第三章 眠る前の草花の話

  あれから数日が経った。

  ティオの朝は、いつも決まって主人の部屋に行く所から始まる。

  グジュ……グジュ……

  上着は子供向けの襟の大きな寝間着。下半身はぐっしょりと濡れたおむつしか身に着けてない。

  歩くたびに吸水紙が潰れて湿った音を立てた。

  すぐ隣、主人の寝室の前で立ち止まる。

  コンコンコン

  静かにノックする

  「起きてる。入って良いぞ」

  声と共に扉が開くと、寝癖がついたブロンド色の頭が、いそいそと書類を片付けていた。

  館の主、アルヴェインは半目のままティオを視認し、手招きをする。

  「おはよう、ティオ。おいで」

  「はい」

  グジュグジュと音立てて部屋を横切り、主人の前に立つ。

  「ご、ごめんなさい。今日も……お、おねしょ、しちゃった……」

  この報告は何度やっても、顔が赤くなる。

  シャツの裾をまくり上げ、胸の前まで持ち上げる。ぐっしょりと濡れたおむつの下半身が丸見えになる。子供向けのパンツの柄が、シミに染まって濃くなっていた。

  「お、おねしょ、しちゃった」

  「感心。良く言ってくれた」

  グジュグジュと、躊躇なくおむつを揉みしだかれる。

  「ご、ごめんなさい……次は、頑張るから」

  「承知。期待しているが、まずは環境に慣れるところからだ。夜尿症は精神疲弊が原因であるケースが非常に多い」

  手招きされて、アルヴェインのベッド脇にちょこんと腰掛ける。

  逆に彼は立ち上がり、ティオの正面にしゃがみこんだ。

  「仰臥。ごろんして」

  「うん」

  両足を広げ、柔らかいベッドの仰向けで寝転がる。

  紙おむつのサイドステッチに、細いの指がかかり、ビリビリと音を立てて剥がされた。

  クシャ……

  おむつの前部が取り払われ、しっとりと濡れたおちんちんが顕になった。可愛らしく、陰毛も無い、お子様のような股間が、ぷるぷると揺れる。

  股間の先には、僅かに雫が垂れる。

  「横漏れも無し。経過は安定。着替える前に、しーしーしておきな」

  「ううー……分かったよ」

  ゴトン

  ティオの前におまるが設置される。しかも、サイズこそティオでも使える大きさだが、これもまたパステルカラーに彩られた子供向けのデザインだ。

  下半身丸裸で、上着をたくし上げた格好で立ち上がり、のそのそと、おまるの上にまたがる。

  「で、出るかな?」

  デザインが恥ずかしいのもあるけど、そもそも室内でトイレってのが、ヘンな気分だ。

  普通は共用の排水路があったり、鉱山みたいな人里離れたところなら、穴を掘って共用トイレにするとか。とにかく家の外なんだよ……

  こういうのは、本当に間に合わない子供が使うようなもので……

  まあ、おねしょでおむつが外れない以上は、強くは言い返せないか。

  「しーしー、しーしー」

  耳元で排尿を促す幼児語が繰り返される。本当に子供になってしまったんじゃ無いかと錯覚する。

  いや、俺、こんな子供時代、送ったことねーぞ。

  ポタッ……ポタポタ……チョロロ……

  すっぽりと皮をかぶったティオの小さな先端から、ゆっくりと薄い黄色の液体が流れ出る。

  白い陶器の器に、甲高い音を立てて溜まっていく。

  「しーしー、ちゃんと出るようになったな」

  「うあぅ……」

  最初の頃よりは慣れてきたけど、部屋の真ん中でおしっこするって、やっぱり恥ずかしい。

  ポタッ……

  最後の一滴まで、ようやく出し切った。

  「素晴らしい。寝ている量と比べて、少しずつだが、おまるが増えてきてる」

  「うぅ……」

  「進歩だ。最初は全く出なかったのだから、成長していると言える」

  いい話なんだろうけど、素直に喜べない。

  「たっち。全部出たなら、拭くから立ってくれ」

