兄妹

  狭い空間にはタブレットを操作している白いポケモンとギラちゃんの姿しかなく、彼らは炬燵に入ったまま思い思いの時を過ごしている。白いポケモンはタブレットの画面を触ると、苦い表情を浮かべた。

  『うわ...またノーマルカードだ...もう諭吉だけでアイドルユニット組めるよ』

  白いポケモンは涙目になりながら呟くと、悔し紛れに湯飲みの茶を飲み干した。その姿を見たギラちゃんは呆れた表情をみせると、溜め息をこぼした。

  『いい加減課金するのを辞めたらどうだ?もう同窓会ができるほどの諭吉を投入したんでしょ?』

  ギラちゃんの言葉に白いポケモンは悔しそうに唸り声をあげると、そっぽを向いた。まるで子供のように拗ねる白いポケモンにギラちゃんは苦い表情のまま笑った。

  『もし課金しなかったら、今頃新しいタブレットとスマートウォッチも買えた筈だぞ。それこそ最新モデルとかね』

  ギラちゃんの指摘に白いポケモンは『うぬぬ...』と低い声を漏らすと、机上に置いてあるカタログに目を向けた。そこには最新モデルのタブレットやスマートリングのチラシが置いてあり、それとタブレットの画面を見比べた白いポケモンは顔を突っ伏した。

  『あぁ...あそこで課金するのを辞めれば良かったな...』

  白いポケモンはふてくされた表情でギラちゃんの顔を見ると、強請るような目を向けた。それを見たギラちゃんは鼻で笑うと、湯飲みに口をつけた。

  『そういえば、あの船はもう沈んだかい?』

  ギラちゃんの問いに白いポケモンは突っ伏したまま『んー』と呻いた。そして顔をあげてタブレットの画面を操作すると、伏し目のまま口を動かした。

  『...あー、気の毒に...ディアルガの狂信者達に拷問されてるよ』

  白いポケモンの言葉にギラちゃんは同情するように溜め息をこぼした。だが、その目は笑っており、玩具が壊されつつある状況を楽しんでいた。

  まるで無邪気な子供のように。

  ギラちゃんの目に白いポケモンの顔が映った。

  その目はギラちゃんと同じ様に、無邪気に玩具を壊して楽しむ子供のそれであった。

  *

  薄暗い室内には寝台のみがあり、その上では果てたKが大の字になり、横になっていた。疲れ果てたKの息は荒れており、外套の下から覗く排泄孔が微かに揺れている。白い液体を垂らすそれを見たバクフーン、将校は、指先に灯した火で煙草を点けると、それを咥えた。

  「...相変わらず素晴らしい味だ」

  Kの姿を見た将校は満足そうに呟くと、口から煙を吐き出した。将校の言葉を聞いたKは僅かに身じろぐと、身体を起こした。外套の下から覗くKの目を見た将校は、自身の着ていた黒い外套から別の煙草を取り出すと、先ほどと同じ様に火を点けた。煙が上がり続けるそれを手に取ると、将校はKの口元に近づけた。Kは煙草を見ると嫌そうに顔を背けるが、煙草の臭いを嗅ぎ、戸惑いながらも煙草を咥えた。

  煙草の煙を深く吸い込むと、Kは身体をくねらせ、目元を緩めた。将校は煙草の煙を吸い続けるKに向かって小瓶を差し出すと、中身の薬液をKの口に流し込んだ。

  「飲め」

  将校の言葉にKは素直に応じると、口内を満たす薬液を飲み干した。煙と薬液を摂取したKは息を荒げると将校に向かって尻を突き出した。

  口を開けた排泄孔はヒクヒクと震えており、餓えているが伺える。その姿を見た将校は薄ら笑いを浮かべ、Kの腰を掴み引き寄せた。

  そのままKの孔に自身を押し込んだ。

  Kは孔を満たす感覚に嬌声をあげ、将校は口元を歪めたまま腰を振り続ける。

  「...この薬は効果がありすぎる」

  そう呟いた将校はKの身体を乱暴に弄ぶと、小瓶と煙草に目を向けた。それを作った者の顔を思い出し、将校は僅かに口を開いた。

  「これだからニンゲンの知恵は...末恐ろしい」

  将校は小声で呟き、媚薬を含んだ煙草と薬液をKに与えた。Kは素直にそれに応えると、将校の望むままに媚薬を摂取し、発情した身体を将校に向けた。Kの身体から漂う甘い香りに将校は欲情すると、排泄孔に欲望を吐き出した。

