悪い狼さんが悪そうな牛さんを食べちゃう話

  ●

  フォルティスには嫌なことがある。

  飢えたままの夜。

  退屈な牢屋。

  夏の日差し。

  冬の陽だまり。

  鎖。硬い首輪。満腹感。

  束縛。

  その他諸々。

  上げればキリがない程ある中の一つに、特に嫌うものがある。

  「あー……、気に食わねえな」

  自分の獲物を横取りされる事だ。

  夕闇の中、茂みに身を屈めて、その大きな図体を丸めた。そうしていれば、その大柄な狼男はその服色と合わせて盛り上がった木の根か土塊に見えるのだろう。息を潜めたフォルティスから少し離れた場所を、三人の獣人が気づかずに歩いていく。

  悪路に慣れた歩き方。靴や装備に布を巻いて音が出ないように細工をしていた。定期的に水を浴びてはいるのだろう。匂いは然程強くはないが、旅によって染み付いた汗の香りが鼻を突く。それでも血の匂いは消えない。

  フォルティスは、哨戒中だったのか歩き去っていった男達の背が見えなくなった後に、小さく呟いた。

  武装した旅人がいることは別に構わない。腹を空かせた悪党が森を散歩している事もあるだろう。そんな悪党と出会って抵抗もなく殺されるのをフォルティスは良しとはしない。

  抵抗してくれた方が滾る、というものだ。

  だから、空腹な今、手頃な相手が手を伸ばせば届く場所にうろついている、というのは決して嫌厭すべき状況ではない。

  「匂うねえ……悪党の匂いだ」

  フォルティスの第六感に障るような男達が、近辺に何もないような森に陣取って集団行動を行っている。

  ここがどこぞの山の中なら、むしろその成り行きを見守っていたかもしれない。だが、場所がここだというのは見過ごせない。

  「人の獲物に手を出す、ってのがどういう事か……ちゃんと教えてやらねえとな」

  男達が去っていった方向へと目を凝らしながら、音もなくフォルティスは立ち上がる。

  その方向とは違う方角へもう少し進めば、とある屋敷がある。

  一つ線が光るターコイズのペンダント。その合図を今しがた送ってきたのだろう老獅子が住まう家だ。今日も極上の餌がフォルティスに食われる時を待っている。

  飽きたのなら骨を砕いて骨髄を啜ればいいが、まだ、あの肉は噛みごたえがある。

  あの老獅子はまだ、フォルティスの獲物だ。

  牙を覗かせ、悪人の笑みを浮かべたフォルティスは宝石の合図に応えながら、足音を潜めて男達の跡を追っていった。

  「なあ、決行は今夜だろ。ボスはどこ行ってんだ?」

  そうして尾行した先は、屋敷からは離れた場所だった。

  「作戦の下見じゃねえか? でも訳分かんねえ依頼だよな。こんな辺鄙な所の屋敷襲ってこいだなんて」

  「さあなあ、余程恨みを買った悪党が住んでんだろ。妙に警備も手厚いしよ」

  拉致騒ぎがあり、それでもこの場所から離れることを固辞した屋敷の主のお陰でこの周辺の警備は厳しくなっている。普通であれば頑固ジジイとして嫌厭されるだろうにどんな美辞麗句を用いたのか、あの主に対する評判は高いままのよう

  だ。

  その割を食ったのは、そこに度々こっそりと訪れるこの狼獣人だったりするのだが、こんな所で本来の効果が発揮されているとは思ってもいなかった。苦虫を噛み潰したような声を上げる男を見て、フォルティスは微妙な心地になっていた。

