その後の事も書かねばなるまい。
ダンジョンスクイの洞窟から単身脱出したイチは過労の為に気を失いその場にいた治療魔法使いにその場で保護された。
目立った外傷はなく、多少の打撲や内出血などはあったが少し休んだだけで意識を取り戻した。
彼女はダンジョンスクイの女王と戦い、辛うじて勝利を収めたのである。
辛うじて勝ったものの、体力と精神力を消耗した彼女には僅かな銃弾と1発の煙幕弾、ナイフくらいのものしか残されていなかった。
その後、イチは身体に受けた妙な毒に何度も気力を挫かれそうになりながら地面を這った。
女王を撃退したとは言え、まだダンジョンスクイの中には兵隊が残っており、しかも洞窟の最奥まで引きずり込まれてしまった為に例の特殊な背面匍匐で進んだとて日の出までに洞窟を出られるかは怪しかった。
しかしそれでもイチは進んだ。
気力だけで身体を動かしていたのだろう。その証拠にイチはどうやって洞窟から脱出したか、まるで覚えていなかったようだ。
次にアニス達であるが、彼の父ダディスは多量の血を流しながらも命に別状はなく、治癒魔法使いの助けもあってその後すぐ回復した。
また末娘のスエッタは狩りの練習相手として暗闇の中触手に嬲られてしまい酷い恐怖を味わったが、比較的早く救出されたので心に致命的な傷を残す事はなく、最後は助けてくれたイチに笑顔さえ見せた。
アニスの妹のシスタも不安に押しつぶされそうな中必死に耐え、無事に家族全員揃った事に安堵した。
そしてアニスは今回の冒険で己の無知と無力を思い知った。
そして初めて自分より少し年上の女性に憧れを持ち、それは恐らく彼の遅い初恋になった。
「イチさん。本当にありがとうございました。僕、大きくなったらイチさんみたいな立派な冒険者になります! 必ず!」
別れ際にアニが口にした熱のこもった言葉に「そうか」、とイチは短く答えたという。
口下手な彼女だからそれ以上の事は言えなかっただろうが、内心確実にニヤニヤしていたことだろう。
ちなみに報酬額であるが、やはり今回イチが消耗した装備品の数々を考えると赤字になってしまった。
しかしながらダディスはその事を勿論承知していたので、「将来足りない分は必ず返す」と約束した。
それは単なる口約束でイチとしても軽く受け取ってはいたが、その報酬は未来に意外なタイミングでイチを助ける事になるがそれはまた別の物語。
冒険者ギルドから派遣された冒険者達は予定通りダンジョンスクイを駆除した。
とは言え多数の兵隊が既にイチに撃退されており、彼らは後始末をしたに過ぎなかった。
駆除部隊は洞窟の奥底、女王と幼体が巣にしていた場所で無数の動物の骨を見つけた。
その中には身元の知れない何者かの死骸もあり、人知れず捕らわれた者の無念がそこにはあった。
もはやどんな人生を送ってきたかもわからない誰かの骨は冒険者ギルドが管轄する墓地の、名もなき者たちの墓に葬られた。
ともかく、ダンジョンスクイの群れは完全に駆除されたのである。
イチはその後、スウィートバウムを拠点に冒険者としての活動を行うことになるのだが、今回名前が数度出てきたエルビアニカ・サーカッチらの冒険に同行し関係を含めていくことになる。
それはまた章を改めて語ることになるだろう。
バルティゴ都市国家連邦歴16年3月。この連邦が崩壊する12年前の事であった。
『触手なんて怖くない!・完』