいったゲコね♡」
おぞましい説明を述べながら、イビルフロッグは水かきがついた手で河馬山が着ていたプロレスコスチュームに触れていく。その手から分泌される粘液の効果か、次第にコスチュームの生地が溶けていく。現役時代から身に纏っていた大切なコスチュームが溶かされているにも関わらず、イビルフロッグの体液が注がれ続ける河馬山はそれすらも些末なことの様に感じていた。
「んぐっ…♡こくっ…ぐびっ…あぁ、気持ちいぃぃ♡こんな気分になったの初めてだぁ♡」
「ゲロゲ〜ロ♡いいことゲコ〜。もうオマエはな〜んにも考えなくていいゲコよ〜♡」
タイラントの10年に及ぶ侵略戦争の中で何百人もの獣人が実験材料とされた。優れた肉体や精神を持った獣人は怪人としても強力な個体になることがわかっているが、その反面、怪人化薬に抵抗する個体が存在することもわかっていた。抵抗を弱めるために最も効果的な方法が「性」による支配であるとわかったのは最近のことである。性に溺れることで精神的に堕落し、肉体的にも体力を奪い、怪人化薬の効力を上げることがわかっているのだ。
「ゲロロロロロ♡中年の獣人の臭いは堪らないゲコ。ちゅるっ…じゅるっ…♡はあぁ…はあぁ…ずるる…♡」
目の前の屈強そうなカバ獣人を籠絡するのも半分は怪人化をスムーズにするためであったが、もう半分はイビルフロッグの嗜好によるものだった。
水かきのついた右手はコスチュームを溶かしたことで現れた茶色い乳首を触り、反対の手は分厚い脂肪を纏った腹を揉みしだいていく。口内に侵入させた舌先で牙の1本1本を舐め上げる淫らな音が暗い路地裏に響き渡る頃には、河馬山の理性はすっか。消え失せていた。
「はあぁ♡はぁ♡すげえぇ…!こんなくせぇのに…はあぁ♡…気持ちくて…たまんねえ♡」
カバ獣人特有の大きな口を開けてよがり狂う河馬山の姿を見ながら、そのまま生殖器を扱き始めるイビルフロッグ。
「ゲコ♡ゲコ♡カバ獣人よ、その淫らな欲望のままに我らタイラントの下僕となるゲロ」
ぐちょっ♡ぐちゅっ♡じゅるる…どろっぐちゅじゅる♡じゅるるる…
「ダメだ…♡もう…耐えられねぇ……イクッ!!♡うあああぁぁぁぁ!♡」
ドピュッ…ドクドク…ビュルルルルル!!ドクッ!ドクン…ドクン…ビュルルルルル!!
河馬山の太ましいチンポから白い精が放たれていく。味わったことのない快感に取り憑かれてしまったチンポから止めどない勢いで精が溢れ出ていくのを確認したイビルフロッグは脈動し続けるチンポを左手で扱きながら、右手に握る毒々しい液体が含まれた注射器を河馬山の太い首に突き立てていく。
「おふっ…♡あふっ…♡あっ…あぁあああぁぁぁ!♡」
首筋から液体を注がれて、しばらくすると淫欲に取り憑かれ快楽を享受していた河馬山が苦しそうに呻き出す。体の内側から何かがせり出てくるような感覚に身悶えする河馬山は傍らでその様子を見守るイビルフロッグを蕩けた瞳で睨みつけた。
「おまえ、オレに…♡何をした…♡」
「オマエに打ったのはワシが開発した『怪人化薬』ゲコ。苦しいだろうなぁ?オマエの細胞の1つ1つが怪人へと変貌して言っているのだからなぁ」
苦しむ河馬山の体がぶくぶくと大きくなり始める。それはプロレスラー特有の筋肥大によるものではなく、脂肪だけが膨張していることは肉の揺れ具合で一目瞭然であった。
脂肪膨張と共に2倍近くまで重くなった体は自重で潰れてしまいそうなものだが、怪人化により強靭になった骨格が2本足で立ち、歩くことを可能にする。五本の指があった手足が角質化していき偶蹄目のカバらしい4本の蹄へと変わっていく。茶色の瞳は黒ずみ、大きな口に生えた牙は鋭く尖っていく。
そして、頭頂部の角質化ーそれはまるで角に見える獣怪人の証ーを最後に怪人への変貌が完了した。
「ナンダ…コレハ…?オレハ…オレハ…」
「ゲロロロロロォォォ!大成功ゲコ!新しい怪人の誕生ゲロォ!」
蹄で自分の顔や体を触れば、自らの体が変異し膨張してしまっているのは一目瞭然だった。自らの体が変えられてしまった恐怖と絶望…しかし、次第に体の底から感じたことのない力が溢れてくる。
こんなにも重い体になったのに動きが軽い、こんなにも醜い怪人になってしまったのに獣人だった頃よりも活力が湧いてくる。それと同時に走馬灯のように忌々しい記憶が浮かんでは消えていく。
レスラーとしての輝かしい日々、ギャンブルに負け多額の借金を背負ったこと、闇金に手を出したことが世間にバレてプロレス業界を追放されたこと、妻子に逃げられたこと、マフィアに買われ地下闘技場に送り込まれるも無様に敗北してしまったこと…こんな人生…こんな世界…
壊したい壊したい壊シたい壊シタイコワシタイ…!!