  遠くから木霊するKの声を聞いた私、リオルのグレーゴルは時の守護者達に引きずられながら収容所の中を移動していた。私の両脇を抱える守護者達は無抵抗の私を力任せに連行すると、そのまま一室に放り込んだ。冷たい床を転がった私は空気の塊を吐き出すと、震える身体で辺りを見渡した。

  薄暗い室内には影が一つだけあり、私を見つめている。

  影の視線に私は顔を背けるが、影は閉口したまま何も話さない。私の視線など気にもせず、影はゆっくりと歩み寄ると、私の顎を掴み強引に視線を合わせた。

  「...」

  影、ヨノワールのフランツと目があった私は、その一つ目を見て恐怖心を抱いた。

  (コイツ...)

  フランツはディアルガ配下のポケモンであり、権利者側である。彼が時の守護者達に虐げられる可能性はごく限りなく存在しないが、彼の目には絶望と恐怖の色が滲み出ている。それは視線の合った私にも伝染し、私は無意識に目を逸らすと、盗み見るようにフランツを見た。

  (見たところ栄養失調や怪我もない...それどころか相当な腕っ節だな)

  太い腕と体躯から、フランツがかなりの実力者であることが伺える。しかし、フランツは恐怖と絶望を抱いたまま私から視線を逸らすと、近くの作業台に向かった。

  机上には、赤黒く汚れた金属の道具が置かれている。

  それらは外科手術などに用いられる医療器具に似ているが、不衛生なそれが手術に使われるとも思えない。加えて、室内の床には大量の乾いた血痕がある。

  そして将校の放った「フランツに任せる」という言葉、周囲の状況とそれから結論に至った私は、思わず失禁しそうになった。

  (コイツは拷問する気だ...)

  それに気がついた私は地べたを這い蹲る虫のように後ずさるが、両手を拘束されているため、思うように動けずにいた。そんな私を見下ろしたフランツは静かに歩み寄ると、私の首を掴み強引に持ち上げた。

  気管と動脈が締められ、頭蓋内の圧があがる感覚が広がる。

  私の口から微かな呻き声が漏れる。それを耳にしたフランツは無表情のまま私を引きずると、室内の中央に私を突き飛ばした。乾いた血痕の中央に転がる私の鼻腔に、鉄の匂いが広がる。それにより吐き気が込み上げるが、私は何とかそれを堪えるとフランツを見上げた。

  フランツの表情に変化はみられないが、目には恐怖と絶望の色が浮き出ている。フランツはそのまま私に近づくと、鎖がついた重たい鉄の首輪を私に装着した。想像以上に重たいそれは、私の首を締め付け、体温を遠慮なく奪っていく。心なしか私の身体も冷えており、私は無意識に身震いした。

  震える私を見下ろしたフランツは身を屈めると、私の顔を見た。

  フランツは血のついたペンチを取り出すと、私の手を掴み、指の付け根を挟んだ。

  冷たいそれが指に当たり、私は身を震わせた。

  「私は将校様からお前の身の上を聞き出すように命じられた...貴様は何者だ?」

  フランツの声は至極冷たいものであったが、彼の目は恐怖で震えていた。瞳孔が微かに震え、フランツは数回瞬きしている。

  (説得できるか...?)

