地固め編 第一話 聖女ツェリ

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  ティアガの森はポロルグとツェーリアの国境の森であり明確な国境線などは無い、ティアガの森を出た集落には国家の領土の概念が適応されているが、ティアガの森自体はどちらの国家という決まりは無かった。

  その為にティアガの森は双方の住人が入る事の出来る事が出来て、密輸なども行われているのだが、ポロルグ側とツェーリア側の領主には取り締まるつもりなど全く無かった。

  そして今、ポロルグの領主代行が堂々と森に入ってツェーリアの人間と取り引きを行っていた。

  緑ローブの女性 「本当にこの薬でこれだけの食料と交換して頂けるのですか、相場で貴女方が随分と損をしていると思うんですが」

  フェカト 「構いませんよ、他に無い薬を集めるのが目的なんです、私の婚約者は変わった人でどんな薬や薬草でも手に入れたいと言うんですよ、ましてや聖女の薬なんて何が何でも欲しがりますね」

  緑ローブの女性 「聖女だなんて買い被り過ぎです、私は多分鼻が良いので匂いで薬草の良し悪しが解るんです、そして良いと思う物を使うと評判の薬が出来るんですよ」

  フェカト 「なるほど、仕組みが解っても私には真似のしようの無い事ですね、ツェリさんの天職という訳ですね」

  ツェリ 「そうですね、人に喜んで貰っているのでそう思います、人に多く喜んで貰える事を仕事に出来るのはやり甲斐も有りますし、フェカト様との取り引きで村の人達の飢えも満たせるでしょうし」

  フェカト 「ツェーリア側はそれ程に厳しいんですか?」

  ツェリ 「飢え死にするほどでは有りませんが、空腹を完全に満たせる程の食料は無いですね、このポロルグの穀物だって、ツェーリア王都だと禁製品でしょうから、領主様は見逃してくれますけど」

  フェカト 「大変な様ですね、何かあれば私に知らせて下さい、連絡役を紹介しておきましょうか」

  フェカトは振り返って、一人の女性に対して手招きすると、素早い動きでやって来る。

  フェカト 「名をニアと言います、優れた狩人で森で何でも調達してくれるんですよ」

  ツェリ 「あ、この人は、森で何度かお会いした事が有ります、以前は鳥を頂いた事が有ります」

  ニア 「ニャアにゃ、これからよろしくして欲しいにゃ」

  ツェリ 「ニャアさんですか、私こそよろしくお願いします」

  フェカト 「いや、名前はニアですよ、何時もニャアニャア言ってますけどニアなんですよ」

  ツェリ 「そうなんですか」

  ニア 「まぁニャアでもニャアでもどっちでもいいにゃ」

  ツェリ 「結局ニャアなんですね」

  フェカト 「名前はともかく頼りになる筈です、ツェーリアは何かと荒れているとの噂ですので」

  ツェリ 「ポロルグに隣接している辺りはまだマシって話ですよね、王都の方はピリピリしているらしくて、大量の傷薬の注文が有るんですよ」

  フェカト 「ならテガスにお越しになっては、ポロルグはツェリさんを手厚く保護しますよ」

  ツェリ 「私一人が抜ける訳には行きません、一人抜けると村ごと裁きが下りますから」

  フェカト 「大変な状況なんですね、ですが私ち達はツェリさんの味方ですよ」

  そう言ってフェカトは手招きすると近付いたツェリの耳元で何か呟く。

  ツェリ 「そんな大それた事を、ですが、既にそれを考える時期かも知れません」

  フェカト 「ポロルグの騎士は動かせませんが、ダインさんはポロルグやククジアの人間では無いんですよ、この意味をよく考えて下さればある方法は導き出す事は可能ですよね」

  ツェリ 「仰る事の意味は理解出来ますけど、私なんて唯の薬師ですよ」

  フェカト 「ポロルグまで聖女と伝わって来るツェリさんが唯の薬師とは思えませんけどね、今回の取引もツェリさんを誘き出す為だと思いませんか?」

  ツェリ 「怖い言葉ですね、不安になります」

  フェカト 「その為のニアです、安心して下さい」

  ツェリ 「そこは不安要素に思えますが」

  この後、ツェリは漠然と不安を覚えつつツェーリアに戻る事にする、大量に手に入れたポロルグの穀物は森の洞窟に隠して怪しまれない程度を村に持ち帰る事にする。

  そこから数日は変わらない日々を過ごしていたのだが、一週間ほど経った夜に事態を大きく動き出す、突如ツェリの家兼診療所に踏み込んで来た兵士達は見慣れない紋章を付けた鎧を纏っていた。