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
自分を拒む世界への憎悪とも呼べる感情に気づいた「カバ怪人」は破壊衝動のままに雄叫びを上げると、ドシンドシンと重い足音を鳴らしながら、路地裏を飛び出して地下闘技場のある方へと駆け出していった。
「ゲココォ!ちょっと待つゲコ!まだ調整は終わってないゲコッ!!オマエら、ヤツを追うゲコ」
「キィィィィィ!!」
イビルフロッグの傍らに控えていた数人の黒タイツを全身に纏ったトカゲ頭の戦闘員が巨漢の怪人を追って闇の中に消えていった。
[newpage]
『今日のチャンピオンはやっぱりこの男、バァァァニィィィングイーグルだぁぁぁ!』
ヒーロー2人が立ち去った後、バーグニングイーグルこと鷹野翔真は結局試合に勝ち続け本日の優勝賞金を手にしていた。ファンの歓声に応えるように右腕を掲げる。その腕には先ほど控室で拾ったブレスレットが嵌められていた。落ちていた物であるが、なぜか気になってしまい気づいたら嵌めていたのだ。
「今日も歯ごたえのある野郎はいなかったなぁ!俺を倒せるようなヤツがいたら、リングに上ってきやがれ!」
リングの中央に立ちマイクパフォーマンスを行う翔真。試合は全て終了したというのに半分のサービス精神と、半分の闘争心でリングに上がってくるよう観客席を促す。しかし、むかうところ敵なしの彼に挑戦する者など出てくるはずもない…はずだった。
「ぶもぉぉおおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉ!」
「な、なんだこいつ!?」
「止めろ!誰かソイツを止めてくれっ!」
どうにも入場口が騒がしい。異変を感じて視線を向けた翔真が目にしたのはリングに向かって駆け寄る全裸の巨漢だった。
「バァニングイィィィーグル、オマエノセイデ、オマエノセイデェェェ!」
怨嗟の言葉を吐きながら駆け寄る脂肪だらけの肉達磨と言っても過言ではない巨漢は、そのだらけきった体からは想像できないような身軽さで飛び上がり、リングの上に飛び乗った。
観客も異変に気づき、ある者はエキシビションマッチかと盛り上がり、またある者は得体のしれない危険を感じて出口へ逃げ惑う。
状況が飲み込めない翔真であったが、かろうじて脂肪に埋もれていない角の生えたカバ頭を目にすれば、先ほど戦ったカバ獣人レスラーを思い出す。
「なんだてめぇは、さっきのカバ野郎の仲間か!?」
「カバ…オレハ…カバ山…カバ…?あれ、オレ、ダレ?」
鼻息荒く翔真に飛びかからん勢いだった全裸の巨漢は、その問いかけを受けて突如動きが止まる。
怪人化によって細胞が変異した河馬山はすでに自我を失い、自分が何者だったかすら思い出せなくなっていた。そんなことはつゆ知らず、翔真は動きを止めた巨漢の様子を訝しげながらも拳に炎を灯し始める。
「なにブツブツ言ってやがるッ!これでも喰らえっ、ファイアナックル!」
「ぶもぉぉぉ!」
炎を灯した強烈な一撃が贅肉にまみれた巨漢の腹にぶち込まれる。肉を焼くような焦げた匂いが辺りに広がっていく。巨漢は沈黙したように見えた。しかし、翔真はどこか手応えのなさを感じていた。と、殴った拳がズブズブと腹肉に埋もれていく。
「なんだこりゃ!手が抜けねえじゃねえか!」
「グヘヘヘー!ツカマエタゾォォォ!」
土手っ腹に喰らった衝撃は豊満な贅肉によって緩衝されダメージが吸収されていた。
脂肪は意思を持つように蠢き、翔真の腕を、肩を、ずぶずぶと肉の沼に引きずり込んでいく。
「くそっ、脂肪が別の生き物みたいに動いてやがるっ。こんなことただの獣人じゃできっこねえ…うぐっ」
目の前の巨漢がただの獣人でないことに気づいた翔真だったが、脂肪だらけの腕が自分の体をホールドし腹肉に押し付けられれば圧迫され、いよいよ息ができなくなってくる。
「ソウ、オレハ怪人!脂肪怪人ファットヒポポタス!オマエニフクシュウシニキタァァァ!」
脳細胞まで完全に怪人と化した巨漢の脳裏に自らの新たな名前が浮かぶ。高らかにリングの上でその名を叫べば、力任せに翔真の頭を掴み腹肉へと沈めようとする。
「んぐっ…ぐぉっ…きたねぇ体を擦り付けるじゃねえぇ!ごふっ…ぐふっ…」
汗まみれの怪人の体からは異臭とも言えるような臭いが発せられており、窒息感と共に翔真の意識を奪っていく。