  まあ、フォルティス自身の感傷はおいておくとして。

  与太話をする男達は、野営の直ぐ側にまで部外者である狼が近づいてきている事にはまだ気付いていないようだ。

  「殺しさえすれば好きにして良いんだろ? いい女いるかねえ」

  「俺は警備の雄を頂きてえなあ。巡回の奴らも鍛えてる良い雄だったぜ」

  「相変わらず分かんねえ趣味だな。まあ、お前に女取られねえってのは良いことだけどよ」

  暗殺者、というには些か警戒が緩すぎる。恐らく、この付近に危険が無いことを知っているのだろうが、それでもだ。雇われの傭兵といったところか。

  まあ、屋敷を襲う依頼を請け負ったらしいその傭兵団が軍の拡張などに使われるような真っ当な傭兵団であるとは考えられない。ごろつき崩れの寄せ集め、と言った所か。

  少し前に喧嘩を吹っ掛けた軍人とは練度がかけ離れているが、フォルティスが得意なダーティな戦いには慣れている手合と考えると少し手こずりそうだ。

  「とはいえ、か」

  告白を躊躇うガキのようにいつまでも手をこまねいていては、そのボスとやらも戻ってくるだろう。

  と、いうわけで。

  「悪いな」

  木陰から飛び出して、体重を全て乗せた鈍重な蹴りで軽装の男を樹木に叩きつけたフォルティスは悪びれもせずにこう言い放った。

  「ここは俺様の通る道でなあ。邪魔なんだ」

  不意打ちで仕留めた傭兵の首に脚を振り下ろしながら、武器に巻いた布を払う傭兵達にかかってこいと指で挑発を送る。

  

  ●

  騒音。

  戦闘音。

  それを遠くで微かに聞き取ったコルドは飛ぶように駆け出していた。鍛えた分厚い牛獣人の肉体からは考えられないほどの瞬発力をみせ、樹の中を走り抜ける。

  そんな彼に。

  「ボスッ!!」

  傭兵団の一人が助けを求めるように駆け寄ってきたかと思えば。

  「グ、ぎゃっ!?」

  奇妙な声を上げて、駆け寄る勢いのままにつんのめり、地面に顔から倒れ込む。見れば、野営用の斧がその背に深々と突き立っていた。掠れた呼吸音が聞こえるが、助からないだろう。

  力なく地面に伸びた尻尾から最後の動きを見せるのを待つことなく、コルドは、その斧を投擲した襲撃者を睨みつけた。

  「お、当たったか? 運が悪いなあ、そいつ」

  随分と図体の大きな狼がそこにいた。節制を知らぬ体は、しかし、生命力に溢れている。周囲にコルドの部下達の骸を転がした狼の全身は切り傷に塗れているが、それでも、殆ど疲弊はしていないように見えた。

  「で、お前がボスか?」

  「……ッ」

  隻眼の牛獣人にむけて問いかけてくる狼。その解いに応えずコルドは大地を蹴り、一気に肉薄する。土を捲り上げるように踏み込み、片手剣を掴んだ。移動と抜剣を並行する。一気にその胴体と首とを切り離してやろうとした剣撃に、狼は防御とも違う行動を取っていた。

  無手のまま、自らコルドの間合いへと踏み込んだのだ。

  「ぐ――ッ」

  ここで狼が怯んでいたのなら、その首を切り裂けただろう。だが、目測が狂う。懐へと潜り込んで拳を握り固める狼。剣の刃を存分に振るう為の間隔は既にない。そのまま、その太い腕で反撃を繰り出してくるのか、と考えたコルドは、直感的にそうではないと気付いていた。

  それは防御のための踏み込みだ。

  コルドとて剣の間合いに踏み込まれたからと対処が出来なくなるわけはない。即座に剣柄での殴打で牽制し、体術での追撃を放つ。狼の肩を柄が抉る。同時に体を捻り、肘鉄でその横っ面を殴りつけ、更に僅かに揺らいだ瞬間に、その腹部へと強烈な前蹴りを叩き込んだ。

  直撃の手応え。

  重い反動。蹴りつけた脚から支えた逆脚へと軽い痺れが走るほどのクリーンヒットに、狼の巨体が弧を描いて宙を舞う。ドズン、と地面が揺れる鈍い音が響いて、狼の体が森の地面に転がった。

  狼は死んだようにピクリとも動かない。

  「死んではねえだろ、狼」

  「……油断して近づいてくれりゃいいのに」

  そうして立ち上がる狼に、コルドは己の勘が正しかったと知る。

  この狼は反撃できずに攻撃を受けたのではなく、初めから攻撃を考えていなかったのだ。剣で斬られるより殴りつけられた方が受けられる。理に適っていない闘い方だ。だが、それを実現させる狼のタフさ。