  「はあい」

  気の抜けた返事でおまるから離れる。

  キュッ

  おちんちんをつまむように、拭き布が這わされる。パイル地の柔らかい綿ので、肌触りは申し分ないが、他人に恥ずかしい所を触られるのは慣れそうにない。

  くにくにと股間を触られ、皮の内側まで綺麗に拭い取られる。

  玉の裏を優しく這って、お尻まで丁寧に清められた。

  「挙手。両手を上げて」

  「うん」

  上着脱がされ、すっぽんぽんにされる。

  この屋敷に来てから、ティオは自分で着替えたことがない。服はいつもアルヴェインが選び、着替えさせるのも彼のてづからだった。

  「下着。トレーニングパンツで良いな」

  「うん」

  厚手の綿ので前部を覆われた、まだお漏らしが治りきってない子供用の下着を着せられる。それからゆったりとした短パン、丸い襟をしてパステルブルーのシャツ、ボタンは着脱しやすいよう大きめサイズだ。

  靴下は柔らかい、白く短いものを履かされた。

  「終わり。さて、朝食にしよう」

  「はあい」

  二人並んで、簡素な朝食を食べる。献立はだいたい前日の残りと温めたパン、薄切りにした保存肉かチーズ。

  朝食を終えると、アルヴェインは事務作業を始める。

  その間、ティオはやることが無いので、屋敷をぶらぶらしたが、だいたい半刻毎に書斎に顔を出して、主人に「仕事はないか」と聞きに行く。

  何日かこの屋敷で過ごしてみると、ティオにとっては大きな問題が一つあった。

  仕事が、無い。

  日中、特に午前中は、頻繁に使用人や御用聞きが出入りしており、家の中の切り盛りはほとんど滞りなく済まされている。

  素っ気ない態度をされるが、少しずつ、この屋敷についても分かってきた。

  「あ、おはよーございます……」

  初日にあった御者の老人に話しかけると、軽く会釈を返してくれるくらいには、仲良くなれた。たまに小さな包み菓子をくれる

  行き交う女中なども、軽くクスクス笑いながら、挨拶を返してくれる。

  服装のせいだろうか、本当に子供のような扱いを受けて、頭が混乱する。結構いい歳の大人なんだけど、自分から言うのも恥ずかしい。

  まず、分かったことは、彼らは本家の使用人だということ。

  ティオの主人、アルヴェイン・ルフランの本家、ルフラン家から派遣されて来ているので、日中しか居ないし、この屋敷と深く関わろうとしないらしい。

  もう一つは、ティオは使用人として扱われていないっぽくて、この屋敷の客人……は、言い過ぎでもペットみたいな認識のようだ。

  最後に、重要なことが分かった。

  この屋敷の主人、アルヴェインは、本家から軟禁されて、ここに居るということ。

  しかし、この程度の話でも調べるまで苦労した。使用人は屋敷のヒトが居る所では、無駄話しないし。余計な仕事を頼まれないよう、避けて通るし……

  分かるよ。俺も、下働きの時期、そうだったもん。

  しかし、こうも仲間はずれにされると、ちょっと悲しいなー。

  奴隷の頃は、貴族って気楽そうで良いなー。なんて思ったりしたもんだけど、色々気苦労あんのかもな。

  俺、貴族じゃねーけど。

  そんでもって、アルヴェイン。

  うちの主人。

  やっと名前くらいは分かったけど、何者なんだよ。

  分かってきたことは、ルフラン家ってめちゃデカい家系の次男で、話しぶりから察するに、結構歳の離れた兄ちゃんが、本家を切り盛りしてるらしい。

  そんでもって、何かイザコザがあった結果、その兄ちゃんの命令で本家から出され、ここに隠匿された。

  派遣の使用人は、その見守り、あるいは見張り。

  ……ちなみに、本家には大型の魔法式洗濯槽があるらしくて、洗濯物は一挙に引き取ってくれる。つまり、俺のおねしょとかも、全部知られているわけだ。恥ずかしい……このまま、子供扱いで通してもらっちゃおうかな。

