【第十三話:朱と銀の約束 後編】(朱雀×夕陽)

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  (※全年齢版。こちらは全年齢向けに改稿したものとなります。R指定完全版は別のとこに置いてあります)

  ***

  朱雀は、森の外れにある岩場のくぼみに身を潜めていた。

  かつて獣が寝床にしていたのかもしれないその洞穴は、人が一人うずくまるには十分な広さがあった。けれど奥行きは浅く、雨風を完全に防げる場所ではない。

  それでも、朱雀はそこでじっと身を縮めていた。

  土砂降りの雨に打たれて、着物は肌に張りついている。髪からも尻尾からも水滴が滴り、身体の芯まで冷えていた。

  それでも、冷たいのは雨のせいだけではなかった。

  両膝を抱え、拳を握りしめる。

  その手の中には、ちぎれた紐の先に繋がる御守り――幼いころ、夕陽様にもらったもの。

  ――捨てるつもりだった。

  でも、できなかった。

  その温もりが、いまの朱雀にはどうしようもなく、残酷だったから。

  冷たい風が洞穴の入口を吹き抜け、濡れた肩を揺らしていった。

  洞穴の外は、なおも土砂降りの雨だった。

  風に煽られ、木々がざわめく音に紛れて――規則的な、コツ、コツという音が混じった。

  下駄の音。

  それに混じって、微かな鈴の音が、雨音にかき消されそうに揺れる。

  朱雀が顔を上げた刹那、洞穴の入口にひとつの影が立っていた。

  番傘をさし、雨に濡れることなく静かに立つ、その人影は――

  淡い橙色の提灯の明かりが、傘の内側とその下の顔をぼんやりと照らしていた。

  闇に浮かび上がるその輪郭は、まるで夢の中のように儚い。

  「……夕陽、様……?」

  思わず呟いた朱雀の声に、傘の下で静かに笑みが浮かんだ。

  「見つけた」

  穏やかにそう言って、夕陽は片手を差し出した。掌の上には、小さな銀鈴がひとつ、ちょこんと乗っていた。

  ――微かに揺れて、澄んだ音を立てる。

  「どうして、ここが……?」

  驚きに目を見張る朱雀に、夕陽は傘を傾けながら言った。

  「これのおかげ。懐かしいだろう? 還りの双鈴《かえりのそうれい》――一つが、もう一つの場所を教えてくれる鈴だよ」

  朱雀の目が見開かれる。

  ――それを、幼い頃に一度だけ見たことがあった。

  朱雀は、手の中の御守りを見つめた。

  中に仕舞われていたはずの、小さな鈴。

  捨てられなかった、それだけが理由じゃない――朱雀は、無意識に守ろうとしていたのだ。

  夕陽様と過ごした記憶と、それを「特別だった」と信じたい気持ち。あの頃の自分と、今の自分の間にある確かな絆を。

  「……まだ、持っててくれたんだね」

  夕陽の優しい言葉が、そっと胸に沁み込む。

  「……だって……俺が、夕陽様に拾ってもらった……一番最初の、証だったから……」

  朱雀は唇をきつく噛んだ。

  ぐしゃりと御守りを握りしめ、込み上げる涙をこらえる。

  夕陽が傍にしゃがみこむ気配がした。

  「帰ろう……朱雀」

  静かな声だった。

  けれど朱雀は、膝を抱えたまま動けなかった。いや、動きたくなかった。

