第10話 水責め拷問・ウォーターボーディング 虜囚イチ救出作戦 4

  リャン・ハックマン。

  既に本小説に何度か登場したが、彼女こそ記憶を失い一糸まとわぬ姿で荒野を這っていたイチを見つけ保護し、冒険者として育て上げた張本人である。

  魔王大戦時、勇者が率いる魔王討伐隊のひとりとして参加、冒険者の最高位である髑髏のバッチを授かったうちのひとりである。

  リャン・ハックマンについての逸話はキリがない。

  例えば、現代の長距離狙撃の礎を築いた始祖はリャンであると言われている。

  白兵戦においても彼女の右に並ぶ者は少なく、また小規模戦闘の天才であり彼女が立案し指揮した戦闘で敗北した事は一度しかないとされている。

  単身で十大魔術師のひとりを討伐した稀有な人間であり、その性格は酷く歪んでおりギリギリで人格破綻者だという評価を受けている。

  ついた通り名が『破天のリャン』。

  何から何まで規格外の人物であった。

  そのリャンが動き始めた少し後、イチは想像を絶する苦しみを味わっていた。

  ◆

  尋問室の中央には奇妙な寝台が設置されていた。

  その寝台にマットはなく、片側の脚が高く作られており不自然な傾斜が作られている。

  その寝台の上では逆さに磔された少女が苦しみ身もだえていた。

  「ごぼっ____! おごっ! がっ! ぐおぶっ____!!」

  少女は殆ど下着姿で仰向けに寝台に拘束されており、手首と足首を革のベルトで寝台に拘束されている。

  胴体だけは拘束がないため、少女の腹は苦しみからくる生理的反射で陸に打ち上げられた魚のように上下にビクビクと激しく跳ねている。

  「________げはっ! びゅッ____、ぎゅっ____、はぁ! はぁ! はぁ! うあああぁぁぁ…………」

  「どうだ? 何か話す事はないか?」

  仕置き人が少女の顔にかぶせられた濡れた白布を取ってやると、苦痛と涙で酷い顔になったイチの顔が現れた。

  イチは尋問官の質問に瞳孔が開いた目で首を横に振るしかできなかった。

  「もう一度だ」

  「やめ____がぼっ____ごぼっ、ぼッ、がっ、ぶぉっ____!!」

  尋問官の指示で仕置き人がイチの顔に再び白布をかけるとバケツで水を注いだ。

  これはウォーターボーディングという尋問で、仰向けに張り付けた犠牲者の顔に布を被せ、水を注ぐ。

  文章にすると単純で、その辛さのほどはイメージできないかもしれないがこれをされた者は疑似的に溺死するような苦しみを味わう事になり肉体的にも精神的に追い詰められる。

  もし今これを読んでいる読者の方が自室にいるのならば紙でも布でもよいので湿らせて顔を覆ってみてみればわかる。

  呼吸そのものは出来ているはずなのにどれだけ息を吸っても吐いてもままならず、溺れているような感覚に陥る。

  しかもイチは身体を拘束されている状態でそれを受けているのだ。まるで水中に無限に沈んでいるような苦しみを感じているはずである。

  「外してやれ」

  尋問官が命じると再び仕置き人がイチの顔から布を取った。

  「ごはっ! はひゅっ……………………はっ! はっ! がはっ! ____、はっ、……………………けはっっ!!」

  イチは呼吸が一瞬自由になってもまるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのように咳き込み喘いだ。

  既に重大なパニックに陥っており、開いた目がどこを見るわけでもなくグルグルと回っている。

  

  「どうだ。気が変わったか?」

  「や、…………がはっ、ごほっ、もっ! もうやめて………」

  呼吸困難と死の恐怖を味わうパニックの為にほとんど尋問官の言葉が理解できず、震える唇で懇願しようとしたイチだったが、

  「やれ」

  「やめてく……………むがっ、やめぇ、____、がばっ! ぶっ、や”っ、____ぶぶっ、う”ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

