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※不死断ちエンド後のお話
※弦狼と言うよりも弦→狼
※後に弦→←←←狼からの弦狼
※2人がまぐわうまでの時系列話
[newpage]
あの日から毎日、狼はこの荒れ寺で仏を彫っていた。それらは皆一様にして怒りを滲ませた表情であるのは、恐らく気のせいではない。主を失い、義父を失い、それでも自分は生きている。竜胤の呪いは消えて、不死ではなくなったこの身はしかし、生きようとも死のうとも興味がなくなっているようだった。
時折ここにはエマが訪れるが、狼の顔をじっと見つめた後、変わりなく、とだけ述べて帰っていった。何か他に言いたげな様子ではあるものの、お互いそれらに触れることを憚っていた。
今日もまた、エマは狼の様子を見て、いつものように寺を後にした。今日は笹で包まれた小さな食料を置いていったようだ。狼は横目でそれを見るも、すぐに手元に視線を戻し静かに木を彫る。無心になりたかった。何も考えず、ただ流れる時の中に意識だけを浮かばせて、疲れきった心身をその流れに任せてしまいたかった。
だが、いつの世も人の身なれば、息をしている以上は腹が空くものだ。
ごと、と、彫りかけの仏を置いて立ち上がった。青々とした笹の葉を掴むと、細い麻紐を引く。狭そうに締められていた笹が寛げられ形を戻していく。折り重ねられた葉を一枚剥いた時だ。
「あなた様は」
遠くでエマの声が聞こえた。まだ居たのかと、視線を外へ向けたが、大して興味もない。す、と手元へと視線を戻そうとして、それは躊躇われた。
「お前が居るのなら、あいつもここに居るのだな」
低い、強い声が耳に届いた。その声には聞き覚えがある。それこそ先の戦いにて自ら首を斬って絶えたはずだ。突如として喉の乾きを覚えた狼は、考える前に体が寺の入り口へ向いていた。エマと彼の者の声のする方へ、自然と足取りが早まるのを知らぬまま。
丁度入口の敷居を跨ぐ辺りで顔面を何かにぶつけた。硬いようで温かいそれは、よく見ると皮膚のようだが、ところどころが黒ずんでいるようだ。
ぶつけた顔をひと撫でしてから、眼前の黒ずみに触れる。ああ、これは知っている。かつて葦名のために、葦名のためだけに生きようとした男の成れの果て。人ならざる者となってもなお、葦名のために生き、そして、死んだ男だ。
狼が顔を上げきる前に、その声は頭上に降って落ちてきた。視界に入った口元には、鋭い犬歯が覗いている。
「腑抜けたか、狼」
人を嘲笑う台詞も口元も相変わらずだ。変わらないものがそこにはあって、狼の心にはどこか懐かしい風が吹いた。
「なぜ貴方が」
「狼よ、飲むぞ」
「…は?」
「供えたのは貴様ではなかろうな。入るぞ」
太太とした腕で体を押しのけられた。少し離れたところにエマの姿を見つける。彼女は恭しく一礼すると、踵を返して去っていった。その表情は些か、安堵とも取れるような、優しい笑みを浮かべていたようだった。その姿が見えなくなるのを棒立って眺めてから、背中にやかましく野次を飛ばす男の方へと向き直る。寺の真ん中にどっかりと胡座をかいて早く座れと催促する男の前に、静かに腰を下ろして対座した。
「なぜここに?」
「お前と酒を飲み交わすためだ」
「……………はぁ」
「見よ。かの有名な竜泉よ。おおかた生前御祖父様にお前が差し入れたのだろ。俺の横に添えてあった」
「…貴方は俺の目の前で自刃なされた。そして俺は一心殿と相見え、御子様を不死断ちしたはずです」
「お前、御祖父様の首を刎ねたか?」
「…、いえ」
「ならば御祖父様が俺を黄泉帰らせたのだろう」
「そのようなことが、」
「不死に蟲憑き、変若水ときて、よもや何も驚くまい」
ふと、弦一郎の横に無造作に転がっている刀が目に留まる。それは狼が持っていた不死斬り、拝涙と対を成すもの、開門のようであった。確か、御子の血を添えて、振るった者の命と引き替えに死人を黄泉帰らせる、というものだったか。
