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暴君王の妄愛花嫁

  [chapter:序章・オメガも夢をみる]

  世界には、一つの大陸しかなかった。

  その大きな大陸は、端と端では気候が違い、いつしか4つの種族に分かれて暮らすようになっていった。

  南や東の方の者は、皮膚が浅黒く、野性的であり。

  西や北の方の者は、白肌に明るい毛並みの者が多かった。

  そして、そのどの地も3つの位に分けられた、獣の血を引く獣人が生息していた。

  より力の強い大型種である『アルファ』の位にある獣人が、国を支配し、あらゆる種族の獣人達を導いていた。

  『アルファ』は、他の種族より特別に秀でた美貌と、能力、そして戦闘能力の高さに突出していて、その特別な能力の中に『獣化』があった。

  古の血を濃く引く『アルファ』は、戦闘能力が高まったり、極度に興奮すると、本来の獣の姿へと変化する。

  その神々しい姿は、獣人達の憧れであった。

  『アルファ』である優良種に仕え、それを支える『ベータ』は主に中型の獣人がほとんどで、標準的な容姿と能力であり。

  この世界に住む獣人の8割が、この平均的な『ベータ』であった。

  そして、極少数ではあるが『オメガ』という種類の獣人もいた。

  『オメガ』は発情期のフェロモンが他の種族よりも濃く、妊娠しやすい、多産系の生物であったが為に、日常的な仕事に付くのも難しかった。

  何に於いても、発情期には他のオスを誘惑する。

  そして妊娠、出産している期間が長かった。

  また、『オメガ』は、唯一オスであっても子を成せる子宮を持っていた。

  圧倒的に能力が低く、力を持たないオメガは幸薄い一生を送る者が多い。

  まだ大型種や王族のオメガであれば、それなりに格のある家に嫁ぐ事も出来た。

  だが、中型から小型の獣人のオメガは、子供を生ませる為だけの存在でしかなく。

  その濃いフェロモンによって多くのオスから交尾され続け、大抵の者は抑制薬でフェロモンを抑えるか、親や親族に守られなければならなかった。

  貧しい家に生まれた多くのオメガは、オスに襲われ、望まない子供を授かる事が多かった。

  だからこそ、どの『オメガ』も夢を見る。

  ただオスから『性欲を吐き出す為のメス』にされ、子供を産み続けるのではなく、本当に愛する者の子供だけを産みたいと。

  この地のどこかにいる『運命の番』と出会い、そのオスの子供だけを産んで、幸せな一生を送りたいと。

  だが、そんな夢のような事は、ほとんどの『オメガ』が成し得る筈もなく。

  度重なる出産にやつれ、短命であるのがほとんどであった。

  [newpage]

  [chapter:第一章・恋を知らない暴君王1-①]

  その二つの国は、いつの時代にも親交が深かった。

  南に位置するヴァリューカ王国は、海産物や地下資源に恵まれ、この地の四つの王国の中でも最大にして、最強国であった。

  あらゆる物に溢れた豊かな国ヴァリューカは、大型種であるタイガーの王族が統治し、その権力は絶対的なものであり。

  ヴァリューカの王族、タイガーのアルファは、世界最大の獣人で、通常の姿でも2メートル近くあり、獣化すれば体長は2メートル半は越える、最も獰猛な種族だった。

  その遺伝子は、どんなに他の種族と交わろうとも、必ずタイガーの子が生まれる程の遺伝子の強さがあり。

  王から生まれた一番強い子供が、王位を継ぐのが慣わしだった。

  ヴァリューカ王国よりも東に位置する[[rb:黒曜 > こくよう]]王国は、資源も豊富な、狩猟を主にする。

  乾燥した地域ではあったが、編み物や刺繍などの工芸品も貴重な国産品であり、外需の高い国であった。

  黒曜王国は、世にも珍しい黒いライオンが代々、地を治め、その神のような麗しい存在が在位する王位は揺らぐ事はなく、長く統治し続けていた。

  そして次代を治めるであろう、南のヴァリューカ王国の王子と、東の黒曜王国の王子は同じ年齢でもあった事から、幼い頃から交流があり、互いを親友と認めた仲であり。

  二人で共に西の地に留学し、切磋琢磨し合う筈だった。

  どちらも王としての資質もあり、美しく、カリスマ性もあったが、王位を継ぐのには乗り気ではなかった。

  ヴァリューカ王国の王子スウェイドも、黒曜王国の王子[[rb:黒龍 > こくりゅう]] も、圧倒的に優れた能力を持ちながら、留学先では放蕩三昧の日々を過ごす。

  スウェイドは、数十人もの側室を母国に抱えていたにも関わらず、それには見向きもせず、ベータのオス達と享楽的な生活に耽溺し。

  黒龍は、のらりくらりと勉学に勤しむ事もなく、怠惰な日々に明け暮れていた。

  だが、それもスウェイドへ王位が継承される事となり、堕落しきった留学生活は終わりを迎える事となった。

  二人は別れを惜しみ、未来永劫、永遠に絶える事のない友情を誓い合った。

  そしてスウェイドはヴァリューカ王国へと帰国し、盛大な戴冠式を終え。

  側室達は、誰よりも先に第一子を産まんと、躍起になった。

  発情していたメスは、昼夜構わずスウェイドに交尾をねだり、しなだれかかった。

  優れた王であったスウェイドは、即位して早々、次代の為にと世継ぎを待望され。

  未だかつてない若いタイガーのアルファである、絶対王者としての順風満帆な人生が開けている筈だった。

  だがある日、スウェイドは忽然と姿を消した。

  その旅立つ姿を誰も見る事はなく、突然、行方知れずとなった。

  ただ、その置き手紙には『その内に帰る。心配はするな』とだけ、記されていた。

  [newpage]

  [chapter:恋を知らない暴君王1-②]

  黒曜王国の裾野に広がる村々は、鉱山や地下資源を掘って生計を立てる獣人達以外、ほとんどは狩猟を生業としていた。

  そんな黒曜の獣人達の肌の色は浅黒く、野生的であり、好戦的でもあった。

  街には春の暖かな陽気に浮かれ、発情期のメスやオメガに誘われるでもなく、血気盛んなオス達があちこちに溢れていた。

  ちょうど黒曜王国の中心地である繁華街を訪れていた[[rb:光司 > こうじ]]は、その特異な見た目から悪目立ちしていた。

  黒曜王国の人々は、襟首の詰まった固い素材の生地に、刺繍などを施した華やかな色や柄の服を着ているが、光司はいかにも貧乏な村から来たと言わんばかりの、着古した木綿の作務衣を着ていたので、すれ違う獣人達の皆が振り返った。

  その上に、骨格のしっかりとした体格の黒曜の獣人とは違い、光司は成人しているにも関わらず、小柄で華奢だった。

  肌の色は真珠のように輝き、明るい色の毛先が跳ねた髪から生える尖った白い耳や、琥珀色の大きな瞳も、この狩猟を生業とする国の獣人からすれば『狩られる獲物』にしか見えない。

  だが、そんな儚い印象すらある光司の口から吐かれる言葉は、その見た目とは反比例した口汚いものだった。

  「何なんだよ!オメーら!俺は、あんたらなんかに用はねぇっつってんだろ!」

  「お前になくても、俺達にはあるんだよ。白ネコちゃん。お前、オメガだろ?スゲー良い香りがプンプンしてくるぜ」

  光司は発情期を終える間際に、そのフェロモンを抑制する薬が切らしてしまっていた。

  本人にその気はなくとも、そのふわりとした白い尾も、無意識の内に誘うかのように揺らしてしまう。

  これがちょうど運悪く繁華街を歩いていたので、ヤマネコのゴロツキ達を刺激してしまった。

  「ネコのオメガは淫乱だからなぁ。ベータのメスよりも悦いしな」

  「発情期だから、俺達の誰かが孕ましちまうかもしれねぇぞ?」

  「構うもんか。どうせ野良ネコだ。これからだってポコポコ産むんだからよ」

  小柄なオメガの光司に、相手はベータのヤマネコ3匹では、敵う筈もない。

  もっと人通りの多い場所へ逃げようとすると、その細腕を捕まれ、光司は更に路地裏へと連れ込まれた。

  「チックショっ!離せっ!この、バカネコがっ!」

  「暴れるなよっ。縛られたいか!」

  「おい、宿に連れ込んじまおうぜ。そこの安宿なら……」

  光司とヤマネコ達が揉み合っていると、そこへ大きな影が覆い被さって来た。

  その瞬く間に、ヤマネコ達は壁へと叩き付けられるようにして、放り投げられていた。

  立ち向かおうとしたヤマネコは、その投げた獣人を見て息を飲んだ。

  大型の王族のライオン。

  それも、飛び抜けた優良種であるその存在感は、確実に王族のものだった。

  「喉笛を噛み千切られたくなければ、この場をさっさと去れ。この痴れ者どもが」

  ヤマネコ達は、恐怖に顔を引き吊らせ、へっぴり腰になって霧散した。

  光司もまた、腰を抜かしていた。

  その獣人は、滅多といない黒曜王国直系の、王族だったからだ。

  それは数える程にしかいない、稀少な黒いライオンであり。

  野性的な浅黒い肌に、腰まである長いたてがみのような黒髪、力強い眦は勇猛さを表していたが、ほんの少し垂れた目尻は人の良さを感じさせた。

  「大丈夫か?お客人。その風体だと、国境辺りのネコの一族かな?」

  「そ、そうです。貴方様は、お、王族の方であられますよね?その耳と尻尾、正当なる黒獅子の……。え?!ま、まさか、黒龍様ですか?!」

  「いや、俺は黒龍ではないよ。名は[[rb:闇珠 > あんじゅ]]という。……黒龍の弟だ」

  闇珠は光司に手を差し伸べたが、腰を抜かしてしまい自力では立つ事が出来なかったので、仕方なく、その小さな体をひょいと横抱きにした。

  黒曜王国の第二王子である闇珠は、弓の名手と名高い、屈強な肉体を持つ狩人だった。

  [newpage]

  [chapter:恋を知らない暴君王1-③]

  「ふぁ~!デカくて、カッコいい!尻尾がシュッとなった先がモフモフしてて、いかにもライオン!って強そうで堪んねぇ!」

  「光司、あんまり引っ張るなよ。痛いだろ」

  「良いな~。俺も闇珠みてぇに、でっかくなりてぇ!強くなりてぇ~!」

  「光司はもうどう頑張ったって、そこが限界だよ」

  「……お前、何気にサクッと刺して来るな」

  野外の軽食店でテーブルに座って、光司は闇珠の尻尾をずっと弄り倒していた。

  光司からは発情期終わりかけのフェロモンが出ていたが、すぐ側に黒獅子の王族である闇珠が付いていた為に、誰も近寄る事が出来なかった。

  光司は、闇珠の野性的なまでに麗しい猛々しさが羨ましくて仕方がなかった。

  「俺なんてさ、ネコはネコでも白ネコだからさ。もう、補食対象でしかねーのよ。逃げ足だけは自信あんだけど、今日みたいに囲まれたら、どうしようもないし」

  「オメガは、絶対に抑制剤を欠かしたら駄目だ。そんなにフェロモンを撒き散らして歩いてたら、オスに集られてボロボロにされるぞ?」

  「うん……ごめん。もう、終わるから大丈夫かと思ったんだけど」

  「この国の獣人は狩人が多いんだ。逃げたら余計に追って来るぞ。光司は、例え発情期じゃなくても一人で歩かない方が良い。可愛いから狙われる」

  「お、俺……可愛いかな?」

  「そりゃ、俺よりはずっと」

  確かに闇珠は可愛いというよりかは、雄々しいとか、勇猛なイメージだ。

  闇珠のようなオスに、喧嘩を売ろうという獣人はほとんどいないだろう。

  同じ獣人でも、こんなにも違うのかと、光司は羨ましく思った。

  「闇珠は良いよなぁ。王族の直系で、ライオンのアルファだなんて。俺みたいな心配はした事がないだろ」

  「まぁ、光司程じゃないけど、それなりにはあるぞ。俺もオメガだし」

  「は?!」

  「いや、だから、オメガだから。俺も」

  「えぇぇぇぇぇ?!ウッソ!」

  「いや、ほんと」

  闇珠は身長も見た事もない程に高かったし、鍛え抜かれた筋肉はどこから見てもアルファにしか見えなかった。

  目鼻立ちのはっきりとした面差しも、男らしい荒削りな美しさであり、こんなオメガがいるのかと、当の本人から聞いても信じられない。

  「えらいマッチョなオメガだな」

  「黒曜国の王族直系のオメガは、百年ぶりらしい」

  「でも、アルファにでも勝てそうだな、闇珠」

  「格闘でも負けた事はないな。兄上以外には」

  「黒龍様……そんなにスゴいんだ……」

  伝説の黒獅子王子、黒龍は、神が創りたもうた奇跡とまで言われた美丈夫だった。

  王族の中でも飛び抜けた美貌で、その知性も、戦闘能力も、飛び抜けた強さを持ち、初代黒獅子王の再来とまで言われている。

  光司は、小さなネコの村の村長の息子だったが、今は妃も側室もいない黒龍の側室になれればと、腹を決めて村を出て来た。

  一向に連れ合いを選ぼうとはしない黒龍に、父王が痺れを切らし『血筋さえしっかりしたメスやオメガであれば、希望する全て獣人を後宮に入れる』と名言したからであった。

  「光司には残念な知らせになるとは思うけど、今、黒龍は王城にはいない」

  「え?そうなんだ?」

  「家出してるから」

  「い、い、い、家出~?!」

  光司は、闇珠の尻尾を握ったまま、椅子ごとひっくり返ってしまった。

  [newpage]

  恋を知らない暴君王 2ー①

  黒曜王国の第一王子、黒龍は、自由奔放な獣人だった。

  オスとしての結婚適齢期になっても『妃や側室に縛られたくはない』と言って、大臣達を周章狼狽させた。

  それによって、父王黒蝶の怒りを買い、あちこちの王族や貴族、辺境の村長にも声をかけ、若く元気な子供を生めるメスやオメガを集う事になった。

  だがその直後、黒龍は姿を消してしまった。

  そして王城では、集まってくる各地の美姫達が待ちぼうけを食らわされる状態となった。

  「でも、居場所は分かってるから」

  「知ってるのか?闇珠」

  「隣国のご友人が遊びに来られている時は、大体あそこに逃げる。黒龍の城の一つなんだけど。そこに光司を連れて行ってやろう」

  「本当に?!」

  「黒龍は世継ぎを生ませる義務がある。でなければ直系が絶えてしまうから。俺が光司を妃にしろと薦めてあげるよ」

  「うわ……闇珠……。ホント良い獣人……」

  「光司は、俺がアルファなら妃にしたい位に可愛いから。黒龍も気に入ると思う」

  「闇珠!大好き~!」

  光司は闇珠の背中に飛び乗って、尻尾を振りまくった。

  闇珠が自らの早駆けの馬に光司を乗せ、黒龍の城まで走ること2日。

  そこは、決して大きな城ではなかったが、重厚な城壁や壁に覆われた頑強な城だった。

  まるで籠城する為の要塞のような、生い茂るイバラの蔦と、幾多の層をなした迷路が立ち入り難い雰囲気を醸し出し、陰鬱としていた。

  その迷路は、ここに住む数人の使用人と、黒龍と闇珠、そして黒龍の親友であるスウェイドしか抜け道を知らなかった。

  「黒龍がスウェイド様とつるんで隠れるのは、ここか、西の国のデランダ王国だから。……多分、お二人でここにおられるかと」

  「スウェイド様?!黒龍様の愛人?」

  「違う、違う!スウェイド様も結婚が嫌で逃げて来られたんだ。……全く二人して、何なんだ、もう!全く、王族の風上にもおけない!」

  黒龍の友人は、メスには興味がなく、決められた結婚に嫌気を出して逃げて来たとの事だった。

  「アルファなのにメスに興味がない?発情しても?」

  「ないらしい。フェロモンが効かないって仰ってたな。ベータのオスだったら結婚してやる、って言って家出してきたらしい」

  「へ、へぇ~。性欲の強いアルファなら、絶対にフェロモンには反応する筈なのに、変わり者だな」

  スウェイドがベータのオス好きなら、光司は好みの範疇には入っていないだろうから、例え出会っても心配はないだろうと安心した。

  闇珠は『黒龍の妃に』と推してくれるとは言うが、そこまでは高望みをしてはいない。

  神のような存在である黒獅子直系の妃になんぞなりたいとは、とてもおこがましくて言えなかった。

  側室か、それ以下の存在であっても、側に置いて貰えるのなら、貧乏なネコの村長の息子としては身に余る出世だ。

  最悪、下働きでも雇って貰えたらそれで良い。

  光司は、期待を持たないようにと自らを言い聞かせた。

  迷路のような防壁をくぐり抜けて、闇珠が重く厚い扉を開くと、中は見た目の暗い陰湿な趣とは違う、明るい空間が広がっていた。

  豪奢なシャンデリアや、華美な彫刻や、赤い絨毯は、まるで王都の城のようだ。

  「黒龍!黒龍!貴方がここにいるのは、分かっているんだぞ!いつまでも逃げおおせると思うな!」

  ドカドカと足を踏み鳴らしながら奥へと向かう闇珠の後を、光司も必死になって追った。

  如何せん、闇珠との足の長さが違うので、光司が懸命に走っても闇珠は悠々と歩いている。

  その足がピタリと止まり、光司は闇珠の広い背中に激突した。

  「やはり来たか、闇珠」

  「スウェイド様もお変わりなく」

  「久しぶりだな。また、一段と美しくなった」

  「美しいという言葉は、兄上や貴方のような方の事を言うのですよ。俺は美しくなんかない」

  「お前は、本当に自分を知らないんだな」

  目の前から、低く澄んだ美声が聞こえて来る。

  光司が闇珠の後ろから覗き見ると、そこには見た事もないような大型の、タイガーの獣人が立っていた。

  [newpage]

  [chapter:恋を知らない暴君王2-②]

  光司は思わず「デケー」と声を漏らしてしまった。

  王族であり、大柄の獣人である闇珠より更に一回りは大きい。

  耳の形や、縞模様の尻尾から見てもタイガー以外にはなかったが、ここまで大きな獣人はそういないだろう。

  これが獣化したらどうなるのかと想像して、光司は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。

  肌の色は闇珠と同じく浅黒かったので、東南地域の獣人だ。

  これだけ優美なる大型獣人ならば、間違いなく王族に違いない。

  それも、最高位のアルファだ。

  光司が凝視するようにスウェイドを見つめていると、スウェイドもまた、光司を見返してしてきた。

  その深く黒い瞳に、光司は囚われたようにして固まってしまった。

  「闇珠。その者は?」

  「え?……あ、光司といいます。俺の友人でして、黒龍の妃にと連れて来たのですが」

  「譲れ」

  「は?」

  「私に譲れ」

  「す、スウェイド様?今、何と仰られましたか?」

  「この者は、私のものにする」

  スウェイドはその巨漢からは想像も出来ない俊敏さで闇珠の背後を取り、光司を肩へと担ぎ上げていた。

  そのあまりの素早さに、光司も何が起こったのか呆気に取られていたが、流石に抱え上げられた際に視界がグルンと回転したので、驚きのあまり奇声を発してしまった。

  「うわぁ~~!」

  「軽いな。子供のようだ。白ネコか」

  「何、何?!どういう事?!ちょっ……これっ……」

  「どういう事もこういう事もない。お前の嫁ぎ先が黒龍ではなく、私になっただけの事」

  「やっ、やだ!……やだ!やだ!やだ!やだよ~!闇珠~!」

  光司はスウェイドの肩に担がれたまま手足をバタバタとさせていたが、タイガーに捕まった仔猫がどれだけ暴れようが、まるで通じてはいなかった。

  「スウェイド様!お待ち下さい!光司は兄上に嫁ぎたいと自ら望んで来たのです!無理強いは……」

  「黒龍だろうが、私だろうが大差あるか。奴は正常位の体位でのセックスが好きで、私が背後から挿入するセックスが好きだという程度のものだ」

  「どさくさに紛れて何言ってんですか!貴方はっ!」

  「他に違う事と言えば、黒龍は絶対に中には射精しないが、私は中に吐き出すタイプだ」

  「最低ですよ!貴方!……ていうか、何で黒龍のそんな志向を知ってるんですか?!」

  「安心しろ、闇珠。私は黒龍とは寝てはいない」

  「聞いてませんよ!そんな事!貴方がたがどうこうなるとか、心配なんかしていません!」

  「さて、私と黒龍ならどちらがオスになるのかな」

  「うわぁ!鳥肌が!」

  闇珠が震え上がっている隙に、スウェイドはシレッと自室に戻ると部屋の鍵を掛けてしまった。

  そのまま奥の寝室へと連れて行かれ、光司は大きな円形のベッドへと放り投げられた。

  まるで鞠が跳ねるように、光司の体はポンポンとベッドの上で跳ねた。

  そんな弾力のある寝床で寝た事がなかった光司は、思わず嬉しくなってしまい、ニャンニャンとはしゃいで跳び跳ねた。

  「うお~!何だ、このベッド!ポヨンポヨンしてる~!ニャハ~ン!」

  「楽しそうだな、野良ネコ」

  「はっ……!スケベタイガー!」

  「誰がスケベ タイガーだ。噛み殺すぞ」

  スウェイドの脅し文句を耳にして、光司は現実に立ち返った。

  跳び跳ねて、遊んでいる場合ではなかった。

  今、まさに絶体絶命の状態だったのを忘れていた。

  光司は、檻の中に獰猛なタイガーと共に、閉じ込められてしまったのだった。

  [newpage]

  [chapter:恋を知らない暴君王3-①]

  「お前、白ネコのベータ……いや、オメガか」

  光司は、スウェイドはベータとばかり遊んでいると闇珠が言っていたのを思い出した。

  ここはどうにかして逃げ出さなければ、黒龍に会う前に傷物にされてしまう。

  光司は、とにかく自分はベータと違ってフェロモンを発するのだと、スウェイドの好みではないのだというアピールをしまくった。

  「そうだよ!俺はオメガだから!メスよりも強いフェロモンを出すぞ!臭いぞ!鼻が曲がるぞ!妊娠しちまうぞ!」

  「だがぺニスは付いているだろう。私は、メスのあの乳房が嫌いなんだ。お前にはそれはあるまい」

  「ちょっ、ちょっと待て!俺とあんたとじゃサイズが規格外だから!交尾するのには、もう少し大型の獣人にした方が良いぞ!俺とじゃつまんないぞ!」

  「お前だって黒龍と交尾するつもりだったんだろうが。あいつのぺニスは相当なサイズだ。それこそ規格外だぞ」

  「だから何であんたが、そんな黒龍様のシモの話を知ってるんだよ!どんな関係だよ!」

  「それは私とあいつが一緒に……」

  スウェイドは途中まで言いかけて、言葉を濁らせた。

  だが、それ以上は言おうとはせずに、光司の座るベッドへと乗って来た。

  「あっ!やっ、……ちょっと、何すんだよっ!」

  「服を脱がしてる」

  「脱がすな!俺は脱ぎたくない!」

  「私は脱がしたいんだ」

  「知らねーよ!そんなの!そんなら、勝手に自分が脱いでろよ!」

  「……そうか。分かった」

  スウェイドは、まるで光司から了承を得たかのように、悠然と服を脱ぎ始めた。

  スウェイドの服は、どこの国の物なのだろうか。

  闇珠が着ていたような、首の詰まった堅い生地の民族服ではない。

  黒曜王国は刺繍や編み物が盛んだが、その文様は狩猟民族特有の鳥や動物や草花のような、自然をモチーフにした物が多い。

  だが、スウェイドの着ている服はフワフワと軽く薄い生地に、小さな石や、金糸や色とりどりの糸で文字や幾何学的な文様が縫い込まれていた。

  柔らかな素材の服は、するすると簡単に脱ぐ事が出来たので、スウェイドの見事な肉体美が直ぐ様、露になる。

  その浅黒い肌は筋肉の塊であり、見事に盛り上がった胸筋に、六つに割れた腹筋は濃い陰影を落としていた。

  何よりも濃い叢の下にある巨大な陰茎は、丸太のように太く勃起している。

  その根元に下がる陰嚢も重たげに垂れ下がり、タイガーが生殖の為に数日間かけて100回も射精するというのが頷ける代物だった。

  光司は、自分の手首程ある凶悪なるぺニスに、釘付けになっていた。

  スウェイドがにじり寄ると、光司はその分だけ後退る。

  圧倒的な生物としての敗北が、無意識の行動に現れていた。

  「やっ、……いや、だっ……」

  「嫌だと言われても、もう治まりがつかん。だが、良かったな。半分以上獣化していたら、タイガーのぺニスに変化してお前の孔を傷だらけにしていたかも知れん」

  タイガーの生殖器は、巨大なだけでなくトゲのような物が出ていて、引き抜き難いように、また他のオスと交尾出来ないように中を傷付ける。

  殺されてしまう、と恐怖した光司は身を翻して飛び上がった。

  だが、いくばくかスウェイドの方が早く、光司の足首を掴んでいた。

  グイッと引き寄せると何の苦もなく、その小さな体を浮かび上がらせ、簡単に組敷いていた。

  スウェイドの鼻先にシワが寄せられ、犬歯が鋭角的に伸びる。

  光司の腕を掴んでいる手先は、鋭い爪が尖り。

  スウェイドは、欲情によりタイガーへと獣化し始めていた。

  [newpage]

  [chapter:恋を知らない暴君王3-②]

  服を引き裂かれても、光司は逆らう事が出来なかった。

  恐れにより、恐慌状態に陥っていた。

  スウェイドの長い舌が、ベロリと光司の小さな乳首を舐める。

  そのザラついた舌は光司の小さな乳頭を刺激して、意識はしなくともビクリと体を震わせた。

  「感じ易い体だな。ネコのオメガは淫乱だと聞くが、あながちガセではないらしい」

  スウェイドが光司の体のあちこちを舐める度に、光司は引き吊るような声にならない悲鳴を上げていた。

  だがそれが徐々に下へ、下へと降りて行き、やがて光司の陰嚢から雄の先端までをベロリと舐め上げた瞬間、絶叫した。

  「い、やぁぁぁぁぁぁっ!」

  「私を拒むか!」

  「いやだっ!やだっ!いやぁ!」

  「許さん!」

  スウェイドは光司の足を引き裂くようにして開くと、その股間をしゃぶるようにして食い付いた。

  自らの股座から、ピチャッピチャッと濡れた音や、ジュルルッと蜜を吸い上げるような音がする。

  光司は確かに射精してはいたが、恐怖のあまりに快感を感じる事が出来なくなっていた。

  ただ、その口からは愉悦の声ではなく、拒絶の言葉しか出てはいなかった。

  「ダメっ!噛ま、噛まないでぇ!」

  「確かに喰ってしまいたくなるような、甘露な蜜を放つな。こんな果実のような精液を出す獣人は出会った事がない。……こっちの卵子を持つ後ろの孔は、どんな味なんだろうな」