  本能のままに動く将校やK、ヴィレムと違い、フランツには理性がまだ残っている。まだ説得の余地がある事を見抜いた私は、震える声を絞り出すとフランツを見た。

  「わ、私はグレーゴル...キモリのカフカの友人だ」

  私は敢えてフランツと既知の仲であるカフカの名前を出すことで動揺を誘った。それは的中しており、フランツはキモリのカフカの名前を耳にすると、微かに瞳孔を開いた。

  そして驚愕の表情の浮かべると、フランツはペンチを取り落とした。甲高い金属音が室内に木霊し、それに続いてフランツは私から身を離した。

  フランツは戸惑いの表情のまま私を見下ろすと、震える声で尋ねてきた。

  「...キモリ、カフカは無事か?」

  フランツの問いに私は頷くと、彼の目を見た。フランツの目には恐怖と絶望に混じり、微かな安堵の色が滲み出ている。それはディアルガ配下の将校から友人が無事に逃げ出せた事を知り、安心したからである。それ故にフランツは目を閉じて息を吐き出すと、私を見下ろし口を開いた。

  「それで、君とカフカは何を企んでいる? セレビィと手を組み、何をする気だ?」

  その質問に私は顔を背けるが、フランツは先ほどのように強引に顎を掴まずに、「話してくれ」と優しい声で言った。私がカフカと友人であることがフランツにも響いたようである。

  (全てを教える必要はない...)

  ある程度の情報を与えれば、今のフランツならば私を見逃すかもしれない。仮に意地になって黙秘したとしても、私は拷問されるのがオチであろう。

  私は一縷の望みを抱き、口を開いた。

  「...セレビィは時間を戻す力がある。彼女と仲良くすれば、失われた緑や食料を戻すことができるかもしれないからね」

  セレビィのエミルの力を借りて過去の世界に行く話をするわけにもいかず、かといって単にエミルと仲良しと話したところで、フランツが納得するとも思えない。そこで私はエミルの特徴を織り交ぜた嘘話をするが、フランツは訝しげな表情のまま、私を見ていた。

  (やはり、思い付きの話では誤魔化せないか...)

  私の想像力ではフランツが納得できる話が思いつかなかった。それでもフランツから拷問させる気力を奪うには十分であった。フランツは先ほど床に落としたペンチを拾うと、机の上に置いた。

  それを見た私はフランツから更なる気力を奪おうと、口を開いた。

  「あんたはカフカの友人だ、それなのに何故将校達に協力している?」

  私の問いにフランツは一つしかない目を背けると、閉口したまま俯いた。彼の握り拳は微かに震えており、フランツが内心戸惑っている事が伺える。

  それを見た私は畳み掛けるべく、続けて口を開いた。

  「将校やヴィレム達と違い、あんたはまともな神経を持ち合わせているポケモンだ。それなのに、何故だ?」

  フランツの握り拳から一筋の赤い水が垂れる。

  直後、フランツは握り拳で机を殴りつけた。苛立ち混じりの一撃で机は破壊され、真っ二つに折れた。私はフランツの腕力に目を見開くが、彼を落とすべく話を続けようとした。

  扉が開かれ、黒い外套と帽子を身に纏ったバクフーン、将校と外套を身に纏ったKが室内に入ってきた。その一瞬で室内の空気は凍りつき、私は思わず口を閉じてしまった。

  将校は私とフランツを見ると、愉快そうな声をあげた。

  「彼は私の友人でもありますよ、熱心に仕事をこなしてくれる大切な友人ですね」

  どうやら扉の向こうで話を聞いていたらしく、将校は優しげな声でフランツに尋ねた。その問いにフランツは震えながら頷くと、自身に向けられる将校の視線から逃れるように顔を背けた。

  それを見た私はフランツと将校の合間にあるものに気づき、理解した。

  (友人、仕事をこなす...フランツは存在意義を求め、それを将校が与えているのか)

  だからこそ、フランツは将校に従いカフカと対峙した。この滅びゆく世界において、フランツは将校に依存し、カフカは自身の意志で歩き出した。友人でありながら、正反対の道を選んだカフカとフランツ。

  (私はどうすべきか...)