  全身の切り傷と周囲の骸。その結果を見れば、内臓を破裂させたかのような手応えも信用はならない。

  「手下殺されて怒ったりしねえのか?」

  「計画が台無しだよ。お前のせいでな……!」

  息を継ぐ間も与えない。

  コルドは立ち上がるその隙目掛け、剣を叩き込む。狼の動きは訓練によるものではない実戦的な動きだ。理論ではなく、直感によって組み立てられた動き。

  慣れている。

  傭兵という立場だけあって、戦闘に陥る相手も出自のよく似た傭兵であることも珍しくはない。だからこそ。

  「……っ、ぐあッ! この……ッ」

  狼の動きは読めていた。

  剣を避けるのなら、その先に攻撃を置く。

  打撃を受けてよろめいた体を後ろに転がした狼は、茂みを使い撹乱しながらコルドの側面へと回り込んで襲いかかってくる。見えている。初撃を躱し、蹴りで少し体幹を揺らしてから剣を振り下ろす。背中へと吸い込まれた一撃は、しかし、振り返り振るわれた裏拳に弾かれて不発に終わっていた。

  「勘がいいな」

  コルドは追撃を仕掛けてこなかった狼に称賛を送っていた。

  「そうかよ、余裕ぶりやがる」

  コルドは狼を順当に削っていく。一言で言えば格の違いを見せつけながら、しかしコルドは狼に驚嘆をすら覚えていた。コルドの手下と戦った後に、まるで十全に休んでいたような疲れ知らずの動きを見せている。

  変わったのは、もはや全裸と変わらぬ服装ばかりとすら感じる。

  無尽蔵のようにすら感じる体力。それでも、少しずつ傷が増えているのは確かだ。このまま甚振るように殺してやろうか。

  圧倒的な優勢にそんな事を考えながらコルドはその考えを否定した。傭兵団が壊滅した以上、長居は危険だ。この狼が単独か、他の仲間が応援を呼んでいるかもしれない今、長引かせるのは相手の思惑通りのように思えたのだ。

  体力と体温を削る事を止め、コルドは急所へと刃を叩きつけるために踏み込んだ。

  その時。

  狼はその時だけ、これまでと違う動きを見せた。

  「う、ぉら――ァッ!」

  突進。

  まるで自分の身を投げるような我武者羅な体当たりがコルドの振るった剣とぶつかった。

  刃が肉を捉える感触。剣が震える、骨を削る振動。コルドの刃が狼の肩口を深々と切り裂いている。自ら剣の軌跡に飛び込んできた狼の勢いは、その一撃では抑えきれなかった。

  まるで岩を受け止めたかのような衝撃に突き飛ばされたコルドは、辛うじて転倒しないように踏ん張るが。

  「おらッ、まだまだッ!」

  流血を散らしながら突っ込んでくる狼の巨体に、今度こそその狼諸共に地面へと叩き落とされた。狼の重い体と地面に挟まれ、身体の中から空気が吐き出される。

  「カ、ハ……ッ」

  全身の力が一瞬弛緩する。その隙を暴虐な狼は目敏く読み取っていた。コルドの図太い首にその両手が掛けられて、ギリギリと締め上げられる。呼吸を乱された直後の窒息に、体がついて行かない。抵抗をしようにも剣は押し倒された際に手放してしまっていた。

