三話

  一方その頃、宿の騒動など露ほども知らぬウォルカとティーガは、温泉街ののんびりとした散策を愉しんでいた。

  街路は立ち上る湯気の白いヴェールに包まれ、浴衣姿の男たちが連れ立って歩く姿があちこちで見受けられる。露店からは熱々の饅頭や温泉卵の香りが漂い、至る所で陽気な笑い声が響いていた。

  「……この辺りは本当に男ばかりだな。……少し、落ち着く」

  ウォルカが小さく安堵の吐息を漏らす。やはりまだ女が近くをうろつく状況に慣れず、同性のみが放つ無遠慮な喧騒こそが、安息地に見えたのだ。

  一方、ティーガは湯気の香りに鼻をくんくんとさせ、耳をぴこぴこと動かしながら周囲を見回している。

  「温泉の匂いがあちこちからするぜ……。店によって種類が違うのか? 面白そうだな」

  ティーガの黄金の瞳が、子供のように無邪気に輝く。

  ウォルカは相棒のその様子を見て、珍しく口元に柔らかな笑みを浮かべた。

  「……お前は本当に風呂が好きだな。行くか?」

  ウォルカは、このホムラサキの平和な空気感にすっかり油断していた。

  二人は目に止まった温泉の暖簾をくぐり、脱衣所で衣服を脱ぎ捨てる。

  その瞬間、周囲にいた島の男たちの視線が一斉にティーガへと突き刺さった。筋骨隆々とした巨躯、艶やかな黄金の毛並み、そして野生の威厳を放つ堂々とした佇まい。大陸でも稀少な虎の獣人は、島男たちの目には珍奇な宝のように映ったのだろう。

  「行こうぜ、ウォルカ」

  当のティーガは、物珍しげな視線には慣れているのか特に気にする様子もなく、手拭い一本を腰に巻いて意気揚々と奥へ進む。

  ウォルカは男たちの視線に微かな悪寒を感じて眉を顰めたが、相棒の屈託のない後ろ姿に、思い過ごしかと自分を納得させて後に続いた。

  湯船の傍らに、見慣れぬ建物があった。

  「蒸処」と染め抜かれた暖簾の奥の扉から、猛烈な熱気が漏れ出している。

  「蒸処? 何だこれは……」

  「なんだろうな? 熱い部屋で汗を流すのか?入ってみるか」

  中へ入ると、視界が白く塗り潰されるほどの濃厚な熱気と薬草の独特の香りが二人を襲った。

  そこはタオルを巻いた男たちが、滴る汗もそのままにベンチで談笑している空間だった。

  「おや、異国のお客さんか? 蒸処は初めてか?」

  「いいね!一緒に汗を流そうぜ!」

  男たちは底抜けに明るく、親しげに手を振る。ウォルカとティーガは戸惑っているうちに、気付けば流れるような動作で屈強な男たちの間に離ればなれに座らされていた。

  「ホムラサキはどうだ? 大陸に比べりゃ、のんびりしたもんだろ」

  ウォルカの隣に座った男が、当然のように肩を組んで密着してくる。

  「あ、ああ……。平和で、良いところだな」

  ウォルカはティーガの様子を気にかけつつも、やたらと距離の近い男に身を固くする。

  しかし、交わされる会話は極めて真っ当な世間話であり、これがこの島流の親愛の形なのだと自分に言い聞かせるように、奥歯を噛み締めた。

  「はは、固いな。もっとリラックスしろよ」

  次の瞬間、男の厚い掌がウォルカの肩を力強く掴んだ。

  「……何を……っ!?」

  拒絶しようと体を引くが、男はにこにこと笑いながら手を止めない。

  「ただの『あんま』だよ。熱気で開いた毛穴から、汗と一緒に体の中の悪いものを出すのさ。ほら、ほぐしてやるよ、気持ちいいぜ」

  有無を言わさぬ男の指先が、ウォルカの肩から背中へと、凝りをほぐしながら滑り落ちていく。室内を支配する熱気のせいか、抗おうとする思考は薄れ、男の熟練した手付きに背筋が痺れるような感覚に襲われる。

