009-002
変に行動力の有るペーテ・ディーラルは城の混乱を尻目に、予定されていた耳長屋敷への滞在を進める事にした。
中にはこのペーテの行動に気付いた者もいたが、王族の女性とは思えないぐらい軽く纏められた荷物は大きめの背負い鞄でペーテ一人でも持ち歩ける重さで、そのまま馬を駆って耳長屋敷へとやって来たのだ。
そして屋敷の来客室でしばらく待っていると、今度はダインを伴ったディーティエが戻って来た。
ダイン 「お久しぶりですね、まぁ数日しか経ってませんが・・・ですが今は正に国難とも言えるでしょう」
ダインの言葉に余裕が有る事を感じたペーテは、ここにやって来た事の正しさを理解した、王宮に留まっても見出せない現状の打開策を既にダインは持っている様に感じる。
ペーテ 「私が王宮に居ても、お父様の役には立てませんから、既に次を探る時期にも思えますし」
ディーティエ 「なら隠し事はせずに話しましょうか、私達は次はダイン様の時代だと確信しています、貴女もそう感じて此処に来たんじゃ有りませんか?」
ディーティエの言葉にペーテは複雑な顔をする、今まで野心など現した事の無い三天人が明確にダイン様の時代を望むとの発言をしたのだ、この事は三天人の後ろ盾で成り立っている様なディーラル王家にとって、終焉の言葉と言ってもいい。
ペーテ 「そこまで賢人様に心酔なさっているとは、父から聞いてはおりましたが何処か信じる事は出来ませんでした、ですが、そのお顔は偽りでは有りませんね、それで私にディーラルの家名を残す道は残されているのでしょうか」
勘の鋭いペーテは今のディーティエの言葉が真実だと判断して、自らの願いを口に出す、王権は手放しても家を残すのが父から託された願いでもある。
ダイン 「それはペーテ次第ですね、正直私もリデウム階層国に勝てる自信は無いんですよ、ですから家名を残すならばリデウムに行くべきかもしれませんよ」
ペーテ 「賢人様ならお解りでしょうが、リデウムには叔母が与してます、それに私も賢人様が勝つと予想してます、リデウムの圧倒的な戦力は知ってますが、賢人様の方が得体の知れない恐ろしさを感じるんですよ」
ディーティエ 「縋ろうとする相手に随分な物言いですね」
ペーテ 「言葉は悪かったかも知れませんが、賢人様に恐ろしい力を感じるのは事実です、あのディーティエ様がこれほど心酔なされるなんて・・・」
ペーテは言葉を発して、自分が震えている事に気が付いた、だがこれは畏れからの震えでは無く、極度の高揚がもたらした震えだ、そう、賢人ダインは天人様すら容易に手懐けてしまう程の力を秘めている。
ダイン 「まぁ私もディーラルの血筋を欲していましたので、ペーテの行いにを有り難く思っています、ですがこのダインの力を欲するなら更なる覚悟が必要です」
既にペーテはダインの言う覚悟について見当を付けている、なら、ここは相手の想定以上の行動で覚悟を示すしか無い。
ペーテは席から立ち上がると、上着に手を掛けて脱ぎ去る、身体つきに自信があるわけでは無いが、好色である事が疑いないダインに誠意を見せるなら全裸が一番有効的だと思い至っていたのだ。
そして予測は当たっており、ダインは黙ってペーテの行いを見つめている、そう、ダイン的には従順である事を拒む理由も無いし、一国の王女を侍らせる状況に高い興奮を覚えている。
一糸纏わぬ姿となったペーテはダインに近付き手を取ると、心臓側の左胸に導いて宣誓する。
ペーテ 「この命を賢人ダイン様へと捧げます、どうか民の安寧を守って上げて下さい」
その言葉はダインにとって意外なものだった、ペーテは自己保身の為に此処に赴いたと思っていたからだ、だが、この言葉でダインの印象が良くなった事は間違いない。
ダイン 「その言葉は本心なのでしょうか・・・本心ならば私は応えられないかも知れません、私の計画はなるべく民の被害が少ない様に立てられていますが、民を第一には考えていません、必要ならば相当数の人間を切り捨てるかも知れまん」
ペーテ 「ダイン様のお力をもっても難しいのですか・・・ですがペーテにはダイン様に縋る以上の最善など思い浮かびません・・・」
ダイン 「現状の計画より被害が減らせる方法は有りますが、それは民衆を大きく不安にさせてしまうでしょうね、それにまだ不完全なんですよ」
ペーテ 「民を優先させる道もまだ有るという事ですか、私に出来る事なら何でもやりますので、考えてくれないでしょうか?」
