不思議なお店 夢見屋 お客様ファイル -1- 異世界に飛ばされた人間が魔物に変えられちゃう話
夏の暑い日。オフィス街から駅までの帰り道。疲れた体に鞭打ちながら歩く。
大通り、道行く人々は自分と似たような人ばかり。生気のない顔、疲れ果てた表情、重い足取り、ただ目的の電車に遅れないようにと、歩くスピードだけは維持して。
もう空はすっかり暗くなってしまったけれど、辺りはまばゆい街灯が強く照らし、夜だというのにまるで昼間のよう。でも、駅近くのショッピングモール、そのショーウィンドウにうっすらと映る疲れ果てた自らの顔はまるで幽鬼。帰宅ラッシュの他の人々も皆、似たようなもので、その様はさながら百鬼夜行。
この生活が続けられるかどうかも不安だけれども、この生活をやめて、どう生きていけばいいかもわからないのもまた事実。
きっと明日も明後日も、ずっと、ずっと、この列の中にいるのだろうなと思っていた。思っていたのだけれど……。
ただ、その日は違った。普段なら決して気にすることのなかったもの。それは、高層ビルの間にある通れそうな細い路地。暗い、暗い、その先に何があるのかわからないような道。目に留まったのはその横にある、ビル壁に張られた一枚の張り紙。
”この先20メートル奥 『夢見屋』 不思議な道具始めました。”
”貴方の望みを『叶え』ます。”
思わず二度見してしまうその一文。望みを叶えるなんて、そんなことできるはずがない。ただその一文は、本当なのだとしたら非常に魅力的だ。
誰にも言えない、普通の人たちには理解できない、僕の望み。
昔からテレビゲームが大好きだった。特に好きなのはゲームに出てくる登場人物になったつもりで物語を読み進めるロールプレイングゲーム。最初の頃こそ主人公たちに感情移入していることが多かったと思う。でも、徐々に僕の興味は彼ら主人公たちよりも、登場してくる化け物、モンスターたちへと移っていった。
逞しい肉体、どこか歪ながらも美しい造形。彼らに恋をしてしまったのは、僕がどこかおかしいからだろうか。しかし、それでもそんな自分を否定しきることもできず、でも、だれにも言えずに、ただ恋焦がれるだけで生きてきた。
そんな望み、かなえられるはずもない。だけれどもと、ちょっとだけ確認しようともう一度見た瞬間には、単なる自分の見間違いだと気づく。
”この先20メートル奥 『夢見屋』 不思議な道具始めました。”
”貴方の望みを『占え』ます。”
とんだ見間違いだ。現況が良くないからと、願望が認知機能にまで影響を及ぼしているのだろうか。占うが、叶えるに見えるだなんて。
ただ、そのポスターがなんとなく気になってしまう。今時こんな場所で商売なんて成り立つのだろうか。張り紙に書かれていた不思議な道具とは何なのか。占いなんて心の底から信じてはいないが、占うとしたらどうやって占うのか。ちゃんと当てられるのか。
疑問は尽きない。そして、興味も。
気が付くと、僕はその薄暗い路地裏へと足を踏み出していた。明日も仕事だけれど、そんなことも構わないと思うくらいにはポスターの内容に惹かれていたのだ。
唯々繰り返される辛い現実に、唯々繰り返される飽き飽きとした日常に、突然降って湧いた非日常。
何も変わらないかもしれない。だけど、何か変わるきっかけになるかもしれないと、一歩、一歩、暗がりの、明かりのほとんどない裏道へと僕は足を踏み入れていく。
薄暗い路地。足元すら見えないほどの暗い、暗い道。あまりの暗さに少し後悔し始めてきたが、後の祭り。それでもなんとか少しずつ歩みを進めていくうちに、たどり着いたその路地の最奥。そこにその店はあった。
ビルの裏口のようなところに取り付けられた、どこかおどろおどろしい意匠の金属製のドアノッカー。それが付けられているのは両開きの木製の扉。扉の脇には近代のガス灯を思わせる明かりが置かれており、薄ぼんやりとあたりを照らしている。
扉の左右に鎮座している石像はガーゴイルとか言うやつだ、ファンタジーものの物語やゲームでは割とポピュラーな、西洋の悪魔やモンスターを模した守護者像。目のあたりにはめ込まれている輝石がきらりと赤く光っているように見えた。
そして扉の上部にはこれまた木製の看板。よく言えば達筆、悪く言えば読みにくい字で書かれている屋号。
『夢見屋』
「……ここだ。」
張り紙に書かれていた目当ての店が、そこにあった。しかし、こんな場所にある扉を勝手に開けて中に入ってもいいのだろうか。
とは言うものの、せっかくここまで来たのだからと勇気を出して僕はノッカーを扉に打ち付けた。
一回、二回……三回。静かな裏路地に金属音が響く。
「……はぁい。」
男性とも女性ともつかないような中性的な声。ゆっくりと木製の扉が開くと中から出てきたのは、これもまた中性的な顔立ちの青年だった。ぼさぼさとした黒い髪が耳にかかるくらいの長さ、ぱっちりとした目の中の瞳は少し緑色のような色味。着ていたのは真っ黒の、漆黒のローブ。ファンタジーもののゲームや映画の中でしか見たことのないような衣装に、少し心が躍る。
「どうぞ、こちらへ。」
促されるように扉の中へ。ほとんど真っ暗な室内。唯一の明かり、部屋の上部に吊るされたランプは本物の火が揺らめいているかのように揺れている。部屋の中はむせかえるアルコールのような臭いに混じってハーブのような香りがする。相まって室内はまるで大学の研究室や、学校の理科室が思い出されるような臭いだ。
そんな印象と違って中の様子は、どこか懐かしい雰囲気の駄菓子屋のようだった。所狭しと並ぶ棚の中にはプラスチック製の四角い容器。その中には乾燥したハーブや、ヤモリやカエルの干物、ぼんやりと光るパワーストーン。容器はともかく、中に入っているものを見ると、まるで魔法使いの庵にでも迷い込んだかのよう。
