Ad
その昔、とある村に薄茶色の猫がいた。その猫は何年経っても老いることはなく、村の人々は気味悪がり、悪妖扱いし始め、その猫をーー
「!!」
目を覚まし、カバっと布団から起き上がった。この者の頭には、三角の耳が生えている。
(……嫌な夢を見たな)
その者が布団から出て、立ち上がる。腰辺りから薄茶色の尻尾が生えている。着ていた浴衣を脱ぎ、橙色の着物と赤色の羽織、そして黒色の袴に着替えた。そして櫛で、薄茶色の長く美しい髪を梳かしていく。
耳と尻尾以外の姿は人間そのもの。そんな彼は、妖怪と呼ばれる存在であり、長い年月をこの山奥にある平屋で過ごしてきた。
[newpage]
「秋信〜」
「ん?」
中庭の方から彼の名前を呼ぶ声がし、秋信はそちらへと向かった。
声の主は、秋信の元へよく来る猫の一匹である黒猫だった。
「食べ物ちょうだい」
「はいはい」
秋信は皿に魚を乗せ、黒猫の前に置いた。黒猫はそれをあっという間に平らげる。
「うまかった〜」
「それはなにより」
「いつもありがとーな。ところで秋信は、カリカリ? って知ってる? 前に人間に飼われてる猫と喋った時、そういうの食ってるって自慢させられたんだよ。俺も食べたいよ〜!」
黒猫が言っているのは、キャットフードのことだろう。時々猫の姿になって、町や人間を観察しに行く秋信は、その物自体は知っていた。
「ごめんね。お金が必要だから、食べさせてあげられないんだよ」
「そこらへん、秋信の術でどうにかできないの?」
「……それは、人間達の決まりを破ることになるんだよ。僕は、自分の力を悪く使うようなことは絶対にしないと決めているから」
「うー、わかったよ……」
そう言うと黒猫は諦めたのか、駄々をこねるのをやめて帰っていった。
(……何で、こんなに複雑なんだ……何で、僕は……口ではあんなことを言っておきながら、一瞬、迷ったんだ……)
ずるずると座り込み、胸を抑えた。
[newpage]
次に秋信の元を訪れたのは、キジ猫だった。キジ猫は秋信と話すのが好きで、よくやって来る。
「ねえ秋信、何かあった?」
「えっ?」
「何だか今日は様子が変よ。何かあったんでしょ?」
キジ猫は、心配した様子で秋信を見た。
「別に何もないよ」
「嘘はよしなさい。私を騙せると思ったら大間違いよ」
「……あー……他の皆には内緒にしてよ?」
「もちろんよ」
「……今日、嫌な夢を見たんだ……」
キジ猫は、秋信の話を黙って聞く。
「その夢は、過去に実際にあったことで……少し、思い出してしまったんだ……それで、人間を困らせるようなことはしないと、誓っているのにも関わらず、一瞬、術を使って盗みを犯すことを考えてしまった……最低だ……」
「……最低って……あなたにとっては、相当辛い夢だったのでしょう? あなたの過去はちゃんとは知らないけれど、こういう時こそ自分を労りなさい。どれだけ固く誓ったものでも、心が弱ればそんなものすぐに消えて無くなってしまう……」
キジ猫は、淡々とそう告げた。
「とにかく、今は休みなさい。自分を責めるのも無し。じゃあね!」
「あ……」
お礼を言う間もなく、キジ猫は去って行った。話を聞いてもらったお陰か、秋信は少し、心が軽くなっていた。
[newpage]
昼頃。秋信はキジ猫に言われた通り、縁側で景色を眺めて休んでいた。すると、信じられない気配を感じた。
(う、うそ……)
秋信は急いで耳と尻尾をしまい、気配のする方、玄関へと向かった。
「すみません! 何方かいらっしゃいませんか?」
扉越しに聞こえる声は、明らかに人間だった。ここは、秋信の術がかけてあるため、人間が入ってこれるはずはない。動揺を隠しきれないが、秋信は意を決して扉を開けた。
Ad