  「あ……、あ、あぁぁぁぁぁ!いやぁ!」

  光司は尻を浮き上がらせるようにして体を折り曲げられ、その後孔をスウェイドの眼前に晒した。

  下から現れた真っ白な尻尾は、恐怖によって毛穴が縮み、倍程に膨れ上がっていた。

  初めて見た小さな窄まりに、スウェイドの野生が一気に加速し、その顎から揉み上げにかけて獣毛が伸び始めた。

  そして吸い寄せられるように、光司の蜜孔へとその舌を捻り込んだ。

  ヌルンと尖った先を受け入れたその孔は、途端に甘い芳香を放つ。

  発情期を終えてはいたが、その余韻のような蜜が溢れ始めていた。

  スウェイドの舌がヌルヌルと光司の尻奥の襞を確認するようにして舐める度に、淫液も湧き出でて来る。

  スウェイドが吸い上げるよりも多い量の蜜が零れ、グチュ、グチュンと音を立ててスウェイドを悦ばせていた。

  「オメガはこんなにもオスに合わせて体を開くものなんだな。ベータにはない淫猥さだ」

  「そ、そんなの、挿らな……」

  「ここで俺を受け止めなければ、完全なる獣化をして、本当にお前を喰ってしまうかも知れないな」

  「ひぃっ!あ、あっ……あぁ~~~~!」

  スウェイドは幹のように太い巨根を、光司の小さな尻孔に添えて、抉るようにして突き挿れた。

  その先端がめり込んだだけで、骨盤が外れるかと思うような衝撃だった。

  スウェイドもまた、肉環の締め付けに我を忘れてしまい、己の欲望のままに光司の腰を引き寄せ、揺すりながらズブズブと楔を最奥にまで納めていく。

  あまりの太さから光司の尻孔は耐えきれずに切れてしまい、その引き裂かれる恐れから、失禁してしまっていた。

  「俺もコレを挿れただけで、漏らした奴は始めてだぞっ」

  「う、動かさなでっ、……さ、裂ける!裂ける!ひいぃぃあ!」

  「おいっ!……体を、縮ませるなっ!私を引き千切るつもりかっ!くっ……」

  スウェイドは、狂おしい程のぺニスへの快楽に咆哮を上げる。

  光司の小さな体は、荒々しい突き上げにガクガクと跳ねるように揺らされていた。

  スウェイドは己を抑え切れず、光司の蜜壺へと雄を何度も何度も突き上げまくり。

  そして、その逞しい尻筋がクグッと引き締まり、光司の最奥の子宮へと濃い精の飛沫を放ち続けた。

  ビュウビュウと、いつまでも射精し続け、その体内を大量の子種で浸した。

  光司の尻からスウェイドの精液と共に流れ出た赤いモノは、傷付いたからか、処女の証であったからなのか。

  長い、長い射精を終え、スウェイドの獣化が治まりを見せた時には、光司の意識は完全に途絶えていた。

  [newpage]

  [chapter:恋を知らない暴君王3-③]

  光司が意識を失っても、スウェイドは腰を動かすのを止められなかった。

  意識はなくとも、光司の中は絶妙な締め付けでスウェイドを悦ばせ、揉み込んで来る。

  尻が裂けていると分かってはいたが、その腰を止める事が出来たのは、完全に獣化が治まってからの事だった。

  「……おい。生きてるか?感じてはいるんだろう?……起きろ」

  スウェイドは、一向に目覚めようとしない光司の小さな陰部を手に包み、軽く扱いてやった。

  すると無意識に光司が腰を回し始めるので、スウェイドの屹立もまた刺激されてしまった。

  光司に合わせて腰を揺らめかせていると、その小さな口からは甘い声が漏れ始めた。

  「あ、あ、あん……。んゃっ、にゃうんっ!」

  「くそっ!誘うような声を出すなっ!この淫乱ネコが!」

  光司が一際悦い声を出す部分を、トントンと突くようにして刺激してやると、その体内もキュンキュンと疼くようにスウェイドを締め付けて離さない。

  「にゃん!ひゃん!……あぁっ、やぁん!」

  「この私を翻弄するとは!……くっ」

  「ひゃぁ~ぁん!」

  下腹の中で熱いモノが放出されると同時に、達してもいないのに射精したような絶頂を感じて、光司は完全に目を覚ました。

  自らの腰がカクカクと痙攣しているだけでなく、その尻孔を犯す肉棒もまた震え、脈打っていた。

  スウェイドが抜き差しをする度に、グチュン、グチュンと交接音がして、どれだけ精を注がれたのか見るのも恐ろしい程だった。

  「ぬ、抜け、よっ!」

  「何だと?」

  「抜けっつってんだよ!この、くそエロタイガー!俺は、……俺はっ、黒龍様のお嫁さんにして貰う筈だったのにっ……。ばっ、バッカヤロォ~!」

  光司の体内からズルリと男根を引き抜くと、小さな声で「ひゃうん」と啼かれ、スウェイドの下肢は更に硬度を増してしまった。

  だが、小さく丸まって泣き崩れる光司を見て、もう無理矢理に挿入する気はなくなっていた。

  親友の妃か、側室になる筈だったオメガ。

  そうは分かっていても止まらなかった。

  抱いてしまえば、簡単に落とせると思っていた。

  今までのオスもそうだったし、どの獣人もスウェイドのぺニスとその精力に夢中になる。

  だが光司は、夢中になるどころかスウェイドの事を「大っ嫌いだ」と言って、それ以降、触れるのも許さなかった。

  今までかつて こんなにも性的な衝動に駆られたのも初めてだったし、また拒絶されたのも初めてだった。

  スウェイドは、どうしたら良いのか分からなくなり、途方に暮れた。

  [newpage]

  [chapter:恋を知らない暴君王4-①]

  「本当にすまない。俺が獣化して戦ってでも、無理矢理にスウェイド様を引き留めれば良かった……」

  「闇珠……」

  闇珠は体を動かすのも億劫な光司を風呂へ抱いて連れて行き、自らも湯船に浸かって体を支えてやっていた。

  闇珠は、オメガではあるが、この国最大種の王族のライオンではある。

  どんな戦士も、倒せない相手はいない。

  だが、流石に自分より大きなトラであるスウェイドに、一瞬、尻込みしてしまった。

  兄の友であるという負い目もあった。

  だがその迷いが、こんなにも小さな友人を傷付けてしまった。

  闇珠の黒い瞳からは、涙が零れ落ちていた。

  「闇珠のせいじゃねぇじゃん。……もし、スウェイドと獣化して戦ったりしたら、殺し合いになるだろ」

  「だからって、光司を傷付けても良い訳じゃない」

  「まだ良かったよ。発情期が終わってて。妊娠しないですんだと思うし。……そもそも、俺が黒龍様のお妃様になるなんて、夢のような話だったんだし」

  「光司は俺が貰ってやる!」

  「はぁ?!」

  「黒龍が駄目なら俺の妃になったら良い!絶対に光司を幸せにしてやる!だから、俺の側にいたら良い!」

  「何て言うか……オメガの嫁にオメガがなるって、あんまり聞いた事ねーけどな。気持ちだけはありがたく頂いておくよ」

  闇珠の誠実さに、光司は救われると思った。

  突然に強姦された衝撃は相当なものだったが、闇珠の労りが光司の心の傷を癒してくれるような気がした。

  ほんの少し浮上した光司は、闇珠の頭を洗ってやると言って泡立ててやった。

  「綺麗な長い髪の毛だなぁ。王族の黒獅子は、髪の毛を切らないってのは本当なんだな」

  「絶対っていう訳じゃない。長い髪に合わない髪質なら短くても仕方ないし。戦いに負けた時は切るよ。現に俺は黒龍に負けた時には切った」

  「そしたら黒龍様はもっと長げーの?」

  「黒龍はふくらはぎまで髪の毛があるぞ?無敗だからな」

  「スゲーな~。カッコいいな~」

  光司がうなじを洗ってやろうと闇珠の髪の毛を掻き上げると、その後ろ首に噛み跡があった。

  それは、『運命の番』による、永遠を誓った愛の証であった。

  闇珠には『番』がいる。

  だが、今さっき彼は光司を妃にしてやると言った。

  もしや、この傷を知らないとでも言うのだろうか。

  光司は、探るようにして闇珠に問うた。

  「あ、闇珠はさ、好きな獣人はいねーの?」

  「……いないよ。……というか、いたけど許されなかったから」

  「許されなかった?」

  「もう終わった事だから。だから、光司を妃に迎えても問題ないぞ」

  「ははは……。そっか」

  闇珠は知らないのだ。

  自らの後ろ首にある、この噛み跡を。

  意識がない内に噛まれたのかも知れないが、だとすれば闇珠はもう誰とも交尾する事が出来ない。

  運命の番と交わった以上、他のオスと交尾は死を意味した。

  番以外には発情しないし、他の獣人と交尾すると噛み跡が裂けるような激痛を起こし、精神に異常を来すだとか、運命の番と添い遂げなかったオメガの末路は散々たるものだ。

  光司は、そのあまりの事の重大さに、闇珠へどう言ってやれば良いのか分からなかった。

  [newpage]

  [chapter:恋を知らない暴君王4-②]

  スウェイドは、ゴシック調の長椅子に横座りしていた。

  大柄な三獣人程が座れる大きな長椅子ではあったが、スウェイドが座るとこじんまりとして見えた。

  目の前には親友の黒龍が座ってはいたが、寡黙なスウェイドに反して、黒龍はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。

  友の考えている事は察してはいたので、スウェイドの口は更に重たくなった。

  「闇珠から聞いたが、とんでもない事をしでかしてくれたらしいな。俺の知らぬ間に」

  「……すまん」

  「……おい、雪が降るんじゃないか?季節は春だというのに。スウェイドからの謝罪なんて、初めて聞いたかも知れん。お前なら俺の妃を寝取っても『小さな事を気にするな』とでも言いそうなものを」

  「お前の妃などいらん。……というか、お前だって妃を娶るつもりもないくせに、何を言うか」

  「別に妃を娶らない、と決めてる訳じゃない。俺には俺の考えがある」

  「ちょっと待て、黒龍。そんな話は初めて聞いたぞ?今までのお前の恋人の中で、そんな奴がいたか?……全く思い出せない。いや、あまりにも使い捨てが多過ぎて……」

  「失礼な事を言うな。使い捨てなんぞしてないだろうが。向こうが相手をしてくれと言って来たんだ。それに発情期の相手とセックスした訳ではないし、俺が求愛した訳でもない」

  「お前もなかなかに酷いオスだな」

  「スウェイドだけには言われたくないな」

  色恋に関して互いを責めると、目くそ鼻くそになるので、二人は無言になった。

  だが、先程まで闇珠が鬼神の如く怒りを露にしていたので、この度のスウェイドの失態をなかった事には出来なかった。

  「闇珠が俺の妃にと連れて来たオメガを、お前が奪っていったと聞いたが」

  「交尾した。いや、発情期ではなかったから、孕んではいない。だがあれは、私に譲って欲しい」

  「さてさて、どうしたものかなぁ。闇珠は俺に妃をあてがって、王都へ連れて帰ろうとしているんだとは思うがなぁ。そのオメガを妃にと連れて帰ったら、父上は大喜びだろうしな」

  「黒龍。譲ってくれ。代わりにお前には我が国一番の美姫を送ろう。ライオンか?タイガーか?パンサーか?オメガが良いか?」

  「闇珠が推すそのオメガに勝るメスがいるかな?お前がどんなメスを連れて来ようが、闇珠は此度の事を許さんと思うが」

  「闇珠にも、私の側近である有能な男を勧める。ヴァリューカ王国に珍しい金獅子だぞ?」

  「帰りたくないな、当分は。お前が一目惚れする程のオメガなら、例えお前のお手付きの後でも味見してみたい」

  「黒龍!」

  黒龍は、いつも動じる事のない親友が慌てる姿を見て、楽しくて堪らなかった。

  この冷酷な男がいっぱしに動揺する事があるのかと思うと、そのオメガを見てみたいと思った。

  [newpage]

  恋を知らない暴君王 4ー③

  闇珠が光司を抱きかかえて、風呂から上がって来た時には、それを待ち構えていたかのように、黒龍とスウェイドが部屋へ訪れていた。

  光司はスウェイドの姿を見た途端、体をすくみ上がらせ、闇珠にしがみ付いた。

  その怯える姿を見た黒龍は、スウェイドよりも前に歩み出て、光司の顔を覗き込んだ。

  「これはこれは。何て小さな白ネコだろう。まるで人形のように愛らしいな」

  「こ、黒龍様?」

  「いかにも。俺が黒龍だ」

  「こ、こ、黒龍……様……。お、俺っ、俺っ……」

  「ん?」

  「せ、せっかく、黒龍様に会えたのにっ……う、うわぁ~ん!」

  光司は火が点いたように、大泣きし始めた。

  闇珠はまるで赤子をあやすようにして、光司を揺すりながら背を叩いてやり、黒龍は甘い菓子や果物を口に運んでやって、ご機嫌を取ってやった。

  そんな器用な兄弟を見て、スウェイドは歯痒い思いをしていた。

  それは私の物だと言ってやりたかったが、泣かせた原因である自分が大手を振って二人を押し退けて出る訳にもいかず。

  光司が泣き止むのには、半時程の時間を要した。

  「スウェイド様、光司にとにかく謝って下さい」

  闇珠が睨み付けるようにして、グルルと喉を鳴らし、スウェイドを威圧していた。

  それは、これが普通の獣人ならば尻尾を巻いて逃げる程の威嚇だったが、スウェイドには全く通じていなかった。

  謝るどころか、更に毒を吐き出した。

  「おい、野良ネコ。お前がどこの馬の骨か知らんが、私が貰い受けてやる。感謝しろ」

  「何だとぉ!このクソ野郎が!お前なんか、一昨日来やがれ!」

  「一昨日なんかに戻れるか。お前は俺が拾ってやるから、黒龍の事は忘れろ」

  「拾ってなんかいらねーよ!死ね!ブッ殺されててぇか!このエロタイガー!」

  「誰がお前みたいな仔猫に殺られるか。野良如き、一噛みで瞬殺してやる」

  「何で俺は大型獣人じゃねーんだ!俺だってタイガーやライオンなら、このクソスケベ野郎を噛み千切ってやんのに!」

  「ネコがタイガーになれると思ってるのか、馬鹿め。お前は何度生まれ変わっても貧弱なネコだ。もしくは、ウサギだ」

  「こいつ、マジで殺してやろうか!超ムカつく!」

  黒龍はそんな二人のやり取りを見て、笑いが堪えられないでいた。

  光司の、スウェイドに対する恐れのない物言いは好ましいものではあったし、スウェイドの言い様も普段以上に毒舌なのには裏が見えて微笑ましかった。

  スウェイドは、本心を告げる言葉を知らない。

  ネコやウサギだと貶しているのは、照れ隠しか、可愛いと伝えているつもりなのだ。

  常に尊大であった最強のオスは、相手を立てる術を知らなかった。

  黒龍の横から、闇珠が耳打ちをしてきた。

  その闇珠の言葉の方が、黒龍にとっては衝撃的だったのか、闇珠に何度も「本気か?」と聞き返していた。

  とにもかくにも、この場を納めるのには時間が要するだろうと、黒龍は皆に告げた。

  「光司に関しては、スウェイドも母国に連れて帰りたいと言うし、闇珠も光司を妃にしたいと言っている。俺も光司には興味がある」

  「黒龍!」

  スウェイドが「何を言うか」と怒りをぶつけて来たが、黒龍はそれには待ったを掛けた。

  「ここはオス同士でいがみ合っても仕方がない。光司にはしばらく滞在してもらって、どのオスが良いか、見定めて貰うとしよう」

  その黒龍の提案には、光司の方が申し訳なく、居たたまれない気持ちになった。

  自分は、スウェイドのお手付きになった野良ネコでしかない。

  小さな村の村長の息子ではあったが、王族でも直系の黒獅子から望まれる程の者ではない。

  それを正直に言うと、黒龍は光司の頭をグシャグシャと掻き混ぜた。

  「その様に卑下せずとも良い」

  「黒龍様……」

  「お前は、これだけの男共を虜にしているのだと自信を持て。発情期の光司が誘惑すれば、獣人の誰もが虜になるだろうよ」

  光司は黒龍の器の大きさに、涙が出そうになった。

  [newpage]

  [chapter:恋を知らない暴君王5-①]

  闇珠が光司を部屋で休ませると言って二人が部屋を出た途端、スウェイドは黒龍に食って掛かった。

  「どういうつもりだ?!黒龍!あれは私の方が先に目を付けたんだ!」

  「俺の花嫁にと、来たんだがな」

  「私が先にマーキングした!」

  「番のしるしを付けた訳ではあるまい。子を成した訳でもない。ましてや、お前には山のような側室がいるな? だが俺は正室も側室もいなければ、父を納得させる為に妃を連れてでなければ、王都には帰れない」

  「お前だって、帰れば山のような妃候補が待ってるだろうが!父王殿は、手ぐすね引いて待っておられるぞ」

  「それは父が勝手にした事。決めるのは俺だ。惰性で側室を放置したお前とは、訳が違うぞ」

  スウェイドは、精通をした辺りから王族のしきたりに則って、側室を設けられていた。

  それは昔からの慣例であり、スウェイドの意思ではなかったが、メスを好まなかったが故に面倒だからといって捨て置いた。

  性欲を晴らすのはベータのオスばかりで、一切、側室とは子供を作ろうとせず。

  気が付けば、多くの側室とオスの愛人を山程抱える色好きだと、周囲からも認知されるようになってしまった。

  放置し続けた間に、プライドの高い王族の側室などが『昨日は私の所にいらした』だの『私はスウェイド様のお気に入り』だのと嘘を言いだしたので、更に色好きであるという噂に拍車が掛かってしまったのだ。

  黒龍もまた大型獣人ではあったが、最大猛獣であるスウェイドと並ぶと、目線辺りの身長ではある。

  スウェイドの胸ぐらを掴み上げ、黒龍はニヤリと笑った。

  「お前のセックスのテクニックだけで、光司が落とせると思うなよ」

  「黒龍……お前、何を考えている?……どういうつもりだ」

  「ちゃんとした手順を踏んで、光司を落としてみろと言ってるんだ。これ以上なく可愛がって、愛を囁いて、優しくしてやるんだぞ」

  「そんな事が……」

  「そんな事も出来ないなら、光司は俺か闇珠のものになってしまうぞ?いやぁ、見物ではあるな。稀代の色男が、嫌がる相手を必死に口説く姿というものは」

  「口説く?!この私がか!」

  「俺に奪われたくはないと思うなら、光司を振り向かせてみろ。権力ではなく、『誠意』でな」

  「……お前、面白がっているな」

  「ああ、面白い。友が慌てる姿を見るのは格別な美酒の味がする」

  「この野郎!」

  スウェイドは、珍しくやたらと絡む黒龍の首を羽交い締めにして気道を封じてやった。

  そこからじゃれ合いのような格闘が始まってしまい、技の掛け合いになった。

  そこへ帰って来た闇珠は、組んず解れつ絡み合う二人の大人気ない姿を、冷めた目で見下した。

  [newpage]

  [chapter:恋を知らない暴君王5-②]

  スウェイドからの荒淫により、体を疲弊させていた光司は、闇珠に自室をあてがわれ『少し休むように』と寝かし付けられた。

  光司は、どうしたら良いものか分からなくなっていた。

  確かに黒龍の花嫁の召募を聞き付け、王都を目指してはいたのだが、あれだけの美丈夫であれば田舎のネコ如きが望める御方ではないと思った。

  闇珠からは『兄に光司を花嫁にと推挙する』と言われ、ホイホイと付いて来てしまったが、よくよく考えれば、あまりにも幸運であり過ぎたツケが来たようにも思える。

  世の中、そうそう上手い話ばかりではないと痛感した。

  スウェイドも名のある王族であろうが、光司にしてみれば黒龍の妻にと心積もりをしていたので、それはもう青天の霹靂だった。

  オメガとして発情期の目覚めを迎えて間もなく、いきなり強姦された。

  メスもオスも知らない体に、気を失う程の快楽と、受け止め切れない程の精液を流し込まれた。

  これが発情期なら、あれだけ精力のあるオスからの種付けならば、確実に孕まされている。

  スウェイドがベータのオスにしか興味がないのであれば、いっそ発情期であればスウェイドの嫌いなフェロモンが溢れていただろうから、逆に抑止力になったのかも知れない。

  穢れてしまった身では、とてもではないが黒獅子の世継ぎである黒龍の妃なぞにはなれる訳もなく。

  諦めて村に帰るしかないと思っていたら、闇珠には妃にしてやると口説かれ。

  黒龍にまで光司を気に入ったと言われ、余計に混乱してしまった。

  「スウェイドも俺みたいなネコは珍しかったのかな……。じゃなきゃ、あいつならもっとちゃんとした血統のメスやオメガ、じゃなくてもオスだって選り取り見取り、だよな……」

  恐らく獣化すれば、さぞや美しい大型のタイガーになるだろう。

  獣化した王族は見た事がなかったが、その姿を想像するだけで恍惚となる。

  獣化は、獣人の憧れる姿だ。

  古の姿は、美しく、そして選ばれた者にしか許されない神聖な姿でもある。

  そんな地位を持っていながら、何故、光司のような ちっぽけな田舎の白ネコに躍起になるのか。

  黒龍の城では、性欲を晴らすベータのオスがいないから、焼きが回ったのか。

  「あいつ、馬鹿なんじゃねーの?発情期のフェロモンが嫌だとか、ちょっと壊れてんのかね?全く、アルファの風上にも置けんクソどスケベタイガーめ」

  光司は、スウェイドへの悪態をつきながら、うとうとし始めた。

  起きたらどうすれば良いか、闇珠に聞こう。

  ここに来て、闇珠という友人が出会えただけでも良かった。

  情に厚い闇珠の望むようにしてやりたい。

  闇珠が自分を妃にというのなら、そうしてやるし、体の関係がない夫婦であっても闇珠となら幸せな人生が歩めるだろう。

  もしも彼に運命の番が現れたなら、黙って身を引いて村に帰ろう。

  そう結論付けた途端に、光司は眠りに落ちた。

  その大きなベッドは、村にいた頃の固いベッドとは雲泥の差の柔らかさで、優しく包むように光司を心地好い眠りへと誘っていった。

  [newpage]

  [chapter:第二章・暴君王の拙い恋の手解き1-①]

  目覚めた時には、枕元に闇珠が座っていた。

  光司の体だけではなく、心の傷にまで気配りをしてくれる闇珠には、本当に救われる。

  今のところは闇珠の嫁になりたいと言うと、笑って光司を抱き上げ、リビングにまで連れて行った。

  こんなに優しく逞しい男が、オメガだなんて。

  闇珠がアルファならば、出会った時点で恋に落ちていたかも知れない。

  光司は、闇珠が『運命の番』ではない事を、心の底から残念に思った。

  リビングには、麗しい笑みを浮かべる黒龍と、ムスッとむくれたスウェイドが既に食卓に着いていた。

  闇珠は壊れ物を扱うように、光司の体をそっと椅子に座らせた。

  「おはよう。光司。よく眠れたか?昨日も闇珠が夕食時に起こしに行ったんだが、起きそうにはなかったから」

  「お、おはようございます。黒龍様のお心遣いで……」

  「そう堅苦しくなるな。お前はもっと砕けた話し方だっただろう。俺にも、皆と同じように話せ」

  「あ、はい。……じゃなくて、うん」

  それには向かい側からスウェイドが切り込んできた。

  「お前、私にはクソタイガー野郎だの、スケベタイガーだの言うくせに、何故、黒龍には敬語なんだ」

  「黒龍様は、お前みたいな非道な奴じゃねーんだよ!心優しい、神々しい御方なんだ!思わず拝んじまいそうになるね!俺は!」

  「お前が拝んでしまいそうになる奴はな。昔から俺と変わらん位に乱れたオスで……」

  「あ~、あ~、あ~、みんな揃ったから、朝食にするぞ!闇珠、肉を光司に切り分けてやれ」

  黒龍は、スウェイドの言葉を遮るようにして闇珠に指示すると、それに対して闇珠は『同じ穴のムジナのくせに』と、うろんな目で見返していた。

  テーブルに乗せられた食事は、流石にライオンとタイガーの集まりだとは思った。

  光司も体のわりにはよく食べる方ではあるが、他の3獣人は肉を塊ごとかぶり付くような獰猛なる食欲だった。

  それも料理といっても、血が滴る程のレアだ。

  今、この場で食卓の上に光司が乗せられたら、そのまま食べられてしまいそうな勢いだった。

  完全に食が止まった光司を見て、黒龍は闇珠が肉を切り分けるのを止めさせ、果物を差し出してやると、そのさりげない心遣いに、光司は胸をときめかせた。

  「ここでは、俺とスウェイドは本を読んだり、狩りをしたり、散歩したりと、まったり過ごしてるんだが。光司も狩りをするか?」

  「したい!したい!俺、村では一番ネズミを取るのが上手かったんだ!」

  「ネズミは捕らないけどな。弓は使えるか?」

  「弓……使えない……」

  「この中での一番の名手は闇珠だが、俺やスウェイドもそこそこ出来る。誰からでも教われるから安心しろ」

  光司は『スウェイドからは絶対に習いたくない!』と心の中で不平を鳴らしたが、睨みを利かせている本人を目の前に、それを口にはしなかった。

  食後には、この辺りの土地を知っておいた方が良いと、散歩に出かける事になった。

  光司は召し使いに言われるがまま、黒曜王国の民族服に袖を通した。

  詰め襟で首を締められ、固い素材の生地にあらゆる刺繍が施されたその服は、肩凝りしそうな程に豪華だった。

  光司が浮かれて表に出てみると、何故か黒龍も闇珠もおらず。

  そこには口の悪い、大きなタイガーだけが立っていた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王の拙い恋の手解き1-②]