  とにかく、それだけ……

  その肝心な部分が知りたいけど、なかなか聞き出せない。っていうか、全部盗み聞きなんだけど……

  それから、屋敷のいたる所で見かける、あの骨どもは何なんだよ。

  そんでもって、なんの目的で、俺をこの屋敷に置いてるんだよ。

  肉体労働は、たまに頼まれる。これは、嬉しい。奉仕労働、夜伽の類は全くなし。って言うか、俺のほうが最近だと俺のほうが、悶々としてる。

  俺、男でも問題なさそー。まあ、アルヴェインもあんまり雄っぽくないし。綺麗だし、髪長いし。

  あと困ったことに、一人の時間とか無いからちょっと溜まってるんだよな。それにしても、そもそも主人に発情する奴隷ってどうなの? やばい、自己嫌悪しそう。

  話を整理しよう。アルヴェインのことを、俺は好き。少なくとも、いい主人だと思う。飯も美味い。

  しかし、むこうの考えてることが、分かんねーんだよ。

  肉体労働、奉仕労働、他に何があるんだよ。

  一個だけ思いつく、算術奴隷。頭が良いやつ連れてきて、帳簿とか計算させるやつ。それだけは絶対に無い。俺、頭悪いもん

  やっぱ、実験……?

  直接聞きてーけど、奴隷の立場じゃ無理。

  ティオの狭い常識の中で考えても、かなり異常な状況だと言える。

  奴隷として雇用された時は、ほとんどは初日、少なくとも三日もあれば、大抵何かやらされるもんだ。掃除、洗濯、力仕事、荷運び、食料調達。

  まさかここまで、何も任されないとは思わなかった。

  何かできることは無いかと探すも、全てが本家の裁量でシステマチックに管理されており、素人が手を出す隙がなかった。

  結局、庭の隅のベンチでぼーっとしながら、使用人の無駄話に聞き耳立てたり、御者のおっちゃんに、小さい菓子を貰ったりしてる。

  本当に、子供にでもされたみたいだ……

  いやいや、諜報活動に勤しんでいるとも……言えないか?