「いらっしゃいませ、ようこそ私の店、夢見屋へ。初めてのお客様ですね、どうぞご案内いたします。」
まるで、この店の主かのように話す青年。この青年が店主なのだろうか、見た目には二十歳もいってはいなさそうに見えるのに。その青年に連れられるようにして、店の通路を歩いていく。
「普段はお客様にお望みの夢を見せるハーブティーなどを売っていたのですけれど、最近不景気でして……。なので最近はですねぇ、いろいろと小道具とかも作って売ってたりしてるんですよ。よろしければいかがですか?」
そう言う店主に店の奥に、奥にと案内されていくうちに、棚の中身が先ほどまでの魔法使いが薬を作るのに使う材料のようなものから一変していく。金属質な光沢の大きな工具箱、何の生物を模しているのかわからないようなぬいぐるみ、はたまたパソコンに使えそうな小型の記憶媒体なんてものまで。
これだけを見ても、この店が何の店だかまったくわからない。
「ほら、例えばそこのぬいぐるみは外宇宙を拠点にしている生命体をモチーフに作ってるんですよ、かわいいでしょう?」
なんて、到底現実とは思えないことを話す店主に、少し早まったかなと軽く後悔を覚えつつも、そうしているうちに案内された先は、小さな部屋。テーブルクロスが掛けられているだけの小さなテーブルと丸椅子が二個、休憩室も兼ねているのだろうか、古臭いテレビと黒電話が置かれている。
「どうぞ、お掛けください。それではご用件をお伺いします。」
言われるがままに椅子に腰掛けると、こちらを向いてにっこりと営業スマイルといった感じの笑みを作る店主。そうだった、店内の様子にあっけにとられていたけれど、もともと望みを占うという一文にひかれてここまで来たのだ。
「あの……望みを占ってくれるって聞いてきたんですけれど……。」
本当に当たるんですか? という無粋な質問をそっと喉の奥に飲み込む。大体こういうのは適当に誰にでも当てはまることを言ってごまかすのが常套手段。
だけど……なにか現状を打破できるヒントでももらえたら御の字だと思って。
「はい、はい。占いですか……。全然お客様が来ないのでそういうサービスも入れていたのを完全に忘れていました。少々お待ちを……。」
こちらをじろじろと見つめたかと思うと、ポンと何かを思い出したかのように手を叩く。大丈夫なのだろうか、この人……。
どこからか取り出されたカード、サイコロ、水晶玉に、人間やモンスターを模したような小さなメタルフィギュアみたいなものまで。
これだけいっぱい出されると、何を使ってどうやって占うのか全く予想できない。
手際よくカットされ、テーブルに並べられるカード。小さなメタルフィギュアがそれぞれのカードの上に並べられていく。サイコロを何度か振っては水晶玉に何かを語り掛けている。
「ふむ。それでは、直感でいいので、好きなカードをめくってくださいな。」
言われるがままに、これだと思ったカードを一枚選び取る。カードの上に置かれたモンスターのフィギュアを横に動かして、カードをめくった。灰色の何も書かれていないカード、まるで今までの人生みたいだ。
「ふむ……現状に満足していない。行動したいと思ってはいるけれど、二の足を踏んでいる、と。総じてどうにかして今の自分を変えたいと思ってはいるものの、どうしていいかわからない……。どうですか?当たっていますか?」
まったくもってその通り。とはいえ、そんなもの大抵の人には当てはまるんじゃないだろうか。僕も含めて、そんな人、世界中にいっぱいいるはずだ。
(まぁ、占いなんて普通はそうだろうな。でも……本当に自分の望んでいることが当てられなくてよかったかもしれない……。)
だって、自分が望んでいること。それはとても他人に言うことなんてできないこと。想像上の生物、人外の、それも雄のモンスターに犯されたい……などという普通の男性なら想像だにしないことを望んでいる……だなんて。そう、あのフィギュアのモンスターのような存在に……。
そんな風に思考を巡らせていると、彼は笑った。ドキリと心臓が縮みあがる。だって彼の笑みは、僕の考えを見透かしたような、どこか含むところがあるような笑いだったから。
「まぁ、大抵の人間がそうですよね。そう考えられるのも当然だと思います。私にお客様が現況を打破するためのアドバイスなどはできません。……ですが、その苦しみを軽くするお手伝いくらいならできるかもしれません。」
そう言って彼はテーブルの下から箱を取り出した。電化製品が入ってそうな白く外側がコーティングされた段ボール箱。彼が軽く蓋を開けるとそこに見えたのは、機械仕掛けのゴーグル。今やもう一般でも当たり前になってきているVR機器。
「お客様は超常現象、超能力や魔法といったものを信じてはおられますか? こちらの機械にはですね、私がおまじないをかけていてですね、電源を入れるとお客様の魂を一時的に別の世界に飛ばすことができるんです。そこでならお客様の望むこともできるかもしれませんし……ね?」
張り付いたような笑みを崩さないまま店主が続けた。そんな荒唐無稽なことなんて信じられるわけがない。超常の事が全くないと否定する、とまでは言わないが、今までの人生でそういうことに出会ったわけではない故に。
「まぁ、物は試しといいますでしょう? 無料で一度だけ試していただくのはどうでしょうか。お時間もそれほど頂きません。さぁさぁ、これをつけてみてください。」
無料で、それに時間がそれほどかからないなら、と手渡されたゴテゴテした機械を目の前に装着する。何も見えない。真っ暗な世界。
「それでは、電源を入れますね。ですが一つだけお気をつけください、異世界の存在、その愛を受け入れてしまうと二度とこの世界に帰ってくることはできません。それではごゆるりと……。」