では一心殿は息のあるうちに弦一郎殿を起こしたのか?しかし竜胤の力は御子様とともに断たれたはずでは?狼は色々と思考を巡らせてはみたが、結局のところ、この葦名弦一郎という男は目の前で悠々と酒を飲んでいるのは変わらないことに気付いて、これ以上考えることをやめた。
弦一郎がそうしているように、狼も手前に置かれた小さな盃をつまみ上げた。水面に映る己の顔が、ゆらゆら形を変えていく。自分はこんな顔だったかと、しばらくぼうっと眺めた。…そう、結局は何も変わらぬのだ。たとえ弦一郎がここに居ようとも、御子はここには居ない。
「頼まれたのだ」
長い沈黙の末、先に口を開いたのは弦一郎の方だった。
「御子に会った」
「…御子様に?」
「お前の傍にいてやれと」
「……は、」
「独りで寂しがっているだろうからと言っていた」
「………」
狼は疑うように目を細めて弦一郎を見た。どうせ夢幻の詭弁であろうと信じはしなかった。否、信じられなかったというべきか。
(私の枕元には一度も御身を現したことなどないのに)
しかし弦一郎はといえば、そんな様子など気にも留めることなく、片方の口角を持ち上げて盃をあおる。
「それから、」
「はぁ」
「お前の葉笛を、聴かせてもらえと」
口元に運ぼうとした盃をうっかり落としてしまいそうになる。葉笛のことは、弦一郎は知らぬはずだ。ともすれば、やはりこの男が言うように、御子と会ったというのは誠の話であったのか。だがなぜよりにもよってこの男を傍に?
狼は心底理解出来なかったが、とにかく弦一郎の言葉に嘘偽りが無いことだけは思い直し、努めて平静を装い零しかけた盃に口付けた。
「それだけですか?」
「何がだ」
「御子様との話は、それだけですか?」
「そうだ」
「そうですか」
狼は並々に注がれていた酒を一気に飲み下し、静かに盃を置いた。
「…少し、ほんの少しだけ、懐かしく思いました」
空になった盃をじっと見つめながら、狼は続ける。
「声が聞こえて驚きました。ですが、妙に懐かしく、無意識に足が動いておりました」
「入ろうとするなりお前はぶつかってきたな」
「皆、居なくなってしまったのです。御子様も、義父上も。勿論弦一郎殿も」
「………」
「だから…懐かしくて思わず飛び出してしまった」
終始俯いたままの狼の話を、弦一郎はじっと黙って聞いていた。その口元からはいつの間にか笑みは消え、ただ独り、虚無と咎を背負う隻腕の男を見つめている。
「お前は本当に、分かりやすい男よ」
「……?」
「御子が傍にいてやれと言う理由が分かったわ」
「何を仰って」
「傍にいてやろう、狼。お前が死に絶えるその時まで」
ゆっくりと顔を上げた狼は、射るように真っ直ぐこちらを見ている弦一郎の視線とぶつかった。逃げられない、強い瞳が己の隅々まで暴いていく。狼の心臓が大きく打ち鳴って、身震いを起こした。
「お前のそれは寂しさ故であろう。御子はそれを気にかけて俺を寄越したのだ」
「なぜ弦一郎殿であったのか」
「近場に転がっておったからだろう」
「そんな…」
「とにかく、俺はお前と共に在る。それがせめてもの御子への手向けだ」
「………」
「よし、俺は今からここに住まうぞ狼。よもや互いに恨みもあるまいな」
弦一郎は膝を叩くと、残りの酒を一気に飲み干し、揚々として周囲を片付け始めた。狼が慌てて止めに入るが、片腕ではこの大男を制止することは叶わなかった。
「義手はどうした」
「必要ありませぬ」
「不便であろう」
弦一郎が短い左腕の先を撫でる。ひくりと狼の体が反応を返した。
「謝罪はせぬ。お前の片腕分は俺が賄えばよいか」
「いえ、そのようなことは」
「狼、今後互いに忖度は無しよ。お前も言いたいことがあるなら言え。善処はする」
狼はぽかんと口を開けて弦一郎を見上げた。こんな男だったか?酒を被るように飲み干し、こんなにもあけすけに物申し、ずかずかと人の心や家に入り込んでくる荒々しい(のは元々だったかもしれないが)男であったか?これではまるで、
