柴後輩とクロ兄ちゃん【パンダ】

  「あーあ。やっちゃったね。クロ[[rb:兄 > にぃ]]?」

  「えっ・・・!あっ・・・その・・・」

  パンダだ。動物園とかにいるパンダだ。

  丸テーブルに片肘ついて、足組してこちらに語りかけている。

  「まあ座りなよ」

  [[rb:掌 > てのひら]]で向かいの椅子を案内されて座る。

  彼の声は大人びていて、語調もなんかオッサンぽい。

  俺はこのパンダを知らないようで、知っている。

  「1番仲良しの幼馴染で───」

  「───っ!!」

  「大事な可愛い後輩のプライベート」

  違う。これはただ不可抗力で・・・。

  「覗いちゃったね?」

  「覗いてはない!!」

  ただ聞こえて・・・聞いてしまっただけだ。きっと壁が薄かったんだ。それに、向こうも窓を開けていたから余計に聞こえてしまったんだ。

  「覗いたようなもんでしょ。ご丁寧に自分側の窓も開けちゃってさ」

  そうだ・・・。俺は完全に[[rb:玄來 > げんき]]の行為を盗み聞きした。弁解の余地もない。

  「それって兄ちゃんなのかなあ?」

  「────ッ!!!」

  でも・・・だって・・・しょうがないじゃないか。俺は[[rb:玄來 > げんき]]のことが好きで、好きな人があんなことしてて。

  「慕ってる兄ちゃんが実はホモで」

  「─────ッ!!!」

  「[[rb:玄來 > げんき]]は行為を盗み聞きされたと」

  ごめん[[rb:玄來 > げんき]]。クロ[[rb:兄 > にぃ]]は悪い兄ちゃんだ。俺はお前のことが大事で、大切にしてやりたいのに。優しいお前に甘えてばかりで。

  「イケナイことって分かってたのにねえ」

  そうだ。分かってたんだ。ダメってことくらい。だってもし俺がお前に同じことをされたら・・・いや、それは有りか?

  「ないないない。そもそも[[rb:玄來 > げんき]]ノンケだから。一緒にしないの」

  そうだ。そのとき俺は[[rb:玄來 > げんき]]とは違うんだって改めて分かったんだ。

  ・・・でもな[[rb:玄來 > げんき]]。俺は1つだけ分からなかったことがあるんだ。

  「オレもう・・・イっちゃうよ。クロ[[rb:兄 > にぃ]]!って?」

  「─────ッ!!!!!」

  そうだ。行為の間に何回か聞こえた気がするんだ。クロ[[rb:兄 > にぃ]]って。最後に聞こえたときはすごくハッキリと。

  “ オレも・・・・・・・・・ッちゃうよ。クロ[[rb:兄 > にぃ]]!”

  お前はあの時何を考えてた?

  もしかして、画面に映る女の子に俺を重ねて・・・俺を─────。

  「まあ本当のところは分からないけどね」

  なあ[[rb:玄來 > げんき]]。お前は俺のことをどう思ってるんだ?俺はどうしたらいい?何をしてやれる?

  なあ、[[rb:玄來 > げんき]]。

  視界が揺らぎ、意識がボヤける。

  「俺は・・・」

  俺を見ているパンダが視える。

  パンダが見ている俺が視える。

  視界は白黒しながら、意識が頭の後ろのほうへ堕ちていく。

  「『俺は、どんな兄ちゃんになればいいと思う?』」

  [chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]