  心の中でそう考えた私は、戸惑いを隠せないフランツに目を向けた。フランツは躊躇するように目を伏せると、黙って将校の言葉に耳を傾けていた。

  「...セレビィを仲間にしたうえで、わざわざ我々のいるガルム鉱山に来た。その目的は...時の波紋を使いタイムスリップすることですかね」

  将校の言葉を聞いた私とフランツは思わず顔をあげた。フランツは納得のいった表情で、私ほ焦りの表情で将校を見た。将校は私達の視線に対して笑みを浮かべると、隣に立つKの肩を抱き締めた。煙草と薬液を与えられたKは無抵抗のまま、将校に抱き締められていた。

  その姿を見た将校は笑みを浮かべ、私とフランツを見た。

  「タイムスリップの狙いは...過去の世界に行き星の停止を防ぐ、といったところですかね」

  将校は笑みのまま話すと、私の顔を見た。

  それを聞いた私の表情は凍りつき、視界が揺らぐ感覚を抱いた。

  (そうか...将校はディアルガ配下の親衛隊長...ディアルガ直属の守護者か)

  星の停止を引き起こしたディアルガ直属のポケモンならば、星の停止の詳しい経緯を知っていても不思議ではない。現に将校は私とカフカ、エミルしか知らない目的を言い当てると、「やはり、か」と呟いた。

  「星の停止を防ぐためにわざわざ鉱山までやってきたのか...」

  そう呟いた将校は溜め息をこぼすと私を見た。その目には微かに怒りと恐怖の色があり、私を睨むと将校は続いて口を開いた。

  「君は知っているのか? 星の停止を防げば我々未来を生きるポケモンも死ぬことを」

  それはエミルから聞いた話と同じものであった。私はその質問に頷くが、初耳のフランツは驚きを隠せずにいた。将校は笑みのままフランツを見ると、「大丈夫だ」と言った。

  「既にキモリ君はセレビィの力を使い、過去の世界に向かっている筈だ。我々はディアルガ様の力を借り、追跡し排除すれば良いだけだ...」

  排除、その言葉を聞いたフランツは驚愕の表情のまま凍り付くと、ふらつく足取りで部屋を出て行った。その背中を見た将校はKに向かって頷くと、後を追うように指示した。Kはそれに頷くと、フランツを追うためふらつく足取りで部屋を後にした。

  Kと入れ替わるようにして、ヴィレムが室内に入ってきた。ヴィレムは室内の光景を見渡すと、ニヤリと笑みを浮かべ、私を見た。その笑みを見た私は思わず後ずさるが、首輪に繋がれた鎖が動きを制し、私の喉を締める。その苦しさに私は咽せ込むが、そんな私の肩に将校は手を載せると、微笑みを浮かべた。

  「これでも私は紳士的でね、拷問は時代錯誤だと思うよ」

  そう話す将校の手は力強く私の肩を抑え、私の動きを抑制する。そのまま将校は身につけている黒い帽子と外套を脱ぐと、それらをヴィレムに渡した。ヴィレムも同じく外套と帽子を脱ぐと、将校と自身の身につけていたそれらを部屋の隅にある椅子に置いた。

  将校とヴィレムは微かに笑うと、私の傍に歩み寄った。

  ふと、彼らの下半身に目が向いた。

  そこには堅くなった欲情がそりたっており、微かに震えていた。彼らの意図と笑み、それらを見た私は思わず後込みするが、やはり首輪と鎖が妨害する。

  室内に金属音が微かに響く。

  私の視界は将校とヴィレムの影で覆われた。

  *

  冷や汗と共に目を覚ましたルカリオのオズワルドは、全身を覆う激しい動悸と込み上げる吐き気を覚えた。オズワルドは反射的に口元を手で覆うと、そのままベッドから飛び降り、床に置いてあるバケツに手を伸ばした。

  「おぇ...」

  オズワルドはバケツの中に全てを吐き出すが、僅かな胃液と唾液の混合物がバケツの底に広がる。オズワルドの鼻に据えた臭いが広がり、目の奥が熱くなる。それらに耐えきれなかったオズワルドは更に込み上げる吐き気を追い出そうとするが、その背中に当たる暖かさで吐き気は抑制された。

  頭の奥がガンガンと鳴り響くオズワルドは、ゆっくりと頭を上げ、背後を見た。そこには心配そうな表情でオズワルドの背中を撫でるゾロアークのニコルが屈み込んでおり、ニコルはオズワルドの顔を覗き込むと口を開いた。