  午後になると、アルヴェインに連れられ、温室に入ることを許される。

  ガラスのドームから暖かな陽光な差し込む。様々な匂いが漂い、知識の宝庫、そこにある、ティオが好きな、蜂蜜色の薄い花弁「太陽草」も、今日も美しい花を咲かせていた。

  アルヴェインは分厚い本を開きながら、適当に席に着いた。

  こっちに来ても、大して仕事は無い。水やり用の水桶に、新しい水を汲みいれる。アルヴェインが散らかした本を、机の近くにまとめておく。

  花の様子を観察してみるが、やはり温室の半分近くは枯れている。土地や気候の問題もありそうだが、土もあまり合ってない気もする。

  定期的、定量的な水やりで、土の様子まで気が回っていないのだろうか。

  とは言え、これも実験なのかもしれないし……、迂闊に動かしたら、邪魔になるだろうか。

  仕事もなく、ひとしきり歩き終わって、またアルヴェインの机に戻る。

  「続き。やるか?」

  「あ、うん!」

  アルヴェインが図鑑を手渡してくれる。

  薄い表紙の、小さな植物図鑑。

  「わからないところがあれば、言いなさい」

  「うん」

  アルヴェインは机に向かって、ずっと何かを書き綴っていた。

  その傍らで、ティオは分かりやすい文献から順に読みすすめていく。難しい表現が多くて頭がこんがらがりそうだが、分かる単語を拾って、だいたいの意味を推測していく。

  そして、どうしても分からない所が出てくると、主人は必ず声をかけてくれた。

  「冬草……うぅー……」

  ティオが頭を抱えていると、机にから頭を乗り出して、アルヴェインが声をかけてくる。

  「何ページだ?」

  「2……と7ページ」

  「27ページか、確か、冬の生態系の欄だな。読めるところまでやってみてくれ」

  「冬……の、暮らし。えっ……えっと」

  「越冬のために」

  「あ、うん。越冬のために、種子を……地中に……」

  頭を使うから大変だけど、彼と二人で温室に居ると、すごく、心が安らぐ。

  夕食が近くなると、物書きを切り上げて、今度はつきっきりで勉強を教えてくれる。もう少し実用的な辞典を渡され、日常で使いやすい所から教えてもらう。

  それから温室を回り、機材や植物、目に見える文字を、一つずつ教えてもらう。

  奴隷なのに、主人の時間を奪って、言葉を教えてもらう。

  申し訳なくて何度も断ったけど、アルヴェインが息抜きだというので、甘えさせてもらっている。新しい言葉、難しい概念、繰り返し、何でも教えてくれた。

  夕食の支度が終わると、使用人たちは本家や自分の家に戻る。以降は、屋敷に二人きりだ。

  食器は明日の朝に使用人が洗ってくれるけど、最近はティオに洗わせてくれるようになった。子供の手伝い程度だが、仕事が貰えるのは嬉しい。

  それから風呂に入るが、今日はお湯で体を拭くだけだ。

  貴族とはいえ、流石に湯を張った風呂は三~五日に一度だ。その日の天気や汚れ具合で変わる。それ以外の日は、お湯で濡らした布で、体を拭く。

  広い浴室に湯船は空で、しんとして少し物悲しさを覚える。

  お湯を出す魔法式の蛇口は動いていて、桶にお湯を貼り、布を浸して体の垢を拭っていく。

  ティオは当然のようにすっぽんぽんにされて、身体中を拭う。アルヴェインも隣で脱ぐが、パンツだけ穿いている。本人が言うには「恥ずかしい」らしいが、この前の『子種』の一件もあって、少し距離を取られてしまっているのかも。

  身体はそれぞれ自分で拭くが、背中は交互に相手を拭く決まりになった。最初こそ、ティオが思い切り擦ったせいで、アルヴェインの背中に赤いアザを作ってしまったが、今では安心して背中を差し出してくれる。

  身体を清めて脱衣所に戻ると、可愛らしい寝間着と、紙おむつが用意される。

  実年齢な不相応な服に、顔が熱くなる。

  「おいで、ごろんして」

  「……うん」

  新しく設えた木台の上に横になる。ティオのために新しく用意された、おむつ替え用のベッドだ。

  背中に木目の冷たい感触を受けながら、仰向けになって足を広げる。両手も広げて、降伏した獣を思わせる格好を見せる。

  「お尻」

  「……ん」

  カサカサと、紙おむつが広げられて、ティオのお尻の下に敷かれる。腰を下ろすとふんわりとした吸水紙が肌に密着し、滑らかな感触が股間を包み込んだ。

  「じっとしてなさい」

  両サイドの粘着紙を止め、下半身に幼児用の下着が形作られた。

  太ももから指が入り込み、ギャザーを立てていく。股間のすぐ隣を指先が掠め、下腹部がきゅんっと反応した。

  お尻までしっかり確認して、身体を起こしてもらう。

  「完了。動きづらいところは?」

  「無い。大丈夫」

  着せられた寝間着もパステルブルーに大きな丸い襟、見るからに子供向けのデザインだ。下は着せて貰えず、夜いつもパジャマの上着に、下はおむつ丸出しのまま過ごす。

  クシュ……

  上着の丈はティオにピッタリで太ももにちょうど届くくらい。そのため股からのおむつが常に見えている格好になる。

  夜は二人きりと言っても、やはり恥ずかしい。

  「待ってて」

  アルヴェインはティオをおむつ替えベッドに寝かせたまま、わざわざ後ろを向いて自分で着替える。パンツも脱いで新しいものに替える。太ももの隙間から、ふるんと形の良いモノが見える。

  何度か見た裸だが、思わず目で追ってしまい、ティオは一人悶々とする。

  俺、そんなに男が好きだったっけ? いいや。鉱山で奴隷の坑夫とか見ても、なんにも思わなかったし……

  女は? 苦手って言うか、知らなすぎて分からねーし。ちょっと、嫌な思い出もあるし……

  ご無沙汰だし、相手も居ねーし、人肌恋しい気持ちはあるけどさ。

  アルヴェインは、綺麗だし。

  それでも、駄目だろ。主人に欲情するとか、最悪だって。

  俺、本当に淫乱奴隷になっちまったのか?

