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白濁にじむ遺言書 第二章

  第二章

  ベッドのように柔らかなじゅうたん、音楽ホールのように高い天井、星空のようにきらびやかな意匠。どこを見ても、リョージの常識を超える世界がそこには広がっていた。

  「お待ちしていました、トキヤ様、お連れ様。カガリネ様がお待ちでございます」

  戸惑っているリョージに、ふいに声がかけられた。振り返れば執事服を着たヤギの顔をした老人がトキヤ氏に対して頭を下げていた。本当はパートナーとして付き添っているリョージにも下げているのだろうが、何分そういった対応に慣れていないので完全にトキヤ氏に任せてしまっているのだ。

  「お久しぶりです、今日はいったんダイニングルームと伺っていますが」

  トキヤの言葉にヤギの老人は大きくうなずいた。

  「ご案内はご入用でしょうか」

  「いや、結構。このまま二人で行きますよ」

  ヤギの執事にそう答えると、トキヤ氏は「行きましょう」とリョージに声をかけた。そのまま背中を向けて歩き出すトキヤ氏の後ろを、リョージは足早に追いかける。

  「よかったんですか?」

  「ええ、さすがに実家で道に迷いはしませんよ」

  そういって笑うトキヤ氏に、リョージは苦笑で答えた。正直気を抜けば道に迷ってしまいそうだ、と思っていたからだ。誤魔化すように愛想笑いをするリョージに、トキヤ氏はちらりと視線を投げる。

  「リョージさん、禰寝家の遺産がどれくらいか想像されていますか?」

  不意に言われ、リョージは目をぱちくりとさせた。さすがに金額に踏み込むのは失礼に当たると思い聞くつもりはなかったのだが、先に向こうから聞かれてしまったのだ。

  「えっと……じゅ、十億とか……?」

  あてずっぽうで答えるリョージ。「ねじれめ工房」は日本有数の大企業である。そこの社長となれば果たしてどれほどの金額になるのだろう。もっとも、遺産相続に関してリョージは少しだけ世間の人より詳しいといっていいだろう。探偵という仕事の都合、人探しを請け負うことも多くある。そういった依頼の裏側に、生き別れた兄弟や隠し子を探してほしいというような話が潜んでいることがあるのだ。もちろん深く踏み込むことは少ないが、気が大きくなって話してくれる依頼人も少なくない。数百万から数千万くらいの話は聞いたことがあったので、その最大値のさらに十倍くらいを適当に答えてみたのだ。

  トキヤ氏は足を止めぬまま、ちらりとリョージのほうを振り返る。すぐに前に向き直り。

  「――百二十億」

  ぽつり、とつぶやいた。

  「ひゃく……」

  リョージが思わず言葉に詰まる。もはや予想がつかないレベルの話である。フィクションであればポンとでてくる数字かもしれないが、いざ自分がかかわる数字としては正直予想外であった。

  「税金、すごいんでしょうね……」

  予想外すぎて、そんなコメントしかでてこない。

  「私も詳しくはないですが、だいたい半分くらいは持っていかれるんじゃないですかねえ」

  トキヤ氏はあっけらかんと答えてくれた。半分といわれると、つまり六十億は税金である。六十億あればリョージは遊んで暮らせるというのに。

  「もっとも正確な数字は私も知りませんけどね。だいたいそれくらいじゃないかな、と思います」

  ということは百二十億でも控えめに計算している可能性があるということだろう。もはやリョージにとっては上限を突き抜けていて、どこまで増えてもピンとこない領域ではあるが。

  「問題は、それだけの額が今日動く、ということです」

  トキヤ氏が足を止めてこちらを振り向いた。心配そうな顔でリョージを見つめている。

  「誰かが、何かを仕掛けてくる可能性があると?」

  リョージの言葉に、トキヤ氏はためらいながらうなずいた。兄弟を疑いたくはない、だが何が起こるかわからない。そういうことだろう。そしてそれに関してはリョージも同感だった。であれば、先ほどの執事の案内を断ったのもそういうことかもしれない。すでにほかの兄弟の息がかかっている可能性があるのだ。

  「行きましょう、遅れることにメリットはありませんから」

  トキヤ氏が気を取り直したように微笑むと再び歩き出す。リョージは足早に彼に追いつくと、先ほどよりも少し距離を近づけてトキヤ氏の後に続いた。

  長い廊下を二人は歩く。右手にある窓から外をのぞくと、トキヤ氏が車を止めたガレージハウスが見えた。先ほど外から長男であるオオカミを見かけたのはこのあたりだったのだろう。ということは道は間違っていないはずだ。

  「離れはこの先になります」

  トキヤ氏が足を止め、リョージに廊下の先を示した。

  聞いていた通り、そこは離れになっているようである。といってもここから外に出る、ということではなさそうだ。廊下の先はY字路のように二つに分かれている。左に進めばそのまま屋内へ、右に進めば隣の建物へとつながる渡り廊下になっているようだ。廊下自体は壁もあるが、おそらく後から増設したのだろう。少しだけ壁の質感は本館と異なっているようだ。

  トキヤ氏はそのまま左に曲がる。車の中の話だと離れで行う、という話だったが右に進むわけではないのだろうか。そういえばさっき執事とはダイニングルームという話をしていたように記憶している。その時はなんとなく聞き流していたが。

  「そっちなんですか?」

  リョージの言葉にトキヤ氏は迷わずうなずいた。

  「いったん、こちらのダイニングルームで話をするそうです。それから離れへの移動ですね」

  細かい説明を省いて申し訳ない、とトキヤ氏は苦笑を浮かべた。確かに事前にそう話されていも混乱しただろうから別に構わないのだが。今度はわざわざ移動する意味が気になった。離れを使うとは、どういうことだろう?

  「それは――直接聞いていただいたほうが早いと思います」

  リョージの質問にトキヤ氏はそう返し。そして大きな扉の前で足を止めた。そのまま扉に手をかけて、両開きの扉をゆっくりと開く。リョージはトキヤ氏の後ろに立ち、こっそりつばを飲み込んだ。

  中には、三人の人物が待っていた。先ほどみた銀色のオオカミが椅子に座っており、その後ろには控えるように立つ執事服を着たキツネ。そしてメガネをかけた背の低い老獅子が少し離れたところに。オオカミは確か長男だという話だったし、キツネはその執事だったはずだ。ではもう一人の老獅子は誰だろう。

  「お待ちしておりました。そして、お久しぶりです、トキヤ様」

  そう言って老獅子は頭を下げた。それにトキヤ氏も頭を下げる。

  「ご無沙汰しております、カガリネ先生」

  トキヤ氏の言葉にカガリネと呼ばれた老獅子は頭を下げる。そういえば先ほど屋敷の入り口で使用人が「カガリネが待っている」と言っていた気がする。どうやらその当人であるらしい。

  「ずいぶんとご立派になられて……」

  カガリネは先ほどまでの生真面目な顔つきが崩し、孫を見るような暖かな目つきで柔らかく微笑んだ。もっともトキヤ氏はそれが気まずいようで、どこか困ったような顔で視線を逸らす。

  「私ももう二十の半ばを超えましたからね、さすがに落ち着きますよ」

  そこでカガリネはこちらを改めて振り向いた。

  「パートナーも、きちんと見つけていただいたようですし?」

  カガリネはリョージに歩み寄り、すっと手を差し出した。握手を求められているのだと気づいて、慌ててその手を握る。

  「初めまして、篝音(かがりね)地央(じお)と申します。禰寝家の顧問弁護士を務めております」

  「ご丁寧にありがとうございます。俺――私は鈴城良治ともうします。えっと……」

  パートナー、という触れ込みであるが、探偵だと話してもいいものだろうか。その辺りの打ち合わせをまだしていなかったことに気づき、トキヤ氏に視線を送る。彼もそのことに気づいたようで、少し慌てた様子でこちらを見ていた。

  「トキヤさんとは、まだ最近知り合ったばかりでして。まさかこんな大きなお屋敷に連れてこられるとは思っていませんでした」

  どちらにせよ、今は探偵であることを明かさない方が良さそうだ。知り合ったばかりというのは本当だし、屋敷が予想よりも大きかったのも事実である。嘘は言っていない。ただ職業と、トキヤ氏との出会いを省略しているだけである。

  「なるほど。トキヤさんは落ち着いておられますが思い込んだら一直線なところがありまして……うまくコントロールしてあげてください」

  ニコニコと笑顔を見せながら、カガリネはそんなことを口にする。すぐ隣でトキヤ氏が頭を抱えているところを見ると、どうやら頭が上がらないらしい。カガリネは見たところ初老といっていい年齢だし、ずっと顧問弁護士として来ていたのであれば、トキヤ氏にとっては親戚のおじさんのような立ち位置なのかもしれなかった。

  「久しぶりだな、トキヤ」

  そんなトキヤ氏に、オオカミが声をかけてきた。

  「く、クロト兄様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

  一瞬慌てたものの、トキヤ氏はすぐに表情を戻してきちんと頭を下げて挨拶をした。先ほどのカガリネとの挨拶よりもかしこまっているように思える。金持ちの家というものはそういうものだろうか、とリョージはぼんやりとそれを眺めていた。

  「こちらは初めましてだな」

  クロトと呼ばれたオオカミは椅子から立ち上がりリョージへと歩み寄り、握手を求めて手を差し出した。

  「鈴城良治君、だったか。初めまして、トキヤの兄、禰寝玄斗だ」

  立ち上がると、背が高いと思っていたトキヤ氏よりもさらに高い。体格もよく、着ているスーツも今にもはじけるのではないかというほどに膨らんでいる。差し出された手も、軽々しく握ると握りつぶされるのではないかと思うほどに力強い手をしていた。一瞬躊躇するが、ここで握り返さないという選択肢はない。リョージはそっとその手に自らの手を重ねた。ふわり、と煙で燻したような甘い匂いが立ち上る。おそらくクロトが着けている香水だろう。