  「大丈夫?」

  同じベッドで寝ていたニコルの質問に、オズワルドは数回頷いた。ニコルの差し出したグラスを受け取ると、オズワルドは中を満たす冷水を口に流し込んだ。

  冷たい水が口内を潤し、胃液で荒れた食道を癒していく。

  その感覚にオズワルドは目を細めると、ニコルの助けを借り、身体を起こした。微かにふらつくオズワルドを心配そうな表情で助けたニコルは、彼をベッドの端に座らせると、濡らしたタオルを手渡した。それを受け取ったオズワルドは「ありがとうございます...」と弱々しい声で礼を述べると、口元を拭いた。

  オズワルドの嗅覚がニコルの匂いを捉えた。

  それを見たニコルは微笑むと、ガブリアスのゼーンに変化し、バケツを手に取った。

  「片付けてくるから、少し休んでなさい」

  ゼーンの言葉にオズワルドは頷くと、そのまま身体をベッドの上に投げ出した。柔らかいマットに身体が沈み、精神的に身体的に疲労しているオズワルドの身体を癒していく。

  そんなオズワルドを横目に、ゼーンは部屋を後にした。

  船室にはオズワルドしかいなかった。

  「...あれは...」

  先ほど見た夢、それを思い出したオズワルドは目を閉じ、無意識に呟いた。

  複数の牡ポケモンに抱かれる夢。

  冷たい笑みのバクフーンに抱かれる夢。

  やせ細った虜囚と処刑された死体の数々。

  鳴り響くマスケット銃の銃声。

  闇のディアルガ。

  その瞬間、オズワルドは目を見開き、身体を起こした。闇のディアルガ、という単語を思い出したオズワルドは心臓がバクバと音を立てていることを、頭の中に木霊する声を意識した。

  ディアルガ様、セレビィ、キモリのカフカ、タイムスリップ、ガルム鉱山、時の波紋。

  将校とヴィレム、フランツ。

  それらを思い出したオズワルドは小さく喉を鳴らすと、込み上げる感情を意識した。言葉で表現できないそれは、得体の知れない感情をオズワルドに与える。

  ふと、オズワルドは自身の手が震えていることを意識した。だが、今の彼にとってはどうでも良い事である。

  それよりも、オズワルドは得体の知れない感情が何か理解し、微かに唇を震わせた。

  「...私は、未来の世界のポケモンだ」

  自身がニコル達とは異なる時間軸を生きるポケモンであることを、自身がある使命を抱き、タイムスリップしたことを。

  それらを理解したオズワルドは震える足で立ち上がると、ベッドから離れようとした。だが、力の入らない腰はベッドに接したままであり、オズワルドの膝は笑っていた。

  そのことに気がついたオズワルドは力の入らない笑みを浮かべると、そのまま頭を抱えた。

  「...私は誰なんだ」

  未来のポケモンであること、何か使命を抱いていることを思い出したが、それでもオズワルドは自身の過去を思い出せず、苦しそうに呻いた。頭の中でガンガンと鐘の音が鳴り響き、オズワルドは再度吐き気を覚えた。

  それを堪えたオズワルドは先ほどのグラスを手に取ると、中の冷水を胃に流し込んだ。込み上げる吐き気は冷水と共に胃の奥底に消えていき、オズワルドは溜め息をつくと虚空を見上げた。

  ノックの音とともに扉が開かれ、マフォクシーのヘレンが船室に入ってきた。

  ヘレンはベッドに腰掛けるオズワルドに目を向けると、苦笑しながら手を差し出した。彼女の手中にはヘレンお手製の粉薬の入った紙袋があり、それをオズワルドに手渡すとヘレンは口を開いた。

  「幾つかの木の実と薬草を煎じた薬よ、それを飲めば気分も落ち着く筈だわ」

  オズワルドはヘレンから薬を受け取ると、それを口に含み喉の奥に流し込んだ。舌に薬独特の苦味が広がり、オズワルドは微かに顔をしかめる。その表情を見たヘレンはクスクスと笑い声をあげると、室内に置いてある椅子に腰掛け口を開いた。

