「“よっ[[rb:玄來 > げんき]]。一緒に帰ろうぜ”」
下校のタイミングでいつもランダムに選ばれたキャラが声をかけてくれる。今日は[[rb:春樹 > はるき]]だ。
ゲームも大分進んで、2年生の3月。
期末テストも終わり、学業もバイトも順調。懐も常にポカポカでリッチだ。ハミちゃんの好感度も申し分ない。
これだけ好感度も上がっているのに目立ったイベントがあまり起きていないのが少し気にかかるが、こんなものなのだろう。
「“今日はちょっと寄り道していこうぜ。いいだろ?”」
いつもと少し違う展開だ。下校の時に誰かに合うと、必ず何かしらの選択肢が表示されるのだが、今回は何も出ない。イベントか何かだろうか。
最近やることがマンネリ化していた俺はちょっとワクワクしながら会話を進めた。
[[rb:春樹 > はるき]]の“寄り道”はちょっと遠回りして帰ろうというだけのものだった。
咲きかけの桜並木が続く川沿いの道を2人で歩いているようだ。
「“桜もそろそろ咲くかな”」
並んで歩いているのだろうか。[[rb:春樹 > はるき]]の声とセリフだけが表示され、ゲーム画面には川と桜並木が映っている。
「“そういえば知ってるか? 学校で噂されてる桜の木の伝説”」
オレは[[rb:春樹 > はるき]]の言葉に少し考えた後、すぐにピンときた。たぶん、ゲームの冒頭のナレーションで言ってたやつのことだ。
「“学校の近くに使われてない教会があって、そこに桜の木が1本立ってるんだ。花が咲いたその木の下で出逢えた男女が結ばれるってやつ”」
ああ、確かそんな感じだった。
「“ロマンチストなやつの告白スポットみたいになってるらしいけど、他の桜が咲いててもその桜だけ咲いてないことがあるんだってさ”」
それっぽい説明も確かあった気がする。誰かを心から想う人が訪れるとき、その人のために花を咲かせるのだと。
「“あの桜の木って結構背が低くてさ、教会の周りは背の高い木で囲まれてるから、日陰になって咲くのが遅れちまうんだと思う”」
なるほど。例えば卒業式の日にそこで告白しようとした人がいたとしても咲いてないことの方が多そうだ。このゲームの卒業式がいつかは分からないが、大体3月の頭から中旬くらいだろう。桜が咲くには少し早い。
「“俺もそれにあやかってみたいけどなー。俺の場合はそれっぽいイベントをお前で消費しちまったからもう無いだろうなー”」
・・・ん? どういうことだ?
「“忘れちまったのか? この川、お前と初めて会った場所だぜ?”」
そう言って、[[rb:春樹 > はるき]]は“オレ”との出会いについて教えてくれた。
幼い頃、この川で溺れかけていた[[rb:春樹 > はるき]]を“オレ”が助けたらしい。その時、ちょうど桜並木も満開だったようだ。
「“くっ・・・あの時助けてくれたのが超カワイイ女の子だったら・・・! カワイイ幼馴染とハートフルな学園生活を謳歌していたかもしれない!”」
・・・助けてもらっておいて、なんて無礼なやつだ。[[rb:春樹 > はるき]]っぽくはあるが。
「“・・・ま、その時からお前は・・・あれだ、憧れっていうか・・・その・・・自慢の幼馴染みたいな感じだな!”」
そんな[[rb:春樹 > はるき]]のセリフを聞いて少しハッとした。
オレにとってのクロ[[rb:兄 > にぃ]]もそんな感じだ。何でも出来て、カッコよくて、オレの憧れ。自慢の兄ちゃん。
そんなクロ[[rb:兄 > にぃ]]に少しでも近付きたくて、色々変えたり、チャレンジしたりしてきた。
もしかしたら、[[rb:春樹 > はるき]]と似ているのはオレの方なのかもしれない。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
「よーし! 後夜祭始まるまでにガッツリ回るぞー! お前らついてこーい!」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]は高らかに宣言して、右手の拳を空に突き上げた。
俺もそれに合わせて“おー!”という声と共に拳を突き上げた。
10月も終わり頃の日曜日。クロ[[rb:兄 > にぃ]]の大学の学園祭最終日は予定通り[[rb:優 > ゆう]]さんとユズを加えた4人で回ることになった。
去年はあまり見て回れなかったからか、クロ[[rb:兄 > にぃ]]もウキウキしているらしく、ピンと立てた尻尾の先がピョコピョコ動いている。
こんなクロ[[rb:兄 > にぃ]]を見ているとオレも釣られて嬉しくなる。
「回るって言っても、屋台以外になんかあんの? 俺、下手くそなバンドの演奏とか、ネームバリューで釣るだけの講演とか興味ないからね」