  スウェイドを見るなり、光司はフーッ、フーッと威嚇した。

  尻尾は逆毛を立てて、いつもの倍に膨らんで、ピンと直立している。

  「な、な、何でテメーがいんだよ!」

  「何でと言われても、黒龍と闇珠は王城からの使いが来たから、足留めを食らったんだ」

  「え?黒龍様、ここにいるの、バレちゃったのか?!」

  「そのようだな。どうやってあの父君を説得するのか見物だが」

  「そんなに黒蝶様って恐ろしいんだ……」

  成獣になって直ぐに王である黒蝶を捩じ伏せた黒龍は、王子でありながら国民には絶大なる支持を得ていた。

  だが、妃を迎えようとしない黒龍では世継ぎが望まれないと、代替わりを先延ばしにしていた。

  黒蝶は野性的なオスではあったので、いつまでも身を固めずにのらりくらりとする息子の黒龍には、やきもきとさせられていた。

  使いが来たからには、黒龍が王都に帰還する日が近いかも知れない。

  「という訳で、私とお前で出かけるぞ」

  「だ、誰がお前なんかと!俺一人で行ってくる!」

  「一人で行くのは勝手だがな。ここの迷路のような防壁をくぐり抜けて表門まで辿り着けるのか?ここの抜け道は、私がいないと分からないとは思うが」

  「……くそっ!何なんだよ!もう!俺は外にすら出れねーのかよ!」

  「おまけに馬にも乗れるのか?馬に乗れなければ狩りどころの騒ぎではないぞ」

  「そうだった!狩りの約束もしたんだった!どうしよう、俺、馬に乗れねぇ!」

  「……教えてやる」

  「は?!」

  「教えてやると言ったんだ。この覚えの悪そうな野良ネコに」

  「あんたな!もう少し、優しく言えねぇのかよ!いちいちケンカ売ってんのか!オラァ!」

  「お前に言葉使いを注意されたくはない」

  やいのやいのと言いながら光司を馬上の前に乗せる。

  迷路をくぐり抜けた先には、広い大地が広がっていた。

  大空には鳥が舞い、草影には小さな動物が姿を見せる。

  爽やかな風が光司の頬を掠め、大地の薫りが鼻をくすぐる。

  来る時には気にも留めなかった草原は、まさに絶景であり、絶好の狩猟場であった。

  「こんなとこ、通ってきたかな。闇珠に乗せられてたから分かんなかった」

  「闇珠の馬は、この国一の駿馬だ。目にも止まらぬ速さで駆けて来たからだろう」

  スウェイドは光司を前に乗せ、ゆったりと辺りを回ってやった。

  城の裏側はこの国には珍しく鬱蒼とした樹木が生い茂っているが、前には地平線が見えるような程の大地が広がっていた。

  「よく見ると西の方へは緩やかな坂になってるだろう。東の方は足場が悪い」

  「本当だ」

  「闇珠のような狩りの名手ならば、どんな悪路であっても獲物を撃ち抜くが、お前は初心者だから、東には行くな」

  「う、うん……」

  スウェイドが、昨日よりは優しい気がする。

  そう思うと、何だかむず痒くなった。

  背中に感じるスウェイドの体温が暖かい。

  寒いのが苦手な光司は、もうその暖かさだけでうっとりとして、眠たくなってくるような気がする。

  ゆらゆらと馬に揺られ、スウェイドの胸の中でぬくぬくとしていると、いつの間にか目の前に池が広がっていた。

  「うおっ!こんな所に池が!」

  「随分と気持ち良さそうに寝ていたな。道を説明していたのも聞いていなかっただろう」

  「うっ……ごめん」

  「想定内の過失だ」

  「どういう事?」

  「やりそうな事だと言ったんだ。ネコだからな」

  「何なんだよ、もう!いちいち厭味ったらしい!」

  優しいなどとチラリと思った自分が馬鹿だった。

  スウェイドが馬から降りたので、光司も飛び降りようとすると、スウェイドから腰を抱かれてソロリと降ろされ、横抱きにされた。

  それがあまりにもスマートだったので、まるでお姫様にでもなったような気がした光司は、顔を真っ赤に染めた。

  「お、俺はネコだから、こんな高さ位なら飛び降りれるのに」

  「怪我でもされたら、私がまた闇珠にどやされるし、黒龍に嫌味を言われる」

  「……さいですか」

  スウェイドの口は仕方なくといった物言いだったが、確かに昨日よりは格段に光司への扱いが変わっていた。

  スウェイドは恋人のベータのオスにも、こんな風に優しくするのだろうか。

  そう考えたら何やら胸糞が悪くなって、光司は腕の中から飛び降りる。

  飛び降りた後のスウェイドの物寂しげな表情を、光司は見る事がなかった。

  [newpage]

  [chapter:暴君王の拙い恋の手解き1-③]

  スウェイドは、馬に積んでいた荷物を降ろし、池の近くに敷物を引いて荷物を拡げた。

  荷物の中には、簡単な軽食と、菓子や果物が詰められていた。

  「おわ~!お菓子がある!」

  「まずは食事をしてからだ。果物の後なら、菓子を食べても良い」

  「何だよ、良いだろ!こんなにあんのに!」

  「お前は放っといたら菓子しか食わんだろうが。少しで良いから食え。大きくなれないぞ」

  「お、大きくなれないか?!」

  「……いや、まぁ、お前の場合は、もうそれ以上は育たんか……」

  「何だよ、そのオチ!上げといて下げんなよ!このバー……んぐぅ!」

  スウェイドから無理矢理にサンドイッチを突っ込まれ、その後の言葉を遮られた。

  肉がメインの食卓では胸焼けするばかりだったが、スウェイドの持ってきた軽食は光司の食欲をそそるものだった。

  「こんな食い物も黒曜にはあるんだな。俺、肉ばっかりかと思ってた」

  「王族の食卓はほとんどが肉だ。生でないと食べないという者もいる」

  「マジで?!そしたら、これ……」

  「肉が少な目の物を作らせた。お前が食べ難そうにしていたから」

  スウェイドが、厨房の料理人に頼んで作らせたのだろうか。

  この尊大で、横柄な、高飛車が。

  「お前……まさか俺の為に……」

  「これ以上、小さく縮んではならんと危機感を感じたからな」

  どうして一言多いのか。

  わざと光司を怒らせようとしているのか、これが地なのかは分からないが、とにかく多少の小競り合いをすれば一応は理解し合える事が分かったので、光司も容赦なくスウェイドへと言い返した。

  スウェイドの方も、光司のそれが悪気ないものなのだと分かってはいたので、何やら楽しげに返して来た。

  その心躍る会話の応酬に、初めてがあんな出会い方でなければ良かったのに、と光司は思った。

  スウェイドは性欲旺盛な若いアルファのオスであるし、あの時はもしかしたら性欲を抑えられなかったのかも知れないとは思う。

  王族のオスは欲求が溜まり過ぎたり、好戦的になったり、極度な興奮状態になると獣化してしまう。

  それを晴らすには、相手がいれば闘うか、性欲が溜まればメスに吐き出すかしかない。

  アルファの[[rb:発情 > ヒート]]は、メスやオメガのフェロモンに促される事もあるが、スウェイドはそれには左右されない。

  黒龍の城で好みのオスがいなかったところに光司が現れたのだとしたら、抗えなかったのだ。

  スウェイドは、黒龍に光司を譲れと言った。

  それは、この城での性欲を発散する為のだけなのだとしたら、切ない。

  発情期のあるオメガの光司は、その時期になればスウェイドからの関心を失う。

  フェロモンをプンプンと発する光司を見れば、スウェイドも嫌気が差すかも知れない。

  肉欲なんぞのない関係なら良かったのにと思える程には、光司はスウェイドの事を嫌いではなくなっていた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王の拙い恋の手解き2-①]

  それ以来、スウェイドはやたらと光司に構うようになった。

  食卓に肉以外の食材が増えたのも、恐らくスウェイドの計らいだっだろうし、皆が読書をしていて一人退屈そうにしている光司を見ると、外へと連れて行ったりする。

  この家の迷路だけには、光司も毎回苦労させられていたので、必然的に誰かには頼らなければならなくて、それには何故かいつもスウェイドが買って出ていた。

  「何でテメーがえらそうに教えてくんだよ!俺は闇珠に頼もうと思ってるのに!」

  「方向音痴のネコをわざわざ連れ回ってやってるのに、その言い草か。素直に礼も言えんとは、流石、野良ネコ。躾がなってない」

  「だから!あんたに頼んでねぇんだよ、俺は!……あ!また、俺の部屋が分からなくなった!何なんだよ!この城!外には出れねぇし!もう!」

  黒龍の城は、玄関から門への迷路もさることながら、城内の構造もとんでもない造りになっていた。

  こんな物をわざわざ作らせる黒龍は、ふざけているとしか思えなかった。

  「ここは昔からそうなんだ。迷路も毎回、道を変えられるし」

  「何でこんなにややこしい城にしてんだよ!黒龍様は!」

  「父君からの使いも、何人か黒龍に伝えるまでに挫折しているらしい。ここの迷路は、俺やここの使用人しか分からんだろうからな」

  「何でお前が分かんだよ!」

  「コツがある」

  「教えろ!」

  「駄目だ。お前に教えたら逃げてしまうかも知れん。俺の国に来るのなら、教えてやらんでもない」

  「スウェイドの国に行ったら、ここの秘密を知ったって、意味ねーじゃん」

  「ないな。ここに戻る事もないしな」

  「ざけんな!もう良いよ!迷子になったって!闇珠が絶対に見付けてくれるもんよ!」

  光司がスタスタと勝手に歩き出すと、その襟首をむんずと捕まれ、吊り上げられた。

  突然にスウェイドと同じ目線になった光司は、唖然とした。

  「な、何すんだ!」

  「私の部屋に来い」

  「やだ!」

  「何故だ」

  「エッチな事、されそうな気がする!」

  「……………………………………………………しない」

  「何で、今ちょっと無言だったんだよ?!やっぱり疚しい事を考えていやがるな?!」

  「うるさい。いいから来い」

  フーッ、フーッと威嚇し、じたばたと暴れ回る光司をもろともせずに、スウェイドはその体を小脇に抱えて自室へと向かった。

  部屋には、いつ、どうやって揃えたのか分からない程のオモチャや、パズルのようなものが山盛りに置かれていた。

  「うお~!何コレ!どうしたんだよ!どうやって揃えたんだ?」

  「元々あった物や、用意させた物もある。どうせ野良ネコだから、本なんぞ読まんだろうとは思ったからな」

  確かに黒龍の書庫にある本は、光司にとってちんぷんかんぷんな内容の物ばかりだった。

  スウェイドが光司の為に、これを用意したのか。

  何の為に。

  ただ、この場で性欲を晴らす為だけの存在ならば、こんな事をする必要があるだろうか。

  光司は、意味も分からずに苦しくなる胸の鼓動を、抑える事が出来なくなっていた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王の拙い恋の手解き2-②]

  ネコである光司は、スウェイドが目の前でネコじゃらしをクルクルと回されると、嬉々としてそれに飛び付いた。

  しばらくはそうやって光司を振り回して、ぐったりとしたところで自らの膝の上に乗せて、休ませてやった。

  光司の喉を撫でてやると、ゴロゴロと鳴らして喜ぶ。

  そうしている時の光司は、野生に帰っているのか、反抗的な態度は見せなかった。

  こんなにも簡単に喉を鳴らす光司を見ていると、誰にでも懐いてしまうのではと心配になる程だった。

  光司の喉を撫でるのは、自分だけで良い。

  そんな独占欲がスウェイドの中で芽生えて、自分自身でも動揺した。

  光司はスウェイドに対して気を許したのか、膝の上に乗せても降りようとはしなくなった。

  初めから優しくしてやれば良かったと、今更ながらに思う。

  スウェイドは、セックスを拒絶をされた事がなかったので、光司の怒りを理解する事が出来なかった。

  こんなにも嫌悪感を露にされた事がなかったので、どうしたら良いのかが分からない。

  これまで誘ったオスは必ず乗ってきたし、どのオスもスウェイドの性技には夢中になった。

  ただ、黒龍が『光司を振り向かせてみろ』と言うから、思い付く限りの事をするしかなく。

  こんな子供のおままごとのような事をさせられたのは、生まれて初めてだった。

  だが、それは光司の心を開かせるのに功を奏したようで、出会って数日で膝に乗せるまでに成功した。

  膝の上に座りながらパズルを始めた光司は、その才能があるのか、迷う事なく的確に嵌めていくので、すぐに完成させてしまう。

  それにはスウェイドも、目を見張った。

  「お前、こういうのは出来るんだな」

  「うん。俺、こーいう見つけんのは得意なんだよな」

  「道には迷うくせにな」

  「テーブルの上で見渡せるような迷路とかなら解けんの!自分でグルグル探すのはダメなの!」

  「来た道でも分からないか」

  「分かんねぇよ。犬ならもう少し鼻も利いただろうけど。おまけにネコでも、先祖からはかなり血が薄い田舎者だし」

  「鼻が利かないんだな。だから、この体臭も分からないのか」

  「え?!何?俺、臭い?」

  「臭いんじゃない。甘い、果実のような匂いだ。お前は、私の匂いをどう感じる?」

  光司は顔を横向けて、スウェイドの胸元を嗅いでみた。

  その仕草が、まるで体を擦り寄せて来たように見えたので、スウェイドの胸がドクンと音を立てて跳ねた。

  「タイガーのオスの匂いがする。ムンムンする」

  「甘くないか?」

  「甘くない。でも、嫌いじゃねーよ。お父さんみたいだから」

  「……お父さん……」

  「うちの父親、めちゃめちゃ精力的だったからさ。俺、12人兄弟の長男だぞ?スウェイドも、なんか父さんに負けてなさそうだもんよ」

  確かに精力でネコに負ける筈はないと突っ込みかけて、スウェイドは口を閉ざした。

  危うくろくでもない自慢をして、光司に退かれるところだった。

  嫌いではない。

  親しみを感じる程には、光司からの嫌悪感はなくなってはいる。

  だが、それを父親みたいだと言われて、それは喜んで良いのか、悲しんでいいのか、スウェイドには判らなかった。

  [newpage]

  [chapter:暴君王の拙い恋の手解き2-③]

  光司は殊の外、パズルを気に入ったようで、尻尾を嬉しそうにクルクルと回していた。

  白く艶やかで、柔らかそうな魅惑的な尻尾。

  スウェイドは、自らの股間と光司の尻の間から生えているように見える愛らしい尾に釘付けだった。

  触りたい。

  そんな衝動に逆らう事が出来ず、思わず手を伸ばしてしまった。

  スルリと、下の方から上に向かって撫でると、その手触りは絹のように滑らかだった。

  「にゃはぁ~ん」

  「にゃ……?!」

  思わずスウェイドも光司に釣られて、ニャンニャン言わされそうになってしまった。

  この発情期のネコのような声は何なのか。

  スウェイドの体内の血流が燃えるように盛り、一点に集まろうとする。

  「にゃふぅん。……やぁん!」

  どうやら尻尾は、光司の弱点のようであり。

  そうと分かっては、もう触らずにはいられなかった。

  「気持ち悦のか?……尾が……」

  「やん!やぁん!……にゃぁん!にゃはぁ~……」

  「これは……。いかん、マズイ」

  光司の体臭が更に甘くなる。

  そう感じると、スウェイドの股間も更に熱く滾る。

  完全に勃起した。

  スウェイドの喉が、グルル、と唸り声を上げる。

  「にゃふん?」

  光司のほんのり赤く紅潮した頬にむしゃぶりつきたい。

  その衝動を必死に堪えれば、堪えようとする程に、体が暴走する。

  このまま耐えれば獣化してしまう。

  そうなれば、本能のままに光司の体内を己が熱棒で貫いて、この欲望を晴らそうとするだろう。

  スウェイドは、光司の脇を持ち上げて膝の上から降ろした。

  「スウェイド?!」

  問いかける光司の顔を見る事は出来ず、スウェイドは無言で部屋を飛び出した。

  見れば襲ってしまうと思った。

  獣化してしまう程の性衝動は初めてだった。

  今までは、適度に発散していたのもあるが、獣化する程の欲望を感じる相手がいなかった。

  誇らしくもあった王族としての古の血を、疎ましく感じる事など罰当たりにも程がある。

  「あんな、田舎者の野良ネコ如きに……」

  振り回されている。

  スウェイドはそれをもう、認めない訳にはいかなかった。

  [newpage]

  [chapter:暴君王の拙い恋の手解き3-①]

  スウェイドのアプローチは、それからも熱を増すばかりだった。

  光司の気を引く為の部屋にあるオモチャは見る度に数が増えているし、菓子の種類も増えている。

  黒曜王国の服は肩が凝ると言うと、光司のサイズの男物は間に合わなかったのか、当座、柔らかな女物のヴァリューカの服が用意されたり。

  だが、流石に食事の取り分けは、黒龍や闇珠の方が手際が良くて、スウェイドは二人から出遅れてしまうので、ナイフやフォークを持ったままの宙ぶらりんな姿が笑いを誘った。

  スウェイドが、光司には性的な事をしようとしていないと分かると、光司も触れられるのを厭わなくなった。

  スウェイドの膝の上に座り、喉を撫でられ、ゴロゴロと快音を鳴らす。

  そのくすぐり方が絶妙に心地よくて、光司はそのまま寝てしまう事も多かった。

  光司は、そんな風に気持ち良くなる度に、スウェイドの恋人達はなんて幸せなのだろうと思った。

  この尊大なオスがかしずき、甘やかしてくれるのには、優越感を含んだ快感がある。

  ヴァリューカに帰れば、これだけのオスに恋人がいない筈はない。

  美貌も権力も財力もあるだろうスウェイドなら、何十人と恋人や妾がいてもおかしくはない。

  そして、光司はふと考えた。

  闇珠は、スウェイドが母国から逃げている、というような事を言っていた。

  光司を国に連れて帰りたいと言っていたが、それは妾か愛人として、だろうか。

  間違っても恋人としてだとは考え難い。

  妻に、などとは最も有り得ない。

  黒龍と友だと言い合えるスウェイドならば、相当な地位のあるアルファだろう。

  辺境の田舎にある村長の息子なんぞは、この場限りの遊び相手として考えても、随分としみったれた相手だ。

  もしも光司を連れ帰ったとしたら。

  恐らくスウェイドの愛獣人が囲われている中に放り込まれる。

  どの者も光司より美しく、大型の獣人だろう想像は出来る。

  果たして、そんな中で生き残っていけるだろうか。

  スウェイドに寵愛されても、非難の目で見られ。

  最下位の愛人として置かれても、虐げられ。

  どのみち、光司が穏やかに過ごせる場所はない。

  きっと、そう遠くない先で、スウェイドはヴァリューカ王国に帰る。

  その時には、光司から別れを告げよう。

  だが、そう改めて決心しても、心にわだかまりが残る。

  スウェイドの膝の上の居心地が良過ぎて、離れ難く感じている自分がいる。

  今こうして散歩に出ているのですら、迷子になるからと言って、手を離さない。

  こんな原っぱの真ん中で、黒龍の城を見付けられない筈はないのに。

  「なぁ、スウェイド」

  「何だ?」

  「何でさ、俺に色々としてくれんの?」

  「……黒龍に、国に連れて帰りたいなら、光司をその気にさせろと言われたからだ」

  「そんなに、俺を連れて帰りてーの?」

  光司の問いに、スウェイドは答えなかった。

  だが、その無言は肯定と同じだった。

  「連れて帰りてーから、こんなに頑張ってんの?」

  「……うるさい」

  ムッとしながら応えたそれは、決して光司の求める答えではなかったが、それでも光司の胸は熱くなった。

  スウェイドが可愛い。

  そう思える気持ちに偽りはない。

  光司は、スウェイドの手をギュッと力強く握ってやった。

  するとそれを理解してか、スウェイドも握り返して来た。

  言葉がなくとも、二人の間には暖かなものが流れていた。

  この時間が止まれば良いのに。

  二人は共に、そう思っていた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王の拙い恋の手解き3-②]

  光司の風呂にまで付いて来れるのは、闇珠だけだった。

  スウェイドは、例えオメガ同士でも間違いがあってはならんと反対したが、闇珠は聞き入れずに光司を風呂場へと連れ込んだ。

  光司の部屋には大きな風呂が付いていて、例え大柄な闇珠と湯船に入っても、まだゆとりがある。

  二人は向かい合わせになって、手で作った水鉄砲を飛ばし合っていた。

  「光司は、どうするんだ?」

  「どうするって?」

  「俺と黒龍は近い内にここを出て、国に帰らなきゃならない。そうしたら、光司やスウェイド様もここにはいられないぞ?」

  「うん……」

  「俺と一緒に来るか?」

  闇珠からの誘いは、以前とほんの少し色合いが変わっていた。

  闇珠は光司を拒まなかったが、妃にするとまでは言わなくなった。

  王都からの使者に止められたのかも知れないと思うと、光司も強くは押しきれなかった。

  それでも、闇珠は光司を引き取ろうとはしてくれている。

  ここで甘えても良いのかは悩んだ。

  闇珠や黒龍が、よもや光司を見捨てるような非道な事はしないとは思うが、黒龍も王族の妃を娶り、闇珠も運命の番と添い遂げるというなら、光司は邪魔者でしかない。

  まさか今更、自分を王城で召し使いとして雇うとも思えなかったし、発情期のあるオメガを雇うのはリスクがある。

  発情期の抑制剤を飲み違えてフェロモンを飛ばしまくれば、周りは混乱する。

  発情や妊娠を繰り返すオメガは、就労に向いていなかった。

  光司は、闇珠に正直な心の内を話した。

  「黒龍様や闇珠は、俺にいても良いって言ってくれるけど、俺は二人の側にいて良い程に綺麗じゃねぇし。せめてベータなら良かったんだけど」

  「光司は誰よりも可愛いぞ」

  「そんな事を言ってくれんのは、闇珠だけだよ」

  「光司は、黒龍が好きなんじゃなかったのか?」

  「好きとか、そんなんじゃねぇよ。偉大な黒獅子王になる人だもんよ。黒龍様の側にいるのは、やっぱり王族のアルファか、オメガが相応しいだろ」

  「……スウェイド様は?」

  闇珠から聞かれるとは思ってもみなかったので、光司は目を見開いた。

  光司がスウェイドを嫌がっているのを闇珠は知っていたので、幾度も光司を奪い、邪魔立てしようとしていた。

  それにもめげずに、スウェイドは光司に甘やかしの限りを尽くしている。

  だが、風呂だけは闇珠から奪う事が出来なくて、今こうしてスウェイドから引き離されていた。

  「スウェイドは強引だしさ。我が儘だし、エラソーだし、自分勝手だしさ。嫌な奴なんだけど……でも最近は、何か可愛いんだよ」

  「か、か、か、可愛いのか?!あの、スウェイド様が!」

  「うん。何か、胸張ってエラソーにしてるわりには、必死な感じが」

  「ちょっと!そんな事言うのは、世界広しと言えど、光司だけだと思うんだけど!」

  闇珠が湯から飛び上がって驚いたので、その性器が光司の目前に晒され。

  そのあまりの立派な様に、思わず「デケー」と呟いた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王の拙い恋の手解き3-③]

  光司は、闇珠へ落ち着くように促して、再び湯船に浸からせた。

  闇珠は、それはもう獣化しそうな勢いで興奮していた。

  「やっぱり、そんなに珍しい事なのか……」

  「ない!有り得ない!暴君王と名高いスウェイド様だぞ?!皆が皆、平伏し、崇め奉る御方だぞ?!」

  「何だって?暴君……王?」

  「ヴァリューカ王の、スウェイド様だぞ!」

  「えぇ~~~~?!」

  「知らなかったのか!光司!」

  「いや!いや、いや!確かにスゲー金持ちだろうな、とは思ってたけど、王様とか!俺、今まで散々、失礼な事を言いまくってたのに!スケベタイガーとか!」

  「今更、何を言うかな!」

  「こ、殺されるっ……」

  思えば、あんなにも立派な、超大型のタイガーなんぞ、そんじょそこらにそういる筈もなかった。

  だが、それと同時に妙な納得もした。

  スウェイドも、黒龍と何ら変わりない、雲の上の人だったのだ。

  あまりにも身分が違い過ぎる。

  スウェイドの周りにいるのは、妾や恋獣人ではない。

  妃や側室、なのだ。

  召し使いですらも おこがましくて、なれる訳がない。

  どうりで、スウェイドは光司の名前を呼ばないとは思っていた。

  光司は、野良ネコとしか呼ばれた記憶がない。

  下々の名前を呼ぶのは、穢らわしいとでも思われていたのかも知れない。

  そう考えると合点がいった。

  「そっか……。俺はやっぱり、スウェイド……様の、性欲の捌け口でしかなかったのかな……」

  「光司……」

  「ここだったら、俺しかいないんだから、選択の余地がなかったんだよな。連れて帰るなんて、無茶言ってるよな~」

  闇珠が何かを言いかける前に、光司は湯の中に潜ってしまった。

  スウェイドに大切にされていると思った。

  初めは、何て嫌な奴だろうと思った。

  欲望のままに光司を強姦し、我が物顔で光司を好き勝手しようとしているのだと。

  だが、人に仕えた事のないあの獣人にしてみれば、随分と構ってはくれた。

  あの甘いひとときが、嬉しかった。

  手を繋いだり、膝の上に乗せられると、心がときめいた。

  だがその素性を知ってしまった以上、もう遥か遠い昔の、儚い夢のような時間だったように感じる。

  スウェイドには、ついて行けない。

  そんな現実が、思った以上に光司を打ちのめしていた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王の拙い恋の手解き4-①]