  「一時間ほどで薬は効いてくるわ、今は大人しくしていなさい」

  薬剤師のアドバイスにオズワルドは素直に頷くと、そのままベッドに横になった。柔らかく清潔なシーツに身を沈めたオズワルドは小さく息を吐き出すと、目を伏せた。

  静かに横になるオズワルドを見たヘレンは僅かに表情を緩めると、愉快そうな口調で尋ねた。

  「それで...ニコルとヤったの?」

  まるで思春期の子供のような口調でヘレンは尋ねるが、オズワルドは目を閉じたまま首を左右に振った。その反応を見たヘレンは、残念そうに首を振ると大きな耳を揺らした。

  「...外が騒がしいわね...そろそろ入港かしら」

  そう呟いたヘレンは椅子から立ち上がると、船室の窓から外を見た。

  窓の外、そこには水の大陸最大の街、ワイワイタウンの港町が広がっていた。

  *

  (痛い...)

  ゴウカザルのヴィレムに組み伏せられた私、リオルのグレーゴルは、排泄孔を出入りするヴィレムのナニによる痛みにより、意識を失わずにいた。快楽を伴わない、痛みのみ存在する刺激に私は吐き気を覚えるが、それは口に押し込められたらバクフーンの将校のナニにより、胃の奥に戻された。

  低い唸り声が聞こえ、直後に将校とヴィレムが私の中に欲望を放った。

  胃液と吐き気による酸味に混じり、気持ちの悪い味が口内に広がる。排泄孔からは流れ出る血に混じり、白い液体が垂れていた。

  度重なる暴力の嵐に私の身体は疲弊し、体力が尽きつつあった。それにもかかわらず、ヴィレムは堅くなったナニを私に咥えさせると、そのまま腰を振り出した。

  重なる吐き気と嫌悪感、私はナニを吐き出そうとするが、ヴィレムは私の目元に爪を当てると、先ほどと同じように呟いた。

  「潰されたくないなら、大人しく飲み込め」

  その言葉に私は震え、それを見たヴィレムはニヤリと笑うとナニを私の喉の奥に射し込んだ。微かな糞の臭いに混じり、苦味が広がる。私は自身の直腸とヴィレムの精液の味に顔をしかめるが、ヴィレムは愉快そうに顔を歪めると、直後に恍惚とした表情を浮かべた。

  その表情を見た私は内心腸が煮えくり返る感覚を抱いた。

  (いつか殺してやる...)

  憎悪に燃える私の目に歪んだ将校とヴィレムの笑みが映る。そして、その笑みは既視感があった。

  『それは君が抱いていい感情なのかな?』

  将校とヴィレムに乱暴される私の脳内に、白いポケモンの声が響く。人の命を玩具としか見なしていない外道の声が聞こえ、私の表情が僅かに凍るが将校とヴィレムは気がつかない。

  私の全身に微かに力が入るが、それが彼らのナニを刺激し、嬌声が木霊した。

  『お楽しみ中に悪いね。ただ傲慢が原因で人の命を奪って、死刑になった君が殺してやる、とか...被害者のつもりかい?』

  (黙れ)

  口を塞がれた私は心の中で呟くが、白いポケモンは脳内に高笑いを響かせた。

  『されて嫌なことは人にしない...愚かな君でも理解できるだろ』

  白いポケモンは心から愉快そうな笑い声をあげるが、私の表情は凍りついたままである。前後から乱暴される私の視界にノイズが広がり、まるで古びた映写機を再生するかのように映像が流れる。

  鳴り響くアラーム。

  揺れ動くベッド。

  慌ただしく駆け回る人々。

  泣き声をあげる人々。

  私を睨み、叫び声をあげる人々。

  「なぜ」

  「嘘つき」

  「息子を返せ」

  「父を返せ」

  「孫を返せ」

  「お母さん」

  「お母さん」

  「お母さん」

  私を指差し怒鳴りつけ、泣き喚く影が私の視界を覆う。

  『君は罪人だ、罪人なら罪を贖うべきだね』

  白いポケモンは『それじゃあ楽しんでね』と続けると、私の頭蓋内から気配を消した。

  そこで映像は途切れ、不愉快な現実へと私は引き戻された。相変わらずヴィレムは私に向かって腰を振り続けており、口元を歪めている。

  身体を交える私とヴィレムを見た将校は、室内に置かれている椅子に腰掛けるとタバコを咥えた。そして呻く私と腰を振り続けるヴィレムを見ると、将校は薄笑いを浮かべ口を開いた。