  「よろしくお願いします、お噂はトキヤさんから聞いていますよ」

  そう言って笑って見せると、クロトは少し自嘲気味に小さく鼻で笑った。

  「さて、どんな悪口を吹き込まれたかな」

  クロトの視線はリョージの隣にいるトキヤ氏に向けられている。彼はそれを察してか慌てて口を開こうとするが――

  「またお戯れを」

  すっと、キツネの執事が前に出て、トキヤ氏の発言を遮った。

  「トキヤ様がクロト様のことをどうお思いかは、よくご存じでしょう?」

  そういって薄く笑うキツネの執事。細い目からは彼の感情を読み取ることは難しい。

  「申し遅れました、私クロト様の執事をしております。四十八願差(さ)一(いち)と申します。以後お見知りおきを」

  サイチはそう言って恭しく頭を下げた。その動きは流れるようにスムーズで、普段から上品でスマートな動きをしているのだろうと想像できた。

  「ヨイナラさん……ですか。珍しいお名前ですね」

  「ええ、できればサイチとお呼びください。口にするにも、字にするにも少々手間が多い名前ではありますので」

  ゆっくり頭を上げたサイチは先ほどと変わらない笑顔を浮かべていた。目も、表情も先ほどから一分の動揺も見られない。どころか、感情らしきものを読み取らせてもらえない。

  ――こりゃあ、ずいぶんと面倒なのが相手だな

  リョージもまた表情に出すことなく、心の内で小さく呟いた。

  (私、このヒト苦手なんです)

  そっとリョージの耳元でトキヤ氏が囁いた。なるほど、確かにこの性格だと苦手に思っても不思議ではなさそうだ。

  「ふふ、それでもきちんとご挨拶していただけて、光栄ですね」

  どうやらトキヤ氏の囁きが聞こえていたらしく、サイチは満面の笑みをトキヤに向けた。顔を覆って視線を遮ろうとするトキヤ氏と、それに少しだけ笑みを浮かべ微笑まし気に眺めているクロト。リョージはどうしていいかわからずそっとカガリネを振り返ってみた。

  カガリネは少し離れたところで手元の書類と、腕時計を何度も確認している。もうそろそろ、遺書の公開が近いのだろうか。

  「カガリネ、そろそろ時間ではないか?」

  のし、と音を立てそうなほどの重量感を持って足を進め、クロトは再び椅子に腰かけた。子供の胴体ほどもありそうな太い足を持ち上げ見事に組んで見せる。その堂々たる動きは、まさに社長にふさわしいだろう。これならトキヤ氏が「兄にふさわしい」と言っていたのもうなずけるというものだ。

  「ええ、そろそろ始めたいのですが……まだお二方、来られてませんね」

  困ったような顔でカガリネは眼鏡の位置を直す。確かにこの場にはまだ弁護士であるカガリネと、長男・次男の二組だけである。確か弟が複数人いるという話だったので少なくともあと二組はいるはずだ。今のうちに弟について尋ねていてもいいかもしれないが――

  「おう、待たせたな!」

  リョージが口を開くよりも早く、そんな声が部屋に響いた。部屋の入り口――リョージの後方に、全員の視線が集まる。クロトは先ほどよりも冷たい目をしているし、トキヤ氏とカガリネは失望したような顔をしている。サイチは相変わらず表情は読めないが、決していい感情を持っていないことはその空気から読み取れた。

  「おいおい、せっかく俺っちが来たってのによぉ、ずいぶんテンション低いじゃねえか、あぁ?」

  リョージも正直振り向きたくはなかった。縁を作りたくないタイプの人間がそこにいることは容易に想像がつくからだ。だがここでいつまでも背中を向けているわけにもいかない。しぶしぶ、といった心持でリョージはゆっくりと振り向いた。

  そこにいたのは、おおよそ予想通りの人種だった。といってもどんな獣人がいるとか、そういうことが予想がついたわけではない。そこにいたのは一人のハイエナ獣人。素肌に直接ジャンパーを羽織っており、穴が空いてボロボロになったジーンズを穿いている。ジャラジャラとブレスレットや指輪を身に着け、大きな耳にはたくさんのピアスが付いている。姿勢は悪く背中を丸めて、下から見上げるように部屋の中を見渡していた。近くに寄らなくても、リョージの鼻にはタバコのニオイが届く。おそらくさっきまで吸っていたのだろう。

  「お、知らねえニンゲンがいるじゃん?」

  ハイエナはリョージの近くまでくると胸元に顔を近づけてニオイを嗅いでくる。正直不快だったが、ここは少しでも愛想よくしておくべきだろう。

  「初めまして。トキヤさんに連れてきていただいた、鈴城良治と申します」

  意識的に笑顔を浮かべて手を差し出す。それを見たハイエナはニヤニヤとした顔でリョージの顔を覗き込み。

  「おっと」

  噛みつくように顔を近づけてきたのを、リョージはさらりとかわして見せた。

  「なんだ、いい反応するじゃねえの」

  まるでイタズラが見つかった少年のように笑うが、今のをかわさなければおそらく唇を奪われていたことだろう。もしこの場にユウがいれば、きっとケンカが始まっていたはずだ。安心したような、複雑な気分である。

  「おいおいハクジュ、そんな突然じゃあオッサン怯えてるじゃねえか」

  ハイエナの後ろからもう一人、大柄な男が入ってきた。こちらも素肌にレザーのジャケットとパンツを身に着けた白い虎の男。顔はティアドロップのサングラスをかけているためハッキリとはわからないが。どちらかがトキヤ氏の弟で、どちらかがパートナーなのだろう。年齢的には白虎の方が年上のようなのでハイエナが弟だろうか。

  「大丈夫ですか、リョージさん」

  少し後ろからトキヤ氏が腕を引いてくれる。リョージはそれに従いハイエナから離れるように一歩後ずさる。

  「ハクジュ。お客様にどういうつもりだ?」

  ぞくり、とリョージの背中を嫌な予感が駆け上る。これは生物的な反応だ。ただ単純に、恐怖を覚えている。警察を辞めてから――いや、その前から。ここまでの恐怖を覚えたことはない。その対象が今、自分の後ろに立っている。ごくりと唾を飲む音が自分の喉から聞こえた。恐る恐る振り返れば、そこに立っているのは予想通り、椅子から立ち上がったクロト。この場の誰よりも背が高い彼は、周りのすべてを見下ろすように、ハクジュと呼ばれたハイエナを見下すように睨みつけていた。

  「おー、こわいこわい。久しぶりに会ったってのに、オニイサマはなんでそんなにキレ散らかしてんのかねえ?」

  ケラケラと笑いながらハイエナはおどけるようにして白虎の影に隠れた。確かにクロトが殴り掛かったとして、体格的にそれを止められるのは彼だけだろうが。

  「クロト様、いったんお静めください」

  そう言ってクロトを止めてくれたのは小さな老獅子、カガリネである。

  「ハクジュ様も、少しお控えください」

  続いて、ハイエナに対して冷たい視線を向けるカガリネ。へーい、と軽い返事だけをしてハイエナは黙ることにしたようだ。

  「申し訳ありません、鈴城様。私の方から紹介させていただきます」

  クロトが再び椅子に座ったのを見て、カガリネは小さく息を吐く。それからようやく、ハイエナと白虎の紹介をしてもらえるようだった。

  「こちら、ハイエナの方が禰寝家の三男禰寝白樹(はくじゅ)様です。白虎の男性がパートナーの……」

  そう言って視線で白虎に問いかけるカガリネ。白虎はサングラスを外すとニヤリと笑って。

  「宿木(やどりぎ)郷(ごう)だ」

  ベロリと舌なめずりして見せる。淫靡な空気を漂わせるこの白虎――ゴウはハクジュよりも食わせ物かもしれないと、リョージのカンが告げていた。

  「宿木様ですね。お待ちしておりました。ともかくハクジュ様も、宿木様もいったんお座り下さい。トキヤ様と鈴城様も、そちらに」

  カガリネに促されるままに、リョージとトキヤは席に着く。カガリネを正面に、リョージとトキヤ、クロト、ハクジュとゴウという並びだ。サイチは席に着かずクロトの後ろに控えるように立っている。間にクロトをはさんだのは長男が中心にいるべき――というよりも下手にリョージにちょっかいをかけないようにするためだろう。

  「これで全員――ではないよな?」

  リョージの言葉にトキヤ氏はうなずいた。

  「あと一人、一番下の弟が――」

  「すいません、おそくなりましたぁ!」

  開け放たれていた扉から蒼い塊が弾丸のように飛び込んできた。思わず目をしばたたかせながら、リョージは飛び込んできたままうずくまっているその人影に視線を向けた。碧い、と感じたのはどうやら服ではなく肌であったらしい。そこにうずくまっているのは、やはり大柄なワニの青年だった。この家の子供たちはみな体格がいいのか、と考えるがそういえば三男のハクジュは人並み程度だったように思う。ちらりと視線を向ければ、肩幅はあるが鍛えてはいないという風だ。きちんとトレーニングをすれば他の兄弟たちに劣らない体格だったかもしれないが、そんな真面目な性格ではなかったのだろう。

  「大丈夫ですか、ソウガ様」

  カガリネが困ったような顔でワニの青年に歩み寄る。それほど心配している風に見えないあたり、きっとこの状況はいつも通りということなのだろう。実際本人もなれた様子ですっと立ち上がり、膝や腹を軽くはらった。