不穏な言葉。しかもその言い分は、僕の隠された望みを完全に理解しているかのような言い草で、恐怖すら感じる。
しかし、そんな僕の恐怖心を気にすることなく、店主はカチリと電源スイッチを押した。スイッチ音が聞こえると同時に、耳に響く機械音。どこか意識が朦朧としてきて、何かがおかしいと感じる間もなく僕の意識は遠のいていく。何かに吸い込まれるように、どこか遠くに飛んでいくかのように……。
[newpage]
そういえば……僕が引いたカードに乗っていたモンスターのフィギュア。あれは何のフィギュアだったっけ……。
⇒狼男 ウェアウルフ [jump:3]
⇒石像のモンスター、ガーゴイル [jump:4]
⇒蝙蝠頭のヴァンパイア [jump:5]
⇒山羊頭の悪魔 [jump:6]
[newpage]
目を開けると、そこは鬱蒼とした森の中だった。ここはどこだろう、どうしてこんなところに僕はいるのだろうか。そう思考を巡らせたところで僕は思い出した。
そういえば違う世界に行けるという、どうにも眉唾な機械仕掛けのゴーグルを付けられて、それから気を失ったような……。となるとこれは夢の中なのだろうか。それとも、心の底までは信じていないが、本当に店主が言った通り、別の世界、異世界に迷い込んだでしまったのか。
きょろきょろとあたりを見回す。
深い深い森の中。透き通った薄い水色を湛えた湖のほとり。鳥のさえずりが遠くから聞こえ、鼻腔をくすぐるのは季節の花々の香りだろうか、どこからともなくいい香りが漂う。
夢の中での森林浴。それでストレス解消ができるとでも言うのだろうか。まぁここが夢の中だというのなら、仕事に追われるということもない、気ままに散策でもしてみようかな、とそう思ったところに、森の奥からガサリと木々の葉がこすれる音。
木漏れ日の中に光る金色の瞳。全身を覆う銀色の毛皮。精悍な狼の顔。
しかし、そこにいたのはただの狼ではなくて、狼の顔に、獣毛に覆われた人のような筋骨隆々の体。何も身に着けていないがゆえに、その逞しい裸体がはっきりとわかる狼男。パキパキと枝が折れる音と共に、奥からぬうっと姿を現した。
じろりとこちらを見つめて動かない。獲物を狙うように、じっとこちらを見つめる狼男、ウェアウルフ。その口角がにいっと上がったかと思うと、狼の足が地面を蹴った。
一瞬のうちに視界が上に飛ぶ。眼前には満面の笑みを浮かべた狼の顔。その奥には木々の枝葉が遠く、隙間から空がわずかに見えた。
あっという間に押し倒されたのだろう。だけど、痛みはない。これは夢なのだろうか。しかし、触れる毛皮の感触は、目の前の狼男から感じる体温は、あまりにも現実的で。
「[[rb:人間 > マレビト]]だ!ようやく見つけた!」
喜色にあふれる声色。大きく裂けた狼の口から、べろりと舌が出たかと思うと僕の頬を何度も舐めてくる。
「あの預言者が言ってた通りだ! 黒き森の奥、夢神の泉のほとりに俺の運命のツガイが現れるって!」
嬉しそうに鼻先を顔面にこすりつけてくる狼男。自らの臭いをなじませるように、擦り込むように。香る獣臭、いまだ嗅いだことのなかった臭気に少し顔をしかめつつも、胸が高鳴る。
「なぁなぁ、俺、ルディ! お前、名前は?」
「……シオン。」
目の前の狼男が問いかけた。夢か幻か、それとも現実なのか。緊張からか喉が引き攣り、声がうまく出ない。唯々、絞り出すように自分の名前を告げた。
「シオン! シオンっていうのか! お前、別の世界から来た[[rb:人間 > マレビト]]なんだろ? なぁ? だって[[rb:人間 > ニンゲン]]と同じ見た目なのに、ただの[[rb:人間 > ニンゲン]]とは全然匂いが違うもんな!」
押し倒された状態のまま、眼前の狼男が語り掛けてくる。この状況に胸の鼓動が治まらない。これからどうなってしまうのか。夢の中だというのなら、何をしてもかまわないというのなら、と少しだけ不埒な考えが脳裏によぎった。
「……あ! いま、シオンからいい匂いがした! 発情期の匂い、フェロモンの匂いだ……! つまり、俺と交尾してくれるってことだよな!?」
狼男の、ルディと名乗った彼の眼が座り、じっとりとこちらを見つめている。はぁはぁと口を開いて荒い息を吐き、その鋭い爪の付いた指先がそっと僕の服にかかる。
「で、でも僕は男で……!」
「……? ウェアウルフは雄同士でもツガイになれるぞ? 大丈夫! シオンならきっと俺の子が孕めるぞ!」
鋭い刃物で裂かれたかのように下着ごと服を剥かれて、露わになっていく肌。顔面に大きな狼の顔が近づき、そして。
貪るように口に吸いつかれる。乱暴で、強引で、野性的な口づけ。絡まされる舌。流し込まれる唾液。口内に広がるケダモノの香り。思わずむせかえりそうなほどの雄の臭い。
でも抵抗しようなんて微塵も思わなかった。だって、それが心地よくて、気持ちよくて。ふさがれている口から、くぐもった呻き声しか出なかったけれど、もっと、さらなる先を求めて彼の首の後ろに手をまわした。
「あ゛~……美味ぇなぁ……シオンの味……。もう俺、我慢できねぇや……。いいよな、だってシオンが俺の運命のツガイだもんな……?」
彼が僕の口から離れて、そう言った。ほんのり下腹部に熱い熱を感じる。何か熱くて濡れているものが当たっている。これはもしかしたら彼の……。
「シオン……俺のツガイになってくれ……、いや……俺のツガイになれ!」
目の前の狼が叫び、大きく口を開ける。そして、首筋あたりに思いっきり、だけど優しく噛みついた。
微かな痛み。少し血が流れていくような感覚と共に、体内に何かが流し込まれる感覚。唾液ではない、魂のような、五感では感じられないような何かが流し込まれる感覚。自分の中身がかき混ぜられて、何か別のものになっていくような不思議な感覚。
