柴後輩とクロ兄ちゃん【恋、弾ける】

  ────そしたら店長が[[rb:賄 > まかな]]いで肉じゃが作ってくれてさ」

  [[rb:一個下 > いっこした]]の柴犬が、目の前で遅めの晩御飯を食べながら、今日の職場での出来事を嬉しそうに話している。

  俺は味のしない親子丼を食べながら、精一杯の[[rb:相槌 > あいづち]]を打って話しを聞いている。

  想像してみて欲しい。

  例えば何年も好きで片想いしている人が自分の家で手料理を作ってくれて、一緒に食べてくれて。

  しかも2人きりで。

  その人は幼馴染で、同じ部活───テニス部の元後輩で、1年振りに会っても自分のことを慕ってくれていて。

  「クロ[[rb:兄 > にぃ]]?」

  前より少し大人びて、良い匂いがして、毛並みはフワフワで、笑顔がキラキラで、自分のことを見つめて、クロ[[rb:兄 > にぃ]]って───。

  「クロ[[rb:兄 > にぃ]]」

  我に返ると柴犬が小首を傾げながらこちらを見ていた。

  「どしたの?あ、もしかして卵の殻入ってた?」

  柴犬は自分が作った親子丼の不備を心配しながら、左手で首の後ろを搔いている。

  「え、あっ、ううん。全然。大丈夫。入って無いし、美味しいし、むしろ入れていいし」

  「入れないよ!」

  ────俺の名前は[[rb:黒井 > くろい]][[rb:琉貴 > るき]]。大学2年生で19歳の雄猫。

  「そういえば、この前店で殻ごと串打ちして焼いたウズラ卵食べさせてもらったんだけど、それがすっごく美味しくてさ」

  柴犬の名前は[[rb:柴 > しば]][[rb:玄來 > げんき]]。社会人1年目の19歳。

  「今度作ってみようかなって。クロ[[rb:兄 > にぃ]]も食べてみてよ」

  俺が片想いしている雄犬である。

  [chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]

  晩御飯を食べ終えて、今は22時半過ぎ。俺はソファでくつろぐ[[rb:玄來 > げんき]]に耳だけ向けながら、キッチンで洗い物をしている。

  たまに聞こえてくる「お、この焼き方いいな」みたいな呟きや、振った尻尾とソファが擦れる音、フとした瞬間の息遣いも耳をくすぐってくる。

  正直、いつから[[rb:玄來 > げんき]]のことが好きだったかは覚えていない。中1くらいだろうか。好きなのかもしれないと意識し始めて、脳内劇場に出演させたら自爆したみたいな感じだ。

  いつから男が好きなのかはもっと分からない。小2くらいまでは好きな女の子がいたが─────。

  [[rb:玄來 > げんき]]の家は片親で、母と妹と3人家族。家が近所で親同士の仲が良かったこともあり、ウチでよく兄妹の面倒を見ていた。

  小中高もずっと一緒で、部活も同じテニス部だった。

  地元から離れた大学に進学して、[[rb:玄來 > げんき]]と離れてから、ただ好きな人という空欄を[[rb:玄來 > げんき]]で埋めているだけかもしれないと思ったりもした。

  ─────しかし、現実は違った。めっちゃ好きだった。久しぶりに会った[[rb:玄來 > げんき]]の破壊力に余計な考え事をしていた[[rb:全俺 > ぜんおれ]]が[[rb:跪 > ひざまず]]いた。

  たまにスマホでやり取りはしていたが、[[rb:生 > なま]][[rb:玄來 > げんき]]は文字通り次元が違う。

  おまけに俺のアパートの近くの小料理屋に就職して、部屋は隣りだ。実は俺のことが好きで追いかけてきたのかと妄想しそうになるが、違うらしい。

  就職先は親のツテらしく、たまたま俺が近くに住んでいて、たまたま隣りの部屋が空いていたのだ。

  ───もう運命ということで結ばれたらダメだろうか。ダメだろうな。

  彼はノンケだ。

  「[[rb:香澄 > かすみ]]のやつ、大学で早速カレシできたんだって」

  「[[rb:瀬名 > せな]]さん可愛いしね。元カノに先越されたな」

  テニス部の後輩だ。俺もよく知っている。

  洗い物を終えて、俺も同じソファで一息つく。

  「別に今カノジョ欲しいとか思ってないって。てか、まだ5月だよ?早くない?」

  「大学生だし、そんなもんだって」

  知らんけど。

  左隣りに感じる彼の気配に未だムズムズしながら、スマホで未読メッセージを潰していく。

  意識すると、くすぐったくて顔を向けられない。

  「クロ[[rb:兄 > にぃ]]はカノジョとか出来たりしたの?」

  「全然。[[rb:玄來 > げんき]]と違って背も高くないし、華奢だし」

  「そんな変わらないって、俺だって背は平均並だし。クロ[[rb:兄 > にぃ]]は毛並みツヤツヤでキレイ系イケメンじゃん。テニス部の後輩から結構モテてたよ?男女両方」

  初耳だ。さらっと男も混じってたらしい。

  ────ちょっと嬉しい。

  「半分冗談かもしれないけど、男の方は変なことしたらシバくぞって言っといた」

  柴だけに?