  晴天の日、黒龍が狩りに出ようと言い出した。

  光司といえば、以前スウェイドと草原に出た際に、馬に乗り、引いて貰った程度ではあったので、とてもではないが一人で乗る事は出来そうもなかった。

  闇珠の馬に乗せても貰おうとした光司だったが、スウェイドはその脇を掴んで引き離し、無理矢理に自ら乗る馬の前に乗せた。

  「な、何すんだよっ!」

  「闇珠の馬に乗るのは無理だ」

  「何でっ!」

  「お前は知らんだろうがな。闇珠の狩りは曲芸紛いに凄まじいんだぞ?お前が乗ってたら振り落とされるのがオチだ」

  それには闇珠が、割って入った。

  「スウェイド様。今日は、そんなに狩るつもりはないので……」

  「いや。お前の素晴らしい弓の技を、こいつに見せてやって欲しい。闇珠の神業を見たら、喜ぶだろう」

  スウェイドは、光司の事を「こいつ」と言った。

  光司の名前を、絶対に呼ぶ事はない。

  野良ネコだの、白ネコだのと言い、卑下するように見下す。

  光司は滅入って脱力してしまい、それ以上、反抗する気が失せてしまった。

  スウェイドは光司を乗せているので、狩りをしようとはしなかった。

  それよりも、闇珠と黒龍の姿が良く見えるようにと馬を回してくれた。

  闇珠と黒龍は、まるで番の蝶のように舞い、馬上の上から鳥を射落とした。

  僅かながら、黒龍よりも闇珠の方が落とした鳥の数が多かった。

  その二人の美しい様には、いつしか光司も見とれてしまい、手を叩いて鞍の上で跳び跳ねた。

  「おい。あんまり暴れると、馬から落ちるぞ」

  「スゴい!スゴい!一発も外してない!」

  「黒曜王国の獣人は、狩人を生業としている者が多いからな。私も闇珠が獲物を逃したのは、1度も見た事がない」

  「1度も、ねーの?」

  「ないな」

  「闇珠!スゲー!スゲー!カッコいい~!」

  「闇珠ばかり良い所を見せるんじゃなかった。腹立たしい」

  「何、言ってんだよ。闇珠は狩りの天才なんだろ。カッコ良さで勝てる訳ねーじゃん」

  「私は、どうなのだ?」

  スウェイドは急に声色を変えて、光司を見つめて来た。

  その瞳は、とても冗談で言っているようには見えない程に真摯なもので、光司も返答に困ってしまった。

  スウェイドが、どう答えて欲しいのかが分からない。

  元より飾る事も出来ない質ではあるし、嘘を付けない光司は、思いのままを口にした。

  「俺の中では、あんたはカッコ悪いよ」

  「カッコ悪いか」

  「いきなり俺を襲うしさ。エラソーだし、強引だし、無理矢理だし」

  スウェイドは、何の弁明出来なかった。

  自分の中の普通である行動は、光司の目から見れば傲慢でしかなかったのだと、改めて知らされた。

  だが、それしか表現方法を知らなかった。

  誰もが咎めずに、スウェイドの高慢な立ち振舞いを喜んで受けるものだから、それを『与えてやる』のが定石だった。

  「でも、最近のあんたは、……良いよ」

  「良いのか?」

  「強引なのは変わんねーけど、俺を楽しませようとしてくれてんだな、ってのは分かるもん。……飼いネコに餌やるつもりかも知んねーけどさ」

  「……飼いネコなんかじゃないっ……。私の想いが分からないかっ!」

  「ここじゃ俺しかいねぇから、選択の余地がねぇんだろ。あんた、ベータのオスの方が好きらしいし」

  「ベータのオスに、こんな事はした事がない!私は、お前にしかしない!」

  「……でもさ……」

  「私のものになれ!光司っ!」

  名前を呼んだ。

  初めて、名前を呼んでくれた。

  その瞬間、光司の全身の血が沸騰するかのように沸き立った。

  名前を呼ばれた位で、こんなにも嬉しい。

  暖かなものが光司の胸の奥から満ち始め、全身へと流れ出し、弾けるように痺れさせる。

  もう、偽る事が出来ない。

  自分は、スウェイドが好きだ。

  不意にそんな思いが、身体中から溢れ出した。

  「……スウェイド……」

  「光司っ……」

  スウェイドの大きな腕が、光司の体に回され、包み込まれた。

  その小さな体は、すっぽりと埋まってしまって、外から隠されてしまう。

  暖かなタイガーのオスの匂いが、甘く感じる。

  以前にスウェイドが光司の体臭が甘い果実のようだと言っていたが、まさにこんな感じなのだろうか。

  光司は、スウェイドの匂いに酩酊し、体をゾクゾクと震わせた。

  [newpage]

  暴君王の拙い恋の手解き 4ー②

  馬を休ませる頃には、多くの鳥や小動物を獲る事が出来た。

  そのほとんどが闇珠と黒龍が獲った物で、光司とスウェイドといえば馬の上でイチャイチャとしていただけだったので、光司は居たたまれなかった。

  薪をくべて、捌いた鳥を焼き、闇珠から手渡されたが、その瞳は光司に対して憂慮に堪えないと訴えていた。

  黒龍が横から光司を覗き込むようにして目配せしてきた。

  「光司。大分とスウェイドに付きまとわれているみたいだが、大丈夫か?」

  「……だ、大丈夫だ」

  光司の隣からは「付きまとわれてるって何だ!」と不満の声が聞こえたが、誰もそれを聞き入れなかった。

  「光司には、ゆっくりして貰いたかったんだが、ついに父からの雷が落ちてな。俺も、どうにもこうにも退っ引きならない状況になってしまった」

  「の、退っ引きならない?!」

  「花嫁を連れて帰って来なければ、めでたく国外追放にされる事に決定した」

  「めでたく?!めでたくはねーよな?!何 言ってんだよ!黒龍様!マジで追放されてーの?」

  「俺は追放されても構わんのだが、闇珠が許さんと言うのでな。とにかく、国には帰らなければならなくなった」

  先日の黒曜王国からの伝令は、最終通達だった。

  良くも悪くも、全てに於いて大雑把で鷹揚な黒龍とは違い、義理難く、忠義心の塊である闇珠は、そんな黒龍を許す訳がなく、自らの命を懸けてでも連れて帰ると父王に約束してしまった。

  流石に弟の命運が懸かっているとあっては、黒龍も帰らざるを得なかった。

  国王である黒蝶は、弟の命を引き換えにする事などは厭わない、暴虐を極めたようなオスだった。

  「俺を連れて帰らなかった場合は、本当に闇珠を処刑しかねないしな。父上は」

  「そ、そんなに恐ろしい方なんですか……」

  「何せ、獣化したアルファを一人で10頭も倒した伝説をお持ちになる、最強の黒獅子だからぁ」

  「そんな父王を、お前は13の年で倒しただろうが」

  スウェイドがそう横から口出すと、黒龍は「父上には実は隠れた弱点がある」と、サラリとそれを肯定した。

  黒龍が焼けた鳥の足を、光司に差し出しながら、改めて問うた。

  「急かせるようで悪いが、光司の気持ちを聞きたい。闇珠に付いて来るか。私に付いて来るか。どちらにしても、お前を大切にすると約束しよう。……もしくは、スウェイドに付いて行くか?」

  光司の意思は、固まっていた。

  黒龍の妃にはなれない。

  一国の王になるだろうオスの、それも強い黒獅子を産んでやれる自信もなければ、妃としての役目を果たせる気もしない。

  闇珠には、運命の番と結ばれるまで側にいようと思った時もあったが、もしもいざとなって自分がいる事で揉めでもしたら、恩をに仇で返す事になってしまう。

  スウェイドは、考えるまでもなく付いては行けない。

  大陸内最大の国にして、その王であるオスには、山のような側室がいる。

  側室には心がなくとも、心を通わせるベータのオスがいるに違いない。

  今の優しいスウェイドが偽りの姿だとは思わないが、国に帰れば選び放題なのに、わざわざ田舎者のオメガで、しかもネコなんぞを選べば、国中が大騒ぎになるのは明白だった。

  それでも。

  スウェイドから向けられる熱情に、ほだされそうになる。

  スウェイドを好きだと感じてからは、それが嬉しくて仕方がない。

  だがそれでも、光司は自らの意思を貫くと決めていた。

  「色々とさ、どうしようか悩んだんだけど。よくよく考えてみるとな。悩んだって結局、これしかねぇかなって」

  「して、どうする?光司」

  「俺、田舎に帰るよ」

  「オイ!野良ネコっ!」

  スウェイドは思わず立ち上がった。

  先程までの、二人の間に流れていた甘い時間はなんだったのかと言わんばかりだった。

  「みんな、俺みたいなネコのオメガなんかに色々と優しくしてくれて、ありがとう。でもどこに行っても、俺には身分不相応だよ。やっぱり俺は村に帰って、親父の決めた若いオスの嫁にでもなるわ」

  「ならん!」

  スウェイドが即却下した。

  「おお!スウェイドが焦ってる、焦ってる!光司、実はスウェイドはな……むぐっ」

  闇珠は黒龍の口を塞ぎ、首を絞め上げていた。

  天下のヴァリューカの王が取り乱す姿が楽しくて、浮かれてちょっかいをかけようとした黒龍に、闇珠は余計な事を言うなと慌てて技をかけた。

  黒獅子の兄弟が、突然に訳もなく格闘し始めたので、光司は何事かと後退った。

  「何してんの?黒龍様と闇珠……」

  「おい、そっちはどうでも良いだろうが!」

  「どうでも良いってな……」

  「私のものにしてやろうというのに、他のオスの嫁になるとは何事だ!お前、私に噛み殺されたいか!」

  「何言ってんだよ。俺みたいなちっぽけなネコが、あんたの周りのキラキラした奴らに囲まれて、やっていける訳がねーだろうが!俺が産んだ子供だって、由緒正しいタイガーの血筋に泥を……」

  「私から生まれた子供は、全てタイガーとなる!今までの王も、あらゆる種族と交わって来たが、子供はみんなタイガーの子だった!」

  「そ、そうだとしても、俺が無理なの!俺は沢山の愛人の中の一人は嫌なんだよ!村に帰って、優しいネコのオスに嫁ぐんだい!」

  「させるか!」

  スウェイドは光司を肩に担ぎ上げて、馬へと飛び乗った。

  光司の悲鳴のような声が草原に響き渡る。

  黒龍がやっとこさ闇珠の絞め技から解放された頃には、スウェイドと光司の姿はそこになかった。

  [newpage]

  [chapter:暴君王の拙い恋の手解き5-①]

  黒龍の城に戻ってすぐ、スウェイドは召し使いへ帰り支度をするように命じた。

  伝令を飛ばし、母国ヴァリューカでも準備をさせ、国境付近まで迎えを越させる。

  その手際の良さに、ソファーに座らされていた光司も、しばらくは魂を抜かれたように呆然としていた。

  スウェイドから尻尾を撫でられ、光司は逆毛を立てて飛び上がった。

  「にゃふん!」

  「にゃふん、か。なかなかに良いな」

  「何すんだ!このエロタイガー!」

  「何もクソもあるか。お前を連れて帰る」

  「だから、てめぇの持ち物の一つにはなりたくねぇの!何回言っても分かんねーか!このクソバカタイガー!」

  「お前は、持ち物なんかじゃない。私の『妃』だ」

  「はぁ?!」

  「妃だと言ってるんだ。鼻も悪いなら、耳まで悪いか。野良ネコ」

  「い、い、い、い、今、何と、仰いましたか……」

  「何度も言わせるな、馬鹿め。お前は、私の正妃だ」

  スウェイドは、気が狂ったのかも知れない。

  もしくは、黒龍の城に来て、長い間、禁欲を強いられたがばかりに、欲望が爆発して気がおかしくなったか。

  はたまた我慢のし過ぎで、射精する筈の精子が脳に逆流したのか。

  ヴァリューカの直系、それも王の妃に、かつて王族以外が嫁いだ事はなかった。

  大陸内の4つの国の中でも、王族である事が何よりも重んじられる国であり、だからこそ好戦的な血脈が保たれていたのもある。

  それは閉鎖的な程に徹底されていて、他国に住む光司も、そのベールに包まれた王族の噂は、耳にする事が少なかった。

  「お、おまっ、おまっ、お前っ、馬鹿じゃねーの?!ネコの妃なんてっ……」

  「かつてない珍事だろうな」

  「珍事なんぞ、まっぴらごめんだ!」

  光司が部屋から抜け出そうとすると、その尻尾をむんずと掴まれ「にゃひゃん」と甘い声を出してしまい、再びスウェイドを喜ばせた。

  スウェイドによって縄でグルグル巻きにされ、光司はみのむしの如く床に転がされた。

  「これが妃への仕打ちか~!コラ~!」

  「うるさい。夜用の縛り方にしなかっただけでも、ありがたいと思え」

  「夜用の縛り方って何なんだ?!」

  「絞め直してやろうか」

  「やだ!俺の中の危険信号が『ヤバい!』って言ってる!」

  「お前、方向音痴のくせに、危険を察知するのだけは正確だな」

  「あ!やっぱりそうなのか!このドすけべ!」

  光司の非難は耳から耳へと流され、あれよあれよと言う間に、気が付けば口まで封じられ、縛られたまま、スウェイドの馬の上に乗せられていた。

  少ない従者を伴い、真夜中の出立となったが、夜目の利くタイガーには何の不都合もない。

  別れの時には門まで、黒龍と闇珠が見送りに来ていた。

  「おい。スウェイド。俺は、ちゃんと光司を振り向かせろと言った筈だが。どう見ても、その姿は合意のものとは思えんが」

  「多少の約束を違えたとはいえ、我らの友情には変わりはないな、黒龍」

  「フガーッ!フガーッ!」

  「ちょっと、スウェイド様!光司に何て事をするんですか!可哀想です!解いてやって下さい!」

  「夜用の縛り方じゃないだけ、ありがたいと思え。……と、この野良ネコにも伝えてある」

  「フガーッ!フガーッ!」

  夜用の縛り方って何なんですか~!と、暴れる闇珠を黒龍が背後から羽交い締めにした。

  格闘では敵のいない黒龍は、猛者の闇珠ですらも軽々と動きを封じていた。

  「そんなので大丈夫なのか?ヴァリューカに帰ったら、揉めるぞ」

  「私の心配よりお前は自分の心配をしろ。父王に妃を連れて帰ると約束したのだろう」

  「あぁ、約束した。『闇珠』がな。闇珠自らの約束は、守ってやらねばならん」

  「……この策士め」

  「まぁ、スウェイドよりは先を見越して予定を立てている方かな。お前も光司を妃にするなら、ちょっとは考えないと苦労するぞ。お前じゃなくて、光司が」

  「私に逆らわせん。例え、大臣だろうがな」

  黒龍が興奮が収まっただろう闇珠を解放してやると、途端に格闘が始まった。

  闇珠が黒龍に再び押さえ込まれる頃には、スウェイドの一行も地平線の彼方へと姿を消していた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王の拙い恋の手解き5-②]

  この大陸に於いて最大であり、最強の国、ヴァリューカ王国。

  それは獣人の数が多いだけではなく、資源にも恵まれ、また、大型の獣人が多いのにもあった。

  平均的なベータの獣人ですら、アルファとそう変わらない体型ではあったし、王族のアルファともなれば、その巨大さも獰猛さも、他の国を上回る古の血が受け継がれていた。

  国境を越えた途端に、辺りの風景は様変わりする。

  一行を迎えに来ていた軍隊が待ち受けていて、スウェイドと光司は豪華な装飾を施した馬へと乗り換えさせられた。

  その見た目の華やかさは、旗行列か凱旋パレードかと思わせるような賑々しさだった。

  そして何よりもスウェイドの絶対的権力が、その末端まで徹底して浸透していた。

  スウェイドの馬が通ると、下々の獣人達は土下座をし、額を地面に擦り付けている。

  それは、王の姿すらも見る事はまかりならんと言わんばかりだった。

  王都ともなると、その城壁は要塞のようであり、空に届きかねない高さの壁が街と都を分断している。

  城壁を抜けた途端、地面には赤い絨毯が敷かれ、スウェイドと光司を乗せた馬はその中央をゆったりと歩いて行く。

  そこでは、街中程ではなかったが、獣人達は体を90度に折り曲げて、スウェイドを出迎えていた。

  大きな城をいくつも通り過ぎ、最奥に辿り着くと、そこには巨大な宮殿が現れた。

  光司は、予想を遥に越えたスケールの城に、口をパクパクとさせていた。

  「おい、どうした。魚が陸に上げられたみたいになっているぞ。酸欠にでもなったか」

  「酸欠にもなるわ!何、この家?!家なの?!街なの?」

  「まぁ、部屋はこの国一番の数だろうな。私も入った事がない棟がある」

  「ちょっと!俺、もう既に迷子決定なんだけど!」

  「お前は、いつも私の後ろに付いていれば迷子にはならん」

  「そんな、ずっとあんた……じゃなくて、スウェイド……陛下、……のお側にはいられねぇ、……じゃなくて、いられない、です」

  「何だ、急に。気持ちが悪い。変な喋り方をするな。背筋が寒くなる」

  「あ、あの、この辺で降ろしては貰えませんかね?……あんまり奥に行かれると、外に出る道が分からなく……」

  「何故、外に出る?」

  「む、村に帰ろうかと……」

  「させるか!」

  「にゃはぁん!」

  スウェイドは、光司の尻に手を突っ込んで、その尾を根元から撫でた。

  途端に光司は腰砕けになってしまい、スウェイドの足の間で、クネクネと体を捩らせる。

  馬から降ろされるまで、にゃんにゃん言わされていた光司は、スウェイドに抱きかかえられても、緩やかな悦楽でとろんと目を虚ろにさせていた。

  獣人達のザワザワとしたどよめきに意識を覚醒させると、恐ろしく高い天井に様々な獣達が描かれた壁画が目に入った。

  辺りを囲む獣人達の装いから、皆が身分の高い者ばかりなのが分かる。

  咄嗟の危機感に襲われた光司は、ネコの脚力でスウェイドの腕からピョンと飛び降りた。

  目の前には、装飾も華々しい王座があった。

  そこからクルリと反転して、光司は脱兎の如く逃げ出した。

  だが、ネコの足よりもタイガーの足の方が数段に素早く、簡単に後ろ首を掴まれてしまった。

  「この期に及んで、まだ逃げようとするか。この野良が」

  「野良だから!こんな場所には相応しくねーから!」

  「何もお前にあの王座へ座れとは言ってはおらん」

  スウェイドは光司の首根っこを掴んだまま、段差を登り、その豪奢な椅子に腰掛けた。

  そして、光司をいつもの背面ではなく、横抱きにして、膝の上に座らせた。

  「お前の椅子は、私の膝だ。忘れるな」

  「ひぇぇぇぇぇぇっ!」

  光司が王座から見下ろすと、何百獣人とも思われる数の目が、自分の方へと向けられていた。

  [newpage]

  [chapter:第三章・暴君王は子猫に夢中1-①]

  光司を見つめる獣人達は、ヴァリューカ特有の皮膚が浅黒い者ばかりで、そのほとんどがアルファか、ベータだった。

  アルファの者は、権力を持つ、王族か大臣か。

  ベータは、それらに仕える者か、この宮殿で働く者か。

  どの獣人を見ても、光司よりは一回り、あるいは二回り以上に大きい体躯の者ばかりであり、それらの目は一様に複雑な表情を見せていた。

  「……スウェイド様。この度は無事、ご帰還され……」

  「留守の間、変わりはなかったか」

  「は、はい。陛下のご指示通りに進めておりましたので。あ、あの……して、その方は……」

  「この者は、光司という。改めて、近い内に正妃として迎える儀を設ける事とする」

  「ブフォァーーーーー!!!」

  阿鼻叫喚の前に、一番に噴いたのは、光司本人だった。

  その後は、その高い天井が割れんばかりの雄叫びや悲鳴で辺りが埋め尽くされた。

  「静粛に!」

  だが、スウェイドのその一言で、一同は瞬時に口を閉じた。

  その圧倒的な支配力と統率力に、光司も息を飲んだ。

  「光司が正妃となった暁には、一同の者、改めて私の次に敬うものと心得よ」

  「恐れなら、スウェイド陛下」

  声を上げた獣人は、大臣であるチーターだった。

  その姿は、まさに決死の覚悟と言わんばかりに、脂汗を額に浮かべていた。

  「正妃になさいます御方は、出来ますればタイガーのアルファ。もしくはオメガ。そうではなくても、大型の王族になさいますのが適当かと。ネコのオスなど……」

  「安心しろ。光司はオメガだ。子は産める」

  「いくら子供を産めても、次代の王座をネコとの間の子に渡す訳には参りません。お世継ぎは……」

  「ならば、世継ぎは当初の予定通り、既にいる仔に譲れば良いだろう。何か、それでも文句があるか」

  スウェイドの兄弟に譲る、という事だろうか。

  もしくは兄弟の子供に、という事だろうか。

  光司は、元々、西の国に程近い黒曜王国の田舎に住んでいたので、ヴァリューカ王国の内情をほとんど知らない未知の国だった。

  「……俺、お世継ぎ、産まねぇでもいーのか?」

  「世継ぎに関しては気を揉まなくても良い。もう、既に産ませてある」

  「産ませて、ある?」

  「私の側室のリエカが、先月、タイガーのオスを産んでいるから問題ない」

  光司とスウェイドの間で、無音の時間が暫しあった。

  それは、空気すら感じられない程の、まさに『無』の間だった。

  「き、き、き、き、聞いてねーぞっ!」

  「言ってはいないからな」

  「何をシレッと抜かしやがる!お前、ベータのオス好きじゃなかったのかよ?!メスのオッパイが嫌いとか言ってやがったクセに!」

  「確かにオスの方が好ましいし、メスの匂いは煩わしいな。だが、私はヴァリューカの正当なる王として、世継ぎを産ませる責務がある」

  「こっ、こっ、こっ、こっ、この、スケベ タイガーがぁーーーっ!!!」

  光司のネコの咆哮が、つんざくようにして、辺りに轟いた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王は子猫に夢中1-②]

  スウェイドは光司を床に降ろす事なく、別棟へと移動した。

  そこは花々や調度品に溢れ、見るも明らかに『女の城』といった、きらびやかな内装であり。

  いわゆる『後宮』と言われる場所だった。

  ある程度は予想していたが、数えるのが嫌な程のアルファのメス達が、王座に座るスウェイドに向かって平伏している。

  膝の上に座らされている光司は、何度となく降りようと試みたが、ついには尻尾を根元から掴まれ、身動き出来なくなっていた。

  「お帰りなさいませ、スウェイド殿下」

  「リエカ。仔は息災か」

  「アブドルは、よく乳を飲む元気な子でございます。まだ、人型にはなれませんが、殿下によく似たタイガーの縞模様ですので、恐らくは殿下似かと」

  「そうか」

  光司は、リエカをまじまじと見つめていた。

  ふわりと柔らかな長い黒髪は、その人柄も表しているのか、アルファにしては穏和な印象のある、清楚なメスだった。

  リエカもこの国の者らしく浅黒い肌をしていたが、白い大輪の薔薇を思わせるような慎ましい麗しさがあった。

  そのたわわに実った大きい果実のような胸は、母乳が出ているからかも知れないが、パンと上向きに張り詰めている。

  光司の視線に気が付いたリエカは、可憐な笑みを向けてきた。

  「光司様。私が第一側室のリエカと申します。どうか、これからも仲良くしてやって下さいね」

  「は、はい……」

  「この後宮で分からない事は私に何でも聞いて下さい。……ね?」

  リエカの清々しい笑顔に邪なものはなかったが、それ以外の背後の者からは刺々しい、悪意ある視線を感じた。

  ただでさえ振り向いては貰えない後宮の側室達は、鬱積した憤怒がとぐろを巻き、禍々しさに満ちていた。

  後宮でこれなのだから、この上にスウェイドのお気に入りのベータ達の棟からも恨まれるのでは堪らない。

  光司は思わず、溜め息を漏らしてしまった。

  「どうした?」

  「……んで、次はベータのオスに会わされんのかよ」

  「そんな者はいない」

  「え?!何?お前がベータ好きなのは、ガセだったの?」

  「その者達は早々に宮殿から下げた。今はもう、いない」

  「あ、そうですか」

  ベータは王族でもないので、簡単に切り捨てる事が出来たのだろうが、ここにいる側室達は王族ばかりなので、そういう訳にはいかないのだろう。

  例え、側室を差し置いても正妃にしようとするスウェイドが、光司を特別扱いしてくれているのは分かる。

  だからといって、側室を手離す訳でもない。

  その事には、光司も憂鬱になった。

  リエカの言うように『仲良く』なんぞ出来るのか、自信がない。

  こんなにもあからさまな敵意を向けてくる獣人達と、友情を築けるとは思えなかった。

  光司の思う通り、側室からは不満の声が上がる。

  それを率先して引導した第二側室のジャジーラは、黒いパンサーのメスだった。

  豊かな巻き髪は彼女の好戦的な威圧感を更に増し、大きな目は怒りに吊り上がっている。

  ほんの少し上向いた鼻が、童顔な顔をさらに幼く見せてはいたが、その獰猛さが愛らしさを全て打ち消してしまっていた。

  「陛下!このような野良ネコ、例え子供を産めましても、陛下の輝かしい名に泥を塗るだけでございます!間違ってネコの子供でも生まれようものなら、王としての恥に……」

  「黙れ。ジャジーラ」

  「ですが、陛下っ……」

  「側室から降ろされたいか。それ以上、光司を馬鹿にするのなら、今すぐ実家に帰れ。……今のお前の言葉は、タイガーの子供を産ませる精力もない王だと、私を[[rb:虚仮 > こけ]]にした発言でもある」

  スウェイドの圧に、ジャジーラはそれ以上を言い募る事が出来なくなってしまった。

  その口惜しさを、天下のヴァリューカ国王へ向ける訳にも行かず、怒りの全てを光司に向け、睨め付けた。

  これでもベータがいなくなっただけ、半分減ったと喜ぶべきなのか。

  予想通りの前途多難さに、光司は頭を抱えてしまった。

  [newpage]

  [chapter:暴君王は子猫に夢中1-③]

