11話 イチと精神病院(9) よせあつめ外伝20

  そもそものはじまりは、魔王大戦から帰還したガークの幼子が行害者だとわかった事からである。

  戦場で受けた傷でガークは不具の身体になってしまったため新しく子供を作る事もできず、母親のヘイジーは絶望し息子であるザルツキーを見放した。

  連邦を見れば行害者の扱いは非人の扱いそのものである。野山に捨てられる者もいるほどであった。

  群狼隊の衛生兵としての経験を活かし小さな診療所を営んでいたガークは決意する。

  ある日、ビジネットの冒険者ギルドに向かい、行害者を社会に適応させる為の養護施設の事業計画を提案した。

  ビジネットは都市の特徴として経済活動に重きを置いている。

  全てが思い描いた通りにはならなかったが、曲がりなりにもヅィーコプカイン精神病院は冒険者ギルドとの共同出資で建てられることになった。

  「連中は、金しか見ていなかったがね」

  ガークは自嘲気味に歪めた顔をイチに見せた。

  イチは黙ってガークの話を聞くしかできない。確かにビジネットの冒険者ギルドが利益追求に走りすぎているような噂は聞いたことがある。

  当初、病院の経営は順調だったとガークは語る。

  あるものは子供の安息を願い、あるものは金で厄介者を手放せる事に喜び行害者の息子を送り出した。

  ハーフエルフの看護婦を中心に雇用を進めたのも吉と出る。

  彼女らは低賃金であっても生活の安定に満足し献身的に働いてくれた。

  ガーク自身の収入はごく僅かであったが、ガークは満足していた。

  少しでも行害者をもつ家庭の助けになれればそれで良かった。

  しかし病院の運営にも影が差し始める。

  患者の入院費を渋り、滞納する家庭が出始めた。

  最初は入院患者の中でも少数であった。

  しかしガークは慈愛で入院費を滞納している行害者も見捨てることはしなかった。

  それが、マズかった。

  「家族にも連邦にも見捨てられた行害者がどうなる? 垂れ死ねと言うのかね?」

  イチは何も答えられない。気が付けば夜霧がガークの顔を濡らしていた。

  一度滞納した家庭がきちんと入院費を払うことは少なく、しかし新たに入院を希望する行害者家庭も後から出てくる。

  ガークは現状に危機を感じ、共同出資者のであるビジネット冒険者支部に融資を相談をしたが、ギルドの返答は冷徹なものであった。

  つまり、入院費を払えぬ行害者については見放すべき、と。

  しかしガークはそれをしなかった・

  場しのぎ的ではあるが入院費を払えぬ行害者を北棟の閉鎖病棟に隔離することにした。

  「一度、隔離した行害者のケアを進み出てくれた看護婦が患者に襲われた。彼女には悪いことをしたよ」

  結局、北棟に収容した患者はガークとザルツキー、そして魔王大戦以来の戦友であった守衛の男ででき得る限りのケアをすることにした。

  しかしひとり、またひとりと入院費の払えぬ患者が増え、いつしか閉鎖病棟の個室は埋まってしまった。

  あぶれた行害者を3階より上に隔離し、今度こそ食事の世話くらいしかできなくなってしまう。

  気が付いた時には絶望的な状況が生まれていた。

  そこらに飛び散る残飯や汚物は石灰を巻いて消臭と消毒を間に合わせた。暴れる行害者には手錠をかけ行動の自由を制限した。当然、その過酷な環境で死ぬ者も出始めた。

  こうしてヅィーコプカイン精神病院は決して浮かび上がれぬ泥土の中に沈み込んでいったのである。

  「____なぜ他の都市の冒険者ギルドに相談しなかった!? あなたがその考えに至らなかったのか!?」

  イチの声が夜霧を震わせる。

  「他の都市に相談して、どうするんだ?」

  ガークの声は低く、静かだ。

  しかしその響きには一切の揺るぎを感じさせない。

  「誰が強度の行害者の面倒を見るのだ?」

  一歩、ガークが足を前に出した。

  「連邦が見るのか? 市民が見るのか?」

  ガークはまた一歩イチに近づく。

  ガークの意識は握った拳銃にない。

  ただイチを正面から見据えていた。

  「あんたが面倒を見れるのか?」

  イチは何も答えられない。今の彼女にはガークの問いに何かを答えられるだけの知恵も覚悟もない。

  背後に下がれば落ちる。

  正面には見捨てられた行害者たちの業を背負った男。

  18かそこらの少女が対峙できる相手ではなかった。

  「どうなんだ冒険者!? 冒険者が面倒を見るのか!? どうなんだ…………、どうなんだ!?」

  「でき…………ない」

  叱られた子供が泣くような小さな声をイチは漏らした。

  それはイチにとって負けを認めることと同じである。

  しかし筆者はこのイチの態度を弱さだとは思わない。

  「見れないだろう」

  イチの声を聞いたガークはにわかに穏やかな声を出し笑ったかと思えば、右手の護身拳銃をイチに投げて返した。

  イチがほとんど癖で反射的に薬室に弾丸がこめられているか確認するとはじめから銃弾は込められていなかった。

  「自分の都市に帰りなさい。そこでありのままを報告するといい。それで何かが変わるなら、ね」

  「……………わかった」

  雲夜の刹那、月明かりが差しガークとイチの顔を照らす。

  気が付けば結果的にだが、イチは依頼を達成していた。

  イチは冒険者の義務として、今日ヅィーコプカイン精神病院で目にした全てを報告書にして依頼主に提出しなければならない。

  自分がこの極限的な状況に対してなにができるかわからない。

  それでも現状を知ったものの責務として良い未来に繋がるようにしなければ。

  そう考えていた。

  そして皮肉なことにそれは神経の緩みへと繋がった。

  イチがガークの背後に現れた影に気が付くのが一瞬遅れてしまう。

  ヤルマンであった。