そして、変化が始まった。
最初は噛まれた傷口あたりから少しずつ彼と同じ銀色の獣毛に覆われていく。
全身の骨が、肉が鳴り、骨格が、筋肉が人間のモノではなくなっていくのを感じる。
耳の位置が鼻先の長さが、目に見える顔のカタチが変化していき、狼のマズルが形成されていくのが瞳に映る。
音が聞こえる位置もずれていく。きっと頭頂部には狼の耳が揺れていたことだろう。
人間のモノだった歯はすべて抜け落ちていき、きれいに生えそろうのは狼の牙。自分の口の中が変わってしまったのを確かめるように舌が動いた。
思わず握りしめた手の平からはやわらかい肉球の感触。それが足裏にも感じられていくようになって。
お尻から感じたのは未知の器官。狼の尻尾。僕の今の感情を表すかのようにくるりとお腹のほうに巻いている。まるで犬がおびえているときのよう。
そして、最後に、お腹の中に何かができているのを感じた。確実にそうかはわからない、けれど本能的に察する。これで僕は彼の子供を孕める、と。
「わ……わぅ……。」
喉から出た震える声。僕の声だけど、どこか変わってしまったと感じる声。ウェアウルフになってしまった僕の声。恐怖心はあった、だけど。
「かわいいな……シオン……。」
僕に噛みついて、口元を血でべったりと濡らした狼男が、こちらを愛おしそうに見つめていた。ペロリ、ペロリとツガイを労わるように舌を僕の頬に這わせる。それが、とても愛おしく感じられて。
ウェアウルフというモンスターになってしまった本能が、彼が僕のツガイであると認めてしまっているかのように、そっと僕も彼の頬を舐め返した。
「ぐるる……。」
優しく彼が唸る。もう我慢ができないと、言葉ではなく獣の唸りで彼は求めてくる。それを受け入れるように僕は素早く四つん這いになって彼に背中を向けた。胸が高鳴り、僕の感情が反映されたかのように僕の尻尾が揺れていく。
背中に感じる彼の毛皮の感触。ガチガチに硬くなった彼の雄が下の穴に触れているのを感じる。先走りで濡れているソレが、ゆっくりと、ゆっくりと、中に突き入れられていく。
「くぅん……♡」
気持ちいい。気持ちが良くて思わず声が漏れる。まるで子犬のような鳴き声。でもそれが彼の興奮をさらに刺激したようで。
「ぐるぅ!ぐるるぅ!がぅう!がぅぅ!」
ケダモノが声を上げて、激しく動き出す、中で暴れる彼のペニス。突かれた体内が快感を発し、徐々に、徐々に高まっていき、僕は雌犬のように、鳴き、喚く。
そうしていくうちに彼の興奮が最大にまで高まっていく。彼の雄の象徴、その根元が膨らみ、抜けないように固定されていく。
二匹の狼の遠吠えが、森に響き、そして、ドクン、ドクンと体の中に熱いものを感じる。彼の欲望、彼の愛、それを全身で感じて。
そしてひと際強く突きあげられると同時に、優しく抱きしめてくる彼の太い腕。
一瞬だけ脳裏によぎる、店主の言葉。”異世界の存在の愛を受け入れてしまうと、二度と帰ってくることはできない”という注意事項。
だけど構うものか。ずっと、ずっとこうしていたい。元の世界になんて帰れなくてもいい。
その思考が僕の頭の中に生まれたその瞬間。僕はもう元の世界には戻れないという実感と、それでもこの世界で彼と生きていたいという思いだけが、僕の中を渦巻いていた。
ウェアウルフのツガイ編 了
ほかの結末も見る [jump:2]
エピローグへ [jump:7]
[newpage]
目を開けると、そこは石造りの建物の中。石畳の床の上で目を覚ます。
遺跡か、神殿か。そんな印象の建物の中の小さな小部屋だった。ここは一体どこだろうと、あたりを見回してそこでようやく思い出す。
家への帰り道、変な店に立ち寄ってつけられたVRゴーグルのような機械。それを装着してから気を失ったことを。
気を失ったということは、ここは夢の中だろうか。それとも、本当に別の世界なんてものが存在するのだろうか。
ぼろぼろの石壁に手をつきつつ、ここがどこなのかを確かめるために部屋の外に出た。
広い、広い部屋。天井の高い大広間。天井からは日の光が差し込んでいるかのように明るい。しかし、大広間の各所には瓦礫が積み上がり、長年に人の手が入っていない様子が見て取れる。
大広間の真ん中の方にはいくつもの台座があり、その幾つかにはまだ石像が鎮座していた。
蜥蜴のような顔、狼のような顔、猫のような顔。猛禽類のような顔。様々な動物のような顔に、だけどその額には二本の禍々しい角が生えていて、筋骨隆々の身体、そして悪魔のような翼に尻尾、かぎづめの付いた手足。
先ほどまでいた店、夢見屋。その店先にもあったガーゴイルが四体、まるでゲームのダンジョンの中のようにきれいに並んでいた。今にも動き出しそうなほど精巧でまるで生きているかのような石像群。そのあまりの見事さにそっと手を触れた。
暖かい。まるで生きているかのように。びっくりして思わず像の顔を見る。石のようだと思っていた目に生気が宿り、それらが全てこちらを向いていた。
「ニンゲンだ!」「ホントウか?」「エモノだ!」「久方のエモノだ!」
石像たちが口々に喋りだす。
翼を開き、台座から軽やかに飛び降りる石像、ガーゴイルたち。前から、後ろから、四方から迫る巨体に挟まれて、もう動けない。
夢か、現実か、今の状況がどちらなのかはわからないけれど、彼らが僕に友好的にはとても見えなくて、これから何をされるのかわからない恐怖に思わず目をつむってしまいそう。
「痛くシネェからヨ、安心シロ?」
蜥蜴顔のガーゴイルがそう言った。鋭い爪の付いた手が周囲から伸びて服を裂き、見る見るうちに、彼らの間に挟まっていた僕はすっかり生まれたままの姿にされてしまう。
「まずは、オレからナ!」