「容赦無いなお前」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]は相変わらず口の減らないユズにツッコミを入れた後、一方的にユズと肩を組んで先頭を歩き出した。オレだって組みたいのに。
「[[rb:琉貴 > るき]]は仲良しほど構わなくなるタイプだから」
唐突にそう言われてビクッとした。隣に顔を向けると[[rb:優 > ゆう]]さんがいつもの表情で前の2人を見ていた。
「だから逆に構ってあげると喜ぶよ」
それだけ言って、[[rb:優 > ゆう]]さんは太い尻尾を優雅に揺らしながら前の2人についていった。
[[rb:優 > ゆう]]さんはどれくらいクロ[[rb:兄 > にぃ]]のことを知ってるんだろう。今の口振りからして、学校でもクロ[[rb:兄 > にぃ]]にたくさん構っているんだろうか。熱を出したときみたいに、[[rb:優 > ゆう]]さんにしか見せない一面があったりするんだろうか。
それに───
前から思ってたけど、[[rb:優 > ゆう]]さんってたまにクロ[[rb:兄 > にぃ]]のことを“[[rb:琉貴 > るき]]”って呼ぶんだよな・・・。
オレは頭でうまく整理できないモヤモヤを抱えながら早足で3人の後を追った。
◆◆◇◇◆◆
「どの屋台も似たり寄ったりって感じ」
ユズは頭の後ろで手を組みながら、鼻で小さくため息をついた。
ステージと模擬店が立ち並ぶ中央エリアは大勢の人で溢れている。
「模擬店だから夏祭りほどじゃないのはしょうがないって。あ、あそこにある焼き芋アイスって美味しそうだぞ! 去年も似たようなのあって食べたかったんだよなー!」
そう言ってクロ[[rb:兄 > にぃ]]はユズの手を引いて行ってしまった。
すぐにあとを追おうとしたのだが、ふと見覚えのある模擬店が目に止まった。
「はーい、崩れちゃったから終了ー。記録は17個ねー。まいどー」
悔しがる猪の客に猿が接客をしている。猪の客が手に持っている縦長のカップにはハミ出て盛り上がるほど唐揚げが入っている。
間違いない。去年もやっていた唐揚げ詰め放題だ。
「[[rb:優 > ゆう]]さん」
オレは考えるより先に声が出ていた。
[[rb:優 > ゆう]]さんはオレの声にピクリと耳を動かしてこちらを向いた。
そして、オレも[[rb:優 > ゆう]]さんの方を向いて言った。
「オレと勝負してください」
◆◆◇◇◆◆
「お前らまたやったのかよ・・・」
呆れるクロ[[rb:兄 > にぃ]]の声が遠く聞こえた。
唐揚げ詰め放題の結果は[[rb:優 > ゆう]]さんの圧勝。[[rb:優 > ゆう]]さんは37個の唐揚げを詰め・・・いや、積み上げ、自己ベストを更新する大記録だった。
対してオレは途中でカップの上まで積み上げた唐揚げを崩してしまい、18個という情けない結果で終わってしまった。
「コスパ以前にさあ、その衣がふにゃふにゃの唐揚げって美味しいわけ?」
ユズがクロ[[rb:兄 > にぃ]]と同じ焼き芋アイスを食べながら的外れなことを言ってくる。
オレだって料理人の端くれとして、このレンジでチンした業務用唐揚げを美味しいとは思ってない。それにこれ、唐揚げじゃなくてほとんどナゲットだと思う。
でもそこじゃない。オレは[[rb:優 > ゆう]]さんに去年のリベンジを果たしたかったのだ。
[[rb:優 > ゆう]]さんに勝ったら絶対にクロ[[rb:兄 > にぃ]]もスゴいって褒めてくれたのに、こんな醜態を晒してしまう羽目になるなんて。
「ははーん。[[rb:優 > ゆう]]に挑んで負けたな?」
遠く聞こえていたはずのクロ[[rb:兄 > にぃ]]の声が急に鮮明になって胸に突き刺さる。
事実をそのまま言い当てられて何も言い返せない。
「まあまあ、元気だせよ[[rb:玄來 > げんき]]。ほら、焼き芋アイス食べるか?」
そう言ってクロ[[rb:兄 > にぃ]]が差し出してくれたカップには木べらのスプーンが刺さった焼き芋アイスが盛られていた。
不貞腐れていたオレは返事を返すことなく、差し出された焼き芋アイスの前で口を開けた。
そんなオレを見て、クロ[[rb:兄 > にぃ]]は“自分で食えよ”と小さくぼやきながらもスプーンでアイスを掬って食べさせてくれた。
焼き芋アイスは、ペースト状の焼き芋とバニラアイスを合わせただけのシンプルなものだった。しかし、焼き芋ペーストは温かくて、口の中で感じるバニラアイスとの温度の対比が面白い一品だった。混ざり合ってちょうどいい温度になった時、口の中に広がる味は焼き芋の風味とバニラアイスの甘さが合わさって中々のものだった。
「次はどこに行くの?」
いつの間にか唐揚げの塔を跡形もなく消し去っていた[[rb:優 > ゆう]]さんがクロ[[rb:兄 > にぃ]]に声を掛けた。
本当にこの人の食事スピードは早過ぎて認知出来ない。目を離した隙に消えている。
