パズあに 大友軍内乱?雷神のおねだり~お前のムスコをくれないか~

  着慣れた鎧がいつもより重い。

  そう思いながら、一人の武者は歩く。月光に照らされた、彼自身の居城の、物見櫓へと続く道を。

  幾度となく踏みしめてきた道には数え切れぬほどの屍が散らばっており、折れた刀や槍、無数の矢が地面に突き刺さっている。

  地獄と化した道を歩く武者もまた、凄惨な姿だった。鎧は血と泥で汚れ、多数の刀傷が刻まれている。鎧の隙間を通った、あるいは鎧を貫通した刃により、武者の肉体もまた、瀕死の重傷を負っていた。

  「ぐふっ」

  歩みを止めた武者は、片膝を付き地面に吐血した。

  (あの刺突か・・・・・・流石は薩摩隼人。剣術が並みではない)

  臓腑の負傷は重く、足は重く赤子のような弱々しい歩みしか出来ない。

  「情けない」

  自身を責めたその武者は、獅子の獣人だった。

  手負いの獅子は、刀身が半ばから折れた刀を右手に、再び歩き出した。

  だが、数秒歩いたところでまた足を止めた。

  「いたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

  背後を絶叫が叩いた。振り返ると、同じ鎧を身につけた犬獣人の足軽たちが、槍を構えて一斉にこちらに突撃してくる。

  獅子は振り返り、身構えた。口を開いて牙をむき出し、眉間にしわを寄せ、体毛を逆立たせ、鬼神と化して迎え撃つ。

  「高橋紹運!!御覚悟!!」

  足軽たちの後方で、馬上にいる武将が叫んだ。

  手負いの獅子、高橋紹運は、開けた口から血を流しつつ右手を振るった。

  折れた刀が閃き、血しぶきが舞った。

  

  

  1585年、関白となり半ば天下を手中に収めた豊臣秀吉は、九州統一をも目論み、惣無事令を発行。九州の武将に一切の私闘を禁じ、勢力の拡大を封じた。

  これを不服とした薩摩の島津義久は、秀吉より先に九州を制圧せんと大軍を率いて北上した。龍造寺隆信を討ち取り、肥前は既に手中に収めている。残るは豊後、豊前を治める大友宗麟のみ。島津軍は、肥前、肥後、日向、三方向から一斉に大友領へと進行した。

  この一大事に、大友配下たちは戦どころではなかった。キリスト教を重んじる宗麟へ募る不満、家内の争い。耳川の戦いによる大敗、有能な武将たちの戦死。そして何より、豊後国最強の武将・立花道雪の病死。多くの大友配下が主を見限り島津へと加担している状況下で、豊薩合戦が幕を開けた。

  そして、1586年。2万を超える島津の軍勢が、筑前に構える岩屋城に攻め込んだ。岩屋城を守は、大友配下の重鎮、高橋紹運。

  堅牢な宝満城へ後退することを進言された紹運だったが、そのことで同じく筑前に構える立花城が標的にされることを防ぐため、岩屋城に残ることを決意。

  立花城には、道雪の一人娘である誾千代姫。そしてその夫、紹運の長男であり道雪の養子となった、立花宗茂がいる。故に、立花城を取り残して宝満城に後退するわけにはいかなかった。

  度重なる戦で配下の数は大きく減っていた。島津軍が侵略した時、その数は763人。

  「大友宗麟など見限って、島津の仲間になってくだされ」

  何度も使者にそう勧められても、紹運は断った。

  「主が栄えている時は、忠誠を誓うことは難しいことではない。問題は、主の力が衰えた時だ。そんな時でも、忠を尽くせなければならない。お前は、島津が衰えたときも、島津のために戦えるか?」

  大友に忠を尽くす。それ以外の道などない。

  そして、同年7月。紹運は、763名の配下とともに、20000の島津軍に特攻した。

  結果、763名の配下は全滅。皆が討死か切腹により果てた。

  

  

  「未熟者が。こんな手負い一人を討ち取れんとは。薩摩隼人が聞いて呆れるわ」

  紹運はそう言って、敵から奪った槍を放り投げた。その周囲には、自身が作り出した新たな亡骸が転がっていた。

  「さて・・・・・・」

  片足を冥府に入れたほどの傷を負いながらも、屈強な薩摩隼人たちを斬り伏せた紹運は、物見櫓の上に苦労して上った。

  そこから戦場を見渡す。月光のおかげて、真夜中ながらも視界は確保できた。

  城下のあちこちで、火が上がっている。怒号も、銃声も、刃をぶつけ合う音も、もう聞こえない。配下は皆討ち取られたか、あるいは腹を切ったか・・・・・・。

  すまぬ。

  その一言を、紹運は配下には言わなかった。

  出撃前、誰もが笑っていた。泣きもせず、恐れもせず。どうして謝罪などが出来ようか。

  「有難う」

  代わりに、感謝を呟いた。無謀に付き合ってくれて、感謝してもし足りない。

  「無念」

  次いで紹運の口から出たのは、口惜しさから出た言葉だった。

  岩屋城を振り返り、ただただ思う。勝たねばならぬ戦で、勝てぬとは無念だと。

  雪道亡き今、大友勢力下において、紹運は唯一無二の大黒柱と言うべき存在。

  軍師である角隈石宗も、勇将である田北鎮周も、もういないのだ。

  残っているのは、若き武者たちのみ・・・・・・。

  「宗茂・・・・・・」

  紹運は北に視線を移した。この先の立花城には、大友最後の希望と言える、自身の長男がいる。

  道雪のもとへ養子として送り出した、才気溢れる若武者が。

  

  

  「お前は今日から立花の人間だ。父親は俺ではなく、道雪様と心得よ」

  「はい、父上」

  「聞いていなかったのか!もう俺は父上ではない!」

  「はっ!失礼しました!ちっ、紹運殿!」

  「仮に高橋と立花が戦となった時は、立花に付き、先陣を切って俺を倒せ。いいな!」

  「はい!」

  

  

  紹運は、愛息子を送り出した日のことを思い出し、笑った。

  道雪の英才教育により、才能に恵まれた息子はさらなる力を手に入れ、立派に育った。

  きっと、大丈夫だ。大友は潰えない。そう、確信できるほど。

  妻の誾千代も、弟の統増もいることだ。

  「心配は無用か」

  親馬鹿だなと、自分でも思う。もう親とは思うな、と言いつつも、自分は子離れできていなかったのかもしれない。そう言えば、最初は養子に出したくないと、渋っていた。

  「本当に、思い出してしまうな、道雪さん・・・・・・」

  紹運は、鎧を脱ぎ、脇差を取り出し、さらに過去を振り返った。

  宗茂を送り出す決心をした、あの日のことを。

  [newpage]

  それは、10年前のことであった。

  暑い、夏の日だった。

  商船が行き来するの博多湾を、遠く山頂に構える立花城から茶と菓子を楽しみつつ見下ろす、二人の武者がいた。

  一人は、高橋紹運。そしてもう一人は、巨躯を誇る紹運よりも一回り大きい、ジャガーの獣人。盛り上がった筋肉を包む黄色い体毛には、黒い雷模様が刻まれており、強烈でありながらも包容力のある雰囲気を周囲に醸し出している。