  「・・・寝不足?」

  大学の講義室。隣の席の[[rb:優 > ゆう]]が俺に声をかける。

  [[rb:優 > ゆう]]は机にベッタリと突っ伏す俺の両耳を片手で摘んでは離し、ぴょいんぴょいんさせて遊んでいる。

  くすぐったいからやめて欲しい・・・嫌じゃないけど。

  「んー・・・パンダが」

  「パンダ?」

  「パンダが夢で俺を責める・・・」

  たぶん絶対あのパンダクッションを抱いて寝たのが原因だ。

  結局、昨日の夜はしばらく悶々としていて、寝付けなかった。

  知らない間に寝落ちて、気付いたら朝になっていた。

  「───動物と会話する夢は自問自答」

  「ふぇ?」

  俺は相変わらず机に突っ伏したまま顔だけ[[rb:優 > ゆう]]のほうを向いた。

  「夢占い」

  [[rb:優 > ゆう]]はスマホの画面を俺の顔に近付けて、少し待ってからスッと戻した。

  「なんかあったの」

  ありまくった。脳で処理できる限界を超えている。昨日のアレは何だったのか。[[rb:玄來 > げんき]]は何を考えているのか。

  「まあ夢でしょ」

  [[rb:優 > ゆう]]はスマホを置き、グミの袋を開けながらそう続ける。

  「・・・でも夢じゃないこともあってさぁ」

  正直、[[rb:玄來 > げんき]]にどんな顔をして会えばいいのか分からない。昨日みたいに楽しく会話できる自信がない。

  へたり込む俺に、[[rb:優 > ゆう]]はグミを1つ摘んで手づから食べさせてくれる。

  今日はピーチ味。好きな味だ。

  グミで口を封じられた俺は尻尾で[[rb:優 > ゆう]]の太い虎尻尾に絡みに行く。

  [[rb:優 > ゆう]]も適当に尻尾を動かして俺の絡みをあしらっている。

  「おーい。そこのホモカップル」

  後ろ側から近づいてきた雄兎の教授が俺たちに声をかける。

  「今日グループワークやるから、イチャついてないでもうちょい前の席行けー」

  それから教授は教壇に向かいながら他の学生たちにも同じように声をかけていった。

  「ゲイの人をホモっていうのは差別用語らしい。知らんけど」

  初耳だ。どちらも同じ意味で差は無いと思っていた。使い分けている人など居るのだろうか。

  俺はどっちで呼ばれようが別に何も気にしない。

  「どっちでもいいよ。そんなん」

  「・・・」

  俺たちは荷物を持って前寄りの席に移動した。

  ◆◆◇◇◆◆

  今日の講義は午前中で終わりだ。

  俺は学食で[[rb:優 > ゆう]]と一緒に昼飯を食べていた。

  昼間の学食はかなり混みあっていて、学生や職員たちがテーブルを隙間なく埋めている。

  こんな時は広めのテーブルに相席して、入れ代わり立ち代わりで食事をするのが常だ。おひとり様もグループも混ざりあってごった返している。

  「・・・この日替わりの[[rb:油淋鶏 > ゆーりんちー]]美味いかも」

  「お、マジで。カツとトレードしようぜ」

  「ん」

  [[rb:優 > ゆう]]は大体いつも定食だ。俺はいつも気分で選ぶが、麺系はあまり食べた気にならないので、米を選ぶことが多い。今日はカツ丼だ。

  [[rb:優 > ゆう]]が先に油淋鶏を俺の丼にのせてくれる。

  俺は真ん中のカツを箸で1切れ摘んで[[rb:優 > ゆう]]に渡す。

  「こっち」

  [[rb:優 > ゆう]]は白米が盛られた椀を前に出し、俺はその上にカツをのせた。

  「[[rb:衣 > ころも]]に染みた甘辛ダレがウマー。唐揚げの流用じゃなくて、鶏モモの一枚肉なのもポイント高い」

  「ね」

  [[rb:優 > ゆう]]も両耳をパタパタさせたあと、太い尻尾の先をくねくねさせてカツを食べている。

  予期せず出来たミニカツ丼にご満悦のようだ。

  ちょうど食事を食べ終わる頃、スマホの通知に気が付いてメッセージを確認した。

  [[rb:玄來 > げんき]]からだ。

  “ 今晩も晩飯作りに行っていい?”