  「さてと...君の味も堪能したので、そろそろ君の正体を教えてもらおうか」

  将校の問いに意識が戻った私は鋭い目を向けるが、将校は愉快そうに笑い声をあげた。抵抗できない虜囚をいたぶり続ける罪人を見上げる私を見下ろし、将校は一通り笑うとタバコの煙を吐き出した。

  「君はなぜマスケット銃を知っている...いや、知っている時点で決まりだな」

  そう呟いた将校はニヤリと笑うと、乱暴される私の顔を見て口を開いた。

  「君は人間だね」

  将校の言葉を聞いた私の表情は再度凍りついた。それを見抜いた将校は薄ら笑いのまま私に目を向けると、タバコの煙を吐き出した。

  (なぜ...私の正体を知っている)

  将校の傍にいたKとヴィレムはマスケット銃を持っていた。つまり、時の守護者達はマスケット銃を運用しており、そのノウハウを伝えた者は人間である可能性が高い。

  そして銃のノウハウを知っている私は人間である事を暗に示してしまった。

  私は自身の落ち度に気づき、唖然としてしまった。私の表情を見た将校とヴィレムは勝ち誇った笑みをみせるが、それは唐突に響いたノックの音で掻き消された。

  扉が開かれ、何者かが室内に入ってきた。それに合わせて将校は立ち上がると、私と人影の間に入った。

  「...何かご用ですか?」

  丁寧な口調であるが、将校の声には嫌悪の色が滲み出ている。その声に人影はクスリと笑い声を漏らすと、将校の影から話し出した。

  「それがマスケット銃を知っているリオルか...星の調査団の生き残りにしては、博識だな」

  将校の影になり、人影の姿は私から見えない。直後、私に乱暴するヴィレムは私の頭を鷲掴みにすると、そのまま床に押し付けた。

  床を這い蹲る私の姿を見たヴィレムは口元を大きく歪めると、楽しそうに声をあげた。

  「貴様ごときが見て良い御方ではない」

  そう言ったヴィレムは腕に力を込めると、ぼろ雑巾のように私の頭を押し付け続ける。その痛みに私は顔を歪めるが、将校とその後ろにいる人影は微かに笑い声をあげた。

  「星の調査団はセレビィ達を除き、壊滅しました...あとはマスケット銃を知るグレーゴル君を始末すれば、脅威は排除されます」

  将校の言葉を聞いた人影はクスクスと笑い、そのままヴィレムに頭を押さえつけられる私の傍まで歩いてきた。私の視界には床板しか映らないが、人影が接近する気配だけは感じられた。

  人影は私の傍で足を止めると、私の耳元に口を近づけた。

  「君がグレーゴルなら、私はグレーテ...私達は永遠の兄妹だ」

  私の耳に人影の声が響く。それを聞いた私の動きが止まり、それを見た人影は笑い声を漏らした。

  「妹は醜い虫に生まれ変わった兄を見捨てた...だけどグレーテはグレーゴルと共に醜い虫に生まれ変わり、運命を共にするよ」

  人影の言葉、それを聞いた私は確信を得た。

  (コイツがもう一人の人間か...!)

  白いポケモンの気紛れにより、ポケモンに転生させられた玩具の人形、私と同じ命運を辿った存在に出会い、私は驚愕していた。人影の言葉にヴィレムは怪訝そうな声を漏らし、将校は鼻で笑った。

  直後、唐突に響いた轟音に私と人影、将校とヴィレムの動きが止まる。

  「...何事だ?」

  突然の轟音に将校は疑念の声を漏らす。直後に扉が開かれ、廊下から声が聞こえた。

  「こ、坑道で落盤事故が起きました!それと弾薬庫の火薬にも引火し、辺りは火の海です!」

  それは時の守護者の報告であった。それを聞いた人影と将校はいち早く部屋を後にして、気配が消えたことを私は感じた。残るヴィレムも私の耳元に口を近づくると、小さな声で囁いた。