  「今日はすまんな、わざわざ足を運ばせた」

  「いえいえ、岩屋城から全然離れてないですから。それに、道雪さんに歩かせるわけにはいかないですから」

  ジャガーの詫びに、紹運は笑って返答した。

  このジャガーこそ、雷神と謳われた豊後国最強の闘将、立花道雪である。

  居城が近いこともあり、紹運は道雪の補佐として活躍していた。

  「最近は龍造寺だけじゃなくて、秋月や宗像の動きも活発ですからね。よく話し合っておかないと」

  「ああ。だが、今日はちょっと別の用事があってな」

  「戦以外の話が出るとは、珍しいですね。最近は、耳川関連で忙しかったですから」

  当時九州は、豊後・豊前の大友、肥前の龍造寺、薩摩の島津と、三勢力が拮抗していた。筑前と筑後を守護する道雪と紹運は、主に肥前の龍造寺の動きを常に警戒している。

  少し前に、宗麟の命で耳川の戦いが起こり、角隈石宗と田北鎮周が、日向にて薩摩と戦った。機が熟してないと、道雪と石宗は進言したが、宗麟は聞き入れなかった。

  結果、大友は大敗を喫し、石宗と鎮周の両名は討ち取られた。石宗は頭脳明晰な軍師で、鎮周は毛利との戦で活躍した武将だった。それだけに、大友の痛手は大きかった。

  「全く、あれだけ兵を出すなと言ったのに」

  道雪は腕を組んで、難しい顔をしてため息を吐いた。

  「殿にあれだけ物が言えるのは、本当に、道雪さんだけですね」

  道雪は、宗麟に対してあれやこれやと文句が言える。宗麟の飼っていた猿の悪さが度を越えていた時も、遠慮なく猿を叩き殺したほどだ。

  「せめて儂たちがいれば、と言いたいところだが、それを言ったところでどうにもならん。そもそも、ここの守りをおろそかには出来んしな」

  筑前と筑後の城は、やや大友領から離れている。その居城に住む二人は、常に龍造寺や秋月、宗像といった敵勢力に目をつけられている。そんな危険地帯にいながらも、道雪と紹運は、大友の配下として北九州に睨みをきかせていた。

  「ま、それはさておきだ。どうしても聞いてほしいことがある」

  「何ですか?」

  尋ねる紹運に、道雪は真剣な顔になって、上半身を紹運に近づけた。

  紹運は緊張して、姿勢を整えた。

  「紹運」

  「はい」

  「お前の息子をくれないか?」

  「・・・・・・」

  沈黙が流れる。その間も、二人は真顔で向かい合っていた。

  「ど、道雪さん」

  「なんだ」

  「こ、こんな昼間から、そんな・・・・・・」

  紹運は勘違いして、頬を桃色に染めた。

  「あー、いや、そっちではない。それは夜改めて、な」

  道雪は不適に笑い、太い腕を紹運の腰に回した。

  「は、はあ・・・・・・」

  照れる紹運は、もじもじと身を捻じらせて。

  「そっちではなくて、宗茂のことだ」

  「はい?」

  長男の名を聞いて、紹運の顔が曇った。

  「宗茂を養子に欲しいんだが」

  「・・・・・・えええええええええ!!!」

  真意を理解した紹運は、絶叫して跳びあがった。

  「宗茂を!!養子に!!?」

  「え?ダメ?」

  道雪は首を傾げた。

  「いや、だめですよ!!」

  「ええっ!!?なんで!!?」

  今度は道雪が絶叫を上げた。両足が不自由なので、跳びあがることは出来なかったが。

  「宗茂は、高橋家の跡取りです!!長男なんですよ!!」

  「分かってる。でも、めっちゃほしいのだ」

  「ほしいのだって・・・・・・あれほどの才能を持った子を、他の家に出すことは、流石にちょっと無理です!!行く行くは、高橋家の後を継ぎ、立派な武士に・・・・・・」

  「継承問題は、こっちの家の方がきついぞ」

  道雪の言う通りだった。立花家には、男児がいない。娘が一人、誾千代姫だけである。

  「ちょうどいいし、誾千代と宗茂を夫婦にするっていうのはどうだ?うん、ちょうどいいな」

  「ちょうどいいとは言いますけど、でもあの二人、仲悪いじゃないですか」

  「何を言ってる。ものっそい仲いいだろうが。今日も連れてきてるだろ?」

  「ええ」

  「仲よく遊んでいるじゃn」

  

  ドガン!!!

  

  道雪の言葉を遮るように、爆発音が響いた。

  「うわぁぁぁぁぁぁん!!」

  直後、子供の泣き声が廊下の奥から聞こえてきた。

  そして2秒後、二人の背後の廊下を、子供の獅子が泣きながら走り抜けた。全身がススで真っ黒だった。

  「あははははっ!!まてー!!」

  少し後、今度は灰色の猫の女の子が走り抜けた。手に火薬玉を手にして、爆笑しながら獅子の男の子を追い回しているようだ。

  宗茂と、誾千代である。

  「・・・・・・」

  「うん、やはり仲がいい」

  「どこがですか!うちの子、いじめられてるじゃないですか!!」

  嬉しそうに頷く道雪に、すかさず紹運が突っ込んだ。

  「ちょっと甘やかしすぎじゃないですか?」

  「いやぁ、かわいくてな、つい」

  「もう・・・・・・剛の者として有名な道雪さんも、娘には甘いんですね」

  「そんなことより、お前の息子を、くれないか?」

  「嫌ですって!」

  「大丈夫。まだて手はださん」

  「当たり前です!っていうか、いつかは出すんですか!?」

  「そんなことはどうでもいいから、くれ」

  「どうでもよくありません!嫌です!申し訳ありませんが、諦めてください」

  「嫌だ」

  道雪は首を横に振った。

  頑固な道雪は、こんなとき、なかなか折れない。

  「お願い」

  「だめですって」

  「銀はいくらでも用意する」

  「無理です」

  「いいじゃないの~」

  「駄目です。ダメダメ」

  「一回だけ養子にくれれば、それで儂は満足するんだ。お願いだから、ネネ、いいだろう?」

  「いくら道雪さんでもそれだけは!」

  「儂のムスコを好きにしていい」

  「そっ!それでもいけません!」

  同じ問答が繰り返されること、1時間。

  「ええい!こっちは何度もお願いしているというのに!もう怒った!それならこっちにも考えがあるぞ!」

  杖を突き、立ち上がる道雪。たじろぐ紹運を見下ろし、大声で告げる。

  「ならばもう、お主を抱かんからな!ケツを疼かせつつ、もんもんと生きてゆけ」

  「はぁ・・・・・・」

  紹運は、いくらか残念に思いつつも、安堵していた。もっととんでもないことを言われると思っていたのだ。

  「別に、いいですよ」

  突きつけられた太い指を払いのけ、紹運は言った。さらに、言い返してやる。

  「そっちこそ、俺なしで生きていけるんですか」

  ふふん、と笑って言う紹運の言葉を受け、道雪は困ったような顔をした。

  「ふむ、確かにそうだな・・・・・・よし、策を変えるか」

  道雪は、雷光の如き速さで紹運の背後に回り、その場に押し倒して馬乗りになった。杖を突いて歩いているとは思えないほどの動きだった。

  「うぐっ!ど、道雪さん、何を!?」

  「ふっふっふっふっふ・・・・・・」

  道雪の表情は、豹変していた。

  それは雷神、いや、淫らな道に落ちた悪霊のもの。

  「何度も何度も犯し、じっくり調教してやる・・・・・・儂の言うことしか聞けんようにしてやる」

  「いっ!?」

  道雪の絶倫をその身で理解している紹運は、恐怖した。いくらその道に目覚めているとはいえ、流石に道雪の本気など耐えられるはずがない。

  「ど、道雪さんっ!ちょっ!まっ!あっ!アーーーーーーーーーー!!!!!」

  紹運の悲痛な叫びが、城中に木霊した。

  

  