狼顔のガーゴイルが僕の身体を思いっきり持ち上げた。宙に浮くような浮遊感と共に、彼の腕の中へとすっぽりと納まる僕の身体。僕の下半身に、熱いモノが触れているのを感じる。よく見たら彼らの股座、そこに存在したスリットからは狂暴そうなトゲトゲのペニスがはみ出し、今か今かと激しく主張するように先走りを垂らしている。
それを見て、ドキリと胸が高鳴った。これから何をされるのか、淫猥な想像が頭に浮かぶ。
そして……、下半身に走る衝撃。僕の体内にあの狂暴そうなペニスが突き入れられたのを感じる。あんなものが挿れられるなんて痛いに決まっているだろうに、感じるのは痛みではなくて、唯々快感のみ。
「スゲぇ締め付けだナァ?」
「ぅぁ……♡」
溜まらず息が漏れる。背面駅弁のような体制で持ち上げられたまま、何度も何度も体が上下する。そのたびに体の奥を何度も何度も突かれて、そのたびに快感が増していく。きもちいい。キモチイイ。キモチイイ……。
「いいナ、いいナ。オレもう我慢できネェ!」
そう言ったのは猫顔のガーゴイル。そっと上下運動を繰り返す僕の胸元に顔を近づけてきて、そして。
ザリ、ザリ、ざりり……。
ざらざらの舌が胸を這う。胸の先端を丹念に舐めあげられると、快感が増し、意識がもうどこかに行ってしまいそう。
そしてずいっと、こちらの手にペニスを押し付けるようにしてきた蜥蜴と猛禽、二頭のガーゴイル。
手で扱けと、そう言っているように感じた。感じるがままに、後ろから狼頭に上下に抽送を繰り返されつつも優しく両手に熱いモノを握る。
両手が熱い。熱い。耳に届く彼らの荒い息遣い。少しずつ少しずつ、手を命じられるままに動かして
「コイツ、本当にニンゲンカ? 今までのヤツら、ミンナこんな風に喘イデるのミタコトねぇゾ?」
「ケケ!良いジャネェカ! オレ、コイツ、気にイッタゾ!」
蜥蜴と猛禽がそう言った。ぐちゃぐちゃと先走りに濡れる音と湿った感覚が両手に伝わる。快感に喘ぐケダモノたちの唸り声、そして全身を攻め立てられる僕の嬌声が誰もいないであろう遺跡の中に響く。
「前に作っタやつハすぐニ壊れちマッタからナァ。 コイツなら、耐えられソウ!」
胸元から顔を離して猫顔が言った言葉が遠い。何か不穏な空気を察するも、もう逃げられない。逃げだせない。
だけど逃げ出す必要なんてあるだろうか。僕はずっと、ずっと、こんな風にモンスターに犯されるのを望んでいたような気がする。
一瞬だけ脳裏に”異世界の存在の愛を受け入れてしまうと、二度と帰ってくることはできない”という店主の言葉を思い出す、けれど。
疲れて帰る毎日。死人のような僕の顔。先の見えない日々。それらを思い返すたびに帰れなくてもいいと感じてしまう。
ニィと目の前の猫顔のガーゴイルが笑った。相変わらずの邪悪そうな顔だったが、その表情にはどこか愛情のようなものが感じられて。
それと同時に背後から一際強く突かれる。中に流し込まれる感覚と共に、両手からもあふれ出るねばついた精液の感触。そして目前からは顔面に向けて正面のガーゴイルから白濁をぶちまけられた。
息が荒い。息が苦しい。息ができない。液体音と共に下の穴から抜け出る感覚と共に両手からも、目の前からも彼らが離れていく。
「成功したカナ?」「まぁ、見守ルしかネェナ。」「ケケ!ぜってぇ大丈夫ダ!」「アレダケ、淫乱だからナ。俺タチみたいニ、いいガーゴイルになれるゼ。」
四体のガーゴイルが目の前に並び、口々に何かしゃべっている。でも激しく動かされた僕は息も絶え絶えで彼らの言葉はもはや遠く。彼らにぶちまけられた精液まみれになって床に転がっていた。
そして、次の瞬間、まるで石膏のような白濁が僕の身体を覆っていく。全身をコーティングするかのように白濁が動き、僕の皮膚を白く染め上げていく。内側からも、外側からも。
それが指先を覆ったとき、僕は本能的に察した。だって、その指はもはや人間のものではなくて、まるで彼らの……。
どんどん全身を覆っていく白い部分、お尻のあたりに感じる違和は尻尾が生えてきているのだと直感的に理解した。自分の意思に応じてくゆりと揺れる。
そして顔、顔面を覆っていく石膏。白濁が形を変え、僕の顔を覆う。前が見えない。何も聞こえない。でも少しずつ世界に光が満ちて。
ようやく自由に動くようになった手で目のあたりを覆っていた石膏をはがすと、目の前には少し遠巻きに笑う彼らの顔。四体のガーゴイルが、魔法で生み出したのだろうか、姿見を持って立っていた。
そこに映る僕の姿は、真っ白な皮膚。人間のころに比べたら少し筋肉の付いた肢体。性器は体内に収まっているのか股座にはスリット。そして、山羊のような顔をしたガーゴイルの姿がそこにあった。僕が手を動かすと、姿見の中のガーゴイルもそれにならう。
「ヤッタ!ヤッタ!」「新入りダ!何年振りダ?」「嬉しイネェ。コレで当分楽しめソウダ。」「よろしくナ!新入リ!」
口々に目の前のガーゴイルが言う。人間でなくなってしまったという実感は湧かないけれど、ただ、もう二度と元の世界に帰れないことを本能的に感じた。だから……。
「よ、よろしくお願いしまス……。」
新しく生まれた声帯から出る声は、確かに僕の声だったけれど、どことなく彼らに近い声色で。
「それじゃあ次は俺ナ!」「お前モ、いいよナ? 新入り!」
石像たちの饗宴は終わらない。きっと、ずっと、ずっと……。僕はニタリと口角を上げて、その問いに答えた。
ガーゴイルの群れ編 了
ほかの結末も見る [jump:2]
エピローグへ [jump:7]
[newpage]
気が付くと、僕はどことも知れない場所に立っていた。後ろには鬱蒼とした森、そして目の前には……。
「ここは、何処……?」
どこからどう見ても西洋風の古城、こんなもの今まで実際に見たことがない。つまりこれは夢か、はたまた店主の言った通り異世界なのか。