  負ける。

  薄れゆく意識にそんな事を考えた。この体勢に入った状況が不利過ぎる。

  負けるのか。

  力が抜けていく。

  だが、息よりも命よりも、何よりもその闘志が消え失せていくのをコルドは自覚していた。

  ここでこの狼を殺した所で依頼の達成は難しい。傭兵団も壊滅した。汚れ仕事を繰り返してきたコルドに待っているのは、方々からの刺客に狙われる日々だ。

  それを思えば、ここで足掻いた所で。

  「甘いと言われるのだろうな」

  戦地。捕虜にされた敵国の少年兵であった己を治療してくれた誰かがそう言っていたのを思い出した。その口ぶりを聞けば、敵兵の扱いとしては過剰な扱いだったのだろう。

  「だが、生きる道があるのなら生きるんだ」

  と、その言葉を覚えている。結局その後、汚れ仕事だろうと請け負う傭兵団に行き着いたわけだが。

  「――ッ!」

  在り方の原点がコルドの闘気を吹き返す。

  「お、ォオオオアアッ!!」

  「あぐ、ッ……!?」

  狼の腹。そこに刻んだ傷を蹴りつけると、地面に転がる剣を握りながら立ち上がる。雄叫びを上げながら、狼の脳天に刃を振り下ろさんと剣を振り上げ。

  そして。

  勢いよく振り上げた剣が、高く宙を舞っていた。

  木々の枝の中へと飛び込んでいく。

  その動きは、コルドの意思によってではない。手足のように扱ってきた剣がコルドの意思から逸脱するように掌から抜け出ていったのだ。

  原因はコルドの頭上にあった。目がそれを捉えていた。小指が千切られていた。

  いつの間に。

  そう問が浮かぶ時には応えに行き着いている。

  ついさっき、狼が剣をまともに受けながらコルドへとタックルを仕掛けたその時だ。あれは捨て鉢になっての突撃ではなかった。初めからコルドの握力を狙っての自傷めいた作戦。

  いや、あれを作戦と呼べるものか。

  ただ丈夫さに心酔しただけの無鉄砲だ。

  跪いていた狼がその体を伸ばす。勢い良くあぎとを広げた猛獣の牙がコルドの首へと狙い定める。牙が己の首を貫く感覚の直後、意識が、明滅する。

  気付けば全身の感覚が消え失せ、見上げた先には狼がコルドを見下ろして。

  「んじゃあ。お行儀よく、いただきますってな」

  そんな声を最期に聞いた。

  

  ●

  老獅子――ラムリスは一人寝室のベッドに横たわっていた。

  既に夜は更けている。

  余裕のある時間を持たせたはずが、その相手が訪れないのだ。特に警備が騒いでいる様子もないことから想定外の出来事があったとも考えづらい。

  「焦らしでも覚えたのかの……いや、あの獣ケダモノに限ってそれはないじゃろうな」

  悶々とした気分のまま、ランタンに灯を付けようと立ち上がった。寝巻きのズボンを押し上げるのは、老いて尚若い頃のような元気を取り戻しつつある老獅子の雄欲だ。

  布に擦れて微細な快感を生むその漲りをその手で慰めながら、ランタンを探そうと部屋を見回している時。ガタリ、と背後で音が鳴った。

  外から窓が開かれる音。

  「よお」

  慣れた声に振り返った。

  「なんじゃフォルティス。お主、どこで油を――」

  売っていたんじゃ。と言いかけた言葉は途中で消え失せる。暗い室内。夜風と共にラムリスの鼻が感じ取ったのは、真新しい血の匂いだ。

  「……っ! フォルティス、お主……!」

  「ああ、違う違う。アンタのトコじゃねえよ」

  衛兵に見つかって、戦闘になったのかと勘ぐるラムリスに両腕を上げたフォルティスは、適当に巻いた包帯にじわりと血を滲ませながら、少し顔を歪めた。

  その表情に嘘はないと見抜いたのだろう。ラムリスは改めてランタンに火を付けてフォルティスの体を眺めた。窓は木戸まで閉めて、二人分の影を隠す。

  「なんじゃお主、その傷は……というか、なんじゃその腹は……!」

  全身ズタボロの服装で肩には雑に巻かれた包帯。全身傷まみれの血まみれで、極めつけに大きく膨らんだ腹が破れた服から飛び出している。

  「いやあ、美味そうな牛がいたもんで、ついぺろっとな」

  「ペロッとじゃなかろうに……」

  ラムリスは、まるで中が透けて見えているかのような視線をフォルティスの腹部に向けた。もしかしたら裸の牛獣人が丸まっているのが見えているかもしれない。

  襲撃が行われていたのなら、今頃ラムリスはあの牛獣人達に殺されていたかもしれない。いや、犯されて、性奴隷のように扱われていただろうか。

  それはそれで見ものだったかもしれない。とフォルティスはニヤニヤと笑みを浮かべていると、ラムリスが訝しげに睨み上げてくる。

  「なんか狙われてたぜ、前王様?」

  「……なるほど。儂を守ってくれたわけじゃな」

  フォルティスはお腹をぽんぽんと叩きながら、まるで街でいい店を見つけた。とでも言うようなテンションでそう告げ、ラムリスは呆れ混じりにそう返した。

  フォルティスが、ラムリスの為にと戦った訳ではないと理解しての言葉だ。

  社交辞令、という言葉が似合う温度でラムリスはフォルティスに背を向けて、棚に手を伸ばす。

  「まずは簡単に治療でも……っお……?」

  だが、その手が薬棚に届くよりも先に、フォルティスの手がラムリスのズボンの膨らみを掴んでいた。乱雑に指を開閉する力具合にラムリスは動きを止める。そんなラムリスの背に、腹とその膨らんだ腹よりも張り出た狼欲を押し付けた。