  「あ、はい、大丈夫ですっ! いつも騒がしくてすみません!」

  ニカっと笑ってごまかそうとするワニ。立ち上がった服装は黒い学ランで、どこにでもある高校の制服といった印象だ。

  「――高校生?」

  リョージは思わずつぶやいた。実際レンが着ている制服とそっくりだったからだ。

  「そうですね、一番下の弟――蒼牙(そうが)は今年で十八歳のはずです」

  リョージの言葉にトキヤ氏がそっと答えてくれた。なるほど、高校生ではあるがギリギリ成人ではあるようだ。

  もっともそんなことを考えていられたのは一瞬だけだ。その後ろから入ってきたソウガのパートナーを見て、思考が止まってしまったのだ。

  「いらっしゃいませ、ソウガ様のパートナーでございますね。篝音地央と申します」

  カガリネが差し出した手を。

  「ご丁寧にどうもありがとうございます。箱辺柳と申します」

  ユウは丁寧に握り返していた。

  「あれ、あの方……」

  隣でトキヤ氏も気づいたようだが、それにこたえる余裕はリョージにはない。予想外の状況に何も言えず、どう対応するべきかもわからない。

  「それでは皆様そろいましたので始めさせていただいてよろしいでしょうか。

  ソウガ様も箱辺様も、どうぞお座りください」

  カガリネの言葉にユウとソウガはハクジュの隣の椅子に腰を下ろした。

  ユウの方はリョージが見ていることに気づいているはずだが、視線を合わせようとはしてこなかった。まさかリョージに気づいていないはずもないというのに。なんなら今すぐ飛び掛かって問い詰めたいところだが、さすがに遺言書の公開中にそんなことをするわけにもいかないだろう。実際カガリネは既に遺言書を手にしている。

  「では……十二月十日、午前九時三十二分……」

  カガリネがポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。記録をとるのに必要なのだろう。思わずリョージも自分の腕時計を確認した。時間はずれていないらしい。

  「禰寝琥珀様の遺言書を、私カガリネが公開させていただきます」

  そう言って彼は深々と頭を下げた。クロトはもちろん、ソウガやハクジュもさすがにこの状況で騒ぐつもりはないようだ。厳かな雰囲気で、カガリネはゆっくりと口を開く。

  『――遺言書。第一条、遺言者は遺言者名義の――と、書くと思っただろうか。いや、さすがにワシの息子にそんな常識人はおるまいな』

  予想外の流れにリョージは思わずカガリネを振り返った。表情を見るが、特にふざけている様子はない。どうやら本当にそう書いているようだ。法にのっとった書き方ではないようだがそれは許されるのだろうか? だがクロトもトキヤもハクジュも、それにソウガも。誰一人異議を申し立てるつもりはないらしい。むしろこの状況に驚いているのはリョージだけのようだから、リョージが何も言わなければ話はスムーズに進むのだろう。

  『この文書が公開されているということは、ワシはすでにこの世にいないだろう――というの、一回やってみたかったのだ』

  ずいぶんとお茶目な社長だったらしい。正直きちんとした形式にのっとってくれた方がリョージとしては理解しやすいのだが……故人が一度やりたかったというのだから、せめてその希望くらいは叶えてやるのが武士の情け、なのかもしれない。別に武士ではないけれど。

  『さてさて、堅苦しい話は終わりにして早速遺産のことを伝えよう』

  堅苦しい話なんて最初の十六文字くらいのものだったが。

  『本来ならここで遺産目録をきちんと記すのが必要なのだが、それに関してはいったん控える。最低限「ねじれめ工房」の経営権と、私が父――お前たちの祖父――から受け継いだ「おたから」を譲ろう。換金すれば、それはもうスゴイことになるぞ?』

  リョージはツッコミを入れたくなるのをぐっとこらえる。膝の上でこぶしを握り、必死で耐えた。

  『それらをかけて、今この場にいる四人の息子たちに競い合ってもらおう。もちろん遺産を相続できるのは一人だけだ。その一人が決まった段階で、きちんとした本物の遺言書と遺産目録をカガリネに確認してほしい。まあつまり、今読んでもらっているこれはニセモノなのだ。ビックリした?』

  どうやらキチンとした遺言書は別に用意されているらしい。リョージはそれを聞いてそっと胸をなでおろした。

  『そしてその一人を決める方法だが……まさにその遺言書を隠している場所を見つけてほしい。探し出したものをカガリネに渡した時点で相続人の確定とする』

  なるほど、なんのことはない。宝が欲しければ宝探しに参加しろ、ということだ。確かにそれならリョージを選んだのは間違いではなかったかもしれない。もっとも、これがただの宝探しで終わるのならば、であるが。

  『それと事前にカガリネから聞いていると思うが、父の意向で今回遺産相続の権利を有しているのは「処女」、つまり非貫通の男のみである。ぜひ連れて来たパートナーと仲を深めつつ遺言書の場所を捜索してほしい』

  その文脈で「仲を深めろ」と言われても不穏な意味にしか取れない。というか、そもそもこの場にいる人物は皆そちら――同性愛者なのだろうか? リョージは改めて、目だけで周りの人物を確認する。

  この場を取り仕切る老獅子の弁護士、カガリネ。

  銀の毛皮を持つオオカミ、長男のクロト。

  そのパートナーでキツネの執事、サイチ。

  和風で纏めたハクトウワシ、次男のトキヤ。

  パンクファッションのハイエナ、三男のハクジュ。

  むしろ主導権を握っている白虎、ゴウ。

  学ランを着た高校生のワニ、四男のソウガ。

  そして、ハスキーとオオカミのミックスであり、リョージの……ソウガのパートナー、ユウ。

  この場にいるのは、リョージを除き全員が獣人である。以前もこんな状況があったな、とリョージはこっそりため息をついた。

  獣人はそもそも、生まれつき同性愛者になりやすいという話がある。どこまで信ぴょう性が高いかはわからないが、確かにリョージの体感としてもその傾向はかなり高い。実際、最も身近な例である助手のユウもおそらくそうだ。そう考えるとここにいるメンツもそういうことかもしれないと、どうしても思ってしまう。

  「内容としては以上ですが……念のため、確認させてください。今現在ここに処女でない方はおられますか?」

  カガリネの言葉に誰も答えない。それはそうだろう、仮に経験があったとしてここでそれを言う馬鹿はいない。どうしてわざわざ自分から不利になることを証言しなければならないというのか。

  ――そうじゃねえよなぁ

  リョージは内心頭を抱えていた。当然のように考えていたが、正直意味が分からない。なんなのだ、「処女のみが権利を有する」というのは。どういうことだ、「この中に非処女はいるか」という質問は。遺産といえば、ヒトが亡くなった後にそれを譲り受けるという話のものである。そこにこんな不謹慎なものを混ぜていいのか。

  全力でそうツッコミをいれたかったのだが、リョージ以外は誰もそれを疑問に思っていないようだった。なんならユウすら真摯な表情で受け止めているように見える。ここではリョージの方が異分子なのだろう。

  もっともここで勇気をもってツッコミを入れたところで、カガリネやクロト辺りが「そういうものだ、嫌なら帰れ」と言ってしまえばリョージは、そしてトキヤ氏はそれに従うしかない。それは依頼人であるトキヤ氏の不利益でしかないのだ。であればここはぐっと飲みこんで、今は話の先を聞くしかあるまい。そして処女がどうこうという話になる前にさっさと遺言書を見つけるしかないだろう。

  「でもよぉ、紙ッぺらだろ。それこそどこにだって隠せるじゃねえか」

  初めてカガリネの話に口を挟んだ人物がいた。椅子に大きくもたれるようにして、天井を仰ぐように見ている態度の悪い白虎。ゴウだ。

  「もちろん、手がかりはきちんと準備させていただいております」

  「へぇ、ジイさんがくれんのか?」

  言いながらゴウは舌なめずりをしてカガリネを値踏みするように視線を向けた。しゃべるだけで、見るだけで下品な男だとリョージは思う。

  「……まずは離れの方へ。皆様にお泊り頂くお部屋を用意してあります」

  カガリネは全員に立つように促すと、一足先に部屋の出口へと向かう。全員が立ち上がり、カガリネの後に続いたのをみて彼は再び歩き出す。ダイニングルームを出て、先ほどの廊下を歩いていく。トキヤ氏と話をしていたY字路まで戻ると、離れに続く渡り廊下へと足を踏み入れた。玄関から来た時に、右に見えた方の廊下である。

  「こっちに入るの、初めてだなぁー」

  のんきな声が後ろから聞こえる。おそらくソウガの声だろう。そしてその隣にはユウがいるはずだ。できれば今すぐ横に並んで、小声ででもいいから問い詰めたいところである。今回の件に巻き込まないためにリョージは一人で来たというのに、どうしてユウがここにいるのか。

  いや、どうしてなどと聞く必要はない。隣にいるソウガがすべての答えだ。見たことのある制服だと思ったのもそれはそうだ、レンと同じ制服なのだから。そしてトキヤ氏が依頼に来る前に、レンは禰寝家について何か話したそうにしていた。おそらくレンとソウガは知り合いなのだろう。その時点でリョージに話すはずが、先にトキヤ氏が来てしまったためにその機会を失ったのだ。そこでユウに同情したからなのか、他に相談する相手がいなかったからなのか、ユウに話が回ってしまったということだ。

  「リョージさん、大丈夫ですか」

  そっとトキヤ氏が耳打ちしてくれる。そんなに思いつめた顔をしていたのだろうか。慌てて表情に気を配り、なんでもない風を装う。

  「すみません、考え事を」

  苦笑を浮かべて頭を掻いて見せる。こうしておけば、ひとまず深くつっこまれることはないだろう。今はカガリネの説明を仔細漏らさず、聞くことが大切なのだ。幸い歩き出してからは何も説明はしていないし、怪しげな動きもしていない。ひとまず聞き漏らしの心配はないだろう。