頭から信じられるものではないが、夢だというにはこの現実感はあまりにも本物のよう。靴越しに床を踏みしめる感覚、頬を撫でる風の感覚も夢には思えない。
しかし、これからどうしたらいいのだろうか。森の中は一寸先は闇というほど暗く、さすがにそちらに行くのは憚られる。仕方なく城の門のほうへと足を向けた。
門は完全に閉まっていて、どうやったら開けることができるのかわからないほど巨大だ。ここにきて森の方に戻らないといけないのか、思案した、その瞬間。
ギギギと軋むような音を立てて木製の城門が少しずつ動き出す。まるで、侵入者を誘うかのように。誘われるまま、僕はその城の中に入っていく。恐怖心がなかったわけではない、けれど、何かに呼ばれているような気がして。
中に入るとあまりに広い玄関ホール、一面に赤い絨毯が敷かれ、管理するだけでも大変そうだというのに埃一つ見当たらない。天井にはシャンデリアがまばゆい光を放ち、窓が見当たらない室内だというのにまるで昼間の様な明るさである。しかし人の気配は一切感じられない。誰もいない、そう思っていたところに。
「ようこそ、私の城へ……。世界を渡る旅人殿。私、この城の城主を務めております、ヴァンと申します、以後末永くお見知りおきを……。」
突然、耳元で囁かれる男性の声。あまりに急で心臓が止まるかと思うほどで、思わず声の方に振り向く。そこにいたのはどこからどう見ても人間ではない、二足歩行の吸血蝙蝠、それがマントの付いた礼服に身を包み、そこに立っていた。
「ふふ、そんなに怖がらないでください。そんな風に恐怖に怯えている姿を見ると……昂ってしまうじゃありませんか。」
ニィっと牙を剥いて蝙蝠が笑った。ドキドキと胸の高鳴りが止まらない。恐怖心もあったけれど、それだけではなくて、これから何をされるのかという期待感。
自分がずっと、ずっと望んでいた、元の世界では決して満たされないと思っていた願望が、脳裏に浮かぶ。
「……面白いヒトですね。恐怖心も感じますが、それ以上に……淫靡な匂いを感じます。お名前をうかがっても?」
「……シオン。」
何とか喉から振り絞るように声をだす。心臓が痛い。これから何が起こるのか、期待しているようなことが起こらず、ただ殺されるだけだというのは嫌だな、と頭から不安が離れない。
「貴方に相応しい、可愛らしい名前ですね。フフ……それではシオン、私の部屋にご案内いたしましょう。」
パチンと、彼の指が鳴った。その瞬間、一瞬で世界が切り替わる。城のホールではなく、天蓋付きの巨大なベッドのある大きな部屋。部屋の調度品一つとっても、僕の給料で買えるかどうか、そんな豪奢な部屋。そのベッドの上にいつの間にか僕は居た。
「貴方がこの世界に舞い降りた時、一目見たあの時から、ずっと気になっていました。その美しい魂の色、命の輝き。」
ゆらりと、まるで影が動くかのように近づいてくる彼の姿は、すでに一切の服が消えていて、逞しい筋肉に、股座には僕とは比べ物にならないほど巨大な雄の象徴が揺れている。惜しげもなく見せつけるようにこちらに歩いてくるその姿は、まるで西洋の美術品のよう。
「それを……私色に染め上げてしまいたい。貴方を私のモノにしてもいいですか、シオン?」
牙を剥いてほほ笑む彼が、パチンと再び指を鳴らす。魔法だろうか、一瞬で僕の着ていた服が全て消えた。ベッドの上には何もできない人間が、吸血鬼の獲物がただ一人。
恐怖と緊張でうなずくことはできなかったけれど、僕がそれを望んでいることを察したのだろう。彼がゆっくりとこちらに近づいてくる。
ベッドの上に彼が座り、その逞しい腕でそっと、力強く抱き寄せられる。背中越しに感じる彼の胸板。下半身に感じるのは熱い、熱い、熱。逞しい陽根が、僕の下の穴に触れている。
「吸血鬼の長い、永い生の中、一度だけ行使できるという吸血鬼の”抱擁”を貴方に……。」
彼の背中から生えている大きな翼、その翼膜が僕の周囲を取り囲むように覆っていく。外の世界から僕を隠すように、獲物を独り占めするかのように。
真っ暗な彼の翼の中、彼の吐息が首筋にかかる。そして、軽い痛み。食い込む牙の感触。血が吸われていくのと同時に何か、目に見えない何かが彼の中に吸い込まれていく。そして、逆に何かが流し込まれていく。
その瞬間、”異世界の存在の愛を受け入れてしまうと、二度と帰ってくることはできない”という店主の言葉がわずかに脳裏をよぎる。
でも、構わない、あの世界で、『僕』という存在を必要としてくれる人はいない。だって僕はあの世界で、あの社会で、いくらでも代わりの効く存在だったから。それなら、『僕』を必要としてくれている彼の許でずっと、ずっと傍に居たい。
混ざり合い、混じり合い、僕と、彼との存在の境目があいまいになっていく。そして変化が起きる。
犬歯が、牙が伸びる。伸びていく。全身をうっすら生えそろう黒い毛皮。体が変わっていく、全身が熱い、あつい、アツイ。
背中、肩甲骨のあたり、そこから何かが生えるような激しい異音、でも痛みはなくて、唯々気持ちが良くて。
耳が尖り、頭頂部へと位置が変わる。そして少しずつ伸びていく鼻先。きっと今の僕は彼と似たような蝙蝠の顔。熱にヤラれて呆けてしまった表情をきっと晒していることだろう。
彼の翼膜の中の暗闇が徐々に明るく感じられるようになって、暗がりが心地よく感じるようになって、そこで僕を包んでいた彼の翼が離れていった。
そこにいたのはかつての吸血鬼とその獲物ではなくて、二匹の蝙蝠のツガイ。二人の吸血鬼が残された。
「ふふ……人間でなくなってしまったとしても、私好みの色に染めてしまっても……その魂の美しさは変わらないままですね。かわいいですよシオン……。」