  スウェイドの寝室に連れて行かれた光司は、その大きな天蓋式ベッドに座らされて、尻をモゾモゾとさせていた。

  その理由は、モゾモゾさせる原因が隣に座っているからだ。

  スウェイドは、光司の頭の耳を揉むように撫でては来たが、そこから無理矢理に押し倒そうとはしなかった。

  「し、しないからなっ!え、エッチな事はっ!」

  「お前がしたくないものを、無理にはしない」

  「……そんなんで、いーのかよ。何にもしない正妃なんて……」

  しないだけではない。

  出来ない事も、恐らく他に山のようにある。

  王族としての仕事や、妃としての仕事も、何も知らない光司は、とてもスウェイドの隣にいられる自信がなかった。

  だが、そんな危惧はスウェイドも覚悟の上だったのか、光司のその細く小さな肩を抱き寄せた。

  「お前にそんな大層な事は望んではいない。……ただ、私を癒してくれる存在になってくれたら、それで良い」

  スウェイドは、王としての過ごす人生を苦に思った事はなかった。

  幼い頃から帝王学を学ばされ、どのタイガーよりも期待されて育ってきたこれまでの人生に、不満を感じた事は一度もない。

  何事にも他者に負けないだけの才覚があると、自らも自負していた。

  ただ、メスには興味が持てなかったので、これからも愛せないだろう、自身の性癖だけは理解していた。

  メスと交尾を出来なくはないが、悦びがない。

  初めて西へと留学をした時、黒龍と出会って、その自らの性的な嗜好を解放させられた。

  円やかな尻にある子宮や膣には何も感じないが、硬い引き締まった尻の孔には瞬時に勃起する。

  西では、ベータのオスとの戯れの恋を散々楽しんだ。

  国に帰っても、側室達のいる後宮には通わず、ベータの後宮を作って、そこに入り浸った。

  自分はメスを愛せない。

  だが、王としての自分は何が何でも後継ぎを作る責任がある。

  結局、世継ぎを産ませる為だけのメスとして、リエカを選んだ。

  後宮の中では一番知性に溢れ、控え目ではあり、他のメスのような嫌悪感も少なかったからだ。

  スウェイドは、それらを包み隠さず、全て光司に語った。

  だが、光司の不快感を拭いきる事は出来なかった。

  「それさ、出来ればここに連れて来られる前に聞きたかったんだけど」

  「こんなややこしい事を聞いたら、お前はもっと逃げたくなっただろうが」

  「まぁ、そうだけどな」

  スウェイドと唯一、交尾したメスのリエカ。

  スウェイドは仕方なしにというような口振りではあったが、メスを嫌うスウェイドにしてみれば、これ以上ない存在に思えてならなかった。

  快楽の為だけの関係であるベータのオスとは違う。

  唯一無二のメス。

  リエカは、そんな存在なのではないだろうかと。

  「この部屋に、その日の夜の相手を呼んでんのかよ」

  「この部屋に、ベータのオスを呼んだ事はない」

  「じゃあ、リエカさんは呼んだのか?」

  「リエカは来た事がある。私が後宮へ向かう事はなかったから。だから側室達とは一度も交尾した事はない」

  スウェイドは、他の側室とは寝た事がないと言いたかったのかも知れないが、光司にしてみれば、この寝室にリエカだけは入る事を許されていた事実の方が衝撃だった。

  ここで、ベータ達と性の饗宴を繰り広げていた、と言われても引いてはしまうが、それ以上にいかにリエカが大切であるかを思い知らされる。

  だった一人、愛されたメス。

  光司は、この時はまだ、その気持ちが『嫉妬』という感情であることを認識してはいなかった。

  だが、かつてない胸を焦がすような苦しさを、抑え込む事が出来ないでいた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王は子猫に夢中2-①]

  スウェイドの帰還と、妃を迎えるという慶事もあって、夜は宴が催された。

  だが、光司に合うような礼服というものがなく、急遽、用意されたのは男児用の子供服だった。

  それなりには高価な物ではあったが、急いで手回しされた物だったからか、隣にいるスウェイドの服とは格段の違いがあった。

  恐らくスウェイドの着ている物は、全て手作業で織り、刺繍された意匠の凝った物だろうが、光司の着ている服は、お出かけ服程度の価値しかないだろう。

  それでも、今までの光司からしてみれば、当人よりも服の方が豪華で、陳腐な程だった。

  スウェイドは、あちこちに引っ張りだこであり、各々に光司を『正妃である』と紹介して回った。

  皆が表っ面だけ光司への賛美を称え、会話が始まると別の事を話し出す。

  居場所がない、とぼんやりしていると、あれよあれよという間に獣人波に流され、スウェイドから引き離されてしまった。

  仕方なく壁際で大人しくしていると、いつの間にか大柄なメス達に囲まれていた。

  その中央には、目尻をつり上げたジャジーラがいた。

  「スウェイド陛下が何も言わないから、いい気になってるみたいだけど、お前の存在が陛下の顔に泥を塗ってるのが分からないの?」

  「分からない訳じゃねーけど、部屋にいたいって言っても連れ出されちまったんだから、仕方ねーだろ」

  「何?この言葉使い!田舎言葉かしら?!汚ならしいったら、ありゃしない!」

  ジャジーラだけではなく、後ろの側室達も、口々に光司を[[rb:痛罵 > つうば]]し始めた。

  それはもう、聞いているのも辛いような暴言であり、これが高貴な御方が話される標準語なのかと、耳を疑うような言葉ばかりだった。

  「コソ泥ネコは、さっさと田舎にお帰りなさいな。お前の産む子供なんて、誰も期待してなんかいないんだから」

  「お前らの方こそ、スウェイドに種付けして貰えてねーんなら、期待されてないんじゃねぇの?」

  「な、何ですって!わ、私は、スウェイド殿下に一番の寵愛を頂いていてっ……」

  「それなら、何であんだがお妃様じゃねぇんだよ。そんで一番の寵愛を受けてるってんなら、あんだけ精力的なオスから子種を貰えてるんだから、ボコボコ産んでてもおかしくないんじゃねーの?」

  光司の小生意気な言い様が、ジャジーラのプライドをズタズタにした。

  その怒りのあまりに獣化してしまうのではと思わせる程、犬歯が伸びていた。

  「この……生意気な野良ネコがっ!」

  ジャジーラは尖る爪で光司の襟首を捉え、斜めに引き裂いた。

  光司の皮膚こそ傷付きはしなかったが、その服の上半身は見事に裂かれ、白い胸板を覗かせた。

  「ほら。お前にお似合いのボロ服にしてやったわ。それなら故郷のみすぼらしい服のように、馴染んで見えますわよ」

  側室達は、軽やかな笑い声を上げて、光司を小馬鹿にした。

  そのあまりにも高慢な面々に、大人しくしていた光司も堪忍袋の緒が切れて、フーッと尻尾を立てて威嚇した。

  まさに飛びかからんという時に、光司の肩を掴む者がいた。

  振り返ると、そこには華やかな笑みを浮かべるリエカが立っていた。

  「楽しそうね、皆さん」

  「り、リエカ様……」

  「あら、大変。光司様のお召し物が破れてしまっているわ。直ぐにお着替えをご用意しないと。……ジャジーラ。スウェイド殿下のお相手をお願い出来ます?」

  「も、もちろんですわ!」

  「じゃあ、光司様はこちらへ、ね?」

  リエカは自らのショールの中に光司を包むようにして、裏へと引き入れた。

  「リエカさん!あ、あのな!」

  「大丈夫ですよ。申し訳ありませんが、私の部屋まで我慢して下さいますか?直ぐに、替えの服をご用意しますから」

  「……でも……」

  「ジャジーラは陛下の側では悪さは出来ませんから。私に任せて下さいませんか?」

  リエカに抱き寄せられながら歩いて分かったが、メスのリエカでも光司の頭一つ分は背が高い。

  リエカが由緒正しい王族の、それもタイガーの直系の血を引いているのは、一目瞭然だった。

  美しく、聡い、スウェイドの唯一のメス。

  光司が嫉妬するのもおこがましいと思う程に、正妃に相応しい完璧なるメスだった。

  [newpage]

  [chapter:暴君王は子猫に夢中2-②]

  光司は連れて行かれた部屋に入った途端、呆然とした。

  リエカがクローゼットの中から、服という服を引っ張り出して、床に広げた。

  そして一際、光を放つ素材の服を手にすると、光司の胸元へと当てた。

  「この服は、私には八分丈だけど、光司様ならロングドレスになるわね。柔らかい素材だし、詰めたらいけそう」

  「あ、あの……リエカさん?それ、女物じゃ……」

  「もちろん、それに合うように飾り付けて差し上げますから、ご安心なさって。さ!早く、脱いで、脱いで」

  「あ、ちょっと、待って!……り、リエカさ~ん!」

  光司はあっという間につるりと剥かれ、まるで子供が服を母にして貰うようにして着替えさせられた。

  マーメイドラインの総レースのそのドレスは、肩紐があるので細い光司でも脱げる事はない。

  器用にもリエカは、大きく開いた背中の部分を縫い合わせて、光司の体にぴったりと沿うドレスに変化させた。

  ベールの付いた髪飾りを付けると、まるで光司の髪の毛が伸びたようにも見えて、どこから見ても愛くるしい美少女にしか見えなくなった。

  「ちょうど、髪飾りもドレスに付いてる飾りも薔薇の花で良かったわ。どっちも生成り色だし、お揃いみたいだわ」

  リエカは手際よく、光司の顔にほんのり色を差す程度のメイクを施す。

  「肌は、私の黒いファンデーションを使えないから。目尻をちょっとくっきりさせて、口紅を差す位しか出来ないけど。それでも光司様は十分お綺麗だわ」

  「こ、これ、リエカさんの服だよな?!」

  「光司様の服は、恐らく特注だから揃うのにはお時間がかかるでしょう。その間は私にご用意させて頂けませんか?」

  「でも、そんなの迷惑じゃ……」

  「こんな可愛い方のお召し替えをさせて頂けるなんて、毎日が楽しくなりそう!」

  「そ、そうですか……」

  「私のお古で、ごめんなさいね」

  「そんな!そんな!滅相もない!」

  正直、女物に関してはそんなに照れはなくなっていた。

  黒龍の城にいた時は、光司に合う服がなくて、スウェイドの用意した女物をよく着ていたのもある。

  流石に靴はそのままではあったが、幸い色は白だったし、ドレス自体が長いので、歩いても足先しか見えない。

  リエカはまるで侍女のように光司の後ろに付いて、宴の会場に戻るよう促した。

  スウェイドのいる場所は直ぐに分かった。

  誰よりも背が高く、艶やかな装い身を包み、大きな集団の中央にいたからだ。

  隣では、その妃よろしくジャジーラが鼻も高々に傲慢不遜な態度で他を圧していた。

  その獣人達の垣根をリエカが割いて、光司を支えながら突き進み。

  スウェイドの目の前で、光司を差し出した。

  「殿下、大切な御方をお忘れですよ」

  「……お前……光司か?」

  スウェイドは、目の前の光司に釘付けになった。

  リエカと話しながらも、目線は光司から寸分も動かせなかった。

  「……リエカ、これはお前が?」

  「はい。勝手を致しまして申し訳ございません。ですが、光司様の味方はこの場ではスウェイド殿下しかおられません。御身から、どうか離される事はなさいませんように」

  「……悪かった」

  スウェイドの聞いた事もない謝罪に、辺りの者が一斉にどよめいた。

  誰よりも強く、尊大である、偉大なる国王が頭を下げるなど、未曾有の出来事だった。

  スウェイドは、ジャジーラを押し退けて光司へと近付き、その体を抱え上げた。

  突然の事に、光司も慌ててスウェイドの首に抱き付いた。

  「美しいぞ。光司」

  「お、俺なんかに媚び売ったって何も出ねーぞ」

  「私が何故、媚びる必要がある?この国で、私より強い者はいない」

  「でも、今、俺なんかを誉めてたじゃん」

  「……そうだな。お前にだけは、ご機嫌伺いをしたい。それに美しいのは嘘じゃない。花の精のようだぞ、光司」

  「……もう、恥ずかし……」

  光司は堪らなくなって、真っ赤な顔をスウェイドの首もとに埋めてしまった。

  白い肌の人間が来る事は滅多とないヴァリューカで、白いドレスを着た光司の目映さは際立っていた。

  皆が見惚れている中、たった一人だけ、恨みがましい視線を送っていたのは、側室のジャジーラだった。

  ジャジーラは口惜しさのあまりにその赤い唇を噛みしめ、血を滲ませていた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王は子猫に夢中2-③]

  その後、スウェイドは光司を降ろそうとはせずに、ずっと抱き上げたまま、歓談をし続けた。

  光司の愛くるしさに、流石の大臣達も誉めずにはいられなかった。

  光司も夢見心地になっていた。

  スウェイドのオスの体臭が甘い。

  今ははっきりとそう感じている。

  相手を好きになると、その香りは甘く感じるのだろうか。

  他のオスからは感じない甘美な香りに、光司はクラクラとした。

  そして、スウェイドの頭に自らの頬を寄せた。

  「今日はえらく大人しいな」

  「うん……」

  「疲れたか?」

  「疲れてなんかねーよ。ほとんど、あんたが抱っこしてくれてんだろ」

  「いつもそう素直であれば良いものを」

  「やかましいのは嫌いか?」

  「お前がやかましいのは、愛らしい以外の何物でもない」

  「馬鹿……」

  スウェイドの体臭だけではなく、言葉までもが甘い。

  酒に酔い潰れてしまったかのように、光司はくったりとその身をスウェイドに預けっぱなしになった。

  気を良くしたスウェイドは、光司にキスをねだった。

  スウェイドの愛に酔わされていた光司は、そのこめかみへと思い切ってキスをしてやった。

  勇気を振り絞ってキスしたはいいが、口紅がそこに移ってしまったので、慌てて手のひらの側面で拭ってやった。

  「何をする」

  「だって、口紅が付いちゃったから」

  「お前からのキスマークなら、いくらでも良いから付けろ」

  「ば、馬鹿だな!そしたらお前、顔中にチュウの跡だらけになっちまうぞ!」

  「良いな。光司のチュウの跡だらけか。どれだけ付くのか試してみろ」

  「やんねーよ!バーカ!……こんのスケベタイガーが!」

  「そうか。初めて知ったが、お前の言うスケベタイガーという呼び名は、愛称だったか」

  「あんた!国に帰って脳ミソ腐ったか!何が愛称だ!『スウェイド』と『スケベタイガー』じゃ『ス』しか被ってねぇだろうが!」

  「ちなみに私の言う『野良ネコ』はお前の愛称だぞ?」

  「ウルセー!ウルセー!バーカ!バーカ!」

  口では言い合いながらも想い合う二人の仲睦まじい姿に、周りの者達は、もう誰も口を挟めなくなっていた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王は子猫に夢中3-①]

  スウェイドが、突然に変わった。

  以前から光司を楽しませようとはしていたが、今は更に溺愛の限りを尽くしていた。

  あれだけ呼ぼうともしなかった光司の名前も、まるで閨事のように悩ましげに繰り返し。

  宴が終わった後も光司を離そうとはせず、風呂こそ互いに別々に入ったが、光司の髪の毛や尻尾を乾かして、ブラッシングをかけるのはスウェイドだった。

  天下のヴァリューカの王様にこんな事をさせて良いものかと、光司も不安になる程に甘やかされた。

  寝る前の歯磨きですら、光司にさせようとはしなかった。

  「らんれ、オメーがやんらよっ!」

  「お前は適当に磨くだろうが。菓子が好きな癖に、そんな磨き方をしていたら、すぐに虫歯になるぞ」

  「お母さんか!」

  布団に入っても、スウェイドは光司の耳や頬や首筋にと、あちこちにキスをして、その密なる触れ合いに光司はメロメロになってしまう。

  特に、その唇へのキスは生々しいセックスのように深いものだった。

  スウェイドの長い舌が、光司の口内を舐め尽くす。

  歯茎や、舌の側面や裏側までも絡め取って、唾液をも混じり合わせる。

  酸欠になってだらしなく口を開き、舌を伸ばした光司は、それをまるで吸い上げるようにしてスウェイドの口の中へと引き込まれ。

  キスだけで、身体中をジンジンと痺れさせていた。

  そのまま喉をくすぐられると、ゴロゴロと鳴らしながら、小さな喘ぎ声まで漏らしてしまった。

  「……もう。何でこんな急に、イチャイチャすんだよう~」

  「お前が可愛いからだろうが」

  「今まで、キスなんかしなかったじゃんよ~」

  「……それは、リエカに怒られた」

  「お、怒られた?」

  振り回すだけでなく。

  もっと優しく、態度に表してやれと。

  キスやハグを惜しむなと言われた。

  「そもそも、私は想う相手とのキスやハグなんぞをした事がない」

  「ないの?!あんなに恋獣人や側室がいてて?」

  「側室は寝た事がないと言ってるだろうが」

  「ベータのオスとは、ヤリまくってただろうが!」

  「それは否定しないが、あれらは恋獣人ではない。キスやハグを全くしなかった訳ではないが、そもそも欲望を晴らすだけの存在だったから」

  「……最低」

  「もう、しない」

  光司の機嫌を取ろうとするかのように、スウェイドは再び優しいキスを繰り返した。

  側室には、こんなキスをしては来なかった。

  ベータの愛人達にもしては来なかった。

  では、リエカにはどうなのだ?

  それは光司も聞けなかった。

  スウェイドの中の地雷を踏みたくはない。

  いや、それは自分の中の地雷なのかも知れない。

  アルファのメスに、オメガのオスが勝るものといえば、発情期のフェロモンと、出産率の高さ位のものであり、ましてや王族のアルファであるリエカに勝てるものなど、何一つとしてなかった。

  スウェイドには不要だという乳房がないのが、せめてもの救いではあった。

  あれ程までに、光司の為に尽くしてくれたリエカに対して、そんな妬みが湧くなど、自分はなんて愚かで小さな人間なのだろう。

  光司は、自らの狭量さに嫌気が差した。

  リエカは世継ぎまで産んでいるのに、正妃の座を望まず、他国から連れ帰ったネコ如きにまで温情を施す。

  おまけにその野良ネコに、正妃の座を奪われても尚、だ。

  どれだけ心が広いのか。

  リエカの心中が推し量れない。

  そうこう悩んではみても、体の疲労には勝てずに、光司はスウェイドの暖かな腕の中で眠りに落ちた。

  旅の疲れや、あらゆる出来事を気持ちの中で処理しきれなかった疲労が一気に襲い。

  結局、翌日の夕方まで爆睡してしまい、光司が目覚めた時には、リエカが光司の為に用意した服が部屋中に溢れ返っていた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王は子猫に夢中3-②]

  「あ!光司様、目が覚めました?」

  リエカは、両手いっぱいの服を床に降ろし、光司の枕元へと跪いた。

  「光司様のお召し物は、男物でもサイズがないらしくて、ご用意にお時間がかかるようなのです。ですから当座、ご用意出来る物をリメイクして着て頂けますか?」

  「でも、そんなわざわざリエカさんが……」

  「それは どうかお気になさらないで。こう見えてお裁縫が得意なんですよ。申し訳ないのですが、デザインによっては女物のままでもお許し下さいます?」

  「いや、俺は別に堅っ苦しいのじゃなかったら、何でも良いんだけど」

  「軽い素材が良いんですね?」

  すると、リエカは山盛りになっている服を光司にあてがい、「ここを詰めよう」だの、「裾を短くしよう」だのと楽しそうだった。

  ふと、光司の寝間着の裾をグイグイと引っ張られる感覚を覚えた。

  何か引っ掛かっているのかと下を覗き込むと、そこには小さなオスのタイガーがつぶらな瞳をこちらに向けていた。

  「みゃ~」

  「みゃ~?!タイガーなのに、今、みゃ~って言った!」

  「息子のアブドルです。まだ赤ちゃんなので、人型にはなれなくて……」

  「王族って、獣化して生まれてくるのかっ?!」

  「王族などの獣の血が濃い獣人は、獣化した状態で産まれてくるのですよ」

  「みゃぁ~ん」

  アブドルは、鳴き声はまだ成獣のものではなかったし、まるで足の太いネコのようだった。

  光司の中で、母性本能が最高潮にまで高まるのを感じた。

  「かっ、かっ、可愛い~~~~っ!」

  「にゃうん」

  光司はアブドルを抱き上げ、頬擦りをした。

  アブドルも決して嫌がる事なく、光司の顔をペロペロと舐めて喜んでいた。

  「タイガーなのに、にゃんだとか!ネコみたいなのに、足はタイガーだとか!うっひゃあ~、堪んねぇ!」

  「にゃん!」

  「縞模様の具合が、スウェイド殿下と良く似ているんですよ。恐らく大きくなったら、人型の見た目も似てくるでしょう」

  「スウェイドも、こんな感じなの?」

  「それはもう。この国で、最も美しいタイガーであらせられますから」

  リエカはスウェイドの獣化した姿を知っている。

  王族のアルファが獣化するのは、極度に興奮した時だ。

  敵と闘う時や、性欲に駆られた時などに古の血が沸き立つ。

  リエカと闘うとは思えないし、だとすれば、獣化する程の性的な欲望が沸き上がったという事だ。

  王族が王族以外と婚姻を結び難いのには、その獣化がある。

  王族同士なら、どちらかが獣化しても同じように獣の姿で交尾出来るし、例え獣型と人型の交尾だったとしても互いに理解がある。

  だが、獣化出来ない一般獣人には、その獣の姿のまま受け入れるのには、相当な勇気がいる。

  体のサイズだけではなく、獣のペニスのサイズも普通の獣人にしては巨き過ぎた。

  ネコ科の獣人は、そのペニスも獣化している時は必ず孕ませようとする習性から、膣の中から抜け難くするトゲのような突起が出て、中を傷付けられるのだ。

  人型のままで、その挿入を受け入れるには、アルファの強靭で大きな子宮が必要ではあった。

  いくら産むに特化したオメガであっても、光司の小さな尻でそれだけのハイリスクな繁殖行為を受け入れ、スウェイドの雄根を満足させ、タイガーの子を産めるのかと聞かれれば、自信がない。

  スウェイドへの気持ちと、その恐怖が反比例して、光司を苦しめる。

  そして、それだけではなく。

  こんなにも優しく接してくれるリエカと、この愛らしいスウェイドの血を引くアブドルを差し置いて、スウェイドを奪うような真似はしたくはなかった。

  初めての世継ぎを産んだメスであり、一番正妃の地位に相応しいだろうリエカ。

  スウェイドと瓜二つの毛並みを持つ、最強のタイガーになるだろうアブドル。

  その上に胡座をかいて、のうのうと妃の名乗るのは心苦しい。

  アブドルは光司に一際懐いた。

  リエカが部屋に連れて帰ろうとしても、光司から離れたくないと泣いて嫌がった。

  この愛しい存在を大切にしたい。

  だが、自分が身を引くというのはスウェイド自身が許しはしないだろう。

  リエカやアブドルへの親愛の情と、側室達への嫌悪感の間で煩慮する。

  何が最良で、何か相応しいのか判らない。

  まさにそれは五里霧中だった。

  [newpage]

  [chapter:暴君王は子猫に夢中3-③]

  お前は俺の後ろに付いていれば良いと言っていたスウェイドだったが、現実としてそういう訳にも行かなかった。

  スウェイドが、ヴァリューカから逃亡していたのは一月となかったが、若干の公務が滞っていた。

  留守の間、可能な限りは推測して指示してから逃亡の旅へと出たが、どうしてもスウェイドでなければならない仕事は残っている。

  帰国した途端にそれが襲って来ていたので、スウェイドとしては光司を正妃に迎えるのを最優先にしたかったが、なかなか そうもいかなかった。

  そんな多忙を極めていたスウェイドではあったので、光司は せめて夕食位はスウェイドと二人でとりたいと願い出た。

  光司の為に無理矢理、仕事を終えて帰って来たスウェイドは、いつもより華美な装いのまま慌てて帰宅したようで、申し訳ない事をしてしまったと罪悪感が胸を突く。

  「仕事、だったんじゃねーの?」

  「北の国のエドワード公爵が来ていた。私の留守中に同じく北の国のダグラス公爵が訪れたらしいが、手ぶらで帰してしまったからな。今回はそういう訳にもいかなかったんだ」

  スウェイドの仕事は、国内だけのものではない。

  外交も仕事の内だった。

  ヴァリューカ王国は、かつて閉鎖的であるが故、独自の文化を開花させていた。

  その鎖国的だった過去では、それ程には貿易は進んではいなかった。

  唯一、黒曜王国とは先代の王同士が意気投合したのもあって、まだ国としての行き来はある。

  そんな独自の文化を守って来たヴァリューカ王国の王子が、西へと留学するという事は、前代未聞の革命的な前進だった。

  「あんたは、最先端の王子だった訳だな」

  「まぁ、そうだろうな。歴代の王達は、まるで外に出ようとはしなかったし。だが、これからはそういう訳にはいかない」

  東の黒曜王国の末端に位置した村で育った光司ではあったが、その皮膚の色は西のデランダ王国の者に近い。

  先祖を辿れば、西の血の流れを汲んでいたかも知れない。

  その異質な感覚は、常に光司の周りにあった。

  何よりもヴァリューカの人間とは、骨格も肉付きも違う。

  特に肌の色は相手にも違和感を与えるようで、召し使いもあまり寄って来ようとはしなかった。

  それはヴァリューカの国民自体、自国愛に溢れるが[[rb所以 > ゆえん]]であるとは思っていた。

  仕事も出来ず、妃に相応しくもなく、民にも愛されない。

  光司は、その事実をスウェイドにどう伝えて良いものか悩んではいた。

  長引かせるのは良くない。

  光司も自らの気持ちに振り回されて、ヴァリューカ王国の未来を陥れるような事はさせられないと意を決した。

  「スウェイド、あのさ。俺が正妃になるのは、ちょっと考えてくれないかな」

  「どうしてだ?」

  「どうしてもクソも、色々と、全部がアウトなんだけど!俺がお妃様になるなんて、国が滅亡しちまうと思うんだけど!」

  「お前如きのチビネコが、何をどう足掻こうとも、この国が揺らぐ事などあるものか。お前はせいぜい、私の胡座の上に胡座をかいてろ」

  「何、その表現……。俺はお飾りで良いってのかよ。お飾りなんかで済むならいーけど、そういう訳にはいかねぇだろ?!」

  「つまらん事をグダグダと悩むな。お前は、私の前で笑っていたら良い」

  「やっ、あっ?!……何すんだっ、このっ……」

  光司はスウェイドに顎をくすぐられ、尻尾を撫でられて、すぐにふにゃふにゃにされてしまう。

  このネコの性質が呪わしい。

  気が付けば、光司は至極ご満悦になり、ベッドで大の字になって爆睡していた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王は子猫に夢中4-①]