「一心殿のようだ」
口をついて出たのは言葉だけではなかった。
「お前は、そんな風に笑うのだな」
どうやら笑っていたようだが、弦一郎に指摘された狼は慌てていつもの仏頂面に戻した。
「笑えばよかろう」
「…いえ、」
「俺しか見てはおらん」
「貴方にも見られたくないので」
そういえば、こんなにも誰かと話をしたのはいつぶりだろうか。御子様とですら、こんなにも本音で言い合ったりはしなかったなと、狼の口元はまた柔らかく綻んだ。
[newpage]
狼は手持ち無沙汰であった。生活を共にして随分と日が経つが、思った以上に弦一郎があれこれ家事をこなすものだから、早々にやる事がなくなってしまっていたのだ。手持ち無沙汰の末、木彫り仏を片付けるなどの雑務しかない。以前より彫る回数はめっきり減ったが、最近の出来はとても穏やかな表情の物が多いように思う。
「狼よ、今日は米を貰ったぞ」
朝から出ていた弦一郎が、肩に大きな麻袋を背負って戻ってきた。どすりと音を立てて置かれたのを耳にして、二人で食べる分には十分すぎる量だろうと、狼は見ずして察した。
弦一郎はこうして度々誰かから食料を貰って帰ってくるのだが、それらが誰なのかを聞いても毎回「女」とだけ答えられ、いまいち要領を得ないでいる。ただ、毎回変わらず「女」である辺り、目にかけてくれる女がいることだけ納得して、それ以上の詮索をやめた。
無精の髭をたくわえてはいるが、上背のあるすらりとした体躯に、腹の底まで響く低い声。以前とは異なりボロ切れ一枚を纏うその下に、語られぬ多くの傷痕と、痣。何やら影のありそうな御仁だと、妙齢の女人らには些か人気がありそうである。
「何だ?」
「いえ、物を恵んでくださる女人らは、きっと皆弦一郎殿に懸想しているのではと思ったのです」
「どういう事だ?」
「あなたのような御仁であれば、皆あなたの気に留まりたく、あれこれと手を焼いているのではと」
「そうなのか?」
「知りませぬ」
「ふうむ。して、お前はなぜこちらを見ぬ?」
狼はびくりと肩を震わせた。今この時、自分の中にじっとりと重い感情が広がっていたのだが、どう言えばいいかも分からず、はたまた弦一郎の顔を直視する事もできず、ただ首をすぼめて縮こまってしまった。
「お前…本当に分かりやすい奴だな」
「………?」
「俺は女を作って出て行ったりはせん、安心しろ」
「べ、別にそんなことは思ってなど」
「なら何だ。何か不満があるのか」
「不満、は、ございませぬが…」
「昔、お前に主替えの話を持ち出した際には、戯言と即座に切って捨てたお前が今は何だ?もごもごとはっきりせぬ」
弦一郎に対しては本当に何の不満もないのだが、強いて言うなら、彼が言うようにそのうち誰かと出会い、一つとなって、自分の前から居なくなるのではという不安があった。なぜそんな不安が湧くのか、狼は未だにその理由を知り得ないでいる。ただ、これらを素直に話してしまうのも恥ずかしく、狼は一層俯くしかなくなってしまった。
そんな様子にため息を落とした弦一郎は、少しの間頭を抱えてから、意を決したように改めて狼を見た。
「狼よ」
その声は、いつもより低く、優しい。
「前々からお前に伝えているであろう」
ゆっくりとこちらへ近づいてくる、その足取りすらも、優しく。
「お前が死ぬまで傍に居ると」
目の前で屈まれ顎を引き上げられる。
「それは御子の願いであり、」
顔が迫る。あの犬歯をちらりと覗かせて。
「お前の願いなのであろう」
そっと首筋を食む、その優しさが。
「お前がどう思おうと、俺の意思は変わらぬ」
当てられた唇が離れる。温かさが離れていく。
…嫌だ、もう独りには、なりたくない。
離れたくないと強く思ったそれは、離れようとする弦一郎の体を抱きとめて制止させていた。呼吸が乱れる。考えるより先に体が動くのは、忍の性(さが)なのか。
「げ、弦一郎どの」