ディーティエ 「ダイン様にそんな事を言えば、何をさせられるか分かりませんよ」
ディーティエの危惧は正しい、国を乗っ取るならば王女を娶るより女王を娶った方が早い。
ダイン 「ペーテの知名度次第ですか、ペーテが逃げ出した王城を完全に掌握して号令を下せば、私の行いに正当性を与えるかも知れませんね」
ペーテ 「王城の掌握など無理ですよ、私は逃げても大事にならない程の小者ですから」
ダイン 「正当性とは説得力です、現状でペーテに説得力を与える方法が有ると思いますか?」
ダインは難題を二人に出すが、二人共応える事は出来ない、ヒーソフ王が健在である状況ではペーテに王位が与えられる事はまず無いし、そもそも現状ではヒーソフの王位すら危うい。
ディーティエ 「ヒーソフ王、ラールカ嬢が共に退陣しないと王位も無理でしょうから、実質不可能だと思います」
ペーテ 「はい、私に期待を寄せる勢力も無いですから不可能ですよ」
二人揃ってダインに解答を提示するが、ダインは静かに笑みを浮かべて自信を覗かせる。
ダイン 「ペーテが英傑と成れば可能ですよね?」
ペーテ 「私が武勇を示すなんて不可能ですよ、確かに敵はいますけど・・・」
ペーテは即座に否定するが、ディーティエは何かに気付いた様だ。
ディーティエ 「いえ、実際に戦う必要は有りません、武勇の象徴であれば一軍を支える事は可能です、前大戦の私達がそうでした」
ダイン 「ディーティエは正解を見出した様ですね、前大戦で三天人が英傑と成れたのは何故ですか?」
ダインの次なる問い掛けにペーテは思案を巡らせる、ここでダインの望む解答を出せなければ見捨てられる気がするのだ。
そして、暫くの沈黙の後、ペーテは考えを纏めた様で、ゆっくりと口を開いた。
ペーテ 「天人様が崇められた最大の理由はやはり力だと思います、でもその力は天人様の個の力では有りません、個の力が軍を上回る力にするクフィカールを有していたからですよね、つまり私がクフィカールを扱えば、それだけで民にとっての希望となる事が出来ます」
ペーテの言葉にダインは満足そうに頷く、だが、ペーテにはそれは到底不可能な事と思える。
ダイン 「正解ですね、奇跡を見せれば人は英傑に成れるんですよ、実際の能力は余り関係有りません、戦いはそれを指揮する人間が英雄になるでしょう?」
ペーテ 「理屈は解りますが、私にその様な力なんてありませんよ」
ダイン 「今はそうでしょうね、ですが成長は出来ますし、実際にペーテが戦う必要もありません、要はクフィカールを駆って前線に居ればいいんですよ」
ディーティエ 「不可能だと思うでしょうが、クフィカールを使う事はそれ程難しくは無いんですよ、より深くダイン様と関わる必要が有りますけどね」
ペーテ 「ゼイの実は全て食べろとも言いますからね、どの道私に力を貸してくれるのは賢人様以外いないと思います」
ゼイの実とはとても大きな果実だ、ただ刃を入れて切り分けると直ぐに腐ってしまうので全てを平らげろから、全てを受け入れるという意味がある。
ダイン 「それには条件が有りますよ、まぁ私と家族になる事です、他人に力を貸すほどお人好しじゃ有りませんし」
ペーテ 「つまり私との婚姻がお望みという事ですか、力有る者が多くの女性を娶るのはよくある事ですが、王族の女性に対してそれを行うのは賢人様が初めてでしょうね、もっとも既に天人様達を娶ると聞きましたからその中に加えられるのは永栄な事です」
ペーテは当然ダインの望みを予想している、ディーラルへの野心を見せているダインにとって現王族を手懐けるのは有効な戦略だ、ペーテはそれを理解した上でダインの元を訪れたが、ダインの言葉はペーテの予想よりも早い。
ダイン 「ならばペーテ王女を抱かせて貰いましょうか、私は口約束だけを信じる事は有りませんから」
ペーテ 「すぐにですか、無論拒む訳は有りませんがまだ昼間ですよ、男女の営みとは夜に寝屋で行うものですよね?」
ダイン 「私の力は交わる事で与える事が出来るんですよ、ティもよく解ってますよね」
ディーティエ 「はい、ダイン様の牝に成れる事は最高の喜びです、長くの時を生きて来ましたがもっとも最高の瞬間でした、私の言葉を疑いますか?」
三天人たるディーティエにこう言われてはペーテも否定など出来ない、むしろ長きの年月を生きる三天人達を一夜で虜にしたダインとの交わりに興味が湧かない筈が無い。
