龍に仕える龍たち

  「そのリリアとかいう女を王子の嫁にするな。」

  ウィルが言い放った言葉に王は慌てて問い返した。

  「龍神様、なぜこの娘はいけないのでしょうか?もしや、龍神様がお望みの娘でいらっしゃいましたか?それならばそちらにいらっしゃるその娘と交換いたしま…」

  「そんな娘はいらん。私にはウテナだけで十分だ。」

  王の提案にさらに目を細めてウィルはウテナを抱く力を強めて返した。王は一層慌てて頭を下げる。

  「それは大変失礼いたしました。その娘がお気に召したようで何よりでございます。…しかしながら、なぜこちらの娘は我が子の妻にはできないのでしょうか?」

  ウィルはこちらをにらむようにして見上げるリリアをにらみ返しながら答えた。

  「その娘が王子の嫁になれば国は瞬く間に滅びるぞ。」

  「なっ…!?」

  王と王太子が同時に言いかける。リリアの顔がさらにゆがんだのをウテナは見た。思わず肩がビクッと動いてしまうが、ウィルが背中をさすってくれたのでホッと落ち着く。

  「し、しかし、龍神様。我が国から娘を龍神様の元へ捧げました。それならば我が国は安泰なのでは…?」

  「人間というのは不思議なものだな。国にとって全く重視していなかった娘を1人寄こしたところで何が変わるというのだ?もっとも、ウテナは私の妻であるから返す気などみじんもないがな。」

  「それは…!」

  何か返そうとしたのだろうが、図星なので何も言い返せない王を見下しながら、ウィルはウテナの頬にキスを落とした。

  「そもそも、その娘を嫁に迎えようとする其方たちの心情が我にはわからぬ。なぜその娘を嫁にする?他のおなごではダメなのか?」

  「私が1番ふさわしいからよ!」

  王が答えようとしたが、それを遮ったのはリリア本人だ。耐えきれなかったのだろう。ウテナに対して怒るような態度でウィルに食って掛かった。

  「王太子妃として1番ふさわしいのよ、私は。だから妻になるんじゃない!あんたが今抱いているような女よりも私の方がふさわしいのよ!何なの?あんたのお告げにわざわざ1人を出してやったんじゃない!ありがたく受け取ってこっちに恩を返しなさいよ!!そもそも何よ、ウテナって!その女はステラよ!」

  王と王太子が唖然としてリリアを見つめる中、言い切ったとばかりに方で息をしながらもまだこちらを睨む彼女に、冷ややかな目を向け続けるウィルの目に怒りが覗いた。

  「今、なんと言った…?」

  その暗くて低い声に一同がビクリとする。ウテナも聞いたことのない声だ。聞いただけで卒倒する者がいてもおかしくない程の声。

  「ウテナを卑下したのか…?お前の実の姉を?私の妻を?『恩を返せ』…、だと?」

  「姉…?」

  「いや、妹だと…。」

  王と王太子が混乱する中、ウィルは続ける。

  「其方たちがウテナを蔑んできたからこそ、私はウテナを得ることができた。それは礼を言わねばならんだろう。…だが、ウテナを使用人としていじめてきたことは別だ。家族とも思わずにウテナをこきつかった其方とウテナは天と地の差があるのだ…!」

  「はっ、当たり前じゃない!私のおかげであんたはその女を手に入れられたんだから!天と地の差?そうよ。私が上って決まってるのよ!」

  堂々と言い放ったリリアからウィルは視線を外してため息をついた。

  「都合よく解釈したのか、ただ単におかしいのか…。天はウテナに決まっておる。ウテナは私の妻になるべき女なのだからな。」

  それを聞いたウテナはウィルを見た。自分も天はリリアだと思っていたし、ウィルが天は自分だと言ってくれたのはウィルが自分のことを妻として認識しているからだと思っていた。まさかちゃんとした理由があるとは。

  「ウィル、どういうこと?」

  ウィルは優しく微笑みながらウテナの髪を一房掬った。

  「其方のこの白い髪だ。これは代々、我々と意思を通じてきた者の証なのだ。依然見たのは100年ほど前だったか…。長らく生まれてこなかったために忘れ去られたのだろう。」

  そう言って髪にキスを落とすウィルをウテナは目を開いて見つめていた。

  「最初から龍の嫁はウテナだと決まっていたのだ。だから龍の番として名前を与えた。もし違う者がくれば送り返していたとも。…わかっただろう。こちらの要求と国の繁栄に関係はない。今すぐその娘を追い出せ。」