  「いつつ」

  「大丈夫ですか?」

  前方を歩く宗茂が、心配そうに振り返って聞いた。

  「無論だ。少し強く打ち付けただけのこと」

  そう言って、紹運は強がって胸を張った。

  道雪の無限床地獄を耐え抜き、宗茂を息子にやるとは一言たりとも言わなかった紹運は、未だ残る腰の痛みに耐えながら、息子と猪狩りに出ていた。

  森林は緑が深く、腰の高さまで草が生い茂っている。さらに生い茂った木々がある程度日光を遮ってくれるので、暑さに苦しむこともなく、親子は狩に集中できた。

  既に宗茂は、1頭猪を仕留めている。息子の弓術な中々のものだった。やはり宗茂は筋がいい。兄弟の中でも一際目立っていると、紹運はつくづく実感した。

  その宗茂が、再び矢を番え、森の中に放った。

  「むっ」

  「どうした、仕留め損ねたか?」

  「そのようです。大きかったのですが・・・・・・」

  残念がる宗茂の視線を追うと、確かに草木が揺れていた。

  「どれ、俺が・・・・・・んっ!?」

  紹運が手本を示そうと、矢を番えようとした瞬間、草木を揺らした何かが、茂みを震わせつつこちらに接近してきた。

  「ち、父上、あれは!?」

  宗茂が声を震わせた。草を揺らすその何かは、どんどんこっちに近づいてくる。

  紹運は宗茂の前に立ち、腰の太刀を抜いた。

  猪に非ず、この気配、尋常ではない。

  そう察した紹運は、身構えて上段に構えた。

  どんな野獣か。それとも秋月の侍か。

  そして、互いの距離が3歩ほどになった瞬間、それは草から飛び出してきた。

  巨大な影が、襲い掛かる。

  「紹運んんんんん!!」

  「いっ!?」

  その正体は、道雪であった。草から飛び出した道雪は、紹運に飛びついて押し倒す。

  「紹運!!さあ、お前の息子を儂にくれええええ!!!」

  奇襲からの抱き着きねだりに、混乱しながらも紹運は言い返した。

  「何を言ってるんですか!!こんなことまでして!!嫌ですよ!!こんな無礼やりかたをするんなら、なおさら!!はうっ!?」

  耳に息を吹きかけられ、甘噛みされても、紹運は断った。すると道雪は、間近で紹運の目をじっと見つめた。

  「紹運。儂とて、こんなに何度も頼みたくはない。だがな・・・・・・」

  道雪はさらに顔を紹運に接近させて言い放った。

  「儂は、お主に息子をくれと強要することを、強いられているんだ!!」

  「なっ、だ、誰にですか?まさか、宗麟様に?」

  それならば納得できると一瞬思った紹運だったが。

  「いや、儂の心に潜む、内なるなる何かに」

  「なんですかそれ!!強いられてないし!!いい加減にしろ!!」

  「なにぃ!?そこまで断れるとは、まだ抱かれたりんようだな!!」

  すると、いつの間にか現れていた道雪の配下、猿獣人の十時連貞が、宗茂を連れて下がった。

  「ああっ!まっ!待てっ!」

  「安心しろ、儂の配下はもう儂とお前の関係を知っている!!」

  「なっ!!?気づかれていたのですか!?」

  「いや、隠せるわけなかろう。あれだけ乱れて叫んでおいて・・・・・・では、お見舞いしてやる!!」

  「アーーーーーーーーーー!!!」

  父の絶叫を聞いた宗茂が、連貞に聞いた。

  「十時様、父上を道雪様は、何をしているのですか?」

  「下半身の鍛錬でございます」

  「道雪さんは、足が悪いのに?」

  「足だけが重要ではありませんぜ」

  連貞は、微笑んでそう答えた。

  

  

  「はぁ・・・・・・」

  雨空を見上げた紹運は、盛大なため息をついた。

  「どうしたのですか、父上」

  「何かあったの?」

  両側で心配そうに声を上げたのは、二人の子ライオン。愛息子である宗茂と統増だ。

  「いや、何でもない。なかなか止まぬと思ってな」

  大粒の雨が降る、広い平原。雨足は先ほどより強まっている。鎧の隙間から入り込んだ雨粒が気持ち悪い。蒸し暑さも不快感を強める。しかし、これから始めることは止めるわけにはいかない。

  紹運が振り返ると、そこには、鎧で武装した100人の配下が。

  「悪天候だが、予定を変えず演習を始める!実戦では、雨にかまわず戦わねばならないこともある!逆にこれをいい機会と思い、存分に励め!!」

  「応っ!!」

  紹運の大声に、配下たちは気合が入った声で応じた。

  「宗茂、統増、離れているろ。そして、よく見ておけよ」

  「はい。統増」

  「うん」

  宗茂は傘を畳んだ弟の手を掴むと、その場から離れようとした。その時、周囲が眩い光に包まれた。

  

  カッ  ガラガラガラガラ!!!

  

  「わああっ!!」

  閃光からの轟音。付近に雷が落ちたのだ。驚いた兄弟は、ドシャっと水たまりに転倒してしまった。慌てて配下が一人助けようとしたが、紹運はそれを制した。

  「宗茂!統増!早く立たんか!いつまでも寝そべっていてどうする!!」

  雷より大きい紹運の声が、雨音を裂いて幼い二人に響き渡った。

  「はいっ!ほら、統増」

  宗茂は立ち上がると、怯えて泣いている統増を立たせて、足早にそこから退散した。

  その後姿を、紹運は厳しく、しかし雄大な優しさを孕んだ目で見送った。

  「甘やかしてはだめだ。高橋家の跡取りだぞ」

  「はっ」

  助けようとした配下を咎め、演習開始を告げようとした紹運は、しかし号令を下さなかった。

  上から、今日れるな殺気を感じた。

  「上から来るぞ!!気を付けろ!!」

  紹運が叫ぶと同時に、再び閃光が走り、爆音が轟き、配下たちが吹き飛んだ。

  口々に叫び吹き飛ぶ、高橋家の武士たち。それもそのはず、彼らの隊列の中心に、落雷が衝突したのだ。

  紹運はその場に何とか踏みとどまり、爆心地に目をやる。大きく陥没した地面からは、白煙が立ち上っていた。

  その白煙から、のそりと大きな影が浮かび上がる。そしてそれは、煙を破って姿を見せた。

  「紹運、お前の息子を儂にくれ」

  雷神、立花道雪である。肉体の周囲では、静電気が時折、パリッと弾けていた。

  「やっぱりあんたか・・・・・・どうしてこんな登場の仕方をするんですか!!?」

  予想通りの相手を見て、紹運は叫んだ。もっとも、周囲に吹き飛んだ配下たちは、皆が目を丸くしており、中には混乱して状況を把握できない者もいる。

  「いや、変わった登場をして衝撃を与えんと、うんと言ってもらえんと思ってな」

  「そんな登場したらなおさら嫌ですよ!!息子はやりません!!」

  「嫌だ、か・・・・・・わかっている」

  道雪は真顔になって告げた。

  「もう耳にタコができているぞ。紹運。だがな、一だけでいいんだ。頼む、一回だけ、やらせてくれ」

  「いや、一回だけでもだめですから!!二回目ないし!!」

  そのやり取りを見ていた配下たちは、ぼそぼそと会話を始めたことに、紹運は気づいた。

  「一回だけ、ヤらせてくれ?」

  「ムスコをくれ、とおっしゃったぞ」

  「まさか、あの二人は・・・・・・」

  「噂は本当だったのか?」

  紹運の体から、冷汗が噴き出た。

  「ち!!違う!!違うぞ!!そういう会話をしているんじゃない!!」

  「そうだぞ。今回は、違う。今回は、別の用で来たのだ」

  紹運に賛同する道雪は、やけに”今回は”という部位を強調して皆に説明している。

  「今回は、を大きく言わないで下さい!!」

  「いやしかし、部下たちの予想は当たっておるぞ」

  「そんなこと言うなぁぁぁぁ!!!」

  「何ぃ、目上に対して失礼な!!もう我慢できん!邪臥亜箕佐射瑠(ジャガアミサイル)をぶち込んでくれる!!」

  「アーーーーーーーーー!!!」

  紹運の叫び声は、雷鳴よりも大きかった。

  

  

  「全く、ひどい目に会った・・・・・・」

  夜の岩屋城。またもや盛大なため息を吐いた紹運は、寝室へ向かって廊下を歩いていた。

  (嫁を抱いて忘れよう)