  「さて、皆さま」

  やがて、廊下が再び二手に分かれている場所に行き当たった。そこでカガリネは足を止め、振り返って全員の顔を見渡す。皆が――ゴウさえも――神妙な顔で言葉の続きを待っていた。

  「ここから二手に分かれていただきます。とはいっても、左右で違いがあるというわけではございません。皆さまの部屋がそれぞれにあるだけでございます」

  すっと右手を上げ――つまりリョージ達から見て左方向の廊下を指してカガリネは続けて口を開く。

  「こちら、左手側に進んでいただきますと左手に扉がございます。そちら、ハクジュ様及び宿木様のお部屋になっております。中はご自由にお使いください。

  そのまま扉を進み、奥に見えます曲がり角を曲がっていただきますと、同じように左手側に部屋がございます。そちらはハクジュ様、四十八願様がお使いください」

  そう言って彼は頭を深く下げた。今度はリョージ達からみた右の廊下を指す。

  「こちらも同じように進んでいただきますと右側にお部屋がございます。そちらはトキヤ様、鈴城様がお使いください。

  そしてやはり奥の角を曲がっていただきますと右手にお部屋がございます。そちらはソウガ様、箱辺様でお使いください」

  視線をやれば確かに右手の廊下の奥、右側の壁には廊下のようなものが見える。では左手側はどうなっているかというと、壁に窓がありそこから光が差し込んでいる。覗いてみないと断言はできないが、中庭になっているのではないだろうか。

  カガリネの説明を総合すると、おそらくこの廊下は中庭をぐるりと囲む形で、四角形に作られているのだろう。そして四辺の外側にそれぞれの兄弟が使う部屋があるのだ。

  「カガリネさーん、ヒントはどうしたのさ?」

  ハクジュがカガリネに歩み寄り、その顎に手をかけようと伸ばす。しかしカガリネは軽く身を引くとそれをするりとかわしてみせた。

  「お部屋の中にはしばらくの生活に必要なものがそろっております。トイレやバスルームはもちろん、キッチンや冷蔵庫には食材もご準備させていただきました」

  ゴホン、と咳払いが聞こえた。どうやらクロトがカガリネに何か合図を送ったらしい。

  「もちろん、忘れてはおりません。今回部屋の中の家具はすべてクロト様が用意してくださいったものです」

  なるほど、それをアピールしろということだったのだろう。兄弟に対してのアピール……ではなさそうだ。ハクジュとは仲が悪そうだし、ソウガはまだ高校生。トキヤ氏はクロトの仕事はよく知っているというように隣でうなずいている。となるとこれはリョージとユウ――なんとなくだがゴウは入っていない気がする――に対するアピールなのだろう。

  「でもどうしてクロトさんが家具を?」

  そこがリョージにはわからない。わざわざアピールしたからにはそのことによるメリットが彼にあると思うのだが。とはいえ「ねじれめ工房」はおもちゃ会社であって、家具を開発しているわけではないはずだ。我慢できず、そっとトキヤ氏に耳打ちしてみた。

  「えっと……あとで詳しく説明しますが、兄は家具の輸入会社の社長なんです」

  「ッ!?」

  思わず声を出しそうになるのをグッとこらえる。なんらかの形で家具の販売に関わっているかも、と思いはしたが。まさか社長と言われるとは思わなかったのだ。

  「今回も質の良い家具を設(しつら)えていただきました。クロト様、ありがとうございます」

  カガリネは深々と頭を下げた。クロトは鷹揚とした態度で小さく手を振っている。表情は自信にあふれており、かしずかれる事になれているのを感じさせた。

  「それから、同様に各部屋にはトキヤ様の書を額装し飾らせていただいております。トキヤ様、ありがとうございます」

  同じようにカガリネはトキヤ氏にも頭を下げた。トキヤ氏も手を振って応えるがこちらは照れた笑いを浮かべており、とても人に頭を下げさせることになれているといった風ではない。この辺りでも、やはり人の上に立つ格の違いのようなものが見て取れた。

  「それから……琥珀様より皆様に対してメッセージを賜っております。皆様のお部屋に置かせていただいておりますので、そちらをご確認ください」

  なるほど、それこそが先ほどカガリネが言っていた手がかり、平たく言えば謎解きのヒントなのだろう。

  「オッケー、あとは何かあるー?」

  ソウガの言葉にカガリネは小さく首を横に振る。

  「外出はもちろん自由でございます。遺言書の隠し場所に思い至りましたら、どうぞご自身の足で取りに向かってください」

  カガリネは最後にもう一度頭を下げると、それではお部屋の方へどうぞと手で指示してくれた。

  ソウガとハクジュは走るように自分たちの部屋へと向かう。ユウは少し戸惑ったようにその後に続く――が、他のメンツは動かない。リョージペアも、クロトペアも、そして意外なことにゴウも。

  「オッサン、兄ちゃんら、イイコト教えてやろうか」

  オッサンという呼称に対して、他の人物は全員「兄ちゃんら」でまとめられているあたり、おそらくこのオッサンはリョージを指す。この場で一番の年長はカガリネであるが、彼は遺産相続の権利を有する人物ではない。ゆえに彼がカガリネに対しても声をかけているとは思えない。となればおそらくその中で一番の年長であるリョージを指していると考えるのが自然である。それにゴウは禰寝家のメンツと比べてかなり歳をとっているように見える。長兄のクロトよりも年上だろうから、リョージだけをオッサン呼ばわりするのもわからなくはない。。

  「まあ……オッサンでもいいけどな」

  リョージは拗ねたようにつぶやいてみせた。それに対して反応があるかと思ったが、ゴウは小さく鼻を鳴らすだけだ。

  「今日の夜、面白いパーティを俺たちの部屋でやるぜ。せっかくならアンタらも来いよ」

  相変わらず彼の顔は下品な笑いに満ちている。ニヤニヤと、ヒトの痴態を暴こうとするかのような顔で、下からねめつけるように覗き込んでくる。正直かなり不快なタイプだ。それに対してクロト氏は平然とした表情でそれをにらみ返している。実際年齢がどうこうよりも、彼に飛びぬけて威厳があるせいで誰よりも場を支配しているように思う。今口を開いているゴウよりも、だ。

  もっともそれならそれで構わない。リョージの発言で場をコントロールできるのが楽には違いないが、他にコントロールする人がいるならそのヒトをうまく利用させてもらうだけである。

  「我々が貴様らのパーティとやらに参加しなければならない理由があるか?」

  クロトの言葉に、しかしゴウはひるまずに笑った。

  「ああ、あるさ。今日はハクジュを総受けにしての乱交パーティだ。アンタらも、ライバルが処女を散らす瞬間見てえだろ?」

  その言葉に、クロトの表情もさすがに崩れた。それはそうだろう、今回の遺産相続の条件は「処女であること」だ。それを自ら放棄するパーティをハクジュは開くというのだろうか。

  「それは――」

  クロトも言葉に詰まっている。助け舟を出すべきか、と考えていたところに、先に動く人影が居た。

  「ご招待いただきありがとうございます。自ら権利を手放してくれるのであれば、我々としても希求するところ。万難を排して駆け付けたいと思いますので、どうぞお部屋にてお待ちくださいませ」

  サイチである。慇懃とも言えるほどに丁寧に、恭しく頭を下げて見せる。これにはゴウも言葉に困ったようで、ふん、と小さく鼻を鳴らすと態度悪く歩いて行ってしまった。

  「それではトキヤ様、鈴城様、また夜にパーティ会場でお会いしましょう」

  そう言ってサイチは改めてリョージ達に頭を下げた。

  「あ、サイチさん」

  そのまま立ち去ろうとするサイチをリョージは呼び止める。

  「できれば、俺のことも名前で呼んでもらえますか。俺だけ苗字は、なんとなくこそばゆい」

  その言葉にサイチは少しだけ目を開き、リョージの顔を覗き込んだ。笑顔を浮かべているが――なんとなく、それは素の笑顔を見せてくれている気がした。

  「ではリョージ様。後ほど」

  言い直してくれたサイチに、リョージも頭を下げる。クロトと二人こちらに背を向けたのを確認してリョージとトキヤも部屋へと足を向ける。

  「カガリネさん、案内ありがとうございます」

  リョージの言葉に、カガリネもお辞儀ではなく、にっこりとした人懐っこい笑顔を見せてくれた。まるで孫の成長を見るような顔つきである。その表情を見ると、カガリネの人の良さと、苦労が同時に偲ばれた。

  「さて、行きましょうトキヤさん」

  リョージの言葉と共に、二人は部屋へと足を向けた。

  廊下は先ほども感じたが、玄関ほどじゅうたんが柔らかいということもないし、壁も少し年季が入っている気がする。幸いにして、廊下自体は暗くない。照明が多いというよりも、窓から日差しがしっかり差し込んでくるからだ。歩きながら左手に目を向ければなるほど確かに中庭が見える。そして向かいには壁が見えている。窓越しに大柄な男が歩いているのが見えるから、あれがクロトだろう。確認していないが、やはりこの離れはおおよそ正方形に廊下が作られていると考えて間違いなさそうだ。ということはこの正面に見える場所は、クロト達の部屋ということになる。大柄な人影が入っていくのを確認して、リョージは小さくうなずいた。

  「リョージさん、どうかしましたか?」

  トキヤ氏の言葉にリョージはいや、と小さく答えて改めて部屋へと足を向けた。思ったよりも廊下は長く、中庭の広さを連想させる。

  「ここが私たちの部屋ですね」

  そう言ってトキヤ氏は扉を開いた。

  「うわ……」

  思わずそう漏らしたのはリョージの方だ。呆然としたまま中に一歩踏み込んで周囲を見渡す。彼自身、色々なホテルやペンション、旅館に泊まったことがある。だがここまでの部屋はそうお目にかかれないだろう。