  いつもの調子ならすぐ返信できるのに、今日は指が動かない。

  しばらくメッセージを見つめて、スマホを膝元に伏せた。

  「なあ[[rb:優 > ゆう]]」

  「ん」

  ズルいのは分かっているが、1日だけ待って欲しい。今日はちゃんとクロ[[rb:兄 > にぃ]]になれるか自信が無い。

  「この後、カラオケでも行かね?近くのビグワンでさ。平日の日中ならフリーも安いし。ついでに晩飯もどっかで。」

  「いいよ」

  [[rb:玄來 > げんき]]への後ろめたさを感じながら、俺はメッセージの返信を送った。

  ─────少し経ってから確認すると、デフォルメされた柴犬がキリッとした顔で敬礼しているスタンプが1つ返ってきていた。

  ◆◆◇◇◆◆

  「“ 隣に居るんだと教えて欲しい〜”」

  [[rb:優 > ゆう]]は相変わらずイケボで歌が上手い。この重厚でなめらかな低音ボイスは俺では絶対に無理だ。そのうえ裏声までバッチリ使いこなす。

  今の曲も[[rb:優 > ゆう]]の声にピッタリ合っている。女の子も普通に落とせるんじゃないだろうか。ぶっちゃけエロい。

  「ほんと毎回どこから声出てるんだってくらいイケボだよな」

  「声帯」

  ここまで2人で結構な曲数を歌い、[[rb:優 > ゆう]]の歌が終わっても、俺はまだ次の曲を決めあぐねていた。

  俺がランキングを見ながら知ってそうな曲を探していると[[rb:優 > ゆう]]が口を開いた。

  「本当は歌いたい曲色々あるけど、女性歌手だから全部裏声になっちゃうんだよね」

  確かに[[rb:優 > ゆう]]の声で女性歌手はきつい。自分に合った歌を選ぶのは大事だ。

  しかし、俺しか居ないのだから歌いたい曲を歌えばいいのにとは思う。[[rb:優 > ゆう]]も俺もふざけた曲を歌うことがあるし、恥じらうことも無いと思うのだが。

  「ちなみにどんなやつ?」

  すると、[[rb:優 > ゆう]]はスマホを操作したあと、流れる音楽と共に画面を見せてきた。

  画面の中ではアニメの女の子アイドルたちが踊りながらステージで歌っている。

  「[[rb:優 > ゆう]]ってこういうアニメも観るんだな」

  「うん。アニオタ」

  アニメや漫画が好きなのは知っていたがどこまでカバーしているかは知らなかった。

  俺の好きなヤツは大体知っていたので、趣味が合うなとしか思っていなかった。

  「クロは歌えそう」

  「いや、曲知らんて」

  とはいえ、何を歌うかは早々に決めなければならない。

  俺は再び手元の端末で曲を探し始めた。

  「デュエットする?」

  [[rb:優 > ゆう]]がそう提案して、曲の概要が表示された端末を俺に見せた。

  「お、オッケー」

  俺の了承を得て、[[rb:優 > ゆう]]が曲を予約する。

  「クロ女性パートね」

  「へい」

  もともとソロの曲の男女デュエットverだ。結構有名で今風な感じだと思うが、年を見ると意外と前だなと思う。

  歌い出しが[[rb:優 > ゆう]]で、俺も続く。

  お互い聞き慣れた曲で、2人してアドリブでハモったりしてみる。

  「『“ My favorite

  My precious it

  With memories

  わからないこと たくさんあるけど

  君が居るだけで ボクは飛べるから

  この胸埋めるのはずっと

  ずっと君がいい”』」

  最後のサビを歌い終えて、マイクを置いた。

  「そろそろ腹減ったな」

  「俺行きたい店ある。徒歩圏内。」

  「よし。そこ決定」

  俺たちはカラオケ店を出て、[[rb:優 > ゆう]]の行きたい店に向かった。

  ◆◆◇◇◆◆

  「あの・・・[[rb:虎守 > こもり]]さん・・・コレは」

  「ラーメン」

  俺たちは今、食券を渡してラーメンの提供を待っているところだ。

  テーブルはカウンターのみで、客は皆、一心不乱にラーメンのような何かを貪っている。

  「皆あれかな。チャレンジメニューか何か?」

  「さっきクロが買ったヤツ」

  俺は戦慄した。

  片手で持つのは不可能と思えるドデカいラーメン[[rb:丼 > どんぶり]]の上に、茹でたモヤシとキャベツがマウンテンしている。山頂では茶色い背脂の噴火が起き、山の麓まで被害を及ぼしている。