  道雪のおねだりによって精神が盛大に疲弊した紹運は、妻と寝て気持ちを切り替えようと、寝室へ向かって気持ちを高ぶらせていた。

  寝室は、既に火が消されていた。一瞬不思議に思った紹運だったが、気にせず障子を開け、事に及ぼうと布団に飛び込んだ。

  「んっ!!」

  布団の中で寝ていた肉体を抱きしめる。しかしそれは、女性の柔かな感触ではなく、屈強な男のそれだった。

  この感触、その匂い。間違いなく・・・・・・。

  「紹運~。お前の息子をくれええええ」

  暗闇に、道雪の瞳が光る。既に体は抱きしめられ、身動きは出来なかった。

  「お前が紹運を養子にくれる意思を見せなければ、儂はお主を犯しつくすだけだぁぁぁぁ!」

  「ぎゃあああああああああああ!!!!!」

  その夜、岩屋城は紹運の悲鳴で揺れた。

  

  

  「何も変わってはおらんようだな」

  城内を見回った紹運は家臣にそう告げた。

  紹運がいる城は、宝満城。山の奥に建つ堅牢な城だ。それ故に攻め込まれにくい城なのだが、その分他の城との行き来が難しいため、紹運は常時、岩屋城を拠点としていた。

  久々に訪れて抜き打ちの監察を行ったものの、城の様子は相変わらずだった。

  満足げに頷いた紹運は、近隣の情勢報告を受けた後、すぐに岩屋城に帰ろうとした。だが。

  「厠へ行ってくる」

  尿意を催して、一人厠へと向かった。

  個室に入った紹運。しかし、服は脱がず、太刀を抜き、天井に切っ先を向けて鋭い突きを放った。

  白人の刃は、天井を貫通してその奥へと進む。

  「全く、宝満城にまで来るとは思っていませんでしたよ」

  不穏な気配を察知した紹運は、天井に潜んでいるであろう道雪に向けて、突きを放ったのだった。どうせ、これくらいで死ぬ人ではない。

  「さあ、さっさと出てきて・・・・・・うっ!!」

  その時、用を足すために床に空いた穴から、太い腕が伸びてきて、紹運の足を掴んだ。

  「紹運~、お前の息子をくれないかあああああ」

  暗い穴の奥から除いたのは、凶悪なジャガーの顔だった。

  「きっとくるうううううううう」

  「ぎゃあああああああああああ!!!!!」

  紹運の体は、あっという間に穴の中に吸い込まれて消えた。

  

  

  「噂には聞いていたが、なるほど、いい城だ」

  紹運は、初めて訪れた城の周囲を歩きつつ、そう告げた。

  「いやぁ、紹運さんからそう言われるとは、光栄です」

  嬉しそうにそう言ったのは、いずれはこの城の城主となるであろう若武者だ。

  紹運は、豊後の南、肥後と接する岡という地に視察に訪れていた。薩摩軍が北上してきた場合、最前線となる場所である。

  城の名前は、岡城。別名臥牛城といい、小規模ながらも三つの川と絶壁により囲まれた、堅牢な城だ。

  「源義経を迎えるために造られた、というだけのことはあるな」

  「はい、僕もそう思います」

  紹運の後ろに付いているのは、コアラの子供。年は宗茂の一つ上で、元服を迎える少し前。

  名は、志賀親次という。

  紹運は、城を見回る前に親次の武芸を見たが、中々の才能に恵まれていた。父親の親度が少々頼りないので不安だったが、いずれは勇将となる可能性を秘めた男である。

  「しかし本当に攻めにくいな。周囲の森林に、効率よく伏兵を配置すれば、大軍相手でも渡り合えるはずだ」

  紹運は、石垣を見下ろして思ったことを素直に言った。

  「本当ですか!?」

  「ああ。薩摩がいつ来るかわからんからな。用心しておけ」

  「はいっ!豊後きっての勇将、紹運さんと道雪さんの二人組がこの城で指揮すれば、薩摩も倒せるはずですね!」

  親次は嬉しそうに言ったが、紹運は首を横に振った。

  「いや、俺と道雪さんは、岡城には来ないぞ。筑前がガラ空きになるからな。俺たちは龍造寺の相手で手いっぱいだ」

  「ええっ!?来てくれないんですか!?」

  「ああ。そもそも、筑前からここまで、遠いし」

  

  

  誾千代「筑前は福岡県、豊後は大分県の南側だよ!超遠いよ!覚えてね!」

  

  

  「ああ。石宗も鎮周も、艦盛も惟教も、鎮実も鎮信も耳川でやられたからな。ただでさえ、大友は今、家内がゴタゴタしてるし、援軍は期待できんぞ。志賀だけでなんとか持ちこたえてくれないと」

  「はぁ・・・・・・」

  親次は、途端にしおれてしまった。

  「うちの兵士、1000ちょっとですけど」

  「ああ」

  「薩摩との戦いでは、最前線ですよね」

  「ああ。勢いが衰えていない、万全の状態の薩摩軍がくるな」

  「僕らだけで?」

  「ああ。ひょっとしたら、島津義弘とか家久とかが、直々にくるかもな」

  「ええっ!!?ここ薩摩に結構近いから、噂来るんですけど、あの二人は本気でやばいって話ですよ!!」

  島津義弘。現時点で、薩摩軍の中でも最強と誉れ高い武将である。少数の兵を引き連れ大軍を破るなどの猛将ぶりを見せるほか、文化人である一面もあり、仁義に溢れた性格という。弟の家久もまた、釣り戦法を得意とする武将で、数々の武功を立てている。

  「ここだけの話、お主の父は少々不安だ。成長したお主に期待したい。やってくれるな」

  紹運は、親次の目を真っ直ぐ見据えて言った。

  「無論です!島津だろうが誰であろうが!かっ、大友宗麟様の領地を侵略しようとする不届きものなど、私が征伐します!!」

  親次は、そう答えた。

  自信があったわけではない。島津相手に勝てるかどうか。だが、武士が出来ぬと言えるはずもない。精いっぱい、強がるしかなかった。

  

  親次は、まだ知らなかった。後に自分自身が、来る薩摩との決戦にて、敵や関白から讃頌されるほどの大活躍をすることになることを。

  

  「それより、親次、こっちにこい」

  「はいっ」

  紹運に呼ばれ、親次は一歩近づいた。次の瞬間、紹運の両手は親次の懐に伸び、着物をはだけさせた。

  「あっ!!」

  そして、紹運は見た。親次の胸に下がった、十字架の首飾りを。

  「キリスト教か。お主の父の言っていた通りだな」

  親次は無言で顔を下に向けた。

  知られたくなかった。

  現在大友領地内では、キリスト教は禁止されていない。むしろ、領主たる大友宗麟が信仰しているのだから、本来ならば邪険にされるはずはない。

  だが、今大友家はキリスト教を過度に信仰する宗麟に対して非難の声が上がっており、キリスト教に対して好意的ではない。現に親次の父である親度も、息子の信仰に猛反対している。