「タメ研のブース見に行こうぜ。[[rb:優 > ゆう]]の作品とかも見てみたいしな!」
◆◆◇◇◆◆
「やぁやぁやぁやぁやぁ! [[rb:虎守 > こもり]]君! と、そのお友達くんたち! 我がエンタメディア研究会のアトリエにようこそ!」
[[rb:優 > ゆう]]さんの先導で辿り着いた図書館棟の3階。着いた途端になかなか癖の強そうなヤギの学生さんが出迎えてくれた。
エンタメディア研究会のブースは円形で本棚にぐるりと囲まれており、棚はオレの胸に届かないくらいの高さだ。中央には細い柱のようなものが立っており、それを囲むように机が配置され、作品もその上に展示されたいた。
「すごくキレイな場所で活動されてるんですね」
オレがそう言うとヤギの学生さんは首を振った。
「いやいや、残念ながらここは学園祭用に借りた展示スペースでね。普段はもっと端っこの棟の端っこの部屋で活動しているのさ。常人では中々辿り着けないからね。まあ我々の[[rb:聖域 > サンクチュアリ]]といったところだね!」
ヤギの学生さんはツヤツヤキューティクルの顎髭を片手でシャラーンとなびかせて悦に浸っていた。
「うおー!! すげーー!! [[rb:優 > ゆう]]、お前こんなのも描いてたのか!」
そんなクロ[[rb:兄 > にぃ]]の声に気がついた時にはオレ以外の3人は既に作品を眺めていた。
机においてあったファイルを開いてイラストを眺めているクロ[[rb:兄 > にぃ]]の隣で、[[rb:優 > ゆう]]さんがその様子を眺めている。クロ[[rb:兄 > にぃ]]がリアクションするたびに、[[rb:優 > ゆう]]さんも心なしか嬉しそうにしているように見える。たまに小さく“ふふん”って言ってるのもオレには聞こえる。
「あー、どっかで見たことあると思ったらイースターさんの作品の模写か」
「おおおおお!!! 分かるかね!! 素晴らしい慧眼の持ち主だね!! お猿君!!」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]たちと少し離れた所で作品を眺めていたユズに、ヤギの学生さんはスキップするような足取りで近付いていった。
騒ぎが気になったのかクロ[[rb:兄 > にぃ]]もそちらに向かって行ったため、オレもユズの方へ向かった。
「ユズ、“いーすたーさん”って誰だ?」
「まあ、簡単に言うとオタク文化を現代アートに昇華させた人かな。有名なファッションブランドともコラボしてたね」
ユズの言葉に続いてヤギの学生さんがレーザービームを照射するかのような早口で“いーすたーさん”について熱弁していた。
スゴい人なのだろうとは雰囲気で伝わるのだが、オレもクロ[[rb:兄 > にぃ]]もあまりピンときていなかった。
「これの元になった絵は確か20万ドルで落札されたはず。当時の相場で大体2400万円かな」
「「2400万円!?!?」」
オレとクロ[[rb:兄 > にぃ]]の声がハモった。
このアニメっぽい雰囲気の猫の女の子のイラストが、一枚で2400万円・・・。
今まで触れてこなかった美術という分野が一発で迷宮入りした瞬間だった。
◆◆◇◇◆◆
「なんかすげー世界を知っちまったな」
「次どこ行く?」
呟くクロ[[rb:兄 > にぃ]]に[[rb:優 > ゆう]]さんが質問を投げる。
「このまま図書館棟のブース回ろうぜ。確かこの上の階にもいくつかあっただろ」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]の提案で、オレたちはそのままエレベーターで上の階に移動した。
◆◆◇◇◆◆
「な、なんだこれ・・・」
4階に着くと、明らかに様子が異なっていた。開けていて落ち着いた空間だった3階と対象的に、4階は狭くて閉じられた空間という印象だった。
そして、何より・・・
「ハロウィン・・・?」
不意にその言葉が口から漏れた。部屋はハロウィンっぽく装飾されており、ブースの学生さんもドラキュラっぽい衣装を着ている。そして、オレたちくらいしかいなかったエンタメディア研究会のブースに比べて人がそこそこ居た。
「ようこそ。数学研究会、謎解きの館へ」
立ちすくむオレたちに声をかけてきたのは、黄土色をした濁声のトカゲだった。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
スピンオフ等挟みましたが、過去一最新話お待たせしました!!
予定していた所まで進むとこの倍の量になりそうなので切りました。次のお話しで急展開すると思います。なるべく早めに次上げます。
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蒼空ゆうぎ