  「2名様、ニンニクは」

  カウンター越しに店員さんが聞いてくる。

  「あ、あの・・・普通で」

  「俺は全部マシマシで」

  [[rb:優 > ゆう]]が何か言ったな。マシマシは何となく分かる。だが、全部ってなんだ。生とかフライドとか色んな種類のニンニクがあるのだろうか。

  “ 普通”がどんな感じで来るか分からないが、恐らくこれから戦闘になる。ニンニクは好きだし、味変要素として数種類のるなら願ったりだ。

  「へいおまちどー」

  ─────終わったかもしれない。

  自分のテーブルの1段高いところに、件の魔物が降臨する。

  [[rb:丼 > どんぶり]]を置かれた音だけで、敵の強大さを理解させられる。

  [[rb:優 > ゆう]]の[[rb:丼 > どんぶり]]に至ってはもうわけが分からない。なんだそれは。島か。

  俺は慎重に[[rb:丼 > どんぶり]]を持って自分の前に置いた。

  「減らさなくて良かったの?」

  「減らせたの!?いつ!?どのタイミングで!?」

  食券を買う時もそんな項目は無かった。多少周りも見ていたが、減らしているところなど見ていない。

  「ニンニクは?って聞かれたじゃん」

  「うん」

  「あのとき」

  ─────ハァ?

  だって“ ニンニクは?”って、“ ニンニクは?”って聞いたじゃん! ニンニクの事だけと思うじゃん! 他は何も聞かなかったじゃん!

  「お前それ先に言っ・・・」

  「ちなみに“ 普通”だとニンニク入らないよ」

  「・・・」

  3日間は飯抜きで平気だろと思える量のラーメンを半泣きでなんとか完食した。

  完食したと思った後に、スープの底から豚の肉塊が出現したときは、ゲームのラスボスが第四形態まであった時と同じくらい絶望した。

  ◆◆◇◇◆◆

  俺は[[rb:優 > ゆう]]の肩を支えにしながら何とか退店した。

  外はもう暗くなり始めている。

  「帰れる?」

  俺は無言で頷く。

  気を抜いたら出る。

  「じゃあ俺は大学戻るから」

  「バス・・・時間・・・大丈夫?」

  [[rb:優 > ゆう]]は自宅からバスで大学に通っている。

  ゲームで遊ぶ時なんかはいつも俺の家だ。

  「俺バイクだよ」

  「え!いつから!」

  「今年から」

  知らなかった。

  駐車場は大学の裏手にあるのだが、俺のアパートとは逆側にある。[[rb:優 > ゆう]]がバイクに乗っている所なども見たことがなかった。

  「もっと友達に興味持たないと」

  「ぐはぁ!!」

  虎はジャックナイフでヒトの心臓をぶっ刺した後、じゃっと手を挙げて大学の方へ歩いていった。

  俺は潰れた心臓と爆弾状態の腹を引きずりながら、満身創痍で帰宅した。

  ◆◆◇◇◆◆

  俺は何もする気が起きず、帰ってそのままの状態で、天井を見つめながらソファに倒れていた。

  いつものパンダクッションは抱いていない。何か乗せたら出る。

  どれくらいそうしていただろうか。

  腹が少し落ち着いたと思った頃に、[[rb:玄來 > げんき]]が帰宅する音がした。

  頭を悩ます事柄は多々あるが、一旦全部忘れよう。

  俺の勝手な事情で[[rb:玄來 > げんき]]を振り回すわけには行かない。好き嫌い以前に[[rb:玄來 > げんき]]は大事な幼馴染で可愛い後輩なのだ。

  明日からはいつも通りのクロ[[rb:兄 > にぃ]]だと誓って、俺は[[rb:玄來 > げんき]]の笑う顔を思い浮かべた。

  [chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]

  ※次回冒頭※

  「クロ[[rb:兄 > にぃ]]! 海行こう! 海!」