  「すみません・・・・・・」

  親次は謝罪を述べた後、何も言わない。そんな親次に、紹運はため息を吐いて言った。

  「まぁ、信仰自体を非難はしない。だが、度を超えるようなことはするな」

  「はい」

  親次は直に応じた。紹運は、それ以上何も言わなかった。

  その時。

  「んっ!?」

  紹運の表情が曇った。親次は叱責が来ると思い、身構えた。

  「こっ!これはっ!下がれ!!」

  紹運は叫びつつ、親次を突き飛ばして後退した。

  1秒後、二人が立っていた場所の地面が盛り上がった。そして、土砂をまき散らしながら巨体が地面から現れた。

  「紹運~お前の息子をくれないかぁぁぁぁ」

  毎度おなじみ、道雪であった。

  「岡にまで来るか・・・・・・」

  土まみれの道雪は、紹運の呆れ顔を気にせず詰め寄る。

  「いいから、いい加減くれよぉ」

  「嫌って何回言えばいいんですか!?」

  「筑前からここまで来たんだぞ!」

  「知りませんから!」

  それを見ていた親次は。

  「す、すごい・・・・・・道雪さんと紹運さんを同時に見られるなんて」

  感動している親次に、振り返った道雪が詰め寄った。

  「お主が親次か。話は聞いておるぞ」

  「あ、はいっ!光栄です!」

  「ははは。そう固くなるな。それより、さっきは危なかったな。儂がいなかったら、大変なことになっていたぞ」

  「え?」

  「どういうことですか?」

  不思議がる紹運と親次。そんな二人をみて、道雪はニッと笑った。

  「紹運、さっき、親次の着物を乱雑に脱がせようとしておったな。手を出すつもりだったのだろう。いやらしいやつめ」

  「違うわ!!」

  すかさずつっこむ紹運だが、道雪は怯まない。

  「そんなことより、そろそろ息子をくれんか?」

  「駄目ですって」

  「紹運・・・・・・」

  道雪は不意に、紹運の周囲を回り始めた。

  「例えば、だ。宗麟様の息子、義統を養子にしたい気持ちを1とするなら・・・・・・そこの親次を養子にしたい気持ちは、1000だ。そして・・・・・・」

  「なんですか・・・・・・」

  「お前の息子の宗茂を養子にしたい気持ちは、50000なんだよ馬鹿野郎」

  牙をむき出して訴える道雪。それでも紹運の答えは決まっていた。

  「それでもだめです、諦めてください」

  「まだまだ諦めるぞ。宗茂を養子にくれるまで、何度でも!!何度でも!!な・ん・ど・で・も!!!誘ってやるぅ」

  「丁重にお断りします!!」

  覇気を孕んだ道雪の顔を見返し、紹運は言い切った。

  睨みあう二人を、親次はハラハラしながら見守っていた。

  

  

  筑前の平原に集った高橋の軍勢。その数は五千。大軍と言っても差支えないほどだ。

  紹運は本陣に引っこむことはなかった。大勢の部下に囲まれて、戦場に馳せ参じ、自身で指揮を執る。

  「紹運様!前方から、龍造寺の軍勢が接近中!数は七千とのことです!!」

  偵察隊の報告を聞いた紹運は頷き、馬上で二刀の太刀を抜いた。

  「皆、恐れることはない!!しばし持ちこたえれば、立花城から援軍が来る!!それまで耐えるのだ!!」

  紹運の激励に、配下たちは心強く応じた。

  やがて、前方に敵の姿が見え始めた。全員が歩兵で、こちらに向かって突撃してくる。

  「無策で突撃か!龍造寺め、狂ったか!!鉄砲隊!!前へ!!」

  一斉射撃で敵の数を減らす。紹運は鉄砲隊を前に出し、右手を上げ、射程距離に敵が来るのを待った。

  「構えぃ!だがまだ撃つな!!存分に引き寄せよ!!ひきよ、せ、て・・・・・・」

  紹運は、言葉を失った。突撃してくる歩兵たちを見て。

  

  「紹運~」

  「くれ~」

  「息子ぉぉ」

  「儂にぃ」

  

  敵の歩兵は、皆が道雪だった。口ぐちに、息子をくれと言いながら、道雪の大軍がこちらに向かってくる。

  「な、なんだあれは!?」

  「どうしますか!?紹運様!?」

  「どうするって・・・・・・いっ!?」

  部下の顔を見た紹運の顔が強張った。自分を取り囲む部下たちの顔も、皆道雪だった。

  

  「宗茂をぉ」

  「ちょうだいぃ」

  「願いぃ」

  「ねえええ」

  

  「うわあああああああ!!!」

  恐怖に耐えきれず、紹運はその場からに逃げ出して岩屋城へと逃げ込んだ。

  門を固く閉ざし、とりあえず安心する。

  

  『紹運ってばああああ!ねえええええ!!』

  

  外から道雪たちの絶叫、そして門を叩く音。

  「ひっ」

  紹運は後ずさり、門から離れた。

  「殿、どうされたのですか?」

  配下が一人駆け寄ってきた。

  「いや、その、なんと言うべきか・・・・・・」

  振り返ったその先には・・・・・・。

  「紹運~」

  また道雪がいだ。

  「うぎゃあああああああ!!!!」

  紹運は城内に逃げ込んだ。だが。

  

  「紹運~」

  「待ってよ~」

  「ちょうだいよ」

  「ねえ~」

  

  開いたふ襖から、次々と道雪が湧いてくる。紹運は半べそをかいて上へ上へと走った。

  「助けてくれえ!!」

  そしてたどり着いたそこは、自室だった。そこには、息子の宗茂が机に付いて書の勉強をしていた。

  「宗茂!無事だったか!急いで逃げるぞ!」

  紹運は宗茂の肩を掴んだ。振り向いた宗茂の顔は・・・・・・。

  「あー、俺、道雪になっちゃったよ」

  体は子供なのに、道雪だった。

  「fjfkjgぇりりtmmbp954おrs;khjkr:よ94583phぽ、ん、b、kぃfjhksdlkfjhk:bhf!!!!!!」

  声にならない悲鳴を上げた紹運。その体に、無数の道雪が纏わりつく。

  そして、紹運は道雪の肉体に覆われてしまった・・・・・・。

  

  

  「という、夢を見ました」

  豊後国、臼杵城の中庭に面した縁側。見事な月夜に酒を酌み交わす二人の雄は、麒麟と獅子。

  高橋紹運と酒を飲むのは、北九州周辺一帯を支配する大名、大友宗麟である。

  道雪とは違い、神々しさにも似た威圧を纏っている。

  「そうか。それは災難だったな。まさか夢にまで現れるとは、流石は雷神だ」

  「笑いごとじゃないですよ・・・・・・」

  「たくさんの道雪か。敵軍からみたら、さぞ恐ろしい光景だろう」

  「俺にとっても脅威です」

  紹運は疲れ切った顔で応じた。

  道雪のおねだりは止まらず、それどころか日に日に強烈になってゆく。

  このままでは、押し切られて応じてしまいそうだった。

  「応じてしまえばいいんじゃないか?」

  「宗麟様、他人事のように言わないでください。宗茂は高橋家の長男として、育てていきたいんです。そして行く行くは、高橋家の後をついで、家の名を永劫残るように武勲をたててもらわないと」

  「それは、宗茂のためになるのかな」

  「それは・・・・・・」

  紹運は即答できなかった。

  宗茂にとっての最良の道は何なのか。高橋家の嫡男としての道も、素晴らしいものだろう。だが、立花家に行くことと比較した場合、どちらが宗茂にとって良いことなのか。

  高橋家に残したいのは、親のわがままなのだろうか。

  武に関してはからっきしで、理想論を唱えるのが好きだが、決して愚者ではない宗麟の一言は、重く紹運の心に響いた。

  「まぁ、私が話したところでどうにもならないがね。道雪と話し合って決めるしかないだろう」

  「今の道雪さん、話通じないですから」

  「頑固だもんな。まぁ、今日はこれを見て疲れを癒してくれ」

  宗麟はぱんぱんと手を叩いた。すると、立派な庭園である中庭の舞台の周囲で灯がともった。

  「大げさな舞台を用意してあると思っていましたが。京の美女の舞ですか?」

  「いや、もっとすごいものだよ」

  紹運が宗麟の笑みに見とれたその一瞬に、舞台に人が上がった。

  それに気づいて紹運が舞台に目を移すと・・・・・・。

  「・・・・・・」

  もう、驚かなかった。驚けなかった。

  舞台に上がったのは9人。皆ふんどし姿だ。

  カモシカ、カワウソ、コアラ、ヘビ、サル、サメ、タヌキ、そしてやっぱりジャガー。最も驚いたのは、その隣の子ライオン・・・・・・。

  それぞれが大友家配下の武将、薦野増時、十時連貞、志賀親次、佐伯惟定、由布雪下、利光宗魚、朽網艦康、立花道雪、そして宗茂だ。

  扇状に並んだ諸将は、道雪の掛け声で、一斉に歌い、舞い始めた。

  「お前の息子を・・・・・・」

  

  

  くれないか!?

  

  くれな~いか~、く~れないか、く~れ~な~いか、く~れ~な~いか、くれないか!?