宥めるように、狼の背に腕を回してゆっくりと上下に摩る。次第に呼吸が落ち着いてきたのを見て、弦一郎は薄く笑いながら回した腕に力を込める。
「そうか、こうすれば、離れぬな」
温かい肌が肌に触れる。丁度互いに心音が鳴る胸元を、どちらともなくぎゅうと合わせ抱いた。
思えば、誰かと肌を合わせたのはいつぶりだったろうか。義父に頭を撫でられた記憶はあるのだが、こうして抱き合ったことはあまり覚えていない。
「…、温かい」
弦一郎の首筋に頬を擦り寄せる。目を閉じて、弦一郎の鳴らす力強い脈動を聞いていた。何とも心地の良い、規則正しい音を鳴らす男だ。
「狼、」
この声は皮膚を肉をすり抜けて、体の芯を震わせるほどに響く。この男の声だけだ。誰ぞ代わりになどなれぬ、唯一の支えとなるほどに。
故に、狼は知ってしまう。この感情が特別であることを。けれども分からない。特別であったのは、義父も御子もそうであったから。そしてそれらと同様に、この感情を弦一郎に伝えることもしない。何が同じで何が違うのか、この心の靄(もや)は何なのか図れずにいながらも、狼は弦一郎の体温を求めた。
[newpage]
その日、狼は久しぶりに城下に赴いた。
葦名が炎に包まれたあの日から、もう随分年月が経とうとしていた。未だあちらこちらに当時の残骸は転がって見えるものの、少しずつ城下には人が戻り始めているようだった。
ここには狼を知るものはもう居ない。火の海が全て飲み込んでしまったから。それでも、いつもの橙の羽織りは脱いで襟元が少しほつれた衣を着流し、髪はおろしておいた。
露店が点々と並ぶ。童が笑いながら駆けていく様子を、狼は穏やかな瞳で見ていた。自然と顔が綻んでいたことは、狼ですら気付かない。
ぶらぶらと宛もなく通りを歩き、角を曲がる手前で聞き覚えのある声に呼び止められる。
「旦那!」
誰ぞ自分を知る人間かと慌てたが、振り向くとそれは以前に穴山と呼んでいた商人であった。
「やっぱり!生きてたんですね!いやぁすっかり変わっちまって!」
穴山は足早に近寄ると、肩をポンポンと叩いて狼の周りを犬のようにぐるりと歩いた。
「今は何をしてるんですかい?」
「………言えぬ」
「何だか顔つきも穏やかになっちまって…嫁さんでも貰ったんですかい」
「……………」
「いや…やっぱり変わってねぇな、旦那」
兎角、人の内面に入り込んでこないこの男も、相変わらずであった。
「なぁ旦那、俺ぁあっちの通りで商売してんでさ、気が向いたら覗きに来てくれよ」
「今は何を売っている」
「なぁに、昔と変わらんでさ。塩や砂糖や、飴なんかも」
「…食い物ばかりか」
「ま、どんな世の中でも美味い食いもんが食えりゃ幸せでしょう。旦那も帰りに嫁さんに買っていってくだせえ」
そう言って穴山は頭の上で大きく手を振ると、また足早に通りの反対側へ去っていった。
(嫁、ではないが、砂糖は買って帰るか)
口の中に懐かしいおはぎの味が思い出されて、狼は穴山が去っていった方へ足を踏み出した。
やはり砂糖は値の張るもので、手持ちのほぼ全てを費やして少量ながら入手した。これを持ち帰って、出来うる限りのおはぎをこさえようと、心做しか狼の帰途に着く足取りも早まった。
狼は耳が良い。帰りの途中でどこからか言い争う声が聞こえた。男同士のそれは、どうやらこの右手の路地を進んだ奥のようだった。普段は放っておくものだが、諍いにしては妙だと、何となく気になって様子を伺いに路地を進んだ。
物陰に潜み少しだけ顔を出す。そこには、男同士の取っ組み合いの喧嘩のように見えたが、それにしては些か艶っぽいというか、熱のあるような吐息が途切れ途切れに漏れていて、狼はすぐに理解ができずにいた。
眼前の男らは、はだけた着物を気にもとめず、片方は尻を突き出し、もう片方は腰を打ち付けて、何やら喘いでいる。少しずつ事の内容を把握し始めた狼が確信を持ったのは、二人が深く口吸いをしたあたりだった。
(……何が喧嘩なものか)
