「潜入調査____か?」
連邦歴19年9月15日水の日。
イチは新しく受けた依頼のブリーフィングの為、冒険者ギルド某支部の会議室に呼ばれていた。
珍しい事だが、支部長ノーム直々のブリーフィングである。
「そうなるかな」
ノームは重厚感のある机の上に広げられた資料に目を落としながらどこか気のない返事をした。
資料のひとつは病棟の見取り図、他の資料には院長や病院の詳細に関する情報などが記されていた。
____こういう依頼は、エルビアニカのほうが向いているんだがな。
イチは腕を組んだまま難しい表情を浮かべてノームを見た。
だいたい1年前に支部長代理であるリャン・ハックマンが罷免されたため、病気療養中であったノーム・ユノウが支部長として復帰したのだが、イチはノームについてあまり良い噂を聞いていない。
ノームは40手前の男だが、イチの目から見てどうもだらしなく見える。それは恐らく丸く太った見た目のためかもしれない。
このノームについては本来なら部下であるはずのリャンを恐れて仮病を使い療養していたのではないかという噂もある。
(もっともあんな人物が部下にいたら病気になるのもわかるのでなんとも言えないが)
現場の人間ではない、というのがイチをはじめ冒険者大多数の評価である。
「支部長。施設に関してや、ガーク院長についての説明を」
ノームの隣で補佐として立っている副支部長のモーリン・アッテナが先を促した。
既に本小説に何度か登場しているこの桃色の髪の女は、リャンが形だけの支部長代理の役職についていた際、実務の殆どを回していた女であり、元大烏階級の冒険者であり、イチからも信頼されている。
「ああ」
ノームの言動はどこかもたついているように見えた。
____なんだかしまらないなあ。
ノーム直々のブリーフィングをはじめて受けたイチは頼りなさを感じ無意識に「ううむ」と唸った。
ともあれ、ノームは今回の依頼について語り出す。
「今回の目的は、ヅィーコプカイン医院の不正の証拠を見つけだす事だ」
依頼の舞台となるヅィーコプカイン精神病院はバルティゴ連邦内の都市ビジネット北東に院長であるガークと冒険者ギルドビジネット支部の共同出資で建てられた病院であると言う。
ヅィーコプカイン医院は精神や知能の問題で有害な行動を制御できない患者……いわゆる行害者を療養させるための病院であるとのことだが、入院患者が不慮の死を遂げたとの報告が続いているらしい。
____ビジネットの依頼を、わざわざこっちでか?
イチは不審を感じた。
都市をまたいだ依頼は稀にあるが、依頼者がわざわざ別の都市の冒険者ギルドを尋ねるような依頼にはなにかしら裏があることが多い。
「依頼主はビジネットの工場経営者であるジップ。行害者の息子を入院させてしばらく経っているらしい」
ノームによると、なぜビジネットの冒険者ギルドを頼らないかの理由については、ビジネットの冒険者ギルドは何故か依頼の受諾に難色を示しているらしく、どうやらヅィーコプカイン病院になにかしらの忖度があると見えた。
「ヅィーコプカイン医院はビジネットの冒険者ギルドと院長ガークの共同出資だ。何かしらの利権が裏にあっても不思議ではないでしょう」
モーリンがノームの説明に付け足す。
イチは金銭的な事情に疎いのでイメージは掴めなかったが、ビジネットの冒険者ギルドを頼れない理由については納得した。
「その息子の情報は?」
「これだ」
ノームはまた新たな資料をイチに渡した。
「息子の名はヤルマン。重度の行害者だから、コミュニケーションをとるのは難しい。君にはこのヤルマンの従妹に偽装し、病院内を調査してほしい」
「従姉妹に?」
「そうだ」とノームは頷いてみせる。
「ガーク院長はヤルマンとジップの親族について詳しくは知らない。しかもヤルマンは行害者で上手く会話が成り立たない。親族をよそおって院内を調査するのはできるのではないか?」
ノームの言葉には一定の説得力があるかもしれない。
なるほど、重度行害者なら仮にまったく見ず知らずの少女が従姉妹を偽っていても健常者とはコミュニケーションの仕方が異なるので嘘がバレにくいだろうという理屈だ。
しかし副支部長のモーリンとイチは浮かない顔をしている。
そんなに都合よく行くものだろうか?
どうも、思い付きだけの話に思えてしかたない。
「こういう依頼は、エルビアニカに回したほうが良いと思うんだが」
「エルビアニカ・サーカッチか? 無論、彼女がいたら彼女に頼んでいた」
しかしそのエルビアニカは別の依頼を受けており身体が空いていないらしい。
彼女は狼階級だが、調査依頼の類に関しては頭ひとつ抜けている。
戦闘においてはそこそこでしかないが、調査能力だけなら大烏階級にいても不思議はない。
「依頼人のジップから急を要されているのだ。確かに、君に潜入調査の実績はあまりない。しかし、万が一に素性がバレたとして、君なら難なく対処できるだろう? リャン・ハックマンの従者だった君なら」
そう言われてイチは複雑な気持ちになった。
リャンの存在はイチにとって重い。
しかし目の前のノームという男はそのリャン・ハックマンを煙たがっていたのではないか?
「後は副支部長と詰めてくれ。わたしはまだ執務が残っているのでね」
そう言って会議室を後にしたノームにイチは不快を感じた。
まだこちらが依頼を受諾する前から承認したものと決め込んでいる。
「あいつは、どうなんだ?」
ノームが会議室を後にするとイチは小声でモーリンに聞いた。
尋ねているのはノームの支部長としての素質……、というよりもこの支部の冒険者たちの上に立つ者としての資質である。
「あの方は、役人なんですよ」
モーリンはそう言って苦笑した後に、
「実際、リャンが支部長代理をしていた時より業務は円滑になりました」
しかしながらモーリンはリャン支部長代理時代に業務が滞っていたのは何もリャンだけのせいでないのは知っているが。
「依頼について、どうします? 冒険者の権利として、仲介された依頼を断ることもできるのはご存知でしょうが」
「やるよ」
苦い表情を浮かべながらもイチは答えた。
依頼の背景やイチが選ばれた理由に全て納得しているわけではないが、事前に確認した報酬は悪くないし、この時期のイチはひとつの通過点として大烏のバッチを手に入れる為、精力的に難しい依頼に挑戦していた。
「結構です。それじゃあ、もっと計画を詰めましょうか。と言っても、私が今回の資料を用意していないので、情報の精度は鵜呑みにしないでくださいね」
そう言ってモーリンは苦笑する。
つられてイチも苦笑した。