  「りゅ、龍神様の御心のままに…。おい、この式はやめだ。リリア嬢を追い出せ。」

  王の一言で衛兵がリリアを捕まえて外へ引っ張る。リリアは反抗しながらもズルズルと連れていかれる。

  「いやよ!なんで私が追い出されるの?!陛下、あの者を信じてはなりません!これは龍の気まぐれですわ!」

  「…リリア嬢、大人しく出ていきなさい。沙汰は追って出す。」

  「陛下!王太子殿下!」

  王が視線を逸らしたのを見て王太子を見るリリアだが、王太子は怒りのこもった目で見つめ返していた。

  「…リリア嬢、君は王族を欺いていたんだよ?それをわかっているの?君と夫婦になる前でよかったよ。同様に君の御両親も罪を償ってもらうからね。」

  「いや、そんな…!殿下ぁ!!」

  リリアの叫び声とともに扉が閉まって静かになる。すると、王と王太子がそろってこちらに跪いた。

  「龍神様、我々の愚かな選択を正しき道にお導き下さりありがとうございます。それからウテナ嬢。我々の浅はかな考えで龍神様のもとへおくってしまったこと、心からお詫び申し上げる。」

  ウィルだけでなく、ウテナにも謝罪が着て思わずウィルを見ると、彼は微笑んでくれた。それから2人の方へ声をかける。

  「許す。これからの国の繁栄を我も願おう。話は以上だ。我等は帰る。」

  言うやすぐにウィルは身をひるがえしてあの渦を沸かせた。ウテナは渦の隙間で2人が最後まで頭を下げているのを見た。

  行った時と同じようにすぐに帰ってくる。空は綺麗に晴れていた。ウィルはその場に降り立ってすぐに寝室へと向かい、ウテナをそこに寝かす。そして自分は上にかぶさった。

  「ウィル…?」

  いきなりの展開にドキドキするウテナだが、けれどもしっかりした声で聴く。するとウィルがウテナの肩越しに顔をうずめた。そのままウテナを抱きしめる力に、思わずウテナはウィルの頭をなでる。しばらくなでていると、ウィルが少しだけ顔を上げた。

  「すまない、ウテナ。我は一方的に其方の国を責めてしまった。」

  動物の耳がついていればペタンと垂れているような表情で小さく見えるウィルに、ウテナは笑って答えた。

  「いいのよ、ウィル。私の生まれた国がこの先も栄えていくように助言をしてくれたんでしょう?ありがとう。…それに、私だけで十分だっていってくれたこと、嬉しかった。今までこの髪の色はみんなとは違うから、私自体が紛い物なんだって思ってた時もあったの。まさか龍神様に、ウィルに逢うためだったなんて知らなった。私、今とっても幸せだよ。」

  ウィルの頬に手を添えると彼の金色の目が輝き始めた。

  「其方はやはり優しいな…。もちろんだ。ウテナは私の唯一の妻なのだ。手放すものか。」

  「ウィル…。」

  そこからは静かだった。どちらからともなく唇を重ね、お互いを強く抱きしめる。聞こえてくるのは2人の吐息と、時折響く甘い声。昼間からの睦事は日が暮れて夜を迎え、日が昇っても止まることはなかった。

  「ん…。」

  ウテナは外の光に思わず目を開けた。ぼんやりと昨日のことを思い出そうとして、今日は何日なのかわからなかった。そもそも、昨日は何をしたのか。人間界に行ってリリアと王太子の婚約を止めさせた後帰ってきて、ウィルとベッドで…、と考えて顔に熱がたまる。火照った頬を手で押さえながら布団に潜るが、