(ちくしょう、このままじゃ意識が飛んじまう。こうなりゃ炎で隙を作って…)
自らの炎の力を全開放すれば、先ほどよりも熱い炎が拳に灯っていく。朦朧とする意識の中で熱い拳を怪人の肌に押し付けるが…
「ゼンゼンアツクネェェ!怪人ノチカラ、スゲエェ!」
(こいつ、バケモンかよっ!くっそ、もう意識が…)
厚い脂肪と硬質化した茶色い皮膚は炎の熱さえ通さなかった。ファットヒポポタスが腕の先に付いた蹄で翔真の鳥頭を抑え込み顔面を腹肉へ押し付けていけば視界まで奪っていく。
先ほどの能力の行使で力を使い果たした翔真は抵抗の意思を失い、ついに意識が途切れかけたその時、何かがファットヒポポタスの顔面めがけてリング外から投げ込まれた。
「サンドバースト!」
リング外から投げ込まれた物は砂の塊だった。砂の塊は威勢のいいかけ声を合図に、ファットヒポポタスの眼前で爆ぜる。
「イテェ!メガ、メガァ!イテエェェ!」
脂肪で守られていない目に砂が入ったことで翔真を拘束していた力が弱まっていく。その隙を見て、青い影がリングに飛び込み翔真のまだ埋まっていない足を持ってそのまま脂肪の沼から引き抜いていった。
「ぷはっ!ごほっ!げほっ…!」
「大丈夫かよ!ショーマ」
「はぁ…はぁ…あ、あんたらは…?」
咳き込む翔真が顔を上げれば、そこに立っていたのは2人のヒーローだった。細身の体に青いヒーロースーツを、小ぶりな頭に青いバイザーを装着したジャガー獣人。ずんぐりとした体躯を黄色いスーツで覆い、大きな頭にヘルメットを装着したツキノワグマ獣人。どこか見覚えがある2人の姿…
「あんたら、さっきのザコクマとニヒルジャガーじゃねえか!」
「なんて言われようだよっ!いいか、さっきのは油断してただけでっ…」
「そんなことはどうでもいい。どうしてこんなところにタイラントの怪人がいるんだ?」
翔真の言葉に怒る黄色いヒーローを制した青いヒーローは状況を冷静に確認しようとする。
「俺だってわかんねえ。けど、こいつ…おそらく、さっき俺が戦ったカバ野郎だ」
未だ状況の飲み込めていない翔真であったが目の前の怪人が先ほど地下闘技場で相手取った河馬山であることを直感で察知していた。
「メェ、モウイダクナイィ!オマエラ、ユルサナイィィィ!」
目の中に入り込んだ砂を取り除き終えたファットヒポポタスは2人のヒーローと翔真に再び向き合う。
「状況はわかんねぇけど、こうなりゃおいら達の出番だ!バケモンに目にもの見せてやろうぜっ!」
「ふっ、珍しく俺も同意見だ。くらえっ、カマイタチ!」
青いヒーローが手を払えば、風の刃がファットヒポポタスの体を切り刻んでいく。
「イテッ!イテエェェ!ナンダコレ!」
硬質化した肌すら傷つける風の勢いに苦しむファットヒポポタス。
青いヒーローが両手を掲げれば、地下空間であるにも関わらず風が巻き起こり観客席のパイプ椅子やプログラム、宙に舞い上がる。
「いったい何が起きてるんだ!リングにいる奴等、何者なんだ!」
「くそっ、今日の試合はめちゃくちゃだぁぁ!」
この期に及んでリング上の戦いを観戦するしていたゴロツキ達も、吹き荒ぶ風の勢いに根負けして出口へと逃げ去っていく。
「よっしゃぁぁあ、ハヤテ!このまま風を出し続けてろよぉ、サンドスキャッター!」
跳躍しながら叫ぶ黄色いヒーローの体から砂利がばら撒かれれば風に舞って、ファットヒポポタスの体へと降り注がれる。
「スナガッ、スナガッイロンナトコロニハイリコンデ…!」
風の刃による斬撃と砂利の舞に襲われるファットヒポポタスの体にダメージが蓄積していく。
「バカ野郎、ヒーロー活動中は名前を言うな」
「おっと、わりぃわりぃ…」
いがみ合っているような2人のヒーローであるが、確かに息を合わせて目の前の怪人を追い詰めていた。
「ゼェ…ゼェ…オマエラナニモノだ…?」
傷だらけになり、肩で息をしながらも致命的なダメージは与えられていないのか、ファットヒポポタスは黒ずんだ茶色の瞳で2人のヒーローを睨みつける。
「知らないようなら名乗ってやろう。俺は風の守護者・ウインドブルー」
「おいらは大地の守護者・ランドイエロー!ティア・ガーディアンズのヒーローだ!」
「ティア・ガーディアンズ…」
リングから降りて2人のヒーローの戦いに見惚れていた翔真の口から思わず言葉が漏れる。何の気なしに腕に嵌めていたブレスレットが赤く光っていることにはまだ気づいていなかった。
(第2話「爆誕!炎の戦士ファイアレッド」に続く)