第4章:三人の珍道中と、エルフの屈辱、というか、凌辱

  「ねえタイチさん。そろそろ私のアーマーの魔力が切れそうです。……あちらの岩陰で、少しだけ濃密な供給(スキンシップ)をしませんか?」

  「ちょっと待ちなさいよ。タイチは今、私の魔力回路のメンテナンスをする時間なの。あんたみたいな万年露出狂の相手をしてる暇はないわ」

  「ろ、露出狂じゃありません! 呪いのせいで仕方なく……! それに、タイチさんの隣は私の指定席なんですっ」

  「あら、そんな決まり、どこにあるのかしら? さっさと私と手を繋ぎなさい、タイチ」

  街を出て、森の中の街道を歩く道中。

  俺、九条太一は、深刻な『リソースの奪い合い』による板挟みに遭遇していた。

  右を見れば、潤んだ瞳で俺の袖を掴み、密着してくる家出お嬢様のセリア。

  左を見れば、ツンとした態度を取りながらも、当然のように俺の腕を抱き込んで豊かな胸を押し付けてくるエルフのフィーナ。

  (前世でも、複数のプロジェクトから同時にアサイン(要請)がかかることはあったが……美少女二人から『物理的な密着』を同時に要求されるのは、嬉しい以上に精神的リソースが削られるぜ……)

  そもそも、今回のクエストを持ってきたのはフィーナだった。

  「この凄腕の魔法使い(私)と、強力なバフを与えられるあんた、それに……まあ、頭数としての剣士がいれば、楽に稼げる案件があるわ」

  そう言って彼女が提示した報酬額は、確かに破格だった。

  だが、目的地までの移動中も【マナ・テザリング】による供給は欠かせない。

  セリアのアーマーは魔力が切れると透明化し、フィーナは定期的な圧抜き(メンテナンス)をしないと魔力酔いで自爆する。

  結果として、俺は歩きながら常に二人のどちらか(あるいは両方同時)と密着し続けなければならないという、端から見れば「ただの羨ましいリア充」な、だが本人にとっては「綱渡りのシステム運用」を強いられていた。

  「わかった、わかったから引っ張るな! 順番こ! な? 順番にデバッグしてやるから、二人とも落ち着け!」

  「……タイチさん。私は、タイチさんさえいれば他には何もいらないのに。……この年増の泥棒猫さんさえいなければ」

  「セリア? 今、何か言ったか?」

  「いいえ、何でもありません。ふふっ、大好きですよ、タイチさん」

  セリアが俺の腕にギュッと力を込める。その笑顔は完璧に可愛いのだが……どこか、特定の相手に向けたファイアウォールのような強固な拒絶が一瞬混じった気がした。

  「——さて、そろそろよ。見えてきたわ、『嘆きの谷』が」

  フィーナが谷底を指差す。

  今回のターゲットは、街道を荒らしている【溶解・拘束の粘液魔人】 スライム・ガーゴイルだ。

  「ガーゴイルっていうと、あの石像の魔物か?」

  「普通のはそうだけど、こいつは少し特殊よ。スライムが石像の内部に入り込んで、神経系のように石像を操っているハイブリッドタイプなの。魔法耐性の高い石の外殻と、物理攻撃を無効化するスライムの核を併せ持つ、ちょっと厄介な魔物ね」

  「でも、今の私なら余裕よ。あんたがマナを最適化してくれたおかげで、出力はMAXなんだから」

  フィーナが自信満々に胸を張る。

  「——ッ!! タイチさん、伏せて!!」

  突然、セリアの鋭い叫び声が響いた。

  彼女は俺の腰を抱き寄せるようにして、強引に地面へと押し倒した。

  「うおっ!?」

  直後、俺たちの頭上をドロドロとした緑色の粘液の塊が、砲弾のような速度で通過していった。

  ズドンッ! という鈍い音とともに、先ほどまで俺たちが立っていた地面が陥没し、ジュウウウッと嫌な音を立てて溶け始める。

  「いたわっ! 上よ!」

  セリアが抜剣し、鋭い剣先で渓谷の崖の上を指し示した。

  そこには、体長4メートルはあろうかという巨大なガーゴイルの石像が、関節の隙間から緑色の粘液(スライム)を滴らせながら張り付いていた。

  『ギョロロロロ……ッ!』

  魔人は空へと舞い上がり、口から強酸の粘液を雨のように降らせてくる。

  「きゃあっ! 汚らしいっ!」

  「セリア、俺から離れるな! 溶かされるぞ!」

  「ふふん、見下ろしてるつもりかしら? 落ちなさい——っ!!」

  状況を打破すべく、フィーナが杖を天に掲げ、流れるような詠唱を紡ぐ。

  俺のマナ供給(バフ)によって、彼女の周囲にはかつてない密度の魔力火花が散っていた。

  「【天より降り注ぐ裁きの雷(いかずち)よ、我が敵を穿つ槍となれ——ライトニング・ジャベリン】!!」

  バリバリバリッ!!

  眩い閃光とともに極太の雷の槍が放たれた。一直線に空の魔人へと向かっていく必殺の一撃。

  ——だが、俺の【バックエンド・アイ】は、魔人の石像表面を覆う粘液が、特定の波長を『全反射(リフレクト)』させる設定になっていることを瞬時に見抜いた。

  「フィーナ! 避けろっ! それ反射されるぞ!!」

  「……えッ?」

  俺の警告が一瞬遅かった。

  雷の槍は、粘液の膜に直撃した瞬間、鋭角に軌道を変え——。

  そのまま、地上にいるフィーナ自身に向かって真っ直ぐに跳ね返ってきた。

  ドガァァァァァァンッ!!!

  「フィーナ!!」

  土煙が晴れた後。

  そこに倒れていたフィーナは、間一髪障壁を張ったおかげで直撃は免れていたものの……反射された雷の衝撃と、魔人が追加で放った粘液の飛沫を全身に浴びてしまっていた。

  ジュウウウゥゥゥ……ッ。

  「あ……えっ……? うそ……っ」

  彼女が纏っていた高価な魔法ローブが、粘液によってドロドロと溶かされ、文字通りボロボロになっていく。

  エルフとしての誇り高い装飾が、無残な端切れへと変わり果て、あわや全裸一歩手前の状態となった。

  「ひゃぁっ……! や、やだ……見ないでぇっ!!」

  パニックになり、杖を取り落としてうずくまるフィーナ。

  だが、敵はそんな彼女の羞恥心を待ってはくれなかった。

  『ギュルルル……ッ!』

  上空から急降下してきたスライム・ガーゴイルが、背中から無数の触手(粘液の鞭)を伸ばした。

  「フィーナ! 逃げろ!」

  「えっ……ああっ!?」

  うずくまっていたフィーナの手足や腰に、ヌルヌルとした触手が容赦なく絡みついた。

  そしてそのまま、彼女の体を乱暴に宙へと吊り上げた。

  「いやぁっ! 放しなさいっ! このっ、下等生物がぁっ!」

  空中で手足を縛られ、抵抗するフィーナ。

  だが、触手は彼女の衣服のわずかな隙間や、露わになった白い素肌を、まるで品定めするように這い回り始める——。

  (——つづく)