  まず部屋に入って、最初に飛び込んできたのが廊下である。大きな部屋だから、扉を開けたらソファでもあるのかな? と思っていたのだが。どうやらここで靴を脱ぎ、左手に見える扉からウォークインクローゼットに入れるらしい。そこでコートを脱ぎ、部屋の中へ。扉を開けると、リビングルームが広がっていた。リョージがイメージするソファやテレビはもちろん、キッチンカウンターの向こうには大きな冷蔵庫も見える。

  リビングに改めて目をやれば、今入ってきた扉のすぐ隣にリョージの家のベッドくらいはありそうなテレビ。観葉植物やダイニングテーブルも見える。テレビの向こう側と、キッチンの奥にそれぞれ入り口が見えた。テレビの隣を開ければ、トイレと洗面台、さらにバスルームへの扉が見える。

  キッチンの奥にある扉はベッドルームだ。クイーンサイズのベッドが二台見える。普段ソファで眠ることも多いリョージから考えると、このベッドのサイズは普段に比べて三倍近くある気がする。

  「リョージさん、洋室と和室どちらがいいですか?」

  後ろからトキヤ氏に聞かれてリョージは振り返る。

  「和室があるんですか?」

  はい、とトキヤ氏は体を開いて視線を通してくれた。なるほど、入り口から見て右側。キッチンがあったのと反対側には襖が見える。そこの向こうが和室になっているようだ。そちらもふすまを開けて中を確認してみる。ざっと見たところ、中は十二畳くらいありそうだ。旅館によくあるようなテーブルと、お茶を淹れるためのポットが置いてあるのが見える。先ほどの洋室にもあったが、ここにも壁掛けのテレビが設置されていた。

  「え、ということは、ベッドルームか和室かで一人ずつ……?」

  「そうですね、ちょっと手狭で申し訳ありませんが」

  心底申し訳なさそうなトキヤ氏の言葉に、リョージは思わず頭を抱えた。正直ベッドルーム一つもらえれば、ユウとレンと三人で使っても十分な広さである。それを一人で使っていいなどと言われても、正直もてあます気しかしない。

  「えっと、じゃあ和室で……」

  リョージはそう言いながら和室の隅に荷物を置いた。荷物を広げてもこの一畳も埋まるまい。立って半畳、寝て一畳。荷物を広げて二畳あれば生きていけそうなリョージであった。

  「わかりました、では荷物を置いていただいたらリビングの方へ」

  そう言ってトキヤ氏は素早く顔をひっこめた。そうだ、ここに泊まることは目的ではない。ここがどれだけ広くても、目を引いてもそんなことを考えている場合ではないのだ。ずっと手にしていたコートを下ろすと、リョージは軽くネクタイを緩める。壁にはやはり襖があり、そちらにもコートラックがありそうだが、外出時の手間を考えると、入り口近くのウォークインクローゼットに収納しておいた方がいいだろう。おろしたコートを再び手にし、リョージはリビングへと出る。トキヤ氏の姿はまだないのでそのまま入口へと向かい――途中、あるものが目についた。ソファの前にあるローテーブルの上に、何か封筒のようなものが置かれているのだ。A4サイズの大きな封筒、どこか年季が入っていてこの部屋と似合わないもの。それを見てリョージはピンときた。おそらくこれが、カガリネが言っていた「手がかり」ではないだろうか。

  コートをいったんソファの背にひっかけると、その封筒に手を伸ばした。裏向きに伏せられていた封筒をひっくり返すと、そこには確かに「次男、朱鷺弥」と書かれている。おそらくこれはトキヤ氏に向けたメッセージということだろう。

  「トキヤさん!」

  さすがに勝手に開くわけにもいかないと、大きな声でトキヤ氏を呼んだ。バタバタとした足音と、着替えた浴衣をきちんと整えないままのトキヤ氏が慌てた様子で飛び出してくる。

  「は、はい! どうかされましたか?」

  どうやら部屋着に着替えていたようで、呼びつけたのは申し訳なかったなと思う。だがすぐにでもこの封筒の中身を確認したいのだ。

  「こちらを」

  そう言って差し出した封筒をトキヤ氏は受け取ってくれた。神妙な面持ちでその表書きを見る。

  「この字は……父の字ですね」

  そこに書かれている文字は、おそらく毛筆で書かれている。トキヤ氏本人が書いた内容とは思えないし、何より家族であり文字の専門家である彼がいうのだからそこに疑う余地はないだろう。

  「これが、父からの手がかりということでしょうか」

  リョージはゆっくりとうなずいた。琥珀氏の性格を考えるとこれはフェイクで、なんだったらびっくり箱のように開けたら何かが飛び出してくる仕掛けがある、という可能性もあるだろう。だがその可能性も、開けてみないことには確認できない。ここはトキヤ氏に開けてもらうしかないだろう。

  「開けますね」

  同じ考えを持ってくれたのか、トキヤ氏もそう言って封を開ける。中からは一枚の紙が出てきた。随分と年季の入った古い紙だ。

  「何が、書いているんですか?」

  リョージの言葉にトキヤ氏は少し困惑した顔でこちらを見て、その紙をこちらに差し出した。読んでくれ、ということだろうと思い受け取って中身を確認する。

  

  トキヤへ

  0からのスタートというべき、何のヒントもない謎解きだ。苦労しているか?

  0か100しかないこの遺産相続レース、トキヤにはぜひ頑張ってほしい

  4人でしのぎを削って成長してくれることに期待しているぞ

  誰が後を継いでくれてもいいが、最も思慮深いのはトキヤだと思っている

  不安も多いだろうが、クロトをはじめ兄弟の力を借りて頑張ってほしい

  不撓不屈の精神で、「ねじれめ工房」を盛り立ててくれ

  #KOHAKU

  

  「……なんだこれ?」

  リョージは思わずつぶやいた。亡くなった父親からトキヤ氏への手紙であることは間違いない。だがこれが遺言状を探すための手がかりだと思っていたリョージとしては拍子抜けの内容だった。

  「本物……ですよね?」

  思わず発したその言葉に、トキヤ氏ははっきりとう

  なずいた。

  「最後にアルファベットで書かれているサインは、義父の直筆のものですので……。ただ内容はちょっと不自然な気はしますね」

  「不自然、というと」

  「いえ、義父はこんなかしこまった手紙を出すようなヒトではないというか……手紙を開けたらイラストだけが描かれている、くらいのイタズラは仕込まれているかと思ったんですが」

  なるほど、確かにわからなくはない。亡き琥珀氏についてよく知っているわけではないが、事前に調べた情報では仕事以外ではかなり「お茶目」という風に聞いている。実際先ほどの遺言書――ニセモノのほうだ――の内容を考えてもお茶目というよりイタズラ好きという印象は強い。

  「手がかりが別に入っていて、それを先に他の誰かが盗みだした可能性は?」

  封筒を手に取り、中を覗き込むリョージ。窓から差し込む陽光に透かして見ても、直接覗き込んでも他の何かが仕込まれている様子は見つからなかった。

  「封は破られていませんでしたし……手間をかけて開けたのならその可能性は否定できないですが、カガリネさんが管理していたことを考えるとまずないかと」

  その点はトキヤ氏の言葉を信じてもよさそうだ。封筒に細工した形跡はないし、表書きも内容も琥珀氏の文字であるとトキヤ氏が確認してくれている。であればこれはまず間違いなく本人の準備したものだろう。

  「ちょっと考えてみないといけませんね……。写真、とってもいいですか?」

  もちろん、とトキヤ氏が快諾してくれたのを受けてリョージは胸ポケットから携帯を取り出し写真を撮る。

  「あの……色々と聞きたいことがあるんですが、先にちょっと気になることがありまして……すこし席を外してもいいですか?」

  本当ならここからトキヤ氏に対する情報収集を行いたいタイミングであった。が、今はそれよりも気になることができてしまっている。これはリョージの私情で、本来は優先するべきことではない。だが、今回は場合が場合である。先に確認しないと、とてもではないがマトモに考えることもできないのだ。

  「私は、ご一緒しないほうがいいですか?」

  トキヤ氏がそう聞いてくれるのは、おそらくリョージがこれからどこに行くかを把握しているからだろう。

  「そう、ですね……。いったんお待ちいただいていいですか」

  この状況で依頼人であるトキヤ氏から離れるのは得策とはいいがたい。だがこのあとリョージが話すだろうことは完全に身内の話である。それこそトキヤ氏に聞かせるものではない。

  「わかりました、荷物の整理をしてこの手紙について少し考えてみますね」

  そういってトキヤ氏は微笑んでくれた。リョージは頭を下げると、そのまま部屋を飛び出した。

  部屋を出て左手は先ほど来た、本館につながる廊下だ。リョージの目的は反対側……部屋を出て右手側の廊下の先である。足早に廊下を歩き、ほとんど真横に折れている曲がり角を曲がる。左手に中庭が見える窓を見ながら歩くと、やがて右側に扉が見えた。カガリネが言っていた通りなら、あそこは四男であるソウガの部屋であるはずだ。部屋の前で足を止めると、リョージは大きくため息をついた。やがて覚悟を決めてノックをしようとして。扉の隣に呼び鈴があることに気が付いた。確かに、あの部屋のサイズなら扉のノックでは聞こえない可能性のほうが高いだろう。リョージは改めて呼び鈴を押した。

  「はーい」

  のんきな、聞きなれた声が扉の向こうから聞こえてくる。本来ならすぐ隣から聞こえるはずの声が、扉の向こうから。この扉が二人を隔てているモノな気がして、今すぐにでもぶち破ってしまいたい気分だった。