どこか名残惜しそうに、彼は首筋から口を離す。しかし、下半身に感じる彼の熱はさらに熱く、熱くなって。
「ふふ、こんなに心が昂るのは何時ぶりでしょうか……、どうかこの昂りを鎮めるのを手伝ってくださいますか、私のツガイ。シオン……。」
僕はコクリと小さくうなずき、そっと彼に口づけした。了承の合図だと受け取った彼が、僕をベッドに優しく押し倒して、僕と彼がの距離がゼロになる。密着した体がつながり、軽く声を出した。
ゆっくりと腰を動かして、動かされて、僕の体内で彼がゆっくりと動く。それが気持ちよくて、たまらず上がる嬌声。
「大丈夫、時間ならたくさんありますから……長い永い時を一緒に過ごしましょうね、シオン……♡」
それから、人間では考えられないほど、長い時間、彼と繋がって過ごしていた気がする。きっと、僕はもう、元の世界に戻ることなんてできないのだろう。
でも、僕は幸せだった。彼に求められるままに、彼と愛し合って。これからの永い時を彼と過ごすことに思いを馳せて、僕は目を閉じた。
新たな吸血鬼の誕生編 了
ほかの結末も見る [jump:2]
エピローグへ [jump:7]
[newpage]
「ここは……?」
意識を取り戻すと、そこは、まるで神殿のような場所だった。夢にしてはリアルで、現実にしては荒唐無稽で、どうしてこんなところにいるのかわからない。本当に、あの店主の言ったとおり、本当に異世界に来てしまったかのよう。
石造りの床と壁、高い天井は一部が崩れかけ、その奥からは曇り空が見える。部屋の奥にはこれまた崩れた石像。まるで神様をかたどったような像だったが首と片腕が無い。
まるで海外の観光地の遺跡みたいだと、その時には呑気に考えていたと思う。像の前までゆっくりと歩みを進めていくと、観光地や美術館なら規制線が張られてるだろうし、こんな風に近くまで寄ることなんてできないだろうな、なんて思いつつ。
しかし、そこにあったのはある種の祭壇。神への捧げものを置くその台座には赤黒い染みが、そして、鉄の臭い。嫌な予感、死を思わせるその臭いが、ここにいてはいけないと、脳に警鐘を鳴らしている。
慌てて駆けだしそうになるも、足場は悪く、瓦礫が転がる地面に混じって、ちらりと見える白いもの。……骨だ。
動物のものか、それとも人間のものか。僕には区別がつかないけれど、死を連想させるものが身近に増えてさらに恐怖心が増していく。
転ばないようにゆっくりと、しかしできうる限り早く、駆け足で神殿の外へと急ぐ。だけど、僕は足を止めた。
神殿の入り口であろう扉。蝶番が壊れ半開きになったその扉の前に、化け物が腕を組んで立っていたから。山羊の頭を持った悪魔、端的に言い表すとそのような存在が。
筋骨隆々の四肢に全身を覆う黒い獣毛。曲がりくねった頭の角は禍々しさと雄々しさを兼ね備えていた。短めの尻尾は、少し苛立ったように激しく揺れ、鼻息が遠くまで聞こえるほど。その赤い瞳はまるで宝石の紅玉のようだった。
しかし、一番目に留まったのは、その股座から伸びる巨砲。赤黒く、血管の浮いた雄の象徴。ピクリ、ピクリとうごめき、先走りを垂れ流しているのを見ると、なんだか胸の高鳴りが激しく、止まらない、治まらない。
「遅い……。遅いぞ……。この俺様にあれだけ働かせておきながら、贄の手配が遅れているとは……。」
目の前の悪魔が一人言ちた。何かを待ってイラついている様子が少し離れたここからでも聞き取れる。そして、彼と、目が合った。
深紅の瞳。それがこちらに向いている。身体が石になったように動かない。まるで魔法でもかけられたかのように。
のっしのっしと一歩、また一歩と力強く蹄で踏みしめるようにして、悪魔がこちらに近づいてくる。そして僕の顔を見てニィと笑った。
「ようやく来たか、俺様に相応しい贄が!」
邪悪な笑みを浮かべながら、悪魔が僕の顎を掴む、僕の顔を確認するかのように。だけど、その視線は、焦点は、僕の顔ではなく、その奥、僕の頭の中を見ているかのようで。
「貴様、名は?」
「……シオン。」
恐る恐る口に出した僕の名前を聞いて、悪魔は満足そうに鼻を鳴らした。どことなく嬉しそうなその様子に、おそらく命までは取られることはないだろうと思って少しだけ安堵する。
「ククク……。それが俺様の妻になる者の名前か。では俺様も名乗ろう、俺様の名前はレオナルド、貴様の魂に刻み込んでおくがいい!」
……妻? 脳が、思考が一瞬凍り付く。レオナルドと名乗った悪魔は確かにそう言ったように聞こえた。誰が? もしかしたら僕が?
「クク、期限こそ遅れてはいるが、俺様の要望通りの実に美味そうな人間だ。貴様から漂うこの芳醇な魔力の香り……、実に俺様好み……、では、さっそく頂くとしようか!」
目の前の悪魔の口が大きく裂ける。肉欲に満ちた淫猥な笑みを浮かべながら彼が服の上から僕の胸に触れた。こそばゆい、その凶暴そうな見た目に反して優しく、なぞるかのように彼の手が滑る。くすぐったくて思わず息が漏れた。
「この程度で感じているのか、シオン? このままでは、俺様が本気を出したら貴様を壊してしまいそうだな……。」
思案するように首を傾げつつも、何かを思いついたように微笑む悪魔。そして彼の口から未知の言語が紡がれた。まるで魔法のような、呪いのような、聞いたことのない呪文。
それを、唱え終わった瞬間、僕の全身を青白い焔が包み込む。
熱い、冷たい、わからない。理解できたのは全身を襲う激しい快感だけ、まるで全身が性感帯にでもなってしまったかのように。この身体は燃えてはいないのに、衣服だけは火が付いたように灰になっていく。喉からはくぐもった喘ぎしか出ず、全身の快感に悶えることしかできない。
しかし、これは前座でしかなかった。気持ちがよすぎて薄っすらとしか開かない僕の眼に、異変が映る。腕から白いものが生えている。これは獣毛?