人様の、しかも男同士の交合いを目の当たりにして、どうにも酷く疲れてしまった。無駄足だったと、静かに去ろうとした時だった。背後から音もなく抱きつかれ、狼は体勢を崩してしまう。
「おや?お兄さん新しい人かな」
「な……」
狼の背を軽々と包み隠すほどの体格と、無理やり捻り出した甲高い声からして、どう考えても男であることに間違いなさそうだ。ともあれ、押し潰すようにしだれかかってくるこいつが今、猛烈に危険な者であることは本能で察した。既に上半身の自由を奪われて、あろうことか男の手は狼の股間を柔く握っているのだ。握った指先で輪郭をなぞられたかと思えば、突如柔らかくしなだれていた狼の一物を鷲掴み、それを加速度的に擦り上げた。股ぐらを他者に触れられることも、ましてや男に扱かれることも初めてではあったが、あまりの手際の良さに、易々と下半身の自由も奪われた。もはや立っていられず、前屈みになりながら逃れようとするが、意図に反して股間にぶら下がっていた一物が隆々とし始めて腰から力が抜ける。
狼にとって、痛みはどれだけでも耐えられる自信があったが、快楽という感情には疎く、そして滅法弱い。
「う、う…」
「お兄さん、準備はしてきたのかい?」
「…じ、準備……?」
「うん?してないのかい?うぅーん、初モノそうだし…出来るかな?」
狐目の男は、薄らと瞼をあけて狼を見た。狼と目が合うが、狼にはそれに反応する余裕も持たなかった。がくがくと膝が揺れ、次第に顔を上に反らして小刻みに震える。狐目が小さく「どうぞ」と笑いかけると、狼は自身の着物の中で盛大に吐精することとなった。
終わっても、狐目は股間から手を離さずにいた。ぐたりと力が抜けた狼の体を片腕で支え、しっとりと濡れた着物を弄り吐き出たばかりの雄汁を指先に纏わせた。それをそのまま狼の菊門に塗り込む。狼が自分の体を上手く操れないのをいい事に、ぐりぐりと指を出し入れして捏ね回した。
「うぅん、固いなぁ。まあ試してみようか。お兄さん、力抜いてくださいね」
狐目はそう言うなり、豪快に狼の裾を捲し上げて尻を顕にすると、ほぐした菊門に己の鈴口を添えて、ゆっくりと押し入ってきた。
「ぐ、う、あっ、やめ、やめろ!」
「暴れないで、すぐ良くなるから」
「やめ、あっ、ぅ」
「ああきつい。力を抜いてくださいよ。先の方しか入りやしない」
「いっ…痛、い…やめ、てくれ」
奥の歯がカチカチと音を立てた。腹の底から震えている。やがて狼の眦には大粒の涙が溜まった。痛みに強いはずだった体は、無理やり他者に暴かれて裂傷を帯び、血が流れ出た。それでも狼は、狼の腰元を狐目がしっかり押さえつけているせいで、逃げることも叶わない。じたじたとその場で暴れるが、少しずつ広がってくる圧迫感にやがて吐き気が込み上げてきた。
「う、え…っ」
「ほら、頑張んな」
「、ぇ…」
ふと、脳裏に浮かんだのは弦一郎の姿であった。これがもし弦一郎であったなら、と、馬鹿な考えも添えて。
「………ああ!だめだだめだ、今日は無理だよ兄さん、こっちが千切られちまいそうだ」
投げ捨てるかのように、狐目の男は狼をその腕から解放した。狐目の一物はみるみるうちに力が抜けてだらりと垂れ下がる。
「兄さん、次はもう少し準備してからおいでよ。素質はありそうだし、待ってるから」
さっさと自分の身支度を済ませると、狐目はひらひら手を振ってどこかへ行ってしまった。
地面に突っ伏した狼は、菊門がじくじくと痛み響いて、足に力が入らなくなっていた。こんなことは初めてだ。痛みを上回る怖気が狼の全身を駆け巡っている。だが、こんな所に無防備に転がっていてはまた襲われてしまう。ここはそういう場なのだ。怖気を振りほどいて逃げなければ。
狼は何とか上体を起こすと、懐にしまっておいた小さな袋を確かめる。砂糖は無事であった。ほっと安堵に胸を下ろし、壁に寄りかかりながら立ち上がった。せめて義手を付けてくるべきだった。弦一郎殿の言う通り「不便」極まりない。
馬鹿になった膝を叩いて歩き出す。既に日は落ち、辺りには冷えた薄靄が広がり始めていた。よたよたと歩き出した足は次第に正気を取り戻し、帰りを待つ男のもとへとひた走る。