  「はい――!」

  何の気なしに扉を開けたハスキー犬。リョージの顔を見て、彼は動きを止めた。戸惑うように視線を逸らし、少しだけ顎を引いて上目遣いにこちらをうかがう。まるで怒られることを覚悟した子犬のような表情をする。いや、「ような」ではない。実際に彼がまだ若かったころ、リョージが親代わりとして、身近な大人として何度か怒ったことがある。そういう時には、彼はこういう表情を浮かべていた気がする。最近はユウが大人になったこともあり、諭すことはあっても叱ることはなかったが。

  「その……」

  ユウが何かを言おうとするが、言葉にならずパクパクと口を動かすだけだ。

  「ちょっと出れるか」

  リョージの言葉にユウは後ろを振り返る。ユウの背中の向こう、リビングにつながる扉の向こうに蒼い鱗が見えた。ぱたぱたと手を振ってくれているので、おそらくOKということだろう。

  「大丈夫みたい……」

  その言葉を受けて、リョージは軽くあたりを見回した。中庭は窓ばかりで外に出る扉は見当たらないし、廊下は客室があるばかりでどこか物陰になるような場所はない。少し考えて、そのまま奥――おそらく北側――へと進むことにした。この廊下が想像通り中庭をぐるりと囲んでいるのであれば、おそらくこちら側は長男であるクロトの部屋につながっているはずだ。物のついでとしてそれを確認しておきたいのと、なぜか北側は少し暗くなっていたからそちらの方が個人的な話はしやすいと思っただけだ。トキヤ氏の部屋に連れて行ってもいいが話を聞かれるのが少々気恥ずかしいと思ったのだ。

  「じゃあそこの角でいいか」

  リョージの言葉にユウもうなずいてくれる。そのまま二人で連れ立って角を曲がった。想像通り、同じ廊下が続いている。右側には扉、左側は中庭が覗ける窓が見える。薄暗いのは、この廊下には中庭が見える窓が一つしかないからだろう。

  リョージはひとまず壁にもたれかかると、改めてユウを見つめた。正面から見つめると少しだけユウのほうが背が高いが、今はシュンとした顔で下を向いているので目線を合わせる必要はなさそうだった。

  「それで、なんでいるんだ」

  リョージの言葉に、ユウは小さく飛び上がる。尻尾は大きく膨れ上がり、股の下に入り込んでプルプルと震えていた。なんとなくかわいらしくて、リョージは思わず笑いそうになるのをぐっとこらえる。今自分は怒っている、という態度をとっているのだから。

  「その……レンのクラスメイトに、ソウガくんがいて……」

  ユウの言葉にリョージは無言でうなずく。そのあたりは予想通りだったからだ。

  「レンに相談してたみたい。どうしたら、って。で、レンがそれを教えてくれて……」

  「一人で依頼を受けるなって、前に言わなかったか」

  鈴城探偵事務所は、あくまでリョージが所長である。ユウも働いているが、その立場はあくまで助手にすぎない。リョージが席を外しているときに、どうしてもという依頼が来ても受けないように以前取り決めたはずだった。

  「これは、だから事務所にじゃなくて、レンに個人的に相談が来てただけだから」

  ユウは必死でそう説明する。もちろんその言い分はわかる。だが本質はそこではないのだ。

  「これで俺を追いかけられるって、そう考えなかったって言えるか?」

  その問いに、ユウは押し黙ってしまう。もちろん違う相談内容でも、レンのためならユウはどんな時であれ尽力しただろう。今更それを疑うつもりはない。だが今回のことはそれだけではないとリョージは見ている。ついてくるなとリョージが言ったからこそ、何とかしてついてきたのではないか。そう考えているのだ。

  「待っててくれって、俺頼んだよな」

  再びユウは下を向いてしまった。そうされるとリョージとしても気まずくなってしまう。別に心底怒っているわけではないのだ。ただ仕事のことであれば、所長であるリョージの判断に従ってほしい。いつもいつも感情に振り回されていては、いざというときに仕事にならなくなってしまう。

  「条件」

  ぽつりとユウが呟いた。ん、とリョージが聞き返す。

  「今回の遺産相続の条件……『処女であること』って」

  あぁ、とリョージはつぶやいた。そういえば、その条件はユウには伏せていた。もっともここに来ているということはユウもその条件を承知しているということだろう。先ほどのカガリネの説明でも触れていたし知らないはずはない。

  「その……リョージも……」

  「そりゃそうだ」

  処女かと聞かれればイエスと答えるほかない。獣人種では違うかもしれないが、リョージのようなヒューマンでは処女でない男は珍しいだろう。リョージの返答を聞いて、ユウは少しだけ安心した顔をする。

  「それじゃあ、お前もそうか」

  「えっ」

  何とはなしに、リョージが発したその言葉に。ユウは顔を赤らめ、視線を逸らす。丸くなって股下に入り込んでいた尻尾はせわしなく動き、周りに誰もいないのにキョロキョロと首ごと動かしては辺りを見回している。恥ずかしい、のだろうか。

  「う、うん」

  蚊が鳴くような声でユウは答えた。どうやらずいぶんと恥ずかしい思いをさせてしまったようだと、リョージは胸の内で反省する。そこまで照れるとは思わなかったのである。

  「そういうことに関わらせたくなかったんだよ」

  リョージはあえて目を閉じてそうつぶやいた。リョージの視線を感じると、なお恥ずかしいかもしれないと思ったからだ。

  「そう言うのはほら、将来を誓い合ったヒトとだな……」

  少々古臭いことは自覚している。別に婚前交渉が悪いわけではないし、そもそも男同士だと結婚という概念もない。ただ親代わりとしては安易なことはしてほしくない。それだけの、つもりだった。

  「どうして、リョージがそれを気にするの」

  ユウの声が割り込んだ。明らかに先ほどまでとは違う、低くて震えた声。

  「どうしてって……」

  目を開けてみれば、再びユウは下を向いていた。だが先ほどまでと違うのは、ぎゅっとこぶしが握られていること。

  「俺が誰と何をしようが、リョージには関係ないんでしょ」

  その言葉にリョージは言い返せない。親代わりとしてユウを育ててきた身としては、彼の身を案じるのは当然だろう。だがユウにも意思はあって自由恋愛を楽しむ権利も、失敗する権利もある。そこにリョージが口出しするのは、確かにいきすぎだといわれてもしょうがない。そう思うと、リョージは何も言い返せなかった。

  「――やっぱり、そうだよね。ちょっとくらい……ちょっとくらい……」

  続く言葉をユウは飲み込んだ。だがリョージにも言われずともわかる。「嫉妬してもいいのに」と、ユウは思っているのだと。

  ユウがリョージのことを好きだということは、言葉にされなくても感じていた。近くにいればいつだって機嫌がよくて、リョージのためにとなんでもやろうとしてくれる。時には危なっかしいほどに、率先して動いてくれる。仕事の責任感だけではないだろうとリョージにはわかっていた。その目が、彼の手が、尻尾が。全身でリョージに愛を注いでくれているのを、リョージは知っている。

  だが同時に、それも今だけだろうということも予想できていた。彼はリョージをヒーローだと思っている。過去の事件で、唯一ユウとレンに手を差し伸べたリョージを世界のすべてだと思っている。だけどそれは、ひな鳥の刷り込みのようなものだ。決して純粋な愛ではなく、安心できる場所を見つけた子供のようなもの。リョージに父性を見ているにすぎない。それが恋愛感情とごっちゃになっているのだろうと、リョージは考えていた。

  「それならもう、放っておいてよ。今回のことで、俺は玉の輿にのれるかもしれないよ。そしたら大金持ちだ」

  ユウの言葉に何も答えないでいると、さらに彼は口を開く。リョージに噛みつかん勢いで、顔を寄せて、それでも他の人には聞こえないように。

  「俺はただ、ただ――」

  リョージの胸倉をつかむようにして顔を寄せて、必死に何かを口にしようとする。だがその先の言葉はどうしても出てこない。ずっと、ずっと言えないでいる言葉だ。リョージから先にそれを口にするべきではないこともわかっている。どれだけユウの感情が伝わっていようとも、その言葉だけは、先回りするわけにはいかない。

  「――だから今回は、敵同士だよ。俺たちが……俺が先に見つけて、ソウガくんを後継者にする」

  キラリとユウの目じりが輝いた。それにリョージが気づくころ、ユウはようやくそれを口にする。リョージの胸倉をつかんでいた手を離し、くるりと背中を向けた。

  「ここにいる間は、他人。もうそれでいいでしょ。それなら心配することもないし」

  ユウが結論付けたその言葉に、納得などいくはずもなかった。だがその言葉に反論する術も、同様にない。確かに禰寝家に――「ねじれめ工房」に関係を持てるのであれば、玉の輿とまでは言わなくともよりよい方向に人生が運ぶ可能性はある。それこそ儲からない探偵事務所の助手をするよりよっぽど裕福になれる可能性を秘めている。そうなれば、ユウとレンで二人幸せに生きていくことだってできるだろう。単純にユウの身を案じている、と主張するのであればその可能性を潰すわけにはいかない。ただ、それでもリョージの感情は嫌だと言っている。その事実を、リョージはうまく言葉にできない。ただなんとなく自分の感覚で嫌だから、というのは通らないだろう。そこに道理がないからだ。

  「……気を付けてくれよ、本当に」

  ただ、場合によっては望まぬ暴力が襲い来る可能性だってある。それだけは本当に避けてほしかった。

  「じゃあ、部屋に戻るよ。それこそソウガくんに何かあったら困るから」

  ユウは視線を合わせずに言い捨てて、部屋へと戻っていく。リョージは少し迷ったが、そのあとに続くように歩いた。今はそうさせるしかないと思ったからだ。せめて遠くから見守って、何かあれば駆け付けられるようにするくらいしかあるまい。