  「起きたのか…?」

  眠そうな声で上から声がする。

  「ウィ、ウィル…。」

  恥ずかしさでそうっと顔を上げたウテナの唇にチュッと音を立ててウィルがキスをした。

  「おはよう、ウテナ。」

  「お、おはよう、ウィル。…ねぇ、私たちが人間界に行ったのって…?」

  「そうだな…、3日前か?」

  「えぇっ?!…いっ!…っ、う…。」

  まさかそんなに経っているとは思わず、ウテナはびっくりして上体を起こす。が、腰に激痛が走ってうつぶせに倒れ込む。それを見たウィルが反対に起き上がる。

  「大丈夫か、ウテナ!?我が加減を知らなかったからか!すまぬ…。」

  「だ、大丈夫。寝てれば治るよ、たぶん…。」

  ウィルは申し訳なさそうにウテナの腰の上に手を置く。すると、置いた手と腰の間が光る。そのままじっとしていたウィルだが、しばらくすると光が消えて、手を離す。

  「あれ、痛くない…?」

  「我が痛みをなくしたのだ。体力も回復しておいたぞ。」

  ウテナは思わずウィルに抱きついた。ウィルは目を開いたが、ゆっくり閉じてウテナの背中に手を回す。

  「ありがとう、ウィル。」

  「其方が元気なら良い。…次からは加減を考えねばならぬな。」

  ウィルが申し訳ない声で言うと、ウテナは首を振ってウィルの耳元でささやいた。

  「さっきみたいにしてくれるなら加減はいらないよ。私もウィルとたくさん触れ合いたいから。」

  耳元から顔を離して目を合わせた2人は、どちらからともなく自然と口づけを交わした。

  2人が心も身体も通わせ合った日から2週間。片時も傍を離れることなく世話を焼くウィルの行動にも慣れたウテナは、窓辺から指す光にうとうとしながらウィルの膝の上に乗って頭を預けていた。そんなウテナを愛しく思いながら、額や頬、手に口づけを落としていたウィルがピクッと動きを止めた。それに気づいたウテナが瞼を重そうにしながら彼を見上げる。

  「ウィル…?」

  「…あやつらめ、ここに入ってくるとはいい度胸だ。」

  言いながら外を睨むウィルに釣られてウテナもそちらを見ると、遠くから4つの影がこちらに向かってきている。それは4つの色を持ち、翼を広げて飛んでいることがわかってきた。2人のいる部屋の庭まできた4つの生き物は、いきなり人型になって降り立った。