  「ん、ぅ……これ、フォルティス……」

  「あんだよ、アンタも色気出してんじゃねえか」

  フォルティスが屹立を扱けば、ズボンの内側から染みが浮き出してくる。

  ラムリスの鼻孔が狼の血と汗と雄の匂いで満たされていく。本来であれば嫌気を齎す様な匂いであるはずが、ラムリスはその豊満な胸を鷲掴みにされながら恍惚の声を漏らしてすらいた。

  「これだけ血の匂いさせてりゃ萎えてもいいのに、むしろ元気だな」

  「ん、むぁ……っ」

  「このままぐちょぐちょに犯されたいんだろ、変態の前王様?」

  「ちが、……ぁ……ッ」

  ぐりぐりと狼の屹立が獅子の尻に押し付けられる。老獅子は首を振るが、その尾はそのまま寝巻きを突き破って欲しいと誘うようにして、その木の根と見紛うほどの剛茎に絡みついてくる。

  言葉ばかりの否定。違うと言いながらも、犯してほしいと如実に伝えてくる淫らな老獅子にグリと漲る先端を更に押し付けた。

  「こっちの治療を先に頼むぜ、センセイ様よ」

  「……仕方がないのう」

  狼がそう言えば、獅子は振り返って悪戯気のある笑みを浮かべてそう返していた。

  

  ●

  「全く、お主は……」

  「飢えた狼に『待て』が出来るわけねえだろ?」

  「その腹でよく飢えた、だの言ってのけるもんじゃな」

  ラムリスはフォルティスが遠慮もなくベッドに仰向けになったのを見て嘆息する。至る所の傷から血が滲み、シーツに赤が散っていく。ここまで負傷している狼を見るのは初めてではあったが、意識もはっきりしているようで改めてそのタフさを思い知る。

  「汚れるじゃろうに」

  「屋根の上にでも上がってヤるか?」

  「コロコロと転がり落ちる未来しかみえんのう」

  フォルティスの今の体型を見ると斜面には滅法弱そうな印象しか受けない。それに抱きかかえられるなどと考えてしまえば、そのままバランスを崩す展望以外が出来なかった。

  そんな想像をするラムリスが服を脱いでいく様を、ベッドの上で寝転ぶフォルティスは肘を立てて眺めていた。大抵、犯す相手の服は千切って捨てるフォルティスにとっては、ランタンの灯りに照らされた脱衣姿というのは些か珍しく感じるものだった。

  簡素な寝巻きだが、上着を脱げば柔らかな脂肪が詰まった胸と腹が現れる。

  「……なにやってんだ?」

  「うるさいわ」

  フォルティス程ではないにせよ、雄としては十分誇れる大きさの杭が引っかかってズボンを脱ぐのに難儀したラムリスが、羞じらいを見せる表情でベッドに上る。広いベッドだ。大柄な獣人二人が寝転んでも十分過ぎるスペースがあった。

  「いっ……」

  「痛み止めもあったんじゃがなあ」

  まるまると張り出た腹をさすりながら、そこに浮かぶ剣筋を撫でる。半日も経っていない傷、それも腕の立つ者による切り傷である事はすぐに分かった。生々しい痛みが走り表情を歪める狼に、獅子はからかったお返しだというようにあっけらかんと傷の放置を宣言した。

  「まあ、こっちが先と言うのならそうしてやろう」

  そして、その指はゆっくりと狼の下腹部へと伸ばされて。

  「相変わらずふてぶてしいの」

  「っ……悪いかよ」

  老獅子の指先は、脈の這った一抱えほどもある様な漲りに触れた。張り詰めた硬い皮。赤く滾るその色は消えることのない炎のように熱を発している。

  「はあ……っ、」

  そびえる巨根を撫でる手付きにゾクゾクとした快感が走る。腹の奥で食った物がぐるぐると渦巻いているように熱を発し始める。老獅子の両手が包むように太い茎を扱き上げる、と同時に狼の口から吐息が漏れ始めていく。