  「……理屈としては、理解できるが……!」

  「ほら、整ってくるだろ? まさか、不埒なことでも考えてたのか?」

  「いや、……そんなまさか……」

  しかし、男の掌がさらに下り、腰に巻いた手拭いの隙間から股間へと直接触れた瞬間、ウォルカの紅い瞳がカッと見開かれた。

  「なっ、どこまで触って……!やはりそうなんじゃないか!」

  「違うって、悪いものを出すんだよ。煩悩は捨てるんだぞ。『あんま』なんだからな」

  男は悪びれもせず、むしろ自然な行為であるかのように、ウォルカの最も敏感な急所を掌の中で力強く握りしめた。

  「……っ!? あ……くっ……!」

  頭に血が上り、熱気と羞恥で意識が混濁する。逃げ出そうにも、獣人の急所である尾の付け根まで握られて、全身から力が抜けていく。

  一方、ティーガの方では、さらに露骨な「洗礼」が繰り広げられていた。

  「はぁ……! ちょっと、待てって……あ、ぅっ……!」

  「虎の獣人は珍しいからな。ちょっと触らせてくれよ」

  「なんだ? やたら反応が良いな。本当は触られ慣れてるんだろ?」

  ティーガは三、四人の男たちに前後から囲まれ、蹂躙されるように全身を撫で回されていた。

  「う、ぁ……お前ら、よってたかって……んぁっ、あっ……!」

  そのうちの一人の男は、ティーガの腰布を剥ぎ取る勢いで、彼の立派な陰茎をその手にすっかり収めていた。

  「おお、でけぇなぁ! 虎の獣人はみんなこうなのか? 見事なもんだぜ!」

  男たちの掌がティーガの太ももの内側を執拗に擦るたび、ティーガの巨躯はびくびくと震える。

  「やめ……あ、くそっ! ……っ、勃っちまうって……あぁっ!」

  男たちは「いい声出すな~」「しっかり悪いものを出しきらねぇとな」と下卑た笑い声を上げながら、ティーガの全身に脂汗の混じった掌を這わせ続ける。

  蒸処の熱気の中、二人は島の男たちの身勝手で濃厚な「親愛」という名の蹂躙に、なす術もなく甘い声を上げ続けるしかない。

  「……ッ、はぁ……、はぁ……」

  ウォルカの喉からは、ついには抗いきれない艶やかな吐息が漏れ出していた。

  男の掌は「あんま」の域を完全に超え、蒸された空気による息苦しさで意識が朦朧とする中、急所を的確に突く刺激が脊髄を伝っていく。

  「ほら、力が抜けてきたな。……いいぜ、全部出しちまえ。我慢は体に毒だからな」

  ウォルカの理性は、ティーガの姿を懸命に手繰り寄せようとする。だが、蒸処の熱気と、男の図々しくも熟練した愛撫が、その境界を曖昧にしていく。男の指が強く乳首をつねった瞬間、ウォルカはびくんと仰け反り、その「悪いもの」を男の手の中に勢いよく放出していた。

  「……ッ、くっ、あぁ……っ!!」

  全身が激しく痙攣し、紅い瞳が虚空を見つめる。出しきった後の脱力感と、拭いがたい恥ずかしさが熱気の中に溶けていった。

  そして、その隣では――。

  ティーガの甘い喘ぎ声が、蒸処の天井に反響していた。

  「う、ぁ……っ! お前ら……もう、勘弁……しろって……ぁふ……!!」

  前後から男たちに密着され、全身の毛並みを脂汗の浮いた掌で撫で回される。

  「ガハハ! 虎の兄ちゃん、出す量も凄そうだな!」

  「ほら、もっと腰を振れよ。出しきらなきゃ、整わねえぞ!」

  「ん、ぁ……っ! あ、あぁっ……、だめだ……出る、出るッ!!」

  ティーガの腰は、もはや自分の意志を離れて激しく跳ねていた。そして、全てに抗えぬまま――

  「あ、がっ、あーー……っ!!!」

  白濁した熱い「悪いもの」が、男たちの手や床に勢いよく飛び散る。巨躯を大きく震わせ、ティーガはそのまま男たちの腕の中に倒れ込んだ。

  ―――

  数十分後。

  蒸処を出て、水風呂の冷気に晒された二人は、完全に魂が抜けたような顔でベンチに座り込んでいた。

  「……。……整ったな、ウォルカ」

  「……黙れ。二度と、ここには来ない」

  ティーガの黄金の毛並みは男たちに執拗に揉みしだかれたせいで無残に逆立ち、ウォルカの白い耳は、上気したまま覚めやらぬ情欲の赤みを帯びている。

  「あー……まぁ、いいじゃねえか。おかげで船旅の疲れも、煩悩も……全部『出しきって』スッキリしたぜ」

  ティーガはそう言って呑気に笑うが、その顔には、自堕落な快楽の残滓が漂っていた。

  ウォルカの目が冷たく光り、鋭くティーガを睨む。

  「お、お主達……! 我に供給すべき精を、まさか無駄撃ちしてきたというのか……!? 我が消滅寸前だというのに……!?」

  ティーガの腰にくくりつけられた革袋の中で、リューゴがかつてないほど激しく、絶望に革袋を震わせている。

  だが、今のウォルカにはその叫びすら耳に届かなかった。こみ上げてくるのは、自分自身の脆弱さへの猛烈な自己嫌悪。そしてそれ以上に、隣で「スッキリした」などと抜かしている相棒への、灼けつくような怒りだった。

  他の男たちの手が、ティーガの誇り高い黄金の毛並みを汚し、その股間を弄び、更にはあろうことか絶頂までさせた。

  その事実が、ウォルカの胸の奥でどす黒い独占欲となって渦を巻く。

  (俺以外の男に、またあんな顔を……。娼夫ではなくなったはずなのに……許せない)

  ウォルカは立ち上がり、未だにじわりと熱を帯びている己の股間を無視するように、乱暴に浴衣を羽織った。

  「……宿に戻るぞ。リューゴの補給が、……急務のようだ」

  ティーガを睨みつけるウォルカの紅い瞳は、もはや冷静な騎士のものではなかった。獲物を屠る直前の獣のような、ギラギラとした鋭い執着。

  嫉妬が爆発寸前の彼は、ティーガの腕を強引に掴むと、逃がさないと言わんばかりの力で指を食い込ませた。

  「いっ…、ウォルカ、落ち着けって……。悪かったよ」

  「黙れ。お前が誰のものなのか分からせてやる」

  ウォルカはティーガの腕を掴んだまま足早に宿への道を急ぐ。

  その足取りには、宿に戻った瞬間、この虎の獣人を無茶苦茶に組み伏せて、その全身を自分の色だけで塗り潰してやるという、狂おしいほどの情熱が漲っていた。