  「――あれ」

  だが、不意に足を止めたユウの背中にリョージは鼻先をぶつけてしまった。考え事をしていたからとっさに反応できなかったのだ。

  「あれ」

  今度は違う意味で、ユウが同じ言葉を繰り返す。先ほどのは驚きや戸惑い、今回は遠くのものを示す意味合いである。ユウとの付き合いが長いリョージには、その意味合いがすぐに理解できた。慌てて顔を横から出して、ユウの視線の先を追う。そこには、革の衣装を着こんだ白い虎の背中が見えた。

  「ゴウ?」

  リョージはぽつりとつぶやく。この建物に今白い虎は一人しかいないはずだ。三男、ハクジュのパートナーである宿木ゴウである。

  「……なんでここに?」

  リョージとユウがずっといた北側の廊下には来ていない。にもかかわらずここで背中が見えているということは、彼が先ほどまで居た場所はただ一つ。ソウガの部屋である。

  「ソウガくん!」

  同じことに気づいたのか、ユウは叫んで部屋に飛び込んだ。一瞬迷ったが、リョージも同様に中を覗き込む。もし何事もなければ、すぐにトキヤ氏のところへ。そうでなければユウ一人では手に余るかもしれないと思ったからだ。

  「あ、ユウくん。おかえりぃ」

  部屋の中からはなんでもない風のソウガの言葉が聞こえてきた。一瞬胸をなでおろすが、部屋を覗くユウの背中はそこで固まっている。そっと近づいて中を確認した。

  果たして、そこにソウガはいた。リビングのソファの上で。ほとんど全裸に近い、下着をずり下したような格好で。全身に白く濁った体液をまき散らして、とろんとした顔で股を開いていた。

  [newpage]

  〇

  勇気を出して、扉をノックする。扉が開くのを待っている間、胸がはじけそうな緊張が全身を襲った。立っているだけなのに息が切れ、口から飛び出るのではないかというほど心臓が跳ねまわる。このままでは心臓が破裂して死んでしまうのではないか。今すぐ走ってここから離れなければならないとすら思う。

  だが無情にも、かちゃりと音を立てて扉が開いた。中から顔を出したのは、レザーに身を包んだ白い虎。扉から身を乗り出し、こちらの顔を覗き込む。

  「よう、来てくれたんだな」

  こちらの――ソウガの顔を見てニヤリと笑う。

  「は、はい! 他のヒトも連れてきました!」

  そう言いながらソウガがすっと身体を開くと、後ろに立っていた三人の人影が白虎の視界に入る。

  「へえ、アンタらも来てくれたんだ」

  そこに立っていたのは、ソウガのパートナーのユウ。それから唯一のヒューマンであるリョージ、そして次男のトキヤである。

  「あんな話を聞かされちゃあな……」

  そう言ってリョージは不満そうに鼻を鳴らした。それが嬉しいのか、ゴウはニヤニヤと笑ってみせた。表情を変えぬまま、ウは一歩後ろに引き、通り道を開ける。ソウガを先頭に、四人は恐る恐る中へと足を踏み入れていった。

  「興奮したら相手してやってもいいぜ?」

  リョージが通る時に、ゴウがそっとリョージの尻に手を伸ばす。

  「必要ない」

  それを素早くかわし、リョージは吐き捨てるように言った。ちらりと前を歩くユウの背中を見る。いつもなら、リョージに手を出そうとする男が居れば番犬のように牙をむくところだが。今はそれもしてくれないらしい。

  そう考えているうちに、先頭のソウガがリビングへの扉をひらいた。同時にあふれだす、生臭いともいえるニオイ。リョージは思わず顔をしかめる。漏れ出す光は桃色で、どうやらわざわざ持ち込んだものを使用しているらしい。

  部屋の中には見覚えのない男たちの姿があった。どうやらわざわざこのために呼んできたらしい。茶色でピンと耳を立てた柴犬や、大柄で黒い縞模様が特徴的なキジトラ猫、少し小柄な青毛のオオカミもいた。

  「おい、誰か、そこにいるのか!」

  同時に声が聞こえる。部屋に足を踏み入れて左右を見渡すと、唐突に尻があった。

  「ん……?」

  リョージは思わず首をひねる。リビングに入り右手側、壁から尻が生えていたのだ。黄褐色に黒いブチがたくさんある尻。そこから生えている尻尾は弧を描いて、先端は壁の向こうへと消えている。完全に尻だけをこちらに突き出している形だ。

  「これ、どう……?」

  ユウも戸惑ったように声を漏らした。よくよくみれば、どうやら和室を区切る襖を外して、そこに自分たちで壁を固定しているらしい。わざわざこんなものを持ち込んだのだろうか? そんな疑問を感じながらそっと顔を壁の向こうに覗かせる。

  「あっ、オッサン! お前もきたのかよ!」

  そこには確かに昼間見た、ハイエナのハクジュの顔があった。頬は上気していて鼻先はてらてらと妖しく光っている。壁は思ったより分厚く、反対側から出ているのはハクジュの手と顔だけだ。

  「おいおい、そういうなよハクジュ。みんなお前、俺とヤりたがってんだぜ?」

  「そうだぜぇ、それに憧れのゴウさんにヤってもらえるなんて最高じゃねえか」

  「俺達もおこぼれ貰うからよろしくな!」

  ゴウがそういって笑ったのを皮切りに、皆が思い思いに口を開く。

  ふいにリョージの袖がくい、と軽く引かれた。振り向けば壁際にサイチが立っている。その隣にはクロトが不機嫌そうな顔で目を閉じていた。

  「サイチさん」

  「参加しないのであればこちらに」

  そう言われて壁際に誘導されるリョージ。その隣にトキヤ氏と、ユウも続いた。リョージはそれを見て内心胸をなでおろす。ここでユウが参加したら、リョージとしては何といえばいいのかわからなかったのだ。

  「お、俺はいってみたいなァ」

  そんなこと言いながらソウガはふらふらとゴウたちに歩み寄る。すっかり顔を赤くしているし、大きな尻尾もバタバタと落ち着かない様子で動いている。股間部分は盛り上がっている様子はないが、興奮しているのは間違いないだろう。

  「ソウガ、止めておけ」

  クロトが目を開き、低いよく響く声でソウガを止めようとする。だが彼の歩みは止まらない。すっかりゴウに心酔してしまっているようで、彼はニヤニヤした笑顔のゴウにそのまま抱き留められてしまった。

  「いいぜいいぜ、兄弟でなんて背徳的で興奮するよなあ」

  ずいぶんと趣味が悪い、とリョージは感じるが。ソウガにとってはそうでなく、彼にとってもまた興奮材料になっているようだった。ソウガは嬉しそうにゴウの胸元に頭をこすりつけている。

  「血は、つながってないからねぇ」

  「そうそう、セーフだセーフ」

  ゴウの後ろからキジトラが無責任に煽る。

  「ほ、ホントに俺がウケやんのか!?」

  ハクジュが壁の向こうから叫ぶが、誰もそれにとりあわない。申告の通りであれば彼もこれが初めてのはずなのだ。

  「助けた方がいいんですか?」

  ユウが不安そうにクロトに視線を向ける。クロトがすっと片目を開いた。ユウをじっとみつめてからゆっくりと口を開く。

  「……本人が望んでいるのなら、我々が口を出すべきではない。ヤツも成人しているのだからな」

  確かにそのとおりである。これが強姦であればリョージも割り込んででも止めるだろうが、本人が嫌がっている風がないのであればそれをするのはただの野暮というものだろう。

  「君は優しいんだな」

  そう言ってクロトは少しだけ優しく笑う。なんとなく面白くなくて、リョージは無言で壁にもたれかかる。

  「さて、さっそく始めるかね。最初はやっぱり俺様がいいだろ?」

  ゴウが言いながら迷わずハクジュの尻を揉む。指を伸ばし、尻穴にまでその指が届いているようで、軽く指を動かすたびにビクビクとハクジュの尻が動いていた。それを見ながらソウガは思わずごくりとつばを飲む。ソウガに男性経験はない――正確には今日までなかった。挿入に限って言えば今もまだ未経験である。だが今、そのチャンスが目の前にぶら下がっている。ソウガはゆっくりと近づいて、ゴウが指を這わせている尻にそっと触れてみた。

  「ふぁっ」

  突然のことに驚いたのか、壁の向こうでハクジュが声を上げたのが聞こえた。それに気をよくしたソウガは、さらに積極的に尻をもみ始める。荒々しいといってよいその動きを、だがゴウは嬉しそうに見つめていた。なんなら自身の手を下ろし、ソウガの手に完全に任せている。ゴウはソウガの後ろにゆっくり回り込むと、ソウガの肩をそっと押した。しゃがめ、という指示を理解してソウガはその場に膝をつく。目の前に尻が迫る形となり、手で割り開けば秘裂がソウガの前に姿を現す。今日までほとんど会ったことがなかった、兄の尻の穴が。

  「ほら、舐めてやんなよ。大好きなお兄ちゃんだぜ?」

  ゴウがソウガの耳元でささやく。ソウガにとってハクジュが兄であるという感覚はあまりない。今まで禰寝家とはほとんど無縁で生きていて兄弟間のやり取りなど全くと言っていいほどなかったからだ。だから今感じている抵抗感は、兄弟でのセックスというよりも単純に、尻穴を舐めるという行為に対する抵抗である。今までそこはただの排泄のための場所だと思っていた。だが理解している。今からここはソウガを受け入れてくれる入口になるのだと。