  だが、見慣れていないだけでツェリはその紋章が王家に使える兵団の物で有る事を知っていた、そう、その紋様の兵団は領民に容赦の無い事で知られている黒盾兵団の物で有ったのだ。

  ツェリは部屋着のまま大きな袋を被されて拘束される、幸い袋の底には穴が空いていて頭は外に出たのだが、兵士達は袋の上からツェリをロープで縛り上げて行く。

  偉そうな兵士 「お前がツェリだな、ポロルグの密偵と会い良からぬ事を企てているとの密告が有った、取り調べに応じて貰うぞ」

  その言葉に対してツェリは頭を巡らせ賭けに出る。

  ツェリ 「領主様の許可は頂いているんでしょうね、利の有るポロルグとの取り引きは法でも認められている筈です」

  偉そうな兵士 「王への叛逆に対する捜査は何にも優先して行われる、事の重大さが解っていない様だな、お前はポロルグの要人と面会して援助を仰いだそうだな」

  その時、部屋に入って来た兵士がフェカトから手に入れた穀物の袋を持って来る、それに手を入れて中を救い上げた偉そうな兵士がイヤらしい笑みを浮かべて言葉を放つ。

  偉そうな兵士 「これこそ動かぬ証拠だな、この肥えた麦は我が国の作物では有り得ない証拠だ」

  ツェリ 「哀れな物言いですね、麦が肥えていない事が証拠だなんて、それは王が無能な証でしょうに」

  偉そうな兵士 「貴様、国王陛下に対する非難を堂々と口にするとは、今此処で裁きを行っても良いが、我が国は人類法を重視しておるのでな」

  それは一応裁判が行われるという意味では有るが、有罪以外の結論が出ない事は明白だ。

  そして、ツェリは轡をされて連行されて行く、村の広間には罪人を乗せる為の馬車が停車しており、初めからツェリが標的で有った事が明らかだ。

  そして、ツェリが荷台の檻に押し込まれようとした時、兵士達に緊張が走る。

  兵士1 「なんだお前は、今重罪人を捕縛する最中である、さっさと何処かに行ってしまえ」

  ニア 「それは困るにゃ、ツェリを護るのがニャアの役目、邪魔するなら手加減しないにゃ」

  兵士2 「頭がおかしい様だな、コイツも一緒に拘束して裁きを与えましょう」

  兵士がニアを馬鹿にした刹那、その兵士は大きく空を舞っていた、ニアに片腕で投げ飛ばされた兵士は地面に落ちると他の兵士達は臨戦体勢を取って腰の剣を抜き放つ。

  偉そうな兵士 「公務に対する明確な妨害行為には厳正に対処する、素直に捕縛され無ければ殺害もあり得るぞ」

  ニア 「ニャアを殺す気なら、そちらも殺される覚悟があるという事にゃ、ニャアは優しいから手加減してあげるけど」

  兵士2 「ガハッ!」

  ちょうど良いタイミングで投げ飛ばされた兵士が息を吹いた、見た目の派手さに比べてダメージは少ない様だ。

  偉そうな兵士 「ええい、捕縛せし者には褒美を取らせるぞ、皆励んで其奴を捉えい!」

  兵士達はその言葉に鼓舞されてニアに襲い掛かる、だがその数分後には剣を構えて立つ者など居なかった。

  ニア 「取り敢えず誰も死んでいないにゃ、ニャアも随分と手加減したから」

  ツェリ 「ふごごごぅ」

  ニア 「ツェリが無事で良かったにゃ、今解放するにゃ」

  ニアは鋭い爪でツェリを拘束していた縄を切り、轡を外して上げる。

  ツェリ 「助けてくれた事は感謝しますが、これでは村ごと処罰されかねません、一体どうしてくれるんですか」

  ニア 「ニャアの役目はツェリの護衛にゃ、村の事は知らないにゃ、だけどフェカトはこういう時は森に逃げろと言ってたにゃ」

  ツェリ 「森ですか、確かにあの穀物が有れば村人全てを数日は養う事が可能ですが」

  ニア 「なら村人に伝えるにゃ、そうそうフェカトが手紙を持たせてくれたにゃ」

  そう言ってニアが取り出した手紙を見て、ツェリは少し安心した様だった、だが、同時にニアに訝しむ視線を向ける。

  ツェリ 「初めからフェカト様の思惑通りという訳ですか、ですがこうなってしまってはそれに乗るしか術はなさそうです」

  何か悟ったツェリはすぐさま村長の元を訪れて事情を説明する、残ったニアは兵士達を拘束して脱出の準備を始める。