  「ん、ぅ……はあ、ああ……イぃ、ぜ……」

  「これだけ目立つモノ、切り落とされず良かったのう」

  先端に丸まり始める粘液をざらついた舌で絡め取る。狼の欲を示すように次から次へと枯れを知らないといった様に溢れ出てくる液体を残らず喉に流しながら言う獅子の言葉に、狼は失笑を禁じ得なかった。

  「ん、ぐ……は、良かったのは……アンタの方、じゃねえのか?」

  先走りを美味そうに舐め取る獅子。淫乱な元王様は雄の漲りを舐めながら、物欲しげに腰を揺らしている。狼からは自

  分の腹で見えずとも、その老獅子が自分の肉棒を慰めているのは聞こえる水音で疑いようもない。明らかに、狼の逸物に対して欲情を催しているのはこの老獅子に他ならないだろう。

  ぴちゃぴちゃ、と舌が立てる音の傍で、ぬち、ぬちゅと別の音が重なっている。

  「んむ……っ、ぅ……ぁ?」

  そのうち溶けるのではないかと危惧してしまいそうな程熱心に舌を這わせる獅子の腹を足で小突くようにして、狼は獅子に口を離させた。口での奉仕もいいが、狼としては蟠る痛みを拭い去るような快感が欲しい。その為の道具があるのならそれを躊躇う必要もないだろう。

  「跨れ」

  と狼は、その獣欲を握ると老獅子に指示を出す。

  「怪我人だぜ。激しい運動は避けるってのが常識だろうが?」

  「……お主から言っておいて、全く」

  老獅子は文句を言いながらも、その実まんざらではないような声色で立ち上がった。そのまま膨らんだ腹に跨るように、その漲りの上へと腰を下ろしていく。

  既に十分解されたその後孔は狼の巨根によって限界まで拡げられながら、それでも、その巨大な杭を受け入れていく。

  「ぉお、ッオ……づ、おお……ッ!」

  雄らしい野太い喘ぎ声が老獅子の口から溢れ出ている。

  その唾液で濡れた結合部にその声が響いて、重なった熱を更に昂ぶらせていくようだった。蕩ける蜜肉を貫いて奥へと沈んでいく快感が、狼の体を包む。

  肉を押しのけるように犯しているこの感覚が堪らない。快感が喉元から溢れでるように唸り声に似た嬌声を漏らす。

  「はあ……っ、あ……ぁあ、ッ、い……っ!?」

  そんな狼へと老獅子は指を伸ばしていた。処置も疎かな傷跡を掠めるようにして手が撫でる。

  その瞬間、屹立がびくり、と腹の中で震えるのを老獅子は確かに感じていた。萎えていくのではない、強い快感を感じた時と同じ様な反応。これを強くすれば、さしもの狼とて萎えを覚えるのかもしれないが、この程度の刺激ならば寧ろ狼の淫欲を昂ぶらせるらしい。

  獅子は、血の滲む包帯をなぞりながら、期待に膨らみきった雄が揺れる腰をゆっくりと下ろしていく。熟れた肉の中で、熱した鉄のような漲りがビクビクと震えて老獅子の内壁を蹂躙する。びりびりと痺れる痛みは快感と混ざり合って、獅子は思わず顎を天へと向けるように仰け反り「う、ぉ……おおっ、ぉ……っ」と耽溺の声を漏らしていた。

  「はあ、っ……入った、ぞ――ォッ!?」

  作り物である張り型ですら滅多にないだろう程の大きさをすべて飲み込んだ蕩ける淫孔。そこから与えられる鋭い快感に荒く息を荒げる老獅子は、突如として真下から突き上げられる衝撃に、あられもない声を漏らして跳ねた。

  「生傷触っておいて、何もされねえと思ったか?」

  「んう、ぐッ! おご、あ……ッ、や、ダメじゃ……ッ」

  狼が真下からその腰を突いていた。より深く、より奥へと突き立った勢いで老獅子の体が浮いては落ちる。その浮遊程度で抜けるような大きさではない肉棒が、その落下に合わせて繋がったままに獅子の丸い腹の中心を貫いては、その老雄の先端からびゅくびゅくと透明な迸りが散っては狼の体を汚していく。