  スウェイドが仕事に追われると、光司としても時間をもて余してしまい、必然的にリエカの部屋へと訪れる事が多くなった。

  自分に対して好意的なのはリエカだけだったし、リエカに会いに行けばアブドルがいる。

  今では小さなタイガーと遊ぶ事は、光司の日課となっていた。

  リエカは、光司用に服をリメイクする事が楽しいようで、それはもう自分の服全てを光司用にしてしまうのではないかと思う程に掛かりっきりだった。

  「ごめんなさいね。光司。アブドルの面倒をみて貰ってばかりで」

  「それ言うなら、今、リエカさんがやってくれてるのは俺の為にしてくれてんじゃん。おあいこだろ?」

  「これは私が好きでしているのよ?」

  「俺も好きでアブドルと遊んでんの!だから良いの!」

  「みゃあ~」

  「だよな~?アブドルも俺と遊びたいよな~?」

  アブドルの腹を撫でてやると、もっとやってくれと言わんばかりに、大手を広げて大の字になった。

  光司がリエカに敬語をやめてくれと願い出て、聞き入れてくれたのは3日目の事だった。

  その頃には、光司も女物の服には慣れて、もう服は頼まなくてもリエカの作った物だけで良いと言うと、ヴァリューカの妃が服をどれだけ多く持っていても多過ぎる事はないと怒られた。

  この当座の服以外に、恐ろしい数のあつらえ物で届いたら、光司はびっくりしてひっくり返るだろうと言われて、貧乏性の光司は戦々恐々としている。

  「光司は子供が大好きなのね」

  「俺の下には沢山、弟や妹がいたからさ。チビの面倒をみるのは当たり前だったし。貧乏な村だったから、近所のおばさんの赤ちゃんとか、しょっちゅう預かってたぞ」

  「近い内に貴方の子供も出来るわ。アブドルは良いお兄ちゃんになると思うから。楽しみね」

  「俺の……子供……」

  確かに光司はオスではあってもオメガなので、子供を授かる事は出来る。

  だが、スウェイドとはあれから一度もセックスや交尾をした事がない。

  初めて乱暴されたあの日から、スウェイドは光司にそういう意味では触れてはいなかった。

  光司がその気になるまで無理矢理はしないと言ってはいたが、スウェイドからのアプローチといえば、いつもキス止まりだった。

  発情期に入ったら、交尾するつもりなのだろうか。

  あれだけ精力的な男が、ベータの後宮を解体して、側室の後宮にも行かず、欲求不満にならないのかと心配になる。

  王族のアルファの性欲は凄まじく、何人もの侍らせたメスと発情期に限らず、毎日セックス三昧の者がいるとも聞く。

  オメガの需要があるのは、もちろん子供が産まれやすいので子供欲しさにという者もいるが、大半はその濃いフェロモンを味わいながら、淫乱な体質のオメガとの性交に耽るのが目的である事も多い。

  スウェイドは、光司を欲しくはないのだろうか。

  こんなところにまで連れて来て、それはないとは思うが、スウェイドの考えている事が分からない。

  そこまで考えて、それはまるでスウェイドに襲って貰いたいかのような想像だったと、光司は一人あたふたと焦ってしまった。

  ソファーでじたばたと身悶える光司に、アブドルは遊んでくれているのだと勘違いして、飛び掛かっていった。

  アブドルが可愛い。

  自分もスウェイドの血を引いた、タイガーの子供が欲しい。

  光司のその気持ちは、偽らざるものだった。

  [newpage]

  [chapter:暴君王は子猫に夢中4-②]

  リエカが縫い物の手を止めて、思い立ったようにして口にした。

  「そういえば、もうそろそろ始まるでしょう?お妃様教育が」

  「え?何それ?聞いてない!」

  「光司の服や持ち物が揃って、衣装部屋が用意出来たら始まると思うわよ?始まったら、バタバタしそうね。結婚式までスパルタかも」

  「ど、どんな事すんの?スパルタって……」

  「言葉使いとか、立ち振舞いとか?ダンスや、お妃様の心得、とかかしらね。若い側室と一緒に受けるなら、担当はラシャ様だろうから、かなりの厳しさだと思うけど」

  「やだ、やだ!そんなつまんなさそうな勉強に、厳しいのなんてやだ!他の側室も一緒だとか!堪えらんねー!」

  「堪えられないって言ったって、仕方ないでしょ?結婚式で恥をかく訳にもいかないんだから」

  「厳しい人はやだ!優しい人になんねぇの?」

  「そうしたら、全部は無理だけど出来る限り、私が担当しましょうか?スウェイド陛下がお許しくだされば、だけど」

  「リエカさんが良い~!リエカさんでなきゃやだ~!」

  「陛下に申し出ておくわ」

  「リエカさん、大好き~!」

  「うふふ。貴方から、そんなセリフを言われてるなんて聞いたら、陛下に恨まれてしまいそうね」

  リエカは、光司に優しい。

  それは裏表のないもので、まるで弟のように接してくれている。

  ふと、光司は思った。

  リエカは、悔しくはないのだろうかと。

  正妃には、最も相応しいと言われ、スウェイドとの間に世継ぎの子供もいて、唯一、王の自室に出入りするのを許され。

  だがある日、突然、王が連れ帰って来た田舎の野良ネコなどに、その地位を奪われ。

  普通なら激怒してもおかしくない話だ。

  リエカは、スウェイドを愛してはいないのだろうか。

  だが、それを聞くのは躊躇われた。

  親密な、友情のようなものを感じているリエカとの間に水を差すような気がして、光司はそれに触れる事が出来なかった。

  [newpage]

  [chapter:暴君王は子猫に夢中4-③]

  光司はリエカの仕上げてくれた服を数着持って、部屋に帰ろうとしていた時。

  中庭の大きな噴水を横目に歩いていると、その帰り道に四人のアルファが立ち塞がっていた。

  ジャジーラを先頭に、大型の側室達が光司を部屋へは帰すまいと、道を塞いでいた。

  「仲がよろしいです事。正妃様とリエカ様では、格が随分と違いますのに、話題が合うのかしら?」

  「どういう意味だよ」

  「リエカ様の血筋は直系のタイガーでいらっしゃるのよ。スウェイド殿下とは従姉弟同士になるわね。どこぞの野良ネコとは雲泥の差よね」

  ジャジーラは王族とはいえパンサーではあったので、リエカの血筋には敬意を払っているようであった。

  それでも、自らがスウェイドの子を産めば、第一側室の座を奪わんとするのかも知れない。

  欲しい物を力で奪う事は、この国では罪にはならない。

  ヴァリューカのアルファは、他国に比べて特に獰猛あり、闘う事自体を奨励する風習があった。

  ジャジーラのような好戦的なメスは、それを美徳として周囲にも受け入れられていた。

  「リエカさんは、俺がネコだとか、そんな事、気にしてるとは思えねーけど」

  「リエカ様はお優しそうに見えて、どれだけお強いか知らないのね。私達側室が束になってかかっても、敵わない程のお方なのよ」

  獣化したリエカ自体が想像も出来なかったが、ジャジーラの言い様では恐らく、この側室の順位は力の強さを表すものなのだろう。

  強いメスが生き残り、強いオスを勝ち取る。

  それはこの国では、当たり前の事だった。

  故に、ネコ如きが正妃に選ばれるのは、鼻持ちならないのは分かる。

  光司が力で順位を付けられるのなら、側室どころか、召し使いのベータにも劣るだろう。

  ジャジーラは、光司の持っていた服を奪い取り、目の前で引き裂いた。

  「何すんだよ!」

  「似合わないわよ。こんな高価な服。田舎の貧乏ネコなんかには!」

  「野郎!ケンカ売ってんのか!」

  「ケンカですって?お前みたいな子猫なんか、一噛みで息の根を止めてやるわ!」

  王族のアルファにまともに向かって行っても勝てる筈もない。

  ジャジーラは既に獣化しかかっていて、犬歯が伸び始めている。

  ジリジリと間合いを取りながら、光司は角度を変え。

  ジャジーラの背後で噴水の水が跳ねているのが見えた瞬間、光司は肩を突き出すようにして低姿勢になり、ジャジーラの腹へと突っ込んだ。

  咄嗟の事に構えられなかったジャジーラは、噴水へと背後から落ちた。

  近くにいた側室達も呆気に取られているところを、足で踏んでいた光司の服を引っこ抜くようにして引っ張った。

  すると雪崩を起こすようにして、後の三人も噴水に落ちた。

  「バーカ!バーカ!力だけでケンカに勝てると思うなよ!」

  光司は尻をジャジーラ達に向け、ペンペンと小馬鹿にしたようにして叩き、全速力で逃げた。

  気分はスッキリして部屋には戻っては来たものの、もう後宮には通えないと思った。

  次にジャジーラに会えば、本当に殺されるかも知れない。

  どのみち、後宮には行けなくはなっていたと思うが、あの仕返しはやり過ぎだった。

  光司は、明日からスウェイドの部屋にアブドルを連れて来てくれと、拙い文面でリエカに手紙を書いた。

  [newpage]

  [chapter:暴君王は子猫に夢中5-①]

  光司は、スウェイドに側室達との確執を話さない訳にはいかなくなった。

  ジャジーラをはじめとする側室達とはどうしても仲良く出来ないが、リエカとはやっていけるとスウェイドに告げると、後宮からの本殿への出入りをリエカ以外にはさせないように手配してくれた。

  告げ口するようで胸が痛まない訳ではなかったが、次に光司一人でジャジーラ達に会おうものなら、本当に噛み殺されるかもと思うと、言わずにはいられなかった。

  光司の本心を言えば、スウェイドが光司を妃にと望むなら、後宮は解体して欲しいとは思ってはいる。

  だが現実面としては、大陸内最大の国であるヴァリューカの王が、側室を持つ甲斐性もないのかと言われる訳にはいかなかった。

  どの国の歴代の王も、王族のアルファであるその絶倫なる精力で多くの側室を囲い、多くの子供を授かって来た。

  スウェイドは過去最大のタイガーではあったし、その為に集めた選りすぐりの王族の側室をそう簡単には家に帰せないのも分かる。

  王自ら選んだ妃は光司だけで、スウェイドが後宮に通ってはいないという事だけが、光司の支えにもなっていた。

  公務を早くに終え、帰宅出来た日の夜は、共にベッドで微睡むのが日課となっていた。

  腕枕をした光司の喉をくすぐり、ゴロゴロと鳴らすと、スウェイドもほんのりと笑顔になる。

  そんな顔を見ていると、光司の方もほだされてしまい、ついスウェイドに甘えてしまう。

  スウェイドの中で、自分とリエカはどう違うのだろう。

  光司が正式に妃となって、スウェイドが通わないとなれば、後宮を下がる者も増えるだろうが、リエカにだけはいて貰いたいと思うのは、光司のエゴだ。

  リエカの存在が辛いのに、いて欲しい。

  矛盾したその相反する気持ちを、自分でも整理出来ないでいた。

  ふと光司を腕枕するスウェイド下肢を覗き見た。

  ヴァリューカの服は、男物でもふわりとしたドレープがあったので分かり難かったが、その股間が山なりになっているのがうっすらと分かる。

  スウェイドは、こうして何事もないような顔をしてはいたが、明らかに欲情していた。

  これだけ勃起していながら、どうやってそれを晴らしているのか。

  光司の前では少なくとも、そんな素振りを見せた事がなかった。

  怖がらせまいとしてくれているのだろうか。

  そう思うと、胸が苦しくなるような恋情が高まって堪らなくなり、光司はスウェイドの胴体へと抱き付いた。

  その盛り上がった陰部が光司の腹に当たって、流石にそれには反応せずにはいられなかったのか、「グルル」と小さく唸った。

  それでも、スウェイドは光司の喉を撫でて、必死に堪えていた。

  これ以上なく、自分を充分に大切にしてくれている。

  もう、許しても良い。

  光司は、うっすらとそんな風に思いながら、眠りについた。

  [newpage][chapter:暴君王は子猫に夢中5-②]

  光司のお妃教育が始まった。

  そのほとんどがリエカが指導に当たってはいたが、所作や心得に関しては、後宮を統べる女官長のラシャが担当した。

  ラシャの授業の時は他の若い側室達がいて、その中にはジャジーラもいた。

  ジャジーラは第二側室であるから、そんな指導を受けなくても良い筈ではあったが、光司に何かと嫌がらせをしたくて潜り込んでいるとしか思えなかった。

  そのほとんどは、光司が出来ない事への侮辱ではあったが、光司も気の強さでは負けてはいなかったので、椅子をひっくり返したり、水を頭からぶっかけたりと応戦した。

  ただ、誰もいない場所での仕返しはジャジーラに何をされるのか分からないので、必ず指導するラシャがいる前で派手にやり返してやった。

  結果、ラシャからしこたま怒られはするが、ジャジーラの鼻を明かしてやる事は出来た。

  スウェイドが3ヶ月先には光司との結婚式を行うと公言してからは更に、ジャジーラの嫌がらせは苛烈を極めた。

  それも絶妙に、スウェイドとリエカのいない合間を狙ってくるし、召し使いも買収したのか、服を引き裂かれていたり、光司の持ち物だけが盗まれたりするので、おちおち休んでもいられなくなり。

  あまりに小さな事までスウェイドに言うのも憚られてはいたが、光司の我慢が限界に近付いた頃。

  隣国からの来客があった。

  黒曜王国から訪れた黒獅子の兄弟は、美しいたてがみのような長い髪の毛をたなびかせ、その存在感で他を圧倒した。

  [newpage]

  [chapter:第四章・愛されたがりの暴君王1-①]

  光司は、まだ正式に妃になった訳ではなかったので、国政には全く携わってはいなかった。

  だが、突然の来客に城を空けていたスウェイドでは間に合わず、光司がその接待を任される事となった。

  一際、派手なヴァリューカの服を着せられ、女官長のラシャには散々「失礼のないように」と念を押される程の人物に、光司は会う前から震え上がっていた。

  絶対に失礼な事をする自信がある、と女官長に言うと、思いっきり頭を叩かれた。

  何のパーティーなんだと思いたくなるような、華美な装飾の民族服を引き摺りながら大広間へと向かうと、そこには見知った顔があった。

  「光司~!何なんだ?!その格好!芸人か!」

  「あ、あ、闇珠~!!!」

  光司は金魚のようにヒラヒラとした衣装をはためかせ、闇珠に飛び付いた。

  闇珠は直ぐに光司を横抱きにして、まるで花婿のように光司を抱えながらクルクルと回った。

  「ちょっと、肌艶が良くなったか?光司も流石に妃ともなると磨きを掛けられたか」

  「毎日、お妃様の勉強ばっかりで、クサクサするよう!もう、闇珠と狩りに行きたいよ~!」

  「スウェイド様から許可が降りたら、狩りに行こう。光司にも弓を教えてやる」

  「マジで?!やったぁ!」

  「おいおい、お前達は恋人同士か。相手を間違っているだろうが」

  闇珠と共に訪れていた黒龍は、いつもよりも豪華な黒曜王国の正装に身を包み、麗しい笑みを浮かべていた。

  よくよく見れば闇珠も黒龍と揃いの、詰め襟の細かな刺繍が施された正装をしていて、改めて国賓である事を思い出させた。

  「こ、黒龍様!ご、ごめん!俺、嬉しくって……」

  「俺も嬉しいぞ。光司に会えて。あれから、ちょっとしか経ってはいないのに、美しくなった」

  「何言っちゃってんだよ~!もう!美しいのは黒龍様だろ~!いつもより、キラキラが2割増しだぞ」

  「まぁ、俺が美しいのは当たり前なんだがな」

  「自画自賛かよ!」

  光司は、黒龍の姿に妙な違和感を覚えて食い入るようにして見つめていると、そのふくらはぎまであった艶やかな黒髪が、腰の辺りまでバッサリと切られている事に気が付いた。

  「黒龍様!髪の毛!」

  「短くなっただろう?」

  「負けたのか?!無敗の黒龍様が!」

  「そうだな。完敗だった」

  黒龍のその言葉に、闇珠は苦々しい顔つきをしていた。

  そして光司を抱きながら、黒龍の脛をガツンと蹴り上げた。

  周りでは、丁重にもてなそうとしていた大臣達が、口をぽかんと開けて絶句していた。

  女官長が慌てて光司を下がらせようとすると、黒龍が「必要ない」と言って、それを制する。

  食卓には、大盤振る舞いの食事が用意されたが、大臣達はほとんど口をつけられなかった。

  光司は闇珠の膝の上に座らされ、黒龍に食事を運ばせている。

  それも、あたかも日々そうやって過ごして来たように、それは自然な様子だった。

  「光司、次は何を食べたい?」

  「黒龍様、あれ!あれ!あの、甘いタレがかかった肉!」

  「これだな。よし、よし。……ほら、光司。口をあ~んして」

  「あ~ん」

  まさかの東の黒獅子王子が、野良ネコに召し使いよろしく、食事の世話をしている。

  弟王子も膝に抱えながら、光司の汚れた口を拭いてやったり、喉を撫でてやりながらご機嫌を取っている。

  その光司のハーレム状態の中、スウェイドが帰宅した。

  三人の姿を見て、その尻尾を目一杯膨らませて硬直していた。

  「お前ら、どういうつもりだ?!それは私の妃だぞっ?!」

  「やぁ、スウェイド。お仕事ご苦労様。後から我が国に家出していたツケが回ってきたか」

  「わざわざ嫌がらせに来たか!黒龍!そんなものは、たった今、終わらせたわ!だから、それは私の妃だと言ってるだろうが!」

  「いやいや、だからこそだぞ?天下のヴァリューカ王国のお妃だからこそ、我が兄弟でおもてなしをさせて頂いているんだが」

  「お前らは、光司に構いたいだけだろうが!」

  相変わらずの黒龍は、スウェイドの怒りを飄々としながらサラリとかわす。

  その光景は、まるで黒龍の城にいた時のようで、光司は嬉しくなった。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王1-②]

  闇珠は光司への土産物を見せたいからと、スウェイドの部屋へ光司を伴って行ってしまった。

  そこでも仲良く手を繋ぐ姿を見て、スウェイドは片方の眉を吊り上げていた。

  「おいおい、何を目くじら立ててるんだ、お前は。まさか闇珠が光司を襲うとでも思っているのか?それは有り得ないぞ。まだ光司が闇珠を襲う方が、確率が高い」

  「分かってる!光司の奴……。私とは手すら繋ごうともしないくせに」

  「お前、案外、心の狭い奴だったんだな。あれだけ恋獣人が大勢いた伊達男だったのに」

  「恋獣人なんぞいた事はない!」

  「おお!遊んでいたわりには案外、純情だったというやつか。下半身は遊び人でも、頭の中は童貞だった訳だ」

  嬉しそうに手を叩く黒龍に、スウェイドは目を座らせて睨み付けた。

  「どうして光司は、お前のような胡散臭い奴を羨望の眼差しで見るんだ?私とお前のどこがどう違うというんだ!」

  「それはまぁ、徳の差だろう?いや、性格か?カリスマ性か?」

  「それは私もお前には負けてはいない!」

  「じゃあ、優しさだろうな。そもそも、お前はスタートから強姦だったしな」

  黒龍の言葉には、言い返す事も出来なかった。

  確かに、自分と黒龍の差はそこだ。

  光司には、優しさこそ一番に主張すべきだった。

  今となっては、黒龍はおろか、闇珠に至っては盲目的な程に信頼を寄せていて、明らかにスウェイドへの態度とは違っていた。

  「だから、今は反省しているんだ……。光司の喜ぶ事をして、光司の嫌がる事はしない。それは絶対に」

  「……お前、本当にスウェイドか?天変地異の前触れか?……まさか、夜もベッドは別にしてるとか言わないだろうな」

  「ベッドは同じだが、手は出してはいない」

  「ちょっと待て。黒曜王国から帰って来て、ずっとか!お前、獣化するぞ?!」

  ヴァリューカの獣人の性欲は、大陸一だった。

  それは、その国民の人数にも現れてはいて、性に対して貪欲な国民性から、どこの家庭も子沢山だった。

  黒龍は、そのスウェイドの想いの深さに絶句した。

  冷やかしのように言った『心は童貞』というのは、冗談でも笑えなかった。

  「スウェイド……。そこまで真剣に……」

  「真剣だから、これ以上なく大切にしている」

  この高慢なタイガーの王は、遅咲きの初恋をどうしたら良いのか分からなくなり、混迷していた。

  想い人を傷付けまいと、アルファであるオスとしての欲望を抑えてまで純愛に徹する。

  だが、それはアルファの気質からは過酷ではあった。

  このままでは、光司が発情期を迎えた時、スウェイドは爆発してしまう。

  それは、初めての時を上回る欲情となって、スウェイドを暴走させてしまうだろう。

  今の状態からは、光司が妃になる事を快諾しているとは思えない。

  黒龍は、そんな状況でのスウェイドの獣化だけは避けなければ、最悪の事態になりかねないと、危惧せずにはいられなかった。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王1-③]

  闇珠と手を繋ぎながら、光司は小躍りしたくなっていた。

  大好きな闇珠が側にいてくれる事が、こんなにも嬉しい。

  宮殿で味方の少ない光司は、闇珠の与えてくれる安らぎに、心が癒されるようだった。

  「光司。……今、幸せか?」

  「……どうかなぁ?幸せ、かなぁ……」

  「辛かったら、黒曜王国に来たら良いんだぞ?遠慮はするな」

  「うん。ありがと」

  近頃は、スウェイドも優しくなったし、愛情も感じはする。

  だが、それ以外の要因が光司の心を疲弊させていた。

  素直に「幸せだ」と闇珠に言いたかったが、そう断言出来ないだけの苦労はある。

  そして、まさにその苦労の最たる存在が、目の前から歩いて来た。

  ジャジーラは側室の半分以上を連れて、まるでその頂点であるかのように先頭を切って歩いていた。

  「あら?まさか真っ昼間から、お妃様がスウェイド殿下の宮殿で、堂々と浮気なさってるのかしら?何て、大胆だこと」

  「闇珠は親友ですから」

  「こんなに立派なアルファのライオンと手を繋いで、オメガのお前が親友などと、よくもぬけぬけと!この淫乱なオメガの野良が!」

  「……おい、お前。今、何と言った?」

  闇珠の喉がグルル、と獰猛な唸り声を洩らした。

  獣化を窺わせるような、強い怒りのオーラを発していた。

  黒獅子の戦闘能力は、どの獣よりも高い殺傷力がある。

  それは、今も狩りをし、野生と共にある生活が、獰猛な本能を維持し続けていたからだった。

  「そこのお前に聞いてるんだ。光司に、今、何と言ったと聞いている」

  「わ、私は……」

  「俺は黒曜王国の王子である。お前が誰であろうが、王子として正式に決闘を申し込んでも構わないんだぞ。……何なら、今ここで噛み殺されたいか」

  王族の決闘は神聖なるものであるので、それがオスだろうが、メスだろうが、止め立てする者はいない。

  闇珠の格闘に長けた戦士としての威圧が、ジャジーラの獣性を完全に抑え込んでいた。

  尻尾を巻くようにして、逃げ帰るジャジーラ達に、光司はホッと安堵の息を吐いた。

  「何なんだよ~、もう、闇珠~!今から決闘が始まっちゃうかと思っただろ~!」

  「お前の為なら、いくらでも闘ってやる。光司を侮辱するような奴らは許さない」

  「……やだ……。闇珠、惚れちゃいそうよ、俺……」

  「惚れても良いぞ?」

  「アルファよりも強いオメガって、マジでスゲーんだけど!闇珠って、本当にオメガなのかよ?!」

  「俺は黒龍以外には負けた事がないからな。あの程度の奴らなら、全員で束になって掛かって来られても、打ち負かしてやるぞ」

  「闇珠、カッコいい~!」

  光司が闇珠の腕にしがみ付くと、闇珠は先程までのその勇ましい口振りとは打って変わって、苦し気に口を押さえながらしゃがみ込んだ。

  その浅黒い肌の色からは分からなかったが、恐らく顔色も良くはない。

  額からは、脂汗が滲み出ていた。

  「あ、闇珠?具合、悪ぃのか?」

  「すまない。……ちょっと休ませて貰えるか?」

  「こっち!こっち!早く横になって!」

  光司は部屋に入ると、闇珠をソファーで休ませ、毛布を掛けてやった。

  旅の疲れもあってか、闇珠は光司と話している途中から眠ってしまった。

  その寝顔を見ていると、光司にも睡魔が襲って来て、闇珠の枕元に臥せるようにして寝入ってしまった。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王2-①]

  黒曜王国の王子の来訪とあって、夜は晩餐会が開かれる事となった。

  黒龍がダンスは得意ではない、と言ったからか、宴は舞踏会から食事会に切り替わった。

  光司はそれは黒龍なりの、闇珠の体調を気遣ってなのであろう察しはついた。

  黒龍が今、花嫁探しをしているという噂はヴァリューカ王国にも届いていて、年頃の娘を持つ大臣達は挙って黒龍に話し掛けようとしていた。

  だが、そうして縁談を持ち込む王族達には「我ら兄弟共に、光司を妃にと望んでいたので、それ以外は今は考えられない」と言って、それらをやんわりと断っていた。

  黒龍は光司の存在価値も上げようとしてくれていたのか、それ以降、光司を見る大臣達の目付きが変わった。

  どこまでも根回しに気が回る黒龍は、本当に外交的に優れた王であると言えた。

  晩餐会での席は、ざっくばらんにという主旨から、立食形式となった。

  スウェイドは本殿に出入りを禁じられている側室達に捕まり、ここぞとばかりに群がられ。

  その間、追いやられ、独りで呆然と立ち尽くしていた光司は、黒龍にエスコートされるようにして引き寄せられた。

  「光司とスウェイドの結婚式は、いつの予定だ?」

  「俺がまだ、色々と勉強中だからさ。3ヶ月位先って言ってたかな?そこら辺りは、俺、あんまりタッチしてなくて」

  「闇珠から、少し聞いたんだが、大変なようだな。色々と」

  「まぁ、色々と、な」

  「乗り越えられそうか?」

  黒龍は小声で、珍しくふざける事なく、真面目な面持ちで問うた。

  闇珠から聞いたとあれば、側室との確執は、ある程度、知り得ているだろうと思われた。

  「スウェイドを愛し続けられるか」

  「黒龍様……」

  「力こそが正義であるヴァリューカでは、弱き者は退き、強き者が生き残る。お前は、そんな国でスウェイドへの愛を貫けるのか?」

  「……正直言うと、自信ないかな。俺達だけの問題じゃない事が多過ぎて」

  「闇珠からも聞いてはいるだろうがな。本当に辛ければ、俺達がここを去る時にお前を連れて帰ってもいいぞ?」

  黒龍とスウェイドは、昔からの親友ではある。

  ここで黒龍に無理を言って、二人の友情にひびを入れたくはない。

  たとえ黒龍の手を借りて、黒曜王国に連れて行って貰ったしても、スウェイドは追いかけて来るだろう。

  逃げても、逃げても、どこまても追って来る。

  そんな事になれば、スウェイドと黒龍は恐らく闘いになる。

  親友である黒龍達に、そんな真似をされられない。

  俯く光司を見て、黒龍はクスリと笑いを漏らした。

  「そんなに悩まなくて良いぞ、光司」

  「でも……」

  「スウェイドはああ見えて、不器用な奴なんだ。光司の思うままにすれば良い。スウェイドに愛されたいと思うなら、素直にお前も愛すれば良い。そのままのお前で、体当たりしてやれ」