ペーテ 「解りました、ダイン様に従います、ご寝所に場所を移されるのですか?」
ダイン 「より安全な場所に移りましょうか、王都は何時攻められるか解りませんからね、あとティはクフィカールを頼みます、アレを失うわけには行きませんから、やり方は理解してますよね」
ディーティエ 「はい、その為の翼ですよね、以前飛んでいた時よりも素晴らしい姿に仕上げて見せます」
ダイン 「私はペーテを伴って花園に移ります、後でティルを送りますのでその時にクフィカールを回収しましょう、翼に相応しい見た目に整えないといけませんので」
ディーティエ 「解りました、最悪の時は飛ばしても構いませんよね?」
ダイン 「はい、ですが交戦は避けて下さい、花園に逃げる事が最優先です」
ペーテ 「天人様のクフィカールは飛べないと聞いていますが・・・」
ダイン 「従来の方法では不可能ですが、新しい方法を考案したんですよ、それでもリデウムに対抗するのは難しいですがね・・・数が違いますから、ですが、時間さえ稼げれば対抗は可能です」
ダインの見せた自信あり気な表情に、ペーテは勝手にダインの国の援軍だと思い込んでいた、人類大陸国家はこのディーラルより遥かに進んでいて巨人魔導具を作る事すら行なっているらしいのだ、そしてダインは巨人魔導具すら凌駕する戦力を持っているとも聞いている。
ディーティエ 「そう時間なんですよ、出来れば交渉で粘って欲しいんですが、現状では戦力差があり過ぎますからね、リデウムに強引に迫られれば直ぐに折れるでしょうね、ここには使者も来ませんし」
実際にディーティエの言う事は正しい、リデウム階層国の圧倒的な戦力を見せつけられたディーラルはもはや三天人だけではどうにもならないと思っており、状況を報告する者さえ遣していないのだ。
ダイン 「使者どころか兵士が来る可能性の方が高いぐらいですよ、不穏分子を捕まえて交渉材料にした方が有益です、だからこそ一時ここから退避します、別段準備は必要有りませんよ、本当に直ぐですから」
ディーティエ 「ペーテが羨ましいです、ティもまだ行った事ないのに・・・」
ダイン 「王都よりは安全だと思いますが、あそこもまだどうなるか解りませんよ」
ディーティエ 「ディーラルは何処に行っても危険が有るという事ですか、早く安心出来る土地を手に入れたいですね」
ダイン 「現状それは作るしか無いんですよ、その為にもここは下がれません」
ディーティエ 「ならばお早いお帰りを期待します、逃げ切る自信は有りますが守り抜く自信なんて有りませんから」
ダイン 「それで良いんですよ、土地は取り返す事が出来ますがティの命は帰りませんから、さぁ、ペーテは私の手を取って下さい、面白い所にお連れしますよ」
ペーテは差し出されたダインの手を取ったと思うと、急に周りの景色が変わった、今そこに居たディーティエの姿が消えて、初めて見る人達が居る所に移ったのだ。
ただ、ダインとの手は繋がれたままでダインも一緒にいるが、移った先の人々はよく見ると人間では無い、何故なら人間の身体にある筈の無い、角や翼を生やしていたからだ。
おまけ
リデウム階層国の進軍方法 ググノ城塞は突如出現したリデウム軍によって内部崩壊して陥落した、この状況を生み出したのは大軍を気付かれる様に城塞近くまで展開したリデウムの進軍方法によるところが大きい。
この奇襲に近い行軍を可能としたのがリデウムの地下坑道で、ググノ城塞近くのレボンノ山全体がリデウムの階層拠点ともなっている、そしてこのレボンノ山は王妹ラールカの領地でも有り、両者の関係が本格的な侵攻以前から存在していた証拠でもある。
リデウムでは百五十年前の侵攻の失敗から魔導技術に力を注いでおり、魔力探知に優れたダインやレ・ミュウを欺いたのは魔導技術の賜物でも有る。
リデウムの坑道は大型魔導機の運用の為に広く作られており、マギガマイナーによって掘削されている、だが、人型のマギガメイルが立ったまま歩行する事は不可能で、輸送用の台車をマギホイールズに牽引させる事で輸送している。
ググノ城塞戦で見せた軍勢展開はレボンノ山階層基地があってこそ可能になった芸当で、通常のリデウム軍の侵攻はそれ程大規模では行われない、だが、突如出現する魔導機による侵攻は脅威で、既に南部地域多くの都市がリデウムの軍門に下っている。