第8話 朝焼けを背に受けて 触手なんて怖くない! 14

  夜明が近づいていた。

  ドラゴンズテイル丘陵地帯の東の空が白み始めている。

  月は夜の顔を無くし、星が眠ろうとしている。

  あとしばらくすれば日竜山脈の尾根から黄金に輝く恒星が、静かな闇を白く塗り替えてゆくだろう。

  僅かな静寂の時間が流れた後、居並ぶ冒険者達の影が、山の稜線から現れた陽の光を受けて背後に伸びる。

  その背後では不安そうなアニスとダディスが事態を見つめていた。

  アルバートの「皆さん、行ってください」という声を聞いたダディスはかぶりを振ってアニスの肩に手を置いた。

  アニスは涙をこぼしながら父に背中を慰められ、そこから離れるしかなかった。

  集められた冒険者たちはそれぞれが武器を手に、洞窟に潜る為の一歩を踏みだした。

  先に入った少女ごと洞窟の怪物を焼却するためである。

  しかし、

  「馬鹿な」

  背後で冒険者達がどよめく声を聞いてアニスは思わず背後を振り返った。

  ひとりの少女が洞窟から出てよろめく足取りで地上を歩いていた。

  山の頂きから差す朝日の光が瑠璃色のベレー帽を被った山吹色の髪をキラキラと照らしている。

  彼女はところどころ素肌を露出させ、何度も倒れそうになりながら、汚れた粘液にまみれたまま一歩一歩先を目指して歩く。

  途中、その場にいた治癒魔法使いが彼女の身を気遣って手を差し伸べたがそれを振り払い、少女は確かにアニスのほうを目指しながらよろよろと歩いていた。

  ふと、少女は何か思い出したようにショートパンツの中に入った何かを取り出す為に手を突っ込んだ。

  すると、ズルリ…………ビチャ、という粘着質な音を立てながら彼女の下半身を守るショートパンツの中から既にただの物体と化したヌルヌルとした黒光りする触手の切られた先端が出てきた。

  少女はしばしまだ神経の反射でビクビクと動くその触手の切れ端を不思議そうな顔で見た後、つまらなそうに適当な岩陰に投げ捨て、アニスに消耗しきった顔を向けてこう言った。

  「_____言っただろ。_____必ず戻るって」

  それだけ言い残すと不屈の冒険者、イチは体力の限界を迎えてその場に崩れて倒れるのであった。

  ◆

  その様子を遠くから見ていた者がいる。

  エルビアニカとその仲間たちである。

  彼女ら6人は自分たちの冒険を終え、偶然ではあるがこのドラゴンズテイル丘陵地帯に通りがかったのである。

  6人は全員が馬上からイチが洞窟から生還する姿を見ていた。

  「_____だ…………」

  ふと、パーティのまとめ役であるエルビアニカが思わず小さな言葉を漏らした。

  「何かおっしゃいましたか?」

  魔法使いのシーナがその小さな呟きに気が付き、エルビアニカに問うた。

  

  「_____冒険者だ。あの娘こそ、本物の冒険者だ」

  気を失ったまま冒険者ギルドの派遣した冒険者たちに抱き起こされるイチを見て、エルビアニカは魂が震えているような熱さの篭った瞳で他の言葉を口にはせずただただ見守っているのであった。

  こうして、イチは無事にアニスの家族を救出し依頼を達成したのである。