  「そうか……」

  「闇珠としては、お前を連れて帰りたいと思っているだろうがな。お前一人の為に城を建てると言っているしな。……我が弟は、光司が愛しくて堪らないらしい」

  「お、俺も!闇珠が大好きだぞっ!」

  「両想いか。なかなかに妬ける」

  黒龍は光司の白い耳を撫でた。

  黒龍の優しさが切ない程に嬉しい。

  スウェイドからも、そんな風に愛して貰えたら。

  自分だけが特別なのだと。

  他はいらないと。

  その言葉を欲しているのが、この黒獅子には分かるのか。

  黒龍のその優しさに、光司の大きな瞳からは、いくつもの滴がポロポロと溢れ落ちていた。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王2-②]

  ヴァリューカ王族総出での、立食の晩餐会だったので、黒龍と光司の会話は周りの雑音に紛れて、獣の耳をどれだけ凝らしてもスウェイドにはほとんど届かなかった。

  おまけに横からは、大臣や側室が次から次へと話し掛けて来るので、余計に聞き取れない。

  終いには、光司が泣き出したのを黒龍が慰め始めたので、スウェイドの怒りは頂点に達してしまった。

  スウェイドは近くにいた闇珠を捕まえて、苛立たしく問いただした。

  「闇珠。黒龍の妃の話は、どうなった?」

  「えっと……それは……。一応は、決まったものかと……」

  「後宮はどうするんだ?」

  「……それは、兄も王になれば何人かは……もしかしたら入る事があるかも知れませんが、ひとまずは父上が集められた姫達は帰されました」

  「そうか」

  では黒龍は、何の為にヴァリューカ王国へ来たのか。

  貿易ならば、一番密に国交のある黒曜王国との間には今のところ何の滞りもなく、輸出入は行われている。

  黒龍は以前、光司を納得させてから自分のものにしろと言っていた。

  よもや、それが成されていなければ、黒曜王国に連れて帰るつもりなのだろうか。

  目の前の光司は、さっきまで涙を流していたのに、今は何故か笑顔だった。

  あんな表情は自分には見せた事がない。

  そう考えたら、もう駄目だった。

  スウェイドは周りを振り切り、光司と黒龍を見る事なく、大広間から出て行った。

  今、二人の元に行けば、確実に獣化し、黒龍と闘う事になる。

  見てはいられなかった。

  自分の妃が自分以外のオスに、自分が見た事もない笑顔を向け、自分以上の想いを寄せる姿など。

  スウェイドが席を立って、出て行ってしまった。

  [[rb:招聘者 > しょうへいしゃ]]であるスウェイドが姿を消して、もう半時も経つと、気が付いた何人かは心配し始めていた。

  「黒龍様……。スウェイド、どうしたのかな?」

  「馬に水をやりに行くには長すぎる時間だな。ここは俺が場を持たせておくから、光司が見て来てくれるか?」

  「う、うん……。でも、俺、この宮殿の中って広過ぎて、あんまり把握してなくて……」

  「スウェイドの部屋とか、執務室とか、分かる範囲だけで良い。光司が探せなかったら、その時は大捜索だな」

  黒龍に言われ、一番近くの[[rb:手水場 > ちょうずば]]を見たが、そこにはいなかった。

  それからスウェイドの執務室へと向かった。

  黒龍に言われたように、ちゃんと話をしてみよう。

  自分も逃げる事なく、正直に言おう。

  スウェイドの妃にはなりたくない訳ではない。

  だが、後宮だけは嫌だった。

  多くのメス達と、スウェイドを共有したくはない。

  例え通わないとしても、後宮を存続させ続けるのなら、光司は故郷に帰る。

  だが、リエカとアブドルに関しては、世継ぎとその母としての誠意を払って欲しい。

  全てをすぐに聞き入れては貰えるかは分からなかったが、これから共に暮らしていくのなら、隠し事はしない方が良い。

  少しずつ歩み寄って、妥協点を探せば良い。

  そう決意して、執務室の扉を開いた。

  「スウェイド?……いるか?」

  基本的に光司はスウェイドの執務室には訪れない。

  特に禁じられた訳ではなかったが、ヴァリューカに帰国してから多忙を極めたスウェイドの仕事の邪魔をしたくはなかった。

  奥の部屋から、獣人の会話らしい声が聞こえたので、光司はそっとその扉を開いて覗き見た。

  スウェイドが、執務をこなすテーブルに後ろ手をついている。

  その息遣いは荒く、獣化しかかっているのか、犬歯が伸びていた。

  スウェイドの股間辺りに蠢くものがある。

  黒い頭髪がそこで揺れていた。

  スウェイドもその頭に突き挿れるように、腰を激しく前後させている。

  そこからは、ジュボッ、ジュボッと淫らな水音が聞こえていた。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王2-③]

  「ああ、ん、んぐぅ!……スウェ……イド、さまぁ!ん、んぅ!」

  「いつも美味そうに咥えるな、お前は」

  「美味しいっ、……美味しいですっ!……これは、今は、僕のモノ、ですよね?」

  「そう、お前のモノだ。たっぷりと味わって、飲み干すが良い。さぁ、もっと舌を使え」

  「いっぱい、……いっぱい出して下さい!これは、僕の……僕だけのぺニスだっ……」

  そのオスは、更に激しくスウェイドの男根をしゃぶりだした。

  その激しい粘着音と、男の頭の揺れや、スウェイドの腰の動きは、発情した獣同士の荒々しい交尾のようだった。

  スウェイドも喉の奥から、唸り声を漏らしながら、大きく腰を前後させ、突き上げた。

  口淫するオスも、喉奥までそれを受け入れながら、舌を絡ませる。

  口に入りきらないスウェイドの竿を右手で扱き、左手はその陰嚢を揉みしだく。

  オスである性を捨て、発情期のメスに成り下がり、スウェイドのペニスを貪っていた。

  その瞳は恍惚としていて、まるで尻に挿入されているように陶酔していた。

  スウェイドのモノを咥えた そのオスは、下衣から勃起した性器を覗かせていたが、触りもしていないのに射精したように蜜を溢れさせ。

  スウェイドは尻を引き締めて、一際激しくオスの喉へとぺニスを突きまくる。

  ビュー、ビューと噴出するような大量の精液を必死に喉で受け止めようとするも、あまりの量に口から溢れさせ、[[rb:嘔吐 > えず]]きながらも飲み干そうする。

  そして、そのオスは顔も喉も胸も、スウェイドの淫液まみれになった。

  「陛下ぁ、……もっとぉ……。今度は、お尻に挿れてぇ……」

  「淫らで、可愛い奴だ。……良いだろう。もっとくれてやる」

  スウェイドは再びオスの喉を犯し始めると、口を尻孔のように蹂躙されながら達してしまったのか、下肢を大きく震わせていた。

  光司は、もう何も考えられなかった。

  ゆっくりと扉を閉めると、その場を離れた。

  自らの歯がカタカタと鳴って、顎が痙攣している。

  震えは、顎からその全身にと走っていった。

  スウェイドは、ベータのオスの後宮は解体したと言っていたが、だからといってオスとの戯れを止めた訳ではなかった。

  いや、戯れではなかったのかも知れない。

  確か、「いつも美味そうに」、「可愛い奴」だとも言っていた。

  本命のオスは、あの獣人だったのか。

  光司に囁いていたあの甘い言葉は、偽りだったのか。

  あれ程に優しく、慈しむような触れ合いは夢幻だったのか。

  光司はそれすらも、もうどうでもよくなってしまった。

  精神の疲弊に限界が来ていた。

  リエカを愛していようが、あのオスを愛していようが、結局、肉体を求められるのは、そのどちらかでしかない。

  スウェイドを共有するのでもない。

  結局自分は、スウェイドの飼いネコでしかなく、子供を産むどころか交尾もしては貰えない、添え物だった。

  性欲の捌け口にもならない、飾り物だった。

  それから、どこをどう歩いていたのか自分でも分からなくなり。

  光司は見た事もない部屋の隅で縮こまって、いつしか気を失ってしまっていた。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王3-①]

  黒龍の機転により、騒ぎはさほどには大きくはならなかったが、光司の行方だけは不明のままに、晩餐会を終えた。

  召し使いが総出で捜索し、光司は来客の間の奥まった部屋の隅で発見された。

  体のどこにも異常がないようだったので、光司はすぐにスウェイドの部屋へと寝かし付けられた。

  うつらうつらとなりながら何度も現実と夢の世界を行き来し、はっきりと覚醒した時には、もう真夜中を過ぎていた。

  小さな明かりが灯される中、額に拳を当て、祈るような姿のスウェイドが目に入る。

  光司のすぐ横で、ずっとそうしていたのか、光司が目を覚ましてもしばらくは全く動かなかった。

  かすかに光司が動いた音に気が付き、スウェイドは顔を上げた。

  「光司……。お前は すぐに迷子になるから、一人で歩くなと言っただろう」

  『部屋から出るな。お前がうろうろしていると、愛獣人とセックスし辛くなる。』

  スウェイドの心配する言葉は、全て反転して、悪意に取れてしまう。

  「具合が悪かったのか?無理に晩餐会に出なくても良かったのに」

  『お前を連れて出る位なら、アイツを連れて行ってやりたい位だ』

  光司の中の猜疑心が、スウェイドの別の声を聞かせる。

  「どうした?光司?医者を呼ぶか?」

  「いらねーよ。邪魔して悪かったな」

  光司はむくりと起き上がると、ベッドから降りた。

  「ちょっと待て!お前は倒れてたんだぞ?今日はゆっくり寝ていろ!無理をするな」

  「ここはあんたのベッドだろ。寝るのは申し訳ないよ」

  「お前のベッドでもある。……何故、そんな事を言う?」

  「あんた、相手を間違えてんじゃねーの?俺のベッドって言えば、本来はネコ用だろ?ペットと寝床は別にした方がいいぞ」

  「何を言ってるんだ?意味が分からない」

  「俺みたいな飼いネコと遊んでるより、さっさとベータの愛獣人でも、恋獣人でも、ここに連れて来たら良いっつってんだよ!邪魔したな!」

  光司は、吐き捨てるように言い切って、部屋を飛び出そうとしたが、その腕をスウェイドに掴まれた。

  「お前以外に愛獣人だの、恋獣人だのはいない!私がこれだけ尽くしても分からないか!」

  「ああ!分からないね!さっさと子供を作ってるわりにはメスが嫌いだとか!いつまでも後宮を残して、毎日ドロドロした嫌がらせの中に俺を放置するのもな!召し使いまで俺をいたぶるとかな!」

  側室達の嫌がらせの全てを逐一報告した訳ではない。

  スウェイドにしてみれば寝耳に水だったかとは思ったが、言い出したら途中から止まらなくなった。

  スウェイドも光司から聞かされる現実に、絶句してしまった。

  「いつも隠れてこそこそとセックスしてたオスをどうぞ連れて来いよ!思う存分、セックスでも交尾でもしてりゃぁ良い!俺と違って、可愛いらしいからな!出てってやるから、もう勝手にしろ!」

  「違う!光司!誤解だ!」

  「そうだな。誤解してたよ。俺みたいなネコがお妃様になるなんてよ。馬鹿みたいに騙されてた。もうリエカさんが世継ぎを産んでくれてんだから、あんたの好きなベータのオスでもお妃様にしたら良い!」

  光司はスウェイドの手を振り払い、部屋を出て行った。

  追いかけたくても、スウェイドの足はまるで凍てついたように動かなかった。

  スウェイドは、自らの想いが通じてはいなかった、その現実に愕然とした。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王3-②]

  光司は、夜番で起きていた召し使いに、旅支度を手伝って貰った。

  召し使いも初めは、それを聞き入れて良いものか躊躇していたが、光司から「新しいお妃様が、近い内に御披露目されるから出て行けと言われた」と説得され、渋々用意し始めた。

  王が気紛れで連れて来た野良ネコの光司なら、さもありなんと説得力があるのは仕方がない。

  旅支度の用意をする間、最後に黒龍と闇珠へ挨拶をしておきたくて、光司は黒龍が寝泊まりする客間へと訪れた。

  流石に夜中の訪問は気が引けたが、夜が明けて、スウェイドに難癖付けられる前には、この宮殿を出てしまいたかった。

  だが、光司はおずおずとノックしても、何の反応もない。

  何度小さく叩いても返事がなく、これ以上、真夜中に戸を叩くのは忍びなかったので、光司はそっと扉を開けて中へと入って行った。

  「あの、……黒龍様?寝てたらごめん。……ちょっと、起きて……」

  光司が寝室の扉を開けると、そこには想像もしていなかった光景が広がっていた。

  大柄のオス二人が、裸で縺れ合っている。

  どちらもさして変わらない体格のアルファに見えたが、大きく足を拡げさせられた方は、その股間を貪られるようにして蹂躙されていた。

  口では雄根をしゃぶられ、その奥の尻孔には指が挿入され、掻き回されている。

  下になっている男は、大きく腰を回し、その快楽に蕩けさせられていた。

  それはもう、熱烈なる情交だった。

  「いやっ、あ、……あぁ!駄目ぇ!黒龍っ!やっ、やぁ!……指、挿れ、挿れないでぇ!」

  「闇珠、お願いだから、な?もう何日、我慢していたと思う?!俺の城に来る前からだぞ?もう、何ヵ月もだぞ?俺もよくぞ獣化しなかったものだ」

  黒龍は、闇珠を宥めようと、伸び上がり、その顔中のあちこちに口付けた。

  それはもう、愛しくて堪らないと言った情愛に満ちていた。

  「でも、ここはスウェイド様の城で……。あぁ~!いやぁ!それ、挿れたら、いやぁ!」

  「全部は挿れないから。少しだけだから!……お願いだ、闇珠。もうこれ以上、我慢してたら、本当に獣化してしまう」

  「いやぁ!挿ったら、駄目ぇ~!あぁ~!」

  「だが、闇珠のここは俺を悦んで受け入れているぞ?俺をまるで揉み込むようにして……あぁ……凄いな」

  「やっ、あぁ!あぁ!……あんっ、……駄目、駄目!駄目ぇ!突かないでぇ!……赤ちゃんが、流れちゃう~!」

  「えぇぇぇぇぇぇぇっ?!赤ちゃんーーーー?!」

  光司は、思わず絶叫してしまった。

  目の前の性交に耽る黒獅子の兄弟も、固まってしまい、唖然として見つめ返していた。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王3-③]

  ソファーには、ガチガチに固まった光司と。

  その向かい側には、怒りで顔を膨らませている闇珠と、平然と足を組む黒龍が座っていた。

  黒龍は、愛する闇珠との睦み事を邪魔されたわりには、ご機嫌だった。

  「あ、あの、黒龍様……。邪魔してゴメンな」

  「まぁ、一度は射精させてくれたから、ちょっとは落ち着いたし、気にするな」

  「ほ、他の者の前でするとか!あ、貴方には羞恥心というものがないのかっ!」

  黒龍は、光司が見ている前で「ちょっと待ってくれ」と言って、闇珠に何度か腰を突き挿れて射精を遂げたのだった。

  それには闇珠も激怒したが、とにかく溜まりまくっていた黒龍は、背に腹は変えられない状態だった。

  その射精している時間の長さには、光司もいつ終わるのだろうと呆れてしまう程だった。

  「知らなかったよ。闇珠の運命の番が、黒龍様だったなんて」

  「俺はこれが生まれた瞬間から分かっていた。運命の番は、出会えば必ず惹かれ合う。だが、闇珠はなかなか納得してはくれなくてな」

  「黒龍には、相応しい王族の姫がどこかにいると、ずっと思っていたから……」

  闇珠の生まれた瞬間から、恋に落ちた黒龍は、弟が成長するのをひたすらに待った。

  美しく、逞しく育った闇珠もまた、黒龍を愛してはいたが、血の繋がり故に身を引いた。

  闇珠はオメガであったので、黒龍程に鼻が利かず、『運命の番』である感覚がなかった。

  黒龍もまた、闇珠を諦めようと足掻いた頃もある。

  スウェイドと共に西のデランダに留学していた時代は、放蕩の限りを尽くした。

  だが結局は他の獣人とセックスをすればする程に虚しくなり、やはり自分には闇珠しかいないのだと知らされるばかりだった。

  闇珠は、黒龍からの求愛を拒めなかった。

  二人の初めての愛の営みは、運命の番にしか感じられない、恍惚の極みだった。

  そのあまりの快感に闇珠は、『番の印』である後ろ首の噛まれたのすら分からない程、悦びに酩酊していた。

  どれだけ、美しい姫を娶ってくれと言っても聞き入れようとはしない黒龍に、闇珠も遂には折れた。

  黒曜王国に命を懸けても連れて帰ると、父王に約束し、連れて帰ったは良いが、当の黒龍は『妃には闇珠を迎える』と公言してしまい。

  その時には、闇珠の腹には子が宿っており、父王も反対する訳にも行かなくなった。

  元より、黒獅子の子孫を残す事が何よりの尊き掟である黒曜王国は、血が濃いというのですら些末な問題だった。

  闇珠には毎年、子供を産ませてやると断言した黒龍は、父が集めた妃候補の全員を追い返してしまったのだった。

  「黒龍様……知能犯……」

  「そうだろう?!そうだよな!光司もそう思うだろう?黒龍は、俺を番にと決めておいて、留学先では遊びまくってた外道なんだ!」

  「……闇珠……。あの頃の俺だって、苦悩していたんだ。それでもやはり、お前以外とは愛し合えないと足掻いて、今まで誰の中にも射精していないんだぞ」

  「やるだけやっておいて!何を言うか!」

  「これからはお前にしか挿入しない。だから許してくれ」

  「股間を切除してしまえ!」

  「そうしたら、お前と愛し合えない」

  「俺は……交尾だけが、黒龍との愛を確認する手段だとは思っていない。黒龍の存在自体が、俺の生きる意味だから」

  「あぁ、闇珠……。なんと愛おしい……」

  二人の様子に、光司は呆れて物も言えなかった。

  だが、羨ましい。

  想う相手に想われる幸せは、何物にも代え難い喜びがある。

  光司も、晩餐会までその喜びを感じ、確信しているつもりだった。

  スウェイドが本当に愛しているのは、リエカなのか、口淫をさせていたオスなのかは分からないが、どちらにしても もう光司が妃になる事はない。

  光司は、明け方にはヴァリューカを出る決意を、黒龍に告げた。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王4-①]

  光司は、ただ愛したオスの側に、自分だけの『居場所』が欲しかった。

  それは慎ましく、ささやかでも良い。

  お互いの存在があれば良かった。

  だが、光司の愛したオスは、光司一人だけのものではなく、多くの側室や愛獣人を囲う一国の王だった。

  今となっては、スウェイドが本当に妃として自分を欲していたのかは、もう分からなくなってしまった。

  黒龍は、光司の話を黙って聞いていた。

  「愛しているんだな。スウェイドを」

  「愛してたって、どうにもならねぇ事もあるよ。俺が何でも言う事を聞く可愛いメスなら良かっただろうけどな。……オスだし」

  「この国を出る手助けをしようか?光司」

  「でも、それは黒龍様に迷惑が……」

  スウェイドの怒りようによっては、闘いにもなりかねない。

  それも私闘では済まずに、国同士の戦となる恐れもある。

  プライドの高いスウェイドが、妃にすると公言している光司を奪われて黙っているとも思えなかった。

  例えそれが、愛玩するペットのような妃ではあったとしても。

  「そもそもこの旅行は、闇珠が『光司の幸せを見届けなければ、結婚しない』と言い張ったからだからな。光司には幸せになって貰わなければ困る」

  「そうだぞ。光司」

  闇珠は光司の側に回り込んで来て、隣に腰掛け、その小さな肩を抱き寄せた。

  これだけ、筋骨隆々とした立派なオスの闇珠も母となるのかと思うと、光司も複雑な気持ちになる。

  光司は思わず無意識に、闇珠の下腹を撫でた。

  その優しい仕草に闇珠は堪らなくなって、光司の膝裏に手を掛け、自らの膝の上に横抱きにした。

  「俺が納得するように、絶対に幸せにならなければ許さないぞ、光司。お前の納得のいく『居場所』を見付けるまで見届けてやるからな」

  「闇珠ぅ~」

  「可愛い、俺の光司……」

  「ちょっと。お前達は恋人同士じゃないんだぞ?いくら何でも、夫の前でそれはないだろう、闇珠」

  「嫉妬するか、黒龍」

  「相手が光司でなければ、殺している」

  「俺だって、お前の歴代の恋人達を殺して回りたいよ」

  「だから……もう、それは許してくれ……闇珠」

  黒龍の情けない姿に、闇珠は気を良くしたのか、光司を抱いたまま黒龍の隣に移動し、その頬にキスをした。

  初めての闇珠からのキスに獣化しそうな程、興奮した黒龍は、膝の上に光司がいるのも構わず、濃厚なキスを仕掛けて来た。

  新婚だから仕方ないか、と我慢していた光司だったが、しばらくして申し訳ないとばかりに黒龍から顎を撫でられて、ゴロゴロと喉を鳴らして悦に入った。

  「確かに俺の側室にする、という言い分では、スウェイドも激怒するだろうな」

  「ケンカはしないでくれよ」

  「分かっている。……それならば、スウェイドの手の届かない、だが身元のしっかりとした獣人の元へ預けてやろう」

  スウェイドが手の届かない場所は、この地の最果ての地、北の公爵領だった。

  寒がりなネコの光司には過酷な道行きとなる。

  それでも、スウェイドの手が及ばない場所なら、誰にも迷惑をかける事なく、そこが安住の地となるかも知れない。

  「北の公爵……様?俺が突然に行っても大丈夫なのかな?」

  「行きだけは俺が付いて行ってやろう。キース公爵は、外からの獣人を絶対に受け入れない。だが、受け入れたものは、手厚く歓待してくれる」

  「黒龍様は、キース公爵に気に入られてんだ?」

  「たまたまな。珍しく西に来た時、酔っ払って踊ってやったのが、お気に召したらしくて、一時は妻にならないかと言われていたな」

  「「つ、つ、つ、妻ーーー?!」」

  これには闇珠も驚いて、声を上げた。

  「その時は女装してたものだから、大柄なメスのアルファだと思ったらしい。キースは、珍しい物好きのあまのじゃくなんだが、多分、光司は気に入られる」

  「え?そうなの?」

  「俺の勘は外れない」

  「それなら、良いんだけど……」

  「問題は、キースがまた俺を妻にしたいと言い出して、黒曜に帰してくれるか心配なんだがな」

  「それは困る!」と言って、それには闇珠が狼狽した。

  自分も黒龍に付いて行くと言い出したが、流石に極寒の地への道のりは、妊婦の体に障ると言って、黒龍は聞き入れなかった。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王4-②]

  スウェイドに咎められる前にはこっそり城を後にしようと思っていた光司だったが、黒龍に連れられて行くともなるとそういう訳にはいかなかった。

  おまけに北へ向かう装備を揃えなけれなならず、それには更に時間を要した。

  黙って出て行くのは追いかけてくれと言うのも同じだと説き伏せられ、光司は黒龍の言う通りにスウェイドと話をする事になった。

  部屋の中央には、不遜なる態度で足を組むスウェイドが座していて、思わず光司は黒龍の背中に隠れてしまった。

  その光司の姿がまたスウェイドの怒りに火を点けてしまい、その喉からは怒りに満ちた絞るような獣の唸り声が漏れ聞こえた。

  「光司から話を聞いたが、どうやら光司はお前の妃にはなりたくないようだな」

  「それは光司と私の問題だ。部外者には関係ない」

  「俺は以前に言った筈だぞ?スウェイド。光司を手に入れたければ、振り向かせてみせろと」

  「お前は光司の父親か?何の権利があって、そんな事を言う?光司は私のものだ。誰の指図も受けん」

  「だが、光司は俺を後見人として認めてくれてはいるからな。俺の勧めで、ある人物の元へ嫁がせようかと思う」

  「何だとっ?!」

  「まだ妃として籍を入れてもいないお前には、何の権限もない。これは俺の一存ではなく、光司の意向でもある」

  「許さん!」

  スウェイドの唸り声の声量が跳ね上がった。

  獣化しかかっている。

  黒龍という勇猛なアルファを敵と見なして、獣化し始めていた。

  「俺と闘うか、スウェイド。お前は確かにこの国では最強だろうが、闘う事を生業としている国の王子である俺と争うのならば、命を賭けねばならんぞ」

  「お前は、私の妃を奪おうとする盗人だ!黒龍!最早、親友ではない!」

  「それ程までに光司を奪われたくなかったのなら、何故、大切にしなかった?!何故、光司だけを愛してやらなかった?!」

  「愛している!光司だけだ!他は何もいらない!大切だからこそ、手出し出来なかった!」

  愛しくて、愛しくて。

  もう、初めての時のようには傷付けたくなくて。

  ひたすらに、優しく、包むようにして、安心させて。

  光司が本当に自分を愛するようになるまで、いつまでも待つつもりだった。

  それがたとえ獣化する程に、飢えて苦しむ事になっても。

  だが、自らが思うようにならなかったのは、スウェイドを取り巻く周りが慣例に囚われ過ぎていたからでもあった。

  「後宮は手筈を整えて、先日、解体を告げた。今、残っているのは聞き入れずに勝手に居座っている者だけだ。次に通告しても聞き入れなかったら、もう後宮の建物自体を潰すつもりだった」