それが徐々に、徐々に、快感と共に広がっていく。変化が広がっていき、指先まで変化が進むと、爪がまるで蹄のように変化し固くなっていく、目の前の悪魔とお揃いのように。気持ちいい。
僕の肌を走るように広がっていく白い毛皮。それがお尻のあたりまで到達すると、何かが、おそらく尻尾が生えていく感覚。未知の器官が発する快感に足が震えて、まるで生まれたての子山羊のよう。きもちいい。
変化が首にまで達すると、徐々に変わっていく顔の形。伸びる鼻先、音が聞こえる位置が変わっていくのは耳の位置が変化しているから。額からも何かが伸びていく感覚があり、手を添えると、子ぶりながら目の前の悪魔にそっくりな曲がりくねった角。キモチイイ。
変わっていく、人間でなくなっていく。普通なら恐ろしいと感じるだろうに、僕の頭の中はただただ快感でいっぱい。この快感を享受するのに夢中になってしまっている自分がそこにいた。
全身の変化が終わり。青白い焔が燃え尽きると、そこに残されたのは真っ白な毛皮の、目の前の悪魔にそっくりな存在。それが彼の深紅の瞳に映っているのが見えた。
「ククク……、我が妻よ、俺様と同じ悪魔になった気分はどうだ? その肉体ならばこれから与えられる快感にも耐えられるだろう……、では愛し合おうか……♡」
力強く僕を抱き寄せる、悪魔の太い腕。貪るようにされる口づけを、僕は自ら受け入れていく。だって、だって、ずっと、ずっと、こんな風に愛されたかった、こんな風に愛し合いたかった。長い悪魔の舌同士が絡まり、唾液がみだらな音を立てる。
深い深い、悪魔のディープキス。口でつながっている間にも、その鋭い爪の付いた手が体を弄る。背中を、腰を、お尻を、そして敏感な尻尾まで。彼が全身を撫でるたびに快感で身体が震える。
そして、下の穴に触れる彼の欲望。あの時に見た彼の巨大なペニスが、熱と獣欲を滾らせながら硬度を増していくのを感じる。そして、優しく僕の身体を触れていた彼の手が急に乱暴にがっしりと脚の付け根を掴んで、僕を持ち上げた。
宙に浮く僕の身体。無遠慮にあの巨根が突き入れられるけれど、痛みはなく、そこにあるのは快感だけ。中を抉られて、快感を発する部分を激しく押さえつけられて、身体にもう力が入らない。乱暴に体を上下されて、そんな乱暴に扱われてさえも快感が増していく。
頭がどうにかなってしまいそうなほどの快感が続く、続く、続いていく。そして爆発するかのように膨れる悪魔の魔羅。中で暴れ、脈動する彼自身が吐き出す大量の白濁。意識が保てなくなって、どこか遠いところに消えてしまいそうな中、僕の脳裏に浮かんだのは、”異世界の存在の愛を受け入れてしまうと、二度と帰ってくることはできない”という言葉。
でも、そんなことはもう関係ない。こんなにキモチイイなんて、こんなに愛してもらえるなんて。きっと元の世界では味わえなかった感覚。この感覚を手放したくない。
「愛しているぞ、我が愛しい妻よ……。」
自分の夫となった悪魔の声を最後に、僕の意識は優しい闇の中に、ゆっくりとまどろんでいった……。
悪魔の伴侶編 了
ほかの結末も見る [jump:2]
エピローグへ [jump:7]
[newpage]
薄暗い乱雑な中身の棚の並ぶ店の奥。一人の青年がゆったりと椅子に座ってテレビを眺めている。
少し、いや、かなり古臭い、もはやレトロの領域に達したその四角い箱型のテレビの画面には、この場所ではない何処かの様子が映し出されていた。
森の中、嬉しそうに駆ける二人のウェアウルフ。特殊メイクか、それともCGか。”この世界の”人間がこの画面を見たとしたら、きっとそう思うことだろう。
だが、それが本当にこの世界とは違う世界のことを映し出しているということを知っているのは、この世界には彼だけしかいない。
幸せそうな二人の様子を確認すると青年はゆっくりとチャンネルを変えていく。
ぼろぼろの廃墟と化した遺跡の中、五体のガーゴイルが整然と並ぶ様子。不死者たちの住む古城のテラスで、二人で月を眺める吸血鬼たち。悪魔達の住まう領域で黒山羊の悪魔にしなだれかかる白山羊の悪魔の姿。
それらの様子を見て、青年はうんうんと満足げにうなずいた。
「どうやら、満足していただけているようですね、お客様。私もお客様のお役に立てて満足です。……っと失礼。」
甲高い音を立てて電話が鳴る。今時もう珍しくなってしまった固定電話。しかも、これもまた古臭いダイヤル式の黒電話である。青年は受話器を取り耳に当て、語りだす。
「はい、こちら、夢見屋です。はい、お客様のお望みの通り、魔物化に親和性の高い人間の魂の納品が完了いたしました。届け先の皆様も、商品であるお客様も満足していただけて、こちらとしても幸いでございます。ええ、報酬はまたいつものようにお願いしますね。」
魔物化、人間の魂、商品であるお客様。不穏な言葉を紡ぐ店主。
「え? こんなに似通った品質の人間の魂をどうやって集めた……ですか? そうですね、本来なら企業秘密なのですけれど……特別にお教えしましょう。それでは、お客様は並行世界、パラレルワールドという言葉はご存じですか?」
青年は続ける。並行世界、パラレルワールド。この世界ではない、別の世界。限りなく近く、それでいて決して交わることのない、限りなく遠い世界。様々な事象が分岐するたびに生まれ続ける別世界群。
「ええ、並行世界の同存在、つまり複数の並行世界から同じ存在を、藍沢 シオンさんというお客様の魂を納品させていただきました。この方法ですと、難しい案件の時に何人も別の魂を探さなくて済むので重宝してるのですよ……っと申し訳ありません、また新しいお客様がお見えになりましたので、これにて失礼させていただきます。」
受話器を置く音が、静かな店内に響き渡り、そして彼が入り口に歩いていく。そして、扉を開けて”こちら”を向いた。
「いらっしゃいませ、ようこそ私の店、夢見屋へ。”初めてのお客様”ですね、どうぞご案内いたします。 藍沢 シオンさん、フフフ……。」
不思議なお店 夢見屋 お客様ファイル -1- 了