会いたい。
今すぐに会いたい。
弦一郎殿。
*****
すっかり暗くなった道を歩いてようやく荒れ寺に着くと、寺の中からはぼんやりと光が覗けた。
狼は息を整え、襟を正して御堂の敷居の前に立ち、中を覗いた。
弦一郎は一人、座って酒をあおっていた。
「遅い」
「……すみませぬ」
「飯が冷める。食え」
「弦一郎殿、その、先に湯あみしてまいりまする」
「何故だ」
「少し遠出して、泥土で汚れておりますので」
弦一郎は盃を置くと、なかなか入ってこない狼をじっと見つめた。目が合えば、狼は視線を下に向ける。嘘の下手な男よと、弦一郎は内心笑った。
「来い、狼」
「いえ、ですから」
「なら俺が行こう」
「…は、」
弦一郎が大股でこちらに来る。あれ程会いたいと願っていたのに、今は寧ろ来ないでほしいと願う。「汚れて」いることを、知られたくないのだ。狼は少しずつ後ずさり、しかし、弦一郎の歩みが止まらないことを察すると、くるりと踵を返して寺の外へ走り出した。
「どこへ行く」
ところがそんな狼を、弦一郎は腕を掴んで捕まえる。そのまま背後から腹に腕を回され、狼の動きを片腕で止めてしまった。まるで後ろから抱きつかれるかのような格好に、狼はふと昼間の記憶が眼前に広がり、再び吐き気を催した。
「う、ぅえ、えっ…」
「…何?」
腹の中には何も無く、込み上げたのは熱い胃液のみで、何度か嘔吐いたのち、がくがくと膝が震えて回された腕に寄りかかるような体勢になった。
「…、狼?」
「う、うぅ…あ、」
「おい、狼」
「いい、嫌だ、はなっ離せ…」
「どうした」
「あ、あ、いやだ、やめ、…うっ」
遂に全身の力が抜けて、弦一郎の腕をもするりと抜け落ち地面に両膝を打ち付けた。
何かに怯え、地面に蹲って小さく震えている様はまさに、怖気付いた子犬のようだ。
弦一郎はそんな狼の横に片膝をついて屈むと、狼の言葉を思い出し、米俵のように狼の体を抱えあげて外へ歩いた。後頭部でひいひい騒ぎ立てるのを無視し、近くの小川へ向かう。狼は次第に声が枯れ始め、弦一郎の背中を叩く力も弱まっていった。
やがて澄み切った流水がさらさらと流れ落ちる音を耳にした狼は、肩から降ろされるのが嫌で弦一郎の首にしがみついた。
「洗ってやる」
腹に響く優しげな声が、狼の腕の力を弱らせる。弦一郎は惜しげも無くそのまま小川に入っていき、適当な大岩の上に狼を下ろしたが、狼は小さく声を漏らしてそこから飛び降りてしまった。やってしまったとばかり、狼はその場を取り繕うように大きな声で慌てた。
「あ、そ、その、自分でやりまする!」
その様子に、弦一郎が疑わないわけもない。
「…なぁ、狼よ」
腹に響く優しかった声には、少し怒りが滲んでいる。
「何故お前から、こうも雄の臭いがするのだ」
狼ははっとした。担がれた時に感づかれたのだ。他人の手で無理やり果てさせられた己の残穢が視界に入る。傍らに立つ弦一郎を見上げることは出来なかった。
「言わぬのか、言えぬのか」
「………言えませぬ」
「それはお前がそこに座らないのと関係があるのだな」
「いえ、その、」
「否、座れない理由があるのだな」
潮騒に似た音が鼓膜を叩く。それは小川のせいか、はたまた己の全身を勢いよく流れる血の音か。
ややあって狼の両肩にずしりと手が置かれた。未だに弦一郎の顔は見れないでいる。目を合わせると泣いてしまいそうだ。こんなにも弱い自分がいたなんて。
「…許したのか?」
くぐもった声が頭上に落ちる。弦一郎らしくない、覇気のない声色だった。
「お前の中に入る事を、お前は許したのか?」
明言してはいないが、狼は直ぐに何を指しているのか把握できた。慌てて訂正すべく顔を上げると、眉間がシワ寄り、眉尻が落ちている弦一郎と目が合った。端正な顔立ちは翳り、何とも情けない表情である。
「…いえ……途中でどこかへ去りました」
「…誠か?」
「はい」
「何もされてはいないのだな?」