  ――戻ったって、どうせまた、あの人の隣には銀郎がいる。

  そんな思いが、ちくりと胸を刺す。

  夕陽は、何も言わずに傘を置いた。洞穴の入口、朱雀が濡れないようにするために。

  そして、手にしていた提灯を傍の岩陰にそっと据えた。その灯りが朱雀の顔を、ほんのりと淡い橙に照らす。

  夕陽は懐から手拭いを取り出し、朱雀の濡れた髪、頬にそっと当てた。

  朱雀が怯えたように顔を伏せると、夕陽はそれを咎めることなく、ただ黙って拭い続けた。

  そして、着ていた羽織を脱ぎ、ふるえる肩にそっとかける。

  温もりが、朱雀の心まで溶かしていく。

  「……やさしく、しないでよ」

  朱雀の声はかすれて、震えていた。

  「そんなことされたら……また……」

  言葉にならない想いが喉をつかえ、涙が溢れた。

  ――好きになってしまう。

  ――期待してしまう。

  ――自分も、あの人の隣にいたいと願ってしまう。

  夕陽は黙ったまま隣に腰かけると、朱雀の背をそっと撫でた。

  まるで、何も言わなくていいのだと告げるように。

  「……朱雀、聞いてほしい」

  言葉を選ぶように、静かに口を開く。

  「私は……お前にも、銀郎にも、ずっと甘えていた。自分より、もっとふさわしい相手がいるはずだって、どこかで思いながら……それでも、どうしても、手放すことができなかった」

  朱雀の頬に触れた指がわずかに揺れる。

  「気づかないふりをしていた。見て見ぬふりをして――ただ、傍にいてほしかった。捨てないでいてほしかった。それだけを、ずっと願っていたんだ。どんな形でもいいからと……それは、本当は、とても情けないことだけれど」

  息をつき、言葉を紡ぎ直す。

  「私は、選ぶことが怖かった。誰かを選べば、誰かを失う。その重さから逃げていた。正しいふりをして、答えを先延ばしにしていたんだ。……どちらも大切で、どちらも愛している。それは、今の私の偽らざる気持ちだ」

  瞳の奥に、覚悟とも諦めともつかぬ影が揺れる。

  「自分でも卑怯で、ずるい人間だと思う。軽蔑しても構わない……それでも、私は――朱雀、お前を愛している。お前の想いを、無かったことにはしたくない。……許されなくても、そう願ってしまうんだ」

  朱雀は、夕陽の言葉を飲み込んだまま、しばらく沈黙した。

  唇を噛み、目を伏せたまま、ぽつりと呟く。

  「……ずるいよ、夕陽様。そんなの……ずるいに決まってる」

  声は震えていた。けれど、怒りというより、自分の弱さを噛み殺すような、滲む悔しさと哀しみがにじんでいた。

  「……いっそ、嫌いになれたらよかった」

  ぽつりと落とした声は、微かに震えていた。

  「嫌いになって、罵倒して、顔も見たくないくらいに怒ってさ……、そしたらきっと、今よりは辛くない」

  朱雀は俯いたまま、膝をぎゅっと抱きしめる。

  「でも、探しに来てくれたことが……嬉しくて……、優しくされて、バカみたいに喜んでる……。そんな自分が、心底……嫌になる」

  夕陽は何も言わず、ただ黙って朱雀を見つめていた。

  「……夕陽様が、どんなに卑怯でも、ずるくても、……嫌いになんてなれない。ガキの頃からずっと俺の憧れで、大好きで、たった一人の家族だったのに、いまさら諦めるなんて、できないよ……」