  「おおぉぉ……」

  ソウガが意を決して分厚い舌でそこをべろりと舐め上げる。それとともに、ハクジュが情けない声を口から漏らした。気持ちよいということだろうとソウガも理解して、もう一度。今度は意識的にゆっくりと舐める。舌先でやわらかく蕾の先端をつついてやると、動きを固定されているはずの尻尾がぶるりと震えたのが視界の端に映った。それに気づいたソウガは喜んでくれているのだと思い、執拗に穴に舌を這わせる。周りを舐めたり、舌先を尖らせて少しだけ中に侵入もさせた。そのたびに尻尾は、尻は喜びに震えてくれる。ソウガは嬉しくなって、片手でズボンのベルトを緩め始める。

  「お、待ちきれねえか?」

  ゴウの言葉にソウガはようやく尻から顔を離してうなずいた。

  「まあ待てよ、そのままだと兄貴がケガしちまうからな。

  おい!」

  ゴウが優しくソウガを立たせるとソファの上でたむろしていた仲間たちに声をかける。小柄な青毛のオオカミがへい、と返事をしながら立ち上がった。

  「しゃぶってやれよ」

  手早くベルトを抜き取って、ソウガのズボンを下ろすゴウ。高校生らしい、無地のボクサーブリーフが顔をのぞかせた。

  「いいね、スレてない感じがして。好きだぜこういうの」

  そういいながらゴウはソウガの股間に手を伸ばす。だがそこに盛り上がりらしいものは、いまだ確認できない。だがゴウは心得ている、と言わんばかりに巧みに指を動かしソウガを刺激した。

  「お前は縦割れ型だったな」

  そういって、今度は迷わずボクサーブリーフを引きずり下ろした。そこに、男性器と思しきものは何も見当たらない。女性のような肉色の割れ目がしっとりと、小さく呼吸するようにうごめいているだけだった。だがその中に硬くなった男性器があることは誰もが想像できただろう。それだけ、ソウガの顔は興奮に染まっていたからだ。

  「ほら、だしちまいな」

  ゴウがソウガの尻尾をまたぐようにして後ろに回り込み、手を前に回して肉の割れ目を広げて見せる。前方にはしゃがみこんだ小柄なオオカミ。彼もゴウを手伝うようにして前を広げると、やがてバネで跳ねたかのように、立派な肉棒が飛び出してきた。形状はヒトのそれとほぼ変わらないが、どうやら包皮に類するものはないようだ。

  「すっげ……」

  オオカミが興奮した声で呟きながら迷わずそれを咥えこんだ。

  「うわああああっ……」

  ソウガが天を仰ぎながら悲鳴のような声を上げる。ほとんど経験のない若者が、百戦錬磨のマズルに咥えこまれたのだ。オオカミは長いマズルがある分、喉を衝かれることも少なく根元まで飲み込むことができる。それを得意として、いつもゴウやその連れに奉仕していた。ソウガも体格に見合った巨根であったが、それも難なく飲み込めるのである。

  「俺の尻もいじってくれよぉ」

  ハクジュの情けない声が聞こえた。さっきまでいじっていたソウガがいなくなって不満であるらしい。

  「うるせえな、お前は」

  ゴウが興ざめという顔で壁の向こうに回り込む。

  「ほら、咥えてな!」

  「んごっ!」

  カチャカチャという金属音と、続いてゴウの言葉。そしてハクジュの苦しそうなうめき声が響く。誰の視界にも入っていないが、何をしているのかは簡単に想像がついた。

  「あっ、すご、気持ちいいよぉ」

  ソウガはオオカミの頭を掴んで自分から腰を振り始める。今まで誰かに腰を振ったことなどないのに、そうするのが一番いいのだと体で理解できていた。

  しばらくされるがままにしていたオオカミだが、さすがに苦しくなってきたのか、手を伸ばしてソウガの腰をポンポンと叩く。だが快感に酔いしれるソウガはそんなこと気づかず、さらに激しく腰を振る。オナホールのように使われるオオカミのマズル。さすがにやりすぎだと感じたのか、ソファで見ていた柴犬がすっと立ち上がり、ソウガの鼻先を軽くはじいた。

  「ふわっ」

  「その辺にしてやんな。それにお前の本命はそっちだろ」

  言いながらオオカミの頭を掴み、ソウガの腰から引きはがす。ずるりと吐き出されたイチモツは、先ほどよりも大きくなっているようだった。

  柴犬が指さした先にソウガが視線を向けると、壁から生えているブチ模様の尻。それを思い出したのか、ソウガは何を言うでもなくふらふらとその尻のほうに歩み寄る。近づいてみれば、あつらえたようにその尻の高さはソウガの腰の高さとぴったりだった。ソウガはそんなことも意に介さず、ハクジュの尻を掴み左右に割り開くと、そのまま自身をぐっとあてがった。

  「ほらほら、ローションくらい使ってやれよ」

  一人ソファに残っていたキジトラが、手にローションのボトルを持って近寄ってくる。そのまま蓋を外すと軽く振りながら、中身をハクジュの尻に向かって絞り出した。ぶじゅる、と汚い音を立てて透明な粘性のある液体が滴っていく。

  「ああ、冷たくて気持ちいい」

  ソウガがとろんとした顔でぼんやりとつぶやく。後ろから柴犬がソウガの腰に手を回し、垂れてきたローションを受け止めるとソウガの竿に塗り込んだ。

  「うわ、うわあ」

  腰をくねらせながらもだえるソウガ。犬の手を掴み動きを止めさせながらもブルブルと全身を震わせている。

  「あっ、だめ、だめ」

  そういいながら、ソウガはひときわ大きく尻尾を跳ねさせた。後ろにいた柴犬もあせった表情を浮かべる。どうやら柴犬の手の中でソウガは達してしまったらしい。

  はぁはぁと肩で息をしながら天井を見つめるソウガ。柴犬が気まずそうにしているが、数秒もするとソウガは再びハクジュの尻へと視線を向けた。自分で自分の精液を竿に塗り込んで、再びハクジュの尻にあてがう。ハクジュの方もすでにキジトラが慣らしてくれていたようで、抜けた指の代わりを待ち望むかのようにパクパクと開閉していた。

  「ハクジュ兄さん、いくよぉっ」

  いまだ硬さを失わぬその肉棒で、ソウガは一気にハクジュを貫いた。

  「んんーっ!!」

  くぐもった叫びが壁の向こうから聞こえる。壁越しだから、あるいは口にゴウのモノを差し込まれているからか。

  「あっ、あっ、すげえ、すげえ、また、またでる、でるっ!」

  一気に挿入しただけで、ソウガはまた達したらしい。尻尾をびくびくと震わせ、喉を反らしながら快感をむさぼる。

  「おっ、童貞卒業だな。おめでとさん」

  柴犬が後ろから抱き着いて耳元でささやく。ソウガはその言葉に嬉しそうにしながら、さらに柴犬にキスをせがんだ。柴犬も優しくそのキスにこたえてやる。ソウガは目を閉じて唇を重ねると、その姿勢のまま改めて腰を振り始めた。

  腰を振るたびにぐちゅ、という濡れた音とパンっと腰がぶつかる音が響く。そこにわずかに混ざる、ハクジュのくぐもった声。

  「ようハクジュ、これで処女卒業だな」

  ゴウの嬉しそうな声が聞こえた。初体験の二人が、一気に童貞と処女を失ったのである。

  「へへ、ハクジュ兄さん、気持ちいいねえ、中アツアツで、チンポとけちゃいそうだよ」

  うわごとのようにつぶやき、合間合間に柴犬と、オオカミと、キジトラと、キスをしながら腰を振り続けるソウガ。時折動きを止めて体を震わせているのは射精しているからだろう。だがすでに達することそのものは目的から外れているようだった。何度も何度も腰を振っては射精する。雄の本能に従って、ただひたすらに自身の種を義兄の体内に刷り込んでいく。その過程での快楽こそが、ソウガを突き動かすものの正体だった。

  「すっげ、どんだけ絶倫なんだよ」

  キジトラが嬉しそうに笑う。

  「そろそろ代わってくれよ」

  柴犬が不満そうに言い、オオカミは無言で二人の結合部に舌を這わせた。それでもしばらく無言で腰を振り続けるソウガだったが、さすがに体力が限界に来たのか、やがて尻もちをつく形でその場にへたり込んでしまった。柴犬はそんなソウガを受け止め、近くのソファに運んでやる。その間にキジトラが自らの竿を取り出し、ハクジュの尻に挿入した。オオカミは尻尾を振りながらまだ萎えないソウガのイチモツにしゃぶりついている。

  「トキヤさん、俺たちは戻りましょう。もう確認はこれ以上必要ありません」

  リョージの言葉にトキヤ氏は少し寂しそうにうなずいた。

  「ユウ」

  リョージは振り返り、戸惑った顔で。だが食い入るように見つめているユウに視線を向けた。少しだけ視線を下に向けると、明らかに股間部は盛り上がっている。目の前でのセックスに、興奮してしまっているようだ。

  「戻らないか?」

  リョージの言葉に、気が付いたようにユウが振り向く。慌てて尻尾を股の間にくぐらせてその股間を隠していた。

  「サイチ、戻るぞ。ユウくんもよければ」

  黙って見ていたクロトが、そう言ってユウの肩を抱く。そのまま促されるように歩くユウとともにリビングを出ていった。サイチも小さくリョージたちに会釈をするとその後に続いて部屋を出る。

  「……行きましょうか」

  トキヤ氏の言葉に、リョージは無言でうなずいた。なんとなく面白くなくて、だけどその感情をぶつける先も見つからない。いつもならユウに冗談交じりに話すところだが、それもできない。もやもやとした思いを抱えたまま、わざと大きなため息をついて部屋を出た。

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