  「スウェイド……。どうしてそれを光司に言ってやらない?」

  忙しい中でも、スウェイドは光司を迎える為に動いてはいた。

  それを言えなかったのは、スウェイドの不器用さと、意地が邪魔をさせていたからだった。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王4-③]

  こんな運命的な出会いが、自分に訪れるとは思ってもみなかった。

  王位を継ぐ者として生まれ。

  常に頂点に立つ王者としての信念のままに、生きて来た。

  こんなに小さな愛しい命を壊してしまわないように、優しく接する方法なぞ知らなかった。

  愛し過ぎて、どうしたら良いのか分からない。

  望みを全て叶えてやる位しか思い付かなかった。

  スウェイドの獣化を堪えながらの心中の吐露に、光司は絶句した。

  自らの口を手で覆い、体の震えが止まらなかった。

  弱音を吐く事をよしとしなかったタイガーの王は、ただ単に不器用で優しいオスだった。

  分かってはいた筈なのに、それを受け止めてはやれなかった。

  「光司を連れて行くと言うのならお前を倒すしかない!獣となれ!黒龍!」

  「どうしても、俺と闘うか!」

  スウェイドの体が盛り上がると同時に、黒龍の体もまた、連動するかのように筋肉量が増大する。

  服は引き千切るように破れ、身体中の毛が覆い繁り、口は耳に向かって裂けていく。

  人型の物とは違う歯ではない、牙が生え尖り。

  四つ足の大きな獣となって、二匹は対峙した。

  全身が艶やかな黒い毛で覆われた黒いライオンは、豊かな[[rb:鬣 > たてがみ]]を優雅にたなびかせていた。

  恐らく地上でも最大だろうそのライオンよりも、相対するタイガーは一回りは大きかった。

  ゆうに3メートル半はあろうかというその巨体は、タイガーという種を越えた存在だ。

  均等に配分された黒と金色の縞模様は、均等に配分され、美のシンメトリーを極めていた。

  完全に二匹が変化を終えた瞬間に、激突するようにぶつかりあった。

  最強のオスのアルファ同士の決闘に、光司は腰を抜かしてしまっていた。

  愛している。

  光司だけだ。

  他は何もいらない。

  大切だからこそ、手出し出来なかった。

  本当に自分を愛するようになるまで、いつまでも待つつもりだと。

  獣化する程に、飢えて苦しむ事になっても。

  光司が受け入れてくれるのを、待つつもりだった。

  不器用なタイガーは、愛し過ぎたネコに臆病になっていた。

  この闘いは、あってはならない。

  どちらも光司を思っての事で、諍いを起こして欲しくない。

  光司は、腹の底から力を迸らせるようにして、絶叫した。

  「やめて!やめてくれっ!今すぐやめねーと、お前らの間に入って行くぞ!俺を殺す気か!」

  そう予叫んでから、光司は固く目を瞑って二匹の間に飛び込んだ。

  まさに互いが、その喉元に噛み付こうとした瞬間、懐に飛び込んできた白いネコの姿を察知して、二匹は固まってしまった。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王5-①]

  「えっとな!ちょっと、ここは一つ整理しよう。まずは、黒龍様。一旦、スウェイドと話がしたいので、ヴァリューカを出るの、ちょっと待ってくれるか?」

  黒いライオンは、まるで相づちを打つようにして「グルル」と応えた。

  「スウェイド。あんたもな。ちょっと、ちゃんと俺に説明しろ。……ていうか、考えたら俺も言葉が足りなかったわ。ごめん」

  スウェイドは光司の頬を、その大きな舌でペロリと舐めた。

  突然、始まったアルファ同士の格闘に恐れをなして控えていた召し使い達を光司が呼び寄せ、荒れた部屋を片付けるように命じた。

  すぐに闇珠も呼んで、黒龍を引き渡した。

  闇珠は察してくれたのか、深くは聞いて来なかった。

  「闇珠。黒龍様、獣化しちゃったんだけど、大丈夫かな……」

  「黒龍の事は任せろ。実は、ここだけの話、戻る方法が他にもある」

  「え?!本当に?」

  闘って闘気を発散するか、セックスをして性欲を晴らす以外に戻る方法があるという話は初めて聞いた。

  闇珠はニッコリと朗らかな笑みを浮かべて言った。

  「実はな。この姿でも、20日程過ぎると自然に人型へと戻れるんだ。だから、別にこのまま置いていても問題はない」

  「マジでか!」

  二人の会話を聞いて、黒龍は「クゥーン」と子犬のように鼻を鳴らした。

  そして、それは嫌だと訴えるようにして、闇珠の股座へと鼻の頭をねじ込むようにして、じゃれついた。

  ライオンになった黒龍には闇珠も優しいのか、その豊かなたてがみに顔を埋めて撫でてやる。

  闇珠が黒龍を連れて帰り、光司もまたタイガーの姿であるスウェイドを自室にまで連れて帰った。

  大きな天蓋付きのベッドに向かい合わせで座り、暫しの沈黙が流れた。

  「えっと……なんだな。あんたの言い分をちゃんと聞いてやりたいんだが、……今は喋れないか」

  「ガウ」

  「だよな。20日後にするか?」

  「ガウ!ガウ!ガウ!」

  「嫌だよな。まぁ、俺もそこまで待ってたら、出て行きたくなっちまうわ」

  「グォォォ!」

  獣化を解くには、スウェイドの欲望を発散してやらねばならない。

  今すぐ、ここで?

  そう現実的に想像してしまい、光司の全身に流れる血が沸騰した。

  股間がキュンと熱くなる。

  スウェイドの座る足の間には、狂暴な形をした獣のぺニスが見えた。

  巨きい。

  そう思った瞬間に訪れてしまった。

  オメガの性には抗えない、発情期が。

  その爆発するようなフェロモンは、辺りに鱗粉を撒き散らすようにして放たれた。

  スウェイドは、人型の時よりも何十倍もの嗅覚でそれを吸い込んだ。

  そして、まさに雄叫びというような凄まじい咆哮を上げた。

  スウェイドの雄は、光司の発情に釣られ、恐ろしい程に勃起している。

  獣としての本能が、激甚たる欲望を掻き立てた。

  その相貌も光司を喰い尽くそうとばかりに歯軋りをし、獰猛なる唸り声を上げる。

  だが、必死に顔を振って、その沸き上がる欲望に耐えていた。

  獣の肉体でも尚、スウェイドは光司を傷付けまいと自らを抑え込んでいた。

  そんなスウェイドが愛おしい。

  光司は、もうそんな感情を認めない訳にはいかなかった。

  光司がゆっくりと近寄ると、スウェイドが後退りする。

  それを逃したくはなくて、光司は思いきってスウェイドへ向かって飛び付いた。

  「グォオ!」

  「こら!逃げるな!」

  スウェイドの発する言葉は獣の声ではあったが、その意味は光司にも伝わっていた。

  離れなければ、襲ってしまう。

  早く退け、そう言っているのは分かっていた。

  だが、光司はスウェイドから離れたくはなかった。

  これからもこのタイガーと暮らしていくのなら、この姿は受け入れるべきものだ。

  そして今は、この姿もまた愛しく思えた。

  感情は言葉にしなければ伝わらない事があるのは、光司もこの度の事で思い知った。

  「スウェイド、したい?」

  「グルル……」

  「してもいーぞ?……えっと……優しくしてくれるなら」

  「グオォ?!」

  まさに大きなネコだ、と光司は思った。

  スウェイドはその縞模様の尻尾を千切れんばかりに振り回し、光司の体に飛び掛かるようにして押し倒した。

  そして、光司の体臭を満喫するようにして、その身体中の匂いを嗅ぎまくった。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王5-②]

  スウェイドは器用に光司の体の匂いを嗅ぎながら、その服を脱がしていく。

  光司の服が柔らかな素材であった事もあるが、獣の口にしてはやたらと脱がすのが上手かった。

  服を裂くにしても、ゆっくりと、光司を怯えさせないように、少しずつ剥いでいく。

  そうやっていつの間にか、光司を纏う全ての衣を取り払ってしまった。

  「やだ……。何なんだよ、あんた……。獣のくせに簡単に服 脱がせやがって。も、もしかして、い、色んな奴の服を脱がせてきたからだなっ!」

  「ガウっ!ガウっ!」

  「違うとか言うな!空々しいんだよっ!」

  獣であるスウェイドと、会話が成り立っている。

  まるで、運命の番であるかのように。

  スウェイドのザラついた舌が、光司の唇をペロリと舐めた。

  光司もお返しにと、スウェイドの鼻の下にキスしてやった。

  それに気を良くしたスウェイドは、光司の全身の余すところなく舐めてやった。

  光司はくすぐったいのに弱いのか、キャッキャと笑いが止まらないようだった。

  首筋は特に弱いのか、肩を窄めて笑っていた。

  鎖骨から乳首へと舌が降りると、途端に その笑い声が艶声に変わる。

  スウェイドは舌の先端で、乳頭の先を弄くるようにして舌を踊らせる。

  その先の割れ目が特に敏感なのか、そこをグリグリと捏ね回すようにしてやると、光司の腰が妖しく揺れ始めた。

  「やっ、いやぁ!胸ばっかりっ……。もう、やぁ!」

  光司は堪らなくなってスウェイドの獣頭を押し退けると、自らの薄い腹筋が誘うように揺れていた。

  その頃には光司の性感もかなり開放的になり、スウェイドが腹筋や横腹を舐めても、先程までの笑い声から変わって喘ぎが口を突いて出始めた。

  光司の股間からは、得も知れぬ甘美なる薫りが立ち上っていて、スウェイドの獣欲を更に掻き立てる。

  いつも以上の甘い薫りが、更に濃厚になって、スウェイドの鼻をくすぐる。

  堪らなくなったスウェイドは、そのしっとりと濡れて勃ち上がった雄芯をザラついた舌で舐め上げた。

  「にゃ、はん!や、あぁ!……あぁ!……んんっ!」

  光司の欲望の先端から溢れる蜜は、スウェイドを更に猛々しいケモノにした。

  長く巨きな舌は、その下にある2つの嚢から雄先までをベロリ、ベロリと舌で辿る。

  玉が下から持ち上げられ、その先端まで何度も『ねぶる』ようにして愛撫した。

  その烈しい舌使いに、光司は悶絶するような絶頂を迎え。

  陰嚢から押し上げるような射精感が襲い、先端の割れ目から撒き散らすようにして精液を噴き出した。

  「あぁ~~~~っ!」

  その迸らせモノすらも、スウェイドは舐めて、舐めて、舐め尽くす。

  そしてまだ足りないとばかりに、光司のぺニスに喰らいついた。

  [newpage]

  [chapter:愛されたがりの暴君王5-③]

  「もう、やっ……。スウェイドォ……。痛い。そこ、痛いよう~。もう、舐めないでぇ」

  あまりに敏感なそこばかりを舌で弄り回されると、性行為には不慣れな光司は流石に痛みを訴えた。

  そのピンク色をした幼いぺニスは、皮が薄く、摩擦にも弱い。

  スウェイドは、光司の体をコロンとひっくり返し、尻を持ち上げるようにして臥せさせると、小さな双丘の間から慎ましやかな窄まりが表に現れた。

  ぶわっと、再びフェロモンが辺りに巻き散らかされたような気がして、スウェイドは陶然とした。

  そしてその孔へと、鼻先を押し込んでクンクンと嗅ぎ始めた。

  「なっ、いやっ……!どこ、嗅いでんだよぉ!馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁ~!」

  「グルルッ……」

  「え?ウソッ……、あぁ!」

  クチュン、と音がして、尻に違和感を覚える。

  スウェイドの舌が、光司の尻孔をヌルリと割って忍び込んだ。

  恐ろしくスムーズに入ったのは発情期だからか。

  獣の舌が中の愛蜜を舐めほどくようにして、柔襞の中をヌルヌルと出入りをする。

  グルリ、と舌を回すようにして壁を一周させると、光司の口から嬌声が上がった。

  「にゃぁぁぁぁぁん!」

  「ウガァァ!」

  「舌、……やぁ!やぁ!ひゃぁん!」

  「グォォォ!」

  尻から、グチュン、グチュンと淫らな蜜の溢れる音がして、光司は耳を塞ぎたくなった。

  スウェイドの唾液だけではない、光司の感じているが故の淫液が、溢れて、溢れて止まらない。

  スウェイドの舌に踊らされるようにして、光司も腰を突き出すようにして上下にうねらせた。

  いやらしいオメガだとは思われたくない。

  そうは思っても、体がいう事をきかない。

  孔を見せ付けるようにして腰を振りながら、光司は涙を流した。

  「やだっ、……こんなの、俺じゃ……俺じゃないっ!な、何でっ、腰が、止まんな……。あぁ~!」

  光司が絶頂に登りつめようとする直前に、スウェイドは舌を引き抜いた。

  その刺激だけでも軽く達してしまった光司は、ぽっかりと開いた蜜口をヒクヒクと震わせていた。

  スウェイドが背後から、光司の耳元で囁いた。

  挿れても良いか、と確認しているように聞こえた。

  光司は、小さく頷いた。

  その秘所は、緩み、しとどに濡れてはいたが、スウェイドのとてつもなく巨きいぺニスを受け入れるには、まだ恐れがある。

  巨きいだけだはなく、その形状もまた獰猛な形をしていた。

  ネコ科の獣特有の、必ず孕ませる為の突起が、ネコである光司が受け止めるには過酷ではあった。

  それでも、スウェイドの妃になると決意したからには、その体ごと共有したい。

  たとえ人型だろうと、獣型だろうとも。

  その雄蕊を受け入れた時、ズブリと突き刺す音が聞こえたような気がした。

  激痛が尻孔から走り、思わず体が前に伸び上がった。

  声を漏らすまいと歯を食い縛ってはいたが、あまりの痛さに喉を突いて悲鳴が溢れた。

  「痛いぃ~……」

  その愛する者の悲鳴は、スウェイドの中で全身を切り裂くような哀傷となって襲い、その身を苦痛に震わせた。

  [newpage]

  [chapter:最終章・オメガも愛を知る①]

  光司を苦しめたくない。

  光司を幸せにしてやりたい。

  光司の笑顔が見たい。

  ただそれだけの為に、今まで己の欲望をねじ曲げてまで、愛に殉ずる想いで無理強いしないという意思を貫いた。

  この魂が共にあってこそ、生きてきた意味がある。

  そんな命に出会ったと思った。

  絶対に、傷付けない。

  絶対に、絶対に、傷付けない。

  この『存在』は、自分の生きるの『意味』である。

  スウェイドは、光司への愛の言葉を絶叫した。

  獣の声帯では、獣人の言葉としては成さなかったが、それでも光司には判った。

  こんなにも愛されていたと。

  その願いは、奇跡となってスウェイドの元に降りて来た。

  それはまるで呪われた魔法が解けるように。

  光司に覆い被さるタイガーの肉体は、人型のものへと戻っていったのだった。

  自らの体内にある雄が変化を遂げたのを感じて、光司は後ろを振り返った。

  そこには美しい褐色の肉体を持つ、愛しいオスの姿があった。

  「スウェ……イド……」

  「光司。獣としての私をも……受け入れてくれたんだな」

  「だって、獣人としてのスウェイドも、スケベタイガーのスウェイドも、どっちもあんたじゃん。片方だけ、って訳にはいかねーだろ」

  「お前の心は広い」

  スウェイドは、光司の耳を甘噛みし、その剛直を最後まで突き挿れた。

  「あぁ……ん!」

  「痛くないか?」

  「痛く、ない。……でも、おっきくて、お尻が壊れちゃいそう……」

  「馬鹿っ……煽るなっ!このっ……」

  「あ、あぁっ!……ひゃん!やん!……あぁん!……ダメっ、ダメっ、……やぁっ……!」

  背後から棍棒のような屹立で光司の肉洞を小刻み責め立てると、そこから花の蜜が氾濫し、太腿まで滴っていった。

  スウェイドは、闇雲に突き上げたい気持ちを堪え、光司が甘く上擦った声を上げる部分を己がぺニスでノックするように叩く。

  それだけで、光司はもう駄目だった。

  光司の雄からは、薄い液体が噴き上げていた。

  「あぁ~!あぁ~!いやぁ~!あぁぁぁぁぁぁぁ!」

  「ずっと、達きっぱなしか!光司!……お前の中がっ……私を搾り上げるように、中がっ……」

  スウェイドが一際大きく腰を入れると、その長い肉棒の先端が光司の中の『女』の入り口を押し開ける。

  最奥にある、その扉の向こうへとスウェイドは自らの仔種を放出した。

  「ひぃぃぃぃっ!」

  「光……司っ!……くっ……」

  自分の体内に『流し込まれている』。

  熱い精子が、体の奥へと大量に注ぎ込まれている感覚が、骨伝導して光司の耳にまで届く。

  スウェイドは射精しながら、腰を前後し始めた。

  オスの本能から、無意識に快楽を得る為に雄根への摩擦の刺激を求めた。

  それによって、ぺニスからビュー、ビューと放たれる愛液が、そのあまりの量の多さに外へと逆流する。

  激しい律動によりグポッ、グポッと、空気を含んだ音を出しながら、蜜壺の中で撹拌された蜜がスウェイドの陰毛をも ぐっしょりと濡らしていた。

  「あはぁ……。あ、んぅ!……も、スゴい……。中が……」

  「中が?」

  「スウェイドので、いっぱい……。どろどろに、なっちゃ……」

  「もっと、どろどろにしてやる。タイガーの射精は、100回を越えるからな」

  「ひゃっ……100回?!」

  「タイガーの姿でなら、だが」

  「ひ、人型ならどうなんの?」

  「半分位じゃないか?」

  「し、死んじまう~~~~っ!あ、あぁぁ?!」

  光司は、尻からスウェイドの巨根を引き抜かれると、今度は向かい合わせに体を反転させられた。

  その膝頭を持ち上げられ、チュッとキスをされると、快感に甘くぬかるんだ部分へ再び挿入された。

  [newpage]

  [chapter:オメガも愛を知る②]

  光司は、もう何度、気を失っているのか、自分でも分からなくなっていた。

  ただ、目覚めるといつも体位が変わっていて、揺さぶられている。

  オメガが淫乱である、という事を身を持って体感していた。

  スウェイドが抜き挿しする度に、体内が悦んで、その雄芯を食むようにして咀嚼する。

  意識が朦朧としていても、腹を上下させ、尻筋をキュンキュンと引き締め、スウェイドを更に悦ばせる。

  ベッドのシーツは二人の体液でドロドロになっていた。

  光司は横向きにされ、片足だけを高く上げさせられ、スウェイドの足に挟み込まれるようにして挿入されていた。

  「スウェイドぉ……。イイっ、……気持ち、イイのぉ。……あんぅ!……ん、んぅ!そこ、……ねぇ、そこ、……んふぅ!」

  「オメガの尻には、魔物が取り憑いているのかっ?!……なんて体だっ……」

  スウェイドは光司の体を知って、オメガを飼いたいという好き者の王族がいるのも分かる気がすると思った。

  直腸でありながら、膣でもあるようなオメガの秘孔は、まさにオスの精子を搾り上げる器官だ。

  誰にも渡さない。

  この存在は、自分だけのものだ。

  スウェイドは挿入したまま、光司を俯せにした。

  そしてその沸き上がる独占欲と、執着の感情のままに光司の後ろ首へと噛み付いた。

  その噛み痕は、痛みを伴う『番への愛の誓い』となった。

  光司が完全に覚醒したのは、丸1日以上経ってからの事だった。

  気が付けばスウェイドの足の間に座らされ、背中から抱かれた状態で風呂に入っていた。

  「尻が……じんじんする……」

  「オメガの体は強靭なんだな。普通なら私とこれだけ交尾したら、ズタズタになっているだろうが、お前の尻はまだ赤く熟れて、私を誘うようだったぞ?」

  「な、何で俺の尻孔事情を知っている?!」

  「さっきまで、洗ってやっていたのを覚えていないのか。……風呂で、最後の一発もやったし」

  「こんのォ……記憶のない俺に、無体な事をしやがって!」

  「にゃんにゃん言って悦んでいたのも覚えてないか」

  「うぉぁぁぁぁっ!」

  湯をバシャバシャと跳ねさせ暴れる光司の手首を、スウェイドは ぐっとまとめて押さえ込み、その後ろ首にキスをした。

  「お前のここに、何があるか分かるか?」

  「ヒリヒリする……」

  「光司が、永遠に私のものである証を付けた。これでもう、お前は誰とも交尾出来ない」

  「番の印?」

  「そうだ」

  「俺なんかに付けちゃっていーのかよ」

  「お前にしか付けん」

  「でも、これで交尾出来ねぇのは、俺だけだろ?スウェイドは、別に交尾出来んだろうがよ」

  「私もお前以外にはしない。何ならお前も、私の後ろ首に噛み痕を付けるが良い」

  「オメガの俺が噛んだって意味ねーじゃん。馬鹿じゃねーの?アルファには、番の印の呪縛はねぇんだから」

  「その位、お前としかしないと言ってるんだ」

  「どうだかな~」

  疑う光司に、信じて貰いたい一心で、スウェイドは光司の頬や首のあちこちにキスをしまくった。

  「お前は感じなかったかも知れんが、私には初めから判っていた。お前が私の『運命の番』であるという事を」

  「は、初めて会った時から?」

  「そうだ。私は、お前に甘い匂いがすると言っていただろう?」

  運命の番には、特別なフェロモンの薫りがする。

  それは、その当人同士しか感じられない、芳しい甘露な匂いだった。

  「お前は感じないのかと苛立った事もある。もしかして、運命の番ではないのではと思った時もあった。だが、私はお前を手離す事が出来なかった」

  「途中から、俺もスウェイドの匂いが甘いな、って思うようになったよ」

  「それは無意識の内に、お前の精神が私を求めたからだ」

  運命の番であるにも関わらず、想いが通じるまでには長い道のりだったように思えた。

  スウェイドと光司は、確認し合うようにして、歩み寄り、やっと結ばれた。

  その喜びが尽きる事なく、スウェイドは愛しい者の存在を抱き締め、愛を囁き続けた。

  そうしている内に妖しい雰囲気になってしまい、再び風呂の中でも光司の尻孔へと挿入してしまった。

  ひとしきり風呂の中でも快楽を貪った後、スウェイドは光司に足蹴にされ。

  その日の夜は流石に別室で寝ろと言われ、部屋から追い出されてしまったのだった。

  [newpage]

  [chapter:オメガも愛を知る③]

  スウェイドは、光司に誠意を示そうと後宮の廃止を本格的に実施した。

  流石に城までも解体されるとなると、側室達は[[rb:這々 > ほうほう]]の体で逃げるようにして実家へと戻って行った。

  最後の最後まで光司へと牙を向けようとしたジャジーラは、獣化した姿のまま、その場で辺りの者に取り押さえられた。

  王族同士の闘いならば誰も止め立てしないが、光司は変化出来ない平民のネコであったので、保護を優先された。

  ジャジーラはそのままどこかへ連れて行かれ、それ以降、宮殿で見掛ける事はなくなった。

  ただ、リエカだけは光司の意向もあり、側室のままで残された。

  全てをなくそうとするスウェイドに対して、世継ぎであるアブドルの母でもあるリエカの地位を残して欲しいと言って、譲らなかった。

  それに対して、リエカはあっけらかんとしたもので、「光司専用の召し使いにしてくれても良かったのに」と、その地位への執着はまるでないようだった。

  「リエカさんは、スウェイドを好きなんじゃねーの?」

  「そうね。君主としてはお慕いしているわ。でも、光司の思うような感情は私にはないの」

  リエカは見掛けによらず、その精神は獣性の方が勝っていた。

  独り身の時には闘う本能が強く、妊娠し、子供が出来れば母性が勝る。

  それは、古の血がなせるものなのだろう。

  以前、側室のジャジーラが「リエカが側室の中で一番の力を持つ」と言っていたのは、事実だったのだ。

  スウェイドがリエカに子供を産ませると決めたのも、そんなリエカの野生に共感していたからだった。

  そしてスウェイドの性欲を処理していたという召し使いのベータは、光司を連れ出し「お前は見せ掛けの妃だ。愛されているのは自分だ」と光司に暴力を振るっていたところを、スウェイドに見付かり、半殺しの目にあった。

  そうしてヴァリューカの王妃である光司を恫喝した罪により、獣人としての誇りでもある耳と尻尾を切られ、王都から追放された。

  その後も、本当に愛獣人だったのではと疑う光司に、口淫しかさせていないと必死に弁明するスウェイドだったが、この件に関して光司の溜飲が下がるまでには、ひと月もの時間を要する羽目になった。

  光司の花嫁修業期間を終え、めでたく結婚式を迎えたその日は、澄み渡るような晴天であった。

  王の挙式は宴や宣誓に1週間以上も費やすのが通例だったが、この度は三日での略式となった。

  それは、妃である光司が身籠っていたからだった。

  ヴァリューカ初の、タイガーとネコの結婚式は、王が身重の妃の体を案じて、始終、抱き上げたままだったという。

  それから一年後。

  隣国である黒曜王国でも、新しい王の結婚式が大々的に行われた。

  黒獅子の血を受け継ぐ世継ぎの誕生を待って、戴冠式が執り行われた後の挙式だった。

  またそれには、黒曜王国の王である黒龍が、親友のスウェイドとその妃と共に祝って欲しいと望んでの日程だった。

  光司はヴァリューカ王国の王妃として参列し、親愛なる友である黒龍と闇珠の結ばれる瞬間に喜びの涙を流した。

  こうして運命が引き合わせた縁は、光司の人生を全く違うものへと変えていった。

  片田舎の貧乏な村に生まれたオメガの白ネコは、大陸一の領土を持つ最大の王であるタイガーの妃になった。

  タイガーの王は、出会った瞬間からその命が終えるまで、小さな白ネコの妃をこれ以上なく、愛し、敬った。

  そしてその間に生まれた子は、世にも珍しい白い毛並みのタイガーであり。

  その美しさは比類なく、後に神の子としてヴァリューカ王国の獣人達に崇められたという。

  ーENDー

  2017,11,18

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