  朱雀は膝を抱きしめたまま、堪えきれずに涙をこぼした。

  「朱雀……」

  夕陽がそっと手を伸ばしかけた、その瞬間だった。

  朱雀が、堪えきれぬ衝動のまま、勢いよく夕陽に身を預ける。

  「……俺っ、……夕陽様の、一番じゃなくてもいい。二番目でも、銀郎のとなりでも、なんでもいいから、傍にいたい……」

  「……朱雀」

  「……だから、俺のこと、捨てないで……」

  夕陽は、小さな子を宥めるように、その肩をそっと抱きしめると、苦笑を漏らすように小さくため息を吐いた。

  「……銀郎も、同じことを言ったよ。……『自分は二番目でいい』って」

  その言葉に、朱雀が、はっと目を上げる。

  夕陽は、ほんの少し目を細め、朱雀をそっと見つめ返していた。

  「きっと、私のことを誰よりも想ってくれてるからだって……」

  朱雀は何も言えなかった。ただ胸がぎゅうっと痛くなって、涙が零れそうになるのを必死にこらえる。

  「捨てるなんて、できるはずがない。お前も、銀郎も、私の生きる意味、そのものだからね」

  夕陽がそっと手を伸ばし、朱雀の頬に触れる。濡れた頬を親指で拭うその手は、優しくて、あたたかくて――朱雀はもう、こらえきれなかった。

  朱雀が肩にしがみつくように寄り添うと、夕陽はその体をそっと抱き留めた。

  ゆっくりと手を伸ばし、濡れた朱雀の頬をなぞる。

  朱雀の熱に、震えに、怒りに、哀しみに――そして、隠しようのない想いに。

  そのすべてを、慈しむように抱きしめる。

  「……ごめん。こんな私を、好きでいてくれて……ありがとう」

  呟く声は雨音に溶けるほど柔らかかった。

  夕陽は、朱雀の目尻にそっと口づけた。

  涙の跡をなぞるように、額へ。やさしく、穏やかに――まるで、赦しを贈るように。

  朱雀がわずかに身じろぎすると、夕陽の手がそっと頬に添えられる。

  そして、ためらうように近づいた唇が、朱雀の唇にふわりと触れた。

  深くはない。けれど、確かな想いが込められていた。

  奪うでも、試すでもなく――ただ、心を伝えるために。

  「……私も、お前が好きだよ」

  その一言で、朱雀の胸がふるふると震えた。

  張り詰めていたものが一気に緩み、再び涙がこぼれる。

  けれど今は、もう涙を隠す必要はなかった。

  夕陽の腕の中でなら、どんな想いも受け止めてもらえる気がした。

  朱雀は、その気持ちに応えるように再び身を寄せ、唇を重ねる。

  触れるたびに、心が熱を帯びていくのを感じながら――

  やがて、そっと唇を離すと、朱雀は震える吐息を洩らしながら、夕陽を見つめた。

  その瞳には、戸惑いと、切なさと、そしてどうしようもないほどの渇望が灯っていた。

  「……夕陽様」

  かすれた声が、静かに名前を呼ぶ。

  呼ぶたびに、朱雀のまなざしに宿る決意が、少しずつ、確かなものになっていく。

  朱雀は、夕陽の濡れた髪にそっと指を差し入れ、その頬に静かに唇を落とした。

  指先が髪を梳きながら、朱雀はそっと夕陽の身体を横たえる。

  湿った地面に背を預けた夕陽の胸元へ、朱雀は顔を寄せ、そっと額をあずけた。

  頬や肩、胸の上を、ゆっくりと指でなぞる。

  まるで羽を撫でるように、一枚一枚、大切に触れるような仕草だった。

  触れるたびに、夕陽の身体がわずかに揺れる。

  その温度も、鼓動も、朱雀の手のひらに伝わってくる。

  それが嬉しくて、ただ触れていられるだけで、胸の奥が熱くなった。

  このぬくもりを――絶対に、手放したくない。

  今、確かにここにあるそれが、どれほど尊くて、愛おしいものか。

  朱雀の胸に渦巻く感情は、静かながらも、決して揺るがないものだった。

  「……胸が、苦しいくらいなのに……しあわせで。もっと、夕陽様を感じていたい。ずっと、そばにいたいって思うんだ……」

  朱雀の声は微かに震えていた。泣いているのではない。

  ただ、これまでの渇きと、今ようやく触れられた温もりに、心が満ちていくのを感じていたのだ。