「…はい、…」
「…正直に申せ」
「…その、指で、多少」
あの狐目の先端を無理矢理ねじ込まれたことは、あえて伏せておいた。弦一郎の表情が、あまりにも辛そうでならない。
一呼吸あって、弦一郎の両手が離れた。肩がすっと軽くなる。それほどにまで、両肩に込められた力は強く重かった。
「洗い落としてこい」
弦一郎はそれだけ呟くと、一人、来た道を戻っていった。
夜の水は冷たい。忘れていた冷たさに風邪を引いてなるものかと、狼はさっさと全身を洗い、足早に荒れ寺に戻った。
[newpage]
弦一郎は狼を待っていた。帰りが遅い事について、特段不安ではない。ただ、いざ帰ってこれば、頑なに敷居を跨ごうとしない狼に違和感を覚え、ならば本人の言うことを聞いてやろうと担いで小川へ向かったのだ。
その際にその臭いが鼻をついた。
この男は今まで何をしていたのか?遅かった理由はこの臭いと関係があるのか?隠そうとしているのは明白だが、なぜああも怖気付いたのか?分からない事ばかりだが、薄らと思い浮かんだのは、そこには雄の臭いを放つ行為があり、かつ合意の上ではなかったのだろうという確信めいた答えだった。だから腹が立って乱暴に岩に置いてやった。すると慌てて飛び上がってきたではないか。なるほど、座れなくされるほどに手荒くされたのかと、もはや弦一郎は呆れにも近い喪失感を得ていた。
「許したのか?」
そう聞いて、即座に狼が理解した事で予想は確信へと変わった。狼は、弦一郎の預かり知らぬところで、どこの馬の骨とも知らぬ男に喰われたと。それも無理矢理に。
狼は指だけだと言っていたが、それだけで怖気付くか?違うだろう。恐らくは犯す男の一物も体内に入ったのだろう。雄臭さは、その相手が狼に向けて吐き出した欲望の残穢かもしれない。
どうあれ、弦一郎には誠辛く、あまりの衝撃に耐えかねて、狼を置き去るようにして寺へ戻ったのだ。
(俺が居るというのに)
(俺が、居ながら)
(………?だから何だと言うんだ?)
弦一郎もまた、すぐにはこの感情に当てはまる言葉を知らないようだった。自分のことには酷く鈍感であったが、このもやもやとする心は間違いなく狼が誰かに手折られたことによるもので、そして相手が自分であったならと、突飛な考えが浮かんで思わず笑ってしまった。
(俺があの男を、抱く、だと?)
(…抱きたいと、思っているのか?)
(この感情は、そういうことなのか?)
暫し考えを巡らせて、やはり馬鹿だったともう一度笑ってやった。全てを失った者同士、寄り添って生きているに過ぎない。子どものように執着しているに過ぎないのだと言い聞かせてやった。それでも、薄々勘づいてしまった感情に蓋をすることは出来そうにない。なぜなら心の奥底では、組み敷いた自身の下で己を屹立させながら弦一郎を中に招き入れ、一突きする度に悦びの声を上げる狼を想像するだけで、下腹部に熱が集まるほどには澱んだ欲望を孕ませているからであった。
狼が戻ると、二人の間にはどうにも気まずい空気が漂った。誰が悪いわけではないが、特に狼はバツの悪そうな顔で弦一郎の前に緩く正座した。洗い終えた褌と着物を適当に干して別の着物に袖を通した。また、あえて褌は締めなかった。丁度捻りあげる布地に当たると痛いからである。
「その、弦一郎殿、」
耐えかねた狼がぽつりと呟くと、眼前の男は漆塗りの小物入れを懐から取りだして置いた。
「生前エマから貰った塗り薬だ」
生前という言葉に引っ掛かりを覚えつつ、とりあえず随分と年月の経った薬であることは理解した。
「いただいてよいのですか?」
「構わん」
蓋を開けると独特な薬草の香りが広がった。狼は薬指でそれを掬い上げて、四つん這いになってみた。
「………」
何となく分かってはいた。届かないことは。
仕方なく体勢を仰向けに変えて膝頭を鎖骨に寄せるよう体を丸めて塗ろうと試みるが、そもそも患部が見えずどう塗ればよいか分からない。腹もつりそうになってしぶしぶ上体を起こした。