  ウッホ   ウッホ   ウッホ   ウッホ

  くれな~いか~、く~れないか、く~れ~な~いか、くれくれくれくれ、くれないか!?

  ウッホ   ウッホ   ウッホ   ウッホ

  くれな~いか~、く~れないか、く~れ~な~いか、く~れ~な~いか、くれないか!?

  ウッホ   ウッホ   ウッホ   ウッホ

  くれな~いか~、く~れないか、く~れ~な~いか、くれくれくれくれ、くれないか!?

  ウッホ   ウッホ   ウッホ   ウッホ

  

  ある者は楽しそうに、ある者は泣きながら、ある者は恥ずかしそうに、ある者は無表情で・・・・・・それぞれが特殊な表情で舞っていた。宗茂までも・・・・・・。

  

  

  「おほん!!どうだ、紹運!!我らの舞を見てさぞかし・・・・・・ぐほっ!!」

  舞い終えて満足げな道雪の顔に、紹運が投げた徳利が衝突した。

  舞台に上がった紹運は、ため息を吐いて切り出した。

  「お前ら・・・・・・嫌なら嫌って言っていいんだぞ」

  それを聞いた諸将は・・・・・・。

  「いやー、なんか、すいません」

  と、カモシカの増時が申し訳なさそうに。

  「主君の命は絶対っすから」

  と、カワウソの連貞が笑顔で。

  「この前のあれを見た後だから、断りにくくて・・・・・・」

  と、若いコアラの親次が恥ずかしげに。

  「父の形見の刀を折るぞと脅されて・・・・・・」

  と、若いヘビの惟定が半べそで。

  「立花家に忠を尽くすのみです」

  と、サルの雪下が無表情で。

  「相撲で負けた。拒むことは出来ん」

  と、サメの宗魚が悔しげに。

  「おもしろそうじゃったからの」

  と、タヌキの艦康が微笑んで。

  紹運はため息を吐きつつも、分かっていた。誰も道雪には逆らえないのだと。

  「しかし、宗茂。なぜお前まで」

  わが子の前にしゃがんで聞くと、息子は胸を張って答えた。

  「道雪さんに誘われたんです。父が疲れているので、楽しませようと!!」

  嬉しそうに、宗茂は言った。とても満足げな表情だった。

  「そうか」

  紹運は笑って宗茂の頭をなでた。宗茂は、照れながら尻尾を振った。

  「と、いうわけで、だ。紹運。お前の息子を、ほげっ!!」

  道雪の腹筋に、紹運の手のひらが打ち込まれた。

  「もう怒った!!百裂肉球!!だだだだだだだだだ!!!」

  紹運の連続掌底が道雪を襲い、巨体が宙を舞った。

  「いい加減、俺もキレました。今夜は今までのうっ憤を晴らさせてもらいますよ」

  道雪は吹き飛んだあと、空中で回転して体勢を整えて着地した。

  「おもしろい」

  体毛が逆立ち、身体の周囲を静電気が覆う。そして、手のひらが紫色に発光した。

  「必殺!!紫電雷王百裂閃光肉球拳!!あたたたたたたたたたたたたた!!!!」

  電撃を宿した連撃が、紹運を吹き飛ばす。

  その背後から。

  「助太刀するぞ!紹運!!」

  宗魚が襲い掛かった。

  「こいや小童!!」

  

  

  派手な喧嘩を眺めつつ、その他の面々は思い思いに月と酒を飲んだ。さらに、宗麟は気をきかせて料理も運ばせた。

  「あっ!南蛮肉!!俺好きなんだ!!」

  「惟定、そんなに食べるのか?」

  「なぁに、食いきれなかったら、持ち帰るさ!はっはっはっはっは!!」

  惟定と宗茂は年が近く、共に料理を食べている。

  「・・・・・・」

  雪下は、一人酒を楽しんだ。

  「全く、皆キリスト教への理解が低い。嘆かわしいことだ」

  「そうですね」

  宗麟と親次は、キリスト教の明日を語り合った。

  「若いもんはええのう」

  「艦康さんも、まだまだですよ」

  艦康と増時は、静かに喧嘩を眺めている。

  「はああああああ!」

  「うおおおおおお!」

  「だらあああああ!」

  紹運、宗魚、連貞は、果敢に道雪に挑んでいる。

  「甘いわ!」

  三人の武者を相手に、道雪は余裕を持って対処していた。

  連貞を吹き飛ばし、紹運と宗魚の首に腕を回して抱え込む。

  「くっそぉぉ!」

  「放せ、ん?」

  その時、宗魚の動きが止まった。

  宗魚の尻には、褌ごしに道雪の股間が当たっている。その感触に、違和感を覚えた。

  「えっ、道雪さん、包茎?」

  宗魚は感じ取った。道雪のそれは大きかったが、皮を被っていたのだった。

  次の瞬間、道雪の動きが止まり、周囲の空気が張り詰めた。

  宗麟と紹運、そして増時と連貞が顔をひきつらせて硬直する。

  宗魚は口を抑えたが、もう遅かった。

  「え、包茎って・・・・・・」

  「被ってるのか?」

  「知らなかった」

  宗茂、親次、惟定と、若き武将たちが呟く。

  それを聞く道雪の顔は、暗く沈んでいる。何も言わず、耐えがたい沈黙が3秒ほどたった途端、紹運は右手を天に掲げた。右手によって拘束されていた紹運が解き放たれ、宗魚のみが道雪に捕まえられた状態になる。

  「来い、雷切」

  道雪の呼びかけに応じて、その右手に愛刀が飛来してきた。

  金色の鞘に納められた一振りの太刀。千鳥という銘であったその刀は、雷を切ったとこで銘を雷切と改めていた。

  「卍解」

  道雪が短く呟いたその途端、刀が閃光を発した。そして、体中を走る稲妻型の黒い斑模様が紫色に発光し、それが全身を包む。

  「何の光!!??」

  宗茂が叫ぶが、答えられる者はいない。

  「鳴け・・・・・・千鳥雷切!」

  雨雲が月光を多い、道雪の右手の太刀に雷を落とす。

  「ぎゃあああああああ!!!!!」

  道雪に抱えられていた宗魚は、一瞬で黒こげになった。

  「ああっ!!宗魚!!

  嘆く紹運をよそに、落雷は球状になり道雪を包んだ。そして、道雪を包む雷の球は発光し帯電しつつ、巨大化し始めた。ぐんぐんと大きくなり、諸将へ向かってくる。

  「宗麟様っ!道雪さんの暴走をとめ・・・・・・」

  親次は宗麟に助けを求めたが、宗麟の姿はもう既に消えており、「ごめんね」と書かれた札が残っていた。

  「あの野郎、こんなときにつかえねえええ!!」

  紹運の叫びを、皆が聞こえないふりをした。

  「逃げろっ!!あの球に触れるな!!」

  雪下の号令のもと、皆が一斉に球から逃げ始めた。既に雷の球は、半径が10メートルを超えようとしていた。しかも、まだまだ大きくなる。

  宗茂を抱えて紹運は走る。その後ろを、親次と惟定が続く。紹運は宗茂を抱えているため、親次と惟定は初動が遅れたので最も球に近い。特に、肉をしこたま食べていた惟定は、特に遅れていた。すでに、背後1メートルほどの距離に、稲妻が迫っている。

  「惟定!!遅れるな!!惟定ぁ!!」

  「だっ、駄目です紹運さん、間に合いません!!」

  そして。

  「うわあああああああああああああああ!!!!!」

  「惟定あああああああああああああああ!!!!!」

  惟定は球に飲み込まれ、黒こげになった。

  キリシタンである親次は、静かに瞑目して、胸の前で十字を切った。

  

  いったい誰が想像しただろうか。

  この時黒こげになった佐伯惟定が、少数の兵を率いて、島津家久の軍勢を撃退するほどの成長を遂げるなど。

  

  

  