  「この子が龍神様の番様?小さくてかわいい~」

  「青龍、落ち着きなさい。まずは挨拶からですよ。」

  「偉大なる我らが龍神様に赤龍がご挨拶申し上げます。」

  「ご機嫌麗しゅう、龍神様、番様。」

  次から次へとそれぞれが言動するので入り込む隙間もない。いきなりの知らない人の登場に慌てているウテナに対し、ウィルが大きくため息をついてから低い声で言った。

  「我が妻を困らせおって…。やはりお前たちは子供だな。」

  すると、4人が一斉に黙り、青い顔でその場に跪く。ウテナはびっくりしてウィルを見ると、彼は微笑んで説明してくれた。

  「困らせてすまなかったな、ウテナ。こやつらは四龍たちだ。私の下で他の龍たちを統べている。そろそろウテナを紹介したくてな。無理にとは言わんのだが…。」

  「ううん、大丈夫だよ。初めてでびっくりしただけだから。えっと、初めまして。ウィルの妻のウテナです。よろしくお願いします。」

  ウィルの膝から降りて頭を下げながら自己紹介をすると、4人の龍たちの目がキラキラと輝いていた。しかし、ウィルが一瞥すると彼らは再び頭を垂れて跪き、一斉に言った。

  「我らが偉大なる龍神様の番様。我らは貴方様を守り、慈しみ、敬う存在の四龍でございます。何卒よろしくお願いいたします。どうか御二方に栄光あれ。」

  「えっと…?」

  どう返したらいいのかわからないウテナがウィルの方をむくと、ウィルが手を握り、視線は四龍たちに向けたまま言った。

  「私たちに対する礼儀だ。決まっている挨拶だな。よく参った。我が番との交流を許そう。」

  ウィルが言った途端、それぞれが一斉に立ち上がってウテナの方に駆け寄ってきた。

  「はじめまして、番様!私は青龍のリテラオネです!どうぞよろしくね?」

  真っ先に話しかけたのは青龍。乙女のようにきれいな顔立ちで、少しあどけなさが見える女性だ。

  「はじめまして、番様。私は四龍のうちの緑龍です。個人名はジュクドルと申します。何卒よろしくお願いします。」

  青龍の肩をつかんでウテナから離し、前に出てきた男性は、眼鏡をかけて柔らかそうな笑みを浮かべる緑龍。長い髪は1つに束ねて女のようだが、声が低い。

  「お初にお目にかかります、我らが番様。自分は赤龍として龍を統べております、ダクトレスと申します。どうぞよろしくお願い致します。」

  緑龍の横からウテナの方に歩み寄った赤龍は、跪いて律儀に挨拶をする。

  「いきなりの訪問、失礼いたしました、番様。私は黄龍であるマテリアルです。よろしくお願い致します。」

  緑龍を挟んで赤龍の反対側から進み出てきたのは、物腰柔らかそうな女性。笑顔でウテナに話しかける。

  「こちらこそよろしくお願いします!えっと…、なんてお呼びすればいいのでしょう?」

  「好きに呼べばいい。ウテナは私と同じで龍の頂点に立つものだ。敬語もいらんぞ。」

  ウィルが補足する。パッと見優しいが、瞳の奥が暗いようにウテナは感じた。

  「う、うん。えっと、じゃあなんて呼ぼうかな…。もう一回、みんなの名前を聞いても、いい…?」

  ウテナがそういうと四龍たちは嬉しそうにもう一度自己紹介をする。全部覚えられればいいんだけど、ちょっと難しいかな…、と思ったウテナは、省略して呼ぶことにした。

  「…じゃあ、赤龍はダレス、青龍はリネ、緑龍はジューク、黄龍はマリル、でいいかな?できれば私のことも名前で呼んでほしいな。」

  それぞれの呼び名で呼ばれた時はニコニコしていた四龍たちだが、ウテナが名前で呼んでと言ったらピタッと止まってしまった。

  「…番様の好意は大変うれしいのですが、貴方様を名前で呼ぶことができるのは龍神様のみなのです。」

  緑龍のジュークが静かに言った。その時、ウテナは背中が寒く感じた。振り向くと、

  「ウィル…?」

  なんだか様子がおかしい。駆け寄るとグイと抱き寄せられるが何も言わない。

  「去れ。」

  その一言で翼の音がした。四龍が龍に転身して帰ったのだ。ウテナはウィルの腕の中なので実際には見えてはいないが。彼女はその腕の中から夫を覗き込むように見上げる。

  「…怒ってる?」

  「うむ。」

  ウテナは心が流行る気がした。初めて夫に怒られた。何が原因なのかはわからない。しかし、愛する人が、自分の唯一頼れる相手が怒っている。

  「…私が貴方を放っておいたから?四龍たちと話していたから?今までのウィルの行動を把握しておけば貴方がどれだけ私を愛してくれているのかわかっていたのに…。ごめん、私…、」

  言いかけてウテナはハッとした。もしも自分がウィルの立場であったならどうだろう。ウィルは楽しそうに他の誰かと話している。ウテナは蚊帳の外で、1番の頼れる相手は話に夢中でこちらを見向きもしない。そう考えた瞬間、目から大粒の涙があふれてきて、怖くなってウィルにしがみついた。

  「ウテナ?」

  「ウィル…っ、ウィル…。」

  いきなり泣き出したウテナにウィルは怒りを忘れて慌てだす。

  「ウテナ、教えてくれ。何に悲しんでいるのだ?」

  「…っ、あのね、私がウィルの立場だったら悲しいなって、思ったの。1人にしちゃってたよね、…っ、ごめんなさい…。」

  「ウテナ…。」

  ウィルは優しく抱きしめながらウテナの涙をなめとる。

  「ウテナ、私もすまなかった。怒っていると言うのは、自分にだ。ウテナが龍たちに慕われて嬉しいのに、なんだか其方が他の者と話していると心が寂しくなってしまうのだ。我はウテナを大事にしたい。だが、心の中には其方を閉じ込めて私しか見えないように、考えないようにしてしまいたいと、我がいなければ生きていけないのだと思ってもらいたい欲がいるのだ。そんなことをしてしまえばウテナは怖くなって我のことなど嫌ってしまうだろう?我はそれが怖くて何もできない。ただウテナと仲良くしているものを恨めしく思ってしまうのだ…。」

  「ウィル…。」

  「其方は我の妻だ。それはわかっているのに、今でもウテナを求めてしまう。こんな我の妻になってしまった其方を思うと…。」

  「そんなこと言わないで!」

  ウテナはウィルの首に抱き着く。

  「私が人間界でどう生きてたか話したでしょう?あの時と比べたら絶対にこっちがいいの!私を頼って、私を愛して、何より私の存在を想ってくれてる人がいるってだけで私は幸せなの!貴方に否定されてしまったら私は…。」

  「ウテナ…。」

  ウィルはウテナをきつく抱きしめる。ウテナもウィルの背中に手を回した。

  「ウィル、貴方が望むのなら私を閉じ込めて。貴方の腕の中で生きていけるのなら私は幸せだから。どうか恐れないで。怖がらないで。私の愛する人…。」

  「ウテナ、我は…、」

  ウィルはそのあとを言えなかった。ウテナがその口を彼女がふさいだからだ。ウィルは言い直そうとしたが、ウテナはそれを許さない。

  次第にウィルはウテナの後頭部に手を回して引き寄せた。そのまま2人は唇を何度も重ね、重ねながらウィルは妻を抱き上げて寝室へ向かう。寝室に入るとウィルはウテナを横たわらせ、自分はその上に覆いかぶさるようにして離れなかった。離れようとしても、ウテナが彼の首に腕を回しているのでできない。何度も唇を重ねながらお互いの衣服を脱がし合い、肌と肌をすり合わせ続け、その動きは空が白んだころ、眠りにつくまで続いた。