「………貸せ」
見兼ねた弦一郎が狼の指から薬を掬い、再度仰向けに転がしてから両の腿を力ずくで持ち上げた。膝を鎖骨辺りに押し付けられて、無理に折られた腹が痛む。蝋燭の灯火しか無いとはいえ、恥部を思い切り晒す体勢となった狼は羞恥したものの、純粋な力で敵う相手でないことは分かっているため、もうどうにでもなれとぎゅっと目を瞑った。せめてもの自尊心が、太腿をしっかりと閉じて、顔を隠す。
「随分と腫れているな」
弦一郎は人差し指と中指で器用に皮膚を押し伸ばして患部を見た。裂傷ともなれば、傷口が赤く膨れて熱を持つ。特に腫れの酷い部分に、撫でるように薬を塗布してやった。狼は瞬間、腰を浮かせた。声こそ上げないが、弦一郎の指が傷口の上を滑るたびにびくびくと体を震わせている。こればかりは我慢するしかないことは互いに承知の上であった。
一通り塗り終えたが、この裂傷、中もなのだろうかとふと疑問が浮かんだ。もはやここまで来たならやってしまおうと、弦一郎は再び薬を指に纏わせると、少し力を込めて尻穴に指を滑り入れる。
「…っあ」
それまで声も出さず丸まって耐えていた狼が弾かれたように顔を上げた。薬のお陰で弦一郎の太指を意図せずすんなりと飲み込んだようだ。弦一郎が入念に中の出口に薬を塗り込む傍ら、初めての感覚に狼のつま先が不規則に上を向く。身を捩って指を抜きたくとも、腹に力が入らなかった。
じわじわと下腹部に熱が集まり始める。違う、「そういうこと」をされている訳ではないのだと必死に自分に言い聞かせるものの、次第に吐息も熱を帯び、短く声を漏らすまでに至る。
「…おい」
「は、ぃ」
「痛いのか?」
「ぅ、い、痛く、は」
「やはり中も腫れている。もう少し我慢しろ」
そう言って、弦一郎は入れる指を増やした。早く終わらせる為であろうそれは、狼を一層追い詰める。
弦一郎が指を深く差し入れたところにも、瘤(こぶ)のような腫れを見つけた。一旦指を抜いて、再び薬を纏わせた指の腹で押すように塗布してやると、狼は今までで一番の反応を示し、ぴんと上を向いていたつま先を今度は床におっ立てて、背を弓なりに反らした。
「あっ、い、弦いちっ」
余程痛いのであろうと、弦一郎は心の中で静かに謝罪しながら丹念に指を動かした。
一方の狼は、痛みは一切ない代わりに、迫り来る何かに抗おうと必死に背を反らして指から離れたがっていたのだが、勘違いをされたようでより指の侵入を深められたようだった。この感覚は、一人で己を処理するときの吐精の感覚に似ていて、どこか違うものだ。現に己の一物は頭を垂れたままなのだが、やがてそれも緩やかに、ほんの少しだけ起き上がり始めていた。よもやこの様子はすっかり弦一郎にはばれているであろうに、それでももう体は我慢が出来ず、脳みそも考えることをやめようとしている。迫り来る波に乗って、さっさと気を遣ってしまいたい。恐らくは、とても善いはずだ。
しかし、およそもうすぐというところで、弦一郎の行為は止まり、指が抜け出ていった。
心臓は煩く胸を打ち鳴らし、ぼやけた思考が達したがっていたのを寸止められ次第に鮮明になっていく。
「…終わり、ですか…?」
それは物悲しそうに、自然と口から溢れ落ちていた。
「今日は終いだ。暫く毎晩薬を塗って様子を見る」
…何ということだ。こんなにも中途半端に持て囃される状態を毎日味わえと言うのか。
狼は四肢の先端を震わせながら、行き場を失った熱をひたすらに押し殺した。もう一度、などと言えるわけもない。手洗いにその場から立ち去ろうとする弦一郎の背中を、黙って見送るしか無かった。
「…あまりにも、酷うございます」
いつの間にか溜まっていた涙がこめかみの上から床へ落ちる。この時同じく、半分ほど硬くなっていた己の一物の先端から、薄白色の体液が糸を引いて流れ出ていたことは、狼ですらも知らないでいる。
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