  そして、ツェリの普段の行いが効果を促したのか、フェカトの手紙のお陰か、或いはその両方の効果なのか、村長は村の放棄を決断して村人を集めて話を伝えた。

  結果、全ての村人は村からの脱出を決断して、準備を始める。

  ニア 「皆んなあっさりしてるにゃ、愛着は無いのかにゃ」

  ツェリ 「持ち出す様な財産も有りませんしね、それにここ数日のポロルグからの穀物で十分に飢えを満たせてましたし、フェカト様はそこまで計算していたのかも知れませんね」

  ニア 「フェカトもダイン様の信奉者だから、頼って来る者は見捨て無いにゃ、それにテガスには仕事も食べ物も幾らでも有るにゃ」

  ツェリ 「ダインって噂の異世界人ですよね、ククジア王都で大活躍したという」

  ニア 「そうにゃ、ニャアも同じ世界から来たにゃ」

  ツェリ 「あの馬鹿げた強さはそれが原因なんですか、ですが私みたいな薬師を助ける意図が解りません」

  ニア 「ツェリには十分な資格があるにゃ、後はダイン様に直接聞いてみるといいにゃ」

  ツェリ 「会えるんですか、私みたいな平民が」

  ニア 「ダイン様は才能有る美しい処女が大好きだから、ツェリは確実に気に入られるにゃ」

  この後、ツェリは複雑な心境で状況に流される事になる、一先ず穀物を隠した洞窟まで村人を連れて行くと、夜露の当たらない洞窟での生活が始まった。

  だが、ツェリには不思議に思う事もあった、以前穀物を隠した時より洞窟の奥行きが拡がっているのだ、そう、村人が全員で避難出来るぐらいに。

  そこでツェリはニアに相談して、奥の探索に同行して貰う様にお願いする、ツェリも自分が導いた以上は村人達の安全は確保しておきたいのだ。

  ニアはその要求に二つ返事で応じてくれて、直ぐに二人は洞窟の奥へ踏み込んで行く、奥に進んで直ぐに洞窟の内壁は感じが変わって妙に艶が有って表面が硬くなっている。

  ツェリ 「変わった洞窟ですね、壁の表面がツルツルしてます、岩や土では無いですね」

  ニア 「これはガラスにゃ、高温で土を熱すると溶けてこうなるにゃ」

  ツェリ 「ガラスって瓶などに使う物ですよねこんな洞窟の奥に有るなんて、でもニャアさんが別の世界の人間って事は実感しました、ですが何故洞窟の壁面がガラスなんでしょうか」

  ニア 「それは奥に進んでみないと解らないにゃ、でもニャアが一緒にいる限りツェリは護ってみせるにゃ」

  ツェリ 「そこは頼りにしてます、あれだけいた王都の兵士を倒しちゃいましたから、あれが異世界人の力というモノなんですか、私には魔力を測る事は出来ませんけど」

  ニア 「ニャアはニャアに出来る事をしただけにゃ、ツェリを守る事はダイン様の為でもあるにゃ」

  ツェリ 「それはよく解りませんけど、私の薬草の知識を求めているんですよね、村の人達をちゃんと受け入れてくれるならお易い御用です」

  ツェリはただ知識を伝えるだけだと単純に思い込んでいたが、ダインが求めているのはツェリの存在そのものだ、その事を理解しているニアは軽く微笑むと予定通りに洞窟の更に奥へとツェリを導いて行く、そう、この洞窟には既にダインの手が入って遊魔のアジトへと変貌しているのだ。

  おまけ

  アーグルの国家 アーグルの国家は地球の国家の様に土地で分けられている訳では無い、国家を分ける基準は人で有り、集落が何処の国に属するかで国自体の形が成り立っている。

  これは食事の配給制を行っているアーグルでは完全な戸籍情報が存在している為で、戸籍の存在しない人間はそれだけで流刑にされてしまう。

  アーグル戸籍は女系で管理されており、専門の魔術士が魔力鑑定を行えば子供の母親を見極める事が可能である為、子供が産まれると母親は先ず領主に報告して配給書を獲得する事になる、何故なら子供の戸籍を作らない事も流刑の罪が科せられるからだ。

  この国家様式の為に国境線といった感覚はとても疎く、国境地帯の集落の間の森などは緩衝地帯として機能して、お互いの国の人間が比較的自由に出入りして植物の採取や野生生物の狩りが行われている。