  いやいや。ただの気の迷いだって、仕事が無いから暇でムラムラしてるだけで、ここの生活にも慣れれば、落ち着いてくるって。

  上質な濃紺の寝間着に身を包み、アルヴェインが戻る。

  「さ、部屋に行こうか」

  「うん」

  元奴隷の寝室に入ると、当然のように主人も一緒に入る。

  ティオはベッドのサイドテーブルに乗せた図鑑を手に、ベッドの真ん中にあぐらをかく。アルヴェインは棚から砂時計を取り出し、サイドテーブルに置いた。

  ティオが、一番好きな時間が始まる。

  魔法式のランプが灯り、部屋にオレンジと薄い青が混ざった光が広がる。

  「さて、昨日は82ページだったな」

  「うんっ」

  ティオは目を輝かせて、図鑑のページをめくる。色彩豊かにすられた図版が並び、見たことのない風景や花々が視界を彩る。

  興奮で目がキラキラと輝いていた。

  「確か、海岸の草花の項目だな。そう、はじめは」

  「太陽草!」

  「そうだ。温室で君が見つけた物だ。本来であれば、もっと力強い橙色の花弁を広げる」

  図鑑を見ると強い橙の花弁が潮風を受けてたなびいている。まさにその名のごとく、太陽の温もりと、燃えるような情熱を感じさせる。

  「綺麗……」

  「種子の話は前にしたな。帆を張ったような形をして、強い潮風を受けて空高く飛ぶ……」

  ティオはおむつ一丁の膝の上に図鑑を広げ、食い入るように美しい図版を眺める。その隣で、アルヴェインがあらゆる知識を披露した。

  「この花の花粉の話は、したかな?」

  「してない。聞きたい!」

  ティオは、すっかり図鑑が好きになっていた。この家に来た時には全く知らなかった、見たこともない花が、本の中に沢山載っていて、飽きることがなかった。

  そのために文字も覚えたい。

  できたら、アルヴェインの助けになりたい。

  その前に、仕事がほしいけど……

  「潮風が強く、花粉の運び手が乏しい訳だ。同じ事は種子にも言えるな。種子が遠くへ飛んでも、そこが陸地である保障がない」

  「うん、うん!」

  「ところが、種子は帆を広げ、風を乗りこなし、決まって地面のある土地に着地する」

  「なんで!」

  「それが、分からない。様々な議論が成されているが、通説には至らない。これが、太陽草の面白いところだ」

  アルヴェインもまた、同じくらい目を輝かせて、自らの知りうる限りの知識を話す。

  「すごいな……太陽草」

  ティオは、この屋敷に来て、ありとあらゆる贅沢を、させてもらった。

  けれど、これ以上の贅沢があるだろうか。

  気づけば、ベッドサイドの砂時計は全ての粒が落ちていた。

  「今日は、こんなところか」

  「もっと……聞きたい」

  言いながらも、ティオのまぶたは半分閉じている。

  「約束。また明日」

  「約束」

  パタンと、名残惜しそうに図鑑を閉じる。

  サイドテーブルに本を戻しながら、ティオは初日に見た、蜂蜜色の花弁を思い出す。

  「温室のあの花は、太陽草じゃないの?」

  「あれか。あれは新種と思われているが、実際のところは分かってない。今日、図鑑を見て分かっただろう。あの花は……」

  「俺、あっちの花のほうが好きだな」

  「温室の? 本来の太陽草は強い橙色で、それこそ太陽のように……」

  「うん。だから、温室の花のほうが好き。アルヴェインと同じ色」

  「私と?」

  「うん!」

  本当に子供のように、まんまるとした笑みを浮かべる。アルヴェインも目を細め、幸せそうな顔を浮かべて、頭を撫でてくれる。

  「さて、もう寝よう。おむつは大丈夫だね」

  「あ、うん」

  身を寄せると、アルヴェインがおむつの腰ゴムを引っ張って、中身を覗き込んで来る。

  くしゃくしゃした吸水紙に包まれた可愛らしい包茎が見える。周囲は乾いていて、お漏らしの様子は無い。

  「よしよし、このまま寝られるね」

  アルヴェインは腰ゴムから手を放し、ポンポンと前部を軽く叩いてくる。

  「うん」

  柔らかいベッドに潜り込むと、驚くほど滑らかな毛布を上からかけてくれる。

  ふわふわの感触に滑るような指通り、毎晩かけてもらっているのに、何度だって思わず笑みが溢れる。

  「おやすみ、ティオ」

  「おやすみ、アルヴェイン」

  夜の読み聞かせが終わり、静かな眠りが訪れる。

  温かく柔らかい寝具に、全身が沈み込む。暖かさにうとうとと意識が遠のいていく。

  屋敷での仕事はまだ見つかってない。

  幸せすぎて、怖い……怖すぎる。

  ただ、読み聞かせの夜だけはいつも思う。

  心は奴隷の体を離れ、遠く外海の空を渡る。

  あらゆる風を受けて羽ばたき、世界中の花を見て愛でる。

  この幸せに、もう少し、浸っていたい。