第6話 非合理的な反撃 丸吞みシーサペント大量発生事件14

  「無茶ですよイチさん!そんな身体で何する気ですか!?」

  ミュルガルデは無理矢理にでも起き上がろうとしたイチを抱きかかえ、壁際に再び寝かせようとした。その言葉に若干の苛立ちを感じる。なにしろ魔導機関にエネルギーを込めて少しでも速力を確保しなければならないのだ。それに、メイメイの様子も気掛かりだった。負傷して動けないイチに構っている時間はない。

  「すまない、悪いが壁際にもたれさせてくれ。私の話を聞きながら、作業を続けてくれていい」

  しかしながらイチの声に怜悧な決意を感じ、ひとまずイチの言われた通りに彼女を壁にもれるように座らせるとキャビン中央にある魔導装置に魔力を込め始めた。

  このタイプの魔導装置は床からドーム状に出た魔導クリスタルに座したまま手をかざし、精神を集中する事でエネルギーを与える事ができる。

  イチはミュルガルデが再び魔導装置に手をかざしたのを見ると口を開いた。

  「メイメイ、起きれるか?」

  気絶していたはずのタオ・メイメイだったが、気が付けば意識を取り戻している。

  イチは目の前に困難が待ち受けている時、心のどこかでこの小さな少女を頼りにしている節があった。

  メイメイは利き腕を骨折したのか、立ち上がるのにさえ苦労していた。

  それでも立ち上がると、右腕を逆の腕で抑えながら「フン」と鼻を鳴らした。少なくとも脚は無事らしい。

  「外に出て、他の船を遠眼鏡で見てきてくれ。1隻だけ、襲われずまったく無事な船があるはずだ」

  そのイチの言葉にミュルガルデは顔をしかめたが、メイメイは返事もせずに壁にかかっていた望遠鏡を手に甲板に飛び出した。外では未だにエルビアニカらが船を守るためにシーサーペントと戦っているはずだった。

  「イチさん!メイメイさんは怪我をしているんですよ!どういうつもりです」

  「メイメイが戦えなくなったんだ。このままじゃ全滅させられるかもしれない。出来る事はやっておきたい」

  「出来る事なんて!」

  自分の力で立つことのできないイチと、利き腕を負傷したメイメイに何ができると言うのか?

  ミュルガルデは理解に苦しんだが、程なくしてメイメイが戻って来た。望遠鏡を水着の肩に挟み、ついでに先ほど落としてしまったバレア2魔導ショットガンを片手で引きずっている。戦闘の影響で木製のストックに亀裂が入っているが、やはり彼女にとって大切な銃なのだろう。

  「いたわ。なんでみんな気づかなかったのかしら。どうみても怪しい船なのに!」

  メイメイの口調は些か興奮している様子だった。

  その船とは章の冒頭で何者かに奪われたあの漁船である。

  その中にいるあの女がこの事態を引き起こした事は疑いようもない事実であろう。

  「やっぱりか。イカ釣りの漁船じゃなかったか?距離はどのくらい離れてる?」

  「そう!最初から浮いてた奴よ!10時の方向、900ほど離れてるわ」

  イチはメイメイの返事を聞いて一瞬思考を巡らせた。

  「まさか、イチさんはこの事態が魔法によって引き起こされたものだと言いたいんですか!?」

  ミュルガルデは叫んだ。確かに、今起きている事態は単なる自然現象とは考えにくい。しかしながら、これほどの広範囲に災害級の混乱を生み出す魔法が使える者など、かつて魔王軍に存在した十大魔術師くらいの者達ではないか。

  だが一旦イチはミュルガルデに返事をしなかった。時間を惜しんでいた。

  「ヘルヒャン。烏賊キャノンの射程は?」

  「2000は飛ぶはずだけど、狙って当てられるのは200もないよ!横風と自然落下でどこに着弾するか……」

  「着弾しさえすれば、船を沈められるか?」

  「それも場所次第だよ!弾頭が制止すれば炸裂する仕組みだから、2000の先じゃ当たり所によっては弾かれるかもだし」

  ヘルヒャンは苦し気に叫んだ。イチの意図はわかるが、殆ど神頼みのような作戦ではないか。

  「誰にやらせるつもり?」

  だがタオ・メイメイはイチの考えに乗り気のようであった。

  この少女は物事を考えるのが好きではない。良いと思う事があれば行動しながら考える。

  「私がやる」

  イチがそう口を開いた瞬間、ミュルガルデは驚愕し叫んだ。

  「馬鹿な!イチさん。自分が何をおっしゃってるかお分かりですか!?」

  「ろくに立てない人間が揺れる船の上から1000程離れた船にどこに飛んでいくかわからない武器を命中させるのなんて馬鹿げてるよな」

  イチはそう言って少しだけ笑って見せた。実際、口に出してみると滅茶苦茶な事を言っている。

  「馬鹿じゃないの。私に任せればいいのよそんなの」

  メイメイもイチの言葉を批判した。考える事が嫌いなメイメイからしてもイチの考えは筋が通ってるとは言い難い。少なくともメイメイは左腕なら自由に動くのだ。

  「いや。メイメイは他の事をやってもらう。ライフルだが、1000離れた標的を狙撃した事がある。長距離狙撃の照準は、単にサイトを覗けば良いってわけじゃない」

  「だからって、脚も腕も動かないイチになにができるんだよ!」

  ヘルヒャンが怒鳴った。

  なるほど、イチの考えは理解できなくもなかった。

  確かに普段ショットガンしか使わないメイメイや、そもそも銃を使えないミュルガルデに長距離狙撃は不可能だろうし、操舵を止めてヘルヒャンが挑んだ所でヘルヒャンには狼狽壁があり、狙撃に一番向かない性質があるのは自分自身が一番わかっている。

  それなら間違いなくこの中ではイチが一番適任と考えてもいいだろう。

  しかしそれは、五体満足であればの話である。

  そんな当然の事を無視するとは、

  まさかイチは正気を失っているのではないかと他の3人は考えざるを得なかった。

  しかしながらイチは不思議なほどに落ちつきはらった声で答えるのである。

  「メイメイはミュルガルデと代わって魔導装置に着いてくれ」

  そのイチの様子に3人は言葉に出来ない神性を感じ、何か口を挟む事が憚られた。道理に合わないかもしれぬが、この少女に任せてみようかと言う気になっていた。

  「ミュルガルデ、すまないが身体を貸してくれ。照準だけ私がつける」