  「また遊ぼうな?」

  その言葉を聞いた私の背筋が震える。私の反応を見てヴィレムはケラケラと笑い声をあげると、椅子に掛けられたら黒い外套と帽子を手に取り、部屋を後にした。その際、報告した時の守護者に「見張っていろ」と命じた。

  彼らの居なくなった部屋に取り残された私は、ゆっくりと頭をあげた。既に私の身体はボロボロになっており、全身はナニの放つ欲望に汚され、排泄孔がズキズキと痛む。異臭を放つ私を見下ろした時の守護者、牡のエビワラーは嫌そうな表情を浮かべるが、そのまま椅子に腰掛け、私に目を向けた。

  「たく、さっさと処刑しろよ...」

  溜め息と共にエビワラーは口から漏らすと、タバコを取り出し咥えた。そして火を灯そうとマッチを取り出した。

  銃声が響く。

  それと共にエビワラーの胸に大きな穴が開き、エビワラーは血を吐きながら倒れ込んだ。うつ伏せに倒れたエビワラーの身体からは赤い染みが広がり、生臭ささが広がる。いきなりの銃声に私の身体は固まるが、開かれた扉から現れた影を見て、目を丸くした。

  影、セレビィのエミルは震える手でマスケット銃を構えており、その銃口からは白い煙があがっている。エミルの姿と息絶えたエビワラーを見比べた私は、彼女が何をしたのか理解した。

  エミルはボロボロになった私を見ると、大きな瞳に涙を浮かべた。

  「大丈夫ですか、グレーゴルさん...」

  震えるエミルの問いに私は頷くと、何とか立ち上がろうと足に力を込めた。だが、長時間の暴力により私の体力は零に近かった。そのまま倒れかけた私の身体をエミルは支えると、震える声を絞り出した。

  「ごめん...なさい...」

  それは崩落した坑道で私を見捨てたことに対する罪の意識の表れであった。しかし、あの状況でエミルが私を見捨てたことは不可抗力である。故に彼女を責めるのは見当違いだ。

  私はエミルに向かって微笑むと、小さな声を漏らした。

  「気にしないで...この通り生きてるから」

  私の言葉にエミルは溢れる涙を堪えると、懸命に笑みをみせた。気丈な彼女の振る舞いに私の目頭も熱くなるが、今は呑気に泣いている場合ではない。

  私はエミルの助けを借りて再度立ち上がると、彼女と共に部屋を出た。廊下の奥からは坑道の落盤事故と弾薬庫の火事に対処するべく、時の守護者達の怒鳴り声が聞こえてきた。私とエミルは声が聞こえてきた方と逆方向に歩き出した。

  途中、私はエミルに向かって問うた。

  「...カフカは?」

  友人であるカフカは、果たして無事に過去の世界に渡れたのか。私の疑問にエミルはニコリと笑うと、辺りを警戒しながら口を開いた。

  「大丈夫、先に過去の世界に向かいましたよ。あと、カフカさんから言づてを預かっています」

  エミルの言葉を聞いた私は彼女に疑問の目を向けた。

  「流刑地で待つ、と」

  続いてエミルの口から飛び出した言葉を聞き、私は小さく笑った。しかし、笑っていられる状況でもない。室内に入ってきた人影は、『グレーゴル』という名前を聞き、代わりに『グレーテ』という名前を返した。

  (もう一人の人間はカフカの作品を知っている...)

  つまり、もう一人の人間はマスケット銃が活躍した独立戦争の時代ではなく、カフカの作品が存在する1915年以降の時代を生きた人間ということになる。

  加えて近代科学や近代兵器にも造詣がある可能性もあるということだ。

  この世界における私のアドバンテージが覆されかねない状況に私は身を震わせたが、そのまま私の意識は薄れていった。

  度重なる暴力により疲弊した身体は、エミルに救われた安堵感から限界を迎えつつあった。

  やがて、私の視界は黒く染まっていった。