  バジュン、バチュン! とベッドが壊れるかと言うような軋みと共に肉を叩く音が反響する。

  狼の風船のようになった腹に手を突いてどうにかバランスを保つ老獅子。ただ何かを堪えるようにその繰り返されるバウンドの中で、彼は懇願するように涙と涎を零していた。

  「なにがダメなんだ。言ってみろよ!」

  「ああッ、今、……っ、も……ッぐ、う、イ……、イぐ、イってしま……ッ、ぁあッ!」

  何度も、何度も体内を抉られた老獅子の触れてすらいないその漲りが、勢いよく白濁を放出した。

  「ぉお……ッ、お……ぁっ」

  ビュル、ッ!! とカンテラの灯りの中、狼の顔にまで跳ね跳んだ雄汁。狼はその迸りを舐め取りながら、今も狼の腹に粘液を噴き掛ける獅子を見下ろした。

  舌を垂らし、まるで酒に酔ったように顔を赤く染めては放心したような目で狼を見つめている。一人満足したような表情を浮かべるその老獅子は。

  「ぅぐ、う……ッむぐ……!?」

  気付けば、ベッドと狼の間に押し潰されていた。

  「何一人楽しんでんだよ、なあ?」

  盛大に射精したばかりの老獅子の体を、パンパンに膨らんだ腹で抑え込む。老いたとは言え体格のいい老獅子とともに軽々と反転せしめた狼の膂力に驚く暇もない。いつも以上に跳ね上がった体重で俯せにされた老獅子の体は圧迫されている。みしみしと骨が軋み上げ、内臓が押しつぶされる。僅かに許された呼吸すら十分ではなく。

  「ぉ、……っ、ぅッ!?」

  それでも狼は容赦なく、老獅子の孔に熱欲を打ち込んだ。ぐ、ちゅん! バ、チュン! と繰り返される激しい殴打音。それに耳すら侵されているような感覚を覚えながら、老獅子は空気を求めてシーツへと顔を埋めこむ。

  「ぉオ、おッ! ぐお、ぉあ……ッ、あッ、づうッ!」

  狼の、血と性の匂い。

  柔らかいベッドが突き破られてしまいそうな圧迫感。苦しい。それでもこの狼が獅子の体を案じて穿孔を止めることなどないと知っていた。他の雄とではこうはいかない。特に。獅子の立場を知るものであれば絶対に。

  「どうせ汚れたシーツだ。好きに汚せよ、マゾ獅子」

  それでこの高貴な身分である獅子が悦ぶ事を熟知している。

  「ぅお、オッ……ッ、ぁあッ!!」

  柔らかな肉を捲りあげるような乱暴さで、狼の巨根が中を侵して、引き抜かれる。その痛いほどの熱を逃さないようにとキツく壁が収縮すれば、それを無理矢理にこじ開けるようにして狼が中へと刳り込んでくる。

  その度に、精液とも先走りとも、それ以外とも知れぬ液体が狼の体重が乗った獅子自身とベッドに潰される雄の象徴であるそこから漏れ出してはシーツに染み込んでいくのを狼も見抜いていた。

  「ぁあッ……もっど、……ナガを、ッ」

  「ッ、……じゃあ、滑り、……よくしとかねえと、な……ッ!」

  ベッドが悲鳴を上げる。ズン、と一際強く獅子の中へと突き挿れられた獣茎から、火傷するような熱さの液体が腹を侵していく。

  「ぁ、はあ……っ」

  熱い精液が獅子を孕ませようと体内に次々と放出されていく。内側の襞に白濁の迸りが食らいついていく。充満されていく。そんな量を吐き出しながらも、それでも獅子の中にある滾りは縮まる事すらしていなかった。

  「滑り良くなったなあ?」

  「……ァッ……ぁ」

  腹が満ちているからか。それとも、ただ昂ぶっているのか。

  いつも以上の絶倫を以て、狼が老獅子の腹を埋め尽くしていく。押しつぶされた獅子はただ藻掻くばかりで、強烈な悦楽に狼を喜ばせるくぐもった声を吐き出すことしか出来ない。

