第二章:街道の異変 ―堕ちゆく白銀のプライド― 1

  いつの間にか雨がやんでいた。

  王都の威容が遠ざかり、街道を囲む木々の影が長く伸び始める頃、リンドの加虐心はより剥き出しのものとなっていた。

  人目がなくなったことを確認した彼女は、馬の歩みを緩め、後ろを徒歩で付いてくるカイルを振り返る。

  「……遅いぞ、無能。私の馬の歩調に合わせろと言ったはずだ」

  リンドは背後を歩くカイルめがけ、手元の鞭を無造作に振るった。

  ひゅんっ!

  鋭い風切り音と共にカイルの頬に赤い筋が走る。

  「……っ!」

  

  「おや、避けないのか? ああ、貴様にはこの鞭を避ける魔力すらないのだったな。はぁ……ウォーカー家の名が泣くな」

  彼女は馬を止めると、優雅な動作で地上に降り立った。

  身にまとう白銀の鎧がカチャリと冷たい音を立てる。

  彼女は泥まみれのカイルに歩み寄り、その胸ぐらを掴むと、そのまま勢いよく近くの大樹へと叩きつけた。

  「……ぐっ!」

  「貴様の処遇は、殿下から私に一任されている。国外追放などしなくても、ここで貴様の心を完全に折って、ただの動く肉塊にしてから国外に捨てて行っても何の問題はない」

  大樹に背を預けているカイルに近づいてくるリンドの瞳は、獲物を追い詰めた肉食獣のように爛々と輝いていた。

  「それとも……いっそここで死ぬか?」

  彼女はカイルの喉元に、腰元から引き抜いた冷たい小剣(ダガー)の切っ先を突き立て、もう一方の手でカイルの股間を乱暴に掴んだ。

  「ぐっ」

  「……ふん、情けない。命の危機だというのに、こんなところだけは一丁前に熱くなっている。やはり貴様は性欲だけで動く家畜だな。恥を知れ!」

  このときリンドは気づいていなかった。

  カイルの右目が今や彼女の魂の深部を暴き出していることに。

  (『視える』、視えるぞ、リンド。お前の心の奥の欲望が。俺には手に取るようにわかる)

  カイルの視界には、リンドの白銀の鎧は霧のように透け、その奥にある「紋章」が鮮明に映し出されていた。

  先ほどまで黄金色だったその模様は、彼女がカイルを痛めつけ、辱める言葉を吐くたびに、内側から熱を帯びたような『濃いピンク色』へと変色を始めていた。

  カイルの右目に、ゆっくりと文字が映る。

  [i:【対象:リンド・ブラッドレイ】

  【紋章:処女の盾(ヴァージン・シールド)/黄金色】

  【深層心理詳細:対象は男のプライドを汚し、へし折ることで自らの清廉さを保とうとしている。だがその本質は、汚した男から受けるかもしれない逆襲を想像し、自らの気高さが泥に塗れる瞬間を切望している。加虐心に隠された被虐心を発見。対象は男から虐げられることを切望している】]

  その文字を読んだカイルは、

  「くくく」

  と、リンドに喉元に刃を突きつけられながら低く笑った。

  「……何がおかしい」

  「リンド。君、さっきから随分と饒舌だな」

  「……何だと?」

  「自分で気づいていないのか? 俺を罵るたびにその綺麗な喉が、生まれたての小鹿野ように震えていることに……その白銀の鎧の下に隠された君の本心。君が俺に触れるたび、俺に乱暴な言葉を投げつけるたびに、まるで欲情した獣みたいにドクドクと脈打っているのが見えるぞ」

  「なっ!」

  「リンド、君は俺を虐めたいんじゃない。むしろ、俺に虐められたいんだろう? 男に乱暴に扱われ、ぐちゃぐちゃにされ、家畜のように扱われることを望んでいるんだろう?」