  その声は、かつての喪失と、今ここにある希望を、そっと抱きしめるようだった。

  夕陽は目を伏せながらも、朱雀の背にそっと腕を回す。

  その仕草は多くを語らずとも、確かに想いを受け入れていた。

  朱雀の手が衣の上から夕陽の背を撫でるたび、夜の空気が静かに肌を揺らす。

  その触れ合いは、どこか記憶の深層に触れるようで――過去と現在がゆっくりと結び直されていくようだった。

  指先が辿るたび、夕陽の呼吸がわずかに揺れる。

  その反応ひとつひとつが、朱雀にとってはかけがえのないものに思えた。

  確かめるように、恐る恐る。けれど揺るぎない心で、朱雀は夕陽との距離を少しずつ縮めていく。

  触れたぬくもりが、じんわりと彼の心に染み込んでいく。

  それは、ずっと遠くにあると思っていた光が、ようやく届いたような――そんな歓びだった。

  耳に届く夕陽の微かな息づかいに、朱雀の胸が高鳴る。

  それは、自分だけに許された瞬間のようで、胸が熱くなる。

  無理に求めることなく、焦らず、急がず。

  朱雀はただ、夕陽の存在を確かめるように、そのぬくもりに寄り添い続けた。

  最初はぎこちなかった心と心の距離も、やがて重なっていく呼吸に導かれるように、静かに、そして確かに繋がっていった。

  朱雀は、何度も、何度も、夕陽の名を呼んだ。

  その声に、夕陽のまなざしがやわらかく揺れ、静かに応える。

  ただそれだけで胸が満たされていくようで、朱雀はそっと夕陽に身を預けた。

  朱雀の手は、夕陽の背に添えられたまま微かに震えていた。

  指先を通して伝わるぬくもりが、深く、静かに心に沁み込んでいく。

  その感触に、境界は少しずつ溶けていく――互いの孤独を包み込むように。

  浅く、深く、ただ寄り添っていく時間。

  朱雀の仕草は、どこまでも優しく、まるで祈るようだった。

  慰めでも執着でもない、ただそこに「在る」ことを願う、切実な想い。

  「……夕陽様……」

  呼ぶ声が震えながらも、確かに響く。

  その名は願いであり、過去の痛みであり、赦しの祈りでもあった。

  夕陽は目を伏せたまま、朱雀の名を心の中で何度も呼んでいた。

  声に出せば壊れてしまいそうで、けれど、重ねられた手がすべてを伝えていた。

  もう誰も拒まない。誰も、傷つけたくない。

  そう思えるほどに、今この瞬間が、あたたかかった。

  朱雀がそっと夕陽に額を寄せ、静かな呼吸を重ねるたび、二人の心の奥にあった孤独が、少しずつ剥がれ落ちていくようだった。

  その震えも、熱も、滲んだ涙さえも――どれほどの想いを伝えようとしていたのだろう。

  夕陽は、静かに目を閉じて思う。

  朱雀の手が、こんなにも優しかったなんて――知らなかった。

  やがて、押し寄せる感情の波がふたりを包み込んだ。

  高まりの中で、夕陽は朱雀の名を、朱雀は夕陽の名を、声にならぬ息で呼び合う。

  何度も、何度も。

  ただ抱きしめるだけでは足りないほどに、相手を想い、求める気持ちがあふれていた。

  けれど同時に、もうこれ以上、なにも望まなくていい――そう思えるほどの満ち足りた静けさもそこにあった。

  雨音の合間に響くのは、水の滴る音と、静かな囁きだけ。

  それは激しさではなく、互いの魂をそっと寄せ合おうとする、優しく温かな触れ合いだった。

  「……愛してる、夕陽様。誰よりも、ずっと前から……」

  朱雀の声はかすれていたが、その想いはどこまでもまっすぐで、深かった。

  夕陽はそっと目を開き、濡れたまなざしで朱雀を見上げる。

  「……朱雀……ありがとう。私も、お前を愛してるよ」

  その言葉に、朱雀の目からぽろりと涙が零れる。

  そして、そっと唇を重ねた。――想いを、ただ伝えるために。

  洞穴の奥では、雨音が絶え間なく続いていた。

  時折、遠くで雷の音がこだまする。けれどこの場所は、不思議なほどに静かだった。

  朱雀は、夕陽の胸に顔をうずめ、そっと耳を澄ませる。