  [[rb:玄來 > げんき]]の苗字を思い返してクスッと笑う。

  「あ、今『柴だけに』とか思ったでしょ」

  「思ってない思ってない。ぜーんぜん」

  しっかり否定を口にして肯定する。

  笑って少し緊張が解れてきたなと思ったのもつかの間。

  「がうっ!」

  「ぅおわっ」

  突然、左から飛びかかってきた犬に押し倒された。

  スマホを持って、ソファの上で縮こまる俺の横に手をついて、イタズラ小僧の笑みを浮かべた[[rb:玄來 > げんき]]が見下ろしてくる。

  え、何が起きた?俺今何した?何が起きようとしてる?

  顔が近い。[[rb:玄來 > げんき]]の左目の下の古傷がよく見える。

  脳が事態を整理するより先に、俺の胸の近くにボフッと[[rb:玄來 > げんき]]のモフモフ頭が落ちてきた。

  「カノジョとか別にいいよ」

  アゴを乗せたモフモフ頭がスリッと横を向いて目を細める。

  「俺にはクロ[[rb:兄 > にぃ]]がいるから」

  キャパオーバーだ。

  [[rb:玄來 > げんき]]の重みと体温が、触れている部分をくすぐってくる。体を固めて抵抗するのが精一杯だ。

  指1つ動かせず、ひたすら耐える。

  ずっとこのままなのだろうか?

  それは困る────が、悪くない。

  「あ、そうだ」

  カクついた呼吸をして耐えていたところで、[[rb:玄來 > げんき]]が上体を起こす。

  「クロ[[rb:兄 > にぃ]]さ」

  相変わらず俺の横に手をついたまま、俺を見下ろして、背筋に響く声を降らせてくる。

  「明日は学校?朝早い?」

  「へ?」

  つい素っ頓狂な声が出てしまったが、何度も言うように、とっくにキャパオーバーだ。

  「あ、ああ。明日、学校、早い、俺、1限」

  何とか返答すると、[[rb:玄來 > げんき]]は「そっか」と言ってソファに座り直した。

  俺も続いてソファに座り直す。

  「な、なんかあった?」

  「いや、なんでもないよ。あんまり長居しても悪いかなと思って」

  [[rb:玄來 > げんき]]はソファから立ち上がると、持ってきた肩掛けカバンを背負って、玄関に向かう。

  一瞬遅れて俺も立ち上がり、玄関まで送る。

  「また晩飯一緒に食べようよ。俺作るからさ。仕事終わってからで、ちょっと遅くなるけど」

  「それは全然。俺も助かるよ。料理出来ないから、結局外食かコンビニ飯になっちゃうし」

  「良かった」

  へへっと嬉しそうに笑う[[rb:玄來 > げんき]]が眩しい。

  「また俺から連絡するよ。どうしても店終わるの21時過ぎるし、お腹空いてたらわざわざ待たなくていいからね」

  「晩飯はいつも遅いし、食べないこともあるからさ。いつでも来てくれよ」

  「ホントに?俺毎日来ちゃうよ」

  「それはお前が大変だろ」

  自然な会話の心地良さに胸が弾む。

  「じゃあ、おやすみ。クロ[[rb:兄 > にぃ]]」

  「おやすみ。美味かったよ、親子丼」

  次はもっと美味いもん作っちゃうぜと笑いながら、[[rb:玄來 > げんき]]は自分の部屋に帰って行った。

  俺は部屋に戻って、下に落ちていたパンダのクッションを抱き、ソファにドサッと倒れ込んだ。

  虚ろな瞳を天井に向けながら、心地良いドキドキの波に身を任せる。

  「俺やっぱり」

  目を瞑り、先程までの出来事を思い返しながらクッションを抱きしめた。

  明日もまた来てくれるだろうか。

  期待と不安と、ほんの少しの確信の中で、俺はベッドに入り眠りについた。

  [chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]

  ※次回抜粋※

  ほんのりと甘い柔軟剤の香りと、それよりもっと甘く感じる汗と玄來げんきの匂いがする。

  ━━━ヤバい。超える。

  ☆何話か物語が進み、[[rb:玄來 > げんき]]が本音をぶちまけるとラブコメがスタートします。