  更に仕置き人は同じ責めを開始した。

  リアルすぎる死の縁と全身を絞り潰すような苦しみによって、拘束されていないイチの腹と尻がまるで酸素を失った魚のように激しく跳ねる。

  縦に線の入った腹筋は収縮し、背中は弓なりになっては戻るを繰り返し、その度に寝台に小ぶりな尻が打ち付けられてびちゃびちゃと寝台の水を跳ねさせている。

  軍医はそんなイチの状態を冷徹に観察していた。

  苦しみにビタンビタンとのたうち回っていたいちの身体が徐々に力を失っていき、腹や尻、太ももの痙攣は段々小刻みになりつつあり、身体全体がだんだん白っぽくなり始めている。生命の限界が近い合図だった。

  軍医は軽く尋問官の肩を叩き「ここまでだ」と目で伝えた。ウォーターボーディングは身体に致命的な損傷を与えない尋問ではあるが、それでもやり過ぎれば生命そのものが失われる。

  それは本意ではないのだが、軍人たちも焦っていた。

  なにしろ無実の少女にここまでやってしまったのだ。勘違いで済む話ではない。恐らく今死にかけている金髪の少女は無実なのだろうが、そうだとしても罪を認めさせなければ立場がない。

  「取ってやれ」

  尋問官の命令に仕置き人は額に汗を滲ませながらしたがった。

  「ぐぶっ________ぶっ、ごふ、ぶふっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ________はっ」

  布をはぎ取るとイチは何か粘液を吐き出し断末魔のような表情で殆ど無理に浅い呼吸を繰り返した。すっかり呼吸の為の神経が狂ってしまったのだろう。

  「何か言う事はあるか?」

  尋問官はイチに聞いた。

  内心、動揺している。

  このやり取りを何度繰り返しただろうか? かつてこれほど限界まで責めを加えて首を縦に振らなかった者は男女を問わずいない。なぜこの冒険者の少女がここまで粘っているのか理解できないでいる。

  「………………えっ?」

  尋問官の質問にイチは生気のない声で答えた。

  それは単に完全に神経を衰弱させていて、声を言語として認識していなかっただけなのだが、その態度が尋問官にギリギリの賭けに出る決心をつけさせた。

  「……もう一度だ」

  「もう一度」、その尋問官の声はイチの精神の奥底で致命的な恐怖として刻まれていたのだろう。イチは途端に顔を引き攣らせ叫んだ。

  「や、ひ、いやああああああああああああああああ________おぶっ、おぼぼぼっ、ぶっ、ぶっ、…………ぷっ、…………、ぶ……………………」

  3人の軍人はイチがもぞもぞと苦しみに身体をよじる姿を固唾を飲んで見守った。

  どうにかして息を得ようと水分を含んだ白布を吸う「ぢゅっ、ぶっ、ぢゅっ」という音が弱くなるに従い、イチの身体はまるで芯を抜かれたかのように弛緩して動かなくなった。

  「外せ!」

  仕置き人が布を外してやるとイチは寸での所で息を吹き返し、激しく咳き込んだ後に「ひゅーひゅー」「ぜぇぜぇ」と荒い呼吸を繰り返した。顔面は蒼白になり、目の焦点は合っていない。一度大きく咳をすると、一瞬身体がブルっと大きく震える。

  事実、一瞬イチは死んだ。

  厳密には死んだように錯覚しただけなのだが、一度死んだ事のある者以外、それはまぎれもなく死だった。

  死の淵から戻って来たイチの瞳の先に、尋問官がいる。

  尋問官はしばらくイチの表情を見つめると、意を決したように口を開いた。

  「…………もう一度だ」

  その言葉がついにイチの精神を完璧に圧し折った。

  「ひっ____! や、………………………………やった、かも」

  軍人はみなその言葉に色めき立った。

  尋問官はイチを信頼した。イチの生命力を信頼した。

  その信頼が自白という形で返ってきたのである。

  その自白は、勿論限界まで責められたイチが判断能力と心身の均衡を完全に失し、ほとんど無意識に出て来た言葉ではあったのだけれど。

  「やったんだな? お前が、列車を奪い基地に突入させた。間違いないな」

  尋問官の言葉は既にイチに届いておらず、イチは何か「ああ」だの「うう」だのうわ言を口にすると股間からびちゃびちゃと失禁し意識を失った。

  尋問の為の磔台の上には両手足を拘束され大の字のまま意識を失い、吐き出した粘液で顔をドロドロにし下着を汚した少女の姿がある。

  不屈の冒険者イチは囚われて5日目にして遂に尋問に屈してしまったのである。