  そこに聞こえるのは、夕陽の心音。穏やかで、静かで、どこまでも温かい。

  夕陽は、朱雀の背を濡れた衣の上からやさしく撫でていた。

  言葉はなかった。ただ、手のひらの熱と鼓動だけが、互いの存在を伝えていた。

  雨音が、子守唄のように洞穴の空気を満たしていた。

  世界のすべてが、ふたりだけを優しく包み込む――そんな夜だった。

  ***

  屋敷の門をくぐったときには、雨足はすでに弱まりはじめていた。

  けれど、夕陽と朱雀の衣はまだ重たく水を吸っていて、歩を進めるたびにしずくがぽたぽたと足元を濡らす。

  玄関の戸が開いたのは、ふたりが縁側へ足をかけた瞬間だった。

  そこには、灯りを手にした銀郎の姿。

  「――おかえりなさい」

  その声は、静かに、けれど確かに朱雀へ向けられていた。

  朱雀は目を伏せたまま、何も言わずに立ち尽くす。

  銀郎の視線が、濡れそぼった夕陽の肩へと移る。

  「湯、焚いてあります。薬湯にしてありますから……温まってください」

  「ありがとう、銀郎」

  夕陽は静かに微笑み、朱雀の背を軽く押す。

  玄関に敷かれた乾いた手拭いに、朱雀が足を乗せると、銀郎はそっと屈んで、雨と泥で汚れたその足を拭いた。

  その手は穏やかで、怒りも、責める気配もない。

  「……銀郎」

  小さく名前を呼ぶ朱雀に、銀郎はわずかに目を伏せた。

  「風邪をひく前に、入れ」

  言いかけて、ふとためらうような間が空く。

  それでも、銀郎は微笑んだ。

  「……夕陽様と一緒に、入ってきてもいいぞ」

  その声は優しく、少しだけ寂しげで。

  朱雀は胸の奥をぎゅっと掴まれるような感覚に息をのんだ。

  「それから……続きは、また」

  その「また」に込められた意味を、朱雀も、夕陽も、きっと気づいていた。

  その夜は、久しぶりに布団を川の字に並べて、三人同じ部屋で眠った。

  ぽつりと夕陽が呟く。

  「なんだか昔に戻ったみたいだね」

  その声に、朱雀が目を細める。懐かしく、温かな記憶が胸を撫でた。

  「夕陽様、そっち行ってい?」

  「……いいよ。おいで」

  躊躇いなく潜り込んできた朱雀が、夕陽の腕に身を寄せる。

  「朱雀!」

  と、銀郎が小さく咎めた声を上げたが、

  夕陽は優しく笑って手を伸ばす。

  「ほら、銀郎もおいで」

  「……っ!」

  観念したように、すごすごと布団に潜り込む銀郎。三人の体温が重なり、静かな夜の空気が、いっそう柔らかくなる。

  遠くで雨の名残が滴る音がしていた。けれど、この場所だけは別世界のように穏やかだった。

  夕陽は目を閉じ、ぬくもりに包まれた両腕をそっと抱き寄せるように意識する。

  「愛してるよ、二人とも――」

  一瞬、時間が止まったような静けさが落ちた。

  朱雀は目を見開き、それから驚きと喜びが溢れて、顔をぐしゃぐしゃにしながら笑った。

  「……っ、ずるいよ、夕陽様。そんなこと言われたら、また好きになっちゃうじゃん……!」

  ぐいと身体を寄せ、夕陽の胸元に顔を埋めた。

  銀郎は反対側で目を伏せ、わずかに赤くなった耳を隠すように肩をすくめた。

  「……あの、そういうのは、もうちょっと空気というか……。

  ……いえ、でも……私も、ずっと……その……ありがとうございます」

  言葉に詰まりながらも、そっと夕陽の手を握った。

  ふたりとも、それぞれのやり方で、想いを返してくれる。

  それが、たまらなくいとおしいと、夕陽は目を細めた。

  『――これからも、こうして三人で笑っていられるように。

  離れずにいよう。守り合って、支え合って。……それが、私たちの“誓約”』

  指先に伝わる体温も、重なる呼吸も、確かに生きている証だった。

  この腕の中にある幸せを、もう二度と手放さないと、静かに心に誓う。

  夜は更けていく。

  けれど、そこにあったのは闇ではなく、

  やわらかな夢と、変わらぬ絆――。

  三人を包む、優しい夜の幕がそっと降りた。

  第十三話:朱と銀の約束 完