  数度白濁を吐き出されたその孔からは、狼が腰を揺らす度に中出しされた子種が押し出されてびゅくびゅくと飛び散っていく。まるで壊れても替えの効く性処理道具のように、何度も腰を打ち付けてはその度によがり震える獅子を叱咤する

  ように、更に奥へと種を吐き出していく。

  「ん、ぐ、腹……がっ、ぁあ……!」

  「零さねえよう、締めろよ。なあ、まだまだ、ブチ込んで……やる、からよおっ!」

  それでもまだ狼は満たされず、老獅子はひたすらに犯される。一方的な、しかしそれでも相互的な快楽に老獅子は狼の言葉に応えていく。

  肉をかき混ぜる音。

  狼を煽る声。獅子をなじる声。

  互いの精液が厚手のシーツに染み渡るまで、二匹の獣は淫欲を貪り続けていく。

  

  ●

  薬の匂い。血の匂い。傷の匂い。雄の匂い。

  医療キャンプはその匂いが入り交じる空間だった。まだ戦争が続いていた頃、王位につく以前の獅子は前線ではなくこの戦場へと身を寄せていた。

  薬学の知識を持って兵たちを支える。

  彼らが回復出来るように、この戦争の後でも生きていけるように。その為に更に知識を付けた。言葉を駆使した。時にはその体で満たされぬ欲を慰め。

  その中で獅子は敵も味方もなく助けた。国のためと送り出すため、もしくは戦意を削ぐため。そういった思惑はあれど、その行為は周囲に称賛と尊敬の念を抱かせていった。

  我が国は隣国同士の闘いに巻き込まれた形の戦争参入だった。厄介極まりないその戦争の後処理を父から託されたのは、恐らくその手管を買われてなのだろうと、その時から思っている。

  戦場は変わり、血の流れぬ会議場。武器は言葉となった。

  それでも、血の匂いは脳裏に残っている。

  だからだろう。そんな夢を見たのは。

  あの後、フォルティスに治療を施した後、流石に披露があったらしく記憶が曖昧だ。一頻り、戯れめいた口喧嘩の後に、汚れたシーツを処分してこいと押し付けたのは覚えている。見回して、室内に放置されていない所を見るに持っていったのだろう。

  数合わせの言い訳を頭で思考しながら、ラムリスは汚れた自分の姿を改めた。夜警に見つからない様に研究室へ行って湯を浴びておきたい。とはいえ、王城暮らしの時から頻繁に抜け出していた経験があるので心配する所はそこではない。

  「ん、う」

  いつもより膨らんだ下腹部の中身が溢れないように栓をつける。もはや慣れた動作だが、毎度滑稽さに上気してしまうのは如何ともし難い。膣に放ったのなら確実に現王の兄弟を作ってしまうような量の子種を吐き出したにも関わらず、反応を始めてしまうどうしようもない雄の性を下着に押し込めながらラムリスはそっと部屋を抜け出していった。

  

  ●

  「生地は良いモンなんだよなあ」

  と、フォルティスは、聖夜に幸運の贈り物を授けるとかいう眉唾ものの伝承に出てくる老人のように丸めたシーツを担ぎながら、その処遇を決めかねていた。

  流石に王城の専物ではないらしいが、適当に流してしまえば足が着く代物だ。流石にフォルティスとしても流し先の候補はあるが、だとしてもどこの誰とも知らない血と精液がこびりついたシーツを流せば、値引きに値引きを重ねられてはした金にもならないだろう。

  「……なんだかんだ、上手いこと使われてる気もしやがるな」

  フォルティスは薄々気づきながらも、それを叛逆してやろうとは思わなかった。

  風。柔らかな包帯。空腹感。

  あの老獅子がフォルティスの雄茎を求める表情は紛れもなく本物の感情で、狼の飢えをいい具合に刺激してくれる香辛料でもある。まだまだ、飽きない。

  もうすぐ夜が明ける。

  大きく欠伸をした。あの傭兵団の襲撃に自分をぶつけたのか。フォルティスはそんな根拠のない考えをすぐに放棄して。

  「どっかで一眠りするか」

  いつも通りに収まった腹をぽんぽんと叩いた。