  下界から切り離されたと錯覚するほど、静かで、涼しく、そして柔らかな茶室。

  そこに、紹運は正座していた。

  「大変だったようですね」

  「ええ、まぁ」

  差し出されたお茶を飲み、紹運は深く息を吐いた。

  紹運に茶を差し出したのは、シーズー犬の獣人、吉岡妙林尼。耳川の戦いにて夫を失い、出家して尼となった女性だ。

  外見は若いというより幼いと言えるほどだが、それでも纏う空気は年を重ねた女性のそれだった。

  「道雪さんは、頑固ですから」

  「ええ。最近はそれに拍車がかかってきた気がします」

  穏やかに微笑む妙林に、紹運も笑みを返した。

  「頑固と言うか、しつこいと言うか・・・・・・嫌だと言っているのに、困ったものです」

  「ほほほ。しかし、頑固なのはお互い様かもしれませんね」

  妙林の言葉を聞いて、紹運は身を小さく震わせた。それに気づいた妙林は、さらに続けた。

  「すでにあなたは、答えを出しているのではありませんか?」

  妙林は、ことばを濁さずに言った。紹運はしばし黙り、重々しく口を開いた。

  「本音を言うと、宗茂を道雪殿に預けたいと思っています。親馬鹿かもしれませんが、宗茂は、才能に恵まれています。あれほどの男を道雪さんが育てたら、どれほども武将に育つのか、とても楽しみです」

  「なるほど」

  「しかし、息子をこの手で愛でて、育てたいという気持ちもあります」

  「その葛藤、親ならば当然ですね」

  妙林尼は、それきに何も言わず、茶の用意を始めた。

  「何が宗茂にとって一番いいのか・・・・・・それを考えるようにしています」

  「それを、親が決めるのか、子自身が決めるのか」

  「それは・・・・・・」

  紹運は答えられなかった。ただ、想像は出来た。

  立花の家紋が描かれた旗を掲げ、戦場を駆ける宗茂の姿は。

  「高橋では、ないか・・・・・・」

  妙林尼は、微笑を浮かべるだけだったが、肯定しているのにも見えた。

  「決断は早い方がよろしいかと。いずれ、大きな戦が起こりましょう」

  妙林はそう言って、自身の頭を指さした。

  「その時が来たら、私も夫や息子に代わって戦いましょう。腕っぷしは弱くとも、こっちの方で」

  「頼もしいですな。女子の力を借りずに戦いたいところですが」

  「ふふ、殿方は意地を張りすぎです。女子も戦えますよ。誾千代姫だってそうじゃないですか」

  「あー、正にそうですね」

  「それに、いざとなればこっちの方で・・・・・・」

  そう言って妙林は、頬を染めて着物の胸元を少し開けた。色っぽい目つきで紹運を見る。

  「顔はかわいらしいですが、胸、誾千代姫より小さ・・・・・・」

  紹運は言葉を止めた。ただならぬ殺気、いや妖気を妙林から感じ取って。

  「とにかく、答えはお早く。もう決まっているでしょうから」

  「そうですね」

  そう言って、紹運は立ち上がった。その表情は、晴れやかだった。

  「今から、向かいます。立花城へ。祝言の支度もありますからね」

  

  

  

  

  それからは、事は早く進んだ。

  宗茂と誾千代の祝言、宗茂の正式な立花家への婿入り、そして宗茂の弟の統増が、高橋家の嫡男となった。

  立花と高橋は城が近く、共に筑前と筑後の防衛を担う存在であったため、紹運はその後も宗茂と出会う機会が多々あった。

  それでも、距離は離れていった。だが、それが嬉しくもあった。自分の手の届かないところへ、高みへと息子が上りつめていると考えれば、苦ではなかった。

  道雪の教育により、めきめきと力をつけてゆく息子を見るたびに、紹運は喜びに震えていた。

  [newpage]

  薩摩軍により侵略された岩屋城。主だった戦闘が終わった城に、新たに二騎が城下町に突入した。

  「何奴かぁっ!」

  群がる薩摩兵に、先頭の猫が太刀を振るう。刃から放たれた雷撃が、敵兵を全て吹き飛ばした。

  猫の後方に控えるは獅子。雷撃を放ち隙が生じた猫へと斬りかかる島津の兵を、二刀流で斬り捨てた。

  「くそっ!!遅かったか!!」

  二刀を払って血のりを落としたのは、名実ともに立花城の城主となった宗茂だ。

  「二手に分かれて探すわよ!宗茂は城を左回りで!!私は右回りで探すから!」

  宗茂に叫んだのは、自称、真の立花城の城主である、妻の誾千代だ。父から授かった刀を肩に担ぎ、宗茂の返答を待たず先に行ってしまった。

  (岩屋城・・・・・・このような形で戻ってくるとは!)

  立花の姓を授かってからは、この城には来るなと紹運から言われていた。未練を残してはならぬと、常々そう言われていた。紹運と宗茂が出会うのは、立花城か戦場だけだった。宗茂はそれを忠実に守り、これからもそうすると思っていたが、岩屋城の危機を知り、駆けつけてきた。

  禁を犯してはならぬと思いつつも、紹運を助けずにはいられなかった。

  「紹運どのぉぉぉぉぉぉ!!」

  力の限り、叫んだ。薩摩の兵を斬りながら、父の名を叫び走る。

  あれほど強い父が死ぬはずがない。きっと生きているはずだ。なんとか命をつないでいるはずだ。実際に、薩摩の屍が周囲には散らばっている。きっと、父がやったのだ。そうに違いない!

  (物見櫓!あれに上って見渡せば!)

  宗茂は物見櫓を見つけると、導かれるように、それに飛び上がった。

  そこで、宗茂の動きが、世界が止まった。

  「じょ・・・・・・」

  するりと双刀がすべり落ちた。視界が灰色に染まり、呼吸が止まる。

  「紹運殿・・・・・・」

  視線が射抜く一点。そこには、鎧を脱ぎ、腹に脇差を突きたてて果てた獅子の武者の姿が。

  灰色の視界が潤んだ。そして、堪え切れないほどの感情が体から溢れだし、その身を飲み込んだ。

  「父上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

  父ではないと言われた日から、父とは呼ばなかった。

  しかし、またも禁を破った。

  破らずにはいられようか、叫ばずにはいられようか。

  父か死んだのだから。

  距離が離れても、切れなかった縁があるのだから。

  

  

  

  岩屋城、陥落。城主高橋紹運、自刃。配下も自刃もしくは討死し、城主の後を追った。

  この日、大友家は、最大の柱を失った。

  義に溢れた心には、薩摩軍も涙するほどだった。

  また、その戦いぶりは凄まじく、屈強な薩摩軍は、多くの兵力を失った。

  屈強な薩摩隼人たちの犠牲者は1000を超えた。

  この大打撃により、薩摩軍の侵攻は大幅に遅れることとなった。

  

  

  

  薩摩の足は止まったものの、紹運の死により、大友の士気は大いに下がった。後に宝満城も落ち、紹運の息子であり宗茂の弟の統増は薩摩に捕えられた。

  さらに、打撃を受けつつもやはり島津軍の猛威は激しかった。総大将、島津義久の指揮の元、弟の義弘、歳久、家久をはじめとする猛将たちにより、次々と城が落とされていった。

  多くの配下が次々と薩摩に寝返り、四国から駆け付けた仙石秀久らの援軍は家久によりあっさり撃退され、宗麟の息子義統は逃げてばかり。

  さらに度重なる戦いで、薦野増時や利光宗魚は戦死。長きに渡り大友に仕えていた武将が死んでいった。

  宗麟は関白秀吉に助けを求めるも、援軍が九州まで到達するのには時間がかかる。

  島津が九州制圧するのは、もはや時間の問題である。援軍など間に合うはずもない。

  多くの者がそう思っていた。

  

  

  しかし、大友配下の武将たちは諦めなかった。

  立花宗茂は、亡き二人の父の魂を胸に秘め、立花城を死守。さらに十時連貞らとともに弟統増を救出し、ついには岩屋城を奪還した。

  さらに、佐伯でも島津の想定外の戦いが起こった。とがむれ城を守る佐伯惟定は、母の言葉を受け、配下の武将たちとともに徹底抗戦を決意。島津方は島津家久が攻め入った。惟定は配下のみならず、その土地の農民たちとも結束。兵の数と質、武将の経験といった差を埋め、城を守り抜き、耳川で戦死した父の無念を晴らした。

  そして、岡城。攻め入るは、島津最強と名高い島津義弘。守るは若干19歳の志賀親次。父親の裏切りにより、親次の兵は減りわずか1000人。一方の島津は46000、援軍もあり後に50000を超えた。しかし親次は岡城の堅牢さや地形の理、さらには兵力の少なさを活用し、ゲリラ戦を展開。巧妙な兵の配置と攻守、さらには敵の動きを正確に読み、犠牲を抑えつつ義弘の軍を翻弄。3度の猛襲に耐え、大打撃を敵に与えた。薩摩軍は岡城制圧を断念して北上するも、背後に憂いがあることから進軍は遅く、さらにその後も親次の奇襲に苦しめられることとなった。

  一方の、鶴崎城。城主は臼杵城に退き、守るのは妙林尼を初めとする女子供や農民たち。しかし妙林尼は様々な罠や奇策を用いて薩摩軍を苦しめ、城を守った。そして、薩摩の武将、野村文綱を色香で落とし(本人談)、奇襲にて打ち破った。

  他にも、朝倉一玄、宿利外記、帆足艦直、鬼御前といった各々の将の活躍。そして臼杵城では宗麟が外国から貿易にて入手した大砲の攻撃。様々な要因が重なり、薩摩は豊後一体を征服できなかった。

  そして、豊臣の援軍が駆けつけ、事態は一点。薩摩軍は、撤退することとなった。この時、宗茂と親次、そして惟定は豊臣の軍勢に参加して、撤退する島津軍を最後まで苦しめた。

  薩摩隼人は最後まで抗戦をつづけたが、やがて断念し、豊臣と和睦。豊臣秀吉は、九州を制圧した。宗茂、親次、惟定は秀吉から絶賛され、特に親次は、岡城を難攻不落と称され、島津義弘より”天正楠木正成”と言われた。

  

  

  

  関ヶ原より時が余り経っていない、江戸時代前期の北九州。

  とある城に、獅子が二人、酒を楽しんでいた。

  「ようやく、落ち着いたね」

  口を開いたのは、弟の統増だ。

  「ああ」

  兄、宗茂がそれに応じた。

  立花宗茂、そして高橋統増の兄弟は仲が良く、家が変わっても交流が続いていた。そして、関ヶ原の後、高橋家は立花家に吸収されることとなった。高橋家は途絶え、皆が立花の家の者となったのだ。

  結果、統増をはじめとする高橋家の者は姓を立花を改め、二人は名実ともに兄弟へと戻った。

  「西軍についていて、よくこれだけの城を貰えたのもだ」

  「兄さんの力だよ」

  「買い被るな。清正のおかげだ」

  関ヶ原の合戦により、日本は東と西に分かれた。九州の宗茂は、薩摩の島津とともに西の豊臣側に付き、善戦を重ねていたが、西側は敗北。一時は浪人となった。

  しかし、家康は宗茂の能力の高さを知っていた。さらに、宗茂の戦友、加藤清正の進言により、宗茂は外様大名としてと地位を許された。

  「清正さんとの付き合いも、長いもんね」

  「ああ。朝鮮との戦の時も助けられた。あの時は、お前にもな」

  「僕も、兄さんを助けるとは思わなかった」

  「ふっ。惟定もあの時は頑張ってたな」

  「うん。今は、藤堂高虎様に仕えているんだっけ」

  楽しそうに昔話をする二人だったが、不意にその顔が曇った。

  「だが、親次は、残念だった」

  「そうだね。確か、義統さんのとばっちりで・・・・・・」

  「ああ。義統の命令のせいで、秀吉様の親戚が見殺しになった。そのせいで、義統もろとも家を奪われた。その後どうなったか、何の情報もない」

  「あの人、責任感強かったから」

  「ああ。俺や惟定より、ちょっと年上だったもんな。だから、自分がしっかりしないとって気持ちが強かったから・・・・・・」

  「キリスト教ってことも、関係しているのかな」

  「かもしれんな」

  義統は関ヶ原の際に、宗茂らとともに九州で兵をあげたが、黒田官兵衛や、親次の後に岡城に入った中川秀成らにあっさり負けてしまっている。流石の宗茂も、様もさんもつけたくなかった。

  「義姉さんのことも思い出すね」

  「そうだな」

  宗茂の顔が寂しげになった。誾千代は、少し前に病死した、と、言われている。

  「まあ、絶対に死んでないからな。大方、旅でもしてるんだろ。そういうやつだからな。大体、久しぶりに会いに行って、病気で死にました、って言われても、実感できるか」

  急に饒舌になる宗茂。

  「別居してたもんね」

  「痛いところをついてくるな・・・・・・立花城を出る時からちょっとそんな雰囲気になってたもんな」

  「仲が悪かったわけじゃないでしょ」

  不仲説が流れているものの、二人の絆が深かったことは、近くにいた統増がよく分かっている。

  「当たり前だ。ただ、独立心が強いっていうかな・・・・・・でも、不仲説が流れるなんてひどいな。誰だ、ちくしょう」

  「尻に敷かれてたって感じかな」

  「違うわ!!」

  「いや、違わないよ・・・・・・」

  「ちが・・・・・・わんか。まぁ、子供が生まれなかったのも不仲説の原因か」

  宗茂は盛大にため息をついた。

  「うん」

  「いや、やってはいたんだがな。だが、どうしても出来なかった」

  「そればっかはしょうがないよね」

  「ああ」

  「でも、側室ともできなかったってことを考えると、不仲説はやっぱりおかしいよね。あんなにちゃんとしたお墓も出来たし」

  「そうだよなぁ」

  「ただ、側室とも子供が出来なかったせいで、立たない説が流れちゃってるよ」

  「立たない?何が?」

  「兄さんのチンコ」

  「なんだとおっ!!?そんなことないわぁ!!」

  「僕に言われても・・・・・・」

  「お前じゃないだろうな!!そんな噂流したのは!!」

  「僕じゃないよ。ただ、肥後辺りから流れ始めたって聞いたよ」

  「肥後!?清正か!!?」

  「いや、もしかして、その・・・・・・義姉さんって、関ヶ原の後、肥後の近くに住んでたよね」

  「・・・・・・まさか、誾千代が?」

  「うん、旅をしながら、兄さんの悪い噂、流してるんじゃないの?」

  「あいつなら、やりかねん」

  宗茂は頭を抱えた。

  「それより、何か、話したいこと、あるんじゃないの?

  統増は、悩みもだえる兄に聞いた。すると宗茂は、体を固め、途端に言いづらそうに口ごもる。

  「ああ、まぁ、な」

  「兄さんが時から、そんな気がしてたけど」

  「そうか・・・・・・お前は、俺のことよくわかってるな」

  宗茂は苦笑し、そして、少しずつ話し始めた。

  「お前はさ、俺と違って、子宝に恵まれたな」

  「うん」

  「だから・・・・・・お前の息子をくれないか?」

  「いいよ」

  統増は即答した。

  「えっ!?本当に!!」

  「うん。大方、そうくるだろうなって思ってた。こっちの家でも、兄さんの世継ぎ問題、けっこう大ごとになってるし。兄さんが子供の話題出した時点で、確信した」

  「お前、すごいな・・・・・・」

  「長男は流石にだめだよ」

  「分かってる。義父みたいなことは流石に言わん」

  「はは。父さんも、こんな気持ちだったのかな」

  「かもな。子が出来んのは、立花の宿命か」

  そう言って、二人は笑い合った。

  「四男の忠茂がいいよ。才能、あるから」

  「ああ、すまん」

  そして、立花の跡継ぎは決定した。今回は、以前のように話がこじれることはなかった。